2009年5月 8日 (金)

『イブニングeye』シリスギ仙人デビュー!

今から2年ほど前、いきなり「ラジオでのレギュラー」という考えもしなかった仕事をスタートしてしまったワケですが、2年掛けてなんとか客観的に「ここはこうした方が」「こんな感じで」とか「原稿を読んでいるって感じではなく」とか、毎日放送後に脳内ミーティングを開催し細かく細かく修正してきた。
そのためか、少し前にディレクターからも「喋りが上手になった」とか褒められて「やるじゃん俺」と思っていました。
が、今日からまた一つステージを上げて努力しなくちゃなりません。


なんとラジオ以上にこれまで考えていなかった「テレビのレギュラー」が始まります。
レギュラーといっても、実質5分のコーナーなのですが、もう自分の中ではあり得ない展開です。
しかも悪い大人に騙されて、あり得ないコスチュームでの出演です。
平日の夕方4時45分から6時45分までSBS静岡放送で絶賛放送中の『イブニングeye』なのですが、自分が出演するのは毎週金曜日、だいたい5時20分ぐらいからのコーナー『ラブいぜ!しずおか』で、6月に静岡空港が開港するって事で県外、国外から静岡にやって来る方々に「ここが静岡で自慢できる場所」を教えるような雑学コーナーを担当しているのだ。

という事で昨日は第二回目放送用分って事で伊豆韮山・反射炉へロケへ行ってきたワケですが、その前の週に由比漁港で撮影した第1回放送が今日なのです。
ミノリンの教えてシリスギ仙人という事でシリスギ仙人に扮しての出演なのですが、実際のことを言うと現場でそのコスチュームを身につけた自分の姿はあまりにも恐ろしくてちゃんとチェックしていないのだ。
だから、今日の放送でどんな感じになっているのか?というのを初めて見ることとなる。
ということで放送をチェック
(中略)
え〜、なんと申しましょうか。自分ってあんな感じ?というのが正直な感想。
いや、違うんだあれは自分であって自分ではないのだ。とりあえず汚れ芸人としてワザとあんな感じでやっているのだ。と思わず一人で自己弁護をしてしまいそうな感じ。

う〜んと頭を抱えながら、テレビのスイッチを切って異常な喉の渇きを癒すために1階にある冷蔵庫へ...。とそこに母親が現れて一言「シリスギ仙人」と笑いながらいうのだ。
なぬー!とりあえずオマイさんは自分の息子は自分で付けた名前で呼びやがれ!

その後、テレビを観た友人の感想も「面白い」という事で、そうなのか…。
さらに、みのりんからの電話でも「局内でも、それ以外でも評判いいよ」との事。
僅かな希望として「あのコスチュームで雑学言っても意味ないから」というのを期待したのですが、どうもそんな声は一つもない。この先も続くのか…(現在のは暫定版なので数回後にはちゃんとした物に変わるのですが)
あと真面目な事を言うと、セリフはちゃんと言えているとは思うけど、やはりテレビ的にはもうちょっと抑揚をつけて言葉を明確にって感じですかね。ちょっとトーンが落ち着きすぎですな。

とりあえず利点は、ふだん街を歩いていても被り物をしていないとシリスギ仙人だとバレないって事っすかね。
みのりんと行動をしていて「大変だなぁ」と思うのは、ちょっと食事処に立ち寄ると「あ、小沼さんですよね」とすぐ声を掛けられること。みのりんにとってはもう日常になっているんだろうけれど、あれは大変だろうなあと思う。
その内「あれ?今日は被り物していないんですね」なんて声を掛けられるようになったら面倒臭いなぁ。などと取らぬ狸の皮算用をしつつ、杉村の苦渋の道はまだ続くのだ。

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2009年5月 7日 (木)

雨のロケ(韮山・反射炉にて)

まだ1回目の放送もされていない状態で2回目のロケ。しかも朝から雨が降り続いている。


2009050701この10年ほどで髪の毛が異常なほどの天然パーマが出てしまった私は、とにかく最大の弱点が湿気なのだ。
昔はただシャンプーするだけでサラッサラで手入れが楽だったり、サラサラすぎるのでちょっとパーマでもしようかなとか思うぐらいの髪の毛だった。
それが今やシャンプーした後に必死にセットしても、いつの間にか髪の毛がグリングリンの天パになってしまうのだ。ハッキリ言って、どうまとめたらいいのか自分ではまだ判断できない状態。
そんなこんなで、雨の日に外に出るのは非常に嫌なのだ。
そんな雨のロケ。

ロケした物が1回でも放送されていれば「ここをこうすべきだった」という反省点もあるのだろうが、まだ自分がどんな事になっているのかさえ客観的に見ることが出来ていないので、2回目のロケだが反省も何もないのだ。
とりあえず、先週の5月1日金曜日に「イブニングeye」の中で「来週からこんなコーナーが始まります」ということでチラッと自分の姿が紹介されたのですが....。
とりあえず現時点のかぶり物は(仮)って事になっているのですが、その下に着ている白衣がとにかくキツイのだ。自分のサイズはLなんだけど、あの白衣はM。こんなにタイトな白衣は普通着ないだろ、という感じなのだ。

2009050702しかも言い訳をさせてもらうと、あの被り物のアゴ部分に白いヒゲと下に続く杉の木の幹があるワケですが、それを胸で受け止めないと被り物がズレてきて前が見えなくなってしまうのだ。両手は常にシリスギ仙人の手を動かす棒を握っているので、手で被り物を固定する事が出来ない。つまり、被り物の下部分をずれないように固定するため、胸を少し反ったような感じで常にポーズを取らなくてはいけなくなっている。それをするためには胸を反らせなくてはいけないのだ。
その結果、ピッチピチの白衣&胸を反らすという事からオードリー春日のような状態となっていて、なんか白衣の胸から腹にかけて詰め物をしているんじゃないか?というぐらいに盛り上がってしまったのだ。
改良の余地ありですな(ピッチピチ白衣は次回からサイズが替わるらしいですが、今回はそのまま)。

そんなワケで、シリスギ仙人を演じている時はちょっと動いてもズレたりするので、動きがかなり制限されてしまう。被り物はオデコとアゴで支えているような感じなんですが、すぐズレてくるので要注意。
そんな事に気を回しながら、表面的には何も無いかのように「え〜ここはですね」などと解説をしているのだ。そりゃ、頭も真っ白になってセリフも飛ぶって。

と色々と言い訳をしつつ、今回は伊豆の国市韮山にある反射炉。あの江戸時代末期に国防のため大砲を作った施設です。
みのりん達は本社から1時間20分ほど掛けてやってきたのですが、自分は地元という事でマイカーを走らせて現地集合。
自分は地元って事と、普通に幕末期の小説やマンガを読んでいて色々な事を知っていたのですが、世間一般では反射炉ってのはあまり知られていないんですかね?
みのりんの両親はちゃんと知っていたそうですが、お姉様は「浜岡だけじゃなく、伊豆にもあったんだけ?」と驚いていたらしいです。ってそれは『原子炉』。

という事で、反射炉での撮影スタート。こんな雨の日ですが地元の小学生が社会科見学で訪れていて、それ以外にも団体じゃないお客さんもチラホラ。へぇ意外な感じにちゃんと観光スポットなんですな。
(追記:翌日第1回目の放送があったのですが、その時次週の予告ということで反射炉を説明する際にみのりんが「地味な場所なのですが」と紹介していた。いや、確かに地味ですが、それを言っちゃ……)
被り物をしているだけでも大変なのに、今回はさらに傘を差しての収録。もう色々演じながら考える事が多すぎて大変なんスから。
台本にあったセリフもその場で「ここはこう言った方が」などと微調節をしていく。とりあえず短いカットでの喋りを撮影していくので、大変ではないのですが。カメラを向けられハイッなどと言われると、ちょっと頭が白くなりかける事もまだある。

で、撮影に関しては事前にだいたい計画が練ってあるので順調に進んでいくのですが、最後に一番問題箇所が残っていた。
というのはオープニングのカットなのだ。
最初からみのりんとシリスギ仙人が並んで登場では面白くないので、毎回シリスギ仙人の登場には懲りましょうか?という事を決めている。
そのため、第1回放送の由比漁港ではオープニングでみのりんが由比漁港を歩きながら「あれ?シリスギ仙人は?」と探すと、名物のサクラエビかき揚げの店の開店を待って並んでいる人の中に何喰わぬ顔をして被り物をしたシリスギ仙人がいるという登場だった。

本当ならこの顔出し看板が…
2009050703実は、この韮山の反射炉には入口手前に顔出し看板がいつもは置いてあるのです。観光地なんかにある奴で、ここには反射炉を作った江川太郎左衛門の顔出し看板があった。
だから、みのりんが「あ!」と顔出し看板にハマっている杉村を見つけた直後「今日は反射炉です」とシリスギ仙人の被り物をしている杉村が横から顔を出す、という事を計画していたんですが…、なんと本日は「雨天により顔出し看板は撤去」という事で予定がすっかり狂ってしまったのだ。さてどうしよう…という事で、その場で考えたさらに意外な登場をしていますので、これはテレビを観てのお楽しみです。

ロケが終わった後、来週以降の打合せという事でカメラクルーとは別行動となり、自分はみのりんを車にのせて136号にあるCOCO'Sへ移動。
この企画があまりにも急発進した物だったため(だから被り物が間に合わなかったワケですが)、来週の撮影に関してまだ原稿がカチッと出来ていない。さらに撮影場所に撮影許可を得ていないという、思いっきり綱渡り状態になっているのだ。
だから、これからを考えて、2週間前に原稿を完成させて色々なアポを取って…、という事で色々と打合せをした。

こりゃ大変だなと思ってしまったのが「テレビ的」という事、そして「ラブい静岡」をアピールするという事。
例えば「国産ピアノは100%静岡産」という雑学がありますが、それはそれで凄い事なんですが、それ以降の広がりがあるか? ピアノの雑学はあるけれど、それは静岡とはまったく関係ないので、そんな雑学を自慢げに話しても「静岡、ラブいぜ!」とオチないのでどうしたらいいのか?という事なのだ。
凄いけれどただの観光案内になってもしょうがないとか。
今まで、ラジオで喋る時は例えばそのテーマで1回分を組み立て始めたのはいいけど、イマイチまとまらないので「じゃ、没」という事で別のテーマにすることも出来たのですが、今回はテーマありきで雑学的に、しかも静岡寄りで組み立てて行かなくちゃいけないのだ。

なんというか、縛りが多すぎるっす。
まだ、様子見って事でやさしい気持ちで見て下さい。

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2009年4月29日 (水)

初ロケ(由比漁港にて)

晴天!


ということで本日、4月29日が私にとっての初めてのロケとなりました。まさか自分の人生の中に『ロケ』なんて言葉が登場してくるとは思ってもいませんでした。
ロケってのはロケーション(location)の略で、本来は位置とか所在地などを意味する英語で、住宅やホテルなんかの建っている場所が風光明媚だとかを説明する際に『ロケーションも良く』などと出てくる言葉なのだ。
テレビや映画なんかのロケという言葉は、そこから派生したモノで「スタジオ外の場所に出かけその場所で撮影する」という意味合いなのだ。
コンピュータ用語でも、ディレクトリー位置なんかもロケーションと言う。
そんなこんなで、たった今辞書などで調べたドロナワ知識を「〜なのである」とあたかも以前から知っていたかのように喋る私がテレビ進出なのですよ。さて困った。

それにしても、良い天気。先日の日曜日なんかは日本各地を暴風が吹き荒れて!とか、昨日も局地的に大雨が!とか言っていたので心配していたのですが、それも杞憂に終わったのだ。
静岡駅に8時半という事で、8時24分着の新幹線で駅に降り立つと改札口でオレンジの眩しいサマーコートを着たみのりんが出迎えてくれた。SBSで一番忙しいんじゃないかという売れっ子女子アナ小沼みのりさんに迎えてもらえるとは感謝でやんす。

本日は「昭和の日」といういまいちピンと来ない祝日という事で、それなりに車も多いわけですが、それでも順調に目的地の由比漁港に辿り着く。(由比漁港といえば、話題はアレですが、とりあえず伏せる)
そして、そこで初めて「シリスギ仙人」というキャラクターの衣装を見せてもらう。
ハッキリ言って、打合せで見せて貰うのならば「ここはちょっとこうした方が」という注文やダメ出しが出来たと思うんですが、現場でいきなりなので何も言えず。与えられたモノをそのまんま。いや、もう腹は括っています、はい。
それでも、それを装着した(着るではなく)自分の姿をちょっとチェックすると「これでいいのか?」というクエスチョンマークが…。
「杉村さん、いいじゃない!」とみのりん。売れっ子女子アナだけあっておだてが上手でどこまで信用していいのか不明だが「この先はもう、自分の姿をチェックしない」と決めた。

さらに衣装として白衣を渡されたのですが、サイズがM。自分は基本的にサイズLなのでピッチピチ。なんとかボタンをとめる事は出来るのですが、身長からしたらMは無いと思うんだよなぁ
しかも、かぶり物のアゴ部分が出っ張っているのでアゴを常に上げたような状態。いわゆるオードリー春日に近い状態になってしまい、それによって胸からお腹を前に突き出したかのような姿勢に成らざるを得ないわけです。ピッチピチの白衣を着て。
とりあえず本日のシリスギ仙人は急場しのぎVer.で、現在本格的なかぶり物を発注している最中だそうで(コーナー企画がいきなり立ち上がったのがよく解るエピソードですが)、現在は観光地にある顔出しパネルのような感じ。実に動きにくい。そして本日、風が無くて良かったと思う。この先、シリスギ仙人のプロフィールには「弱点:風」となってしまうのではないかと。

ちょっと精神的にスタートからグッタリした部分もあったわけですが、まず最初に番組内で「シリスギ仙人に扮する杉村とはどんな人」という説明のためのカット撮影。シリスギ仙人ではなく、素の杉村としてこれまでに出した本なんかを手にポーズをとる。
というシーンを湾の漁船停泊地の隅っこで撮影したのですが、実は極度の高所恐怖症なので、普通の人でも別段恐くないと思われる場所でも、岸ギリギリに立つって事でもビビってしまうのだ。ちょいと引きつりながら撮影。かぶり物で恥ずかしいってのより、高所がNGなのだ。
などとここに書くと意図的に高い処での撮影を入れてきそうな気もするが、みのりんと広告代理店Gさんは船がNGという話も聞いたので「もし高い場所の撮影を無理矢理入れたら、船での撮影入れるからね」という事なのだ。(と言いつつ、高い場所での撮影予定を自分で入れているんだよなぁ…、某所の説明でしょうがなく)

その由比漁港名物のお店は10時開店なのですが9時半にはすでに長蛇の列。
さっそくそこを使って撮影開始。
静岡県外からのお客さんも多いのですが、静岡県人にはみのりんは人気者で「写真いいですか?」みたいな声がかかる。その後でポツンとわけの解らないかぶり物をした自分は佇んでいるわけです。
今までラジオだけで顔が知られていない上、今回が初ロケなのでシリスギ仙人というキャラも誰も知らない。ただの「変な人」という扱いなのかもしれない、あるいは芸人と見られたのかもしれない「でもあの芸人、面白くない」という印象だったかもしれない。まだ色々な道は険しいのだ。って芸人は目指していないっす。

実は、このコーナーではみのりんも、Web展開している『ラブいぜ!しずおか』の中に出てくる女の子ミノリンの服を着て、頭にもデッカイ花を付けて…と派手な恰好をする予定で、みのりん本人も色々アイディアを出していたのですが、番組上層部から「小沼みのりは番組の顔で、堅い真面目なニュースを読むので変な芸人臭を付けちゃダメ」とダメ出しされ、普通の服装になってしまったのです。「せめて髪の毛に花でも」というみのりんの提案も「ダメッ!」となったワケですが「その代わりにシリスギ仙人はなんでもあり」という事だそうで。
だから芸人じゃないってば。
でも、この現場に来て撮影が進んで思うのは「二人とも突拍子無い服装だったら、かなり痛いコーナーになったかも知れない」という事なのだ。痛いのは私一人で結構。

その後も撮影は階調に進み、あっちに行って撮影、こっちに行って撮影。
基本的な原稿は自分が書いているのですが、それをさらにみのりんがテレビ的にカット割りや後でナレーションを被せる事を考慮して手を加えたモノを渡され、丸暗記して喋る。
ラジオでは原稿はあるんですが、その都度、書き言葉と喋り言葉で微調節しつつ、スタジオの展開に合わせて順番を変えたりそれなりにアドリブを加えるんですが、今回の番組はコーナー時間も色々含めて5分という事なので(半日ロケで5分ってのもやはり凄いよなぁ)、台本はビシッと厳守でいくのだ。

ちなみに『ラブいぜ!しずおか』はこの先、色々な展開をしていく予定なのですが、その一貫のノベルティとして『限定うまい棒』を制作して、本日撮影に協力してくれた方々にお渡ししました。
非売品なのでかなり貴重品。で「限定品って味は静岡がらみで、ワサビかなぁ、温州ミカンかなぁ、ウナギかなぁ」とか言っていたのですが、味は残念ながらフツーの野菜サラダ味でした。パッケージを作るのはすぐ出来るんですが、味まで作るとなったら大騒ぎになるので、残念ながら。

その後、漁港近くにある大衆食堂「おふくろ亭」へ移動して最後の撮影となった。
本当はそこで二人で美味しそうに食事をしてニッコリという観光案内を含めたコーナーの終わり方の定番を撮影しようとした処で問題が発生してしまったのだ。
シリスギ仙人の恰好をした自分は、その状態では食事が出来ないという事が判明してしまった。その結果、ラストカットはみのりんが一口食べて「おいし〜い」と言いつつ、最後にカメラに向かって番組の決め言葉「ラブいぜ!」と決めるとなった。
その時シリスギ仙人は何をしているかというと、隣の席に座って意味不明にニッコリ笑いながらみのりんの話を聞いているという事になってしまった。なんか挙動不審のかぶり物男なのだ。
あとは編集作業でどんな事になっているかを祈るしかないのだ。
もしかしてCG処理で、その場にいない人になっていたらどうしよう。

その後、来週分の打合せをして、ついでにそこから2時に電話でラジオ出演をする。本日は「イブニングeye」の中で放送するコーナーの撮影という事もあったので、その番組内でも放送されている「ヤン坊マー坊天気予報」をテーマにしての話。途中「実はとなりにみのりんもいるんですよ」と言うことでチラッと出演してもらったのですが、みのりんはテレビでのニュースキャスターの時と、ラジオのパーソナリティの時とキャラをキッチリ使い分けているということで「いきなりだったのでテンションを上げきれずに、テレビ用の喋りをしてしまった」との事。
そういう意味では、杉村もテレビの時はもうちょっとハッチャケた方がいいか?などと思っているのだが、どうやらいつものキャラの方がイジリがいあるらしい。
それでいいのか?

その後、みのりんは3時までに局へ戻る(夕方6時台からの「イブニングeye」に毎日出ているので)との事だったので、自分もまだ放送している「らぶらじ」のスタジオに顔を出そうかな…、と思っていたのですが初ロケ&太陽光線にやられて、体力的にグッタリしてしまったので「静岡駅で降ろして下さい」という事で、そこで本日の仕事終了となった。
いや、マジにこれからの急務は『体力をつけるのだ』という事かもしれない。机上の青白い雑学野郎は卒業なのだ。とりあえず静岡県内だけでも「実際に行った見た触れた」という事でいくのだ。
とりあえず5月1日「SBSイブニングeye」の5時20分頃で『来週からこんなコーナー始まります』という説明があり、本日撮影分は5月8日同時刻に放送なのだ。
(本日のブログの画像は後にアップするかもしれませんが、自分はイッパイイッパイで写真撮影をほとんどしてなかったっす)

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2009年4月28日 (火)

テレビ的な雑学とは?

