2008年3月24日 (月)

アーサー・C・クラーク『幼年期の終り』

自分にとってアーサー・C・クラークといえば『幼年期の終り』なのだ。


創元版:カバー絵・真鍋博
Younen03あの超有名なSF映画の金字塔と言われる『2001年宇宙の旅』は「凄い!」という噂ばかりが先行して、田舎ではリバイバル上映もされず、ちゃんと見る事になるのはずっと後になった。
アーサー・C・クラークとの出逢いは中学3年頃に、創元文庫で『地球幼年期の終わり』を読んだのが最初だった。
中学1年で星新一に遭遇しライトなSFに目覚め、そこから小松左京・筒井康隆という解りやすい道を通って、中学3年の頃に海外SFを読み始めた。
と言っても、なんか「他のヤツらとは違う世界の本を読んでいるんだぜ」的意識があったので、背伸びしまくりで実際にはそこに書かれている内容の半分も理解しないで読んでいた。

そんな賢くない田舎の子が「地球幼年期の終わり」というアーサー・C・クラークの作品を読んで、なんだか自分の理解の範疇を超えた部分で「うむむむ」と感情をコントロール出来ない不可思議な読後感に包まれた。
それを説明出来ないもどかしさに悶々とした中学3年生だった。いや、今でも上手に説明できないんだけど。

早川版:カバー絵・中西信行
Younen01創元版を中学時代に読んで、早川版を高校時代に読んだ。
福島正実の訳は解りやすいなぁと思っていたんだけど、その中で宗教に関した部分がぼやかされていた。
創元版(P108)訳.沼沢洽治
もっと深奥な変化も起きている。完全な世俗化、非宗教の時代が来たのだ。〈上主〉たちが来る前にあった諸宗教のうち、まだ生き残っていたのは純化された仏教(おそらくすべての宗教の中でもっとも厳正な宗教がこれである)の一種だけだった。
早川版(P112)訳.福島正実
もっと複雑な性質の事柄もやはり移りかわっていた。二十一世紀は完全に非宗教な時代だった。オーバーロードの出現以前にあった種々様々な宗教のうち、現在残っているのは、あの非常に浄化された一形態ーおそらく、あらゆる宗教のうちでももっとも厳格な戒律を持ったものだろうーだけだった。

早川新装版:カバー絵・上原徹
Younen02と、思いっきりクラークの宗教観が提示されちゃっているんですが、早川版は仏教という部分はぼかしている。
クラークは仏教思想がかなり反映されている物もあるのだが、日本に生まれ育ち、あんまり宗教的な部分での意識を持っていない自分が読むのと、西洋などの心の中心に宗教が大きくある人々では、全然意味合いが違ってくる部分なんだろうなぁ。
架空の話として読む分には早川版の方が抽象的なので、物語を邪魔しない感じはするんですが…。
まだ自分が何ものでも無かった時代に、一段上にある精神状態に変容していく物語を読み、漠然と「何んとかしなくちゃな」と思ったような気もするけれど、未だに自分は幼年期の中に佇んでいる。
おそらく死ぬまで幼年期のまんまのような気もする。

創元新装版:カバー絵・不明
Younen04細かい事ですが、この作品の邦題、創元版で書くのなら『地球幼年期の終わり(訳.沼沢洽治)』、早川版で書くのなら『幼年期の終り(訳.福島正実)』となる。
実は「おわり」の漢字表記が「創元:終わり」「早川:終り」なのだ。
という事を以前からネタにしていたんですが、今回チェックした所、去年光文社から出た「古典新訳文庫」では『幼年期の終わり(訳.池田真紀子)』というタイトルになっている。それまでは『幼年期の終わり』という表記の作品は実在しなかったのに、あぁ手持ち雑学もこうやって時代と共に変わってしまうんだな。
というわけで、ネットで多く見かける『幼年期の終わり』というタイトルは光文社版の事なのだ。すいませんねえ細かくて。

古典新訳文庫版:カバー絵・不明
Younen05自分の中では読み始めた頃から、アーサー・C・クラークは現実感を持たない遠い遠い次元の人なので、まだ生きていたんだっけ?という感じでした。(90歳だとはビックリしました)
中学生だった自分に、色々な物に開眼するようなキッカケを与えてくれたけれど、スットコドッコイの私は結局開眼せずに今に至っています。アホな読者ですいませんです。
そしてご冥福をお祈りいたします。

掲載した表紙、最初の三冊は本棚にあった物で、創元新装版と古典新訳文庫版は手元にありません。
どうやら、古典新訳文庫版は第一章に直しが入っているらしいです。

| | コメント (1)

2008年3月21日 (金)

VOWと私

本棚を見たら、とんでもない数の「VOW本」があった。写真には無いけれど、これ以外に雑誌サイズの「メガVOW」や蛭子さん表紙の「VOW温泉」や少しサイズの小さい「VOW王国 ニッポンの誤植」もある。(VOW17は買い逃してしまった。ちょうど最も鬱だった頃に出た本なのだ)
しかし、ここまで自分がVOW者だとは思ってもいなかった。


20080323_2まだ時代はバブルを経験する前の1980年前後、東京にいた自分は今とさほど変わらないぼーっとした人間だった。
中学高校時代からとにかく本を読んでいたワケですが、いわゆるサブカル系とかいうよく解らないものも知らず(未だにどれがサブでどれがカルなのか不明)、世の中にさほど敵愾心も持たず、名誉欲も、金銭欲もなく、ただただ「絵を描きたい」という事だけを考えて日々を過ごしていた。(性欲というか、女子と仲良くなりたい欲は人並みにありました)
そんな東京で、それまで近所の本屋には無かった色々な雑誌を読み、なるほどなるほどと考えるようになっていったワケです。
もっとも、政治的な部分だとかは全然興味なく、あくまでも物を作るとかが中心だったので、まんが評論雑誌「だっくす」→「ぱふ」・「ふゅーじょんぷろだくと」とかも愛読していた。(それ以前の「漫画界」「漫波」とかは古本で)
あと、まだ書店に社員が配布していた同人誌扱いだった頃の「本の雑誌」とかも。手元にあるもっとも古い号は1979年の19号。

その中で「宝島」という雑誌は、なんだか知らないけど凄い事になっている感じで、毎号「うぬぬ」と隅から隅まで読んでいた。
「週刊プレイボーイ」や「平凡パンチ」も色々な雑多な情報が硬軟取り揃えられていたが「宝島」はなんか「うぬぬ」という感じだったわけですよ。
温暖な気候のぼけーっとした静岡から来た少年にとっては刺激が多かった。今ではありえない話なんだけど、ネットが無い時代、情報というのは限りなく制限されて、世界はほんとうに手が届く範囲でしかなかったのだ。
そんな少年が読みふけった雑誌が「宝島」。

さらに「別冊宝島」というのが濃くて、「都市生活者にとって必要なものをユニークな視点から徹底的に追求した知的シティカタログ」と銘打たれた『全都市カタログ』から始まり『マンガ論争』とか『道具の本』とか『精神世界マップ』とか『現代思想のキーワード』とか、とにかく意味が分からない所も無理して読み込んだ。
なかでも『メディアのつくり方』で必死に勉強して、個人雑誌や同人誌なんかを作ったりもした。あと文章を書く勉強になった『みんなの文章教室』『文章スタイルブック』『レトリックの本』なども。
もしかしたら、この辺りで自分はかなり鍛えられたのかも知れない。

という事で、その雑誌『宝島』はとりあえず現在も残っているが、もうまったく違う雑誌になってしまったので興味の外にあるんだけど、当時からあったコーナーだけが独立して現在も生き残っている。
それが『VOW』なのだ。
「宝島」の前身雑誌、植草甚一さんが創刊した『Voice of Wonderland』の略称が「VOW」なのですが、植草さんの意志とはまったく違う方向にいっているトンチキな物になっていますが。
今に続く、写真などの投稿は1982年頃に当時浪人生だったカーツ(佐藤克之)がヒマにまかせて投稿を始めたのがキッカケで活性化していった。

