2012年12月17日 (月)

師走だなあ、僕は君といるときが一番師走なんだ

なんだか忙しいような気がする。


これは俗に言う年末進行なのかしら? と思ってみるが、なんか違う。
いわゆる年末進行とやらは、レギュラーでやっている雑誌などの仕事が「年末号はちょっと早めに原稿下さいな」的な催促をされ、それで徐々に前倒し前倒しで仕事が入ってくる。さらにその雑誌などの仕事を複数持っている人は前倒しが重なって物理的に不可能な「誰もが1日は24時間である」を無視したような事になってしまう。
それを年末進行というのだ。きっと自分のは違う。
ただ単にレギュラー仕事に別の仕事が重なっている。それが年末に向けて集中しているという状況なのだ。それもこれも「はいはい大丈夫ですよ」と言ってしまう自分の心の弱さが原因なのかもしれない。
そしてさらに最悪なのはそういう時には現実逃避として「今そんなに慌ててやらなくても」という仕事をやってしまう。例えばそれが漫画書きだったりするのだ。

師走は「先生(師)も走るほど忙しい」という事からそう呼ばれるようになった、なんつー事を雑学的に言う人もいますが、実際には「師走」という漢字はあとで考え出された当て字だと言われていて、明治時代に編纂された『大言海』なんて辞書の中では「歳極(トシハツ)ノ略轉カト云フ、或ハ、萬事爲果(シハ)つ月ノ意、又、農事終ハル意カ」と書かれている。
つまり「年が極まった時期」という意味で「歳極:しはつ」だ!となっている。

そうかそうかと思ってしまうのだが、実はこの「歳極」という語源の解釈はこの明治時代に考案されたものらしく、実は平安後期に編纂された『色葉字類抄』の文章では「師馳」と表記されている。つまり世間でよく言われている「師走」的な表記の方が古いのだ。
ここで言う「師」はお坊さんの事で、当時の言い方では「法師」っすね。年末はあっちこっちで声が掛かって法師さんが大忙しで馳せ参じるという季節という事を表した言葉ということになる。
これが平安時代から言われていて、その後、江戸時代に言語学者的な人(貝原易軒とか新井白石とか)が本をまとめるようになって、勝手に「いや違う、こういう意味だ」と定説をひっくり返すブームがあり、その中で「歳極」説も誕生している。
他には漢字表記として、仕事納めをする季節なので「仕極つ:しはつ」「為果つ:しはつ」という説が生み出されている。

という事で決着が付きそうな処なんだけど、実は万葉集に「十二月(シハス)には 沫雪降ると 知らねかも 梅の花咲く含めらずして」という句がある。
つまり万葉集の時代(7〜8世紀)は「十二月」あるいは「十有二月」と書いて「シハス」と読んでいたんじゃないかという説がある。でも「十二月」と書かれていたのを当時の人が「シハス」と読んでいたというのがどこで解ったのかよく解らない。
その事から辞書などには「語源不詳」と書かれている場合もある。

とりあえず「師走」という漢字表記が定着したのは江戸時代の中期よりちょい前、元禄(1688年)あたりらしく井原西鶴(1642-1693)、松尾芭蕉(1644-1694)も句に詠っている
世に住まば 聞けと師走の 砧哉  井原西鶴
かくれけり 師走の海の かいつぶり  松尾芭蕉
何にこの 師走の町に 行く烏    松尾芭蕉

言語学とか語源とかは研究が進んでいくうちに答えが出てきて「他のは俗説」となるんじゃないかと思うけど、実際には途中で色々な言語学者が勝手に思い付きで「実はこういう意味が本当なのである」などと言い出し、結論が出るどころか徐々に諸説が増えていくケースもある。その手の学者は「私が正しい」とか「私の説が後世まで残ったら凄いジャン」的に、勝手なことを言い出す。
以前読んだ語源系の本も「どの語源もはじめて知った」みたいな説のオンパレードで、最初はビックリしつつ読んでいたんだけど、最終的には「これって全部この著者の思い込みってだけでしょ」という結論に達した事もある。
だから面白いんだけどね。

という事で「シワス」とは、年末になってクリスマスの約束をしていた女の子がいきなり「他の人とクリスマス過ごす事になったの、ゴメン、あなたは本命じゃないの」と言いだして去っていった時に「彼女でした」と過去形で表す「She was」と呟く事が多いので「シワズ」→「シワス」→「師走」となったというのが正しい語源です。(語源的にも英語的にも正しくないが)

