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<title>知泉的雑記</title>
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<description>サイト知泉の雑記です。知泉のトップページから入ると、雑記だけではなく色々な雑学や、6万人を超える古今東西の著名人の誕生日データベースなど、色々なコンテンツが揃っています。
リンク→（知泉：http://tisen.jp/）
新刊「静岡県の雑学」おそらく絶賛発売中！
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<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/07/post_898c.html">
<title>鏡文字</title>
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<description>今、テレビ的には「カントリー娘」出身の里田まいが「おバカ」の冠で仕事をしているが...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今、テレビ的には「カントリー娘」出身の里田まいが「おバカ」の冠で仕事をしているが、その流れでその所属するハロープロダクションのメンバーもクイズ番組では「おバカポジション」を与えられている感じなのだ。&lt;br /&gt;
出す曲、出す曲、大ヒットだったモーニング娘。関連もここまで落ちたか…という感じでもありますが。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;美優伝(びゆうでん)、向かって右が岡田さん&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/07/08/200807011.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=455,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;200807011&quot; title=&quot;200807011&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/07/08/200807011.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;170&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;その中で、先日ロンブーが司会で年に２回程放送する「一攫千金ヤマワケ」という番組に、ハロプロ（美勇伝）の岡田唯という人が出ていた。&lt;br /&gt;
この辺りになるとほとんど曲も聞いた事無いし、顔もなんかTVガイド辺りでチラっと見た事あるかもしれないレベルなのだ。&lt;br /&gt;
で、やはり「バカで何も知らないチャラチャラした女子」的な意味合いで出ていたのだが、そこで誰も想像できないほどのファンタジスタ的な解答をしてのけた。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;問題は忘れたが、彼女はそこで誤答をして「え〜地球だと思ったのに」と語った。が、その時モニターには彼女がひらがなで書いた『さきゅう』という文字が表示されていた。&lt;br /&gt;
みんな驚くというより引く....。誤答という以前に「ち」と「さ」を書き間違えたのだ。&lt;br /&gt;
司会だったロンブー敦もその部分に触れることは触れたが、深くまでつっこめずに次の問題へ移っていった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;美優伝(びゆうでん)、向かって右が岡田さん&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/07/08/200807013.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=250,height=342,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;200807013&quot; title=&quot;200807013&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/07/08/200807013.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;205&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;おそらく、この場面を見た家庭では「里田のバカ解答までは笑って楽しめるが、ここまで行ってしまうと笑うに笑えないぞ」と言うことになっていたかも知れない。&lt;br /&gt;
しかし、実はその前の問題の時点でこの岡田唯さんはその「ち→さ」誤答の伏線を出していた。&lt;br /&gt;
「本当は左利きだったのに子供の頃右利きで習字をさせられて...」みたいな事を言っているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;実は「ち」を「さ」と書いてしまうのは、いわゆる鏡文字という物で、特にこの２文字のように裏返しても別の字になってしまう文字は子供は間違え易いのですが…。&lt;br /&gt;
そして左利きの人も間違えて覚えやすく、さらに子供の頃に左利きを無理に右利きに矯正すると鏡文字を書いてしまうという症例がある。これは脳の中で図形認識が混乱を起こすからだとされているのだ。&lt;br /&gt;
だから単純に「おバカすぎて平仮名すらちゃんと書けない」という問題ではない。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;鏡文字で有名な人にレオナルド・ダ・ヴィンチがいますが、よく「研究を盗まれないようにワザと鏡文字で文章を書いた」とされていますが、どうやらダ・ヴィンチは左利きで、意識せずに鏡文字を書けたのではないかとされている。&lt;br /&gt;
現代の有名人ではトム・クルーズが左利きで、矯正によって右利きで文字を書くようにしているが、そのせいなのか文字が鏡文字に見えてしまうことから、台本を読む専用のスタッフを雇っているそうです。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そんな意味で、そんな鏡文字を書いてしまう彼女に幸あれ。&lt;br /&gt;
（鏡文字に見えてしまうので学習困難になりやすいとも聞いたことがある）&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>映画・テレビ</dc:subject>
<dc:subject>雑学</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-07-02T18:32:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_1173.html">
<title>食べるなアジサイ</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_1173.html</link>
<description>つくば市の飲食店で料理の彩りとして添えられていたアジサイの葉を食べた客８人が食中...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;つくば市の飲食店で料理の彩りとして添えられていたアジサイの葉を食べた客８人が食中毒になったという事件が起こった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/24/20080623.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=333,height=333,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;20080623&quot; title=&quot;20080623&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/24/20080623.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;なぜ食中毒になったかというと、アジサイの葉やツボミ、根には青酸配糖体という有毒成分が含まれており、これが胃の消化酵素と反応すると、吐き気やめまい、痙攣などを起こして、酷い時は命に関わる事もあるとされている。&lt;br /&gt;
実は先週、らぶらじ「２時のうんちく劇場」の中で「雨の季節の雑学」として、こんな話をしている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;☆雨の季節に綺麗な花を咲かせるアジサイ。この時期のイラストとして「アジサイの葉の上にカタツムリがいる」という物を書いてしまいますが、実はアジサイの葉には青酸配糖体という毒素が含まれていて、カタツムリはこの毒素を分解できないのでアジサイの葉を食べる事が出来ず、あまり近寄らないそうです。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ここで出てくる「青酸配糖体」というのを聞いて、アジサイにはそんな怖ろしい毒素が入っているのか！と思う人もいるかと思いますが、実際の事を言えば青酸配糖体は自然界にはそれなりに多い毒素で、有名な「青梅は生のまま食べちゃダメ」「ジャガイモの芽には毒があるよ」と言われるのも同じ毒素が含まれているから。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;この手の植物が毒素を蓄える理由は「食べられないように」という事で、カタツムリのように自然界の生き物はそれらを把握しているらしい。&lt;br /&gt;
ところが人間ってのは変な動物で、植物がせっかく食べにくくする為に生成している「苦い」という味を喜んだり、毒素まで「滋味がある」とか言って食べちゃうんだから始末に負えない。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;しかし、このニュースで茨城県の保健福祉部は「季節料理の彩りのために出したようだが、決して出さないでほしいし、客も食べないでほしい」と呼びかけているんだけど、普通に食事処で出されたら何の疑いもなく食べちゃうよなぁ&lt;br /&gt;
というか、自分の場合、サシミにしても本体よりその下のツマをメインに食べちゃうような人なので、確実に人より多く食べて病院に担ぎ込まれてしまう自信があるのだ。&lt;br /&gt;
アジサイの葉に毒があるという知識があったとしても、皿の上に乗せられているモノは大丈夫と思っちゃうよなぁ&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ちなみに「アジサイ」という名前は「あづる（集まる）」＋「真藍（さあい）」と言う意味で、藍色の小さな花が集まっているから「あづさあい」→「あじさい」です。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑学</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-06-23T08:51:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_9dfd.html">
<title>まだまだ知らない事は山盛りだと痛感する日々</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_9dfd.html</link>
<description>今から15年以上前、まだインターネットなんて物が無かった時代に「パソコン通信」と...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;今から15年以上前、まだインターネットなんて物が無かった時代に「パソコン通信」という物があった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;その頃から文章は書いていたんだけど、自分の生活の中心は音楽制作だった。アマチュアでしたが。&lt;br /&gt;
その活動も基本的に自宅録音、いわゆる「宅録」ばかりで、日々ギター弾いて録音、それにベースを被せて録音、歌を吹き込み、それにコーラス被せて、という事を地味にやっていた。&lt;br /&gt;
そんな事から「パソコン通信ってので音楽専用の所がある」と誘われ、神奈川にあった「ゆいネット」というネットに参加する事となった。（諸事情あって「蛸/TACO」というハンドルでした）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そこでMIDI制作データを発表して互いに評価しあうという事をやっていたのだが、とにかく歯が立たないほど凄い人が多く参加していた。&lt;br /&gt;
作詞・作曲の凄い人もいたけれど、その場で尊敬されるのは入力テクニックの凄い人なのだ。&lt;br /&gt;
電気的に発声される音をコントロールして、ギターそのものの演奏に聞こえるように調整したり、微妙なノイズを組み合わせて臨場感を発生させたり…。&lt;br /&gt;
その中で誰もが認める凄いMIDI使いの人「BR◎THER-NA●：ブラザーナオ」という人がいたわけです。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;当時、BR◎THER-NA●氏は「トワイライツ」というファンクバンドを組んでいて時々渋谷辺りでライブなどをしていたワケですが、同時にアニメ系音楽の仕事をしたり、DTMマガジンで連載を持ったりしていて、いわゆる業界の人だったのです。&lt;br /&gt;
性格がストレートで、ネット上でちょいとキツイ発言をする人でもあったので、嫌っている人も多々いたのですが、その嫌っている人でさえ「でもMIDIデータは認めざるを得ないほど凄い」という感じだった。&lt;br /&gt;
自分も何度かライブに足を運び、メールのやりとりも何度かした。&lt;br /&gt;
しかし、80年代初頭に始まったパソコン通信も80年代後半はインターネットに移行して、次第にその当時の付き合いが途絶えてしまったワケですが…。&lt;br /&gt;
先日、ちょいと80年代の音楽について調べていて意外な所でBR◎THER-NA●氏に遭遇してしまった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/26/00sally00.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=800,height=801,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;00sally00&quot; title=&quot;00sally00&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/26/00sally00.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;1984年にデビューした「SALLY」ってバンドを覚えてますか？&lt;br /&gt;
とりあえずデビュー曲「バージンブルー」という曲がヒットしましたが、世間的にはチェッカーズの二番煎じという扱いだった気がするバンド。&lt;br /&gt;
チェッカーズは1983年にデビューして1984年初旬にブレイクしたので、その直後のデビューで、互いにサックスが特徴的なバンド。さらにチェッカーズがタータンチェックがイメージデザインで、SALLYはチェック（市松模様）がイメージデザイン。さらにアイドル的バンドなのにヒゲ＆サングラスのメンバーがいる。&lt;br /&gt;
と共通点的な物がなんかチラチラしていて、どう考えてもチェッカーズを意識しているんだろうなぁという感じだったのだ。&lt;br /&gt;
（何かの番組で数曲連続演奏したのを聞いたけど、バンドとしては至極真っ当なカチッとした音だった）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;で、何げにそのSALLYの資料を見ていたら、そのメンバーの一人、まさにヒゲを生やしてSaxを吹いていた人の名前と、BR◎THER-NA●氏の本名が漢字表記は違っていても読みが同じ。&lt;br /&gt;
そこでチョイと調べてみると、解散直前のアルバムで作曲しているんですが、そこでの漢字表記が教えて貰っていた名前に改名している。&lt;br /&gt;
そしてジャケ写など見ると「この顔は…」&lt;br /&gt;