初単行本は1987年なんですが、気が付くとほとんどを初版で購入している。最初に掲載した写真は現在トイレ図書館にあるVOW単行本。気が付いたら凄い事になっているのだなあ。
これ以外にも、色々あるんだけど最近は余りにも多くなって買わなくなってしまった。
最近、VOW常連投稿者の藤岡さんと逢った時に、この話も少し出たんですが、「Voice of Wonderlandと宝島の創刊号持っているんだぜ」と自慢されてしまった。

そんなこんなでこれから先も私はVOW者で有り続けることだろう。

| | コメント (0)

2008年2月16日 (土)

「主婦の友」休刊

今年は念頭から出版業界にとって嫌な話が続いていましたが、今度は1917(大正6)年創刊の超老舗雑誌『主婦の友』が今年5月発売の6月号で休刊することが決定した。


200802160191年ってとんでもない話だよなぁ。
大正6年頃の主婦向けの雑誌ってのも興味あるけど、80年代まで『4大婦人雑誌』とよばれていた「婦人倶楽部」「婦人生活」「主婦と生活」そして「主婦の友」がこれで消滅する事となった。
これはインターネットの発達で…、という事以外にいわゆる主婦という物の変質がかなりあるんだろうなぁ

創刊した頃はまだ「女性は結婚して家に入る」というのが当然の時代だったと思うんだけど、女性の社会進出や参政権などの話題をとりあげていたらしい。
1923(大正12)年に市川房枝さんたちが婦人参政権獲得同盟を結成しているので、女性総合雑誌という感じだったのだろう。

20080216021980年代の中期、以前も松田聖子の話で書いたけれど、結婚しても仕事を続ける女性が増えたり、あるいは結婚年齢が高くなって来たとか、DINKSと言って子供のいない夫婦のライフスタイルが持てやされたり、読者傾向が分散していたなど色々な要素が絡み合って、4大婦人雑誌も方向が絞り込めなくなっていったんじゃないかと思うのだ。
「主婦の友」は最盛期には70万部ほど発行されていたけれど、ここ数年は低迷を続け、最近は16万部に落ち込んでいたらしい。

以前そっち方面の雑誌とかを続けて読むことがあったんだけど、どうしてもメインは料理レシピになってしまうワケですが、毎年同じ頃に同じような季節の料理が並ぶ。それ以外の記事も、掃除がどうしたとか、毎号買っていると何度も同じような記事を読まなくてはいけない状態になって、読者も大変だけど、編集で記事を企画する人も大変だろうなと思ってしまう。

2008021603我が家の親は「主婦の友」の定期購読者で、といっても毎号買うワケではなく、毎年1月号(新年特大号)だけを購入する人でして、付録に付いてくる家計簿とかカレンダーとかレシート保存袋だとか、そっちが目当てのよくない読者なのだ。
おかげで我が家には数年分の新年特大号のみが並んでいて、おせち料理と年賀状の書き方に関する資料だけは大量にある。

しかし、もうこの出版不況という物には歯止めをかける事は出来ないんだろうか?
「主婦の友」は近々誌名を代えて復活するという噂もあるけれど、リニューアル復活しても世の中の状況が変わらないかぎり難しいんじゃないかと思う。これまでリニューアル復活して良くなった雑誌はほとんどないと思う。「POP-EYE」なんかも、なに勘違いしてんの?という雑誌になっている。
雑誌大好きな人間としては何とも哀しい話なのだ。

| | コメント (1)

2008年1月25日 (金)

「2時のうんちく劇場」

現在SBSラジオ静岡放送で月〜木曜日の2時から、その日の出来事や季節の話題をテーマに雑学をしゃべっています。
現在、マジにこれを出版してもいいよ!という出版社を探しています。


「2時のうんちく劇場」小冊子
2008012501現時点で放送は166回あり、1回の放送で5本ぐらい関連雑学を語っていますので、単純計算で830本ほどの雑学を語り続けていることになります。
で、それを編集した小冊子を3ヶ月ごとに作って、リスナー数名にプレゼント。あとは出版社へのプレゼン用資料として使っています。
この小冊子の中には放送でも喋っていない雑学もかなり追加掲載しているので、1回のテーマに対して7本から9本ほどの雑学が乗っている計算になります。つまり、単純計算で1328本。

とりあえず3月末で放送1年経過で約200回放送になって、小冊子には1600本の雑学を掲載するという感じになりますが、まだまだネタは尽きませんぜ。
ディレクターから(お世辞半分で)正月に予定していたコーナーが潰れて、そこで準備していた正月用原稿が読めなかった時に「来年(2009年)の正月に使いましょう!」と、正月早々鬼が大爆笑しちゃうようなことを言ってくれたので、延々とネタが尽きるまで続きます。

小冊子の中はこんな感じ
2008012502ネタに関しては、1つの雑学を検証するために自宅の蔵書を読んだり、図書館に潜ったりしている時、別のネタを何本も発掘できるので、おそらくしばらくは枯渇する事はありません。
ついでに現在、水面下で別の単行本の執筆に入っているのですが、そっちの方でもネタの重複はほとんどないワケで、この10年以上に渡って、メルマガを発行するため、サイトを構築するために準備していた雑学は、自分でも把握できないほどとんでもない事になっております。

興味を持ってくれた出版社の方がいらっしゃいましたら、お気軽にご連絡下さいませ。(自費出版除く)
この「2時のうんちく劇場」という単行本以外に、色々な企画があります。

メールはこちらへ<tisen@tisen.jp>へ!
雑学系ライター(初心者)杉村喜光「知泉」

| | コメント (0)

2008年1月15日 (火)

草思社と新風舎

出版不況という言葉が聞かれて久しいけれど、今年は年始草々
1月7日:自費出版大手の新風舎が民事再生法申請
1月9日:草思社が民事再生法申請
という嫌なニュースが飛び込んできた。


草思社といったらここ数年「世界一受けたい授業」なんかでも話題になった斎藤孝「声に出して読みたい日本語」なんかを出していて、このシリーズは書店の目立つ所にどどんと何冊も置かれていたけれど、思ったより売れてなかったんですかね?
もちろん、単純な理由で民事再生法申請ってことではないんだろうけれど「間違いだらけのクルマ選び」なんかもあったのにねえ。
最近はヒット作にも恵まれず負債総額22億4700万円という物だったらしい。

アマゾンで草思社が出している本をザッと調べたけれど、自分的には1冊も買っていない事が判明。でも知られた出版社がこうなってしまった事には激しく危機感を覚える。
その中で「あ、懐かしい」と思ってしまったのがM.Scott Peck著『平気でうそをつく人たち』。
ってこの本も読んだことないんだけど、訳者の名前が森英明さん。知泉の歴史を2001年頃から知っている人には、とある事件を起こした「森くん」と同じ名前という事でごくごく一部で話題になった事がある。そうか草思社だったのかぁ。平気でウソをつく森くんかぁ。

20080115aもう一つの新風舎は出版不況とは関係なく「なるべくしてなったのかな」という印象を受ける。
ここは自費出版の大手で「表現する人の出版社」ということで、素人で本を出したい人が契約して出版するという、簡単に言ってしまえば自費出版の会社。
自費出版というと、自分で原稿を仕上げ、「100冊●万円」とかで印刷して、コミケなどで販売するという印象かもしれませんが、この新風舎はちょっと違う印象がある。

新風舎はアマチュア向けの小説や絵本など、年間20種類ほどのコンテストを行い「本を出したくてしょうがない素人」を集めている。
そんでもって、通常の出版社の場合はグランプリになった人の本を普通に出版するのだろうけど、ほとんどの応募者が1次予選2次予選などを通過し最終的に落選となる。
そこで担当者から連絡が入り「落選してしまいましたがアナタには才能があるとおもいます」と持ち上げられ「協力出版という形で原稿を本にしませんか?」という話に持っていくと言われている。

20080115bこの場合はあくまでも自費出版の会社なので「協力出版」とは「500〜800冊単位の印刷で費用100〜500万円を出していただければ出版出来ますよ」という話にもっていくのだ。
しかも「我が社のルートで全国800以上の有名書店にあなたの本が並びます」といううたい文句を付けて。さらに「初版はお客様の負担ですが、増刷がかかればそれが印税となります」という話も出てくる。

