2009年12月 3日 (木)

「学習」と「科学」廃刊

学研の「学習」と「科学」が廃刊との報。


この手の雑誌というのは小学生が存在している限り永遠に安泰だと思っていたんだけれど、先日の小学館「小学五年生」「小学六年生」に続いての廃刊。
自分の通っていた小学校では、発売日に地元本屋さんがやってきて、玄関脇に特設ブースを設け、そこで販売していた。毎月何日ってのが決まっていたんだけれど、ついつい母親に「明日発売される」というのを言い忘れて買えない事もあったんだけど、科学についていたキットがとにかく楽しかった。
ラジオ制作キットなんかはあんまり感度が良い物ではなかったけれど、自分で作ったという喜びでずっとそれでラジオ放送を聞いていた。
自宅にはもっと感度のよいラジオもあったんだけど、あの「自分で作った」というワクワク感が大切なんだろうなぁ。おそらくそのラジオ制作から本格的な道に進んだ人もいたんじゃないかと思ってしまうので、子供心にとってはただの出版というだけではなく重要な意味があったような気がする。

今から5年以上前、最初の単行本を出した頃、富士市にあるコミュニティFM局からメールで質問を受けた事がある(本当は出演して欲しいという話だったけれど、当時は表に自分が出るつもりは無かった)。
そこで「好奇心の入口」という事を書いた。
雑学というのはあくまでも、知識の上澄みをすくい取っただけの物で、本当に学問として研究している人々が苦労して導き出した結論の美味しい部分だけを掠め取るような知識。その雑学の下には膨大な資料があるけれど、判りやすい平易な文章で表現するために、凄く薄くて表面的な物になってしまっていると感じる。
たとえば万葉集にはこんな面白い事が書かれているとか、宇宙にはこんな変わった星が存在しているとか、小学生でも中学生でも面白がれるような部分をチョイスして紹介している。研究者が見たら薄すぎてチャンチャラおかしいと思うけど。
でも、それを読んだ小中学生がその方向を「面白い」と感じて、そのことに興味を持つキッカケになるかもしれない。雑学という物にはそういう意義もあるんじゃないか? という事を書いた。

学習雑誌というのは学校で教えてくれる授業とは違って、いかに面白く知識に興味を持つことが出来るかという事で必要な物だと思っていた。学校の授業では面白く感じなかった部分が、学習雑誌によって「面白い」と背中を押してくれるような物だと思っていた。
が、今は状況が違っているらしい。
学校の授業が「子供が興味を引くように」と面白い方向へシフトし、先生達も「どうしたら子供が楽しく勉強出来るか」を必死に模索しているらしい。教科書なんかもオールカラーで図版が沢山あって、取り上げる内容もマンガやアニメに関する事だったり、子供を飽きさせない工夫がされているという。
って、そこまで子供に媚びないとダメなのか。学校教育。
さらに、インターネット上には大量の学習素材サイトが転がっている。

その結果、市販の学習教材雑誌なんかの役割が無くなってしまったんじゃないかと思う。
なんか勉強という物の進むべき方向が間違っているような気もする。

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2009年11月20日 (金)

とりあえず第一関門通過

夏頃からかなりヘビーに仕事をしていた。


と言ってもすぐ表面に現れない仕事ばかり。自分の仕事は基本的に調べモノが多くなるので、蓄積する部分の時間が異常に掛かるワケです。
そんなワケで、今年の8月から10月初旬まで冗談抜きに、朝起きた瞬間からパソに向かって作業を開始し、週に数回図書館に通い、本屋や古本屋へも通い、参考になりそうな物は片っ端からチェックをして黙々と作業を続けていた。夜も1時過ぎに寝る直前まで作業を続けていた。
もう食事と風呂以外はほとんど作業時間だったので、無理矢理に朝夕一回づつのウォーキングという肉体作業を組み入れて生活のリズムだけは崩さないようにしていた。
お陰で精神状態がやばくなりそうな瞬間もあった。

が、なんとか今日、金曜日に最終的な〆を迎え、文章とイラストの原稿を先方に送り、ひとまずホッ状態。
まだこの先、何かしらの作業も出てくるかもしれないし、実際に今回の仕事がちゃんとリリースされるかはその瞬間になるまで確約出来ないんだけど、おそらくちゃんと報告出来ると思います。

その作業をしつつ、毎日のラジオのクオリティも下げずにこなし、さらにテレビの週一レギュラーのロケ&原稿もこなして来た。量的にはどうなのか知らないけれど、自分的にはキャパぎりぎりの作業が続いていた。途中で頭からプスプスと煙が出ているのも感じていた。

ラジオもテレビもリスナーに面白い情報を届けなくちゃいけないし、基本フリーランスなので「今回つまらなかったから、来週からいいや」と言われても何も言えない部分があるので、毎回が次回のための就職活動みたいな状態なのだ。
だから「本日、一仕事終わった!」と喜んでいるワケにはいかない。来週分のラジオ原稿も〆切で、それが終わったら12月分のテレビの原稿を書かなくてはいけない。(もう年明け分まで企画は立っているので、それの調べモノもちゃんとしなくちゃいけないのだ)

現在、とにかく調べたモノなどをいかに濃密にエッセンスを取り出して、しかもテレビ・ラジオという読み込むワケでなく耳や目で観て通り過ぎてしまっても理解できるような内容に絞り込んでいく作業を日々続けている。
自分の中でも「こんなに毎日密度が濃い内容をやっていると、ネタが切れる日が必ずやってくる」というのは把握している。世の中に驚くような事実はそんなに溢れてはいないのだ。

とりあえず、今から10年以上前からサイト上、メルマガで雑学を発表し続けていた時に調べたモノ。あるいは高校時代から30年以上に渡って「雑学」とタイトルがついた本を手当たり次第に購入してきたので、書庫にはそれらの資料となりそうな本だけで何百冊あり、それらをメモしたノートや、パソに打ち込んだメモなどが大量にあるので(でも古くなって使えない雑学も大量にある)、とりあえずラジオの方も調べモノを新たにしなくても2年ぐらいは続けられそうな感じではある。
しかし、その先も考えておかなくちゃイケナイのだ。 もっと雑学メインではなくて、杉村って書き手が前に出るような企画も考えておかなくては。

そんな事を思いつつ、それでも調べモノは楽しいなぁと雑学の快楽に溺れている日々なのだ。

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2009年11月13日 (金)

ハジメの二歩目ぐらい

生まれた時から日本語というモノを修得し始め、もう長いこと喋ってきたハズなのだが、3年近く前にラジオで喋るという仕事を頂いて、段々と言葉で伝えるというのはどういう事なのかが判ってきた。
というか、判ってきたのは「ムズカシイ」という事で、おそらくラジオを聞いている人にとっては「もう2年半以上も平日ラジオで喋っている」というプロだと思われているんだろうけど、やっと「しゃべるってのはどういう事なのか」「相手に言葉を伝えるというのはどういう事なのか」を感じ始めるようになって、逆に難しくなって来ている。