う〜む、15年近く経過して初めて知るこの事実。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ちなみに、このヒゲの人物「ザ・ベストテン」に出演した時に、大食いで早食いという事が話題になっていて、他の人が１曲歌う間に吉野家の牛丼を３杯食べるというワザを披露していた。&lt;br /&gt;
BR◎THER-NA●氏とはインターネットに移行してから数回メールのやりとりをしましたが、現在某所で音楽関係の仕事をしているそうです（といってももう5年以上前の情報ですが）人に歴史ありなのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;しかし、今思い返し、もしかしてあの時何かの拍子で『そーいえばSALLYっていうチェッカーズをパックったグループいたよね』みたいな話題をしたような、していないような。&lt;br /&gt;
ちなみにSALLYの初期メンバー佐藤公彦は現在「淡谷三治」という名前でMEN&#39;S 5のリードボーカルとして「屁こきましたねあなた♪」と歌っている。&lt;br /&gt;
ついでに、SALLYのプロデューサーは何故か元かぐや姫・山田パンダ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑談</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-06-19T11:25:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4f74.html">
<title>東京放浪（東京駅→新橋駅）</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_4f74.html</link>
<description>東京駅近くで某打合せがあり出かける。 予定時間は6時だったので、3時頃にまず神田...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;東京駅近くで某打合せがあり出かける。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061301.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061301&quot; title=&quot;2008061301&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061301.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;予定時間は6時だったので、3時頃にまず神田古本屋街に出向き、以前より欲しかった書籍を探し回る。&lt;br /&gt;
御茶ノ水駅から坂を下りながら事前チェックしておいた数件を廻るが、ちょっと特殊な本なので見つけることが出来ない。お店の人に聞いても「それはねぇほとんど入ってこないから」という事だった。&lt;br /&gt;
う〜む、こうなったらカタログやオークション関連をこまめにチェックし続けていくしかないのかぁ&lt;br /&gt;
と言うことで２時間以上歩き回り、タイムアップとなって東京駅へ向かう。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;まだバブルは生きていた&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061302.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061302&quot; title=&quot;2008061302&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061302.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;今回の打合せ場所は東京駅前の丸ビル内の焼き肉屋なのだ。いやはや、基本的に外食はほとんどしない私なので、なんつーか激しく場違いではあるんですが、そーゆー所も経験しておかないと、という事なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;去年の秋に「生まれて初めて東京タワーに昇った」という、今更何言ってんだお前、という経験をした時にふと思ったのが「この10年、いや20年に渡って、とにかく忙しい会社員生活を送り、休日は動きたくないという非行動派人間になっていたので、あまりにも経験値が低すぎる。とりあえず周囲では色々な事を知っている人という事で通っているが、実際に経験した事はほとんどなく、本などで疑似体験しているだけなのだ」という事で、とにかく「今まで経験した事がない事も積極的に見て体験しよう」という、極めて健全に前向きな姿勢をテーマに掲げたのだ。&lt;br /&gt;
と言っても、時間的余裕、金銭的余裕がそんなにないので、極々行動は限られていくわけですが。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;しかし東京駅前の丸ビルって事で、そこを我が物顔で闊歩する人々はなんか異様に自信に満ちあふれているというか「わしらエグゼクティブだもんね」的な感じで、あぁこーゆー世界も世の中にはあんのねと感心しちゃったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061303.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061303&quot; title=&quot;2008061303&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061303.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;その丸ビル焼肉打合せもバカ受け状態のまま２時間の予約を終わり、ビル街が見えるオシャレなカフェテラスへ場所を移し、さらに打合せと称したバカ話で盛り上がっていくのであった。&lt;br /&gt;
10時過ぎにお開きになり、その夜、泊めて貰う事になっていた新橋在住Ｒ氏に連絡。だいたい9〜10時ぐらいまで掛かるかな？という話をしてあったのだが「今、東京駅の近くに来ているから」との返答だったのだが、そこに出現したＲ氏は自転車だったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;う〜む、という事は一緒に電車に乗るって事は出来ないよなぁ&lt;br /&gt;
「あ、新橋まで歩いてもそんな距離ないから」などとにこやかに言い出すのだ。&lt;br /&gt;
ま、いいかと一緒に歩き始めたのだが、それが甘かった。&lt;br /&gt;
まず丸の内口から左方向へ工事中の道を進む。いわゆるオフィス街みたいな風景を横目にくだらない話をしながら進むのだが、そこを抜けるとちょいと異様な風景が広がっていた。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;近未来的空間&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061304.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061304&quot; title=&quot;2008061304&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061304.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;いきなり広がった空間、地面に埋め込まれたガラスの通路がぼわぁんと光っているのだ。なんか懐かしのSFというか、こんなパネルが床に埋め込まれたクイズ番組も記憶しているけど、いきなりな感じなのだ。&lt;br /&gt;
そこは東京国際フォーラムという「どーゆー魂胆でこんな物作りやがったんだ」という場所だったワケですが、国際なのかなんなのか解らないんですが、Ｒ氏によるとさっきまでここではステージで歌っている人がいたり、屋台があったりで、とにかく人でごった返していたという事なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061306.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=375,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061306&quot; title=&quot;2008061306&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061306.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;時間はもう10時を遙かに廻っていたので客はいなくなり、撤収作業中だった。なんつーか、周囲の建物の近未来的な状態とは裏腹に人が集まると猥雑なアジアンチックな状態になってしまうのだなぁ&lt;br /&gt;
とりあえずまだ開いていたガラス張りの建物に入ってみる。&lt;br /&gt;
巨大な舟のような形をした建物で、地下に降りるエスカレーターを横目に壁づたいに歩いていくと徐々に高い場所へ進んでいく。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;建物自体は非常に近未来的な様相を呈しているワケですが、その通路の壁面には「父の日ありがとう」とばかりに、幼稚園生や小学生が思い思いに書き連ねたパパのイラストが大量に貼ってあるのだ。&lt;br /&gt;
もー近未来感台無し。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061307.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=375,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061307&quot; title=&quot;2008061307&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061307.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;と思ったりもするのだが、どんなに時代が進んでも人間としての根元的な部分はいつまでも変わらずに進んでいくと思うので、それもありなのかな？とか思ってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;天井は高く高く吹き抜けになっており、なんかリアルな風景に見えず、初期スターウォーズのマット画のほうにしか見えなかった。その上部に何本か浮かんでいる渡り廊下でルーク・スカイウォーカーとダースベイダーが「お前はダークサイドへ落ちるのだ」とか親子ゲンカしていそうな感じなのだ。&lt;br /&gt;
しかし、まったくもって非実用的なデザインで「確かに凄いが、で？」状態なのだ。&lt;br /&gt;
ただただ無意識に通路を上に向かって歩いていくと、気が付いた時はとんでもない高い場所に到達していて、高所恐怖症の人間としては勘弁して欲しいのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;戦後はまだ終わっていない&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061310.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=375,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061310&quot; title=&quot;2008061310&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061310.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;112&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;その東京国際フォーラムを抜け、有楽町駅に向かう。&lt;br /&gt;
有楽町駅脇のガード下は戦後直ぐの頃にあった飲み屋などは撤去されていたりするが、その通路にはその時代がじんわりと残されている。&lt;br /&gt;
別段自分はリアルタイムで経験したワケでもないので「こーゆー風景を残して欲しいワケです」とか懐かし爺ぃっぷりをまき散らす気は毛頭無く、単純に「バブルな東京駅→近未来な東京国際フォーラム→戦後直ぐの有楽町駅」が本当に狭い空間の中にパッケージ化されて残っているという状態に、東京の懐の深さを思い知らされたワケです。&lt;br /&gt;
その中で一番最初に風景を変えてしまうのは「近未来」だと思いますが。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;有楽町のガードを抜けるとそこにはそれなりに東京の今の風景が見えるわけですが、それでも１駅向こうにあった東京駅とはまったく違う東京になっているというのが凄いのだ。&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061309.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=375,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061309&quot; title=&quot;2008061309&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061309.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;かつて手塚治虫が「鉄腕アトム」の中で未来の東京を描いた。同時代のＳＦ漫画は何処に行っても大都会になっているかのように描いていたのに、手塚治虫はちょっと路地に入ると長屋暮らしをしている人々がいて、未だに科学とは無縁の生活を営んでいるかのように描いていた。それはまさにこんな町の風景なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そしてその有楽町の街並みを少し進むとさらに、すばらしい物に遭遇する。&lt;br /&gt;
岡本太郎作の時計台なのだ。&lt;br /&gt;
先ほどの東京国際フィーラムは2000年代に想像しうる未来だったのですが、この数寄屋橋公園という極々狭い場所に立っている岡本太郎のオブジェは昭和40年代の空気の中で感じていた漠然とした近未来だったワケです。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;過去の未来&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061311.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=375,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061311&quot; title=&quot;2008061311&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061311.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;この時計台のオブジェは『若い時計台』という名前で1966年に創った物だそうで、かれこれ42年もこの町の移り変わりを見てきたのだ。&lt;br /&gt;
1945年にこの辺一体は東京大空襲で焼け野原になり、その復興作業の20年目の記念碑的に立てられ、さらに42年。&lt;br /&gt;
岡本太郎は「非現実的な世界」「非実用的な世界」を実体化させてきたワケですが、この実用的ではない姿は圧倒的な強さで今の時代にも異形パワーをまき散らして立っているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そして、その『若い時計台』の脇を抜けると、すぐ後側に建っている古い古い学校が目に入る。写真では見えていないが、もう少し回り込むと異様なほどツタの絡まった建物で、そこには『祝！創立130周年』と書かれた横断幕が掲げられている「泰明小学校」だったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061312.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=375,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061312&quot; title=&quot;2008061312&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061312.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;130年前、1878年というと明治11年が創立という事になる。当時の校舎は関東大震災で破壊されたそうで、今目の前にあるのはその後に立て直された物で、戦争による空襲からも奇跡的に生き延びた建物で「東京都選定歴史的建造物」に指定されているという。&lt;br /&gt;