もっとも実際に800もルート書店があるのか不明ですが、実際にはほんの数件の書店に約1ヶ月ほど委託販売のような形で並ぶだけで、当然のことながら増刷がかかる事もない。
2005年8月3日の読売新聞のWeb記事「新風舎」松崎義行さんに聞く 存在感増す「共同出版」で「全国4カ所に直営書店を持つ」として「その一つ、東京・青山の「熱風書房」を訪ねると」と書いてあるんだけど、その熱風書房って新風舎と同じビルの1階にある書店で、直営店というより「新風舎の直売所」という感じなのだ。

ついでに「新風舎の絵本が皇室で読まれている」と言うのも最近の売り文句になっているんでしょうかね?(ニュースで報じられた画面上、愛子ちゃんが読んでいた絵本がそうだったらしい)

20080115cしかも今回のニュースで報道され解ったのが、あくまでも出版したのは新風舎なので出版された本の所有権は新風舎。作者が「本屋に並ばないのなら全部引き揚げて返して欲しい」と請求しても「全部買い取ってくれるのなら」と新風舎はそれに応じないという。
つまり最初に支払ったお金は「本を作るお金」ではなく「編集&流通代金」という事。通常の自費出版は金払って手元に現物の本が100冊とか届いて終わりなのだが、そうでは無いのだ。
そうなると、実際に印刷したか?すら怪しくなってしまう。日本で2番目に出版点数が多い(1位は講談社)ってのも「本当か?」って感じ。

実は、自分も今から5年以上前にメールを貰ったことがある。メルマガを出して順調に読者数が伸びて、まぐまぐの教養部門だったかで10位ぐらいに入ったりして、そこそこ話題になりはじめた頃。
「メルマガを拝見しました。とても優れたコンテンツだと思います。これを書籍化しませんか?」みたいな内容で。
もっとも、自分も出版関連の仕事をしていた端くれで、その手の自費出版業界の噂を知っていたのと、自分がやりたいのは自費で本を出して自己満足している状態ではなかったので、無視してしまった。

20080115dでも世の中には「本を出す」という言葉についフラフラと誘われてしまう人も多い。ネット検索してみると「ついに自分の本が新風舎から出ることになりました。○月○日に書店に並ぶ予定です」みたいな事を書いている人も何人かいて、あぁそうなのねと思ってしまう部分もある。
自分の場合は、最初の本を出した時は、いきなり二見書房関係から「本を出しませんか?」というメールを貰って話がスタートしたんだけど、その時は「どうせまた詐欺みたいな話だろ」と話半分でいた。
その後、こっちが1円も出費しない状態の出版というのが判明し、例の『知泉』に繋がっていったのだ。(騙されようにも金が無かったというのが幸いしたワケですな)

自主出版という形態は別に悪くないけれど「書店に並ぶ」とか「増刷されれば印税が」とかって話で釣るのは悪どいなぁと思うし、このシステムだと出版社は本が全然売れなくても損はしない。当然営業に力を入れる必要はなく「本を出したい」と考えている人がいる限り儲かるという状態なのだ。

20080115e新風舎に関しては現在、民事再生法申請中で、さらに訴えている人もいるんだけど、まだ本を出したいと思っている人もいるんだろうなぁ
今回は新風舎がニュースで取り上げられた状態になった事からこんな文章を書いてみたけれど、似たような会社はいくつもある。
でも、あくまでも「自分が書いた文章を本として残す」という人のためになっている自費出版社もあるので、一概にその手の出版社が悪いというワケじゃない事も勘違いしないで欲しい。

近年は「本なんて文化もう終わりだよ」なんて言う人もいるけれど、子供の頃から今に至るまで本が好きな自分としては、色々考えてしまった話なのだ。

※今回の件で新風舎の事を取り上げている多くのblogを読み込み過ぎて、考え込んでしまった。

| | コメント (2)

2007年9月28日 (金)

今度は大丈夫ですか?DeAGOSTINI(デアゴスティーニ)

10年ぐらい前から「分冊百科」みたいな感じで週刊誌ペースの「20世紀」とか「歴史上の100人」とか、他にも文字だけじゃなく「ロボットを作ろう」「フェラーリコレクション」とか色々な物が出版されている。


色々な出版社がその手のを出しているんだけれど、そこで有名なのが「DeAGOSTINI(デアゴスティーニ)」という出版社。
元々イタリアの地図会社だったらしいんですが、日本ではその「分冊百科」というスタイルで特定のテーマの百科シリーズをいくつも出している。
毎週500円前後の雑誌って事で、ページ数の少なさを考えると微妙な値段設定なんだけれど、100冊揃えると5万円かよ!って感じで「5万円だったら、もっと豪華で凄い本が買えるよなぁ」と思ってしまう部分もある。

でも、個人的には「何かの資料になるかも知れない」って事で、これまでいくつかのシリーズを購入している(ほとんどがコンプリートしていないけれど)。
で、購入する側が途中で根負けして購入停止になってしまう事も多いワケですが、そんな根負けをする人が多い場合は、出版する側も根負けしちゃうワケですね。
つまり売り上げ不振ってヤツ。
でも、最初に「全100巻を揃えると完璧な事典になります!」と謳っているので、途中で辞めるワケにもいかないという事情があって、なんとか息絶え絶えで頑張っているような感じもあるのだ。

で、最近よくある「毎号、部品を少しずつ付けて、全巻揃った時には戦艦大和が完成します!」とか「ロボットが!」とか「巨大なドールハウスが!」とか、最近では「ディズニーランドが!」って感じの、購入し始めたら途中で辞めるわけにはいかなくなってしまう巨大プラモデルシリーズ。
これの初期はアート系の学習物で、毎号「筆」とか「絵の具」がチョビチョビ付いていたのを本屋で見かけたんだけど、テキストに合わせて「今週はミドリの絵の具が付けられていますので、このように緑色を塗って…」とかになっていたんでしょうかね?そんなに細かく説明されても…。

その後、バイクや自動車のフィギア系になり、さらに組み立て物に移行していったワケですが、「週刊ラジコンCAR」なんてのは毎週細かい部品を付けて、定価1190円で全45巻で完成します!って、普通5万円以上掛けずともラジコンキットは買えますよ。
「ロボット」は全74号で完成するって事だったので、総額9万円近い値段になってしまうワケで、しかも週刊で完成までに2年近く掛かってしまうので、出来上がった時にはすっかり古くさいタイプになってしまう可能性が大なのだ。
少年時代に「科学と学習」ドップリだった世代としては、惹かれる部分が無いワケではありませんが。

でもって、時々本屋で「週刊○○○を作ろうは書店売りではなく注文販売になりました」という張り紙を見る。つまり不特定の人に向けて販売するってのはムダが多いので、もう引くに引けなくなって買わざるを得ない客だけを相手に注文販売で最後まで行くぞ!って事で、つまり売れてないんだろうなという事なのだ。

新創刊「昭和タイムズ」
02deagostiniで、2・3日前からテレビでDeAGOSTINIの「昭和タイムズ」というシリーズが創刊された!と宣伝を始めている。
それを見て驚いてしまったのだ。
「あれ?これって『MADE IN 昭和』ってシリーズと同じじゃん」
そのCMでは「いくつもの驚きと感動を乗せて走り抜けた昭和。あなたはどんな事を憶えていますか?週刊昭和タイムズ、創刊号は39年、カレンダーで振り返る昭和の日々」などとナレーションが語っているのだ。
1年を1冊で振り返り、全64冊、創刊号は190円
と言うことになっているんですが、ちょうど1年前もほとんど同じCMを見た記憶がある。

これが1年前に創刊された「MADE IN 昭和」
03deagostiniということで本棚を探してみると、ありました。「MADE IN 昭和」。奥付から考えると10月中旬の創刊。しかも創刊号は同じく昭和39年の特集。
テレビで映し出されている「昭和タイムズ」の表紙と、手元にある「MADE IN 昭和」は激しく同じ物なのだ。表紙見本その1・その2って感じで、内容もなんか同じような感じ(同じ年を扱っているので当然ですが)
で、ここまでの話を聞くと同じDeAGOSTINIからほぼ同じ内容のシリーズが出ている?とか、1年前に創刊なのでまだ前のシリーズは完結していないんじゃないか?と思いがちなんですが、実は前のシリーズは同じく「全64巻」予定で始まり、すでに終了している。