なんか今まで自分が喋っていたモノは、全然なっていなかったんじゃないか? と感じ始めている。
しょせん自分は喋りのプロじゃないも〜ん。しゃべりの教育をちゃんと受けてないも〜ん。と言うのは簡単だけど、それで対価を受けているワケなので、そうも言ってられないと思うのだ。

そう言う意味で、最近「文章を書くってどういう事?」という部分でも考える事がある。
こっちも物心ついた時から文章を書くことを始めていて、今もこうやって何も考えていない状態でガシガシと文章を入力している。おそらくこっちも喋る言葉に近い速度で書き殴っている(キーボードを叩いている)ワケです。
でも日本語ってムズカシイよなぁと最近つとに思う。

そのせいなのか、本を読んでいて気が付いたのは、読むスピードがやけに遅くなってしまったという事。
以前ならば「そこに書いてある内容が頭に入ればいいや」と、あくまでも文章=情報という感覚で本を読んでいたんだけど、今はそこに書かれている情報だけでなく、それを作者がどのような表現で他者に伝えようとしているのかという部分まで気になっている。それ故に、ジワジワと文章を読むようになっている。
何においてもそうなのかも知れないけれど「あんなの簡単だよ」と入口では思うのだけれど、その世界の深さを知れば知るほど難しさも理解出来てくるのだと思う。

そう言う意味で自分も少しは入口から一歩中に進めたのかも知れない。

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2009年9月25日 (金)

マラソン大会中止

実は数ヶ月前から、朝晩、かなりの頻度でウォークング&軽くランニングをしている。


2年半前にドロップアウトしたサラリーマン時代の末期、体調不良があっちこっちから襲ってきて「カラダを動かす」なんて事は、日々生活するのがやっとという感じにまで落ち込んでいた。
腰痛がとにかく酷く、マジに朝起きることが出来ずにベッドから床へ転げ落ちながら会社に休みを乞う電話をした事もある。
他には腕の痺れや、異常な肩凝り(マッサージに行くとあまりの堅さに驚かれる)、それに伴う慢性的な頭痛、そして耳鳴り。他にも食欲不振、睡眠障害、味覚異常とか、もう体調不良の総合商社やぁ!という感じだった。
今思ってもよく生きていたな、という状態なのだ。
現在の仕事に就くキッカケになったのも2度目の入院が関係している。

そんなこんなで会社を辞めて2年半、体調がそんな簡単に良くなるワケではなく、徐々にそれらを改善する努力を続けてきた。勤め人の時は出来なかった食事の管理も自分でしているし(若干、栄養少なめで体をライトな飢餓状態にする)、とにかく規則正しい生活に務めている。
そんでもって、この夏から無理矢理ウォーキングを始めた。
というのも、5月から始まったテレビのロケの最中、ちょっと荷物を車に忘れたので取りに戻ろうと小走りした瞬間、本当に2・3歩軽く走った処でアキレス腱がズキッと痛くなってしまい「まったく走れない」という状態を経験してしまったからなのだ。長距離とか短距離とかスポーツ的に走るのは無理だとしても、小走りですら出来ない体になっているとは……、かなりショックだった。
それもあって「なんとかせにゃ」と思った。

朝、最初は30分ぐらいを早足で始め、最近は朝と晩、各1時間近く歩くという生活をしている。1日2時間近く歩いているのだ。ただし絶対毎日歩くというノルマでがんじがらめ状態ではなく、なるべくって感じ。先日は仕事がいっぱいいっぱいで4日ほど朝も晩も歩かない時が続いた。
そしてウォーキングに慣れてきたので、最近は時々小走りに数分走ってみる。
それでもまだ通常の人間の体力にはほど遠いと思っている。
が、1つの目標を作ってそのために体力をガンガン上げようと考えているのだ。

と、さっきまで思っていた。
ところが、たった今、その目標がシュワシュワと音を立てて消えてしまったのだ。
実は1年半後、2011年1月30日に第二東名が開通する直前に、その車を走らせていない状態の高速道路を使って富士インター〜沼津インター間マラソン大会が開催されるとい企画があった。
それを知った今年の初夏「よぉし!それを走る」と思い立ってしまったのだ。学生時代もマラソン大会が大嫌いだったハズなのに、根っからの文系で体育会系を生涯の敵と設定していたハズなのに、なんか意欲だけが前のめりになってしまった。
それまでマラソン経験が無いクセに、1年半という時間を掛けて体重も設定値まで落とし、筋肉も付け、挑戦しようと体を作る気まんまんでいたのだ。雑誌「ターザン」とか読んで、どうやったら筋肉が上手に付くかなんて研究まで始めちゃっていたのだ(そこが文系の浅ましさ)。
が、突然「第二東名マラソンはメインのスポンサーが降りてしまったので中止が決定しました」のニュースが……。そりゃないっすよ。
ま、今の御時世しょうがないと思うけどね。

とりあえず、他のマラソン大会にターゲットを変えるか不明ですが、今日もウォーキングは続けているのだ。

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2009年9月19日 (土)

勢いまかせの日々はまだ続く

ずっと作業をしている。もー毎日毎日作業をしている。


いわゆる原稿書き作業なのだが、これが小説でも論文でも、基本的に文章としてある程度の順番が決まっていて、そして自分の定めたゴールに向かってガシガシ書き進めればいいって作業ならば楽なのだが、ハッキリ言って自分が今やっている仕事は、ゴールがどこにあるのか解らない状態なので、思いっきり鬱になる。
毎日、泥をこねて泥団子を作っていて、それをだだっ広い校庭に隅っこから1つづつ並べているような状態。当然、校庭が泥団子で埋め尽くされる事はありえないので、どこかで先生がやってきて「はい良くできましたね、じゃここで終わりにしましょうね」と言ってくれるのを期待しながら、ただひたすら泥団子を作っているような感じ。その先生が来る時間が解らないので、もうただただ毎日続けるだけ。そんな感じで毎日作業を続けている。
なんか説明、下手か? 俺。

2009091901とりあえずラジオの時間があるので、それが少しのポイントにはなっているんですが、それ以外の時間はずっと作業。気が付けば数日、家から出ていない状態なのだ。慌てて、毎週購読している雑誌を買いに本屋へ出かける。
数冊の雑誌と、数冊の小説やエッセイなど、数冊の漫画単行本をゴッソリ買ってしまう。読む時間なんてなくて積ん読になるのは目に見えているのだが。
家に帰って部屋を見渡してみると、調べ物のために書庫の本棚から引き出して持ってきた本が散乱している。12畳ほどある作業部屋が取り留めもないほどの本でごった返している。ついでに繋がっている5畳ほどのクローゼットも本で溢れている。
あぁ掃除をしなくちゃ、この作業が終わったら掃除しなくちゃ、でも先生がいつ来るのか解らないんだよぉ。