この小学校の卒業生には島崎藤村・北村透谷・近衛文麿などもいるらしいが、逆に歴史的価値がついてしまった為に、安易に立て直す事も出来ずに大変な思いをしているんじゃないかと思ってしまうのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;田原俊彦の黄金期のドラマ「教師びんびん物語」の舞台になったとされ（ネットで見ると「ここで撮影した」という話と「ここをモデルにして」という話に分かれていて、実際に撮影で使ったかは不明）、極一部の人には観光名所になっているらしい。&lt;br /&gt;
そこを抜けて少し行くと「終戦直後の遺跡」とも云える場所にたどり着く。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;時代を超越した異空間&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061314.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=375,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061314&quot; title=&quot;2008061314&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061314.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;200&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;有楽町から新橋へ高架になっている線路の脇には「ガード下」と呼ばれる赤提灯などの飲屋街が連なっているのだが、そのガード下の裏側には世間と隔離されたかのような住居空間が広がっていたのだ。&lt;br /&gt;
その入り口には『新橋まで抜けられます』みたいなプレートもあるのだが、自分たちがそこを覗き込んだ時は誰もそこを歩いていなかった。&lt;br /&gt;
外は金曜日の夜で不況も何処吹く風とばかりに人が溢れかえっているのだが、一歩この通路に足を踏み込むとひっそりと静まりかえった異空間となっている。&lt;br /&gt;
さらにそこから階段を上がると、もっと細くなった通路が延々と続いている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/18/2008061315.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=368,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008061315&quot; title=&quot;2008061315&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/18/2008061315.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;203&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;その通路にはちゃんと電灯がともっているし、そこここの窓に明かりが点っているので、人が生活している気配はするのだが、なにか廃墟のような気配を感じる空間が延々と続いている。&lt;br /&gt;
なんか、昭和とか平成とか過去とか現在とか、そんな時間すら感じさせない異空間なのだ。&lt;br /&gt;
新橋まで続いていると書かれているが、その先の見えないほど長く続く細い通路は、底なしの異空間への入口のように見えてしまう。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;Ｒ氏と二人、少し恐れおののきながらその通路から外へ出て、新橋まで続く飲屋街の脇を抜け、夜の東京を再び彷徨い歩くのであった。&lt;br /&gt;
東京恐るべし。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑談</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-06-13T17:17:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/f_series_58ce.html">
<title>キムタクと富士通F series「便利ですか〜？」</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/f_series_58ce.html</link>
<description>はい、フラットな本体のみのデザイン、しかも白くて上＆左右が細く、下部分だけが広い...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/07/20080606.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=700,height=724,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;20080606&quot; title=&quot;20080606&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/07/20080606.jpg&quot; width=&quot;480&quot; height=&quot;496&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;はい、フラットな本体のみのデザイン、しかも白くて上＆左右が細く、下部分だけが広い表面、「どこでも自由に置ける、省スペースを追求した新スタイルPC」らしいんですが、某社のモノマネなんじゃないかと思いました。&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>イラスト</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-06-06T17:18:00+09:00</dc:date>
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<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_1bb3.html">
<title>島耕作・社長就任</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/06/post_1bb3.html</link>
<description>かのスーパーサラリーマン島耕作が今年5月29日、ついに社長に就任し、雑誌「モーニ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;かのスーパーサラリーマン島耕作が今年5月29日、ついに社長に就任し、雑誌「モーニング」での連載タイトルが「専務　島耕作」から「社長　島耕作」になって連載続行中。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/04/2008060301.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=726,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008060301&quot; title=&quot;2008060301&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/04/2008060301.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;217&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;う〜むと思ってしまうんだけど、1992年に「課長　島耕作」が連載終了し、しばらくして読み切り続編として「部長　島耕作」が雑誌に載り始めた頃、ギャグとして「この先延々と続いて、最終的には『社長　島耕作』を経て『会長　島耕作』や『相談役　島耕作』や『闇の参謀　島耕作』など上り詰めて行くに違いない」と言っていたのだが、まさか本気で社長にまで上り詰めてしまった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;このサラリーマン漫画「島耕作クロニクル」って、まったく興味がない人には興味がない漫画だと思うけれど、第１作目『課長　島耕作』の連載が1983年にスタートし、終了がバブル崩壊の瀬戸際1992年。&lt;br /&gt;
スーパーサラリーマンとして華やかなイケイケドンドンの物語が展開出来た時代で、仕事も出来、女にもモテ、する事なす事とにかく「結果がすべて、勝てば官軍」的な姿勢で描かれていた。&lt;br /&gt;
当時の浮かれた時代をそのまんま反映した内容で、アメリカの映画会社を買収する話などが象徴的に描かれている。&lt;br /&gt;
今読むとその好景気の物語はSF並の絵空事なのだが、片田舎に生活していた自分にとってはリアルタイムでも絵空事だったので「ふ〜ん」と冷静に見ていて、そんなにハマることもなくその後のシリーズは読まずに今に至っている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;で、この度、ついに社長就任ということで既刊をチェックすると現時点で55冊もコミックスが出ているんですな。&lt;br /&gt;
『課長　島耕作』全17巻&lt;br /&gt;
『島耕作の優雅な１日』全1巻&lt;br /&gt;
『部長　島耕作』全13巻&lt;br /&gt;
『取締役　島耕作』全8巻&lt;br /&gt;
『常務　島耕作』全6巻&lt;br /&gt;
『ヤング　島耕作』全4巻&lt;br /&gt;
『ヤング　島耕作　主任編』現在2巻&lt;br /&gt;
『専務　島耕作』現在4巻(おそらく全5巻)&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/04/2008060302.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=250,height=361,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008060302&quot; title=&quot;2008060302&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/04/2008060302.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;216&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;島耕作のプロフィールには明確に誕生日などが無いらしいんですが、ヤング島耕作の中で学生運動が盛んだった1966年に早稲田大学に入学しているという事になっている。&lt;br /&gt;
作者の弘兼憲史が「島耕作はほとんど自分の分身で、プロフィールも自分と同じような物」と語っているのですが、となると弘兼憲史の誕生年と同じということでおそらく1947年生まれで60歳なのだ。&lt;br /&gt;
現在、コンビニ廉価本で『島耕作クロニクル　1970〜2008-社長への軌跡-』が出ているが、パラパラと読むと島耕作が社長になった「初芝電産」という会社は、連載スタートした1983年は３代目社長で、2008年に就任した島耕作が10代目（実際には島耕作が就任したのは五洋電機と経営統合して誕生した「初芝五洋ホールディングス」）。25年間で8人、社長って3年ペースでホイホイと変わっちゃう物なんすか？&lt;br /&gt;
一時期は「サラリーマンのお手本」だとか「目標」だとか言われていたんですが、やはり「最終目的は社長っすよね」という事で今でもお手本なんでしょうかね？&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/06/04/2008060303.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=250,height=351,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008060303&quot; title=&quot;2008060303&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/06/04/2008060303.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;210&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;なんか時折パラッと見かけるたびに、ベッドでピロートークしている印象しか無いんですが、ちょっと「おいおい」と思ったのが去年の秋に雑誌「モーニング」の表紙になった絵。島耕作がバスタブに赤いバラを大量に浮かべてドンペリを飲んでいる。&lt;br /&gt;
オッサンの入浴の絵なんて見たくない！と思う以前に「この世界ではまだバブルは終わっていなかったんだ」という、凄く薄っぺらい成功者のイメージに激しくトホホ感を抱いてしまったワケです。&lt;br /&gt;
この表紙絵の半年後に社長就任ですから、ほんとうにこれがサラリーマンとして上り詰めるという印象なんですかね？&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;あ、今週号の週刊朝日の表紙でマンガ大好き麻生太郎と握手している事から、政治に強い歩み寄りを見せて、出馬という線も・・・・って、すでに島耕作がそのまんま政治家になったような「加治隆介の議」って漫画も存在していますな。加治隆介という主人公も東大法学部卒、一流商社で若くして課長にまで上り詰めたエリートサラリーマンで、その彼が政治家だった父親の地盤を引き継ぐ物語。&lt;br /&gt;
弘兼憲史は「人間交差点」とか「黄昏流星群」なんかの市井の人々を描いた作品が、御都合的な展開も含めて好きで、自分は島耕作などのエリートサラリーマンの世界にはあまり興味を引かれないワケですが、今回連載開始された『社長　島耕作』が完結した時、一気に1980年代から現在に至るまでの日本経済変遷をある側面から描いた歴史物語として読んでみたいとは思っている。&lt;br /&gt;
それがあと5年先なのか、10年先なのか。まさか最初に思った『会長　島耕作』まではやらないよね？&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;※Wikipedia「弘兼憲史」の項でアシスタントの所に「唐沢なをき」という名前があるけど、どの辺をやったんだろうか？&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;P.S.ひみさん、指摘ありがとうござました。こっそり直しておきました。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>アニメ・コミック</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-06-03T09:20:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e72f.html">
<title>田口浩正と、芋洗坂係長と、エロマンガ</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_e72f.html</link>
<description>毎週、金曜日の午前中までに来週分のラジオ原稿を仕上げる。 と言っても、最終的な決...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;毎週、金曜日の午前中までに来週分のラジオ原稿を仕上げる。&lt;br /&gt;
と言っても、最終的な決定権はディレクターにあるので、単純に放送回数分の原稿って事ではなく、だいたい倍の量をまとめる。&lt;br /&gt;