この2年間ラジオで雑学を語り続けて解った事は「メディアによって相応しい雑学というものがある」という事なのだ。


2009042801メルマガで10年間(その前のパソ通時代を含めると15年以上)雑学周辺をウロウロして、それなりに受けているという実感の元、多くの雑学を書き散らしてきた。
その中で、徐々に自分に合った書き方を模索して、ある程度カタチになったなぁという処で「トリビアブーム」に巻き込まれ、ほぼ同時に単行本『知泉』を2冊連続で発行し、その後色々な事や、様々な事や、悲喜交々な事が起こったり巻き込まれたりしながら、雑学者生活を続けてきた。
おそらくその時点で「自分のスタイルは完成した」と思っていたワケですよ。雑学の紹介の仕方はそれが最良だと。

しかし、その勢いでラジオの仕事を始めると、それまで積み上げてきたモノが必ずしも完璧ではないという事に気が付いた。ラジオのリスナー、しかも真っ昼間の番組という事で、ネタのジャンル制限、内容制限という壁を感じたのだ。
自分が面白いと思っていた部分が「面倒くさい話」なので使えない。さらに普通に昼間ラジオを聞いてくれている人には興味ないジャンル、たとえばビートルズの話題は大丈夫だけど、ローリングストーンズの話題はちょっと…、手塚治虫の話題は大丈夫だけど、細野不二彦はちょっとね、とか。

2009042802あとラジオは言葉だけなので漢字の話題とかも弱い。あと数字に関する雑学も凄く難しい。
やはり文字で読むような感覚と違うという事を痛感しているのだ。
ついでにラジオは片手間に聞いている部分もあるので、小難しいネタなんかはパスって事になってしまう。
しかし2年間やって来て大体の感覚は掴めたと思っている。

でもって今回のテレビの仕事なのだ。
これがまた新たな悩み山積みで、今までダメだった漢字などに関した雑学は逆に使えるようになった。画像があるってのは本当に便利なのだ「ではこの2つを見比べてみましょう」と現物を出せばそれで全てを理解させる事ができるのだ。あと「無茶苦茶デカイ!」というモノだったら、画像で提示するだけで説明はあんまりいらない。
が、今度はその画像というのがネックになってくる。つまり、何も考えずに雑学的に面白いからと適当に取り上げても「画面が地味」という部分で、ちょっとテレビ的にどうなのよ。という展開になってしまうのだ。

2009042803そういうワケで、今回の「SBSイブニングeye」の金曜日『ラブいぜ!しずおか』での取材先を自分が選ぶことになっているのですが、なかなかネタ的には「世界一なんですよ!」とか「実はこれ日本初だったんですよ!」と言葉では静岡県を大いに自慢できるネタなのに、どうしても「絵的に地味」だと困ってしまうワケですよ。どうやって画像として盛り上げようかと。
単純に「雑学」って事で、どこで発表しても同じように見えて、メディアによって切り口を変えて行かなくてはイケナイってのは難しいと、痛感している。
そんなこんなで、メディアに出ていない時に直接対面した相手に「ほほう」と思われる雑学というのも、またひと味違ってくるのかもしれない。

2009042804原稿を読むんじゃなく、暗記しているモノをサラッと言えるってだけで感心される事もある。これはちょっと雑学の本質とはズレていくかもしれないけれど、例えば子供の頃「東海道線の駅名」とか「円周率」とか「歴代天皇」とかをスラスラ言えるだけで「凄いジャン」となる。
例えば、自分がいま資料を見ずに書ける暗記物としては
「サラブレッドとよばれる血統書が付けられている馬のルーツを辿っていくと3頭の馬のどれかに辿り着く、その馬とは「ダーレーアラビアン」「ゴドルフィンアラビアン」「バイアリーターク」の3頭」
というネタで、この3頭の名前をすらっと言えるだけで「へえ」と感心してもらえる。(んじゃないかと)
ネタ的には「サラブレッドは3頭の血統に辿り着く」というのは、定番雑学なんですけどね。
あと日付なんかも付け加えると雑学の信用性が増し、こいつ出来るという印象が加わる。
でも危険なのは「その場で確認出来ないのでウソなのかどうか解らない」という部分があって、適当カマしている人もいたりするって事なのだ。

2009042805_2中には「数字を言うと信用する」とばかりに実際は覚えていないのに適当に飛ばして語っている人もいると思う。(基本となる部分も適当でって人もいるけど)
実際に適当カマしている人に遭遇した事もあるけど、そう言う時は訂正していいのかどうかを悩んでしまう。
適当カマしているって状態じゃなくても、他人が語った話題を訂正するのは勇気がいる。
先日も打合せで「ガッツポーズというのはガッツ石松が」とチラッと話題に出た時に、ついつい「実は…」という事を言い始め、その語っている最中に「ワザワザ必死にその説明しなくても」という部分が脳裏をよぎりはじめ、途中で気持ちが軽く折れてしまった事もあったりしたワケで。

2009042806そんなこんなで「雑学」という事だけで、色々と考えてしまいつつ、テレビで見て面白い雑学を探究し続けるのであった。

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2009年4月22日 (水)

ゆるキャラと、ばらちらしと、おいちゃんと私、の一番長い日

200904220213日の雑記で書いた進行中の新聞&Web、そしてテレビでの企画なんですが、本日、最終的な感じの打合せで静岡まで行ってきました。
三島駅から静岡行きの新幹線に乗る時、ちゃんと「静岡駅止まり」というのを確認してから並んだのに途中で不安になって「もう一度時刻表を確認して…」と再確認しに行ってしまった私であります。
で、本日の打合せは静岡新聞社で行うのではなく、駿府城にちょっと近い場所で。
静岡新聞社の担当さんから「本日予定の関係で伺う事が出来ませんので、杉村さんよろしくお願いします」とのメールを貰っていて「なんてこった」と思いつつひとりでトボトボと駅から歩いて伺う。


2009042211ちょっと早く付いたので、去年の夏にイベントをやった『新静岡センター』が取り壊されている現場を見学。昭和30年代の一番建造物のデザインがシャープで機能的だった頃の建物が壊され始めているのだ。ちょっとしんみり。
予定時刻の2分ほど前に到着し、打合せを…と思っていたら「もう少ししたら小沼さんも来ますので」とのお話。あ、一人じゃ無かったんだ、と一安心なのだ。考えてみれば、今日の打合せはテレビの話がメインなので、新聞社は関係なく、小沼みのりんが一番深く絡むのでメインはそっちだよなと納得。
その打合せでは「この企画の事はどのタイミングでラジオやブログなんかで発表しちゃっていいんスかね?」という話になり「あ、別にもう発表しちゃっていいっすよ」という返事をいただきました。
という事でやっと正式発表しちゃいます。

この春から始まった静岡放送の夕方の情報&報道番組『SBSイブニングeye』の中で、5時台に毎日レポートコーナーなどがあるのですが、金曜日は小沼みのりんがメインキャスターとして全編仕切るという事から「何か目玉になる企画を!」という事でアイディアを練っていたのです(本当は番組開始当初から始まらなくてはいけなかったのかもしれませんが)。で、自分の知らない処で杉村を使って「テレビ版うんちく劇場」というワケではないのですが、何か出来たら…と思っていたそうです。
と、いう話と別に3月から静岡新聞社が「静岡を知ろうキャンペーン」としてWeb連動の企画を立ち上げ、それに杉村が執筆者としてあげられていたのです。
つまり、その2つの企画、どっちも杉村が知らない処で動き始め、杉村が参加するという前提で進んでいたワケです。

2009042212忘れもしない3月13日、私の誕生日なのですがこの日に、ラジオ「らぶらじ」のディレクターがメールで『静岡新聞社が、紙面を使った広告のお仕事を杉村さんにお願いしたいとの事です』という、やけにあっさりした仕事依頼を受けたのです。
こっちも、時々新聞の下3分の1ぐらいを使った自社広告みたいなのがあるのでそんな感じのモノかな?ぐらいに思って、かなり軽く「いいっすよ」と仕事を受けたのです。それが、今に繋がるどでかい誕生日プレゼントになるとは思ってもいませんでした。
次第にそれが1回限りのモノではなく、新聞紙面とWebを連動させて、1年をかけて続ける「静岡をもっと知ろうキャンペーン、もっと自慢しちゃおうキャンペーン」というモノだと言う事が解ってきて「こりゃいい加減な気持ちじゃいかんぞ」と思ったワケです。

初めての打合せが3月23日(月曜)で、いわゆるプロの現場という緊張感を味わったのです。そしてその高揚感のまま、いつもは電話出演している「らぶらじ」に生出演する事になり、その直前の昼食で前回の雑記に書いたように、自分が「新聞社企画の打合せをしてきた」という話をし、みのりんが「イブニングeyeの企画を現在考えている最中で」という話をしたのです。
その後は、コツコツとWebに掲載する文章などを書きつつ日々を過ごしていたのですが、前回の雑記にも書きましたが、4月8日に「来週の月曜日に打合せがありますから来て下さい」とメールを貰い、そこに「小沼みのり」という名前が書かれているのを発見し「これは…」と企画がコラボしていった事を知ったのです。
スタートラインからそうですが、まったくもって杉村が知らない処でどんどん話が進んでいるワケです。
という事で、やっと本題に入れますがこれが今までの経緯。

現時点で一番大きな話として、5月から「SBSイブニングeye」の中で『ラブいぜ!しずおか』というコーナーが始まります。
6月に静岡空港が開港するという事で、県外だけではなく海外からも直接静岡にやって来るお客様を迎え入れるために「こんなに静岡は凄いんだよ、素晴らしいんだよ」という事を自慢するという事で「静岡県人も意外と知らない静岡」を紹介する趣旨のコーナーなのです。
まさか静岡空港なんていうデッカイ話題に間接的にでも自分が関わるとは思ってもいなかった。

でも「静岡の名産自慢・名所自慢」みたいなモノはこれまでテレビやラジオや新聞などでやり尽くしたので、それだけじゃ面白くない。自分じゃなくてもいいじゃん、と思うワケです。
そのために、それをちょっとズラした観点から雑学を披露するという事を考えています。ちょっとハードル上げすぎで、棒高跳びレベルのハードルがいくつも並んでいるように見えてしまうのですが、やりがいはあると思っています。
単行本『静岡県の雑学』でもやった手法なのですが、静岡テーマの雑学のように見えて、ちょっとズラしていくというのは、話の広がりを創る意味ではありだと思っています。

最初、本日の22日は直前の台本を煮詰める作業で、明日の23日に初ロケに出かけ、1週間後の金曜日5月1日からスタートとなっていたのですが、諸事情で5月1日はコーナー内で企画意図の紹介「来週から始まりますので、乞御期待!」という告知になるそうです。
初ロケは29日で、初放送は5月8日だそうです。
現場に小沼みのりんと杉村がロケに出向き、そこで「○○について教えて!」「実はね○○は…」と会話をするワケですが、その台本原稿も杉村が書くので、これも毎週の仕事として忙しくなるのだ。つまり月〜木曜はラジオ、金曜はテレビという事です。
しかし、現在どうなるのか…という最大の懸念が「杉村はシリスギ仙人というキャラに変身する」というとんでもない設定があるのだ。

2009042201一番最初の「静岡新聞とWebの連動企画」としてあったのが『なるほ道場 ラブいぜ!しずおか』というモノで、アニメで書かれた「なるほ島」にある「なるほどの塔・五名答」に納められた書物を書いた何でも知っている「一本杉のシリスギ仙人」というキャラ。
このシリスギ仙人が書いたとされる書物を書くのが自分の担当だったワケです。つまり、シリスギ仙人というペンネームで原稿を書いているような状態。
それがテレビ連動の企画となった処で変な事になって「その番組でうんちくを喋るのも当然シリスギ仙人だよね」という事から、自分がテレビに出る時には「シリスギ仙人」というキャラのコスプレをする事になってしまったのです。

2009042204で、そのコスプレの話は前回の打合せでも出ていたのですが、その時からマジっすかという状態だった。コスプレというより「ゆるキャラ」なのだ。
今日の打合せでも、まだ現物は出来ていないけど完成予想図や粘土製のミニチュアなどを見せられ、絶句……………。
その数秒、私の頭の中にはこれまでの人生の楽しかった事や苦しかった事が走馬燈のように巡り、あぁあそこでこうやればよかったという自責の念や、あんな事でも振り返ってみればささやかな幸せだったのだなぁとキュっと胸が締め付けられるような想いがグルグルと…。あぁ私はこんな事をするタメに生まれてきたのだっけかなぁ。この2年間の努力が結実する着地点はこんな処だったのかなぁ、と深く深く考え込んでしまったのだ。
そんな苦悩も「杉村さんおいしいじゃん」の一言でサラっと流されて「決定稿」となってしまったのだ。いや自分は名刺にもとりあえず刷っているように「雑学系ライター」という肩書きなんですが…。
でも、これも人生だ。もっとこの先努力して、色々有名になった時に「杉村さんもデビュー時にはこんなカッコしていたんですよね」「うわぁ辞めてくれよお」と嫌がってみせるための壮大なる前振りって事でガンバルのだ。
色々細かい打合せをして「てことは、放送までに台本をガシガシと書かなくちゃいけないのだ」という裏方的な真面目な作業をする話も出た。この台本を書く作業と、演者としての仕事が同時進行ってのも大変なのだ。

2009042203打合せ後に吉野寿司という店で昼食となったのですが、そこの「ばらちらし寿司」が絶品!普段、食に関して淡泊な自分ですが「あぁこういう食べ物は本気で幸せな気分になるなぁ」と思いつつ「でも毎日食べていたら人間としてダメになるかも知れない」などとも思ってしまったのだ。基本的にストイックが信条なので。
と言いつつ、この先『ラブいぜ!しずおか』のロケ先などは基本的に自分が決める事になるので「やっぱ、旬の美味しいモノを食べるロケがいいよなぁ」などと考えたりもしているワケです。
奥の座敷席に座った処でお店の方が小沼さんを見るなり「あらっ!まぁぁぁぁ」と驚きつつ、パァァと顔の表情がほころび「いつもテレビで見てます」と感激の声を上げる。あぁこれが有名人を見た時の反応ってやつかぁ「えっと第一テレビですよね」「いえSBS静岡放送です」という会話がありつつ「あらごめんなさい、野路さんと一緒に出てらっしゃる」「はいSBS静岡放送です」という応対が続く。やはりテレビに出るって事は色々と顔がばれてしまうって事で大変なのだなぁと思うのだ。
でもって、昼食終了後、みのりんが1時40分までにSBSに戻ってニュース読みのスタンバイがあるという事で一緒に局へ。

2009042213自分がラジオのスタジオに向かった時、すでに番組は始まっていたのですが、なんかいつもとスタジオの雰囲気が違っていて、番組に関係ない人がまばらにいて、ザワザワしている。いつもはスタジオの外に人がいても2人程度なのに、今日は10数人が無意味に立ち話をしていた。
実はこの日「らぶらじ」にはゲストが2組来るという事になっていて、まず1組目が映画『BABY BABY BABY!』のプロモーションとして観月ありささん&山本ひかるさん。そして2人組目として9月に行うイベント「秋なのにサマーピクニック」のプロモーションで南こうせつさんが来るという事になっていて、スタジオ周辺に直接番組に関係ない人が物見遊山でザワザワと集結していたのだ。

2009042205_2観月さん一行は1時40分頃からのコーナーに出演ということで、自分がスタジオ入りした直後にやってきたのですが、テレビで見ても「スタイルいいなぁ」とか思っていたけれど、実物はもう形容しようがないほど「人類として別ジャンル」という感じですな。
スタイルとか、顔の小ささとか、ハッキリと「芸能人オーラ」というモノを感じましたよ。
と、スタジオに入ってトークを始めた時、ふと後を振り返ると「こんなにここ人間が入れるんだ」と思うほど更に人が溢れ、スタジオの外は人だかりになっていました。全部で60人以上はいたかな?
テレビ局、ラジオ局、新聞社が1つになっている建物で「オマイら、とりあえずマスコミ側の人間だろ、そんなにがっつくな!」とか思ったけれど、実際に観月ありさという人物を見ると「いや、眼福眼福」という感じでした。
おそらく事務系の仕事をしていると思われるような若いお姉ちゃん達が大挙してやって来ていた。
ついでに「日本一絡みずらいアナウンサー」とSMAP中居君に命名された牧野克彦アナもいた「いやぁ見学者の数、凄いっすねぇ」アンタもその要因ですがな。

2009042206で、そのごった返している最中にもう一人のゲスト、南こうせつオイチャンがスタジオ登場。自分の世代だと南こうせつさんはオールナイトニッポン木曜日パーソナリティで愛称「オイチャン」でやんす。
おそらくオイチャンはスタジオに到着した時にビックリしたと思う。
なんせ自動ドアが開いた時、そのフロアには明らかに出演者じゃない普通のスタッフがひしめき合っていたワケで(当然オイチャンはその時点では観月ありさ目当てだと知らない)。しかもその人々がオイチャンが入ってきた瞬間「アッ南こうせつ!」と驚き、モーゼの十戒のごとくザザザッと左右に分かれて奥にある控え室までの道を開いたのだ。さらに何故か拍手がわき起こり、なんだかよく解らないけど「いやどーもどーも」と大歓迎の中を通り抜ける事となったのだ。
オイチャンもビックリしただろうなぁ

2009042207観月ありささん&山本ひかるさんはもの凄いオーラ&もの凄いスタッフのガードもあって、近寄る事も出来ませんでしたが(とりあえず3m程度の距離まで)そのプロモーションが終わりスタジオ出てきた。
そこに丁度打合せを終えて出てきたオイチャンとバッタリ遭遇。観月さんがオイチャンを発見して「あっ」と手を振って近寄っていった。
ちらと聞こえたのは、オイチャンが「もう8年ぶりぐらいかなぁ」という事で、なんかよく解らないけど観月さんと握手をして、しばらくその手を離さないまま喋っていたという事。オイチャン…。
オイチャンは普通にしていてもそんなに大きくない人なんだけど、観月さんと向かい合っちゃうとその対比が凄いっす。というか、オイチャンと観月さんが立ち話をしている現場って凄いなぁ。
ニュースを挟んだ次のコーナーで自分が出演する「うんちく劇場」という事で、慌ててスタジオ入り。
で、さっきまで観月さんが座っていた椅子に座るという栄誉を頂きまして(って別に意図的に座ったワケではなく、毎回そこに座るんですが)、なんとなく残り香を感じながら2時からのコーナーをスタートさせたワケです。

2009042208コーナー冒頭のアドリブで会話をする処で観月さんのオーラについて語った後で「でも自分の世代では南こうせつさん、オイチャンはオールナイトニッポン木曜日っすよね。あの放送が確か1975年ぐらいからで中学生の自分は頑張ってラジオ聞いていましたよ。自分がラジオに生まれて初めてハガキを書いたのがこうせつさんの番組でしたから。かぐや姫解散後、初のソロシングルを出したのは忘れもしない1976年2月10日、その日に買いに行きましたよ「今日は雨」を」などとちょっと熱く語ってしまいました。
この辺はウソ偽りなく、当時は水曜がイルカさん、木曜が南こうせつさん、って感じで。(その後水曜日にタモリさんが登場するワケですが)ついでに当時、南こうせつさんのオールナイトニッポンには見習い小坊主みたいなデビュー直前の青年が出演していて、毎週生ギター一本で歌う「裸一貫ギターで勝負」というコーナーを担当していた。そのコーナーの間はこうせつさんはトイレタイムとか言っていましたが、その青年が長渕剛だったワケです。
実は、アドリブでこうせつさんの事を語っている時、ふと顔を上げるとブースの向こうで南こうせつさんがその話を聞いていたのだ。うひー!
そんなこんなでその後は「弘法大師」というテーマでいつものように語りコーナーを終了させた。

2009042209その直後、南こうせつさんがスタジオ入りして、今年の9月20日に嬬恋で開催するイベントの話題で「サマーピクニックって以前やっていたイベントを復活させるんだけど、もう自分もファンも若くないので本当にサマーに開催するとバタバタと倒れる恐れがあるので、サマーピクニックという名前なのに9月にやります」という話をしていた。
が、冒頭で「さっきのうんちくのコーナー面白いねぇ」ということから「あのファーストシングル『今日は雨』ってのは、へそ曲がりなので絶対売れないような曲ってことで重い曲にしたんだよねぇ、でも発売日に買ってくれたなんで嬉しいねぇ」などと、自分が振った話を展開してくれていた。なんつーか感激っす。

さらにてつさんが「奥さんに、今日ゲストでこうせつさんが来るって話をしたら『かぐや姫foever』というアルバムが大好きで、中学の頃、将来南こうせつさんと結婚するんだって思っていた」なんて話をしていました」なんて事で異常に盛り上がり、その勢いで「じゃ1曲」という事でかぐや姫の名曲「加茂の流れに」を歌い始めたのだ。うひーッ生加茂だ。ハッキリいって鳥肌がぞぞぞぞーっと立ってしまいました。自分の世代だと、本当に中学時代、ギターを弾き始めた時の憧れの人っすからね。

2009042210もちろん「加茂の流れに」も練習した曲で、あのイントロをいかに一人で再現するかという事に必死になってました。
でもって、途中の「あれは…初めての恋…」の処でてつさんがハモりを入れたのだ。内心、チェっ羨ましいぜ!と思った瞬間、特等席でスタジオ内を見ていた自分の背後から「あれは…初めての…恋…」というハモりの大合唱が。
ビックリして振り返ると、さきほどの観月さんを見るために集まった人々とは明らかに年齢層が違う50〜40代の人々がギッシリと観覧していたのだ。やはりかぐや姫世代は根強いのだと実感。でもって「加茂の流れ」を聞く時は当然のようにあのハモり部分は参加するというのが礼儀なのだなぁ。
オイチャンの出演コーナーが終わり、スタジオから出てきた処を思わず出迎えてしまい「感激しました」とどうしようもない程ド素人になって、他に上手く何を喋ればいいのか解らない状態で、さっきスタジオでも言った「オールナイトニッポンの頃から聞いていました」などとリピートしてしまうのだ。
そしてたまたま持っていた過去の「うんちく劇場」をまとめた小冊子を2種類渡して「これ読んで下さい」などと渡すのだ。まじにアホな田舎の中学生に戻ってしまった感じなのだ。痛い痛い。
しかし、こうせつオイチャンは「いやあさっきの弘法大師のうんちくオモシロかったよぉ」などとあのハイトーンボイスで言ってくれるのだ。うひー!

でもって「記念に写真でも撮ろうか」という事を言い出してくれて、スタッフ一同で記念写真を撮ってくれたり、ラジオなどのキャラどおりに気さくなオッチャンという感じで、いやあ「今日、来てよかったぁぁぁ」なのだ。
番組スタッフも「今まで来てくれたゲストの中でも最高にいい人だよね」という事で「あんまり南こうせつさんって知らなかったけどファンになったぁ」と言う方もいたほど。
そんなこんなで午前中の「よっしゃ頑張ってゆるキャラになるぞ」「テレビ台本を頑張って書くぞ」という一大決意と同時に、午後の「南こうせつオイチャンに褒められちゃったよぉぉ」という、異常なテンションのまま新幹線にも乗り間違えず帰宅したワケですが、予定外に気力を使い切ってしまい、何も出来ずに意識を失うように眠り込んでしまったのだ。

思わず長文を書いてしまいましたが、マジに長い一日だったっす。
おっと、忘れちゃいけない。Web展開を始めた『ラブいぜ!しずおか』のサイトでやんす。

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2009年4月12日 (日)

『鴨川ホルモー』のスポットCMは間違いでは?