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2012年2月 8日 (水)

「ビジネス書」は猿でも書ける

昔から興味がなかったジャンルの本に「ビジネス書」という物がある。


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松下幸之助がどうしたこうしたと言うのから、昔だったら鈴木健二「気くばりのすすめ」とか、確かになんかタメになるような事を書いてある気がするんだけど、心の中で「こんな本を必死に読んで、それを真似しているヤツって仕事出来ないだろ」という感じがしちゃって避けてきた。
以前勤めていた会社なんかでも朝礼に何かを喋らなくてはいけないという当番があった時、明らかに「それお前の言葉じゃねえよな」とか「まず、今お前が喋っている事、お前が実行出来てないから」みたいなのを山ほど聞いてきた。
恐らくそこでは間違った事は書かれていないけれど、なんかその言葉の向こうには答えが無いような気がしていた。まず、松下幸之助が成功した事をこの先真似したってダメでしょ。時代が違うんだから。とひねて聞いていた。

だから自分的には強制的に読まなければいけない仕事以外では読まないと思っていた。
ところがフリーの雑学ライターとしてデビューして、まず最初の大きな仕事として『雑学収集能力をいかにビジネスに活かすか』みたいなテーマの本を書くはめになってしまった。
え〜〜〜〜!! なにしろ「雑学扱っていて生きていく上で意味ある物なんて思ったこと無いもん」と言うのが現実なので頭を抱えてしまったのだ。
これが今から4年近く前、確か2007年の終わり頃。
フリーとして仕事を始めたのが2007年の4月からなので、本当に何も実績を残していない状態の時。その時点で『知泉1』『知泉2』を出し、フリー直前に書いていた『静岡県の雑学』という本がフリーデビューとほぼ同時期に発売されていたけれど、雑学人として腹を括ってから初めて書く事になった単行本がそんな『雑学を活かしてビジネス大成功!』みたいな本だった。
おそらく自分だったらそんな本は手に取らない。

純粋に雑学本を何冊も出してそれで評価が上がっていって、その後に「雑学活用法」みたいなビジネス本にいくのなら理解出来るけど、いきなりそれってのはどうなのよと思った。
「私は雑学を活用する事によりビジネスの世界で大成功を納めたのである」みたいな物言いをする気なんて無い、というか社会人失格なのでフリーライターになったというのに。
でも、お知り合いになった編集プロデューサー氏は「まずビジネス本でガツンと!」という事を言い、そのあとで雑学本を続けざまに出しましょうと提案してきた。しかもこちらが提案したジャンルの違う2つの雑学本アイディアを「いいねそれ」と受け入れてくれた。
その事もあって、そのビジネス本を書き始めるのと同時に、雑学本2冊を同時進行で準備しはじめた。
今考えると、「雑学本出してやるよ」というニンジンを目の前にぶら下げられた馬のように無理して「ビジネス本」を書き始めた感じだった。

それでも何とか自分的に面白い方向に持っていきたいと頭をひねり、まず50個ほどの見出しを考え、1冊の流れを作っていった。

※あなたの知識は、自慢なのか、受け狙いなのか、そこが重要なのだ
※重箱の隅に向かってツッコミを入れる!、それも雑学となる
※専門バカには見えてこないからこそ万人受けする物になる
※雑学の種がいっぱい転がっているのに、何故スルーするのか?
※「当然」という言葉の落とし穴、自問自答してみると…
※よく解らない という事も実は重要な雑学の場合もある
※「こうだったら面白い」がガセ知識を生み出す出発点になる

こんな形の見出しをガーーっと書いていって、途中に色々なエピソードや、ガセ雑学はどうして生まれるのか、どんなガセは受け入れられ易いのか、などを書いて最終的に

※相手に雑学を伝える時の構成力が一番大切なのかも知れない
※組み立て方によっては無限に繋がっていく雑学
※知らない事は知らないとアッケラカンと言えるか?
※物事を俯瞰してチェックする視線が必要になってくる。
※知識の前提をどこに置くかを相手によって微調節してみる
※空気の読み方、時代の読み方、そしてネタのチョイス
※他人と1歩違うスタンスで文章を構築する
※雑学のポイントはプレゼン能力だ