とりあず本日もそれをクリアし、午後からちょいと出かける。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;田口浩正(似てなくて御免)&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/30/2008053001.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=409,height=409,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008053001&quot; title=&quot;2008053001&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/30/2008053001.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;その出かける間際、テレビで「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに俳優の田口浩正が出ているのを見る。&lt;br /&gt;
なんだか体調不良で「熱があるンすよ」という感じの話をしていた。その中で冗談として「もうフラフラで、45度ぐらいある」みたいな事を言っていたのだが、そりゃ無いだろと思いつつ、出かける準備をしていた。&lt;br /&gt;
さらに会場の100人の中で1人に該当するアンケートで「では、さすがに45度は無いと思いますが、44度になった事がある人！」と言うことで、なんと該当者が１名居て、田口浩正がストラップを貰っていた。&lt;br /&gt;
という所でテレビを消して家を出たのだが、なんか異常にモヤモヤした気分になってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;芋洗坂係長(なんとか似ているか？)&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/30/2008053002.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=440,height=440,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008053002&quot; title=&quot;2008053002&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/30/2008053002.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;基本的に体温計で計れる最高温が42度ってのが一般的で、雑学的には体温が41度になると肝臓がやられ、42度以上になると人体を構成している細胞のタンパク質がゆで卵のように変質して固まってしまうと言われている。&lt;br /&gt;
だから、会場にいたという44度を経験した人は！と小一時間問いつめたいのだ（田口浩正は熱があるって事で、適当に45度と言っていただけなのだが）&lt;br /&gt;
ちなみにこの俳優・田口浩正は元々「テンション」というお笑いコンビ出身で、その元相方は小浦一優と言う人物なんですが、最近「芋洗坂係長」という別名で注目されているあの人でやんす。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;しかし、テレビってのは視聴率１％でも何万人もが見ているってワケで、あの瞬間かなりの人数が「ンな温度になるワケないだろ！」とツッコミ、極一部の人が「その程度なんだよ、俺なんかもっと上になった事あるぞ」と根拠もなく負けず嫌いを発揮していたんじゃないかと思うのだ。&lt;br /&gt;
テレビのバラエティだとしても信じちゃう人は多いワケで、時々「おいおい」と思う物を見る（自分のこと棚に上げます）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;先日、オリコンヒットがどうしたこうしたという番組があり、そこでジュディ・オングの「魅せられて」がレコード大賞を受賞した際のエピソードを上田晋也が喋っていた。&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;#147963&quot;&gt;「1979年、西城秀樹さんの『ヤングマン(YMCA)』が大ヒットしていて秀樹さんも自分がレコード大賞を受賞出来るんじゃないかと確信していたんですよ。だから授賞式の際に思わず立ち上がってしまったんですが、次の瞬間にジュディオングさんの名前が呼ばれ、照れ隠しもあってジュディさんをステージまでエスコートしたんです」&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
と語っていたワケですが、確かにこの年、西城秀樹の『ヤングマン(YMCA)』は大ヒットしていたんですが、レコード大賞の規約で「外国曲はノミネート出来ない」という物があり（実際には明記されていないという説もあるが）、西城秀樹は1979年最大のヒット曲ではなく「勇気があれば」という曲でのノミネートだった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;だから「自分が呼ばれると思って立ち上がった」という話はちょいと無いんじゃないかという感じなのだ。&lt;br /&gt;
その時、上田晋也は「これ秀樹さんから実際に聞いた話」と語っていたのですが、そうなると西城秀樹が話を面白くしようとして適当な事を言った、て事かなぁ。&lt;br /&gt;
でも、この瞬間テレビを見ていた何万人の記憶にこの話がインプットされちゃったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;と言うことで、その翌日、たまたま回したチャンネルで上田晋也がクイズに答えるというのをやっていたので、ぼーっと見てしまったのだが・・・&lt;br /&gt;
雑学の古典的定番というか、エロ好き男子児童の定番ネタがクイズになっていた。&lt;br /&gt;
「&lt;font color=&quot;#147963&quot;&gt;さて、実際にあるのはエロマンガ島、エロビデオ島どっち？&lt;/font&gt;（ちょいと正しい設問は忘れたけど）」&lt;br /&gt;
で、当然のように上田晋也は「エロマンガ島」と答えたのだが、そこで自信満々に「え〜このエロマンガってのは『熱い風の吹く平原』という意味です」と説明も入れて、会場は「なんでそんな事まで知ってんだよ」と驚いて終わっていた。&lt;br /&gt;
う〜む、エロマンガ島はバヌアツ領にある島で（正しくはイロマンゴと発音するらしいですが）、『熱い風の吹く平原』という意味を持っているのはオーストラリアにある「エロマンガ」という町で別の場所なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ちなみにエロマンガ島の語源は、雑学的には&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;☆&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#147963&quot;&gt;1774年にクック船長がこの島を見つけた時に現地住民に「この島は何という名前だ？」を島を指指して聞いた際に、住民はその指の先に別の住民がいたので「あれは人間だ」という意味で「エロマンガ(イロマンゴ)」と答えた。&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
というエピソードが語られる事があるが、それは違うんじゃないか？と言う説もあって、ハッキリ断言できないっす。ネットでは圧倒的に「人間です」が多いんですが。&lt;br /&gt;
自分が持っている世界の地理のデータ集に「エロマンガ島」について３ページも解説があるが地名の語源は載っていないし、Wikipediaの該当ページにも語源は記載されていない。（文庫サイズの雑学本２冊では「人間です」の記述は見られるが…）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;なにはともあれ、テレビで語られる雑学は一気に何万人もが見ることになるので、気が付いたらそれが定番になってしまう怖さがある。&lt;br /&gt;
私は、ラジオで毎日のように雑学を喋っているので、その辺を肝に銘じていかなくてはいけないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑学</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-30T17:58:13+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_a565.html">
<title>斉藤由貴／青空のかけら</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_a565.html</link>
<description>斉藤由貴／青空のかけら 作詞.松本隆／作曲.亀井登志夫／編曲.武部聡志 1986...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/00saitoaozora.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=700,height=698,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;00saitoaozora&quot; title=&quot;00saitoaozora&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/00saitoaozora.jpg&quot; width=&quot;149&quot; height=&quot;149&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;斉藤由貴／青空のかけら&lt;br /&gt;
作詞.松本隆／作曲.亀井登志夫／編曲.武部聡志&lt;br /&gt;
1986年8月21日／¥700&lt;br /&gt;
CANYON：7A0615&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;なんか梅雨直前の天気に時々、気分がよい青空を見ているとこのメロディが浮かんでくる。&lt;br /&gt;
歌手・&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C0%C6%C6%A3%CD%B3%B5%AE&quot; target=_blank&gt;斉藤由貴&lt;/a&gt;といってラジオなどで今流れるというと、初期の「卒業」とか「夢の中へ」とかって感じですが、実はこの「青空のかけら」というシングルは、斉藤由貴にとって唯一のオリコン１位を記録した曲なのだ。&lt;br /&gt;
作詞は悔しいけれど、凄く爽やかで気分を高揚させてくれる詩を書く憎いあんちくしょうの松本隆。&lt;br /&gt;
そして作曲は亀井登志夫。&lt;br /&gt;
亀井登志夫は山下久美子の「バスルームから愛をこめて」や松本伊代の「抱きしめたい」「チャイニーズキッス」などこれは！という大ヒット曲がないけれど、自分的には大ヒット曲が多い作曲家なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;この「青空のかけら」はその中でも特に大好きな曲。&lt;br /&gt;
別に言及はしていないが、スタンダードナンバー「MY BLUE HEAVEN：私の青空」のメロディラインを多分に意識して、それをポップな方向に力業で作り替えたんじゃないかと思っている。（榎本健一や高田渡のVer.が好き）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/00longvaozora.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=498,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;00longvaozora&quot; title=&quot;00longvaozora&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/00longvaozora.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;149&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;この曲は有頂天のケラが結成したバンド「Long Vacation」がアルバム『Long Vacation&#39;s Pop』の中でカバーしているんだけど、そっちもかなりポップでいい感じ。&lt;br /&gt;
ちなみにこの当時ケラは激しく斉藤由貴にハマっていたらしく、アルバムの中の『Long Vacation&#39;s Touch』という曲中にメンバーが自己紹介する部分で「斉藤由貴もほどほどにしたいと思います」と語っている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;実は、この時代自分も&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C0%C6%C6%A3%CD%B3%B5%AE&quot; target=_blank&gt;斉藤由貴&lt;/a&gt;にハマっていたわけですが、自分は凄くアイドル歌手にハマるベクトルが不純で「容姿は全然興味ない。その人が女優やっていてもドラマは一切みない。ライブビデオがあっても画像は全然興味ない。」という、アイドル系歌手の曲を聞くってのに「音だけでいい」という周囲には理解不能と言われる人でやんす。&lt;br /&gt;
そのために、斉藤由貴の全シングル全アルバムを持っているのに、ドラマをちゃんと見たことがない、映画も１本も見たことない、という不純な人なのだ。&lt;br /&gt;
顔が凄く好みでも声質が嫌いだったり、歌手としての艶を感じないと、興味を失ってしまうという変な指向性もある。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;斉藤由貴はアイドル末期は完璧にアルバム志向の人になって、シングルカット無しのコンセプトアルバムを作るようになっていき、個人的は凄くハマったワケですが、世間的には「シングルヒットも亡くなったので歌手としてはもうダメだね」という感じになっていった（と思う）。&lt;br /&gt;
最終的には結婚などがあって、そっち方面の活動は終止符を打ってしまったワケです。&lt;br /&gt;
（この数年、ボチボチと音楽活動も再開しているみたいですが）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/tokiasaaozo.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Tokiasaaozo&quot; title=&quot;Tokiasaaozo&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/tokiasaaozo.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;去年は土岐麻子さんがこの曲をカバーしています。伸びやかな声が気持ちいいんですが、斉藤由貴の声量の無さを補って余りある声による演技を超えることが出来ていない感じがしちゃって残念でやんす。&lt;br /&gt;
でも発売から20年以上が経過して、こうやってカバーされるってのは名曲だった事なんだよなぁ。&lt;br /&gt;
ちなみに昨年放送されていたドラマ『歌姫』に出演している&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C0%C6%C6%A3%CD%B3%B5%AE&quot; target=_blank&gt;斉藤由貴&lt;/a&gt;を久々に見たんですが、富士眞奈美ポジションになっていてビックリしました。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>知泉的音楽夜話</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-29T00:08:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b8c6.html">
<title>定年と寿命</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_b8c6.html</link>
<description>ここ数年、いわゆる大量退職者を生み出している団塊の世代が「退職後に何か…」という...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;ここ数年、いわゆる大量退職者を生み出している団塊の世代が「退職後に何か…」という事で、習い事産業がかなり好調らしい。&lt;br /&gt;