2009041201映画「鴨川ホルモー」のTVスポットとして売出し中のコンビ「はんにゃ」が出ているんだけど、なんか納得いかない。
いきなり「ホルモーやろうぜ」と言いだし、大声で『ホルモーッ』と叫ぶのだ、それって違うだろ。もしかしたら映画の中では原作とは違う設定になっているのかもしれないけれど、原作から考えたらあの楽しそうにポーズをとって「ホルモーッ」と叫ぶのはあり得ない。
もっと切羽詰まって鬼気迫る表情をしながら天を仰ぎノドから絞り出したような声で「ホルモーォォォッ!」と叫ぶのだ。


ということで、映画本編から編集されたスポットも流れはじめたんだけど、決めの言葉は「ゲロンチョリーッ」らしい。うーむ、確かに原作通りに「ぎああいっぎうえぇ」ではちょっと映画的に無理があるか。
原作は純粋に馬鹿馬鹿しくも清々しく、小説のジャンルとしては青春物から何かがはみ出しているし、ウォーターボーイズやスィングガールのような1つの目的に向かって仲間達と突き進むって話としてもはみ出しているし、単純に説明出来ないけれど、とにかく荒唐無稽でありつつリアルな大学生の青春物語になっている。

2009041202個人的には「早良さんそりゃないっすよ」って感じなんですが、青春という役立たずの痛い部分を呼び起こさせながら、ラストへ向かっての盛り上がりは危機一髪と一発逆転と予想外の結末と、ムチャ熱い。
映画も面白そうではあるんだけど(はんにゃのスポットには違うだろって感じがしますが)、やっぱ小説で発表された物はマズ最初に小説として楽しんで欲しいと思う。最初からホルモーの全体像を映画で知った後で読むとかなり印象が変わってしまいそうな気がする(そう言う意味では先に小説を読んでいると映画でのサスペンス風味が無くなってしまうかもしれないけど)

しかし映画で楠木(凡ちゃん)を栗山千明が演じているみたいなんだけど、これはちょっとイメージ違っているなぁ。

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2009年4月 4日 (土)

出版不況、テレビ不況

いやあ見事なほど、笑ってしまうほど不況ですな。


出版不況なんて言葉はもう5年以上前から延々と聞かされてきた言葉なんだけど、それに追い打ちを掛けるような社会不況が押し寄せて来てとてつもないほどの出版不況っす。
収入が減って買い控えの時期「さて何に関する出費を抑えようか」って時に出版ってのは打撃を受けるなぁ。
なんでそんなタイミングで自分は「フリーライターです」みたいな事になっちゃったかなあ。

雑誌関連は現在どこもダメダメ状態で、廃刊も続き、仕事の場も狭くなってどこにも入り込むスキがなく閉塞的でやんす。
ま、端から見ていると「雑誌が売れない」→「スポンサーの要求が厳しい」→「当たるかどうか不明の斬新な企画は出来ない」→「そこそこ話題になる無難な企画でまとまる」→「いまさらそれ?で読者が離れる」の悪循環をしているようにしか見えない部分もある。
こーゆー時に「このたびライター稼業を始めました」なんつー新参者が潜り込める場所はそうないのだ。過去の実績も、元々のコネもないし、田舎に引っ込んでいるという事で活動も難しいって事で。

と言いつつ、雑誌などでのライター活動は「まだネ」という事なんですが、別の方でそれなりに忙しく細かく仕事があるので、ある意味恵まれているとは思っているのですが、やはり子供の頃から雑誌大好きだったので雑誌連載てのは「いつかは!」と思うけど今は実力を積んでいく時期なのだ。いつまでも不況は続かないと願いながら。
と言うことで、現在はラジオやテレビ関係の仕事が中心になっているワケですが、そっち方面にも確実に不況の波が押し寄せている。

この春の番組改編を見てて思うのが、新たな番組はあんまりなく、とりあえず継続という感じが中心になっている。一応そこそこの視聴率が望める番組だったら冒険する必要もないじゃんという感じなんだろうなあ。新しいバラエティ番組を始めるとなると新たにセットを作らなくちゃいけないとか金銭面での支出が増えるし。
現在、スポンサー企業もどんどん減っているという状況。たとえば某番組なんかは半年前に始まった時はたしか7社ぐらいがスポンサーとして入っていたのに、現在は3社程度しかスポンサーの名前が無くなっていたりする。
でも番組内のCM本数とかが決まっているのでどうするのか? というと、その時間に他の番組の告知宣伝が異常に多くなっている。つまり自社製品CMばっかりなのだ。これなら知らないで見ていればCMの数は減っていないように見えるし、他の番組への貢献も出来る。

さらにどの番組も視聴率が欲しいので、バラエティにドラマ出演者が出てきてゲームとかしつつ宣伝をするという構図も異常に多くなっている。ドラマも宣伝出来るし、バラエティも普段出てくれないような役者の素顔を見ることが出来て、相互援助が出来てるのだ。
企業のCMでも、最近始まった春向けコマーシャルも「あれ?これって以前見たことある」という、去年の春に流していた物を再び流すというパターンをいくつか確認している。
少なくなってきているスポンサーからの要求も強くなっているだろうから、現在はとにかく視聴率が安定して取れる番組ばかりになり、それが逆に視聴者の「なんかいつも同じ顔ぶれ」みたいな飽きを呼んでしまうんじゃないかと思うのだ。

そんな中で放送されたTBSの「オールスター感謝祭」も、なんか不況の影響をヒシヒシと感じる番組になっていた。番組内のクイズはいくつかの細かいラウンドになっているんですが、以前は1ラウンドごとに1位に25万円、そしてその後の順位決めクイズでも25万、つまりラウンドごとに50万円が支払われていたのが、今回はいきなり1位に15万円、順位決めクイズに15万円、つまり1ラウンドで30万円って事になっていた。
手元に去年秋の録画(2008年9月27日放送)があるんですが、ラウンド数が今回より多かった。つまり単価を安く、回数も少なく、とかなりその部分で経費節減しているのだ。
ついでに去年秋の放送では何故か、小室哲哉率いるglobeのミニライブが開催されえている。確かその時「なんでいまさらglobe?」と思いつつ「台所事情苦しいのかなぁ」と思った記憶がある。小室哲哉が逮捕されたのが1ヶ月ちょっと先の11月4日だったので、どんなオファーでも受けたんだろうなぁという感じなのかも知れない。

そして賞金もドンッと下がっている。
10位〜6位10万円、5位20万円、4位30万円、というのは前回も今回も同じだが、2008年秋は3位50万円、2位100万円、1位500万円+日産MURANOだったのに対し、今回2009年春は3位40万円、2位50万円、1位ビックカメラ300万円分の商品券となっている。
ビックカメラの300万円の商品券って…。
もうそんな部分からも厳しいんだなぁというのが透けて見えちゃうのだ。

そんな金銭的にきつくなり保守的になっているテレビ業界ですが、今一番革新的で面白いのはNHKなのかも知れない。昔からNHKは保守的で地味で面白くないみたいな事を言われ続けているんですが、実際にはNHKは昔から革新的な局なのだ。
なんせスポンサー様のご機嫌を取らなくてもいい。今、受信料を払っていない人も多いそうなんですが、それでもスポンサー頼りではない分、民放が出来ない番組を作る事が出来る。地味な印象の番組だってちゃんと見ると凄く丁寧に作ってあるし面白い。(出演料が基本的に安いというのもあるけど)
それ以外に面白いのは、地デジを初めとする最新技術をいかに番組に反映されるかという部分での実験放送が進んでいるという事。もちろんそこで試された技術はのちに民放にも浸透していくんだと思うけど、面白いのだ。

テレビ離れが進んでいる若い層を取り込む実験として、ケータイ寄席という物もある。ラジオの投稿コーナーをそのまんまリアルタイムで「お題拝借」とやって携帯電話のメールで応募して、その場で読み判定するというこれ以上のインタラクティブな番組はないんじゃないかと思う反面、全国から大量に寄せられるメールの中から面白い投稿をより分けるのは待機している20人ぐらいのスタッフというアナログ人海戦術ってのも面白い。スタッフが面白いと思った投稿はスタジオで待機している千原ジュニアのパソコンに送られ、そこでさらに面白いと思われる投稿が番組で紹介され、今田耕司やゲストが判定するという仕組み。
NHKという日本の隅々まで電波が届けられているメディアでこれをやるのには凄い決断があったと思うけれど、GOサインを出したNHKに拍手!なのだ。


あとこの春から始まったドラマで「ケータイ小説連動ドラマ」もある。

最近の小説離れ、テレビ離れ、に反して若い世代にはケータイで読む小説がヒットしているという事から、NHKのHPに無料で登録すると、ドラマの放送1週間前からケータイ推理小説が6日間連続で配信される。その小説の中で事件が起き、ヒントが全て紹介される、でその解決はドラマで。という仕組み。
ドラマのほうは当然、6日分のケータイ小説部分から始まっているのでただドラマだけ見ている人にも謎解きドラマとして楽しむことが出来る。これって頑張った企画だなぁと思ってしまう。
しかもそのドラマを執筆するのが辻真先、白峰良介、黒崎緑、山口雅也、霞流一、井上夢人、芦辺拓、折原一という豪華な8人。このメンツのケータイ小説が毎日読めるってだけで凄いっす。
ケータイ小説連動ドラマ「探偵Xからの挑戦状」毎週水曜日深夜0時10分から(正しくは木曜日だけど)


そんなワケで、確かに今はテレビも出版も世界不況の煽りを受けてキビしいけれど、そんな時こそ金ではなくアイディアで勝負するという企画がガシガシ立ち上がって欲しいと思うのだ。

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2009年4月 1日 (水)

岡部いさくさんがテレビに出ずっぱりだなぁ

2009040101ここの所、北朝鮮の人工衛星だかミサイルだかテポドンだかの話題で、その解説者として軍事評論家の岡部いさくさんをやたらと見かける。
岡部いさくさんといえば軍事評論家であるけど、ガンダムマニアとして有名で「機動戦士ガンダム00」の設定協力で参加していたり、他のガンダムでも色々論文を書いたりしている実際の戦争と架空の戦争を繋いでいる人なのだ。


個人的には20年ぐらい前にイラストレーター水玉螢之丞さんのお兄さんって事で「へぇ」と思ったのが最初で、それから時々みかけるたびに「ほほう頑張っているなぁ」とか思っていた。
水玉螢之丞さんと言えば父親が「アッちゃん」「ベビーギャング」を書いていたマンガ家の岡部冬彦さんで、昭和30年代ソニーのキャラ「ソニー坊や」も書いている方です。
個人的には絵本「きかんしゃ やえもん」を読んだ記憶がある。(作者は阿川弘之さん)

岡部いさくさんのお姉さんもイラストレーターおかべりかとして絵本などを書いてるとの事で、イラストレーター一家の中で突然の軍事評論家って事になるのだ。
いさくという名前は本名らしいけれど(漢字表記があるのかは不明)これって旧約聖書『創世記』に登場する人名から取った物なんですかね?

2009040102

※おかべファミリー
左から
『ソニー坊や』岡部冬彦デザイン
『きかんしゃやえもん』イラスト・岡部冬彦
『魔法塾、はじめました』表紙絵・水玉螢之丞
『とんだトラブル!? タイムトラベル』イラスト・おかべりか

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2009年3月 4日 (水)

不適切な発言

本日の『笑っていいとも』で、テレフォンショッキング開けにいきなり女子アナウンサーが「先ほど不適切な発言がありました事をお詫び致します」と謝罪して、微妙な空気の中、千原Jr.が「クイズメイクダウトぉぉぉ!」と叫んでコーナーが始まった。


というのも、本日のテレフォンショッキングのゲスト「毬谷友子」が5月から始まる蜷川幸雄演出の舞台の話をしている際に「自宅でニナ・ハーゲンの唄を練習している」という話になり、そこでテンション上げて毎日練習している事から「もう、今はウチでキチガ.....(ゴニョゴニョ)みたいで」と途中まで言った言葉を濁した事から悪夢が始まった。
彼女も30年近く芸能人をやっているので(前回のテレフォン出演は1986年)、それらの言葉がテレビ的にはアウトだというのを知っているのだろう。途中で言葉を濁らせたのだが、なんとなく小さな声で最後の「イ」も言っていたように聞こえた。

タモリも「笑っていいとも」という生番組を27年もやっているワケで、あまりトークに慣れていない人を迎え撃つ事も多く、その辺は手慣れた感じでサラッとそこを流した。
今までも、会話に熱くなってしまい「キチガイに刃物」を連発する人や「最近ボケちゃってアルツハイマーかと」とか、もう数え切れない程の失言を「笑っていいとも」は生み出してきた。もっともこれらは年末特番などでも特集するわけにもいかないので、闇に封印されてしまう裏歴史なのだ。
以前はゲストが「もうね、釣りキチガイでね」と発言した瞬間にタモリが「放送禁止用語ありがとうございます」とネタにして流した事もあった。
今はそんな事をすると、もっと抗議電話が掛かってくるんだろうなぁ、ってその抗議ってのは何に対しての抗議なんだろうか?

で、タモリは話題をムリヤリにペット方面に誘導する。この当たり障り無い感は素晴らしい。でもなんか上の空っぽい展開だった。
という所で事なきを得てCMに入り、CM開けに「会場の100人の女性がスイッチを持っています」というコーナーになった。
そこで何のキッカケだったか不明だが年齢の話になった。そこで毬谷友子が自分の事を「みんなのお母さんぐらいの年齢ですよ」とか言いだし、お決まりの「え〜見えない〜」という会場参加ノリになり、彼女が手をバタバタして喜んで見せ「(宝塚出身者では)黒木瞳さんの1個上ですよ」などと言いだした。なんか個人的にこの人の変なテンションは苦手だなあと思っていたたのだが、そこでタモリが「若いですよね」と〆の言葉を言って、100人に1人コーナーに行こうとした瞬間、「はいキチガイです」と彼女が言い切ってしまったのだ。
タモリは苦笑いをしながら「またそう言うことを」と言って流した。

ま、番組じゃない所で「キチガイ」という言葉は別段問題のある言葉じゃないし、いわゆる精神病を指す言葉ではなく「度が過ぎている」という意味で「キチガイじみている」とか使う言葉でもあるのだ。もっとも2度目の年齢についての話題における「キチガイ」はかなり変な印象を受ける。
「またそう言うことを」というタモリの発言にあるように、おそらくCM中にその話題も出ていたんじゃないかと思うのだけれど、それを言っちゃイケナイ言っちゃイケナイという事が頭にあったために逆に口から出てしまったのかなぁ(と少し好意的な解釈)。

自分なんかも現在、平日に毎日のように電話出演だがラジオで喋っている。その喋っている内容自体は事前に自分が書いた原稿を元に喋っているために問題は起こらない(おそらく)。
というか、生放送の昼間の番組ということで制限は多い。
夏8月の終戦記念日なんかに、戦争中の雑学と称して展開しようとした時も「ラジオを聞いているお年寄りの方には戦争で苦労なさった方も多いので」と全部ボツになった原稿もある。

昨日も3月3日ということで「ひな祭り」の話題を語った時に喋ることが出来ないネタがあった。
サトウハチロー作詞・河村光陽作曲の「うれしいひなまつり」という曲の話題で
「60年代にメキシコのトリオ・ロス・パンチョスがこの曲をカバーしてスペイン語でまったく違う内容の歌詞でヒットをさせた事があり、アメリカ人の中にはこの曲をメキシコ民謡だと思っている人も多い」
という話をしたのですが、そこでパーソナリティの鉄崎さんが「へぇその曲聴いてみたいっすね」と言いだした。
その時、そのトリオ・ロス・パンチョスVer.のタイトルがノドまで出かかっていたが、土俵際で言い堪えた。そのカバー曲のタイトルは『哀れなみなしご』というモノだったので。
このカバーVer.、自分は中学か高校の頃にラジオで聴いた事があり、たしかタイトルもそのまま喋っていたと思うので、80年代以降に「みなしごはマズイ」って事になったんだろうなぁ。
アニメ『タイガーマスク』のエンディング曲『みなし児のバラード』なんて今はダメなのかなぁ

毬谷友子の発言には精神病患者をバカにするようなニュアンスはまったく無いのだが、言葉のニュアンスや内容ではなく、短絡的に「言葉」そのものが使用不可になっている。
現在は言葉遣いに対して余りにも配慮が行き渡ってしまい、なんやら通常時でも「使っちゃいけない言葉」になってしまっている事に、変な気分になる。
以前、ネットの掲示板で一人の参加者がキチガイみたいな言葉を書き込んだ時に(その掲示板の参加者は学生が多かった)いきなり多くの参加者から「それ放送禁止用語」だと非難する書き込みが連発することとなった。いや、ネット掲示板なので放送してないじゃん、と思ったんだけど、若い世代の中では物心付いた時から「使っちゃいけない言葉」なんだろうなぁ。
その配慮から「片手落ち」という言葉が障害者に配慮の上不使用になりムリヤリ「片落ち」に差し替えられたとか(片落ちは意味違うよなぁ)、「目くらまし」が不使用だったり、大変だなぁ今の世の中は。
最近は出版業界なんかでは、過去の作品を発表する際には断り書きを入れることでOKという感じに緩くなってきたけれど大変ですよ。

そんなこんなで、放送関連に片脚を突っ込んでいる自分は色々考えてしまったのだ。

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2009年2月18日 (水)

『銭ゲバ』雑感

ジョージ秋山原作の「銭ゲバ」がドラマ化されている。今のところ5話まで放送済みなんだけれど、自分はついつい見逃してしまい、1・3・5話となぜか奇数回しか見ていない。


2009021601原作のまんまではさすがにドラマ化出来ないだろうけど、まぁまぁTVドラマとしては面白く見ている。ピカレスクロマンとしての色々な部分はちゃんと抑えているので、どこまでインモラルな事をテレビで描けるかという感じなのだ。
主人公がどんな形で悪を重ねてのし上がっていくか? その犯罪を切り崩そうとして追いかける側はどうなのか、というこの手のストーリーの定石があっていい感じ。ただ原作では途中で追いかける方が…なんですけどね。ここはどうなる事やら。

で、この文章を書くためにちょいとネットを検索した所「銭ゲバが雑誌連載された当時学生運動が盛んで」という文章をよく見かけた。
ジョージ秋山「銭ゲバ」は週刊少年サンデーの1970年13号から1971年6号まで連載された作品で、当時は一部の地域で有害図書指定も受けている。
実際この1970年の3月に、赤軍派が「我々はあしたのジョーである」と宣言してよど号をハイジャックした年で、連合赤軍がどんどん組織的に煮詰まり、1972年2月に浅間山荘で歴史的な立て籠もり事件を発生させたという時代背景がある。
が「学生運動」は盛んだったかなぁ。

2009021602もう学生運動という名前の季節は終わっていたハズで、時代の波がサ〜〜ッと引いてしまった時だからこそ、追いつめられた活動家たちが極端な行動に走っていたんじゃないかと。
だからジョージ秋山が雑誌に「銭ゲバ」を連載した時に「学生運動が盛ん」というのはどうなんだろ。
時代的には1970年といえば大阪万博が開催されていて、世間一般ではアカルイミライを合い言葉に高度経済成長の恩恵を受けようと人々が突っ走っていたって感じなんじゃないかと思う。

同時に裏ではヘドロなどに象徴される経済成長のツケのような公害問題や、勝ち組と負け組の格差の広がりなどがあり、さらに政治的なものでは学生達の間には「いくら頑張っても政治的な流れを変えることは出来なかった」という虚無感が広がり、無気力がキーワードになっていたハズ。
1972年に井上陽水が唄った「傘がない」では、世間のニュースより自分にとっては今日の雨をやりすごすための傘がないことのほうが重大事件だ。と唄っている。
そんな時代背景の中で「正義より銭のほうが真実」というテーマで問題定義をした『銭ゲバ』っすよ。

2009021603この漫画が描かれた2年後に、石油価格が30%も引き揚げられるというオイルショックが起こり、トイレットペーパーが無くなるというデマからスーパーにおばちゃん達が殺到する事件も起こっている。
でも現在の真っ暗な世相の中、この時代とシンクロしたかのようなドラマは受けないんじゃないかなと思う。確かに切実な問題を多く含んでいるとは思うけど。

過去の歴史の中でのその手のヒット作品は時代と逆を行っているような気がする。
例えば音楽などでアジテーション色が多い政治的な歌が流行ったのは60年代末期、そして80年代中期から90年代初頭の尾崎豊やバンドブームの中で問題定義をするような曲が多くあった。でもそれらが唄われていた時は高度経済成長期だったりバブル期で、逆にコミックソングは不況の時に流行るとも言われている。
そんな感じで「リアルな現実が暗い時期に、気分が暗くなってしまうドラマってどうよ」って事なのだ。


2009021604しかし、そもそもジョージ秋山の『銭ゲバ』ってそんなに名作でもないような気がする。
最初の方は丁寧に描かれている部分もあるので期待が大きいけれど、中盤以降は「先のストーリーを考えずに行き当たりばったりで書いていないか?」という感じがしちゃうのだ。あきらかに物語的にツッコム場所が多すぎる。
ラストなんて「え?結論はそんな所でいいの?」という感じの、もしかしたら編集部で連載中止が決定したのでムリヤリ終わったという感じもしちゃうのだ。

ともあれ、恋愛ドラマ、しかもイケメン俳優が大量に出ているドラマ花盛り(同じようなイケメン部分が売りの俳優が多すぎるので、それらを一気に大量出演させるためのシチュエーションが必要なのでしょうがないと思うが、あんな形のドラマはバラエティ番組で大量に出演している雛壇芸人番組と同じなのだ)な中、ピカレスクドラマというのは期待しちゃうっす。
まさか、原作通りの終わり方はしないっすよね?

2009021607ちなみに原作で主人公の出身地は長野県だったけれど、撮影の関係なのか幼少期を過ごした港町は西伊豆、そして社長にのし上がった工場は富士市にある製紙工場の外観が使われている(エンディング曲の背景は大昭和製紙っすよね?)。主人公が語る「〜ズラ」は東海圏で使われている方言なのだ。

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2009年2月17日 (火)

テレビ初出演

静岡放送(SBS)には日本で一番絡みにくいアナウンサーがいる。


去年、SMAPの中居正広さんが映画「私は貝になりたい」のキャンペーンで日本全国の放送局に出かけて色々なアナウンサーと仕事をしたのですが、その中でもっとも絡みにくいアナウンサーとして静岡放送の牧野アナウンサー(通称マッキー)の名前を挙げていた。
先日の「うたばん」の中でも静岡放送絡みの話で「日本で一番絡みにくい」として紹介されていた。
そんなマッキーと逢ってきた。というか以前から数回逢っていて、ラジオの仕事もしたことがあるんですが、今回はテレビの仕事。
しかも自分の場合、テレビに出るのはこれが最初なのだ。いやはや。
正しくは小学校の時、学校でやった菊祭りというイベントの取材をNHKがやって、その時に初出演。
あと20年位前に、Macを使った最先端デジタル製版というNHKの真面目なビジネス番組の取材で、その作業をしているオペレーターとしてTV出演したこともあるけど…。(今当たり前になっているMac製版の最先端の現場にいたのでありますよ)

そんな初出演なのに、百戦錬磨の中居君に「一番絡みにくい」と言われているマッキーとのお仕事。
番組と関係なく雑談をしている時は普通の人なんだけどな・・・と思っていたんだけど、色々なウワサを聞くと局内の廊下を大声で「天城越え」を発声練習と称して唄い歩いているらしいし、同僚・小沼みのりんも「収録とは関係なく普段からあんなテンション」と言っていたので、天性の絡みずらい体質の人らしいのだ。

番組内容はここでは言えないけれど、ハッキリ言って「上がってんじゃん、俺」という感じでした。
これまで公開放送とかを何度も経験しているけれど、これと言った感じの上がりを経験していない。別に芸人体質でも無いので、無理に盛り上げようとか、受けを狙おうとかは全然考えていないけれど、とにかく人前でもテンションはいつも通りという感じでやってきていた。
が、すぐそばでライトを照らされ(目の前が眩しくてよく見えない)カメラもこっちを見ている。という状況の中、原稿に書いてあるワケではなくその場でスラスラ〜っと暗記してる事を言わなくてはイケナイってのは大変なのだ。

ラジオの公開放送の時もなるべく原稿は暗記して望んでいるんだけど、あれはこっちが話の道筋を全部作ってあるので「これを喋って、次はこれで、最後のオチはアレで」と脚本が出来ている。
それに対して今回の収録は、マッキーがいきなり打合せにやってきてアレコレ質問して、それに答えていく、という形式、しかも事前の打ち合わせはそれしかないのだ。こちらはテレビ初出演だというのに、不親切過ぎるじゃないか!と思う間もなく「じゃ、収録始めます」となってしまった。
だから事前打ち合わせは「今日は●●●について質問します」ぐらいしかないのだ。

1カット目は「あれで良かったの?」という感じで、ちょっとグダグダだったのではないか?という感じで終わり、次のカットはそのテーマについて細かい説明をしているんだけど、途中でどんどん頭の中が白くなっていくのを感じる。
いや「上がっている」という事を喋ってる最中に自分で把握してしまい、「え?おれ上がってるじゃん」と動揺が自分の中に広がってしまったのだ。
とりあえず「良かったですよ」と言われたが、ひねくれ者の自分は「そんな気休めは辞めてくれ」とちょいブルー。
自分の頭の中にあった「面白可笑しく喋っている自分」がダメすぎな状態だったのだ。
う〜む、難しいなぁ。