2009091902そして作業が続いていくと、だんだん食という物にも興味が無くなってしまうのが自分の悪いクセなのだ。もう食事をする時も作業脳になっているので、ごはんにふりかけ、だけで何食続けても平気になってしまう。あと味付け海苔を買っちゃうと、もうひたすら味付け海苔だけで毎日食事しちゃいます。ごはん&味海苔だけ。
栄養とかについて、かつて仕事で本を作った時に凄く勉強したので知っているハズなのに、そんなチマチマしたことなんてどうでも良くなってしまう。
ふだん自分で食事を作っているので、作らないとなるとずっと作らなくなる。
自分は子供の頃から普通に食事とか作ってきたので、一通りのことは普通に出来るので、逆に「俺料理出来るんだぜ」とか自慢げに言う男子(一時期厨房男子とか話題になった時も、ケッとか思った)とかがウザくてしょうがない。ブログなんかで自慢げに食事のレシピなんか書いちまってよぉ。ざけんなよぉ、ンなもんでモテモテとか雑誌でも煽っちゃうんじゃねえよ!とか思っちゃうのだ。料理の基本は「冷蔵庫にある適当な物でいかに旨い物を作るか」だろ!とか思っちゃうのだ。いい食材がありゃ、それなりの物が作れるなんて当たり前だろ。

2009091903それが勢い「もう人間は食事なんて制度を廃止してもいいのではないか?」などと思ってしまう。ただ作業を続けていて、空腹を感じて、脳みそに糖分が行き渡っていない感じで、黙々と作業を続けているという極限状態、精神と肉体の枯渇状態がなんか充実感に繋がってしまうという、地味なM行為なのかもしれない。
そんでもって、そのストレスを「よし1時間休憩」という事で、テンション上げたままでブログ用のイラストにぶつけたりする自分がいるのだ。しかも気が付くと2時間も3時間も経過しているので、その分、睡眠時間を削って作業をするのだ。
なんか自律神経がおかしくなっている今なので、なんかワケの解らない事を言っているけれど、脳内麻薬物質がドバドバ出ているのだ。
よい子は危険だからマネしちゃいけませんよ。

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2009年9月11日 (金)

テレビ生出演デビュー

(前日の日記から長く長く続いています)


テレビに関しては、今年の2月にまるでカメラテストのような形で雑学を言う人としてテレビ初出演をしている。
その時は、ラジオに出演していて「たまたまスタジオにいた」という設定で、疑問をぶつけられその場で答えるという設定だったのですが(そういうネタ晴らしはOKですよね?)、当然の事ながらそれを答えるために自分の知っている知識だけじゃなく、もう一度調べ倒して、その中で面白そうな物をピックアップして喋った。
目の前にカメラがあって、その無機質な視線に耐えながらの喋りはかなりキツかったのを覚えている。
その後、現在放送中の「ラブいぜ!しずおか」というコーナーへのレギュラー出演となった。毎回ロケで何度もNGを出して共演者の小沼さんにも多大なる迷惑を掛けているワケですが、徐々に慣れてきている。
しかし今回は「スタジオで生放送」という事なので、なんだか自分が異常に緊張しているのを感じる。
あれ?何これ?という感じで、まだ電車に乗っている段階からノドが乾いているのだ。
マズイ、非常にマズイという気持ちで「人」という文字を手のひらに書いて飲み込んでみる。でもこれは「人を呑む」という舞台でのオマジナイだよなぁ。

2009091101実際リハーサルが始まるのは3時台なのですが、それより前の1時台に局へ到着し、ラジオの方へ顔を出す。自分が出演しているのは月〜木曜日なのですが、金曜日は局アナの大御所・國本さんが出演している。
実はこの國本さんの招き入れで現在のような仕事をしているので、現状報告などのご挨拶を兼ねて顔を出したワケです。
と、いきなり「じゃスタジオに入ってよ」などと言われて、全然心の準備が出来ていない段階でラジオの生放送に出演する事となってしまった。ラジオの方も、いつも電話出演でスタジオで喋るというのもそんなに無いので緊張するワケですが、その前からのテレビ生出演の緊張と2乗になって、なんか「何言ってるんだ俺?」という感じ。
しかも、雑学的な事を聞かれるのならなんとかネタ的に拡げられるぞと思っていたのに「え〜今日の募集テーマは『怖い話』です、杉村さんは何か怖い話はあります?」などと、まったく準備していない事を聞かれてしまったのだ。
とりあえず「自分は基本的に霊感は無いのですが」と前フリをして、でも実際に経験した不可思議な話をムリヤリ記憶から絞り出して話す。ちょっと焦ってしまったのでディテールが違ってしまった事もあり、イマイチ怖くない話になってしまった。う〜む、修行が足りない……、というか自分はライターを目指しているハズなので、なんかどんどん違う方向に追い込まれているような気がするのだ。

2009091102そのラジオ生出演が終わって、ドッと疲れてしまう。今朝、3時に起きてそのまんまなので疲れが出ているのかもしれない。けれど、お陰で少しは緊張状態がほぐれた気もする。そこには國本さん感謝なのです。
その後はただのラジオ放送見学者になってぼーっと時間を過ごす。
リハの予定時間になったら、1階ロビーでスタッフと落ち合いTVスタジオに入る事になっている。
そう思い出して、また胸がドキドキしてくる。うわぁかなりマズい状態になっているというのを自分でも感じて、よけいマズイ「緊張のスパイラル」にはまっていくのだ。基本的にそんなにあがり症ではないハズで公開放送でもそんなに緊張はしないのに何故だぁ。
3時を過ぎてもう少しで……というタイミングでいきなり背後から「杉村さん」と声を掛けられビクッとする。自分がここに来ているという事は知らせてあるので、まさかスタッフが? と思ったワケですが、それはキャスタードライバーの菅原さんで「先日はどうも」という感じで声を掛けられたのでした。
相変わらずかわゆすなぁと思いつつ、別の方向でドギマギしながら会話をする。もう精神状態すべてマックスで何を喋ったのか記憶からスッポリ現在抜け落ちている。もうダメじゃん俺。いやぁトテカワトテカワ。

2009091103そして3時半に小沼さんから電話があり、リハーサルへ向かう。
TVスタジオ脇の控え室で本日の原稿と流れをチェック。本日のネタに関しての原稿は前もって渡してあるのですが、時間的な問題や後ろのモニターに色々画像を出す予定などがあって、直前までどうなるか解らない状態だったことで「えっとですね、本日はこれとこれとこれを喋るだけで時間が来ると思いますので」と予定していた原稿の半分がバッサリとカットされる。ラジオで喋る量の約半分という感じ。
それでも密度は凄く濃い。画像込みというのはやはり強みだよねぇ。
で、そこで原稿チェックを含めての読み合わせの軽いリハをして、スタジオ入り。
あぁテレビとかで見たことがあるスタジオ風景だ。天井に沢山のライトがつり下げられていて、正面のセットとは逆側には別の午前中に放送しているあの番組のセットが暗闇の中にポツネンと置かれていたり、うわぁなんか知ってる知ってる。とすっかり夏休みの放送局見学会って感じであちこちを見回す。これが出演者ってことじゃ無かったらミーハー気分炸裂させて写真とか撮りまくってしまうんだろうけど、そこは我慢。
そんなこんなでカメラリハーサル。