「MADE IN 昭和」コンプリート
04deagostini自分は「昭和の歴史の参考資料」として購入していたんですが、昭和53年を扱った10巻が出たのが今年の1月23日。
その当時、自分の中で色々複雑な事情があって本屋に日参出来ない日々が続いていた。
1週間ぶりに本屋に行った時に探し見つからなかったので「あれ、11号買い逃しちゃった」と思っていたのだ。それにしては今週発売されているハズの12号も無い…。
と思ったんですが、当時は精神的な余裕が無かったので「はぁぁぁ、買い逃した」ぐらいに思っていたのだ。
で、家で寝る直前に10号をぼーっと読んで「買い逃した11号って何年の特集だったんだ?」と最後のページを見て驚いてしまったのだ。

お知らせ
05deagostiniそこに書いてあったのが
「メイド・イン昭和」第10号をお買い上げいただき、ありがとうございます。誠に勝手ながら、小誌は今号をもちまして休刊させていただくことになりました。読者の皆様には、これまでのご愛読に厚く御礼申し上げます。
という文章だったのだ。うむむ、全64冊予定でいきなり10号で休刊か。休刊って言っても再開する事なんてないだろうけど…。

でも、実際の事を言うと、この手の分冊百科では「毎年1年を特集して昭和を…」あるいは「20世紀を」というシリーズを各社が出していて、いまさら感があったので、自分的には「そんなに売れないだろうな」とは元々思っていた。でも、後出し雑誌なので他社のものより深い掘り下げがあるんじゃないか?と思って買っていたのに、そういう結末ですか。
手元には中途半端な昭和16・28・30・33・39・41・45・47・53・54年というバラバラの年代を特集した本が残っただけなのだ、全然資料にならないじゃないか!このやろぉぉぉ!

この先発売予定の「昭和タイムズ」
01deagostiniで、今回の何事も無かったかのような「昭和タイムズ」の創刊なのだ。
実際、この手の本ってどのぐらい売れるんだろうか?
DeAGOSTINIという会社は採算採れているんでしょうか?
果たしてロボットとかラジコンカーとか戦艦大和を作っている人はいるんでしょうか?
謎が深まるばかりでやんす。

| | コメント (5)

2007年9月 6日 (木)

「imidas」「知恵蔵」休刊

年末から年始になると本屋の一角にぶ厚い本が山積みされている。


00imidas20071948(昭和23)年創刊の「現代用語の基礎知識」を始めとして、「imidas」「知恵蔵」という前年に起こった事件やキーワードを解説する年鑑形式の辞書なのだ。
時代を切り取った辞書として役に立つこともあるんだけど、一般的にはそーんなに役立てる場面もないんじゃないか?という気もして、その分厚さが「邪魔」ではある本でもある。
実際、自分も完全に毎年ではないけれど精神的と経済的に余裕のある年末はぼーっとしながら購入してしまう事もあった。
もっとも、それをちゃんと利用できるほど読むか? というと疑問なのだが。
そんな中、「imidas(集英社)」「知恵蔵(朝日新聞社)」が休刊するというニュースが流れた。

002007この二つの年鑑辞書はすでにウェブデータベースとして有料稼働しているんだけど、書籍の方の売上げが落ち込んできたので遂に休刊となった。
「imidas(集英社)」は1986(昭和61)年に創刊号114万部でスタートしたのだが、最新刊の2007年度版が14.5万部にまで落ち込んでいた。
「知恵蔵(朝日新聞社)」は1989(平成元)年に創刊号95万部でスタートし、最新号の2007年度版が13万部になっている。
共にバブル期の「とりあえず出せばそれなりに売れる」みたいな時代に創刊しているので、創刊号との比較は難しいんだけど、やはりこの数年の出版不況はきつかったみたいなのだ。
そして唯一継続となっている「現代用語の基礎知識(自由国民社)」は第二次世界大戦の復興期1948(昭和23)年創刊で、次に発行される2008年度版でちょうど創刊60号となる。昭和23年の創刊号は120万部発行。最新号2007年度版は12万部。

002007_2「imidas」「知恵蔵」は共にネットの有料コンテンツとして続いて行くらしいけど、ネットで調べるという部分で言ったら現在は「Wikipdia」という物が大きく存在しているので、事業的にはソッチはキツイんじゃないかなぁ
もっとも「Wikipdia」はあくまでも「素人が無責任に編集できる」という怖い部分を抱えているので100%信用に値しない部分がある(それで恥をかいたプロの作家も何人かいるみたいですが)という事を念頭に置かないと怖いのだ。
といいつつ書籍も100%使用できるワケではないって事を頭に置かないといけないのだ。

自分はこうやってネットで文章を書いているんだけど、やはり根っこの部分にアナログが深く刻まれているので、あくまでも「紙媒体」に拘っている。
自分の本が初めて発行された時も激しくドキドキしたのだ。
バブル崩壊と共に始まった出版不況って奴、すでに10年以上経過しているワケで、今中学・高校生辺りは物心付いた時から出版は不況のただ中でそれが当たり前だったのかも知れないけれど、古い人間はそこにこだわり続ける。
そんなワケで「現代用語の基礎知識」、部屋の中で邪魔になろうとも来年度はちゃんと買ってやるぞ。
※ライバル「imidas」「知恵蔵」が休刊した事により、書籍としての年鑑辞書は「現代用語の基礎知識」がそこから零れた読者を取り込めると思うので、売上げ上がると思うのだ。

| | コメント (0)

2007年6月10日 (日)

突然創刊「たこやき便りR」

知泉の雑学本3冊目「静岡県の雑学」が6月1日に出たワケですが、なにか勢いがまだ沸々と残っているみたいで、いきなり暴挙に出ました。


Dscn428080年代に超個人的雑誌として発行していた「たこやき便り」のリニューアル版『たこやき便りR』をいきなりの復刊!
本ページは20ページしかないペラペラのミニコミ誌で、内容は基本的にブログに乗せた物を少し手直しした物であります。

前々からフリーペーパー的な物を作りたいなぁとは思っていたんですが、本格的な物を作ってそれで商売しようとか地域を活性化しようとか、全然思っていなかったワケで、金曜日の夕方ぼけーっと「とりあえず新書は出たし・・・ラジオの仕事も少しは慣れてきているし・・・・」と考えていて「やっぱり紙媒体で何かを作りたいなぁ」と思ってしまったのです。
思ってしまったのだからしょうがない。

Dscn4281とにかく思ってしまったので「よっしゃ!」と浅〜い決意をして「じゃ、たこやき便りを復活だ」と思ったのですが「で、たこやき便りって一体何号まで発行したんだっけ?」という謎にぶち当たり、過去の制作物を振り返るのが面倒くさいので「とりあえず復刊ってことで最後に「R」つけるだけでいいじゃん」と安易な判断をして、今回のタイトルもなったワケです。
金曜日の夕方に「!」と思い、ここ2ヶ月ほどの間にブログで発表した文章や絵を雑誌形式にまとめはじめた。そして、それから24時間も経過していない土曜日の昼には完成していたワケです。編集・制作に1日も掛かっていない雑誌。それだけ今の私には「紙媒体の仕事がとにかくしたい!」という感情が燃え上がっているワケであります。
しかし「これで商売するつもりは無い!」と決意した私です。その言葉通りに「商売に値しない」雑誌になっております。
完全に自分の趣味だけで作っているので「杉村による杉村のための杉村の雑誌」でやんす。

とりあえず、何度もブログに登場している杉山バラ園に10冊置いてあります。ここで「静岡県の雑学」を購入してくれた方に無料配布(+バッジも)。この1週の間、バラ園で購入してしまった方もバッジを持参してくれれば「たこやき便りR」を追加プレゼント致します。
他にも欲しい人なんていますかね?(もし居たら、久々にメルマガ&ブログで抽選会でもやりますか? 他のオマケも制作して)