その収録後に生放送のラジオに出演したのですが、そっちは何の問題もなく終わることが出来た。
でも、考えてみればラジオの出演を始めた当初も、毎日自問自答の個人ミーティング個人反省会だったハズ。あぁぁぁ今日の放送ダメだったぁぁぁと落ち込み、ラジオを聞いていた友人に電話をして感想を聞くと「今日、いつもより面白かったよ」などと思っていた感想とは逆の意見を貰ったりもしていた。
この先、テレビに出ることが増えるのかどうかは不明ですが、この先進化して行きたいと思う所存であります。
番組は2009年2月25日(水)「特報!4時ら(SBSテレビ)」でやんす。

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2009年2月 2日 (月)

地味な偶然・しぐれ煮にしてぇ

今年の目標は、毎日キチンとブログの更新をする事です。


と年頭に考えていたけれど、それを書かなくて良かった、と現在思っている次第であります。
しかし色々と裏で細かい作業やら企画やらを続けています。実に地味に。
そんな中、同時進行でビデオ録画した物をDVDに変換するという作業を淡々とやっている。作業と言っても、ビデオをDVDレコーダーのHDに録画するセットをして、その後は音声を絞ってそのまま約2時間放置。テープが終了した所で内容をザッと見て、それをDVDに保存してHD内の映像を消去、という作業の繰り返し。(index作りは慌てずゆっくりとやる予定、あくまでも予定)
だから、2時間に数分づつ休憩が入る状態で、本来の作業には支障はないレベルで1日3〜4本づつDVD化している。
もっとも、仕事に集中出来ない時、煮詰まった時にそのビデオを見てしまったりするのだけど、そんな中、時々ビデオと現在がシンクロする事もある。

先日、緒形拳さんが死去したニュースが流れた直後にインデックスに何も書いていないビデオをチェックしたのですがが、その中には数年前にNHKアーカイブスとして放送した1965年の紅白歌合戦があって、審査員として若々しい緒形拳さんが出ていて、ついでに去年亡くなった日野てる子さんも初出場だったりして、時代の流れを痛感したりするのだ(これは自分がリアルタイムで見ていた映像ではないんですが)。

先日見た物では、1987年当時のビデオで「歌のトップテン」に立花理佐がランクインしていて「君はどんとくらい」を歌っていた。そのバックダンサーとしてプレスリーとサミーデイビスJr.のマスクを付けた二人がコミカルに踊っていた。その太った方、プレスリーの中に入っているのは若き日の石塚英彦、というのはよく本人がネタにしている。
石塚は1962年2月生まれなので、この時点では25歳かぁなどと思いながら「ほほう、結構キレのある踊りが出来るんだ」と感心して見ていた。
で、そのビデオを止めてテレビに切り替えた時、その画面に現れたのが偶然にも現在の石塚、しかも怖ろしい偶然でギャグとしてその「君はどんとくらい」のサビ部分のダンスをしておどけていたのだ。
いや、凄い偶然。

細かい偶然では1987年6月28日「夜のヒットスタジオ」に出演しているチャゲ&飛鳥が「しばらく休止すると言う事からファンの間で解散するというウワサが出て騒動になっている」という噂話を打ち消している。なんか最近も聞いた話題だなぁ。
数日前の「笑っていいとも」で「いちご大福が登場したのは何年?」という話題をやっていたんだけど、その翌日に偶然見た1988年1月21日の「ザ・ベストテン」では徹子さんが「近頃いちご大福って物が登場したんですが」と話題にして(いちご大福の初登場は1987年の暮れで東京の一不二が考案発売して実用新案登録164058号を取得しているが、他にも何店か元祖を名乗る店がある)、コタツのセットで歌い終わった歌手に出していた。

そんなこんなで現在、1987〜1989年辺りのビデオを処理しているんだけど、徐々に世間がバブルに突入しているというのを映像からヒシヒシと感じる。
ファッションがどんどん重厚になり、スーツなのかアメフトのプロテクターなのか解らないほど肩がこんもりし、女性の眉毛は太くなり、セットも豪華になっていく。
テレビ局も金があるのか、夏の特番と称して当時の売れっ子歌手10数人をハワイに連れて行き1週間もかけて「アイドル軍団珍道中」というロケ番組を制作していたり、もう湯水のように金を使っている。
夜のヒットスタジオも、1988年2月3日の放送分は出演歌手を全員ロンドンまで運び、衛星生中継をしている。しかもこの番組が世界初の長時間衛星ステレオ生中継放送。出演歌手は郷ひろみ・田原俊彦・中森明菜・小泉今日子・河合奈保子・八代亜紀・アルフィー。地元歌手としてDEAD OR ALIVE、BANANA RAMA、PET SHOP BOYSなども出演している。
ついでに言うと、日本の通常放送の音楽番組で初の衛星生中継をやったのは1984年4月16日の夜のヒットスタジオ。この時もロンドンからの中継でTHE MODSが川沿いでバリバリのパンクス達(当然仕込み)に囲まれて「バラッドをお前に」を唄っている。(これも録画ビデオから拾った雑学)

でも業界に勢いがあった時代なんだなというのも「ザ・ベストテン」なんかの中継を見ていても感じる。
「ザ・ベストテン」は時々『○○○回記念』として地方イベントを開催していたが、番組の性質上、出演者は流動的でそのスケジュールを抑えるのは大変だと思う。
そんな中、1987年10月1日に仙台で開催された「500回記念」では、TUBE・工藤静香・浅香唯・本田美奈子・とんねるず・近藤真彦・徳永英明・光GENJIという、当時おそらくメチャ忙しかったメンツを全員仙台に呼び寄せて野外ステージで生放送を行っている。
さらに、番組途中で「今週の11〜20位」を紹介する中、そこにランキングされた仁藤優子・池田聡・芳本美代子・清水宏次朗・瀬川瑛子が仙台各地の名所から中継で出演している。
たぶん、この放送日にランキングされていそうな歌手のスケジュールを前々から全部抑えており、11〜20位で登場した歌手もどうなるか解らないけどブッキングしていたのではないかと言う感じなのだ。とにもかくにも金がかかってる。

ついでに見つけた「そんなのあり?」という物では、1989年5月「夜のヒットスタジオ」にCHA-CHA(勝俣州和が在籍していた事でよくネタにされますが)が出演してオープニングのメドレーも歌っているのだけど、いざ歌の段になって衝撃的な事を言われるのだ。
「時間の関係で今回は歌は無しって事でお願いします。またいつか歌ってもらいますので」
夜のヒットスタジオってそんなに自由だっけ?
半アイドル半お笑いだったCHA-CHA的には美味しい扱いだったとは思うが。
記憶では1985年、阪神タイガースの優勝がかかっていた頃だと思ったけど、スタジオに歌手が勢揃いしてただひたすら野球中継を見て、ほとんどの歌手が歌えずに終わった回もあった。

掘り出し物ネタでは、1980年代中期に片桐はいりが出てくるCMがあったんですが、そのCMの中で片桐はいりに凄まれて怯えている気の弱そうな男性の顔をよく見ると、若き日の温水洋一だった。この時代まだ髪の毛が多く(それでも予兆はある)今のキャラにはなっておらず、年代から劇団「大人計画」に在籍し始めた頃なのか、それ以前なのか無名時代なのだ。
そんな感じに、あまりにも細かくて後々語られないような部分のネタや、当時はまだネタ的な意味合いが無かった物を、手元に取り残しッ放しになっていた大量のビデオから細かく細かく拾い出す作業もしている。
それなりに自分は記憶力があると思っていたけれど、一瞬で消えた歌手などが「あれ?この人って1985年だったんだ」とかの時間的ズレがあったり、記憶の混乱を軌道修正している。
あと、当時さほど興味無かった島田奈美を見て「こんなに可愛かったけ?」と20年の時を経て「かわゆすな〜」と思ったりしている。ってコレは趣味が変わったと言う事かな?
他に掘り出し物では、1989年に「いかすバンド天国」に続いて放送されていた「平成名物TV・トンガリ編」という番組で勝ち抜きお笑い合戦みたいなコーナーがあり、そこに結成してまだ2ヶ月という「バカルディ」が出演していた。三村が異常に痩せていて気持ち悪い。でも、当時からシュールで面白い。

ビデオをDVD化するという作業は1台目のDVDプレイヤーを購入した2002年からジワジワと始めているんですが、その当時、芸能ニュースでは若貴の兄弟ゲンカから始まり、花田家の崩壊が話題となっていて、ちょうど藤島親方とおかみさんが不倫疑惑がどうしたこうしたのドロドロ泥沼に入っていたんですが……。
1985年5月29日放送の「夜のヒットスタジオ」では、特集は若島津関(現.松ヶ根親方)と結婚する事で引退を表明した高田みづえの最後の出演が録画されていた。
そこで数曲歌ったのですが、その後で先輩おかみさんとして藤島親方のおかみさん・花田憲子さんから「おかみさんになるための結婚心得」という物が届けられた。
憲子さんは女優出身という事もあって、時々マスコミに出る事があり、良くできたおかみ代表だったのだろうけれど、そこに書かれていた至極ごもっともな心得の中に「ケンカしても翌日まで持ち越さないこと」という一文があって、「それはキミのことやろ!」と17年越しの突っ込みをしてしまったのだ。

そんなワケで、もしかしたら全く無意味かもしれないが、25年以上に渡ってただひたすら録画してきたビデオ(音楽95%)の中にある些末すぎる事例の蓄積が、いつか自分にとって何かの役に立つように、と願っている。
あ、ラジオのうんちく劇場で「ザ・ベストテン最終回」とかの音楽ネタも扱ったので、すでに役に立っているかも知れない。
とにかく、個人的興味だけで録画していた物が気が付いたらとんでもない映像ライブラリーになっていたのだ。

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2009年2月 1日 (日)

ごめんなさい、ダビング出来ません。

「大量の音楽番組を録画したビデオがあって」という話題を以前から、何度も書いている。


10年経過、20年経過、最も古い物では27年経過しているんですが、それらを見直した時に、リアルタイムでは気が付かなかった発見があるので、それをネタとして書いている。
もちろん、基本的な部分では「純粋に音楽が好きなので」という部分、そしてもっと昔のビデオなんかが無かった時代のラジオを録音する「エアチェック」の延長線なのだ。
でもって、こういう事をブログなどで書くとそれに関してメールを時々貰う。
いわゆる「○○のビデオを貸して下さい」「○○のビデオをダビングして下さい」という物。
個人的には見たい人にはそれを見せてあげたいとは思うんだけど、残念な事に法的な部分でそれは違法になってしまうので、お断りしている。
いや、そう言うメールをくれる方の気持ちも凄く解るんですが、とりあえず自分も物を制作するする端くれ、メディアに荷担している人間なので(とりあえずラジオでレギュラー持っています)、その辺はちゃんとしなくちゃいけない立場にあるのだ。
「杓子定規で嫌なヤツ」と思われるかも知れないけれど、勘弁してほしいのです。

多くの方が事情を説明するメールを送ると「そうですか残念です」と納得してくれるのですが、中にはいきなり怒髪天を衝くような状態になってしまう人もいる。
今から数年前に「BS NHKで1995年前後に放送されていた『IDOL ON STAGE』という番組を録画してある」という話題を書いた事がある。
ジャニーズ関係がかなり入り込んでいた番組なので(出演者は男女アイドル半々だったが、男性アイドルは基本的にジャニーズばかり)、そっち方面の人にとっては要チェック番組だったと思う。
で、ひとりの女性からメールを貰い、上記の理由でお断りをしたんですが、凄い勢いで返信が来た。
「そんな歴史的価値のあるビデオをあなたが独占しているのは不公平です」という文面から始まり、「自分だけが見られるからってそれを自慢げに書いて」とか、明らかに入力している内にテンション上がってしまった感じで、最終的には「あなたは自分さえ良ければいいのですか。人間として間違っていると思います」となんか知らないけど、異常な勢いで批判されてしまったのだ。
うむむむ。

他にはアイドル関連の映像を集めている人から貰ったメールでは
「現在私は以下のリストのビデオを所有しているのですが、まだそれぞれの歌手の映像をコンプリート出来ていません。アナタがもっている映像をダビングしてください」と、いきなりそれ以下に何十人という80〜90年代アイドルの名前と大量の曲名などがズラーーーーーーーーッと書かれた、何100行にも渡るメールをいきなり貰った事もある。
なにが悲しくて、そのリストをチェックして、そこに書かれていない曲目を探し出してダビングせにゃいかんのだ?と、無視をしてしまった。
その後、もう一回全く同じ文面のメールが送られてきたけど、おそらく音楽番組を録画しているとかって事をブログなどに書いた人にやたらめったらに送りつけているんじゃないかと。

確かに、そーゆー感じに求めている人がいるのは理解している。自分だってタイマーセットを失敗して見逃してしまった音楽番組を見たいと思うのも何度も経験している。
でも、個人的には「一期一会」見逃したら二度と見ることが出来ないので録画しているという部分でいるので、それ以上求めない事にしている。自分がそこで見た、記録したというのも録画ビデオには意味があるんじゃないかと思っている。いや、面倒臭いヤツで御免。
今は排除されたと思うけれど、以前はヤフオクなんかでも『夜のヒットスタジオの録画DVD』などを販売している人がいた。
現在もあるのを見つけてしまったけれど、日付・歌手名・曲名・番組名がずらっとリスト化されているサイトがあって「このリストの曲、10曲を○○○円でDVDにダビングして販売します」とか書いている処もある。

色々難しい部分もあるけれど、自分の中では「ごめんなさい、ダビングできません」という感じなのです。ご了承下さいませ。

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2009年1月29日 (木)

エリカ様のステイタス

ちょっと前だけど、テレビで沢尻エリカの結婚式の話題をやっていた。
ワイドショーだけでなく、ニュース番組でもちょっとその結婚式に触れていた。


でもなんか「そこまで大騒ぎする事か?」と思ってしまったのだが、この違和感はなんだろうか。その手の番組の中でやたらと沢尻エリカを持ち上げていたんだけれど、いつの間に沢尻エリカってそんなステイタスの人になったんだっけ?
例の映画のイベントで突拍子もない恰好をしてインタビューに始終不機嫌に答える以前は、普通に女優をやっていてそれなりのヒット作が数本あって、若い女子に支持されて……、ぐらいの同世代の女優の中ではちょっと前に出ているかな? ぐらいだったハズなのに。

あの「別に?」事件で謹慎→涙の謝罪会見→マスコミに出ない→高城剛と交際していて、なんだか仕事しているんだかしていないんだか、という展開の中、普通の人はそんなに興味ないんじゃないの? って感じなのに、ことある事にマスコミが追いかけ回して、いつの間にか「稀少存在」的にありがたがるようになってステイタスが上がってしまったのか? もっとも「ことある事」ってのがほとんど、成田から出たり入ったりする事レベルだけど。
あの事件以降、沢尻エリカってこれと言った仕事をした記憶が無いけど(CMに数本出ていたぐらい?)、どんどん有難味が増している。って有り難がっているのはマスコミばかりの気もするけど。

自分にはよく解らない。この有り難がる感覚が。
例えば、何故なのか解らないけど藤原紀香って変に芸能界的にヨイショされて、一段高いステイタスを持ち得ているんだけど、気が付いたら有り難がる存在になっていたような気がする。
それが、さらに陣内智則と結婚した事により、陣内が番組で「ランクの違う嫁」というニュアンスでイジられる事によって、よく解らない有難味が出てきている。

なぜその位置にいる? という存在では川島なお美って人もいる。
基本ベースは青学二部に在学中に文化放送「ミスキャンパスDJ」で登場し、在学中にカンニング事件を起こし、その後お笑いマンガ道場に出ていた人という立ち位置だったハズ。(ネットでは圧倒的人気みたいに語られるけど、極一部にファンがいたレベルだったと思う)
その後は徐々に仕事がなくなり、1993年にヘアヌード写真集を出して「あぁそういう凋落コースまっしぐらなのね」という感じだったのが、ドラマ「失楽園」で一気にブレイクして、そこからは何故か常に他の人より一段上に立っている感じのキャラとして居座り続ける。
最初の内はギャグでやっているのだと思っていたのだが、どうも本気らしいので、その立ち位置もよく解らない。
川島なお美の主演したドラマ「失楽園」は1997年7月から放送が始まっているんですが、その一ヶ月前の1997年6月1日に自分は当時ネット上でやっていた知泉的悪魔の辞典『現代用語の基礎的ではない知識:略称げんきない』ではこんな事を書いている。

【川島なお美】 かわしまなおみ(1997.06.01記載)
1.1980年代前期「ミスキャンパスDJ」と言う、ちゃら女子大生がやっていたラジオ番組から有名になった、元祖女子大生タレント(本当は元祖じゃないけど)。女子大生を売りにしていた為に、あの当時、試験でカンニングをして見つかったと言う事が芸能ニュースネタになってしまった。
2.女子大生という肩書きがとれて、ただのタレントになった後は細々と「まだ芸能界にしがみついていたの?」とか言われつつも、「お笑い漫画道場」などのレギュラーをしつつ10年以上活動。
3.最後の切り札!と、ブームに乗って「ヘアヌード」を披露。何故か返り咲いてしまう。
4.彼女の夢は国際派女優。ロバート・デ・ニーロが映画のプロモーションで来日した時に、ホテルに例のヘアヌード写真集を送りつけた。これを見て『彼が次に作る映画に起用してもらえれば・・・』と考えたらしい。あるパーティで周囲の制止を振り切って、無理矢理デ・ニーロに青山学院仕込みのたどたどしい英語で写真集の感想を聞いた「あたしってどうですか?」デ・ニーロは一言「君はコールガールか?」

【川島なお美】 かわしまなおみ(1997.7.25記載)
5.念願の注目度の高い大きな仕事「失楽園」のTVシリーズに主演。
6.ベッドシーンなど裸のシーンが多い事を考えると、なるほどこの辺の役を狙っていたのか。などと感心をしてしまったりする。

【川島なお美】 かわしまなおみ(1998.03.01記載)
7.その後、なぜか自分が大女優だと錯覚している様な発言をする様になるが、世間一般はそうは思っておらず、そのギャップが笑いを誘うキャラクターに成長。
8.名言としては「私の体の中には赤ワインが流れているの。もし事故で輸血が必要な時はワインを輸血して欲しい」
9.トーク番組「おしゃれ関係」に出演した時、会場からの質問で「僕はお笑い漫画道場の頃からのファンなんですけど」と言う言葉に、ムッとした反応を示した。どうやら大女優の彼女の中ではあの番組の事は禁句になっているらしい。

うーむ、まさかそこから10年「ずっと川島なお美は何故かその立ち位置からブレない」なぜだ?
(ロバート・デ・ニーロに関する話の真偽はハッキリしないけれど、当時そんな話題がよく交わされていた)

そんなこんなで、なぜかステイタスの上がってしまったエリカ様はこの先ずっとあんな感じなんですかね? 
ちなみに高城剛の凄さも全然理解出来ていないんですが。

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2008年11月30日 (日)

クイズ番組の裏取り

時々、テレビ局から雑学がらみで問い合わせ電話がある。


先日は『笑っていいとも』からの連絡で、かつて自分が書いたとある統計系雑学に関しての問い合わせで、そのネタの出典は何か? という物だった。
さて困った。
ここ1・2年の間に調べた物などは「雑学の人」としてやっていく決意後なので、なるべく出典などを後からでも書けるようにメモしているのだが、その問い合わせ雑学に関しては古すぎていまいちハッキリしていないのだ。
なんせメルマガはすでに9年前から、「知泉」というサイトは今年の3月で10年突破している。
その頃は、ただの雑学好きな一般人で、何の覚悟もなく、ただ「おもしれー」で書いていたので、かなり無責任な所もあったのだ。

ついでに言えば、雑学はインターネット以前のパソコン通信時代(1992年〜)からダラダラと友人の草の根ネット(個人が運営しているパソコン通信のホスト)を中心に始めているので、すでにネット上で15年以上に渡って雑学などを書き殴っているという事になるのだ。
今思い出すと「適当な事を書き散らしちゃっていて御免よぉ」という感じでもある。
いわゆる雑学本なんかに書かれている物を「これおもしれー」という判断基準だけで自分なりに要約して書いていた。ま、素人が浅はかな考えでやっているレベルだったワケっす。後からそれが間違いだと気付く物も多々あり、それらはその都度修正してきたことで今に至っている。だから初期のまま、間違えている物も多々あるんだろうなぁ。

で、その『笑っていいとも』の問い合わせだった雑学は、メルマガ初期に書いた物を基準としていたので、果たしてその書籍はなんだったか……、と困ってしまったのだ。
なんとなく記憶の中で「早川書房の本」というのと、その記事が掲載されていたページレイアウト。そして表紙の大雑把なデザインは思い出せているのだが、正しいタイトルや作者名が思い出せないのだ(ビジュアル的な記憶は結構残っているけど、曖昧なのが難点)。
その記事を書いた時に、文字数を詰める意味で、あのデータとあのデータは意図的に端折った。さらに別の資料からも補足する為にあれを書き加えた。というのまで、うっすらとアタマにその時のビジュアルが出てきているのだが、そこから記憶は奥へ進むことが出来ない。

という所で、先方からなるべく早く返事が欲しいと言われていたので、数時間後にタイムアップで「こんな感じだったんですが」と連絡をして終わった。
それから2週間ほどして、水曜日に放送している『メイクダウト』という「クイズの問題と答えを手渡され、即座にそれを3択問題にして出題する」コーナーで、自分に問い合わせのあった雑学らしきタイトルがそこに表示されていた。
その週はその問題の指名はなく、翌週にそれが繰り越されて出題された。

それを見て、そうかそうか、と思ったのは、そこで出題される他の問題にも自分が書いた覚えのある雑学がいくつか含まれていたという事。(絶対自分のを使っているなんて高慢な事は申しませんが)
おそらく、番組スタッフがネットなどで雑学などを拾ってきて、自分たちで裏取り出来る物は「問題無し」として出題して、裏取りが出来ない雑学に関してはそれを書いた人などに尋ねるという方式を採っているからではないかと。

テレビの中では未だに『雑学』的なクイズ番組が多くあるけれど、その看板を掲げているテレビ朝日の『雑学王』もかなり主旨が変わってしまった。
番組前半は、ひたすら難読漢字を読むだけのコーナーが続き、途中は正しい漢字変換はどれ?なんてコーナーだったり、もう「雑学」でもなんでもない。
『雑学王2時間SP』なんて1時間以上がこの漢字の読みや変換などで、番組タイトルの『雑学』は通常1時間番組と同じぐらいしかなかった。
なんか、同じテレ朝の『Q様!』で展開されているお勉強の復習クイズと差別化出来ていない感じがする。

そんでもって、なんか変だよなぁと思ってしまうのが、それでもこの手のクイズ番組が好きなのでついつい見てしまうんだけど「ここでしか見ないタレント」というのも、どうっすかね?と思ってしまう。
以前だったら「京大出身・辰巳琢郎」とか「東大出身・菊川怜」とかが出身大学で「おぉ」と驚かれていたんだけど、最近は異常に「東大出身タレント」「京大出身タレント」が多い。さらに現役だとか、大学院在学中だとかもチラホラと。もうありがたみが全然無いのだ。
で、それらの人々がイマイチ他で何をしている人なのかよく解らない。でもって、意外と大した問題も応えることが出来ていないという事実。(高学歴なのに馬鹿、というのもポイントなのかも知れないけど)
なんか、高学歴大学に通学中でちょっと見栄えがいい人を、クイズ番組要員として事務所がスカウトしてくるんじゃないか?とか思ってしまうのだ(おそらくモデルとか別の所で仕事しているんだろうけど)