2009091104あ、と思ったのが隣に坐った小沼さんがいつもの小沼さんではなく、しっかりとキャスターモードに入っているという事なのだ。
基本的に女性は演技派なので信じちゃいけないぞ!と亡くなったパパに教えられているけれど(嘘)、小沼さんはある意味一番信用しちゃいけないな。本当に切り替えスイッチが凄い精度で出来ている。
という事でオープニングはクレーンカメラで。CM明けはセットに座り、小沼さんと岡村久則さん(通称、岡ちゃん)とシリスギ仙人で、静岡県に関係する雑学を展開していく。
生本番ということでトチッちゃいけないという意識で自分がピリピリしているのが解る。なんだろうこの胃がキューーーーーッと痛くなるような感じは。こんなにプレッシャーに弱かったのか俺。
でもリハが終わった処で小沼さんに「杉村さんちゃんと出来てましたよ、本番これで大丈夫ですよ」と声を掛けて貰う。いや小沼さんは信用しちゃいけないとさっき誓ったじゃないか、もっとガンバレって事なのだ。
という事で、本番直前に控え室に戻り、それだけでグッタリする。大丈夫か。

2009091105そこに天気予報士の岡村真美子ちゃんがいたので「初めまして」などと挨拶をする。真美子ちゃんはちっちゃくて(152cmだそうで)周囲の野郎共にはファンが多いのだ。なるほどなるほど、守ってあげたいってタイプなのか。そうかそうか。
「実は以前、ラジオが終わって局を出る時にちょうど5時前で、玄関脇で準備をしている処に遭遇した事があるんだよね。とりあえず自分も『イブニングeye』の出演者の一人として挨拶でもしようかな? と考えたんだけど、その時、シリスギ仙人のカッコしてなかったから誰か解らないんじゃないかとか、もしかしたらいきなり近づいてきた危ないファンと思われたらどうしようと考えて、その時は声を掛けずに帰ったンすよ」「声かけてくださいよぉ、シリスギ仙人って言ってくれればちゃんと解りましたから」などと会話を交わす。
そして真美子ちゃんは、5時から放送する局の玄関先からの天気コーナーのために部屋を出て行く。
とりあえず原稿を読んだりしている間に気が付くと、4時43分を過ぎて番組がスタートしていた。控え室のテレビに番組が映し出されていてビックリしてしまった。え?もう始まってるの?
自分が出るコーナーは5時20分前後からなので、まだ時間がある。ドキドキドキドキ。

20090911065時からの天気コーナーが始まり、真美子ちゃんが明日の天気を喋っている。それをモニターでぼーっと見ている。さっきまで話をしている人がこうやってテレビで喋っているってのも変な話だよなぁ。とか考えているその間もずっとドキドキしている。
天気コーナーが終わり真美子ちゃんが控え室に帰って来て「杉村さんって毎回静岡の雑学凄いですね、そうやって静岡の事を調べている方なんですか?」などと声を掛けてくるのだ。
「いやいや、元々は何でもありで雑学を扱っていたんですけどね、ひょんな事からSBSさんにお世話になる事が多くなって…」などと語って、毎日ラジオで語っている話になった時に、ふと「えっと、昨日はラジオでイワシについて語ったんだけどさ」などと言いだしたのだ。もうテレビ出演直前でテンションが変な状態になっている。
「イワシ雲ってあるでしょ、あれの事を英語ではマーカレルスカイって言うんだけど、「mackerel」はサバの事だから、英語ではイワシ雲はサバ雲なんだよね」(サバ雲という日本語も昔からありますが一般的にはいわし雲)という事を言い始めた処で、はたと気が付いた。今、目の前にいるのは天気のプロじゃん、なに雲の話なんて自慢げに喋ってるんだ? が、言い始めた言葉は止まらない。それに即答のように真美子ちゃんも「日本語でもサバ雲って言いますよね」と答える。
マズイマズイ、次に続けるなんか雑学は無いか? と焦っている処で「杉村さん、スタンバイお願いします」という声が掛かって、何も発言のフォロー出来ないままスタジオに招き入れられる。

2009091107スタジオでは小沼さんが中継先とやりとりを軽快にこなしている。
「杉村さんの出番まで5分ぐらいありますので、こちらにお座りになってお待ち下さい」などと椅子を差し出されるのだが、頭の中では「なんか凄く薄い雑学を自慢げにプロに向かって語ってしまった。しかも最後はなんかグズグズだったし、あぁあぁ俺は俺は俺は」といきなり本番直前なのに脳内反省会が始まってしまったのだ。
その上、本番直前のドキドキ感も全然薄れていない。
そんな、すでに本日の消費カロリーを使い果たしてしまったような状態で本番が始まった。

2009091108「おつかれさまでした」とCMに入った処で小沼さんに言われて、反射的に「どうもありがとうございました」と返事はするのだが、もう自分の中では敗戦投手のような疲労感でグズグズになってしまっていた。シリスギ仙人の被り物をスタジオセットの隅で外し、汗でぐしょぐしょになった髪の毛を整えつつ、CM明けの小沼さんと真美子ちゃんがモニターを挟んで軽快に会話をしているのをぼーっと見た。
そんな形に自分にとっての、テレビ生出演デビューは終わったのだ。
番組終了後に、ラジオ室を通過し、キャスタードライバーの女子数名とも挨拶。敗戦投手の自分にはみんなの笑顔が眩し過ぎるっす。このみんなは毎日中継で静岡県内を飛び回っていて、しかも中継先の素人様を上手にコントロールしてアドリブの連続で中継をこなしていくプロなのだ。あぁ俺ってヤツは!とマジに自分の色々なスキルの低さに打ちのめされてしまうのだ。

2009091109國本アナと再び合ってなんとか形だけは無事に終了した事を報告。
「でも、なんか自分が求めているライターって仕事と果てしなく違う方向に流されている気がするんですが」と言うと「いや、仕事が来る、それを求められるってのは普通じゃないんだから、出来る仕事を出来る時にしちゃった方がいいんじゃないかな? 自ずと色々な物を経験すれば、力も付いていくんだから」などと言われる。有り難いっす。
そして2日間のあれやこれやで精神も肉体もボロボロになって帰宅の途につく。

2009091110帰りの電車の中から小沼さんに「細かいフォローありがとうございました」とメールをし、それに対し「今日めちゃ良かったと思いますよ。番組終了後の反省会でもこれからもこのパターンもありでやって行こうって意見もありましたよ」という返信を貰う。
普段はドSプロデューサーと言われているOさんからも「タレントになんてならなくていいんですよ、杉村さんは雑学に関して誰にも負けない人って事でいればいいんですよ」と暖かいメールを頂く。
あぁ私はこうやってみんなに生かされているのだなぁ となんか人生って素晴らしいと思いながら、その日を終えるのであった。

普段が、何もなく地味に文章打ちなので、この2日は濃厚だったなぁ。

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2009年9月 8日 (火)

明日のために 鬱べし!