とりあえず「Vol.1」って事になっているんですが、前回の「たこやき便り」が2年とか3年に1回だったので、忘れた頃にVol.2が発行されるかも知れないっす。

ついでに
アマゾン:静岡県の雑学
セブンアンドワイ:静岡県の雑学
bk1:静岡県の雑学
そしてここなら確実に購入できます
静岡新聞社:静岡県の雑学
と、宣伝も忘れずに。

| | コメント (1)

2007年6月 2日 (土)

杉山バラ園でも「静岡県の雑学」発売開始

なんどもブログやメルマガに名前が登場する杉山バラ園ですが、自分の知人の兄が経営しているという事もあって、10年近く前にサイトを制作したり色々と関わって来ました。
という事で、今回バラ園でも「静岡県の雑学」を発売する事になりました。


イメージ画像
200706029で、わざわざバラ園で買ってくれた方に特典としまして、オリジナルバッジをオマケにつけます。(もっと別な物もある可能性もあり)
ついでに、日曜日の12時以降なら自分もバラ園にいると思いますので、本を購入の際に「杉村って奴はいるか?」と声を掛けてくださいませ。
サインだろうとイラストだろうと要求に応えますです。
今までは「本職会社員、こっそり知泉」だったのですが、もーどこに遠慮をする必要もないのだ!で行きます。
もっとも、あんまり顔がばれてしまうと、色々と悪い事が出来なくなる恐れがあるんですけどね。

先日の浜松でも水曜日のテツさんが駅前でいきなり「あっテツさんですよね」と声を掛けられておりました。「俺、そんなにテレビとか出てないので顔そんなに知られてないのになぁ」と言ってましたが、てつさんはインパクトありますから覚えやすいっすよ。
その点、自分は普通の人の中にとけ込むのが上手すぎて困っております。

静岡以外の方はネット購入も出来ます
アマゾン:静岡県の雑学
セブンアンドワイ:静岡県の雑学
bk1:静岡県の雑学
そしてここなら確実に購入できます
静岡新聞社:静岡県の雑学

| | コメント (1)

2007年5月31日 (木)

知泉の三冊目:ネットでの注文スタート

そんなこんなで、知泉の単行本3冊目がネットで注文出来るようになりました。


Sshizuoka01アマゾン:静岡県の雑学

セブンアンドワイ:静岡県の雑学

bk1:静岡県の雑学


「静岡県の雑学 知泉的しずおか」は税込み1000円で、ほとんどのネット書店は1500円以上をお買いあげの方は送料なしとなっているので、前著「知泉」「知泉Part2」共に二見書房刊を一緒に購入する事をお勧め致します。(しつこい)
今回の本だけで充分じゃい!という方は、セブンアンドワイで「セブンイレブンで受け取り」にすれば送料ただになります。

タイトルは「静岡県の雑学」ですが、実際の事を言えば、自分は静岡県にそーんなに思い入れもなく色々な方向に手を伸ばして来たので「静岡ネタだけじゃ1冊本まとめる事できっこない」と企画の段階で言い切って「静岡を窓口にして、自分の得意分野へなし崩し的に雑学を展開させてもらいまっせ」と宣言して書き始めたワケです。
だから、静岡以外の人にも充分面白がって貰える本でやんす。
前著「知泉」「知泉2」を面白く思ってくれた人、メルマガ・ブログを面白いと思ってくれた人にはお勧めです。

ただ問題なのは、静岡県内ではそこそこ売れるんじゃないかなぁとは思うのですが、数少ない静岡以外で置いてくれる本屋さん(東京の大手書店)などで並んでいても「静岡の雑学?別段静岡なんて興味ねえし」と手にするキッカケがないだろうなぁと思うワケでやんす。そこが「静岡」とタイトルで限定してあるのがキツイなぁ。でもパラパラ立ち読みしてくれれば、それなりに興味を持って貰えるかと思っております。

先日のSBSラジオの公開放送にゲスト出演してくれた嘉門達夫さんにも発売前の見本刷り本を贈呈したのですが、面白がって貰えたみたいです。(ついでにメモ帳に大量のイラストを描いてあったのを見られて「メジャー感のあるイラストやね」とお褒めの言葉がありやした)

内容的には「知泉の雑学 ザツガクとボクと、ときどき静岡」みたいな感じって事で。

「静岡の雑学」に関する過去文書
5月27日
5月15日

| | コメント (9)

2007年5月25日 (金)

「静岡県の雑学 知泉的しずおか」知泉の本3冊目

やっと手元に見本の刷本が届きました。


Sshizuoka02_1いやぁ色々あったけれど、遂に!という感じです。
1週間後の6月1日に本屋に並びます!(静岡中心だと思いますので、それ以外の地域の方はネット注文でお願いいたします)
静岡新聞社:静新新書012『静岡県の雑学 「知泉」的しずおか』
ページ数228:定価「本体952円」+税
ISBN978-4-7838-0334-8 C1236 ¥952E

今回の本のタイトルに関しても色々ありました。
まず、編集を始める段階で静岡新聞社から「どんなタイトルにしたいか?」と要望が出された。
その案として「静岡おもしろ雑学」とか「静岡うんちく裏街道」とかが提示されて、「特徴がある1回聞いたら忘れる事が出来ないインパクトのあるタイトルを考えてくれ」と言われたのです。
自分としては「インパクト」と同時に「言いやすさ」「覚えやすさ」というのも凄く重要だと思っていた。現代は何においてもタイトルの記憶しやすさと言葉として流通しやすさというのが重要だと思っている。

そこで色々考えたんだけど、どれもこれもピンと来ない。う〜んう〜んとうなり続けること1ヶ月。
それで出した結論は「静岡県の雑学」というこれ以上ないほどシンプルなタイトル。
実は検索してこれまで発行された静岡県に関係した雑学本などのタイトルをチェックしてみたんだけど、それぞれが色々と頭を捻ったんだろうなぁというタイトルが付けられていたんですが、その中にそのものズバリな「静岡県の雑学」というタイトルの物が無かったワケです。
あまりにひねりが無いので誰もが敬遠したのかもしれませんが。

Sshizuoka01さらにサブタイトルとして「知泉的しずおか」が付きます。
「知泉」という単語を入れないと、知泉の3冊目ということで検索した時に引っかからなくなってしまうからでやんす。作者の名前で検索する人なんて皆無に等しいと思うので。
こっちに関しては本当は「知泉的シゾーカ」みたいなニュアンスで考えていたのですが、おとなしく「しずおか」になってしまいました。
静岡弁では「静岡」は「しぞーか」と発音するので、地域色をと思ったのですが。
で、実物が届いてビックリしたのが「知泉的しずおか」ってサブタイトル扱いじゃないじゃん!という事。う〜む。

実は今回の刷見本は24日に完成して、作者より先に静岡新聞社と同じビルにあるラジオ局に即日届けられ、ディレクターを始めスタッフが読んだのですが、感触としては「かなり良い」という感じでやんす。
別段「静岡の雑学なんて知りたくねえよ」と言う人でも充分満足出来る内容になっていると思います。
自分も夕べ、編集前のテキストデータを読み返したんですが、ダラダラと長時間読み続けてしまったっす。自画自賛。

とりあえず3冊目。今回は与えられたテーマと枠組みの中で自分が出来る限りの内容を詰め込んだ本になりました。
でも、まだまだ続きますぜ  。

前回の出版決定報告:知泉単行本第3弾「静岡の雑学 知泉的しずおか」

| | コメント (0)

2007年5月15日 (火)

知泉単行本第3弾「静岡の雑学 知泉的しずおか」

去年の11月にメルマガで「近々サプライズ的展開を報告出来るかも!」と書きましたが、遂に発表です。


「静岡の雑学(静岡新聞社)」予想図
000tisen03その第1弾サプライズは「4月からのレギュラーラジオ『らぶらじ 午後のうんちく劇場』」だったわけですが、やっと第2弾サプライズ発表です。
来月、6月1日に静岡新聞社より『静岡の雑学 知泉的しずおか』という単行本が発売されます。(たぶんタイトルはこれで決定だとは思いますが、まだ気は抜けません)
たぶんこのタイトルを聞いて「え〜別に静岡の雑学なんて興味無いしぃ」って感じかもしれませんが、ハッキリ言って内容はムチャクチャ濃くて「静岡以外の雑学満載」です。