そう言う感じで、ただ勉強的クイズ番組は淘汰されて欲しいと思うのだ。
(漢字読み取りクイズとかは、スタッフが問題の裏取りをしなくて済むって利点はあるんだろうけど)

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2008年8月12日 (火)

オリンピック

ぼーっとネットでオリンピックについて書き込んである掲示板を見ていた。


いやはや、好き勝手書いているなぁ、まぁそれがネットという所なのだ。と思いつつ、負けた選手を必死に叩いている人々の書き込みを見ていた。
銅メダルをとった選手にさえ強烈なバッシングが飛び交っている。
おいおい、世界で3番目だぞ、それのどこがダメだっつーんだ!と、あんまりスポーツの勝ち負けには興味ないクセに、ちょっぴり無責任な書き込みにイラついてもみたりする(じゃ見なければいいって話なのだが)。
きっと、出場断念した野口みずき辺りへのバッシングも凄いんだろうねぇ。

逆に言うと、そこまで熱く書き込める人の情熱というかテンションのあがり方って尊敬します。なんか、基本的に「勝ち負け」という物が魂の中に存在していない人なので。
そんな感じで日本でもネットバッシングが熱いわけですが、それが現地中国ではもっと凄い事になっているらしい。
陸上男子110m障害に出場予定だった劉翔選手が1次予選直前に棄権したという事で、ネット内では怒濤の嵐が巻き起こったと言われている。
なんせ中国は世界一とも言われるネット大国(利用%は世界一ではないけど、利用者は世界一多い)、単純計算でも日本の10倍のバッシングが吹き荒れるのだ。さらに最近よく話題になる中国人の感情を爆発させて相手にぶつけてくる激情型の部分。これらが渾然一体となって吹き荒れたらとんでもない事になるだろうなぁ。

でも「中国だから」じゃなく、これは世界的な傾向みたいなので、この先何をやるにしても「ネットでのバッシングに耐えうる精神力の鍛え方」というのが、すべての人の課題になっていくんだろうなぁ。

あと、オリンピックがらみを掲示板でざっと見ていてよく見かけたのが「テレビがオリンピックばかりでつまらない」「おかげでTSUTAYAが大混雑だったぜ」という趣旨の物。
たしかに、在京キー局はほとんどスポーツという事もある。ここまで凄い事になってしまったかという感じ。
そういえば昔は民放1局が放送権を高値で買い取り、独占放送していた事もあったなぁと思い出したりする。

しかし、そこで必死に書き込んでいる人々に一言言いたい。

「テレビを見る以外の時間の過ごし方無いのか!」

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2008年7月 2日 (水)

鏡文字

今、テレビ的には「カントリー娘」出身の里田まいが「おバカ」の冠で仕事をしているが、その流れでその所属するハロープロダクションのメンバーもクイズ番組では「おバカポジション」を与えられている感じなのだ。
出す曲、出す曲、大ヒットだったモーニング娘。関連もここまで落ちたか…という感じでもありますが。


美優伝(びゆうでん)、向かって右が岡田さん
200807011その中で、先日ロンブーが司会で年に2回程放送する「一攫千金ヤマワケ」という番組に、ハロプロ(美勇伝)の岡田唯という人が出ていた。
この辺りになるとほとんど曲も聞いた事無いし、顔もなんかTVガイド辺りでチラっと見た事あるかもしれないレベルなのだ。
で、やはり「バカで何も知らないチャラチャラした女子」的な意味合いで出ていたのだが、そこで誰も想像できないほどのファンタジスタ的な解答をしてのけた。

問題は忘れたが、彼女はそこで誤答をして「え〜地球だと思ったのに」と語った。が、その時モニターには彼女がひらがなで書いた『さきゅう』という文字が表示されていた。
みんな驚くというより引く....。誤答という以前に「ち」と「さ」を書き間違えたのだ。
司会だったロンブー敦もその部分に触れることは触れたが、深くまでつっこめずに次の問題へ移っていった。

美優伝(びゆうでん)、向かって右が岡田さん
200807013おそらく、この場面を見た家庭では「里田のバカ解答までは笑って楽しめるが、ここまで行ってしまうと笑うに笑えないぞ」と言うことになっていたかも知れない。
しかし、実はその前の問題の時点でこの岡田唯さんはその「ち→さ」誤答の伏線を出していた。
「本当は左利きだったのに子供の頃右利きで習字をさせられて...」みたいな事を言っているのだ。

実は「ち」を「さ」と書いてしまうのは、いわゆる鏡文字という物で、特にこの2文字のように裏返しても別の字になってしまう文字は子供は間違え易いのですが…。
そして左利きの人も間違えて覚えやすく、さらに子供の頃に左利きを無理に右利きに矯正すると鏡文字を書いてしまうという症例がある。これは脳の中で図形認識が混乱を起こすからだとされているのだ。
だから単純に「おバカすぎて平仮名すらちゃんと書けない」という問題ではない。

鏡文字で有名な人にレオナルド・ダ・ヴィンチがいますが、よく「研究を盗まれないようにワザと鏡文字で文章を書いた」とされていますが、どうやらダ・ヴィンチは左利きで、意識せずに鏡文字を書けたのではないかとされている。
現代の有名人ではトム・クルーズが左利きで、矯正によって右利きで文字を書くようにしているが、そのせいなのか文字が鏡文字に見えてしまうことから、台本を読む専用のスタッフを雇っているそうです。

そんな意味で、そんな鏡文字を書いてしまう彼女に幸あれ。
(鏡文字に見えてしまうので学習困難になりやすいとも聞いたことがある)

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2008年2月14日 (木)

市川崑監督死去

市川崑監督が亡くなった。
92歳という事で、現在では極端に高齢というワケではないのかも知れませんが、大往生です。


自分の世代で市川崑監督というと、「犬神家の一族」に始まる金田一耕助シリーズですか。
ちょうど自分は中学校ぐらいで、それまで推理小説と言えば小学校の頃に図書館で読みふけったシャーロック・ホームズ、アルセーヌ・ルパンというポプラ社系の物や、子供向けに書かれた物。あるいは江戸川乱歩の作品をなんとか読んでいたぐらいだったので、「犬神家の一族」に始まるブームの最中に角川書店から出ていた横溝正史作品は衝撃的でした。
市川崑監督作品のわかりやすさと、観客を引き込む技術は、変なお芸術映画で気取っている連中とは違う「映画は庶民の娯楽なのだ」という感じで好きでした。

で、久々に思い出したのが「市川崑って名前、打ち間違いしやすよなぁ」という事で、さっとGoogle検索してみると
市川崑 233000件
市川昆 150000件
市川箟 419件
ネット検索の時に「市川昆」と入力すると、丁寧にも「もしかして: 市川崑」なんて事も聞かれちゃうワケですが。
とりあえず自分は「市川崑」という漢字表記を単語登録してあるので問題ないのですが、かつて使っていたワープロは変換してくれない文字で、それらを探すのは取説についてきた文字コード表で探すという時代だったのでとんでもなく苦労した憶えがあります。

DVD販売しているサイトでも「金田一耕助の事件匣 市川昆×石坂浩二 金田一耕助シリーズ 劇場版BOX <初回限定生産> 」なんて、もしかしたら自分が知っている監督とは別の人が監督した作品かもしれない、ドキドキ…。
さらに、紀伊国屋BookWebでも「・市川昆(監)・石原裕次郎(演) 」なんて表記があるわけでやんす。
上記の検索結果の中には、今回の文章のように「市川昆っていう間違い多いよな」とネタにしている処も多いので、実際にはもっと少ないと思うわけですが。

市川崑の雑学

市川崑といえば自分の中ではやはり「犬神家の一族」のイメージが強い。で、市川作品に多く出演している岸恵子は社交的な性格で、あちこちで今撮影している作品は…と宣伝活動をしてまわっていたが、「犬神家の一族」出演の際、あちこちでストーリーを事細かに喋り倒し「で、犯人役をやっている●●●さんが」と触れ回っており、スタッフからは嫌われていた。

と言いつつ、その「犬神家の一族」の公開時のパンフレットにの中には、ご丁寧なことに犯人の犯行場面の写真がそのまんま掲載されていた。映画館に入ってパンフレットを購入し、上演時間前にパンフレットを開いてしまった人は…。

市川崑監督の『東京オリンピック』は、世界中で話題になったが、日本の一部では「日本人選手の活躍が少なすぎるのに、黒人選手のシーンが多すぎる」と編集し直す事を訴える人々もいた。

東京オリンピックの担当大臣は河野一郎で「記録性に欠ける」と批判的だった。ちなみに河野一郎は戦前に予定されていた「東京オリンピック(1940)」を中止させた人物の1人でもある。

「東京オリンピック」はもともと黒澤明に依頼されていた仕事だったが、色々あって市川崑が代役として制作した物。

市川崑は2歳の赤ちゃんが主演の映画『私は二歳(1962)』を撮っている。2歳の赤ちゃんの視線から社会を見た作品で、アジア映画祭監督賞を受賞。
この映画のスポンサーは森永で、画面の目立つ場所に森永の粉ミルクの缶が写り込んだり、ベランダから落ちた子供を助ける森永牛乳配達員のお兄さんはヒーロー扱いだったりする。
主役の赤ちゃんは森永乳業のオーディションで3200人の中から選ばれた子(鈴木博雄ちゃん)で、映画の主役とテレビCM出演(CM出演の方は確認できていませんが)。
森永乳業というと1955年にヒ素ミルク事件を起こしており、イメージアップのために頑張っている感じしてしまう。原作は小児科医の松田道雄が書いた「私は赤ちゃん」と「私は二歳」で森永乳業は関係していない。

島崎藤村の没後19年、市川崑監督が『破戒』を映画化している。この時ヒロイン「おしほ」を演じた女優は、ヒロインの名前と島崎藤村の名前から「藤村志保」と言う芸名を付けている。

市川崑の『青春銭形平次(1953)』は、天晴れ一番手柄というサブタイトルでまだ新米時代の話。ガラッ八に「平次さん」と呼ばれ「親分と呼べ」と訂正している。後に夫婦になるお静は豆腐屋の娘で互いに気がありながら顔を合わせるとケンカばかりという間柄。笹野の旦那に「おい仕事だぜ」と呼び出され平次とガラッ八が大急ぎで駆けつけると畳替えだったり…。この設定で、連ドラとか作っても面白そうなのだ。
で、この話の中で投げ銭を考案しているのだが、勿体ないという事で銭にゴム紐をつけ、投げてももどってくる工夫をしている。江戸時代にゴム紐という事には誰も突っ込まず。

市川崑監督辺りになると、映画にそんなに詳しくない自分でも何作も見ている。そーゆー意味で凄く庶民向けの作品を(でも技術的にも凄い)作っていたって事なんだよなぁ。
ありがとうございました市川崑監督。
監督の作品は永遠に人々に愛され続けることでしょう。御苦労様でした。

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2007年12月30日 (日)

イカ天復活祭2007

やっぱりレコード大賞は大晦日じゃないと盛り上がらないよなぁと思ったりするワケであります。


2007123001大晦日、とりあえず夕方までにやるべき事は全部やり終えて、あるいは夕方大掃除のやり残しをガタガタしながら、台所ではおせちの準備が最終段階に入っている中、あぁ今年もいよいよ終わりだ、とテレビを付けると「輝け!レコード大賞」なんてのが始まっていて、それをぼーっと見始め、それが終わったらチャンネルをNHKに変えて紅白歌合戦を見始める。
そんでもって冒頭に歌手一同が客席を通ってステージに勢揃いする際に「やっぱりレコード大賞を取ったあの歌手はまだNHKホールに間に合ってないんだ」などと言いながら過ごす。ってのが王道なのだ。

実際には紅白歌合戦が長時間になった事で開始時間が早まり、大幅に時間が被るって事で、レコード大賞が30日になったのだが、やはり盛り上がらない。
ま、今年の大賞が「コブクロ・蕾」ってのは妥当な線かなぁ。若い層にもある程度の年齢層にも受け入れられた曲だし。

2007123002と言うことで、自分的にはその番組の次にやった「イカ天復活祭2007」という番組の方が大期待だったわけであります。
この番組、昭和が平成になって1ヶ月後の1989年2月11月に始まった番組で「番組のタイトルに『平成』という言葉が付けられた初のレギュラー番組」という雑学にもなっている。
イカ天の正式タイトルは『平成名物TV 三宅裕司のいかすバンド天国』なのだ。
しかし、平成も来年は20年って事で、そんなに昔の話になってしまったのだなぁとしみじみとしちゃったりもするワケでやんす。

FLYNIG KIDS「続いてゆくのかな」
2007123003でもって、現時点では略称「イカ天」ですが、番組当初は三宅裕司が「イカバン天」と語っており、番組特製のイカの形をしたハンテンまで作られた事がある。が、いつしか「イカ天」が正式略称になっていた。
実は自分はこの番組の前番組だった「土曜深夜族」という複数のミュージシャンが出演し、即席バンドを作って色々な曲を演奏する音楽バラエティ番組が好きで毎週録画していたので、いきなり終了しちゃった時に「なんでだよ!ばーろー!」と毒づいたワケですが、新しく始まった「アマチュアバンド合戦」に第1回目から釘付けになっちゃたのです。当然、第1回目からほとんど録画してある。(2年目の途中から仕事が忙しくなってしまい、テープ未整理になったり、当然自宅に帰れると思っていたのに徹夜仕事になって録画できない回が数回あるけど)

GEN「La-La-La」
2007123013初回はどうやってバンドを集めたのか不明ですが、その第1回目放送で演奏途中で赤ランプを付けられたパンクバンドの女性ボーカルがいきなり「ふざけんな!」と生放送中にパンツを脱ぐ(カメラには写らなかった)というハプニングもあったり凄い出だしになった。
(これは今回の番組中に話題として取り上げていた)
もっともその後「第1回目放送でそんなハプニングが起こったことで雑誌にも取り上げられたって、なんかできすぎじゃない?」という噂が流れた事もある。

BEGIN「Beginning」
2007123014当初は「この番組で5週勝ち抜いたらご褒美としてCDを作ってあげる」という事になっていたんだけど、番組が始まった初期に出たバンドが勝ち抜かずともレコード会社に目を付けられてどんどんとプロデビューしていき、その5週勝ち抜きの話もなくなっていった。
その変わり、9月頃に「イカ天レーベル」というインディーズレベールが作られ、原宿の「イカ天マーケット」での販売&通販が始まった。しかしあまりの人気にのちにローソンでも販売するようになったのだ。

ONE NIGHT STANDS「NANPA BOY RHAPSODY」IKA-TEN
2007123011とりあえず自分はその年の秋、東京に行った時にワザワザ原宿へ立ち寄ってCDを購入した過去があるのだ。
普段ならチャラチャラした原宿なんて行きたくないんだけど。
しかも、その時ガール3ピースバンド「NEWS」(ジャニーズのグループじゃないっすよ)がたまたまショップに立ち寄ったのに遭遇して「うひゃー!」と思ってしまった。
あまりにドキドキして、サインをねだることも写真を撮る事も出来なかった。でもムチャかっこ良かったなぁ・・・しみじみ。

スイマーズ「君とスイマーズ」
2007123012番組中に時代として「天安門事件が起こった」というニュース映像が挟み込まれたけれど、天安門事件は1989年6月4日の早朝というか真夜中に起こっているんですが、実はイカ天生放送中にこのニュースが飛び込んできており番組を中断した。

結局、今回の番組は「復活祭」と名付けられているけど、過去のビデオをみて想い出に浸る会だったんですな。


セメントミキサーズ「笑う身体」
2007123016番組放送中の2年の間に、番組スタッフが2回薬関係で逮捕だかされたという記憶がある。スタッフといっても、外部のアマチュアバンドとの仲介をするような人だと思うけど。
あの時、そのニュースを聞いて「今時、ロック=大麻って時代じゃねえだろ」とか思った記憶がある。なんつっても、ロック=不健全の象徴だったミック・ジャガーが毎日早朝ランニングしていたり、ロックミュージシャンにベジタリアンが増えていった時代なのだ。

福田眞澄&SUPER MILK(IKA-TEN)
2007123008あと番組初期の審査員に元一風堂の土屋昌巳がいた。すみれセプテンバーラブでやんす。
で、ある時番組に「この番組の出演者やチャンプになるのには裏での密約があるんじゃないか」というハガキが来た時に初回からレギュラー審査員だった土屋昌巳はマジに目にうっすら涙を浮かべながら「この番組は審査員も真剣に音楽を作り上げるために取り組んでいるんです、そんな裏取引なんてありません。もしそんな物があるのならこの番組の審査員なんて引き受けません」と力強く言い切っていた。
が、その数週後、土屋昌巳の姿は番組から消え、それ以降1度も出演しなくなった・・・・。
この後は、脈略無く思い出した小ネタの羅列

マサ子さん「つちのこ男爵」IKA-TEN
2007123009番組内で赤い衝撃「remote:リモート」を扱っており池田貴族が亡くなった事にも触れて、その後もビデオが流れ、それを見ている今回の出演者がしんみりとした表情をしていましたが、その後に流れた女性バンド「マサ子さん」では大笑いしただけだった。
実は「マサ子さん」のサイドでキーボードを弾きながら歌っていた子も亡くなっている。メインで「変な日だな〜♪」と歌っていたボーカルまゆたんはその後、ソロで「トイレの花子さん」の曲とか「ポンキッキーズ」などの曲を歌っておりました。

人間椅子「人間失格」IKA-TEN
2007123007青い乳首でハイになりましょう!と歌っていた色物バンド「ブラボー」
番組の途中で行われるジャンケン大会でズルをして商品を受け取った事が後で問題になったりしていましたが、番組1周年の武道館に登場した時はボーカル以外はメンバー全部入れ替わっていて、そのメンバーでプロデビューしたりしている。
ある意味、イカ天の色物路線を始めたバンドではあるんだけど、なんか芸能志向が強くてその後なんかバンド解散してタレント活動をしているのを見たことあったけど、なんか痛かった。
現在はダンスインストラクターをしているとの事。

JITTERIN' JINN「Hi-King」
2007123015途中から明らかにアマチュアバンドというより「すでに事務所に所属している」というバンドも登場するようになってくる。
夏頃からイカ天出演バンドを集めたイベントが各地で開催されるようになるんだけど、1回ブッキングミスでまだイカ天に出演していないバンドがイベントにフライング出演してしまった事もある。それは後にプロになった「ジッタリンジン」。出演してからかなり早い段階でプロになっている。

突撃ダンスホール「メリーゴーランド」
2007123010自分が個人的に好きだった初期のバンドは「オレンジ太陽's」「突撃ダンスホール」「宮尾すすむと日本の社長」辺りだった。
しかし、番組で歌った曲がムチャクチャ良すぎて、それ以外の曲をCDで聞いた時にイマイチと感じてしまった。
やはりプロとして通用するのはコンスタントに名曲を作れる人なんだろうなぁと痛感したのだ。
この中で、その後もしばらく活動していたバンドは「突撃ダンスホール」だけだったと思う。

宮尾すすむと日本の社長(IKA-TEN)
2007123004今回の番組では途中でビギンとカブキロックスの氏神一番がゲストとして出てきたけど、ビギンはこの数年、凄く大活躍をしていてボーカル比嘉栄昇なんかは、真夜中のトーク番組「いいはなシーサー」なんかやる所までになっている。
イカ天から今に至るまで変わらない活動をしているって事では、実はカブキロックスもまだ解散せず活動中なのだ。
ついでに氏神一番は日光江戸村でショーのプロデュースを行っている。

たま「さよなら人類」「夕暮れ時のさびしさに」
2007123022「たま」をひさびさに見たんだけど、メンバーの中で一番目立つおかっぱの知久寿焼がバンドを引っ張っていたような気がしたんだけど、キーボードの柳原幼一郎がたまというバンドの色を作っていたんだなぁと改めて思ってしまったのだ。
代表曲「さよなら人類」の作曲も柳原だったけど、「さよなら人生」と同じくCMで使われた「オゾンのダンス」も柳原だったし、しかも5週、すべて柳原は違う楽器だった。1週目「らんちう」でアコーディオン、「さよなら人類」エレピ、「オゾンのダンス」アコギ、「ロシヤのパン」オルガン、「待ち合わせ」よく解らない楽器とチャルメラ、曲の色を決めているのだ。あの頃は単純に面白がっていたので気が付かなかったのだ。
ついでにおかっぱの知久はアノ当時妖怪みたいだという扱いだったんだけど、顔だけ見ると次長課長の井上みたいに結構カッコイイのだ。

マルコシアスバンプ「IN KAZMIDITY」
2007123020イカ天は約2年間放送したけれど、1年目の後半にビギン、たま、マルコシアスバンプあたりが出た辺りで大盛上がりになり、年始に武道館で行ったライブが頂点だったような気がする。
その1年目で大量の出身バンドが出たり、2年目はキングで勝ち抜いている途中で「メジャーデビューが決まってしまったので、キングを辞退する」というバンドも出るようになってきて、もーグチャグチャのバンドバブルが吹き荒れていたわけです。
今考えていると、少しでも早くデビューさせた方が得策だって事で、何週も待っている余裕ないって事だったのかな。

サイバーニュウニュウ「秘密のバス」
20071230052年目に出てくるバンドも、実際は凄くいいバンドも多かったんですがバンドブームが異常に盛り上がってしまい、イカ天の目的がアマチュアバンドの登竜門ではなくなっていた。
すでにプロデビューが決まっているバンドが売名目的で出演したり、テンションが下がってしまったのだ。
そのためなのか、代表するバンドというと「LITTLE CREATURES」「THE BLANKEY JET CITY」「PANIC IN THE ZU:」てな感じでしか紹介されずに足早に終わってしまった。

LITTLE CREATURES「VISITA」
2007123017「LITTLE CREATURES」もライトなジャズテイストバンドで好きだったんだけど、当時高校生だった3人が卒業と同時に留学とかでバンドが解散してバンドブームの最中はほとんど活動しなかった(ミニアルバムを数枚出してますが)
でも今でも思いだしたように活動しているみたいでやんす。
「THE BLANKEY JET CITY」は数年前までバリバリに活動していたんだけど、やるべき事はすべてやり尽くしてしまった感もあり、結局解散してしまった。
残念。

有機生命体「マリリンとウミガメスープ」
2007123006番組中で実はこんな人が!
という事で「FORT BRAGG」のボーカルが後にソロデビューした小野正利だったとか、「砂場」のボーカルが後にモダチョキでデビューする濱田マリだとか紹介していた。
他にも何人か細かく仕事をしている人もいて、一時期タレント活動していたもりばやしみほの「ハイポジ&ハボハマニア」とかもありますな。
でも、最終回の少し前に「GLAY」が出演して赤ランプ付けられたって話はダメなんですかね?