雑学という物を扱っている関係上、原稿は最初から最後まで繋がっているワケではなく、とにかく細かく分割され、最終的にそれの順列などはまとまった時にどうなるか不明なのだ。
しかも、考え方によってはその細かく分割された1つ1つが独立した作品で、その作品ごとに調べ物がついて回る。


という事で、現在、ハッキリ言えないけれど凄く細かい細かい仕事をしている。
いや、普段から雑学関係の仕事は細かいんだけど。
しかも少し書いて調べて、不明なので「これは図書館で」とかメモをして保留、では次言ってみようか……、えっとコレは確か資料あったよなぁと書庫(本の吹きだまり)に行ってしばらくあれやこれやを読み、うんうんそうかと本を持ってきてそれを元に文章を組み立ててみる。と、脇机を見るとそうやって書庫から持ってきた本が山積みになっているので、ちゃんと元に戻さないと後でまた大変な事になるとそっちの整理をはじめて……。
そんな状態で原稿は遅々として進まない。
音楽ネタでも、関連レコードを持ってきて聴き始めるとそれだけで数分を費やしてしまう。
実に非効率的なのだ。

午後2時には毎日のラジオ出演(電話にて)をテンションアゲアゲでこなし、再び地味な原稿書き仕事に戻る。
いや、原稿書きは好きなので苦にはならないのだが、とにかく煮詰まってしまう部分もある。
もしかしたら底なしにデカイ仕事になる可能性を秘めた仕事なので、ずっと先を見越して準備もしているので、今大変でも徐々に楽になっていくかも知れないと、とにかく根を詰めてぐりぐりとやるしかないのだ。
大きくなるかも知れないけど、逆にゼロになるかもしれないというギャンブルみたいな部分もある。そこがサラリーマンと違ってフリーの怖さなのだ。

今だから言えるけど、去年の今頃、自分は「やったるぜぇぇぇ」と凄く盛り上がっていた。
なんせ単行本の話が同時進行で3本あがっていて「こりゃ大変なのだ」と思いつつウハウハ状態だった。かなり大変だけど、来年の夏までに(今年の夏の事です)それらが一気に出版され「プチ知泉ブーム」が訪れるのだ、ついでに過去に出した本もその余波で再び売れて……、と捕らぬ狸の皮残尿、いや皮算用をしていた。
3本同時に企画が進行しているといっても、それぞれを雑には出来ないのでとにかく心血を注ぎ込んで作業をしていた。
が、ですよ。去年秋以降の「世界同時株安」ってヤツですか、あれでなんか雲行きが怪しくなり、それでも原稿を書き続けなくてはいけないのだ、とワシワシガシガシ黙々と作業を続けていた。
結局、その3冊とも話は自然消滅状態で今に至るという事なのです。

う〜んと唸りつつ、でもその3冊を書く作業の中で新たに調べた事などは、自分の血肉になっているかもしれないし、原稿の内容がちょっと特殊なのですぐに他へ流用は出来ないけれど、確実に自分の地下水脈的な財産にはなっていると思うので、良しとするしかないのだ。
そんなこんなで、今やっている作業が本当に始動するかは不明ですが、あるいはちゃんと動いたとしてもそれがシッカリと金銭を生み出すかは不明なんですが、とにかく「今できる事」をちゃんとやっていくしか無い。

とりあえず昨日は煮詰まりながらも1日パソに向かって作業を続け、原稿用紙換算で約50枚ほど書いた計算になる。
でも、雑学的な物というのは最終的なチョイスでその半分ぐらいを保留という名前の廃棄処分にするので、実際に使える原稿は約25枚って処かぁ
でも、こんな状態でいつ終わるか解らない仕事がまだまだ続くのであった。
近いうちに「遂に完成!」という発表が出来る事を祈りつつ。

と言いつつ、まだまだお仕事募集中です。お仕事の依頼は<tisen@tisen.jp>へ!

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2009年9月 4日 (金)

ギリギリでいつも生きていたいから

何とかかんとかギリギリでぇ生きていたいからぁぁぁあぁぁぁぁ♪と、著作権を侵害しない程度にしかKAT-TUNの曲を知らないワケですが「俺ってギリギリで生きているぜ」って言うのってのはカッコいい事なのかなぁ


とふと財布の中を見ると、紙で出来たお金が1枚もなくて100と言う数字が書かれたお金が4枚、後は茶色っぽいのが2枚、アルミで出来たのが3枚しか無かった。
こーゆー事を歌っているのかなぁとぼーっと考えてみた。
あの連中、カッコつけてカメラ目線で歌っているクセにその内容は「財布の中身は423円、あぁぁ月末までどうすんだよぉぉぉ♪」とか言っているワケか。

いや違うと思うな、俺は。とりあえずまだ半世紀は生きていないが、それなりに人生経験を重ねているのでそんな423円とかを歌ってるワケではない事はなんとなく解るのだ。
もしかしたらギリギリってのは今の自分のような状態を言うのかな。
えっとですね、私は2年半前からずっと毎週平日ラジオで雑学をガンガン喋るという仕事をしているワケですが、とりあえず毎日午後2時になるとラジオで「オッホン、良いかね? キミたち庶民にこのワタクシが驚天動地の雑学を語ってあげようぞ、耳をかっぽじってお聴きなさい!オッホッホ」と高慢チキな態度で午後のまったりした時間帯に嵐を巻き起こしているのである。もう静岡では2時になるとアチコチで「マジっすか!杉村さま」と感涙でむせび泣く声が聞こえるのである。

という妄想をしながら「はい、コンチお日柄も良く、え〜このワタクシメが皆様のお耳汚しに現れたワケでございます、ま、そんなワケでお気軽にお聴き下さいませ」と、リスナー様の機嫌を損ねないように毎日毎日、そりゃ頑張って雑学を喋らさせて頂いておりますワケです。
もちろんアドリブで雑学なんて言えるワケなく、毎回毎回資料をひっくり返して、本棚ひっくり返して本棚の後ろから100円玉を見つけて合計523円になったりしながら、原稿を書いているワケです。
毎週、月〜木曜日の週4回の放送なのですが、それの〆切が金曜日の午前11時半までという事にして、ワッセワッセと書いているのです。だから、通常に月〜木曜にラジオを喋っている時でも午前中に図書館に行って来週分の原稿をひねり出していたりするワケです。

も〜ドロナワで必死になっているオイラのどこが「うんちく王」だって話なのですが、とりあえずそんなキャラ設定なので必死なワケです。
つまりそれが「来週のネタを捜して図書館で頭をかきむしる、あぁぁこのネタは去年やってしまったよぉぉぉぉ♪」という事なのだ。
ま、それぐらいならちょっとは「苦悩するライター的な感じ」でKAT-TUNが歌っていても違和感ないか、あるかもしれないが。でも、ありのような気もする。
しかし実際問題としてもっと自分が置かれているギリギリな状態ってのがある。

それは、〆切がもう直前に迫っているのにイマイチ「これだ!」と言う原稿が決まらず、ディレクターに「〆切を今日の夜まで、明日の朝までにして下さい」と泣きつこうかとその言い訳文章を考えていたハズなのに、なぜかここでこうやってKAT-TUNの曲の自己流解釈を無理に考えているという、現実逃避にもなっていない状況が現実にある。
もちろんKAT-TUNは「〆切が迫っているのに現実逃避で、意味不明の文章をひたすら書いているあぁぁぁ♪」という事は歌っていないと思うし、それを世間ではギリギリで生きているとは言わないという事だけは、混乱した自分にも解るのだ。