この知泉の雑学を前から知っている方ならばご存じかと思いますが、最初にとあるテーマで語り始めた雑学が徐々にコースアウトして、別の雑学になだれ込むというパターンが、今回の本でも発揮されております。
この本の企画は去年の11月に始まったのですが、その時に自分も「え〜?静岡がらみの雑学だけで1冊なんて書けないよぉ」と思ったワケです。
というか、確かに生まれ育ったのは静岡なのですが、別段「俺は静岡LOVEだ!」とは思ってもなかったし、興味は森羅万象だったので困ってしまったワケです。

1冊目「知泉(二見書房)」まだ好評発売中
000tisen01そこで「とりあえず静岡ってタイトルを付けといて、中身は静岡とは関係ない方向にガンガン飛ばしちゃえばいいや」と考えたのです。
編集者的にも「面白ければ脱線も許されるだろう」という感じでアピールして、とにかく「お国自慢」ではない、どこで読んでも面白い雑学満載。でもちょっと静岡の雑学が多め、みたいな本に仕上げました。
で、出版形態は「新書」です。

個人的に「新書」ってのは文庫本より高尚な物で、真面目に学者や研究者が色々調べた物を発表したりする本だと思っていたんですが、もぉこうなったら既成概念壊しちゃうのだ!と、色々な提案をして「新書らしからぬ新書」になったワケです。
本の中身は基本的に二段作りで、上段にはそこそこちゃんと解説した雑学文を書いて、下段にはその上段に出てきた単語から関連する雑学を通常の知泉の表記方法で並べまくるというスタイル。
つまり内容的には1冊で2冊分の量があります。

中身はこんな感じ
Sizuokazatugaku_1今までの単行本は1冊目「知泉」は716本の雑学、2冊目「知泉Part2」は939本の雑学を記載しているという事になっていましたが、今回は上段には数えていないけれど文中に100本以上の雑学を使用していて、さらに下段には800本以上の雑学が並べてあるのだ。つまり前2冊より濃いかも知れません。
さらに今回は前2冊でイラストを描いてくれたメンバーが「これでもか!」と濃厚なイラストを描いてくれて、ハッキリ言ってふつうの雑学本の挿絵とは全然意味が違うイラスト集・コマ漫画集になっているでやんす。(そのイラストを描いてくれたメンバーの名前を見つつ「関町物語」を読むと、色々な事が判明するかも知れません)

そのためにイラストのスペースもどん!と大きく取ってあります。約220ページの本ですが、そのイラストは全部で80枚以上(左ページにイラストが来るように配置してあって、左ページに見出しが来ない場合は、かならずイラストがあるようなレイアウト)。イラストだけでも見応えあります。
つまりイラストだけでも1冊分ぐらいの充実度なので「1冊で3回美味しい」状態でやんす。

2冊目「知泉 Part2」たぶん好評発売中
000tisen02静岡新聞社の本という事で、静岡県以外の本屋さんには入荷しない可能性が高いのですが、アマゾンやセブンイレブン「セブンアンドワイ」などで取り寄せる事が可能です(注:5月15日現時点では登録されていないので、まだ予約も出来ませんが)。
現時点では価格は1000円前後という事になっています。
本のみちしるべ
オンライン書店の比較&リンクがあるページなんですが、これを見るとセブンイレブンの場合は店に取りに行けば送料無料、他の場合は1500円以上なら無料みたいな感じですね。

ということは、自宅に届けてもらう場合は今回の「静岡の雑学」と一緒に二見書房「知泉1・2」を購入すれば送料が無料!って事なのだ。ってワケで新刊だけでなく既刊もヨロシクなのであります。
→続く「刷り見本が届いた!静岡県の雑学

| | コメント (9)

2006年10月13日 (金)

ノーベル文学賞に村上春樹...残念

ノーベル文学賞の最有力候補に「村上春樹」と言われていたんですが、蓋を開けてみるとトルコの作家が受賞。


似てるかは微妙な村上春樹
Murakami01もっとも、ノーベル文学賞ってのは基本的に「英訳された小説」が規準になってるので、日本人文学者の作品の場合、判断基準は間に入った翻訳者の力量もかなり影響するんじゃないかと思ってしまうワケでやんす。
村上春樹の場合、自分で英訳している可能性もあるけど、やはり自国語ではない言語で書くのは難しい。
てなワケで、それ以外にこれといって書くことがないので、関連雑学を。

村上春樹の豆知泉

Murakami02村上春樹は原稿の締切を常に守るので有名。2年間の連載中、原稿を締切前に郵送するために一度も担当編集者と顔を合わせないこともある。

村上春樹がデビューした時、村上龍と角川春樹を足して2で割ったようなふざけた名前だと文句を言われた。本名なのに。

「限りなく透明に近いブルー」は村上龍の著書だが、著者名に村上春樹とミスプリントされた「限りなく透明に近いブルー」が書店に出回ったことがあるらしい。でも現実的に言ったらそこまでアホなミスはあり得ないと思うんですが、これはデマなのかなぁ。

村上春樹のデビュー作「風の歌を聴け」のあとがきに、村上春樹が自分に多大な影響を与えた作家として「デレク・ハートフィールド」(代表作:火星の井戸)の名前を挙げ、あとがきに代える形で、彼と自分に纏わるエピソードを綴っている。
実はこのデレク氏、村上春樹によって設定された架空の人物。

さらに、これに付き合って、友人の翻訳家・青山南が著作「ピーターとペーターの狭間で」でデレク・ハートフィールドを紹介している。

そのせいで、多くの村上春樹ファンはそのデレク・ハートフィールドの著書を図書館などで探し回る羽目に陥ったという(まだネットのない時代の話)。

ついでにノーベル賞と日本人って事で

000kitaza医学者の北里柴三郎は第1回ノーベル賞の最有力候補と言われていたが、結局受賞できなかった。その理由は「黄色人種だから」。その事はノーベル財団の資料にもちゃんと明記されている。(北里の研究に関しては共同研究者のエミール・ベーリングは受賞している)

| | コメント (0)

2006年7月 4日 (火)

『Digi@SPA!:デジスパ』デジタルとは何ぞや

「週刊SPA!」の扶桑社からデジタル系のあれやこれやを扱う『Digi@SPA!:デジスパ』と言う雑誌が臨時増刊された。
発行:扶桑社(http://spa.fusosha.co.jp/digispa/
定価:¥650
発行日:2006年7月30日(実際には6月30日)


Digispa色々事情があって雑誌レビューをする事になったわけなんですが、実際の事言って2006年現在「デジタル」というジャンルはもうジャンルでは無くなっているような気がする。(いきなり雑誌コンセプトの否定ですかい)
前世紀末にはデジタル関連やインターネット関連は大きなジャンルになっていたけれど、あの時点では確かにまだ普通の生活における「デジタルとは?」という特殊な意味があったり、ちょい「俺って最新なんだぜ」的な選民意識もどっかにあったかと思う。
それがたった5・6年で、急激にデジタル野郎が世間に幅を利かせはじめ、逆にいまやデジタルって日常的すぎて、あえて「デジタルとはなんぞや?」なんて考える時代は過ぎちゃったんじゃないかとも思う。

Honda MONKEY CB750Fスペンサーカラーモデル
Dscn3105『デジタルを否定しても無駄さ、だって地球はみんなデジタルなんだもん♪』
「俺はデジタル嫌い、なんつーかぬくもりとか暖かみとか、人間性が感じられないしさ」という人はいると思うし、「やっぱアコースティックな音はいいねぇ」なんて言っている人もいると思うけれど、CD音楽を聴いている限り、デジタル化された記号を再生しているワケで、それ以前に録音の段階でデジタル録音だったり、さらに突っ込んでいけば「アコースティックギター」と思って聴いている音がデジタルで作られた音の可能性もある。そこまで技術革新は進んでいるんだよね。