確かに（流行っているかどうかは別として）あちこちで「○○教室」という看板を見かけるようになり、「最近ソバ打ちをはじめて、それが楽しくて」とか「昔やっていたベンチャーズのコピーバンドを再結成しようと思って」などという60オーバーの方々の声を聞く。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;そもそも『団塊の世代』って言葉は堺屋太一が1976年に発表した小説の中から生まれた言葉で、その段階で戦後、大量に生まれた世代（1947〜1949年生まれ）が29〜27歳になっており、社会を動かし始めたタイミングに出てきた言葉と言うことになる。&lt;br /&gt;
その時点で言葉の考案者・堺屋太一は41歳。&lt;br /&gt;
その段階では「これから社会をぐわぁん！と動かしていく世代」で、ちゃんと高度経済成長期の日本を盛り立てていたワケですが、現時点では「一気に定年退職を迎える世代」になっている。技術畑などマニュアルだけじゃ伝承し切れない細かい技術はどうなっちゃうの？　みたいな部分も抱えつつ、それでも退職というシステムの中で色々な事が巻き起こっている。&lt;br /&gt;
逆に大学生などはこれまでの就職難が一気に解消されたという利点もあるんだけど。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;退職後に習い事に精を出す人もいるけれど、「悠々自適なんて言ってられないよ、まだまだ仕事しなくちゃいかんのだ」という人も多い。&lt;br /&gt;
確かに、今の60歳なんて「隠居」というイメージではないので、昔ながらの定年の年齢制限はかなりズレているのでは？　とか思ってしまうのだ。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;定年という事が近代日本で言われ始めたのは1902年、明治35年の「日本郵船」が一番最初って事で、その時の定年の年齢は55歳だった。&lt;br /&gt;
それが現在は、だいたい60歳って事になっているワケですが、この年齢設定はどこから来た物なのだろうか？&lt;br /&gt;
実は、この明治30年代ってのは男性の平均寿命は42.8歳、女性の平均寿命が44.3歳って頃なのだ。&lt;br /&gt;
今と比べたら乳幼児の死亡率は段違いだったので、単純に平均寿命って事で語れない部分もあるけれど、「定年で辞めてもらうよ」と決められたワケですが、実際には最晩年まで仕事を続ける事が出来るシステムだったのです。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;とりあえず自分が地味に構築し続けている&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/hbd/&quot; target=_blank&gt;著名人の誕生日データ&lt;/a&gt;で、この1900年頃の著名人の没年齢を拾い出してみる。&lt;br /&gt;
黒田清隆　（1900/08/23没：59歳）第２代総理大臣&lt;br /&gt;
伊藤圭介　（1901/01/20没：97歳）植物学者&lt;br /&gt;
福沢諭吉　（1901/02/03没：66歳）啓蒙思想家&lt;br /&gt;
早矢仕有的（1901/02/18没：63歳）丸善創業者&lt;br /&gt;
星亨　　　（1901/06/21没：51歳）政治家&lt;br /&gt;
中江兆民　（1901/12/13没：54歳）啓蒙思想家&lt;br /&gt;
西郷従道　（1902/07/18没：59歳）軍人・西郷隆盛の弟&lt;br /&gt;
長与専斎　（1902/09/08没：64歳）医学者&lt;br /&gt;
正岡子規　（1902/09/19没：34歳）俳人&lt;br /&gt;
高山樗牛　（1902/12/24没：31歳）評論家&lt;br /&gt;
高橋泥舟　（1903/02/13没：67歳）剣術家&lt;br /&gt;
古河市兵衛（1903/04/05没：71歳）古河財閥／創始者　&lt;br /&gt;
滝廉太郎　（1903/06/29没：23歳）作曲家&lt;br /&gt;
市川団十郎（1903/09/13没：64歳）俳優：9代目&lt;br /&gt;
尾崎紅葉　（1903/10/30没：34歳）作家&lt;br /&gt;
近衛篤麿　（1904/01/02没：40歳）政治家&lt;br /&gt;
斎藤緑雨　（1904/04/13没：36歳）作家&lt;br /&gt;
小泉八雲　（1904/09/26没：54歳）作家：日本人じゃ無いけど&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;正岡子規や高山樗牛、滝廉太郎みたいな本当に若くして亡くなった方もいますが、平均すると54歳。これらの著名人はそれなりも医療を受ける事が出来た人が多かったと思うので、当時の一般人よりはちゃんとした状態で亡くなっていると思うんですが、それでも54歳。&lt;br /&gt;
つまり、当時、日本郵船が設定した「定年55歳」というのは、かなり一般的な寿命に近かったのでは無いかという事なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;現在の定年60歳では、男性の平均寿命79歳、女性の平均寿命85.8歳までの20年、いったいどーやって生活していけばいいって事なのだ？&lt;br /&gt;
実際、自分なんかが爺さんになる時代にはちゃんと年金貰えているかすら怪しい。それだけじゃなく、医療費もその頃はどんな状態になっているか全然予測できないのだ。そう考えると「定年60歳ってどーよ？」と思ってしまうのだ。&lt;br /&gt;
掛け捨てのような年金を納めるより、タンス貯金した方がマシなんじゃないか？と思えちゃうような現状では、どーすんの？俺たち、って感じ。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;と言いつつ、フリーになってしまった私はそんな時の話よりまず「明日のおまんまの心配」をしなさいって事なのだが。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑学</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-25T22:55:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_1ffd.html">
<title>眼鏡キャラ</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_1ffd.html</link>
<description>現在SBSラジオの平日お昼からの人気番組「らぶらじ」の中『２時のうんちく劇場』で...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/2008052101.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=416,height=416,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008052101&quot; title=&quot;2008052101&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/2008052101.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;現在SBSラジオの平日お昼からの人気番組「らぶらじ」の中『２時のうんちく劇場』で毎日のように雑学を喋らせて貰っているわけですが、時たま公開放送という事でステージに上がって雑学を喋る事もある。&lt;br /&gt;
ステージ上だとしても、ほぼ決められた事をだーっと喋るって事でそ〜んなに緊張する事もないし、コーナーはあっという間に終わってしまうので、公開放送と言えども凄く気楽なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/2008052102.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=463,height=463,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008052102&quot; title=&quot;2008052102&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/2008052102.jpg&quot; width=&quot;149&quot; height=&quot;149&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;そんなこんなで、去年から何度かそういう場に登場したワケですが、未だに自分は「面白可笑しい雑学を収集するのが好きな道楽者」という気持ちが強く、どうもリスナーとの温度差があるかもしれない。&lt;br /&gt;
出番が終わったあとは会場をブラブラとうろついて、開いている席に座ってただの観客になっていたりするのだが、そーゆー気を抜いている時にいきなり「いつも聞いてますよぉ」などと声を掛けられ、過去に喋った雑学に関して質問されたり、サインを頼まれたり、中には「写メいいですか？」などとか「一緒に写真お願いします」とか言われる事もあり「おいおい、俺なんかのサインや写真、そんなもの嬉しいか？」とか思ったりしちゃうのだ。&lt;br /&gt;
というか、自分自身が元々芸能人とか見ても写真撮りたいとかサイン欲しいとか思わない人なので、それらを求める人の気持ちが解らないのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/2008052104.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=486,height=486,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008052104&quot; title=&quot;2008052104&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/2008052104.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;という事で、本来は「文章を書くのを生業としたい」という気持ちしかないのだが、そうやって人前に出る仕事も増えつつある。そんな時に言われたのが「杉村ってキャラが立っていない」という事なのだ。&lt;br /&gt;
そこまでハッキリ断定されたワケではないけど、あまりにも普通の人過ぎるという事で、それは昔からよく言われておりました。音楽やっていた時も「そうは見えない」とか、話してみると音楽についても深い話をしたりするのに、見た目ではそんな感じに見えない。&lt;br /&gt;
ふ〜む、と考えちゃいました。&lt;br /&gt;
別段、自分はタレントになる気はないけれど、こうやって個人で仕事をしていくとなると&lt;br /&gt;
何やらキャラ立てみたいな事が必要なのかも知れない。&lt;br /&gt;
という事で、昔からよく言われる「とりあえずキャラ立てをしたいのなら眼鏡を掛けろ」という事を考えた。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/2008052105.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=438,height=438,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008052105&quot; title=&quot;2008052105&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/2008052105.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;デビューした当初のウッチャンナンチャンがプロデューサーから「お前ら二人とも普通すぎるので解りにくいのでどっちか眼鏡掛けろ」と言われ、しばらくの間内村が黒縁眼鏡を掛けていたという。&lt;br /&gt;
他にも、実際には目が悪いわけではないのにキャラとして眼鏡を掛けている人が多い。&lt;br /&gt;
もっとも、自分はそれとは別に最近「眼鏡必要かな」と思っていたので、その眼鏡キャラへの道を選択したのだ。&lt;br /&gt;
この１年、久々に絵をちゃんと描き始めたんですが、なんか焦点が合わない事があり「こえは確実に老化現象が忍び寄っているという事ではないか！」と絵を描く時のための眼鏡を検討していたタイミングだった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/31/2008052106.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=486,height=516,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008052106&quot; title=&quot;2008052106&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/31/2008052106.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;159&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;とりあえず自分では「雑学をしゃべる頭良さそうなキャラ」という設定だったんですが、周囲はどうだったんですかね？&lt;br /&gt;
「少し痩せた秋元康」だったという意見とか、ついでに髪の毛も前髪を下げ「ぺ・ヨンジュン」を狙ったのに、もしかしたらこれって構造計算偽装・姉歯じゃないのか？とか、なんかまだ自分ではシックリ来ないのだが、先日の公開放送に来てくれた人にとってはあの眼鏡顔がうんちくの人「杉村」って認識になったんだろうなぁ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;会場で声を掛けてくれたオバサンは「もっと年齢行っているのかと思っていたんですが、思ったより若くてビックリしちゃいました」などと言ってくれた。&lt;br /&gt;
とりあえず年齢不詳にさらなる拍車が掛かった感じではあるらしい。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>らぶらじ</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-21T19:10:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_a66c.html">
<title>サインはＶ</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_a66c.html</link>
<description>戦争に関する話は難しい問題を幾つも抱えているので、安易に触れるべきではないと思う...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;戦争に関する話は難しい問題を幾つも抱えているので、安易に触れるべきではないと思うんだけど、雑学的話題としてよく出てくるネタがどうも違うんじゃないか？という感じなので、書いてみる。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;☆&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#258963&quot;&gt;指を二本たてる「Ｖサイン」を「ピースサイン」と呼ぶのは、チャーチルが戦争が終わった時に「どういう意味ですか？」と記者に聞かれ「これは広島と長崎に落とした２発の原爆によって戦争が終結し世界に平和がもたらされたという意味だ」と答えたという事がキッカケ。&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
こんな雑学がネットを検索すると、これでもか！というぐらい大量に出てくる。そしてそれについて当然のように怒りのコメントが続いて書かれている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;実はずっと雑学が好きで色々な本を読んできたんだけど、この「Ｖサインは２発の原爆」という話は数年前まで知らなかった。初めて知ったのがネットに書かれていた物なのだ。&lt;br /&gt;
その段階で疑って掛かっていた。どこかにそんな話を書いた本があるのかも知れないけれど、少なくとも自分はそれまで知らなかったという事は、一般的な説ではないのかもしれない。もしそれが事実だとしたら、もっと前から色々な雑学本などでも取り上げているハズなのに……。&lt;br /&gt;