という主旨の方向に展開して、なんとかビジネス書としての体裁になるように考えていった。


もちろん、文章の中に用例として雑学をいくつも挟み込み、雑学本としても面白く読めるような計算をしていった。
ビジネス書としては、同じ事例を取り上げても人によって文章が違っていく、その時にどこをチョイスしたらよいか。相手に正確に伝えるのを重視するか、それともまず驚かせる事を重視するのかで、文章の書き方は全然違ってくる。などと言う事などを書き連ねる方向で、見出しを羅列していき、同時に本文も箇条書きでガンガン書き連ねていった。

その間も何度も「こうしたらいい」「こうじゃないとダメ」という部分が先方編集者から出て、方向を違う方に引っ張られ修正したり、修正したり、修正したり.....。気の遠くなるほどのメールのやりとりが繰り返された。
どうもその編集の方とは雑学という物の捕らえ方が違うみたいだと思いつつ、しかもやけに啓蒙書というか、読者をいかに洗脳するかみたいな感じがしていたので「なんか違うなあ」と思いつつ「でもその先には雑学本を出してもらえるってご褒美があるから」と原稿をひねり続けた。
そんなこんなで数ヶ月。同時進行の雑学本の原稿もガシガシ書きながら、そしてラジオも淡々とこなしていった。もちろんその間は収入はラジオのみという状態。
が、その作業が突然、ブツッと終わる瞬間がやって来た。

2008年9月、世界的な金融危機、いわゆるリーマンショックによって色々な物が「おしまい」となった。
ペーペーだった無名の雑学ライターの書いたビジネス書なんてどこも出版しないよという感じで、そのフリー編集者(プロデューサー)さんとの連絡もプツッと切れた。
当然、その後に続く2冊の雑学本の話もそのままどこかに消えてしまった。

でも今となっては(負け惜しみ半分で)「あぁビジネス書なんて出さなくてよかった」って感じなのだ。
どうやらビジネス書ってのは出版社の編集会議でも通りやすく、書店でもそれなりに売れちゃう商品らしい。書籍ではなく商品だけど。で、実績がさほど無い人でも適当なプロフィールを書いておけば、それなりに売れちゃう物らしい。
でもビジネス書なんて出したくなかったんだからね!

今は5年間、雑学をどっぷり考えて来たのでその時より色々なノウハウが自分の中にあると思うけれど、とりあえずビジネス書を出すほどに落ちぶれたくないと思っている。
純粋に「雑学本を出したい」って気持ちは変わっていない。

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2011年9月 1日 (木)

やじきた雑学漫画「秋」

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2011年5月30日 (月)

5月の終わりに「鯉のぼり」

5月の最初頃に描いてあったんだけど、タイミングを外してアップしなかった漫画。
さらに今、外すと来年まで発表できないので今アップしちゃいます。

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最初の画像は「安藤広重・水道橋 駿河台」です

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2011年5月27日 (金)

7月から新展開もあり

日々、ダラダラと仕事をしている。


一番目立っている仕事はラジオで毎日喋っている「うんちく劇場」。これもすでに5年目突入で、あとちょいで850回を数える。とりあえず1000回続けば「偉い」って褒めて貰えるかなぐらいの気持ち。
他にもラジオ関係の仕事はチョロチョロと。
そして今年になってavexがケータイ配信mu-moで展開している『ハイスクールシンガー』での作詞も順調に月1本のペースで続いている。すでに7月リリース予定の第5段の作詞&デモテープまで完成している。

後は無料の仕事だけどメルマガを週に5本発行している。自分の書いている雑学の総まとめ的な意味と、プレゼン資料的な意味、それと地道に知名度アップ大作戦という事。
(それと自分がリリースしたものの宣伝媒体)
あと、今年になってやっとリリースされたiPhoneアプリ『知泉の雑学クイズ』の第3段「昭和歌謡編」&第4段「グルメ編」もあるけど、これの原稿自体は2009年の秋に書き終えている物なので、自分的には今の仕事ではない。
他には秘密の雑学原稿書き仕事もやっている。