Honda MONKEY 2000年新春スペシャルモデル
Dscn3107映画だって、昭和30年代を扱った作品『3丁目の夕日』でもアナログ時代を再現するために、現代のデジタル技術が不可欠だったわけで。もう80年代初期にあった「CGで作りました!」と声高に宣伝していた『トロン』なんて時代はすでにカンブリア紀並の過去になっている。(もっともあの映画、予算などの関係で「CG」と言っていた部分が、クロマキーというアナログ撮影技術で手書きの「CG風」風景の中で演技していたり、似非CGだった事が後にバラされたけど)

Honda MONKEY 2000年新春スペシャルモデル
Dscn3106『やっと雑誌レビュー』
そんな中、増刊号として発行された『Digi@SPA!:デジスパ』をパラパラめくって見る。
いきなり写真ページで「エアギター」が4ページに渡って紹介されていますが(楽器を持たずに音楽に合わせて演奏しているパフォーマンスをする物)これを写真だけで見せるって無理があるんじゃないかと思うわけなんですが...。
様々な記事がこれでもか!という感じで並んでいる。あきらかに「デジタル」という切り口が多用すぎてコアが無い状態ではある。もしかしたら、もっともっと混沌としたら80年代初期の勢いがあった時代のサブカル雑誌『宝島』レベルの特殊な世界を呼び起こせるかも知れないという予兆も含んでいるワケですが。

Honda MONKEY 02スペシャルカラーモデル
Dscn3108『インターネットTV宣言2006』
ネットでのTV画像配信という事で、GyaOを運営しているUSEN社長・宇野康秀氏が登場したり、その辺りの現在見る事が出来るネット配信TV一覧が解りやすく解説されていて結構実用的かも知れないっす。
(個人的には「ワシMacなのでGyaO見られないけどな」と思いつつ)

ダットサンスポーツ DC-3(1952)
Dscn3167『You Tubeは確かに面白いけれど...』その続きで今、色々と話題になっている「You Tube(ユーチューブ)」に関しても袋とじで記事がある。
You Tubeとは利用者が動画を勝手に登録して共有するシステムで、そこに登録されているのは、オリジナルビデオもあるけど、大半がテレビや市販映像作品の無許可コピー。激しく違法なのだ。
キーワード検索で色々な映像に遭遇する事が出来、伝説となっている初期「笑っていいとも」での観客が勝手に椅子に座る事件とかもある。こんな20年程前のビデオを後生大事に「俺お宝映像持っているんだけど」という人もいるのだなぁ。

フェアレディZ S30(1969)
Dscn3168これらに関して、各メディアは削除依頼を出していて、それにシステム側もかなり真面目に対応しているんだけど、消えたと思っても再びアップされるので、イタチごっことなっているとも記事に書いてある(アップに関しては制限なし/エロ系は削除依頼なくても即時消去らしい)。
なんか、片方で正規の配信メディアを社長インタビューまでして取り上げて、その横で違法状態でも楽しめますよと取り上げるってのは、なんか変な感じ。(You Tubeに関して袋とじになっているのは良心の部分なんすかね)

実はYou Tubeに関して以前ブログに書こうと思った事があるけれど、建前的な「著作権に関する部分どうよ」と、個人的に「見たかった映像が見られてラッキー」の相反する部分を自分の中で納得出来る答えが出せずに、断念した事がある。

フェアレディZ 300ZX Z32(1989)
Dscn3169その関連で漫画家もりいくすお氏が大昔のビデオを編集した物をアップするレポ漫画を書いているんですが、録画してあった番組の間に入っていた当時は注目していなかったCMの事も書いてあって、そっちには色々と共感する部分が多く面白かった。
自分も80年代からの録画物(99%が音楽番組)が何100本もビデオテープに残されていて、数年前からジワジワとDVDに録画保存しなおしているので「あぁこんなお宝映像をみんなに見せたい!」という部分がある。
まだYou Tubeにアップするか?という部分には踏み切れないけど。

モビリオ郵便集配車(チョロQ)
Dscn3161『著作権と個人の勝手』
デジタル(インターネット)の功罪として、不特定多数によるデータの共有というものがある。それが大きく騒ぎになったのはWinny などの「ファイル交換ソフト」の登場なんだけど、それだけじゃなく「ネットを調べればほとんどの情報が手に入る」という部分はまさにそれ。
かつて、1980年代からバブル期に隆盛を極めたアルバイト情報雑誌なんかはすでに「ネットでの情報の方が即日性がある」という事でかなり出版的には厳しくなっていると言う。確かに情報は早いほど良いという状態なので、週に1回より、その日の内に!にはとうてい敵わない。
今、出版界は「雑誌が売れない」「本が売れない」という事で喘いでいるんだけど、それはしょうがないとは思うのだ。

TOYOTA Ractis (チョロQ)
Dscn3162もちろん、自分のその状態に加担している事は自覚している。
こんなブログやサイトで雑学を垂れ流しているってのは、雑学を求めている人にとっては「ワザワザ金出して本を買わなくてもいいじゃん」という流れを作っているのだろうし、時々ある評価で「知泉の雑学は出版されている雑学本なんかより、解りやすく密度も濃い」という褒め言葉は凄く嬉しいとは思うけど、紙媒体より利便性があるという部分で「なんか出版という好きなジャンルを否定している」ような気がしちゃって複雑。

MOVE
Dscn3164『マスなメディアとミニマムなメディア』
雑誌レビューって事なんですけど、考えれば考えるほど雑誌の現状は厳しいなぁと思ってしまう。
情報を発信するという行為、「マス(大量)」の「メディア(媒体)」は存在が難しくなって来ているとは思うわけです。
もちろんテレビという存在は1%の視聴率でも何十万人が見ている計算になるので、充分にマスメディアなんですが、利用者が「情報を能動的に得たい」と考えて行動する物に関しては、一般的に手に入る情報ではなく、いかにマニアックであるか?が要求されるんじゃないかと思うのだ。

PAJERO
Dscn3163昔から「こんな一点狙いの雑誌売れるの?」みたいな「月刊へらぶな釣り」とか「月刊きのこ」とか「月刊削岩機」とかがある。
業界誌ではなく、そっち方面のマニアが熱く語る雑誌なんですが(削岩機はすでに無いかもしれない)、そこの投稿欄はとにかく熱い。たぶん熱いんだと思う。というのも、読んでも何について書いてあるのかすら不明状態のマニアな熱さなのだ。

結局それに近い物が、現在ネット上で展開されている一般人の運営するブログなのかも知れない。
そこで扱っているネタ自体がマニアックな物じゃなくて、例えばニュースに関する物だとしても、それはそれでマニア傾向が強くなる。
そりゃ、グローバルな視点を持たない1個人が「ニュースを斬る!」とか言っても、所詮そのニュース素材はTVやネットで見つけた物で、メディアとして名乗るのはおこがましいレベルの物なんだけど、逆にグローバルな視点を持たないという事が実はネット内ではこれまでになかったメディアに成りうるのだ。
例えば、とある地方都市にいる中学少年Aがネット内で見つけた面白いサイトや文章を紹介するブログを始めたとする。そこで紹介している内容は実に偏っていて幅が狭い。ずっと見ていると「またその手のサイト?」みたいな物を延々と紹介し続ける。

MAZDA EUNOS ROADSTER NA6(1989)
Dscn3165たぶん出版社が「中学生が面白がるサイト特集」なんてのを組んだ場合、大人の視点から幅広く「こんなの面白がるに違いない」と選び出してバランス良く紹介するんだろうけど、それは無難で平均的で偏りが無いハズ。
それに比べ中学少年Aの偏りは、同時代を生きている他のリアル中学生BにもCにもとって「今一番自分の感性にジャストフィットする凄いメディア」になる可能性を秘めている。
つまり情報を欲しがる人と同じ感性の人が作っているメディア。