と、なぜかKAT-TUNの「Real Face」のサビ部分だけがグルグル繰り返す頭でそんな事を考えた。

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2009年9月 1日 (火)

折れやすい日本の私

今、なんつーか凄く「折れやすい」状態なワケです。


いわゆるナーバスというんですか? 海の向こうでは。
日々、パソに向かってカタカタカタカタ音を立てているワケですよ。といっても、ただ音を立てているワケではなく、ちゃんと日本語として意味のある文章を入力して、そのキーボードを叩く音がカタカタカタカタって事なのですよ。もう、そこまでちゃんと説明しないと皆様に理解されないんじゃないかと不安神経症が表面化しちゃっているのです。
もうね、折れやすいワケですよ。

基本的に、毎日午後2時になると電話でラジオに出演しているのです。とりあえずテンション高めで「はい、こんにちわ杉村です」とか通常の185%のパワーで元気なボクで登場するワケです。
もうね、昼の2時なので、ラジオなので、そんな感じなのです。
おそらくラジオの向こうのリスナーさんは「今日も杉村さん、面白いっすね」とニコニコしてくれていると思うわけですよ。
そしてひとしきり喋って、マイクがスタジオからディレクターへと切り替わり「いやぁ今日も面白かったッスね」と言ってくれるワケで「でも、途中の英語の部分ちょっと噛んじゃったっすけど」「あれもあれで面白かったので結果オーライっす」「そうですか!良かった良かった」「ではまた明日もよろしくお願いします」「はい、ありがとうございました、明日もよろしくお願いしま〜す」と言って電話を切る。

そこで、通話が切れたブツッという音と同時に精神のスイッチがドドンッとローに入ってしまい、あぁ今日の俺はダメだ、出だしの所で少し言い淀んでしまった……、きっとあの瞬間、ブースの向こうでディレクターが「チッ」と舌打ちをしたに違いない。
あぁ電話を切る前の「結果オーライ」だって「ま、オマエがいくら頑張ってもその程度なんだから、それ以上は期待しねえよ」って感じなんだろうなぁあぁぁダメだダメだ、俺はダメだ。
と一人反省会をして、しかもダメ出しばかり続いてしまい、しばらくベッドに横になってカーテンから漏れる残暑の光に憂鬱な気分を満喫してしまうのだ。

あぁこんな平日の昼下がりにこんな形で黄昏れている俺はいったい何者なんだ。
と、ラジオ出演のテンションの反動をモロに受けて、地面を這いずってしまう程の気分になる。
しばらく後にもそもそと起きあがり、また無言でカタカタカタカタカタカタカタカタとパソの入力作業が始まる。もうひたすらカタカタカタカタカタカタなのだ。
ヘタをしたら1日はラジオでの数分のテンション↑↑アゲアゲと、それ以外の地味な誰とも会わないロー&ロー↓↓の時間しか存在しないかもしれない。

とりあえず現在、ラジオやテレビ以外でGoサインが出た仕事が始まっていて、そっちの作業がずっと続いているのだが、なんか人に逢わないで作業をひたすら続けているので、なんか気持ちが半分折れているような折れていないような状態が続いている。
今だったら、私に恋愛アプローチを仕掛ければ直ぐに落ちると思う。おそらく。
そういう事で、女性の皆さん私に恋愛アプローチを仕掛けて下さい。
終わり。

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2009年8月16日 (日)

夏コミに行ってきたのだ。

とにかく昔から人混みが大嫌い。だから世間で流行っている場所などにも今まで行かなかった。


また〜り
Dscn7623つまり「流行に背を向けている」のだ。と言っても、女の子に誘われればどんな人混みにだってホイホイと出かけちゃう程度のポリシーなのだが。
ところがひょんな事から真夏のオタクの祭典『コミックマーケット』通称・夏コミに出かける事となった。
実はコミケットに関しては、本日一緒に行くことになっているリンジ氏は今から30年ほど前、70年代に創作漫画サークルに所属していてコミケに参加した事があるらしい。でもその時と現在のコミケはまったく違う物で、とんでもない経済効果があるお祭りになっている。とにかくウワサでは「凄い事になっている」ぐらいしか解らない。

今回、夏コミに行く事になったのは「唐沢俊一検証blog」が氏のこれまでのあれやこれやを検証した物を本にまとめて、コミケで販売するというイベントがある為で、自分も当事者の隅っこにいる事から参加を考えたのだ。
基本的に自分は「雑学には著作権は存在しない」というスタンスを持っているので、自分が関わっているかという部分は実に微妙な感じ。自分だって基本的には「調べた」と言っても元ネタがどっかの本などに書かれていたという事も多いので「オマエもパクリじゃん」と言われたら「ハイスミマセン」となってしまう。丸写しや1つの文献から引き写したりはしないけど、難しい。ガセになってしまった物もいくつかあるし。
この話をリンジにした所「俺も行ってみたい」という事で二人で出かける事となった。

お盆のこの時期にそんな所に行けるなんて、本当に先祖不幸だよなぁ(とりあえずお墓にも行って、迎え火も焚いたけど)。
とりあえず色々調べて見ると午前中9時ぐらいに行くと、会場入りに2時間とか掛かるらしいので、昼ぐらいに行った方があまり並ばずに入れるという事で、11時半ぐらいに着けるように考えて出かける。
ゆりかもめ新橋駅はとにかく人が溢れていて、その入口に「往復切符・臨時発売所」が設置されていて、大行列が出来ていた。とりあえず帰りをどうするか考えていなかったので、往復切符ではなく構内にある券売機で片道を買うことにしたのだがそっちも大行列。
その時点で自分は激しく「来なけりゃよかった」と後悔をしはじめた。うわぁ汗臭いぃぃぃ。

自分は基本的に肉をほとんど食べない人なので、おそらく自分の体臭は草原を駆け抜けるそよ風のような感じだと思うが(あくまでも自己申告)、他人のムワンとした肉食系のニオイがダメなのだ。
コミケに行くという話が出た時に「その手の人って、髪の毛もボサボサで風呂にも入らず、服も着替えず」という一般人が想定しえる「その手の人」の話を笑い話としてしていたのだが、今現在「その手の人」がマジに自分の前に並んでいてビビってしまった。ボサボサの毛に、1m以上離れた所から解る大きさのフケが点在しているのだ。うわぁぁぁぁ来ちゃいけない所に来ちゃったよぉ。もうゆりかもめに乗る前から気分が萎れ、激しく激しく後悔をしていた。