KUSUKUSU「世界が一番幸せな日」
2007123018函館からやってきたバンド「GLAY」は5人組で、メンバーはボーカルTERU&ギターTAKURO 以外は知らない人で(たぶん…)、曲は激しくショボく、途中で赤ランプ付けられていました(この回に出演した10バンドで赤が付いたのは2バンドのみ)。
もっともWikipediaのGLAYの項目を見ると「すでに東京で活動していて事務所の肝いりで番組に出演」と書いてあるんだけど、なんか函館から来たという話で、演奏前の三宅裕司との会話の中でTAKUROは工場勤めをしながらバンド活動をしていて、その工場で募集した標語で優秀賞を取ったなんて話題をしている。
うむ、人に歴史ありなんだろうけど、その時の映像は出してくれるな!って事なんだろうなぁ

THE WEED(IKA-TEN)
2007123019でも2年目はグズグズになってしまったイカ天だったけど、あのフォーマットは充分面白いと思うので、20年時代が経ったイカ天をレギュラー番組として(もちろん深夜枠)やって欲しいと思うのだ。
20年も経っているので、当然「パパがかつてイカ天に出た」なんて2世も登場するんじゃないかと。
もしイカ天が復活するのなら、また作詞作曲しちゃおうかななどと思ったりする年の瀬なのだ。
なんて適当な事を言ったりするのだ。

2007123021
長文になってしまった。

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2007年5月24日 (木)

相本久美子「初夏景色」

000aimo01相本久美子/初夏景色
作詞.阿久悠/作曲.森田公一/編曲.馬飼野俊一
1976年3月21日/¥500
CBSソニー/SOLB-396
ジャケ撮影.篠山紀信


かなり天気が夏めいて来たので、初夏っぽい曲。
この曲はTBSで放送されていた水曜劇場「花吹雪はしご一家」の劇中歌として使われていた曲。
このドラマに相本久美子は次女役として出演していたんですが、ドラマが始まった時は「近藤久美子」という芸名で、色々あって途中から本名の「相本久美子」に変わっている。

000aimo02詳しい話は解らないのですが、このドラマに出る直前までスペースプロという事務所に所属して近藤久美子名義で3枚のシングル盤を出していたワケですが、雑誌の仕事で西城秀樹と共演した事から、芸映プロダクションに移籍する事となっている。
そのお陰で、この水曜劇場「花吹雪はしご一家」に西城秀樹の妹役で出演というビッグチャンスをつかむことになるのだけど、その辺の移籍が絡んで改名したのではないか?という感じなのだ。

よくありがちな話で、一番有名な所では加勢大周事件なんて物がありましたが、芸名を考えたのは事務所なので移籍した後はその名前は使わせない!とか言うパターン。(加勢大周の時は前事務所が登録商標したとか、裁判ざたになっていましたが)
浅香唯なんかも休業後に別の事務所で復帰する際にもめたり(スケバン刑事3は浅香唯名義で出演していたが、再放送時のテレビ欄には何故か本名・川崎亜紀だったり、しばらくYUI名義で歌手活動をしていた)、近年では鈴木あみ(復帰後は鈴木亜美)、松本恵(復帰後は松本莉緒)なんてのもありました。

000aimo03このドラマ「花吹雪はしご一家」に出てくる兄弟がむちゃな設定で、長男・左とん平(当時39)、長女・ビーバー(29)、次男・西城秀樹(22)、次女・相本久美子(18)という感じでした。
(ビーバーは70年代初期に活躍したモコ・ビーバー・オリーブという三人組アイドルの一人。モコは後に高橋基子としてタレント活動、オリーブは後にシリア・ポールという名で歌手デビュー)
1976年当時、若者文化の発信地として吉祥寺が注目されていた事からそこが舞台になっている。その新しく生まれ変わりはじめた街にある昔気質のとび職一家の物語で未亡人の森光子(当時56)が4人の子供を育てながら、店を切り盛りするお話。(左とん平を17歳で生んで、相本久美子を38歳で生んだ計算)

水曜劇場は当時、かなり視聴率がよかった時間帯のドラマで「時間ですよ」「寺内貫太郎一家」「ムー」などなどの名作ドラマが生み出されている。
そこでマスコット的役割の次女役、しかも劇中歌を歌うというのは、もの凄い抜擢だったワケです。
もっとも、このドラマが1976年3月以降の活動というと、ドラマ終了直後の4月から「TVジョッキー(NTV)」のアシスタントを1981年まで務めたってのぐらいしか明確に覚えていないワケですが。
あ、あと笑福亭鶴光師匠の「あぁいぃもっとぉ久美子ぉ」もリビドーの深い部分にインプットされております。

一般的に「秀樹の妹」というと河合奈保子(初代)、石川秀美(二代目)として扱われていますが、オーディションとは関係なく秀樹の妹分の初代はこの相本久美子です。
ちなみに河合奈保子がデビューするキッカケになったコンテストの名前は「秀樹の弟・妹・募集!新人歌手全国オーディション」で男の応募もOKで、その応募者の中には松尾伴内(後にたけし軍団)もいたそうです。

ちょっと卑怯なネタとしては若槻千夏も「ヒデキの妹オーディション」で2001年にデビューしている。
といっても西城秀樹ではなく鈴木任紀(すずきひでき:芸名ウド鈴木.キャイ〜ン)の妹分オーディションでTV初出演を果たしている。

って、毎回、表題のレコードについて殆ど書いていない事に気づくのであった。

水曜劇場の雑学

ドラマで主題歌以外に劇中歌が流れる元祖は、1971年に放送された「時間ですよ2」。

実はこの劇中歌が生まれるキッカケは1970年放送の「こけこっこー!」。このドラマに出演していた、かまやつひろし(当時まだスパイダースは解散していない)がギターを抱えながら会話をする芝居の最中、アドリブで自作曲を口ずさんだこと。

番組放送後に視聴者から「さっき歌った曲のタイトルは?」と問い合わせが相次いだのを見て、演出家の久世光彦が次作「時間ですよ2」の劇中、出演者が屋根の上でいきなり歌い出すという無理なシチュエーションを作り上げた。

そして堺正章「街の灯り」天地真理「水色の恋」浅田美代子「赤い風船」などのヒット曲が生まれた。

今回の相本久美子「初夏景色」が劇中歌になった「花吹雪はしご一家」には、とび職の新人として出演していた白鳥哲が歌う「赤い鼻緒とブルージーン」という曲もあった。

そしてこの番組の音楽を担当していたのは上田正樹とサウス・トゥ・サウス。

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2007年4月12日 (木)

芸能人雑学王最強No.1決定戦

今晩、テレビ朝日で「芸能人雑学王最強No.1決定戦」という番組が放送された。


これは元々テレ朝日曜の7時ぐらいにやっていた番組から発生した物で、最近は年2回ぐらいのペースで行われている。伊集院光・品川祐・東貴博、そして女性では麻木久仁子あたりが上位常連で、雑学的知識を争う番組なのだ。
基本的に雑学野郎の自分はこれが好きで、毎回楽しみにしているんだけど、今回はちょいと複雑な状態で見ていた。

というのも、2月末頃にテレビ朝日より電話があって「知泉という単行本に書いてあった○○○は○○○であるという雑学の裏取りが出来る資料はありますか?」という事を聞かれたのだ。でもって、そのテレ朝の番組制作をしているという男性は「杉村センセイ」などと変な持ち上げ方をするのだ。
ついでに「もしよかったらクイズの後の解答での解説をお願いしたのですが」という事だった。
ちょうどその時、今までの「会社に隠れてなるべくコッソリとやる」というスタンスを辞めて「来た仕事はとにかく受けるのだ!」と決意したタイミングだったので「はいはい、もー喜んで!」という事で承諾したのだ。
以前から何度も「テレビのクイズ番組に」とかの出演に関してのオファーがあったんだけど、テレビに出ることによって色々面倒な事がありそうなので、全部断ってきた。

でも問題は「○○○は○○○」という雑学に関しての明確な文献がどこにあったのか不明になっていた事なのだ。
単行本1巻はすでに4年前、さらにそこに載せた雑学をメルマガで最初に発表したのがさらに数年前だったので、どの本で読んだのかすら不明になっていたのだ。でも確かに確実にそれに関してちゃんとした資料で読んだ記憶があるので、その文献探しが始まった。
ちょうど部屋の大掃除を始めていたので本棚を引っかき回したが、どうにも見つからない。
そこでこの数年利用している数カ所の図書館をハシゴして文献探しの旅が始まった。で、直接の文献ではないけれど、それらしき事が書いてある文献もなんとか見つけ、最初の電話から5日後にテレ朝の指定された番号に電話をした。
で、その電話に出た担当の人はやけに素っ気ない態度で「はぁそうですか、そうですか、はい判りました、はいありがとうございました」と言ったまま、速攻で電話を切ってしまったのだ。
「あの・・・・解説者としての出演は?」とも聞き返すタイミングもなく。
そして月日は流れ、今晩の放送なのだ。当然、自分は出ていない。
う〜む、必死になって資料を探したのだが、そんな物か。

ま、今回のはそれレベルなので良しとしようか。
以前酷かった物では、とある地方ラジオ局のディレクターだかADだかは忘れたけれど、いきなり電話をかけてきて(前著の出版社が電話を教えた)、単行本に書かれている物に関して「もっと詳しい話を聞きたい」という事だった。
とりあえず、それに関しては単行本に書いた時に紙面の関係で削ったネタがメモしてあったので、詳しく解説をしたのだが「覚えきれないのでメールで書いて送って欲しい」との事だった。
文章として書くってのはハッキリ言って「原稿」だよなぁと思いつつ、それらに付いて判りやすいように文章を書いて、指定されたアドレスに送った。
で、しばらく後に返信メールが来たのだが、そこに書いてあったのが
「そのネタだけでは、コーナーとして時間が短すぎるので、関連する雑学を何か教えて欲しい」との事だった。
うぬぬと思いつつ、関連雑学を書いてメールを送った。
で、その後・・・・・・その後・・・・・・何の音沙汰もなく今に至る。
その地方局を聞くことが出来ないので、放送されたのかすら不明。

他にも某TV局(在京局で有名な番組)が「サイトにある雑学を使いたいのですが」と問い合わせて来たので、了承し、ついでにそこに書いていない細い雑学をメールで教えた。
で、その後「ありがとう」のメールも無いまま放送当日になった。
その番組の数分の雑学コーナーは見事に知泉のサイト+メールで教えた雑学のみで構成されて、まったく他に無添加なまま放送された。

4年前に最初の単行本を出し、その後続編を出してから、一時期は頻繁にTV局などから連絡があり、何か次に繋がるんじゃないかとこっちも懇切丁寧に答えて来たんですが、ハッキリ言ってその後「ありがとう」レベルのお礼メールすらほとんど無いんすね。

中には懇切丁寧に雑学の解説を送った後「判りました」とメールが帰ってきたんだけど、そこには驚愕すべき言葉が書いてあった事もある。
「今回教えてもらいました雑学ですが、これをテレビに出て解説してくれるような大学教授のような方を紹介して貰えませんでしょうか?」
なにそれ?

テレビ局ってそんな物なのかなぁ こっちが肩書き無いからってそのレベルの扱いかぁと思ってしまうのだ。

でもって、これまで数多くのテレビ番組から質問のメールを貰い答えてきたのですが、たった1回だけ「では謝礼を振り込む為の口座番号を教えて下さい」と言ってきた番組がある。
それは自分的には下世話なワイドショー的番組なので大嫌いなTBSの「アッコにおまかせ」だったのだ。
もっとも、そこで解説した雑学は番組の構成上なのか紹介されずに終わった(生番組だし、当日新しい芸能ニュースが入ったので、削られたんだと思う)。

やっぱ「肩書き」なんだろうなぁ。今日放送された「芸能人雑学王最強No.1決定戦」で答えを説明している人々のほとんどが「○○大学教授」や専門家だったので。
森羅万象の雑学を研究しているってのは世の中には通用しないのだなぁ。

ついでに番組にツッコミ
「70年代80年代90年代、そして2000年代すべてでオリコン1位を獲得している唯一の歌手は?」という問題。
答えは中島みゆきだったんですが、そこで「サザンあたりを答えてしまいそうなんですが、70年代のヒット曲「勝手にシンドバッド」「いとしのエリー」も実はオリコン1位を獲得していないんですよ」と言っていた。
確かに70年代はそうなんですが「勝手にシンドバッド」はそれから25年経ってオリコン1位を獲得しているので、微妙に正しくない解説なのだ(面倒くさいヤツだなオレ)。
☆サザンの「勝手にシンドバッド」はデビュー25周年記念でシングルを再発した時にオリコン1位を獲得している。これは発売から最も時間をかけて1位になった記録でもある。

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2007年3月10日 (土)

生徒諸君!とナッキーはつむじ風

4月期から内山理名主演で庄司陽子の漫画「生徒諸君!(2007年版)」がドラマ化される。


03_5
で、その番組宣伝のCMが異常に暗くて、学級崩壊がどーのこーのと言っているのだ。
あれ?あの漫画ってそんな内容だっけ?(どうやら続編・教師編のドラマ化らしい)

この漫画「生徒諸君!」のドラマ化は何度かされているんだけど、一部で勘違いされたドラマもある。
漫画(学生時代の話)は1977年に週刊少女フレンドで連載が始まり、1984年に終わっているんだけど、連載から1年目の1978年に榊原郁恵主演で「ナッキーはつむじ風(TBS)」という学園ドラマが始まっている。


06_2主人公は漫画・ドラマ、共にナッキー(漫画は北城尚子、ドラマは星野夏樹)で学園の人気者で運動万能という物(漫画はバスケ部、ドラマはバドミントン部)となっている。
自分も当時の雑誌か何かで「生徒諸君!」のドラマ化がどーこーみたいな記事を読んだ記憶があって「あぁドラマ化に際してタイトルを変えたんだぁ」と思っていた時もあった。
その当時の榊原郁恵のインタビューでも「私、原作漫画のファンなんですよ」という発言もあったという。


08_2でも実際にはまったく関係ない別の物語。
噂の範疇を出ないんだけど、TBSが講談社に対して原作使用料を払いたくないのでパクリと言われなさそうなギリギリの線で制作したなどとも言われている。
とりあえず「ナッキーはつむじ風」と「生徒諸君!」はまったく別物ってのは明確なんだけど、その後、話をむずかしくしてしまう不思議なタイトルのドラマが放送されている。

1987年にフジテレビの月曜ドラマランド枠で伊藤美紀主演で放送された作品のタイトルが当時のテレビ欄に書かれたサブタイトルまで書くと「生徒諸君!ナッキーはつむじ風、双子の転校生に学園はパニック 永遠の名作登場!」という物。
これを見る限りでは、「生徒諸君!」と「ナッキーはつむじ風」は同じ作品みたいな扱いなのだ。しかも榊原郁恵の「ナッキー」はTBSで、これはフジテレビ。
どうなっているのだ?状態。


10とりあえず「ナッキー」の方は榊原郁恵主演で続編として1980年に「愛LOVEナッキー」として学校を卒業後に新聞記者になったドラマが制作されている。
生徒諸君!(1980年版)」の方は、同じ1980年に上田美恵という女優が主演でちゃんと原作通りの作品が制作されている。

フジテレビの月曜ドラマランド版は「原作:庄司陽子」となっていて、双子という設定なのでちゃんと原作物なんだけど、そのサブタイトルの意味は何なんだろうと悩んでしまうのだ。


0000_24ちなみに映画は1984年制作の小泉今日子主演版があります。
パッケージに「KYON2 AS NACKEY」と入っているのは、やはりナッキーというのがキーワードなんですかね。
今回の教師編の漫画表紙も「ナッキー」が全面に出ているし。

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2006年11月23日 (木)

40年ぶりに氷点?

なんやら「氷点が40年ぶりに帰ってきた」とか言っています。


確かに1966年に氷点が放送され大ヒットしたワケですが、少なくとも「氷点2001」という番組があったわけで。
そんでもって「それって今回の放送がテレ朝だから、テレ朝で40年ぶりって事じゃない?」とか好意的に思ってみたわけですが、調べてみると「氷点2001」もテレ朝での放送だったワケで「盛んに言っている40年ぶりって何?」状態ではあります。

で、たしかその「氷点2001」が放送された時も「あの名作が長年の沈黙を破り復活」みたいな事が言われていたワケですが、さらに調べてみると1989年にもテレビ朝日で「氷点」が放送されている。しかも「テレビ朝日開局30周年記念」と大々的に銘打っています。
う〜む。

で、調べた結果、氷点はこれまで
1966年01月23日〜1966年04月17日:13回(NET.現テレ朝)
1971年01月04日〜1971年03月12日:50回(昼の帯番組.TBS)
1971年10月25日〜1972年01月24日:14回(続編.NET.現テレ朝)
1981年03月30日〜1981年06月26日:65回(昼の帯番組.TBS)
1981年04月09日:単発(NTV)
1989年04月06日〜1989年04月07日:2夜連続(テレビ朝日開局30周年)
2001年07月12日〜2001年09月20日:10回(テレビ朝日)
2006年11月25日〜2006年11月26日:2夜連続(テレビ朝日)
と、続編を含めて8回もドラマ化されております(映画は1966年に1本のみ)
過去を含めた氷点出演者

とりあえずテレビ朝日にあるページでは、プロデューサーが「40年ぶりによみがえる」とか書いていますが「ここのページ
なんか「40年ぶりに!」というのが売りなのかなぁとか思っちゃうと「2001は不発だったから無かった事に」という事なのかぁとか思ってしまうワケで。

ちなみに現在もNTVで放送している「笑点」は1965年3月12日に始まった「金曜夜席」が、1966年5月15日にリニューアルされる際に、流行っていた「氷点」の名前をパロディにして付けた物。(その時点でドラマは終了していた)
実は番組が始まるのより前に、雑誌で「笑点」というタイトルのひとこま漫画が連載されていて、そこに断りを入れて命名したとも言われている。

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2006年10月31日 (火)

豊臣秀吉〜天下を獲った男・秀吉

テレビ朝日で「豊臣秀吉〜天下を獲った男・秀吉」というドラマが始まった。


02006110101今まで時代劇とか殆ど見ていなかったんですが、最近自分の中で「そういえば歴史の中で戦国時代と幕末って登場人物多すぎて、全体の流れはなんとなく判るけど、内容的な物はまったく判らないよなぁ」と痛感し、関係書籍をパラパラ読んでいる。
そこで、ちょい興味を引かれてこの番組の初回分を留守録画した(番組開始が7時からなので帰宅できないので)。

ま、この時間帯にやる時代劇なので、いわゆる水戸黄門などと同じようなお年寄り向きの活劇的な時代劇なんだろうなぁとは思っていたんですが、歴史に詳しくない自分が見ても「やはり活劇的な内容だ」と思ったワケです。

主人公の豊臣秀吉(現在は羽柴藤吉郎)を演じるのが中村橋之助って段階で「十分二枚目じゃん」という感じでもあるので、史実は二の次なんすかね?(劇中で織田信長に「ほんにオマエはサルみたいじゃの」と言われても、ピンとこないっす)
織田信長を演じるのは村上弘明なのでさほど違和感は無いんですが、まだちょい役ででしか出てこない徳川家康(現在は松平元康)を演じていたのが内藤剛志だったので「え?」と思ってしまったのだ。なんか年齢設定がと詳しくない自分でも「?」と思ってしまった。

0200611012誕生日を調べてみると
織田信長は1534年生まれ(村上弘明:49)
豊臣秀吉は1537年生まれ(中村橋之助:41)
徳川家康は1542年生まれ(内藤剛志:51)
で、現在物語は秀吉が織田信長に仕え始めた所で、斎藤道三が討たれたという話題が出たので1556年という事になるのだ。つまり織田信長(22)、豊臣秀吉(19)、徳川家康(14)という年齢のハズ、それなのに徳川家康はいきなり登場と同時に「人生とは重き荷を背負いて...」などという有名な格言を言い出しちゃうし、どうみても内藤剛志51歳そのもので14歳には見えない。
ドラマっすからね、という事は判っているんですが、やはり気軽な活劇物として見た方がいいんすね。

秀吉のエピソードで定番の「懐に草履を入れて暖めていた」という,後世に考えられた講談物の定番も出てくるので、その方向って事で(それが悪いってワケじゃなく)。
後、千利休(現在は千宗易)も出てくるのですが、演じてるのが藤田まこと(特別出演)なんですが、「千利休=老人」というイメージなのか、1556年の段階なのにかなりのご老体。実際には織田信長より12歳年上の1522年生まれで34歳のハズ。
う〜むという感じなのだ。

今、個人的に「戦国時代フェア開催中」なのでDVD録画でチェックをしようと思っているのだ。自分の中で漠然としていた、武将たちの年齢なんかを頭に入れつつ「この人が何歳の時にこの人が何歳」というのを意識しているので、こんな部分が異常に気になってしまうのだ。

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2006年10月27日 (金)

映画「DEATH NOTE」前編:テレビ放映

映画「DEATH NOTE」の前編がテレビ放映された。


映画公開からたった4ヶ月でのテレビ放映なんですが、後編が公開されるってことでその後編へ客を引き寄せるための策なわけですが、前編を映画館で見た人にとっては「なんじゃそりゃ?」だったんじゃないですかね?
もちろん、その前編公開時には後編公開直前にテレビで放送するなんて事はアナウンスされていなかったわけで、もちろんそれが判っていたら映画館に出かける必要もなくなる(人より早く見たいとか、劇場のスクリーンで見ないと意味無いとかって人は別として)。
映画館に客を引っ張る手法としては、DVD発売ぐらいのほうが良かったんじゃないかと思うんだけど。

かつて、1992年のバブル期にフジテレビが仕掛けた「パ★テ★オ」という作品があったけれど、これなんかは第1話、第2話を2時間ドラマ枠で放送し、完結編は映画として劇場公開するという「映画館へ客を引っ張る手法」として考案されたもので、最終的に映画は9億円のヒットとなった。(と言いつつ、映画公開終了直後の早い段階でビデオ発売された)

中にはフジテレビの「if-もしも-」で1993年に放送された「打ち上げ花火、下から見るか? 横から見るか?」は監督が岩井俊二で、TVでは初の「1993年度日本映画監督協会新人賞受賞」を受賞し、そのまま映画館で再上演されている(こっちの収益は不明、なぜかパ★テ★オもこっちも奥菜惠が主演している)。

あと、80年代初期には角川書店が映画を大量に作っていたけれど、当時の売りが「映画公開と同時にビデオ発売」という物があった。
まだビデオデッキ自体が一般的とは言い難い時代で、セルビデオも映画1本で1万円以上していた時代(物価を考えると2万3万ぐらいの感覚ですか?)。それでもかなり売れていたみたいで、角川書店的には「映画館に客が入ろうが入るまいが、利益が上がってるのでいいじゃん」というスタンスだった見たいですが、映画業界から「映画館をつぶす気か」とつるし上げられ、同時ビデオ発売は取りやめとなった。