そして、そんな状況で7月から大きな、でも小さな仕事が始まる。とりあえず週2回の連載(と言うのか)なんだけど、まだどんなモノなのかは発表出来ないけどそれの原稿書きはが始まっている。
それぞれが違う方向へ向かっている仕事なので「自分の仕事を人に説明する時、どう言ったらいいんだろ」という感じですが、とにかくどの仕事も楽しくて(もちろん苦しい部分もあるけど)日々時間を忘れて作業をしている。
あまりにも楽しくて、メルマガの雑学編集はもう7月頭ぐらいまで6週(30本)分書き終えているし、7月から始まる仕事もすでに3ヶ月以上分のストックが完成している。
ラジオ原稿は1回分の密度が濃くて量あるけれど、すでに2週先までだいたい完成している。
その上、出版社などへ郵送する「こんな本の企画どうっすか?」というプレゼン資料もガンガン作っている。

フリーになって5年目。最初の頃は「雑学テーマで文章を書くのって、いつかネタが切れるんじゃないか」という恐怖心がどこかにあったんだけど、今は全然。もう、溢れちゃってますよ。そして原稿書くのが楽しくて、暴発しつつある。
そんなワケで、まだまだ余裕ありまくりなので「お仕事のご依頼お待ちしております」って、それが言いたかったのか、俺は! お仕事の依頼は<tisen@tisen.jp>へ

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2011年5月25日 (水)

1ヶ月前の講演会

4月の終わり頃に浜名湖の北側にある細江地区の農業者協議会という団体の会合に呼ばれまして、そこで講演活動をしてきました。


ラジオ局経由で「いつもラジオでうんちくを喋っている杉村さんに是非」という話が来てそういう展開になったのですが、過去にちょびっと講演会の真似事みたいな事をやらせてもらった程度だったので、出来ますかね?と思いつつ「ハイ、よろこんで!」となったのです。(正しくは、ラジオの月火パーソナリティ鉄崎さんとセットで)
実際、自分は昔からモノを作るのは好きだけど、基本的に「実演向きではない」と思っていた。だから音楽をやっていた時も、ライブ活動より宅録で音を何重にも重ねるとかが大好きだった。(だからライブでは作詞作曲をするけどボーカルは別の人がやるとかというパターン)

だからラジオで喋らないか?という話が出た時も「原稿を提供するというパターンではダメっすか?」と最初は喋るのを断ったぐらい。
それが実際やってみると、それなりにこなす事が出来ている(と言っても、やはりちゃんと発音勉強した人とは根本的に違うと痛感する場面も多い)。
そんなこんなでの講演会。
しかも農業者協議会という集まりで「テーマは農業に関する事で」とお題を振られてしまった。
農業のプロの前で農業の雑学ってそれは無謀すぎるでしょ。とは思ったけど、雑学者というのは「普通の人が気が付かない部分をネタにする」というのが売りなワケで、頭をひねる。
しかも、30分程度という事なので、短い雑学を箇条書きで喋るという事ではなく、普段ラジオでは10分程で完結させているモノを長時間だからこそ語る事が出来るネタというのをひねり出してみた。

プロットをひねり出し、そこから大量の調べモノをして、おそらく1時間は喋る事が出来るんじゃないかという原稿が完成した後は、削って削って、でも分かり易く面白く、そして何度も練習して時計を見ないでも30分で喋ることが出来るようにまとめていく。
ラジオの公開放送の時などは、長くても10分程度なので文章を丸暗記してカンペを見なくても最後まで喋れるように追い込んでいくけど、流石に30分は、と言うことで要点をかいつまんだメモ帳を準備する。基本は丸暗記で。
そして、もし質問があった時の為に、その雑学に付随しそうなネタも仕込んでおく。
基本は、その調べモノをしている間に全然知らなかった事実などが出てくるという、雑学者は辞められないぜというお楽しみがガンガン出てくるという事。
でも、おそらく自分的に「うわっ そうだったんだ!」というビックリ部分はほとんどの人にとって「で?」ぐらいのニュアンスなので使う事は無いと思う。それでも調べモノは楽しいのだ。

浜松駅に到着した時に送迎の為にやってきた職員の方が「先生、お車はこちらです」と言いだしたので「先生は勘弁」と。ラジオ的な「うんちく王」という呼び方も実際は自分の中では消化出来ていない。
そういう仕事をしている自覚が無いと言えばそうなのかも知れないけど、自分は「うんちく王」ではなく「うんちくが好きな人」でいたいと思っている。偉そうに伝導するというのがメインではなく、雑学を探すのが好きな人。