そもそもあのサインを「ピースサイン」とか「ピースマーク」とか呼ぶのは日本だけ（現在はそれが海外にまで波及しているらしい：韓国では定着しているとの事）らしく、あれはあくまでも勝利「ビクトリー」の意味でしかない。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そんでもって、チャーチルが群衆に向かって人差し指と中指を立てたサインをした時に「２発の原爆」と言ったとされているんだけど、少なくとも写真に残されているチャーチル初のＶサインは1945年4月30日ヒトラーが自決をした事により勝利が確認できた5月8日のこと。つまり、まだこの時点では広島、長崎には原爆は落とされていないのだ。&lt;br /&gt;
インタビューの受け答えに関する記事の日付がネットには一切出てこない。そのあたりも怪しい。そして、それ以前から「Ｖサイン」はそれなりに意味が知られているサインだったらしいので、それの意味をワザワザ問いかける記者の意図もよく分からない。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;確かにチャーチルは戦争が終結した時に英下院で「原子爆弾を使用すべきでなかったという意見があるが自分はそうは思わない。日本との戦いにおいてさらに百万の米国人の生命と二十三万の英国人の生命を犠牲に供するよりはむしろ原子爆弾を使用してよかったと思う」という趣旨の事を宣言しているらしいが、それはＶサインの事を述べた言葉ではない。インタビューでもないし。&lt;br /&gt;
そのチャーチルが語った言葉の内容が正しいか正しくないかは、戦争直後の勝利国の意見としては「そういう物」という感じで、戦争が終わって数年後には「日本に原爆を落としたことは間違いだ、あれが正しいとは思わない」とも述べている。&lt;br /&gt;
ついでに言うと、チャーチルがアメリカから知らされていたのは１発だけで、２発目に関しては「予定されていた事と違う」と激怒したとも伝えられている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;どうも、上記の英下院での言葉が勝手に一人歩きをして、大群衆の前で一番最初にＶサインを出したチャーチルという事実が結びつき、解りやすい形、ついでに日本人を刺激する形で「Ｖサインは２発の原爆」という雑学が誕生したんじゃないかと思うのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;この原爆に関してはもうひとつ&lt;br /&gt;
&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;☆&lt;/font&gt;&lt;font color=&quot;#258963&quot;&gt;タバコのラッキーストライクの意味は「広島に落とした原爆」の意味で、あのパッケージは原爆を真上から見た物だ&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
というガセネタも一時期は広まっていたが（これもネット発祥なのかな？）、ラッキーストライクは原爆投下より半世紀前に発売されていて、ゴールドラッシュの頃、金鉱を発見した時の叫び声だとされ、あのデザインも原爆投下前から使われている物なので、却下なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑学</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-20T10:30:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/tokio_129a.html">
<title>沢田研二／TOKIO</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/tokio_129a.html</link>
<description>沢田研二／TOKIO 作詞.糸井重里／作曲.加瀬邦彦／編曲.後藤次利 1980年...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051901.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=508,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051901&quot; title=&quot;2008051901&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051901.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;152&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;沢田研二／TOKIO&lt;br /&gt;
作詞.糸井重里／作曲.加瀬邦彦／編曲.後藤次利&lt;br /&gt;
1980年01月01日／¥600&lt;br /&gt;
Polydor／DR6385&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ここの所、漫画「関町物語」を書くために、1980年前後の資料を色々読んでいるのだが、ふと思ったのが「1980年はSF的未来図で始まった」という事なのだ。&lt;br /&gt;
時代というのはすべて連続した時間として繋がっており、革命的な歴史的な事件が起こらない限り、常に緩やかに変化をしていく物なのだ。&lt;br /&gt;
よく時代論を語る時に1960年代、1970年代などという言葉で乱暴に時代を断ち切ったような言葉が使われるが、実際その時代を生きてきた人間にとっては大晦日から正月に日付が変わろうと変わるまいと、連続した営みが続き、そ〜んなに世の中は変わる物ではないのだ。&lt;br /&gt;
そういう意味では1980年代とはなんぞやと語る際に、明確に時代を象徴できるのは、1985年を中心にした数年という事になるかもしれない。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;ロンリーウルフ：作詞.喜多條忠：作曲.大野克夫：編曲.後藤次利&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051902.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=502,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051902&quot; title=&quot;2008051902&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051902.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;しかし1980年になった瞬間、なんだかよく解らないけれど新たな時代が始まるという予兆があった。&lt;br /&gt;
それは明確に、影響力のある人物が「新時代の幕開け」という宣言をしたからなのだ。&lt;br /&gt;
その人物とは稀代の歌舞伎者、沢田研二。&lt;br /&gt;
沢田研二、通称ジュリーは新時代の幕開けの初日、1980年1月1日に誰も予想をしていなかった新曲『TOKIO』を発表している。（正しくは前年暮れに発売したLPからのシングルカットだが）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;当時、大晦日のテレビは、紅白歌合戦が終わった直後に民放へチャンネルを廻すとどの局も同じ番組「ゆく年くる年」が放送されていた。&lt;br /&gt;
今ではとうてい考えられない状態だが、毎年東京キー局が持ち回りで制作した番組を、すべての民放局が同じ内容の番組を流していた。最終的には地方局を含め全国106局同時ネットというすごい番組になっていたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;恋のバッドチューニング：作詞.糸井重里：作曲.加瀬邦彦：編曲.後藤次利&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051904.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051904&quot; title=&quot;2008051904&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051904.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;大晦日、年に一度の夜更かしが許される日という事もあって、子供達はテンション上がって「どのチャンネル廻しても同じだぜ！」と得意げにチャンネルをガチャガチャ廻し「むやみやたらとチャンネル廻したら壊れるだろ！」と各家庭で新年早々怒られる子供が続出したイベントだった。&lt;br /&gt;
この「ゆく年くる年」という番組は「日本初のＣＭで時報を流した」セイコー社の１社提供で放送されており、カウントダウンの時計は当然セイコーだったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ピッピッピッ、ポーン！と、セイコー社の時計が1970年代に幕を下ろし、新たなる10年間、1980年代が始まった1980年1月1日、その瞬間、テレビの闇の中から派手な電飾が点滅し、ジャッジャッジャ〜ンジャ〜♪と重いディストーションギターの音が流れだしたのだ。&lt;br /&gt;
「な、なんだ？」と、当時高校３年生だった自分はその画面を見て度肝を抜かれた。&lt;br /&gt;
そこにいたのはミリタリールックにいくつも電飾をつけ、何やらでっかいパラシュートを背中に背負って風を受けている沢田研二だったのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;カサブランカダンディ：作詞.阿久悠：作曲.編曲.大野克夫&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051903.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=504,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051903&quot; title=&quot;2008051903&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051903.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;151&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;さきほど終わったばかりの紅白歌合戦の中では「ボギー、ボギー、あんたの時代は良かったよ♪」と昔の男は自由に格好良く生きる事が出来たのに時代遅れの男は不自由だと『カサブランカ・ダンディー』を歌っていたジュリーが、1980年の幕開けと同時に電飾の中から出現してきたのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;しかもそこで歌われている内容はやたらとシュールで、スーパーシティ「TOKIO」が空を飛んだり、海に浮かんだり、星になったり、という一回聞いただけでは意味が理解できないものだった。&lt;br /&gt;
今、改めて聞き直すとアレンジや楽器編成自体は凄くアナログでテクノ的要素は少ないんだけど、途中で使われるキーボードのフレーズやシンセドラムはまだ歌謡曲が歌謡曲だった時代には充分に刺激的だった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;編曲の後藤次利は、前作「ロンリー・ウルフ」という地味だけどムチャカッコイイ曲の編曲から「TOKIO」「恋のバッド・チューニング」「麗人」の４枚のシングルを手がけている。&lt;br /&gt;
ちなみに1979年末にすでに発表されていたアルバム『TOKIO』の編曲をすべて手がけており、サディスティックミカバンド以降、サディスティックなどでスタジオミュージシャンとして鍛え上げた後藤次利の力量を見せつけるような内容になっている。そしてこの年の年末、日本レコード大賞・編曲賞を「TOKIO」で受賞している。&lt;br /&gt;
「TOKIO」はテクノ風味の曲だが、実はベーシスト後藤次利のあまりにも格好良すぎるベーステク満載なのだ。低音を利かし気味にしてヘッドフォンで聴くことをお勧めします。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;麗人：作詞.阿久悠：作曲.沢田研二：編曲.後藤次利&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051905.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=501,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051905&quot; title=&quot;2008051905&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051905.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;この1980年1月の段階では、すでに「イエローマジックオーケストラ」はデビューしており、ワールドツアーも成功させ、2ndアルバム『ソリッド・ステイト・サヴァイバー』もオリコン最高位9位にもなっているが、まだ一般的な浸透度も少なく、歌謡界はテクノの扱いに苦慮していた時代だった。&lt;br /&gt;
この時代、沢田研二は常に斬新なアイディアを曲に折り込み、おそらく時代を牽引していくという自負もあったんだろうと思う。そんな中で当然テクノ的なアプローチも必然だったと思うが、1980年代の初っぱなにこれを持ってきたというのは大いなる意図を感じるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そして「シュールな歌詞」を書いていたのは新進気鋭のコピーライター糸井重里。その段階で、すでにコピーライターとしてはいくつかの受賞歴があり、矢沢永吉の「成りあがり」のライターなど大きな仕事をこなしていたが、一般的知名度を集めたのがこの作詞からだった。（もっとも糸井重里というキャラとして有名になったのは1982年から始まったNHK『YOU』の司会）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;アルバム『TOKIO』&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051906.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=500,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051906&quot; title=&quot;2008051906&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051906.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;そんな形で新時代を意図的にこじ開けた曲「TOKIO」は、ザ・ベストテンでは発売から3週間経過した1月24日に8位に初登場し、その後10週に渡りランクインしつづけた。当時、久保田早紀「異邦人」→クリスタルキングの「大都会」→海援隊「贈る言葉」が爆発ヒット中で1位は獲得できなかったが、2位は5回、3位は3回、4位は2回と上位をキープしつづけた。&lt;br /&gt;
そんな中、歌舞伎者ジュリーはその巨大な衣装で色々な場所に出現した。ビルの屋上などで歌った事もあったが、アメリカへ渡りアリゾナのデスバレーという荒野で風に煽られながらも必死に踏ん張りながら歌った姿が今でも記憶に残っている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;その後、「おれたちひょうきん族」でたけちゃんマンの衣装としてパロディ的に使用されたり（元々、ジュリーの物まねをするために作った衣装らしい）、ばかでかいセットのような衣装は小林幸子に継承されていくのだが。&lt;br /&gt;
なにはともあれ、1980年の幕開けと同時に民放チャンネルを見ていた全ての家庭に、沢田研二の1980年代宣言「TOKIO」が流し込まれたのだ。&lt;br /&gt;