なんせ、ビデオ発売はCDなんかと同じように発売日の前日に発売されるみたいな流れもあって「映画公開前に見ることが出来る」となって、さらにまだ法の整備が進んでいなかったレンタルビデオショップに公開前日からビデオが並ぶ始末。しかもコピー物が大量に(多かったんですよ、レンタルショップにコピービデオがある店って)。
ともかく、映画公開から4ヶ月後にテレビ放送ってのは制作側が映画の価値を認めていないような行為っすね。

で、肝心の映画の内容なんですが、漫画単行本をリアルタイムで読んでいた時のドキドキ感はあんまりなくて「あぁあのシーンを実写にするとこうなるのね」的な感じだった。2時間という枠(後編含め4時間)の中で話を盛り込むためには、あそこをこうして、ここをこうするか、という感じで、思ったより緊迫感を感じなかった。
が、ラスト近くでオリジナルエピソードになった時だけが予想もしなかった展開だったために、そうかそうくるか!とスピード感が増していった。

確かに、後編を見たいかなぁという気もしてきたけれど、前編をテレビで見てしまったために「テレビサイズ」という気がしてしまい、後編はDVDレンタルでいいかなぁと思ってしまったのだ。

そういえば、9月6日、原作漫画を書いていた小畑健氏が銃刀法違反で逮捕された事件はどうなったんですかね?(銃刀法違反といっても「アーミーナイフ所持」レベルの物なんですけどね)

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2006年10月 2日 (月)

のだめカンタービレ(上野樹里)

「上野樹里が奇行娘に挑戦」とネットのニュースサイトの芸能欄に書いてあった。


フジテレビで16日に始まるドラマ「のだめカンタービレ」の役に関しての記載なんですが、そうですか「のだめ=奇行娘」ですか。
原作を前々から愛読していたので、ドラマ化には嬉しい反面、ちょいと不安な部分もあるんだけど、主役が上野樹里って事で「普通っぷりを演じる事が出来る女優」と認識しているので、演技的には安心して見る事が出来ると思う。

実は去年の秋の段階で「上野樹里主演」でドラマが決まり掛かっていたけれど、原作者との色々な問題で放送が一年伸びたという経緯がある。
あとは漫画的表現をどれだけドラマとして表現出来るか?って事と、漫画には無いエピソードを上手に絡ませる事が出来るか?って事に掛かっていると思うのだ。
さらに天才的スケベ指揮者シュトレーゼマンを竹中直人が演じるって事でもかなり期待。
この上野・竹中って言うと「スウィングガールズ」でも師弟関係(というのか?)だったので、さらに期待は膨らむワケであります。

でも記者会見で千秋真一役の玉木宏が「格好いいんですけど、実は飛行機が怖いんで、腕があっても海外は行けません」と発言した事に関して、ニュースの記事では「と発言して会場を笑わせた」と締めているんですが、それは玉木のことではなく、ドラマ内での千秋のキャラクター設定の事なのだよ。
天才的と言われているのに留学をせずに大学に留まっている理由として、ちゃんと設定されているのだ。
なんつーか、「あ、この記事書いた人、原作は読んでないなぁ」という感じなのだ。

でも、ドラマ的にはフランス留学直前までで終わるのかなぁ。
とりあえず、ドラマの中でアニメ「プリごろ太」が見たいっす(さらに言うとフランス語版「プリごろ太」でフランス語を勉強したい)。

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2006年9月 7日 (木)

下北サンデーズ

テレビ朝日のドラマ「下北サンデーズ」が全10話のところを1話短縮で終了した。わかりやすい言葉で言うと「打ち切り」。


前々から視聴率悪いとは聞いていたんですが、そうですか。あと、同じテレビ朝日では金曜日の「レガッタ」も1話短縮だそうで。
テレビ朝日は、若者向けのドラマより「はぐれ刑事」とか「相棒」みたいな、落ち着いた人生の機微を織り込んだドラマを中心にした方がいいってことなんすかね?(と言いつつ、下北サンデーズの次番組が「だめんずうぉ〜か〜」ってのが...)

たぶん、世間的に見ると「打ち切りドラマ」っていうのはダメなドラマってことで処理されちゃうんでしょうけど、この下北サンデーズに関しては熱烈に「面白い!」と思っている人々もいるわけで、ある意味将来のカルトドラマってことになるのかも知れません。
10年ぐらい経った時「2006年に放送されていた下北サンデーズってドラマがあってさ」と語られるパターン。
視聴率が悪いってことで見ていた人が少ないので、そこで「俺は見ていたけどさ」的に自慢げに語られるのだ。これまでの多くのカルト物がそうだったように。

もっとも、昔のカルトとは違うのが、現在(あるいは将来)ネットやDVDなんかで、過去の作品が簡単に見られるようになっているので、昔みたいな噂だけが先行するカルト的な物はなくなってしまうとは思いますが。(カルト、カルトと騒がれていて、苦労してやっと手に入れ見た物が「え?」というパターン、作品の凄さじゃなく希少価値だけのカルトはよくあった)

で、下北サンデーズなんですが、すごくゴチャゴチャしていて、混沌としていて、内輪受けだったり、ワザと外したようなギャグを入れたり、あざとかったり、そして明らかに小劇団臭かったり。
作り手の思い込みが視聴者を置き去りにしちゃっているんじゃないか?と思いつつ、それでも面白く見ていた(全話は見ることが出来なかったけど)

でも、一般的な人の望んでいる物とはズレているんじゃないかなぁとは思っていた。だからこその「非日常空間」を演出する演劇なんだとは思うけど。
同じテレビ朝日だったら、金曜日の11時台とかの枠(かつての「トリック」とか、今の「黒い太陽」をやっている時間帯)で放送していたのなら、ムチャクチャ評判を呼んだ番組かも知れないなんてことを思ったりする訳で。

しかし、今までそ〜んなに上戸彩は興味を惹かれなかったんだけど、ここに出てくる髪型の変なしかも不細工な表情をする上戸彩は「愛おしい」と思ってしまったのだ。
ま、視聴率が悪かった要因のひとつに「非ジャニーズ」という要素があるのかもしれませんが(レガッタも)。

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2006年7月16日 (日)

原田知世「悲しいくらいほんとの話」

000_10原田知世/悲しいくらいほんとの話
作詞.来生えつこ/作曲.来生たかお/編曲.星勝
1982年7月
キャニオン 7A0203/定価700円


別に深い意味はありませんが、今回は「セーラー服」シングル。
原田知世のデビュー曲で、薬師丸ひろ子でヒットした赤川次郎原作の「セーラー服と機関銃」のTV版主題歌。

薬師丸ひろ子「セーラー服と機関銃」
000_11原田知世はこの後、これも薬師丸映画「ねらわれた学園」のTV版を演じていて、薬師丸の妹分な印象がありましたが、その後映画「時をかける少女」で独り立ちをしたわけです。なにはともあれこの作品でデビューした当時の原田知世はぎこちない演技の少女でした。
ちなみに「セーラー服と機関銃」は今年の10月から長澤まさみ主演でリメイクされるみたいです(TBS系)。

西村知美「想い出の冬休み」
000_14赤川次郎の原作は1978年に発表されていて、それまで普通に暮らしていた女子高生がひょんな事からヤクザの4代目を継ぐことになり、ラストシーンで機関銃を乱射する(と言っても人的被害無し)シーンが印象的で薬師丸版のシングルにはそのシーンがそのまま使われている。
ちなみにそこで使用されている機関銃は自動車で有名なGM社が戦時中に開発したM3A1という型式の物で、通称グリースガン(グリス注入器のような形状だったので誰とも無しに言い始めて通称になった)。

伊藤つかさ「少女人形」
000_15実は本来、映画では作曲者・来生たかおが歌う「夢の途中」が使用される予定だった。
しかし角川春樹が出来上がって来た曲を聴き「これ薬師丸ひろ子に歌わせたらどうだ?」と提案をし、主演女優が歌う主題歌として差し替えられ、さらに曲タイトルも映画のタイトルと同じになった。
来生たかおとしては「約束違う」ということで抗議をしたのだが、そこは勢いのある角川映画に押し切られてしまったのだ。もっとも薬師丸ひろ子の曲が売れたのと相乗効果で「夢の途中に」もヒットし、その後、薬師丸ひろ子や原田知世の作曲をはじめ、作曲家としてもかなり売れたので、その約束破棄はチャラって事ですかね?

ソフトクリーム「クラスメイト失踪事件」
0000softclassちなみに薬師丸ひろ子の「セーラー服と...」と原田知世の「悲しいくらい...」は編曲も同じ星勝で、メロディは違うのですがイントロのフレーズはほぼ同じ物になり共通性を持たせています。
しかし映画主題歌って事をまったく知らない状態で薬師丸ひろ子の「セーラー服と機関銃」を聴くと、歌詞の中に「セーラー服」も「機関銃」も出てこないので、激しく「????」な曲ではあります。

浅香唯「STAR」
000starセーラー服の少女が戦うという意味ではこの小説は1976年から「花とゆめ」で連載が始まった和田慎二の漫画「スケバン刑事(デカ)」が元ネタかも知れません。時代的にはジャストなタイミングですし。
という事で、初代麻宮サキ・斉藤由貴、二代目麻宮サキ・南野陽子は主題歌シングルではセーラー服を着ていないのですが、3代目麻宮サキ・浅香唯はちゃんとセーラー服でシングルを飾っています。

この時点で浅香唯は売れない3年目のアイドルだったんですが、この人気シリーズは大抜擢で起死回生の一発だったワケです。
主題歌は全42話の間に5回も変わり、このシングルは2番目の物。そして5番目の主題歌として浅香唯と共に中村由真大西結花が「風間三姉妹」としてリリースした「Remember」が使用されていました。

風間三姉妹「Remember」
000_12実はTVドラマ化に当たって原作の和田慎二は「漫画とドラマは別物なのでストーリーの変更などは自由に」というスタンスでノータッチだったのですが、斉藤由貴・南野陽子版はそれなりに戦うヒロインの孤独などが描かれていたけれど、浅香唯版は三姉妹だし、学生刑事である必然性が無いし、と言うことで激怒したと言う。そのために、それ以降は、今年になって決定した松浦亜弥の映画Ver.まで実写化の許可が無くなったという。

五十嵐いづみ「エスケイプ!」
000_13そこで、それまで「スケバン刑事」を放送していた木曜19時30分の枠で、オリジナルで「戦うセーラー服ヒロイン物」を作りあげたのです。
それが五十嵐いづみ主演の「少女コマンドーIZUMI」
浅香版スケバン刑事のコミカルな部分を反省したのか、ひたすらシリアスにヘビーな内容でした。
機関銃を乱射するヤクザの後継者とか、ヨーヨーで戦う学生刑事なんてのを突き抜けて、バズーカ砲とかロケットランチャーをぶっ放してトラック炎上させる、バイオの力で超人的な能力を身につけた少女という設定。
とりあえず警察の影組織からの依頼で秘密組織への潜入調査を命令されて、逮捕とかではなく壊滅させる話。とにかく、どの回を見ても暗い印象しか残らなかったんですが、お陰で半年ほどで番組終了。
その時間帯の戦うセーラー服ドラマは終了しました。

由美かおる「レッツゴー!高校レモン娘」
0000yumikao_1ぐるっと時代はめぐり「スケバン刑事」「セーラー服と機関銃」がリメイクされるって事なので、どっかがどさくさに紛れて「少女コマンドーIZUMI」をリメイクしてくれないかなぁ

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2006年6月13日 (火)

サッカーの経済効果とアンチサッカー

12日(日曜)夜10時に始まったサッカーW杯「日本×オーストラリア」


ベビースター:ドイツ×日本
0000baby01自分的には試合結果は翌朝のニュースで知ったレベルの興味ない派なんですが、世間では大盛り上がりだったみたいです。
自分の生活圏内にはそ〜んなにサッカーファンもいないし、大型ビジョンでみんなで観戦みたいな状況も無いので(サッカー大国とか言われる静岡在住です)、実際に盛り上がっているのかはよく解らない。

が、その放送に関して瞬間最高視聴率が61.2%だったそうで、その注目度は凄いことなんだなあと今さらながらビックリした。
この視聴率には衛星での中継が含まれていないので、実質はもっと多いらしい。

ベビースター:クロアチア×ブラジル
0000baby02過去のサッカー最高視聴率が前回の日韓共催W杯(韓日にしないとマズイんでしたっけ?)の際、日本×ロシア戦の66.1%だそうで、今回負けてしまったため、崖っぷちに立たされた日本の次戦、18日に行われる日本×クロアチア戦はもっと盛り上がるだろうし、その試合で勝てば次の日本×ブラジル戦はもっと盛り上がるんじゃないかという事なのだ。

もっとも、対クロアチア戦は今回と同じ日曜夜10時始まりなので見やすい時間帯ですが、対ブラジル戦は22日(木曜)真夜中午前4時始まりなので視聴率的にはどうなるのか不明。
今回、瞬間最高視聴率を上げたのが午後11時36分で、前半で先制点を取った押せ押せムードの続いていた、後半33分、柳沢から小野に交代した場面らしい。

ベビースター:イタリア×オーストラリア
0000baby03で、この視聴率ってのはその時点でテレビを見ている家庭の%なんですが(と言っても調査対象は極少数の家庭)、61.2%という数字は通常の61.2%とは意味が違っている。
日曜のあの時間帯、12日の夜は通常より18.9%ほどテレビ視聴人口が多かったらしい。その中での61.2%なのだ。

でもって、テレビ視聴比率が1%増えると、電力需要という物は約15万キロワット増えるとされているらしい。その計算から、約280万キロワットほどが通常より多く使用されたという事になる。この80万キロワットというのは大型の原子力発電所2基分の出力に相当するという。
サッカーW杯における経済効果が色々叫ばれているけど「俺、応援はするけどツアーにいくワケじゃないし、グッズ買うワケでもないもんね、経済効果とは関係ないもんね」と思っている人も、そんな感じで経済効果に参加しているのだ。

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000001実際の事を言えば、サッカー人気ではなく「対世界戦」という盛り上がりで、春先にアメリカで開催された野球の「WBC:World Bassball Clasic」もかなり視聴率が良かった。
あの時は、その勢いでプロ野球も盛り上がろうぜ!というムードがあったんですが、蓋を開けてみれば視聴率ボロボロ、5月の巨人戦平均視聴率は11.1%と発表されている。(去年の今頃は13.0%)

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000002すでに野球中継は、通常の人気レギュラー番組をつぶしてまで放送する意味はもうどこにもないような気がする。
中には徳光みたいなのが「視聴率が悪かろうが日本プロ野球は国の宝なんだ、あれは視聴率度外視で放送続けなくてはいけない」みたいな事を言い出す。なんだかなぁと思っちゃうんだけど。
ま、サッカーもW杯がらみ以外での視聴率は……なんですけどね。

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000003スポーツ観戦という意味ではソフトバンクグループが福岡ソフトバンクホークス、東北楽天イーグルス、USENによる千葉ロッテマリーンズの無料ネット観戦が出来るようにしていて、さらに先日、北海道日本ハムファイターズの主要な試合も無料でネット観戦できるようになると発表された。
いわゆる少し前までは視聴率なんて取れないという事で放映されていなかったパリーグの試合の方が確実に見ることが出来るようになっている。

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000004たぶん、放送権料なんかはテレビに比べたらかなり安いと思うけれど、今の時代、ここまで小回りが利かないとダメだと思う。それに対してテレビ局側から「そんな放送されちゃテレビ中継の視聴率は低下する一方だ」と意見も出ているらしい。
とりあえず去年のホークス対ロッテのプレーオフ第5戦ではネット観戦した人は約56万件だそうで、少ないサンプルから「だいたい全国ではこんだけ見ている」と算出する視聴率調査より確実に「これだけ人気がある」というのが見えるので、ネット配信のほうが解りやすいと思う。

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000005で、サッカーの話に戻りますが日本でも盛り上がっているということで、開催国のドイツはもっと凄い事になっていると思う。
印象としては国挙げての大騒ぎで、すべてのドイツ国民が一丸となって!てな感じなんですが、実際の事を言えばドイツ国内での街頭アンケートで「サッカーw杯はウザイ」と答えた人が半数近くいるらしい。
もっともニュースなんかでサッカーの事を取り上げるときに、ワザワザ興味がない人々の姿を放送する事もないので「どこでも盛り上がっている」という印象になるのはしょうがない。

このドイツでのサッカー嫌悪組には多くの主婦が含まれているようで「サッカーばっかりで家庭を顧みず、仕事も適当に切り上げ、連日スポーツバーで呑んだくれている旦那」が嫌悪の原因となっているらしい。

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000006そこで登場したのが「ワールドカップ中継が一切ない温泉リゾート地へのツアー」
「我がホテル内ではロビーなどでも一切サッカー中継はありません」を謳い文句にしたホテルもあったり。
さらにドイツ国内だけじゃなく、スイス観光協会は「スイスはサッカーの騒ぎからの避暑地です」と謳い、さらに「スイスの男性はサッカーよりもアナタに時間を割きます」などと、エロな言葉まで用意して、アンチ組を誘っているらしい。

勝ちパンダマスコット(KIRIN生茶)
0000000007これがどれもこれもかなり反響が高く盛況らしい。
実は、サッカーが大嫌いな人が喜んでいるだけではなく、サッカー大好きな人が「家で友達とか呼んでサッカーで盛り上がっている時にグチグチ言われちゃたまらない」という事で、妻をその間そこに押し込むと言う意味で予約を入れたりもしているらしい。

なにはともあれ、私の場合、次戦がどうなるかって事で、22日真夜中の中継観戦者がどれだけ増えるかに興味あるのだ。

ちなみに、ベビースターのW杯記念「ワールドラーメン」ですが、どれもこれも微妙な味。そもそもクロアチアの「サルマ」ってどんな味なのよ?ブラジルの「シュラスコ」って何なのよ状態だったりするワケですが。

ワールドカップの豆知泉

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2006年5月 3日 (水)

東京ガスの「小野妹子」

関東ローカルかもしれないすけど、今年になって「東京ガス」がシリーズ放送している、妻夫木聡が住んでいる部屋のクローゼットの中からいきなり古今東西の著名人が出現するシリーズ。


↓妻夫木聡2006カレンダー
00_10第1弾:織田信長編
「織田信長」がクローゼットから出現し「ここさタイムマシンの出口になってんの」「茶でも入れてよ」と言いだし、その便利な生活を見て「あ、利休も呼んでいい?」と発言すると、今度は「千利休」が顔を出す物。
第2弾:ガリレオ編
突然ボロボロのガリレオが出てきて「それでも地球は回っている」と言い出す。そのボロボロ具合にシャワーを勧めて...
第3弾:フレミング編
左手の法則知らないの?と妻夫木聡に詰め寄るフレミング
第4弾:ベートーベン編
「ジャジャジャジャ〜ン」と出現したベートーベン。
第5弾:小野妹子編
「おかえり〜」と女の子が登場して「ねぇ妹子って呼んで」「え?小野妹子って男じゃ?」「細かいこと気にしないで」といきなりラブラブに迫ってくる。
※全CMは東京ガスのサイトで見ることができます。

↓酒井若菜写真集-彩-
00_11で、今回の物は小野妹子に酒井若菜が扮していて妻夫木聡に対し「妹子」と呼ぶことを強要する物で、作中で「小野妹子って男じゃ?」と言っているけれど、強引に女の子という設定で話を推し進めている。(木更津キャッツアイのモー子からのキャスティングですか?)

ま、昔からネタ的なのかマジなのか小野妹子を女性だと勘違いする人はいるけれど、このCMはその勘違いな人をさらに増やすんじゃないかと、ちょいハラハラする。
あるいは、シャレが解らない人がマジに東京ガスに対して「間違っています」とか「間違って覚えたらどうするんですか」と抗議電話を入れたりするんじゃないかと思ったりもする。
マジメというか直情型の方の行動力は凄いっすからね。

とりあえず最後に「歴史を曲げるなよ」とつぶやいているけれど。
そんな事言い出したら、ガリレオは「それでも地球は回っている」なんて言ってないですけどね。(それ以前に、外国人が日本語で...ってのは)

それらに関する豆知泉

ベートーベンが「なるへそ」と発言しているが、これは戦後に出来た言葉遊び。もともとは納得する時に使う「なるほど」という言葉があり、その「ほど」の部分を「へそ」の古い言い方「ほぞ」に引っかけて、現在の「なるへそ」という言葉が誕生した。(「ほぞ」は現在でも「ほぞを噛む」という言い方に残っている。

ガリレオが「それでも地球は回っている」と述べたというのは18世紀に書かれた伝記小説ではじめて書かれたセリフ。ガリレオは16〜17世紀の人(1564-1642)。

小野妹子は聖徳太子によって遣隋使として大陸へ渡った。が、帰りに隋からの親書を紛失している。(盗賊に奪われた、船が嵐に遭ってなど諸説)しかしその事は別段咎められたという記録も残っていない。

その事を恩義に感じたのか、小野妹子は聖徳太子が死去した後、僧侶になり墓守となって一生を過ごしたとされている。僧侶としての名前は「専務」。会社の役職みたいだが。

その墓に毎日、新しい花を捧げていて、その時の花のチョイスや飾りかたに数々の様式を考案したと言われている。その小野妹子の末裔がその様式をさらに進化させ、華道「池坊」を興した。

小野妹子の子孫には他に、花札の12月に描かれている歌人の小野道風がいる。諸説では小野小町も子孫だとも言われている。

小野妹子に扮している「酒井若菜」はスイッチヒッター。食事の時、右手でも左手でも箸をつかえる。本来は左利きらしい。

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2006年4月26日 (水)

器のデカイ男

もう1週間前の話題ですが、先週の「トリビアの泉」の「種」は見ていて痛かった。


中国宮廷料理:杏仁豆腐(アンニンドウフ)おかわり
Dscn2594「デートの最中、彼女の料理の中に髪の毛が入っていた時、彼氏はどういう態度をとるか」という物で、彼女のほうに仕掛け人になってもらい、髪の毛は食品を加工して作った食べても安全な物という事で実験をしていた。(ヒジキか何かだと思った)
ま、悪趣味って言えば悪趣味なんですけど、その彼氏の対応は色々あって「なるほど」と思ってしまったのだ。

気が弱すぎて店員に何も言えないってのは「そりゃ酷すぎる」とは思うけど、髪の毛入っていると解った後もワシワシと食べて、ある程度満足した処で「あの髪の毛入っていたんですけど」と店員を呼ぶ人などもいて、イジましいながらも何んか解るねと苦笑いしてしまう人もいました。

この実験の中でもっとも悪評だったのが、髪の毛が入っていると判明した瞬間、即座に店員を呼び「これなんだよ?」と声を荒げる。
しかも店員が「すみません、作り直して持ってきます」と丁寧に謝罪したのに対し「は?誤ってそれで終わり?誠意を見せて欲しいね」みたいな事を言い出すのだ。
謝罪してもダメ、って結局、この場合の誠意って「金」って事なのかね?