Dscn7634ぎゅーぎゅー詰めのゆりかもめだったけれど、座れたお陰で国際展示場までは軽快に進むことが出来、その中から1/1ガンダムも見る事が出来た。
『1stガンダム』の放送はちょうど自分が高校3年の時で、すでにアニメなんかは卒業していたんだけど、友人が買っていた「アニメージュ」などでその世界観やストーリーは知っていたし、安彦良和氏の「アリオン」とか読んでいたので(漫画は卒業しなかった)時々チラッと見ることはあった。
まさかそれから30周年も続編が続いていくとは思わなかったなぁ。
などと過去に思いを馳せている間にゆりかもめは国際展示場へと着く。ドッと解放された客は当たり前のように巨大な建物に向かって歩いていく。

Dscn7635って、やはり現物見ると異様なデザインだよなぁ。よくこれに対して建築許可が出たよなぁ。とぼーっと国際展示場の建物を見上げてしまう。これだけでも「すでに子供の頃に夢見た未来は訪れているのだ」と思ってしまうのだ。
って、携帯電話、ワンセグを初めとして、過去の近未来はすでにやって来ているんだろうけどね。
しかし、その会場が近づくにつれ何かザワザワと人が溢れはじめ、異様な熱気というか、負の磁場というか、得たいの知れないパワーを感じ、精神が重くなっていく。自分にはスピリチュアルな能力なんて全然ないのに、なんだろうこの異様な威圧感は。取りあえず流れに任せて移動するしかない。
後に報道で知ったのですが、この日、8月16日だけの入場者が20万人だそうです。3日で計56万人。

リンジが「ちょっとトイレ」と言ってトイレマークを捜すのだが、そこには異常とも思える大行列が!うわぁぁぁこりゃトンデモないや。自分はその間、館内案内ボードを見つけ目的の場所がどこにあるのかを捜す。とりあえず「だいたいここ」と解ったのだが、館内が変なデザインになっているのでどう行ったらいいのかイマイチ不安。
と思っていた処に思ったより早くリンジが帰ってくる。
「あれ? あんな行列が出来ていたのにどうして?」
「いや、あの行列はトイレじゃなかったんだよ」
と指さす。その行列の先頭を目で追うとそこには『ATM』のマークが。そうか!予定以上に買い物をして、さらに追加で金を下ろすための行列なのかぁぁぁぁ!げに恐ろしきは物欲の亡者達!

Dscn7636異常に広い館内なのに、どこへ行っても人が溢れている。なんとなく人が流れていくので、おそらくそっち方面と当たりをつけて身を任せる。
そうこうしている内に、目的だった「東2」の文字が見えてくる。おぉなんとか辿り着いた。
と、その会場に入ってまたグッタリしてしまった。
みんながザワザワ移動していた通路とは違って、どでかい体育館の中、本当に向こう側には霞が掛かっているかのような広さの中にギッシリ人間が詰め込まれて、ワサワサ動いているのだ。うわぁぁぁダメだ俺、もう帰りたい。
そんな風にグッタリしつつ、東2 M-05aを捜す。と、かなり目立つ場所にありました「西理研」の文字が。
リンジは「俺、適当にそこら見ているから、用件が終わったらケータイで」と言って人混みの中に消えていく。

もしかして画像データにする必要が無かったか?
2009081601初めてお会いする検証班さんを見て「あぁやっちゃったよ」と苦笑い。そこには小綺麗なカラサー氏がいました。やや洋風ながらサッパリとしたイケメンなので、コスプレが浮いている感じでした。
さらにその後ろには、場に相応しくない楚々とした美女三人がにこやかに座っているではないですか。これがウワサの3姉妹なのか、ギャグではなく本当に存在したんだ。
「はじめまして、知泉を名乗っております杉村です」と名刺を差し出して挨拶をし、美女とも挨拶をしようとした瞬間、すぐ横で「おぉ知泉さん!」と声が。
そこには藤岡真さんがいて、さらに昼間たかしさん、永山薫さん、大野典宏さんを紹介して貰う。面識あったのは藤岡さんのみで、田舎にすっこんでいる自分としてはみんな「うわぁ本物だ」状態となり、グッタリな気分から少しテンション上がる。
でも、そのせいで3姉妹に挨拶が出来なかった事は大いに心残りとなってしまったのだ。

検証班さんから『唐沢俊一検証本Vol.1-盗用編-』を友人に頼まれた分も含め2冊購入。メールで献本しますと言われていたのですが、ここは「次のVol. 2を作るための資金に」と購入。
「ちゃんと逃げないで今日来たみたいだよ」「でも、以前は3時ぐらいに撤収って書かれていたのが、今朝みたら早めに撤収になっていたから、いつ帰るのか……」という話だった。
漫棚通信さんが来た所で、みんな揃って献本するために唐沢俊一氏のいる「東文研」に伺う予定になっているが、漫棚通信さんは昼過ぎに到着する予定になっている。それまで撤収せずにいるのかが問題となっていた。

12時を少し回った時に「唐沢が撤退準備を始めたらしい」という情報が入り、漫棚さんを待たずに全員が動き出す。「西理研」ブースの中には3姉妹だけが残る。逆にこの時に買いに行きたかったなぁなどと思いつつ、一緒に動く。
「東文研」ブースの中には唐沢俊一氏が居た。うわぁ本物だよ……、と思ったけれどなんか写真なんかで見るのよりパッとしないおじさんだなぁという印象(ごめんなさい)。
検証班さんが『唐沢俊一検証本Vol.1-盗用編-』を唐沢俊一氏に献本する贈呈式が執り行われる。すぐ後ろに藤岡さんがズンと存在感ありで立つ。
コミケの中は基本的に写真撮影禁止なのですが、ちゃんと昼間さんはジャーナリストとして撮影許可を取り「報道」の腕章を着け、その歴史的場面を写真に納める。
自分はとりあえずその場面をちょっと遠巻きに真横から見ている。ふと廻りを見渡すと、そこそこの人垣が出来ていて、すぐ横にいた男性二人は「あれが唐沢検証の人なんだ」「うわぁ凄い場面見ちゃったよ」などと話をしていた。やはり結構色々な人に知られている話なんだねえ。

竹熊先生から頂いた『』COMIC MAVO Vol.2
2009081602その贈呈式が終わった後は「とりあえず式典やったので」という安堵感でダラダラとしている。
と、人垣の中から竹熊健太郎先生が登場。うわぁぁぁぁ本物だ!
と藤岡さんが「こちら知泉さん」と紹介してくださったので、名刺を緊張しながら渡す「おぉキミが知泉さんか、ちょっとね名刺切らしちゃっているので……」とカバンの中から最新同人誌を取りだし頂く。
その後は、3姉妹が竹熊先生の大ファンという事でサインをして貰い大盛上がりとなる。
検証本は、それからしばらくして見事に完売「だからもっと持ってきた方が良かったのに」という意見も出ているが、実際どうなるか解らないのでこの辺の見極めは本当に難しい所なのだ。
その場にいたみんなは「さて、アッチはもう時間的に撤退した頃かな?」「とりあえず撤退するぐらいまで何が起こるか解らないからどうしようか」「でもこんなに早く完売って事はそれだけ注目されているんだよなぁ」「あとは漫棚通信さんと挨拶するだけか」と言うことで雑談をして過ごしていた。
格闘技などの話をして、自分も最近知った沖縄生まれの格闘技「躰道」とは何ぞや?という話を聞いたりしつつ、完全にだらけていた。基本的にコミケ自体には興味ないって事なのだ。