講演会のほうは、自分でシュミレーションしたような形でキッチリ終わった。
ま、そのキッチリ終わってしまう部分が、アクシデントが巻き起こり後に大笑い出来るエピソード満載にならないという、小心者ゆえの「面白くない人生」なのです。
色々自分的には反省点はあるけれど、先方から後日「面白かったです」という絶賛メールも頂いて、なんとなく手応え有りという感じでした。
きっと昔の自分だったら「人前で喋るのなんて」と即座に辞退していたかもしれないけれど、やればできるじゃん、をラジオで経験したおかげで講演会も経験出来ました。
ラジオで喋っていた事に感謝、講演会の話を頂いた細江地区農業者協議会さんにも感謝です。

そして、取りあえず失敗してもいいから「やってみろ」と考えている今の自分にも感謝。

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2011年3月 8日 (火)

雑学2万本ノック!

気が付くと「ネット歴20年」なんて事になっていた。
パソコン通信からスタートするんですが、インターネットでサイトを開設したのが1998年なので13年前、と言っても自慢出来るような物ではなくダラダラやって来ただけの結果ですが。


そして一貫してやって来たのは「雑学を書く」という事。
もっとも最初の頃は普通の雑学本に書かれているような内容を自分なりの文章に書き換えて「こんなの知ってる?」とばかりに書いていた。今読み返すと恥ずかしくなるような感じで「お前何様?」状態。
なんか雑学を語るのは「〜なのである」とか偉そうな博士か学者か、という口調で語らないとイケナイんじゃないかと錯覚していたのかもしれない。
さらに最悪な事に、雑学本に書かれている事を文章を少し弄っただけで、あたかも自分が書いたかのような文章にして発表していた。
と言っても、パソコン通信でもニフティなどの商業的な物ではなく、個人運営の草の根ネットだったので、それも恥ずかしい過去程度で火傷は収まっていると思う。(個人的見解)
それが徐々に変化して「より短い言葉で雑学を語る」という方向へ変化していく。

そんなこんなで20年間、ダラダラと雑学をネット中心に垂れ流し続けて来ました。
去年の秋にメルマガ知泉を再開した時に「過去に書き散らした雑学をまとめ直す」という事を思い立ち、メルマガのバックナンバーを全部チェックし始めた。
その時点で800号近く発行していたので、1号に5本雑学を掲載したとしても全部で4000本の雑学があった。さらにラジオで語った雑学もそれに加える。
ラジオも既に4年目の折り返し地点を過ぎて、こちらもあと少しで800回という事だった。それ以外に単行本『静岡県の雑学』の欄外に書き倒した約700本の雑学なども加え、ブログなどで書いた雑学も加え、未発表の大量の雑学も加える。

実は二見書房から出した最初の単行本『知泉』『知泉2』の原稿はカミナリの直撃事件で失っているので(デジタルデータは怖いっす)それらは本を読みつつチェックしていく。
この時点で手持ちの雑学本数は1万5000本という事になった。
そんな形で去年の秋口からジワジワと作業を続けていた所、ひょんな事からフロッピーに入っていた当時のテキスト文章を見つけてしまった。
そして、そこに書き散らしていたネット初期に書いた雑学文章を大量に発見してしまったのだ。発表済み、未発表の物、ただのメモ帳みたいな物、色々含めて。
20年間、同じ事を続けるのって凄いんだな。

そんなこんなで現在、手元で整理されナンバリング管理している雑学は6500本。でもって未整理になっている雑学が2万本超え(大量の重複ネタがあるので実際には1万本を切る可能性アリ)。もうワケ解らない状態ですが、これも自分の財産。
初期に書いた物はかなり信憑性が無かったり、雑学とは言えなかったり、それはただの本の引き写しじゃないかだったり、色々と問題がありますが、それらもちゃんと手直ししたり取捨選択していきます。

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2010年11月20日 (土)

デアゴスティーニ『世紀の100事件』

という歴史ネタのシリーズがまた出た。おそらく今回の物は静岡先行テスト発売だと思う。
なんかもう切り口が毎度毎度な感じで、本当に完結するまでいくのかなあと思ってしまう部分もあるし、事件によってはムリヤリ1冊に仕上げてしまうスカスカの物も出てくるんじゃないかと。
そんな中、初回配本として『フランス革命』というテーマの物が半額で出ている。
半額で290円って事なんだけれど、それだって充分に高い値段設定だよなぁ全34ページだもんなぁ。
だけど、どんな物かと創刊号を買ってみた。
そしたら、例のアレが当たり前のように掲載されていたのだ。


という本題の前に「知泉の雑学クイズ・無料版」からクイズ。
★ミツバチが集めた樹液と唾液を混ぜ合わせて作るプロポリス。このプロポリスについてすでに紀元前に気が付き自著に書いた哲学者は誰?