NISSAN CEFIRO A31 (1988)
Dscn3166『雑誌とネットの共存における二律背反』
雑誌の中では「デジタルが!」「ネットが!」と書かれていて、それぞれのコラムなどのラストにそれに関するアドレスなんかが記入されているんだけど、面白そうなサイトが紹介されていたのでアドレスを入力。なんか久々にアドレスを手動入力したなぁという気分。
実際の事を言えば、この程度の行為でも面倒臭く感じてしまうほどネットは「楽チン」が基本になっている。
例えば、雑誌のサイトにアクセスしてそこから記事ごとのアドレスに飛ぶ方式なんか出来ないかなぁと思いつつ、「でもサイト上で面白いサイトへジャンプするアドレスがあるんじゃ、雑誌買う必要ないじゃん」という、二律背反な事実に直面してしまうのだ。

雑誌がサービスとして行っている物で「?」と思ってしまう物で一番変なのがTVガイド雑誌が行っている「ネット番組表」ってのがある。TVガイド雑誌って、その基本的な部分は番組表じゃないかと思うんだけど。それゆえに雑誌の方は、読み物やアイドル雑誌化(ジャニーズ強し)を強化しているんだとは思うけど。
難しいなぁ。

なにはともあれ、『Digi@SPA!:デジスパ』という雑誌、混沌とするデジタルを取り巻く現状の中で、未来はどーなる?という事で、是非お手にとってみてくださいませ。
たぶん自分がこの手の雑誌を出すとなったら「どうしたらいい?」という部分で頭を抱えてしまうとは思うんですが、その難し現状を頑張ってまとめた混沌具合や、なんか迷走したり、模索している感が、なんか今を切り取っているなぁとは思ったワケですが。(って全然、雑誌レビューになってないや、ゴメンね)

| | コメント (0) | トラックバック (0)

2006年5月16日 (火)

DEATH NOTE 完

週刊少年ジャンプで連載していた「DEATH NOTE」が昨日発売号で終わった。


0000death01物語は死神が落とした名前を書かれた人間が死ぬデスノートを廻る物語。
とプロットだけだと、なんか陳腐な話になりかねない物で、実際自分も単行本の1巻が発売される直前までそんな印象を持っていた。

小畑健氏の前作がアニメにもなり、小学生の間で囲碁ブームを引き起こした『ヒカルの碁』で、自分は最初は大昔に囲碁をやっていたと言う事から「こんなの漫画になるの?」と思いつつ、展開の旨さと絵の緻密さに惹かれて全巻読み続けた。
もっともラストは色々な噂が流れるようないきなりの終わり方だったので、かなり続きが読みたいという欲求不満を残してのラストとなった。
そしてその余韻を残したまま小畑健氏の新連載が「DEATH NOTE」だった。

0000death02囲碁漫画とガラッと趣を変えたダークな話だったわけですが、その話のスピード・密度、意表を突く展開、そして物語的に少年ジャンプとは思えないドライな部分は「こりゃ凄いね」的な感じだった。
いわゆる少年ジャンプは「努力・友情・勝利」という3つの合い言葉を中心に物語が展開されると言われている。もっとも現在はパラパラと雑誌を見ると、それで大成功を収めてしまった『ドラゴンボール』の亜流ばっかりって感じで、どのページでもパワーのインフレ状態のバトルが展開されている。そして主人公には仲間が沢山いるというのも同じで(他の作品は読んでいないのですが)、なんかどれも同じ印象。

0000death03その中で「DEATH NOTE」の主人公は誰も信じちゃいないし、自分が行っている事が正義だと思っている(いわゆる本当の意味の確信犯)最悪な人間。ジャンプ的には、かなりギリギリまで踏み込んだ主人公だと思う。
(以下ネタばれ的内容あり)

それ故に、ラストはどう考えても主人公が勝ちを収めて...という事はあり得ないとは思っていた。最初から延々とスタイリッシュにきめている主人公は、ラストのラストにはあまりにも無様な姿をさらして物語は終わった。
エンディングはある意味予想通りだったが、問題は「DEATH NOTE」によって作られた世の中の秩序・価値観がその後の世界にどのような影響を与えるかという部分では、「ま、手堅くまとめたかなぁ」という感じではあります。

0000death04「DEATH NOTE」によって程度の軽い悪人も処罰される事により、特殊な形で平和の均衡が作られた世の中が数年続いているという設定だったので、「DEATH NOTE」による悪の制裁が止まった事により逆方向への反動が起こり、無秩序へと...という事も考えたんですが、さすがに少年ジャンプの良心はそれは認めなかったのかも知れない。

で、現在「DEATH NOTE」の映画が6月と11月に「前後編」連続して上映される事になっている。宣伝文句としては「連続公開は映画界初!」みたいな事言っているけど、「バックトゥザフューチャー」の2・3作も、マトリックスも、日本でも色々あったような気がする。あと、もっと古く、TV以前の映画はプログラムピクチャーといって、続き物が当たり前だったし。
同時に現在、小説化も進んでいるらしいし、さらにTVアニメ化の話もあるという。(ついでにゲーム化も)
おぉ一気にせめてきますな。

0000death05でも、偉いなあと思うのが、この手の映画化・アニメ化っていうのは通常、漫画連載と同時に行われて、アニメで人気を得てさらに連載や単行本が盛り上がるという図式になっているのに、「DEATH NOTE」に関しては「終わる」という地点が見えた段階で映画の話がスタートしていると言うこと。
物語途中なのに映画化をする場合、最終的な終わらせ方が漫画家の意向とはまったく違う方向へ行ってしまう場合もあるし、TVアニメ化の場合はあっという間に原作を消化して、アニメ独自の話が入り込んだりして物語のテンションが別方向へ向かってしまう事が往々にしてある。

0000death06アニメ映画化ということでは、かつて大友克洋が自分で「AKIRA」をアニメ化した時、雑誌での連載はまだまだ佳境の少し前という状態だった。
自分はその時、漫画を愛読していたんだけれど、漫画連載は次第にとぎれがちになり、物語のテンションは下がり、アニメ公開の2・3年後に完結した漫画は、なんかエンディングそれなの?的な感じではあった。ついでに言うとアニメ版も物語は中途半端だし。(その後、大友はアニメに味をしめて漫画をほとんど書かなくなってしまったし)

そう言う意味で「DEATH NOTE」原作の完結と同時の別メディア展開は、かなり画期的だと思う。メインになる漫画版が変な流行に流されることもなく、意図的な部分で完結出来ているので。
しかし、少年ジャンプ編集部とは大もめしたんじゃないかと考えてしまう。

0000death07かつて鳥山明の「ドラゴンボール」は終わりにしたくてしたくてたまらないのに、編集部の意向でダラダラ続けざるを得なくなってあんな大長編になってしまったという。
物語のテンションは鳥山明の職人芸でそれなりにキープしていたけれど、明らかに最初の設定をぶちこわして、パワーのインフレを起こしてワケのわからない話になってしまった。

かなり熱狂的なファンが多かったと聞く「DEATH NOTE」がたった12巻(現在11巻発売)で完結してしまうというのは、作者の意思の強さなんだろうなぁ。
昨今の少年漫画界では20巻、30巻は当たり前になっているので、この長さは凄い事なんだと思う。
単行本として読み返した時に、どんな印象になるのかが楽しみでもある。

しかし、これでこの1・2年、時々コンビニでパラパラ立ち読みしていた漫画が「20世紀少年」と共に連続して終わってしまった。(単行本では購入しているけど)
なんか、寂しいなり。

| | コメント (1)

2006年4月25日 (火)

週刊プレイボーイ 月曜発売へ

週刊プレイボーイの発売日が火曜日から月曜日になった。


中国宮廷料理:杏仁豆腐(アンニンドウフ)
0000001自分の記憶の中では本屋でこそこそ立ち読みしていた中学生時代から「週プレの発売は火曜日」だったと思って、ちょいと調べてみた処、1966年の創刊号が11月15日号なので創刊時から火曜日発売という事らしい。
つまり、週プレ創刊40年目にして初めて発売曜日変更という事なのだ。なんか全然世間的に話題にはならない、こっそりとした歴史的事件なのだ。
ちなみに「何年の何月何日は何曜日?」という事を調べるためのサイト「10000年カレンダー
私の誕生日は火曜日でした。