1時ちょい過ぎぐらい、人混みをかき分けてやけに目立つ黄色いアロハを着た大柄の人が、すでに完売のボードが出ている机にやってきた。残念、もう1時間ぐらい前に売り切れちゃったんだよね……。
と思っていたのだが、その人物はいきなり検証班さんに向かって何やら大声で喋りかけ始めた。
自分の立っていた場所からでは、昼過ぎにいっそう増えた人波のザワザワ感にかき消されてその言葉の中身はハッキリ聞こえない。
さっきまで談笑していた藤岡さんは何かを察知したらしくその男性のすぐ脇に移動していた。
その黄色いアロハはいきなり検証班さんと握手をし、さらに横に座っていた3姉妹の一人とも握手を始めた。もっとも握手といってもしなれていないのか、ちゃんと握手しているワケではなくやっとその手を指先で掴んでいるような感じ。
その時、その黄色いアロハの後ろには二人組のお客さんが立って覗き込んでいた事もあって、藤岡さんが黄色いアロハに他のお客さんの邪魔だからどけよと言った風に促し、一緒にブースの横に移動した。
検証班さんはそのお客さんの相手をしていた為におそらくその後は見ていないと思うが、その黄色いアロハの男性は藤岡さんに対して慣れ慣れしく話しかけていた。
その黄色いアロハの男性はずっとニヤニヤ笑いながらいたので、ヨッパライか、ちょっとヤバい人なのかも知れないと思いつつ、でもどっかで見たことがあるような……と思っていた。
その男性は藤岡さんの顔前に拳を出したり、いきなり肩に手を回したり、やけに慣れ慣れしい態度を取り続けていたが、マジにヤバそうな人なのかなぁ、と思っている時にふと「あれ?この人、痛車ライターの人じゃないか?」と。随分前に話題になっただけなのでイマイチ自信がないけどたしかこんな顔だったような気がする。フルネームは思い出せずドラゴン……なんだっけ?(帰宅後、それが正解だと判明するワケですが)
そんな事を考えている内に、その黄色いアロハ氏は何か言い捨てて去っていった(それもイマイチ聞き取れなかった)。
ふ〜ん、コミケってのは色々な人がいるんだなぁ。

それからしばらくして漫棚通信さんが登場。自分の想像していた感じとはちょっと違っていましたが、少し話しただけでも凄くパワーを感じる方でした。あの漫画に対する情熱とかは見習う所がありすぎます。
その後、伊藤剛さんがやってきて名刺交換、写真で顔は知っていたけれど実際に逢うと「ウホッ!いい男」なのだ。話をしている中で「関町って……」という話も出てくる。てぇ事は自分のblogも読まれているって事か、と随分と「関町物語」の続きを書いていない事をいきなり思い出したりするのだ。
しかし本日はいきなり本やネットでしか触れた事がない人々と直接逢え、なんか凄い経験をしているのだ。その中で、上手に会話に入れずにぼーっと聞いてしまう自分はまだまだだなぁと痛感。もっと前向きな人生を歩まなくてはいけない。
どうやら、唐沢俊一ブースが撤退したというウワサが聞こえて来たことで「じゃ、ここらでお開きにしますか」と言うことで、2時半ぐらいにそこから離れていく。

すっかり忘れていたリンジにケータイで連絡を入れる「………………ただいまauの携帯電話が電波が混み合っておりますので」と通話が出来ない。自分ではなくauがどうも混雑に弱いみたいなのだ。
実はさっき藤岡さんも自宅に連絡しようとしても「何度掛けても繋がらないんだよ」と言っていたのだが、藤岡さんのケータイもauだった。
マズイ!この広い、しかも何万人もいるここで迷子になったら一生会えないかもしれない(そんな事はない)、としばらく狼狽える。
でも連絡方法はケータイしか無いのだ。リダイヤル「……ただいまauの」、リダイヤル「……ただいまauの」、リダイヤル「……ただいまauの」、と何度リダイヤルした事か。
おそらく時間としては10分以上もその行為を続けた。
と、いきなり繋がり「じゃ、東2の入ってすぐの所にあるスクリーントーンとか文具を売っていた場所の前で」と場所指定をして、涙の再会となったのだ。あぁよかった。思わず再会した時にハグしてしまった、オッサン同士なのに。

まだ時間は3時前、この時間だったらまだそんなに混まずに帰る事が出来る!という事でゆりかもめへ急ぐ。ハズだったのだが、こんどは国際展示場の出口が解らなくなり、しばらくウロウロする。
入場した時もかなり人が溢れていたが、帰りが近づいている今はもっと凄い事になっていた。午前に入って来た人は1日中いる勢いなので、人がどんどん貯まっていく。さらに館内のアチコチにはいくつものグループが集団で座り込んでいる。疲れて座り込んでいるのか、待ち合わせで座り込んでいるのか不明だが、壁際は全部座り込んだ人で埋め尽くされ、そのスキマを縫って歩くしかないのだ。
その集団の横をすり抜ける際に、ふっと床に拡げている購入した同人誌の山を見てちょっとビックリ。同人誌って通常の本と比べるとかなり値段が高い。その同人誌が30cmぐらいのタワーを造っていて、それが4本ぐらい円陣の中に置かれているのだ。これは「げんしけん」で見たシーンだ。グループで手分けしてめぼしい物を購入するパターンだな。でもお前らいったいいくら金使ったんだ?

ふ〜〜〜〜ぅと精気を抜かれたような状態で国際展示場を後にする。
リンジは「じゃ、お台場のガンダム見て帰る?」とか言っているが、到底無理。もう自分の精神力のメーターはほぼゼロでやんす。
とりあえず運が良いのか、帰りのゆりかもめも最初から座れたので少しは楽だったけれど、もう二度とコミケなんて行くもんかと思ってしまったのだ(冬コミでも検証班さんがVol.2を出版する予定ですが、おそらく大晦日直前は仕事の関係などで動けないと思う)。
この日、『唐沢俊一検証本Vol.1-盗用編-』は120冊搬入したそうですが、12時半には完売。その後、タコシェに委託して通信販売を始めたのですが、委託した70冊が即日完売。
やはり唐沢俊一検証は凄い注目を浴びているんだなぁ。

そこで話した事は「自分も雑学を語る時は、調べすぎるぐらいまで調べていなくちゃいけない!」という事なのだ。そう言う意味ではこれ以上ない反面教師なのだ。
とか言いつつ、それから3日後のラジオで「甲子園の土」の話をした時に、最初に土を持ち帰った選手の話題で原稿に書いてある『小倉北高校』を「おぐらきた」と読んでしまったのだ。実際には福岡県の高校なので「こくらきた」ですね。ごめんなさい、切磋琢磨します。
ちなみに甲子園の土を最初に持ち帰ったのは戦前の川上哲治ではという説があるのですが、これに関しては川上サイドから「それは違います」という答が返されています。

切磋琢磨。

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