A:アリストテレス
B:プラトン
C:ソクラテス
(これはiPhoneアプリ「知泉の雑学クイズ・無料版」に掲載された問題/答えは下で)


閑話休題
凶作や政治の不備などで民衆の暮らしがちっとも楽にならず、パンも買えないで喘いでるという事から市民がヴェルサイユ宮殿を取り囲んでデモを行った「ヴェルサイユ行進」という騒ぎに発展した時のエピソード。
宮殿の外で騒いでいる市民を見て、この時に王妃だったマリー・アントワネットが「パンがなければ、お菓子を食べればいいじゃない……」という言葉を残したという事が漫画として紹介されている。
ま、確かにフランス革命に繋がるエピソードとしては有名な名ぜりふなんですが、実際にはそんな言葉はマリー・アントワネットは語っていない。これはプロパガンダとして王妃は酷い事を言っていたと言うことで言いふらした物だと言われている。

そもそもこの「パンを〜」という言葉が最初に文献になったのはジャン・ジャック・ルソーが1766年頃に書いた『告白』という本の中。発行されたのはそれから数年後の1770年前後だとされているけれど、マリー・アントワネットは1755年生まれなので書かれた時にはまだ11歳でオーストリア在住。発行されたギリギリの1770年にフランスのルイ16世と結婚して王妃になっているけれどねぇ。
本の中に出てきた「ヴェルサイユ行進」は1789年に起こっているので、フランスに嫁いでから20年ほど経過しているので、それをルソーが『告白』の中でそれを書く事は出来ない。というかルソー自身が1778年に亡くなっているので、フランス革命自体を知らないのだ。
その『告白』の中に書かれているのは、こんなエピソード


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しかもこんな会話をした(かなり脚色有り)のは1740年頃の話だとしている。つまりマリー・アントワネットが生まれるのよ15年も昔の話なのだ。
この手のムックはそういう「当たり前に知られている事柄を覆すような事実」みたいな物も記載してナンボだと思うので、ちょっと創刊号でこれは残念な感じがしちゃう。
あと漫画が凄く学習漫画的。
いや、学習漫画は大好きで、学習漫画だけで本棚1本分収集していますが、多くが事実を絵解き物語にしているだけで『漫画』としての機能を果たしていない、という残念な物が多い。
このデアゴスティーニに掲載されている漫画は、その点は努力してる跡が見えるんだけれど、いかんせんページ数が少なすぎるのでエピソードを絞り込みすぎで最終的には文章で読み、それに大量の挿絵がついているという感じになってしまっている。
今回は創刊号特別価格290円で、通常は580円という事になるんだけど、580円つったら普通に200ページぐらいの単行本の金額なのだ。
この『世紀の100事件』は全部で34ページ、その内、漫画のページ数は13ページ。かなりどころではない程、割高。しかも、それだけでフランス革命を描ききるのは絶対に不可能。
もし、あのサイズじゃなく半分のサイズでページ数が倍だったらもっと充実した内容の物になると思う。
で、ディアゴスティーニとかで一番嫌なのがサイズがでかすぎて本棚を選ぶという事。半分サイズだったら本棚に収納しやすいのでもっと購入の機会が増えるかも知れない。
そんな事を思ってしまったデアゴスティーニの新シリーズなのだ。
第2号 キューバ危機
第3号 真珠湾攻撃
第4号 赤壁の戦い
第5号 ナポレオン戦争
第6号 コロンブスのアメリカ大陸発見
第7号 キューバ革命
第8号 ポーランド侵攻
第9号 ミラノ勅令
という予定になっている。

クイズの答え:答え:アリストテレス
解説:殺菌・抗酸化・抗炎症・抗腫瘍など人間に有用な成分を含むプロポリスは古代よりよく知られており、アリストテレスが『動物誌』の中でプロポリスが人体によい影響を与える物質だということを紹介しています。