その1980年代が人々にとって幸せな未来だったのかはよく解らない。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;ちなみに、民放同時放送の「ゆく年くる年」は昭和最後の年末となった（その時点では昭和最後とは思っていなかったが）1988年から89年にかけての回が最後となり、平成の最初の年末、1989年と1990年の橋渡しの年末は各局独自の番組となっている。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>知泉的音楽夜話</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-19T22:55:20+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/no419786_49b4.html">
<title>文庫栞マニア(No.4)1978年6月</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/no419786_49b4.html</link>
<description>1978(昭和53)年6月：角川文庫 角川文庫：山田正紀「神狩り」¥260 文庫...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;1978(昭和53)年6月：角川文庫&lt;br /&gt;
角川文庫：山田正紀「神狩り」¥260&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051803.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=695,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051803&quot; title=&quot;2008051803&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051803.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;208&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;文庫本の栞というと、それまで「サービスとして挟んでいる」というだけだった物に着目して、そのスペースを広告として活用しはじめたのは角川文庫だったんじゃないかと思う。&lt;br /&gt;
そのキッカケとなったのが、角川書店がマルチメディア構想として映画制作を開始した時に、話題になった作品→映画制作→文庫本を発売して売り出す→さらにその作家の他の作品も「フェア」として大量に発表しブームに仕立てる、という作戦を作り出した際のアイディア。&lt;br /&gt;
文庫本には「映画優待割引券」になる栞と、映画に関するお知らせリーフレットを挟み込む。もう本が好きな人にとっては否応なしに「映画やってまっせ」という情報を流し込まれてしまう。なんか見なくちゃいけないかのような気分にさせられてしまうのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;この栞は森村誠一の「野生の証明」の映画優待割引券になっていて、キャッチコピーは「NEVER GIVE UP」が使われ流行語になっている。&lt;br /&gt;
角川映画での有名なキャッチコピー『読んでから見るか、見てから読むか』はその前作「人間の証明」のテレビＣＭや雑誌広告で使われて、これも流行語になっている。&lt;br /&gt;
このコピーが連日のようにテレビＣＭで盛んに流し込まれることで「あぁぁぁ読まなくちゃ」「あぁぁぁ見なくちゃ」と純朴な田舎の中学生は強迫観念を植え付けられてしまい、とりあえず文庫本を購入して読んでしまったのだ。見事に角川春樹の術中にはまっていた。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051801.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=500,height=337,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051801&quot; title=&quot;2008051801&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051801.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;101&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;もともと角川書店というのは、映画とのタイアップで単行本・文庫を売るというマルチメディア構想に長けている出版社で、原作つき映画制作に出資をして映画公開と同時に作家フェアや推理小説フェアなどを開催するという事をしていた。&lt;br /&gt;
が、ある時、出資をした松竹の映画「八つ墓村」が予定していた公開日までに完成せずに、すでに予定されていた「横溝正史フェア」がイマイチ盛り上がらずに失敗したという事があり、そこで角川春樹が「こんな事なら俺たちが映画作っちゃえばいいんだよ」という事でかの角川映画がスタートしたワケです。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051805.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=800,height=555,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051805&quot; title=&quot;2008051805&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051805.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;104&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;その第一作目が1976年の「犬神家の一族」。&lt;br /&gt;
それまで映画会社は「ライバルはテレビ」で映画のＣＭはあまり流していなかったのだが、角川はまったく関係なくバンバンとテレビで映画ＣＭを流し、映画を見なくちゃ時代に乗り遅れるという感じに盛り上げたのだ。&lt;br /&gt;
えぇブームに乗せられやすい私は見事にこの時代に角川文庫で「犬神家の一族」を読み、その後立て続けに何作も横溝作品を読んでいますとも。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/19/2008051804.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=559,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;2008051804&quot; title=&quot;2008051804&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/19/2008051804.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;209&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;1977年に「人間の証明」は前述の「読んでから〜」と同時に「母さん、僕のあの帽子、どこへいっちゃったんでしょうね」というコピーが大量に耳から流し込まれた。しかしこのキャッチコピーは「人間の証明」の作者・森村誠一のものではなく、劇中で語られる西条八十の詩がオリジナルなのでそれをキャッチコピーにするってのはいかがな物かと。&lt;br /&gt;
そんなこんなで基本的には本を売るためのフェアを開催するのが目的だった映画制作が徐々に大きな産業になっていった角川は、今回ネタにした「野生の証明」のヒロインを公募し薬師丸ひろ子という女優を誕生させている。&lt;br /&gt;
その後も大ヒット映画をバンバン量産させていくんだけど、80年代に入って「映画収入」「単行本・文庫本収入」ともうひとつ金脈を発見していく。&lt;br /&gt;
それが「ビデオ収入」なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;当初は映画作品一本１万円以上していて、素人には手が出せない金額だったワケですが、マニアな人は手元に映画を残したい！というので購入していたり、さらに「レンタルビデオ」という物が誕生して（まだ貸し出しに関しての法整備が進んでいなかったけど）レンタルショップがヒット作は数本購入するという事でそれだけでもそこそこの本数いくということで「これも旨味多いよな」という事で、角川映画が暴挙に出てしまったのだ。&lt;br /&gt;
80年代のある時期、映画上映決定！と同時にビデオ予約開始！を始め、その映画の公開日にビデオも販売開始しちゃったのだ。&lt;br /&gt;
しかしこの暴挙は映画館側から「そんな事されると映画館に客が来なくなる」との猛反発され、映画上映からビデオ発売まで一定期間置くという事になった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;この角川映画の大成功は角川春樹という良くも悪くも風雲児によって成された物で、なんだかんだ言っても出版界での「○○フェア」という物を定着させ、映画界にもメディア戦略の方法論として多大な影響を及ぼしたという功績があるのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;そんなこんなで「野生の証明」、裏面は渡哲也のトマトジュースのＣＭになっている角川文庫の栞でやんす。（ついでにリーフレットにはピーター・フォンダ）&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;この『文庫栞マニア』前回は2006年7月27日だったので、1年以上ぶりなのだ。時々思い出したように栞を元ネタに色々語りたいと思う次第であります。&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>文庫栞マニア</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-18T09:31:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_c23a.html">
<title>泰葉／フライディ・チャイナタウン</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_c23a.html</link>
<description>泰葉／フライディ・チャイナタウン 作詞.荒木とよひさ：作曲.海老名泰葉：編曲.井...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha01.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=403,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha01&quot; title=&quot;Yasuha01&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha01.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;151&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;泰葉／フライディ・チャイナタウン&lt;br /&gt;
作詞.荒木とよひさ：作曲.海老名泰葉：編曲.井上鑑&lt;br /&gt;
1981年9月／¥700&lt;br /&gt;
POLYDOR／7DX1120&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;いやぁどうしてあそこまで壊れた人間、空気が読めない人間になっちゃったかねぇと思ってしまうワケですよ。&lt;br /&gt;
昨年末、突如として巻き起こった&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%BD%D5%C9%F7%C4%E2%BE%AE%C4%AB&quot; target=_blank&gt;春風亭小朝&lt;/a&gt;師匠との離婚会見から、今にいたるまで「放し飼いの壊れたおばさん」「空気が読めないどころの騒ぎじゃない人」としてアチコチの番組に出倒している&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C2%D9%CD%D5&quot; target=_blank&gt;泰葉&lt;/a&gt;。&lt;br /&gt;
去年、なぜか久々に泰葉が小朝とセットでテレビに出るようになって「？」と思っていたが、いきなり離婚ですか。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha02.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=404,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha02&quot; title=&quot;Yasuha02&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha02.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;151&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;1981年9月に歌手・泰葉のデビューシングル「フライディ・チャイナタウン」がリリースされているが、その作曲も担当している。曲調としてはサビが印象的で覚えやすい良質のポップスという感じで、井上鑑のアレンジも的確な世界を築きあげている。&lt;br /&gt;
ただ１つ当時から引っかかっているのが、この歌詞「♪肩にぶつかるジンガイ、ウィンクを投げる」という物。&lt;br /&gt;
ここに出てくる「ジンガイ」は歌詞カードでは『外人』と書いてルビを振ってあるのだ。&lt;br /&gt;
いくらなんでもそりゃないだろうという気がして、この曲を聞く度にそこが引っかかってなんか複雑が気持ちになるのだ。「シーメでその後ヒーコー」みたいな感じ。&lt;br /&gt;
まだ80年代中期から始まる、とんねるずを中心とした芸能界ごっこの波は来ていないので、この段階は「ジャズマンが始めた逆さ言葉」的な遊びだったのかもしれないけど…。&lt;br /&gt;
このシングルのカップリング曲「モーニング・デート」も同じメンバーの曲で、上質なガールポップスを展開している。作詞の&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%B9%D3%CC%DA%A4%C8%A4%E8%A4%D2%A4%B5&quot; target=_blank&gt;荒木とよひさ&lt;/a&gt;は何を考えてあの詩を書いたのだろうか。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha03.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=403,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha03&quot; title=&quot;Yasuha03&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha03.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;151&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;あのキャラクターが世間に浸透している現在では凄く言いにくいけれど、音楽家としての泰葉は好きなのだ。&lt;br /&gt;
ただ、泰葉はその数年前にデビューした「&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%A5%B3%A5%B7%A5%DF%A5%CF%A5%EB&quot; target=_blank&gt;越美晴&lt;/a&gt;」とか「&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C8%AC%BF%C0%BD%E3%BB%D2&quot; target=_blank&gt;八神純子&lt;/a&gt;」と凄く被ってしまうので、音楽的な話題より世間的な売りが「林家三平の娘」という感じになってしまっていた事。そして、当時から自由奔放キャラがあったためタレント的活動が多くなってしまったという事が、ちょっと残念だった。&lt;br /&gt;