そんなこんなで「知泉の雑学クイズ」シリーズでリリース中!
もし面白い!と思った方はレビューに★を沢山つけて、コメントもヨロシクお願いいたします。そのレビューがアプリに注目を集める要因になりますので。
現時点で『昭和歌謡』と『グルメ』というかなりマニアックなアプリが予定されているんですが、この有料版が売れない事にはその話も無かった事になってしまうかもしれませんので、是非ともよろしくお願いしますです。

(↓iTuneの解説ページが開きます)
Ip01『知泉の雑学クイズ(1)中学生級編』¥230
Ip02『知泉の雑学クイズ(2)高校生級編』¥230

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2010年11月19日 (金)

ひさびさにメルマガ発行

ずっとメルマガ「知泉」を放置していた。
でもこのメルマガというのは現状の自分を生み出してくれたメディアでもあるし、精神的にヤバかった自分を救ってくれたような(現実逃避と人は呼ぶ)物なので、辞めるふんぎりがつかなかったのだ。


という本題の前に「知泉の雑学クイズ・無料版」からクイズ。
★エステーの芳香剤「エアーシャルダン」にある『シャルダン』というのは何に由来する言葉?
A:画家の名前
B:貴族の名前
C:哲学者の名前
(これはiPhoneアプリ「知泉の雑学クイズ・無料版」に掲載された問題/答えは下で)


閑話休題
ということで、色々考えた末に出した結論が「ちょいと仕切り直し」という事だった。
自分の中ですでに10年以上発行しているメルマガなので「どれを使ったネタなのか解らなくなっている」という事もあったので、全部仕切り直しで過去に使ったネタも新作ネタも含めて「メルマガ知泉総集編」という感じでガシッと行こうと考えた訳です。
最初は「50音順にネタを」とか考えた。
例えばリニューアル1弾を「あ:頭」というテーマで、頭に関した雑学を5本、次の号を「い:椅子」に関した5本、「う:ウグイス」に関した5本という風に行こうかと考えた。
が、よーく考えたらそれをやるとラジオでやっている物と大いに被ってしまうという事に。
確かに読者としては1つのテーマで複数のネタだと使いやすいというのもあるけれど、なんかそりゃ違うよなという感じがして、その方式はボツにした。
という事で、以前掲示板なんかでも展開した「しりとり雑学」という方法で、延々と続く数珠繋ぎ方式にした。とりあえずいつまで続くか解らないけど、自分にとって今は「原点に返るフェア」真っ最中なので、とりあえずこの状態のまま年末まで突っ走れたらいいなと考えているのだ。
前向き前向き、暑苦しいほど前向き。

クイズの答え:画家の名前
解説:18世紀の画家、ジャン・シメオン・シャルダンが由来になっています。当時の画家の多くが貴族の肖像画を描いていたのに対し、シャルダンは日常的な風景や人物を書いていました。見る人に安らぎを与える画家なので、その名前を商品に付けたのです。


「知泉の雑学クイズ」シリーズでリリース中!
ダウンロードして「面白い!」と思ったらレビューに★を沢山つけて、コメントもヨロシクお願いいたします。そのレビューがアプリに注目を集める要因になりますので。
(↓iTuneの解説ページが開きます)
Ip01『知泉の雑学クイズ(1)中学生級編』¥230
Ip02『知泉の雑学クイズ(2)高校生級編』¥230

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2010年10月 4日 (月)

きつい

「きつい」という言葉を漢字変換しようと考えても、「狐井」という奈良県にある地名しか変換されない。(ソフトによって違うかもしれませんが)


「きつい」なんて普通に使っている言葉なのになぜ漢字表記に変換されないんだ?
実は漢字では「緊い」と書く。
古典文学では「平家物語」とかにも出てくる漢字表記なんだけれど、一般的には音読みで「キン」訓読みで「きび-しい」という事になっている。
手元にある大修館の「漢語林」の788ページに【緊】が載っているが、そこに「きびしい」はあるが「きつい」に関しての記述はない。
さらに「緊い」と書いて「かた-い」と読む場合もあるらしいので、実に使いにくい漢字となっているのだ。

こんな風に、日常的に使われていて、しかも大昔から使われている表現なのに漢字表記がすっかり忘れられて、使われていないというものもある。
言葉は奥が深いのである。

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