ついでに1985年にデビューした「&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%BC%EF%A4%C8%A4%E2%A4%B3&quot; target=_blank&gt;種ともこ&lt;/a&gt;」もかなり同系統なので、音楽面では個性は生かせずおしまいって感じなのかもしれない。２枚目のシングルのカップリング曲「突然ハプニング」という曲なんか知らないで聞いたら種ともこの曲かと思ってしまう程。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha05.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha05&quot; title=&quot;Yasuha05&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha05.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;ちなみに泰葉は「午後は○○おもいッきりテレビ」の初代司会を山本コータロー（番組では山本厚太郎）と共に1987年10月から1988年3月まで務めている。&lt;br /&gt;
ただ個人的に泰葉というと「笑っていいとも」のテレフォンショッキングに出演した時の印象が強い。&lt;br /&gt;
1984年4月23日、当時はゲストが直に電話をするシステムだったのですが、歌手&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%A4%B7%A4%D0%A4%BF%A4%CF%A4%C4%A4%DF&quot; target=_blank&gt;しばたはつみ&lt;/a&gt;に電話するつもりで間違って素人の家に電話してしまい「え〜しばたさんじゃないの？」と言っていたのだが、そこで&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%A5%BF%A5%E2%A5%EA&quot; target=_blank&gt;タモリ&lt;/a&gt;がギャグで「明日来てくれるかな？」と言い、その素人もノリで「いいとも！」と答え、翌日から本編テレフォンショッキングの前に数分素人テレフォンショッキングが放送された。（３人目が電話した相手が「突然そんな事言われてもダメだよ」と拒否したので、コーナーは３日で終わった）。&lt;br /&gt;
自分が自覚していない所でも騒ぎを起こしてしまう人なのだ。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha04.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha04&quot; title=&quot;Yasuha04&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha04.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;しかし、去年あのタイミングで泰葉と小朝が離婚したってのが、昔から冗談として語られている話を思い出すとちょっと意味深だなぁと思ってしまうのだ。&lt;br /&gt;
結婚した当初から「小朝が泰葉と結婚したのは林家正蔵の跡目が欲しいからだ」とウワサされていて、こぶ平も半分冗談だろうがそのように語っていた事がある。&lt;br /&gt;
結果としてはその正蔵の名前はこぶ平が継いでしまったのだが、それと同時に囁かれていたのが「いやいや、小朝が狙っているのは林家三平の跡目狙いだ」という話。&lt;br /&gt;
その三平の名前はと言うと、去年10月31日に「いっ平が2009年春に継ぐことに決定」したのだ。&lt;br /&gt;
そして、その発表から１ヶ月も経たない去年11月に泰葉と小朝の離婚発表。ちょっと出来すぎているよなあ。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;泰葉&lt;/font&gt;&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha07.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha07&quot; title=&quot;Yasuha07&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha07.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;★&lt;/font&gt;泰葉が1982年に出したLPサイズのシングルは、片面に二本溝があり、アレンジ違いの曲がどっちが流れるか解らないという特殊レコードを出したことがある。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;※&lt;/font&gt;普通の歌手がこんなアイディア出してもカッティングが特殊すぎて却下されるだろうなあ。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;※&lt;/font&gt;もっと昔には６本の溝が併走してカッティングされている競馬実況レコードというのもあった。途中まで同じ実況で、最期のコーナーを廻った所から順位が違う実況になるので、これで擬似的競馬ゲームをするというレコード。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;★&lt;/font&gt;２本溝レコードが話題になったので、翌年はレコードの針を通常の終わり部分に落とすと徐々に外側に向かっていく（つまり溝のカッティングを逆にしてある）という特殊レコードを出した。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;※&lt;/font&gt;が、当時はオートリターンなどのプレイヤーが多く、このレコードは手動で針を落とさなくてはいけない、針の動きを機械が誤作動と感知して止まってしまうなどのクレームが大量に寄せられた。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;a href=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/.shared/image.html?/photos/uncategorized/2008/05/18/yasuha06.jpg&quot; onclick=&quot;window.open(this.href, &#39;_blank&#39;, &#39;width=400,height=400,scrollbars=no,resizable=no,toolbar=no,directories=no,location=no,menubar=no,status=no,left=0,top=0&#39;); return false&quot;&gt;&lt;img alt=&quot;Yasuha06&quot; title=&quot;Yasuha06&quot; src=&quot;http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/images/2008/05/18/yasuha06.jpg&quot; width=&quot;150&quot; height=&quot;150&quot; border=&quot;0&quot; style=&quot;float: left; margin: 0px 5px 5px 0px;&quot; /&gt;&lt;/a&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;★&lt;/font&gt;大阪でやしきたかじんとラジオをやっていた事があり、その関係でこぶ平がやしきたかじんの付き人修行をした事がある。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;★&lt;/font&gt;そのラジオにエコーズがゲストに来た時、バンドメンバーの横柄な態度が気に入らなかったので、泰葉がやしきたかじんに「締めちゃえば」と言い放ち、たかじんが譜面台を投げつけ&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C4%D4%BF%CE%C0%AE&quot; target=_blank&gt;辻仁成&lt;/a&gt;を殴ったらしい。って、泰葉はやしきたかじんまでを動かす人だったのか？&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;&lt;font color=&quot;red&quot;&gt;★&lt;/font&gt;テレ東「おはすた」の初代アシスタント（1984〜85年）だったが、ゲストとして当時デビューしたばかりの&lt;a href=&quot;http://tisen.jp/pukiwiki/index.php?%C0%C6%C6%A3%CD%B3%B5%AE&quot; target=_blank&gt;斉藤由貴&lt;/a&gt;が出演した時、いきなり「オッパイ大きいねえ」と胸をわしづかみにした事がある。&lt;br /&gt;
&lt;HR&gt;空気が読めない自由人・・・・歌手としては好きだが・・・・・&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>知泉的音楽夜話</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-17T08:05:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_78c0.html">
<title>ちゃんと使っているの？</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_78c0.html</link>
<description>政治家って「おこづかいの使い道の計画出来ない子」にしか見えないなあ。 「これだけ...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;政治家って「おこづかいの使い道の計画出来ない子」にしか見えないなあ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;「これだけのおこづかいがあるので、その中から上手にやりくりしましょう」というのを子供の頃にちゃんとしつけられないと、大人になった時に「今、金ねえけど欲しい物があるからローン組めばいいや」という考え方が当たり前になっちゃうんだろうね。&lt;br /&gt;
今の政治家って、予算を組んでおいて、しばらくすると「やっぱ金足りないや」と、新たな資金源として何か名目をでっち上げ税金を搾り取る。しばらくするとまた…、の繰り返しって感じ。&lt;br /&gt;
金はいくらでも湧いてくると思っているんじゃないかなぁ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;今から20年近く前、消費税３％が初めて決まった1989年の政府公報テレビＣＭを思い出した。&lt;br /&gt;
画面にOL二人が登場して、まず一人が「え〜ウッソぉ、私たちが買い物しても３％取られるのぉ」とアホっぽいセリフを吐く。&lt;br /&gt;
でも確かにあの時点まで「税金」というのは年度末に収入から取られるという印象が強かったので、子供などとはあんまり関係ないような気がしていた（画面に出てくるOLは税金は所得として払っていたワケですが）&lt;br /&gt;
それに対応して、もう一人がいきなりカメラに向かって「ちゃんと使ってね！」と意見を言うのだ。&lt;br /&gt;
そしてナレーションが「くらしと未来を築きます、消費税４月１日スタート」と入る。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;結局、この時に採算採れると思った消費税３％が全然ダメで、たった5年後の1994年に「消費税５％」に決定している（実施は1996年）。&lt;br /&gt;
つまり政府は「これだけ税金を取れば採算取れる」という計算が出来ていなかったのだ（最初から数年後に税率を上げるという事になっていたとされているが）&lt;br /&gt;
で、その消費税のＣＭを見た時に凄く嫌な気分になったのはＣＭ内でOLが「ちゃんと使ってね！」と言うセリフ。このＣＭを作ったのは政府側で、そのＣＭがなぜ政府側に意見しているかのようなＣＭになっているのか？って事なのだ。&lt;br /&gt;
ここでＯＬを出して「一般市民も関係している話ですよ」と印象づけたかったのかもしれないけど、なぜ政府側に向かって意見をいうような物にしたのかと、当時なんか釈然としない気分になったのだ。&lt;br /&gt;
本来このＣＭの方向は政府から国民へ、のハズなのに、まるで消費税を取られることを国民が承諾して、その税金を国が使う事を後押ししているかのような感じになっているのだ。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;それと「ちゃんと使ってね」という言葉に代表するように、政府などは「決められた予算はとにかく、ドブに金を捨ててでもいいから、予定期間内に使い切る」という考えを持っているのも事実っすよね。&lt;br /&gt;
年度末の道路工事なんかでも、明らかにそこを今やらなくていい工事もあって、その理由が「年度内に予算を使い切らないと、来年度は使い切らなかったからという理由で予算が少なくなるから」と言われている。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;現状はよく解らないけど、上は「金がなかったら、庶民から絞ればいい」と思っているのではないか？という印象しかないのだ。&lt;br /&gt;
ちなみに、政府公報の制作費や放映料も当然、税金から捻出されているんですよね？&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;</content:encoded>


<dc:subject>雑談</dc:subject>

<dc:creator>杉村</dc:creator>
<dc:date>2008-05-14T11:26:00+09:00</dc:date>
</item>
<item rdf:about="http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_349e.html">
<title>非グルメを脱却しなくては</title>
<link>http://tisen.cocolog-nifty.com/blog/2008/05/post_349e.html</link>
<description>池波正太郎『食卓の情景』という文庫本。昭和55(1980)年に発行されているが、...</description>
<content:encoded>&lt;p&gt;池波正太郎『食卓の情景』という文庫本。昭和55(1980)年に発行されているが、オリジナルは昭和48(1973)年に朝日新聞社より刊行されている&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;池波正太郎は1923年生まれなので、オリジナルは50歳の時に刊行されたという事になる。&lt;br /&gt;
自分はエッセイ、以前なら随筆と呼ばれる物が好きで学生時代からよく読んでいるのだが、これらはおそらく中学の時に遠藤周作『狐狸庵先生シリーズ』北杜夫『どくとるマンボウシリーズ』を大量に読み込んだのがベースにあるのかもしれない。&lt;br /&gt;
もちろん小説も読むんだけど、その作家の日常をのぞき見る事が出来るエッセイは楽しい。&lt;br /&gt;
もっとも今はエッセイに始まりエッセイに終わるような作家も多々いて、なんだかなぁという感じでもあるのだけど。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;という事で、この『食卓の情景』というエッセイ集を四半世紀振りに読み返して見る。最初に読んだ時は自分は10代の終わり頃だったので、ここに書かれている「初老を越えた自分、そして年老いた母親の姿」などの描写は他人事で「ふ〜ん」という感じでザッと読み飛ばしていた。&lt;br /&gt;
まだ、その年齢には達してはいないけれどなんとなく山の向こう側にゴールがあるんじゃないか？　と感じ始めた自分にとって感じ入る部分も多くある。&lt;br /&gt;
もちろん元々の資質が全然違うので池波正太郎の精神部分にまで達する事は生涯ないのだろうが、ふと「自分がこの年齢、50歳になった時にここまで達観出来ているだろうか、ここまで穏やかに熱くいられるのだろうか」と思ってしまった。&lt;br /&gt;
&lt;hr&gt;その小説世界の中でも「食」という物をじっくりと描き続けてきた池波正太郎なので、その実生活の中での食事も慈しむように記載してある。&lt;br /&gt;
これ見よがしにグルメぶりを披露するワケでもなく、他者に「これはこうでなくてはイカン！」と啓蒙するというワケでもなく、淡々と自分の精神が高揚できる、自分の創作意欲の後押しをしてくれる食事を書いている。&lt;br /&gt;
昭和四十三年十二月九日&lt;br /&gt;
［昼］ドライカレー、コーヒー