中国宮廷料理:孔雀蟹王翅(コンチュエシエワンチー)
Dscn2597髪の毛が入っていた事は、食品を扱うプロとしては最低レベルなのかも知れないけれど、なんか人間として最低レベルの感じがして、見ていて引いてしまいました。
特に、普通の真面目そうな、絵に描いたような「俺、出来るヤツオーラ」を出しているサラリーマン風の人がそんな態度を取り始めた時はゲゲッと思ってしまった。

確かにそーゆー人は存在する。
こちとら客じゃい、店員は奴隷じゃい!という考えの持ち主は。
ま、私のちょい知っている人にもいるんですが、いきなり店員とかに横暴な横柄な口調で注文したりするんで、同席していると「いやはや恐縮です」と意味無くこっちが店員さんに対して申し訳なく思ってしまうワケです。

中国宮廷料理:京蔬四宝(ジンシュースーパオ)
Dscn2596今回の実験でもっとも高評価だったのは、即座に店員を呼び、皿を指さし「当たり付きなんですけど」と他の客には解らないような状態で示し、店員が「すぐお取り替えします」と皿を引っ込める瞬間、小声で「ちょっとオマケね」みたいに軽いユーモアで場を和ませつつ乗り切った男性。
確かに上手だねって感じ。なかなか大人の対応っす。
こんな部分で器の大きさが解ってしまうワケですな。

自分は基本的にチキン野郎なので、人前でブチ切れず、かと言って女の子と一緒の時は「ここでこういう対応した方が受けはいいよな」と計算してしまう様な気がするので、ある意味、穏便に的確に動いてしまうかも知れない。
それは冷静とかスマートなワケではなく「自意識過剰」だからなんすけどね。

たぶん、男だけの宴会で髪の毛が混入している料理が出てきたら、ちょいと取り払って、何事も無かったかのように宴会が進んでいくかも知れない。次の注文を取りに来た時に一言ぐらう言う程度で。

中国宮廷料理:杏仁豆腐(アンニンドウフ)再度おかわり
Dscn2595そー言えば、それ以上の状況ってに遭遇した事があった。
(食事中の方はこの先は読まないで下さいませ)
某会社の某社食で何気なく食事をしていた時、隣の席のヤツがいきなり「うほっ」と奇声を発した。
実はそいつの注文したカツ丼に素敵なトッピングがされていたのだ。なんと、カツの衣の中に光沢艶々のゴキブリ様の姿揚げが…。
うげげげ!てえ事は他のカツも同じ衣で同じ油で作ったって事なのかあぁぁぁぁぁ!ふんぎゃー!とわたしゃ別にカツを注文したワケじゃないのに一気に食欲減退ダイエット体制に突入しちゃいましたがな。
が、そのゴキ混入カツという特等賞を引いちゃったヤツは、冷静沈着にそのゴキ様の部分を指でちょいとつまんでトレイの脇につまみ出し、何も無かったかのように食事を始めたのだ。
凄い、凄すぎるよおまいさん。大人だね(ってワケじゃないと思う)

別に店側の落ち度ではないけど、凄い!と思ったこともあった。
それも某会社の某社食での出来事。
食事をしていた時、斜め前の席に一人の男性がその食堂でもっとも安い「コロッケ定食」を持ってやって来た。コロッケ1個とキャベツの千切り、味噌汁ご飯という質実剛健なメニューなのだ。
で、食事を始めたと思った瞬間、その男性はコロッケを床にポトリと落としてしまった。その食堂はみんな土足で床はかなり汚い。コロッケにはソースが掛けられているので床の埃を充分吸い込んでしまったハズなのだ。
が、その男は床に落ちたコロッケを屈んで手で拾ったかと思った瞬間、顔を上げないまま、テーブルの下で一気に口に運び、その後、何事も無かったかのように席に座り直して食事を再開したのだ。キャベツ千切り定食を。
床にはべっとりとソースの跡が付いていた。
こんな人には髪の毛なんてでも無いだろうな。

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2006年4月12日 (水)

宇宙戦艦ヤマト vs アルプスの少女ハイジ

同時間帯に同じような種類の人が好む番組をぶつけて来て流すってのはどうなんすかね?
ぶつけて来た方だって視聴者割れするだろうし(今は文明の利器、録画って手もありますが)、ぶつけなきゃそれぞれ高視聴率だったんじゃないかと思うのだ。
同じような世代が好む俳優・女優が出てくるドラマがぶつかったり、同じような若手お笑い芸人が中心となった番組がぶつかったり。その辺の棲み分けってのは出来ないのかなぁと思う。


宇宙戦艦ヤマト
00000_14ということで、70年代のネタをそこから引っ張って行こうと思って文章を書き始めたんだけど、ちょっと引っかかって文章がストップしてしまった。
最初は「日本テレビでかつてドラえもんが放送されていたけれど、人気が出ずに短命に終わった。それは裏番組にマジンガーZがあったから」という物で話を広げ、続きで「宇宙戦艦ヤマトは視聴率低迷によって放送回数が短縮されてしまった。なぜなら裏にアルプスの少女ハイジが放送されていたから」というネタに引っ張って行こうと計画して文章を書き始めた。

アルプスの少女ハイジ
00000_15この2本の「裏番組が人気で…」というネタは、そこそこ雑学系では有名なネタかもしれない。
もっとも自分は、NTVドラえもんもマジンガーZも、ハイジもヤマトも見ていなかった。実はハイジとヤマトの裏にはもう一つ「猿の軍団」という某映画にインスパイヤ(あくまでも)されたSFドラマがあって、自分はそっちを見ていたのだ。
そこから話のオチとして、こんな感じで展開する予定だった。

※で、その中で一人勝ちだったのが「アルプスの少女ハイジ」、その煽りを食らって「宇宙戦艦ヤマト」は旅程を端折って回数短縮で完結した。だから当時はハイジを見ていた子供が勝ち組で「え?あんな面白いの見てないの?」状態だった。
しかし数年後に「宇宙戦艦ヤマト」が再放送で火がつき、アニメ大ブームのキッカケになった。その時は、ヤマトを見ていた子供は「俺、再放送じゃなく本放送で見ていたんだぜ」というのが誇らしげな言葉として語られていた。
その時、「猿の軍団」を見ていた私は、その会話の輪に入る事ができなかった。今なら言える「原作に小松左京、豊田有恒、田中光二っつーSFの巨匠が勢揃いし、円谷プロが作った純然たるSF作品だぜ」と。


という感じで。そしてついでにデータ的な事を付随させようと調べてみた所、ちょっと「?」という感じになってしまったのだ。
(日曜 19.30-20.00)
フジ:アルプスの少女ハイジ
 1974年01月06日〜1974年12月29日:全52話
NTV:宇宙戦艦ヤマト
 1974年10月06日〜1975年03月30日:全26話
TBS:猿の軍団
 1974年10月06日〜1975年03月30日:全26話

猿の軍団
00000_16ハイジはカルピス名作劇場として放送されていて、あれは1月〜12月の丸々1年放送して完結するというシリーズ(1974年1月6日〜174年12月29日放送)。
それに対して「宇宙戦艦ヤマト」は同年の10月06日に始まって、放送終了したのが翌年の3月30日となっている。
つまり、後半3ヶ月はハイジとはなんの関係もないのだ。もし裏番組に人気を取られて低視聴率になり… という話だったら、ハイジではなく翌年放送された「フランダースの犬」に視聴率を取られたと言わなくちゃおかしいのでは?と思ってしまう。

フランダースの犬
00000_17ネットなどで見かけるこの雑学に関しては判で押したように「裏番組のハイジのために」となっている(ま、コピぺが多いんですが)
しかも「宇宙戦艦ヤマト」の放送は3月30日に最終回を迎え、その放送回数は26回。
とりあえず資料では「最初は39話(3クール)予定だったのが26話(2クール)になった」とされているけれど、普通にその数字をみると、途中で打ち切られたって感じではない。26回というのはシッカリ半年放送して、4月の改変期ギリギリまで放送されている。
裏で放送していた「猿の軍団」なんかも視聴率悪かったかも知れないけれど、ヤマトとまったく同じ日に始まって同じ日に終わり「全26話」となっている。

セサミストリート:エルモ
0000_9「あの時代のアニメで26回は短いよ」という人もいるかもしれないけれど、その後、再放送で人気が出て1977年にTV編集盤の映画「宇宙戦艦ヤマト」が上映され。その異常なブームの中、続編のTVシリーズが始まっているんだけど、その第2シリーズは(1978年10月14日〜1979年4月7日)の全26話。つまり打ち切られたとされている第1シリーズと同じ回数なのだ。
その後に放送された第3シリーズも(1980年10月11日〜1981年04月04日)の全25話。
ヤマトが放送された当時「宇宙物は流行らないので局が難色を示した」と言われているので、最初から半年なんて感じだったんじゃないかと思ってしまう。
なんか「うち切られた」ってのがちょっと信じがたい。確かに70年代のヤマトブームの最中から「短縮されて」という話は聞いていたんだけど。、それ以前に「3クール予定の番組ってあんまり聞かない」という部分なのだ。(まさか人気が出ないと言われていた宇宙物で1年計画って事はないよね)

ちなみに当時の日曜7時台は(関東地区)
NHK「お笑いオンステージ」三波伸介の満点パパとか
NHK教育「セサミストリート」
NTV「宇宙戦艦ヤマト」
TBS「猿の軍団」
フジ「アルプスの少女ハイジ」
NET(現.テレ朝)「スターものまね大合戦」
東京12チャンネル(現.テレ東)「ディズニーワールド」
って感じなのだ。

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2006年3月18日 (土)

愛と死をみつめて

00002_2な〜んか、放送までのテレビ朝日の異様な宣伝攻勢は逆に「もういいや」と思ってしまう感じ。主演:広末涼子草なぎ剛
さらに広末涼子をやけに持ち上げて、過去に映画化された時のミコ役吉永小百合と対比させるような状態で、おまいらマスコミは広末が結婚するまでの色々(早稲田入学→まったく登校せず→男とお泊まり激写→出来ちゃった結婚などなど)の頃は必死に叩いてイメージ下落に貢献していたのに、なんすかねえ。


でもって「愛と死を見つめて」って事で映画化した話を延々とやっていたけど、書簡のやりとりなどが出版されて話題になった後で映像化したのはTBSの東芝日曜劇場(1964年04月12日〜19日)が先。主演:大空真弓山本学
そこで有名な「♪まこ、甘えてばかりでゴメンね」という主題歌、青山和子「愛と死を見つめて」が使われ、大ヒットしている。

00001_2その番組の大好評を見て、かなり急いで作ったみたいで同年に映画化されて(1964年09月)、そこでTV版と同じ主題歌が使用されている。主演:吉永小百合浜田光夫
その後は、昭和史などを語る時、最初のドラマはTBSということで他の局では使いにくいために映画版を使う事が多くなり、TV版の存在はほとんど無かったかのような扱い。
ちなみに、その年のレコード大賞を「愛と死を見つめて」が獲得しているんですが、これはTBSの賞なので「テレビの主題歌」という事が強調されて受賞。

とりあえず冒頭を見て、あとはHD録画にしてTVを消した。後でDVDに落とすか削除するかは不明ですが、ああこんな感じねって思ったわけです。
最初にミコが病気で死んでしまったという前提でドラマが始まるってのは、物語の全容が知られている現状では考え得る演出なんだろうなぁ

出演者一覧
愛と死をみつめて」TV版:1964年04月12日〜19日
愛と死をみつめて」映画版:1964年09月
愛と死をみつめて」TV版:2006年03月18日〜19日

で、TVを切る直前に二人が買い物に行った時に「ねえ、ポークって知ってる?」「え?」「豚肉の事をポークっていうのよ」「俺の処ではブタは豚だけど...」という会話をしていた。
という事で、そこン処の解説。

実は「ポーク:pork」はノルマン民族(フランス)の言葉、「ピッグ:pig」はアングロサクソン民族(イギリス)の言葉で当初は別の言語だったわけです。
これが何故、動物の豚はピッグ、食べ物の豚はポークになったかというと、10世紀末に話は遡ります。
フランスがイギリスに侵略戦争を起こした際、支配したフランス側は文化的な物を全てすてて服従を迫ったのだが、その中には言語まで含まれていた。

もっとも、イギリス(アングロサクソン民族)も独自の文化を創り上げてきた誇りがありますので、そう簡単に自分たちの文化・言語まで捨て去る事は出来ませんでした。
そこでフランス人(ノルマン)がいない農場などでは豚のことをアングロサクソン語で[ピッグ:pig]と呼び、それを肉としてノルマン人などに食べさせる時はノルマン語で[ポーク:pork]と呼んでいたのです。

その後、ノルマン人の支配から逃れることが出来るようになってからも、それが風習として残り、生きている豚と食用となった豚を別の名前で呼ぶようになったのです。
同じように、牛「cow → beef」羊「sheep → mutton」なども。

てなワケでドラマの話とはまったく関係ない雑学話を無理矢理書いたところで、終わりでやんす。

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2006年3月17日 (金)

雑学バカ一代

昔から雑学と称する物が大好きで、本屋にいくたびに目に付いた雑学系の本を買っている。
気が付けば、そんな状態で早20年以上(古本屋でも雑学本を漁るので60年代70年代の雑学本もあり)。スチール製本棚2本には棚を二重に使いびっしり雑学本が並び(本棚の上にも)さらに溢れて床の上にも平積み状態。もはやいったい何冊あるのか解らない。
もちろん、知識は雑学本と呼ばれる物以外の普通の本、あるいは雑誌、あるいは新聞のチラシにも転がっているので、それらを日々チェックしている。


最近はちょっと無理になったけれど、20代中期から10年以上個人フェアとして「年間100冊読書運動」を行っていた。あくまでも小説本を100冊。小説の中にも何気なく雑学は多く含まれている。
10年以上に渡りパソ通〜インターネットで編集した雑学を配信し、結果として2冊の雑学本を出版もした。
そんなこんなで私は雑学野郎なのだが、それでも当然自分の知らない事はまだまだ世の中に多く、日々「ほぉぉ」と感心し、それを文章に短くまとめている。
知識は他人と争うためにあるんじゃなく、ただ自分が楽しむため、あるいはそれによって他人を楽しませるためにあると思っている。
金儲けが下手な私にとってそんな感じなのだ。

仕事で「味噌のあれこれ」みたいな物をまとめたものを編集しているときに「仙台みそ」「西京みそ」「八丁みそ」などに並び「信州みそ」ってのがあった時など「あぁ信州みそって言い方は現在ではダメなんすよぉ、この信州みそってのは現時点では一般名詞ではなく長野県味噌協同組合によって登録商標となっているんすよぉ、信州で造ったみそでも、製法がそのまんまでも、正しくは「信州のみそ」なんすよぉ」などと心の中でモヤモヤしながら編集している。
人混みなどでも、まったくの赤の他人がしている会話に聞き耳をたて、微妙に間違った話題が出ている時も、なにかモヤモヤしてしまう。

友人との会話中も、とあるキーワードに関して「あぁこのキーワードで雑学言いたい」とモヤッとするけれど、話の流れを壊したくないし、と心の中で葛藤が暴れ回ったりする。そのぐらいの常識は持ち合わせているのだ。
もっとも「知泉」なんて単行本を出したことによって「こいつは雑学野郎」とレッテルが貼られ「雑学言うのもしょうがない」と周囲に納得させる理由が出来たかも知れないので、時々、ダムが崩壊したかのように、延々と雑学を述べてしまう事もある。

1月中旬のTVチャンピオン(テレビ東京系)で「クイズ作家王選手権」という物が放送されていた。
いわゆる「クイズ王」ではなく、TV番組で使用されるクイズを制作するプロの選手権。決められたお題でいかに視聴者の興味を引く問題を作るか?を競う物。
で、そこで出題された物は「面白いクイズ」が前提なので、雑学的要素が高く、約9割を答える事が出来た。
いわゆる素人のクイズ王は確かに異常な物知りだけど、ただのデータ羅列でしかなく「おもしろい」という部分とは別物になっている。それ故に、クイズサークルなんかでは、確かに「何でこんな事知ってるの?」という部分はあるけど、雑学で笑えたりする部分は少ない。

たとえば「河豚の毒はテトロドトキシン、ウナギの血にある毒はイクチオトキシン、蘭の花瓶の水にたまる毒はコンバラトキシン」などと答えても笑えない。
それだったら「蘭の英語名はオーキッドだが、元はギリシャ語で、蘭の球根が男性の玉に似ている事からキンタマという意味」「ついでに松ぼっくりのぼっくりとはキンタマという意味」の方が楽しい。見事に下ネタですが。

雑学には定番って物があって、コレが出たらきっとこの話題という流れがある。
クイズ作家王選手権で、とある選手が「動物」ってテーマでクイズを作った際、出題で「ウミウシに…」と出た瞬間、雑学ドランカーは即座に「インターネットウミウシ!」と答えてしまったりもする。(自分の事ですが)
ウミウシが雑学的に出てきた時は「ウミウシの種類でインターネットウミウシというものがいる」ってのが定番。
他には
☆海の妖精と呼ばれるクリオネはウミウシの仲間
☆ウミウシの一種、ミカドウミウシは別名「ヌードダンサー」と呼ばれる。
などもありますが。

実はこの「クイズ作家王選手権」の出場選手の一人から以前メールを貰った事があり、「いつも知泉を参考にさせて貰っています」との事で(TVチャンピオン内でその人が「大御所」などと呼ばれていてビックリ)、それ故に彼が問題制作しているミリオネアなどでは、以前知泉に掲載した雑学が問題となって出ることもある。(ミリオネア出場予定者はメルマガ知泉要チェック!読者登録をおすすめしま[-未承認広告-])
そのミリオネアのクイズ作家氏は、先日のトリビアの泉でも「クイズ王はファミレスのボタンを押すとき…」という、ゆるいネタでチラと顔を出してました。

そんなこんなで、我が家の母親が雑学馬鹿の息子を凹ませようと、その日のミリオネアで出題された1000万円問題を暗記して、帰宅した瞬間に出題するのだ。
しかし、たまたまそれが知泉に載せた事がある物だったりして「あぁそれって○○○でしょ」などと4択を待たずに即答して、母親をガッカリさせたりもする。

最近では関東ローカル(たぶん)で金曜の深夜に放送されている(タモリ倶楽部の後)「爆笑問題の検索ちゃん」という番組があるんですが、そことちょっと関係している。
この番組はネットで拾った雑学を元にクイズを出すっていう趣旨のもの。(出演者に関する芸能人クイズに関してはわざとガセネタを「ネットではこんな噂が流れている」という問題にしているけど)
去年の秋に始まったばかりの頃に、「知泉に掲載されている雑学を使用させてください」とのメールがあって快諾した。
その時は「三億円事件の容疑者として取り調べを受けたことのあるタレントは?」という物。答えは高田純次。
で、先日の3月3日も「王監督の3人の娘にはすべて『理』という字が使われているが、その理由は?」という物が使われた。答えは「嫁にいって苗字が変わっても王が里だと忘れないように」という物。
で、さらに現在、3月17日の夜にも知泉経由の雑学ネタが放送される予定になっている。(編集でカットされるかもしれないとの事)
やはり、クイズ対策に役立つサイトなのだ。

とりあえず雑学なんて物は日常にゴロゴロ転がっている。誰も気が付いていないような部分を重箱の隅をガシガシとこそげ落とすようにチェックして雑学を見つけだすのだ。

クイズに関する雑学
クイズという言葉は「一晩の間に新しい言葉を生み出す」という賭けから、真夜中の間に扉という扉に意味不明の「QUIZ」という言葉が書かれており、その意味不明の単語QUIZが「これ何だ?」と話題になって、その単語がのちに「問題」という意味になった。
という逸話で知られているが、最初は問題という意味ではなく「変人」とか「悪ふざけ」という意味で使われていた。

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2006年2月 4日 (土)

神はサイコロを振らない2

小林聡美
20060204_2「神はサイコロを振らない」の中で10年前から時空を越えてやってきた、ともさかりえ演じる女性はとにかく流行り物が好きで、10年後の今の流行に必死に適応しようとしている。
中には「今これが流行っているんでしょ?」とどこで聞きかじってきたのか、いきなりメイド服を着て、シリアスな部分の多いドラマの中で微妙な失笑を誘っている。
「アタシも、これが流行っているって、どーもおかしいと思っていたんだよなぁ」


ともさかりえ
20060204_3で「今流行っているアイドルグループで『もーむすめ』って知っている?」と発言して、普通にテレビを見ている人から「あれは『モー娘。』と書いて『モームス』って読むんだよ」などとツッコミを入れられていると思う。
実は、この「モー娘。」という表記、モーニング娘。の所属事務所によって商標登録されているのだが、読みは「もーむすめ」で登録されている。
ま、現時点では「今流行っている」という部分で、微妙な失笑が…

時代のギャップという点では、1996年のともさかりえは、髪の毛の前髪がパラパラと額に掛かっていたり、スチュワーデスの制服に肩パット入っていたり、化粧が今より濃い感じだったりする。
2006年の小林聡美は地味でファッションに興味なさそうな人なのだが、何気に髪の毛を茶色に染めていたりしている。
そういえば、この10年間で髪の毛を染めるって事が特殊な事ではなくなって来たのだよなぁと思うのだ。(確か雑記の10年近く前にそんな事を書いたような気がする)
10年前というかバブル末期の女性の髪型は工藤静香に代表される「異様にこだわった前髪」だった。女子トイレで必死に前髪がカールしているのをチェックするってのが話のネタにされていた。
眉毛が太いのから異常に細いのに変化したのもこの頃だったかと思う。
そんな微妙な所もドラマの楽しみなのだ。

p.s.
先週の放送で「神はサイコロを振らない」ってのがアインシュタインの言葉からの引用というのが話題になっていましたです。

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功名が辻:山内一豊さんちの千代さん

※イラストと文章は関連性ありません。ただの過去イラストギャラリーです。


鮎川誠(2003年作)
20060203_1現在NHK大河ドラマで放送中の「功名が辻」
いわゆる「山内一豊の奥さんはへそくり上手でしたよ」というドラマなんですが、プチバブルと呼ばれている昨今、賢い奥様は少ない収入を上手にやりくりしましょうって事なんでしょうかね?それだったら、茂子の節約生活(鉄腕ダッシュ)の方がタメになる。

椎名林檎(2003年作)
20060203で、このドラマが始まって知った雑学に「山内一豊の奥さん千代はいつもボロボロの服を着ていて、色々なつぎあてをしていた。今でいうパッチワークのような状態。その色々な模様が入っている着物が逆に美しかったために、その服の柄をデザインとして採用した紙が、千代の名前をとって「千代紙」となった」というもの。
この手の雑学はずっと雑学野郎をやっていると、どっかしらで聞いた事があるようなモノが多いんですが、それは今年になって始めて聞いたもの。
実は最初にそれを知ったのが、某雑学で有名なセンセの雑誌連載にて。

スガシカオ(2002年作)
20060204「マジっすか?」と思って、とりあえず読み流していたんですが、その後、1カ月の間、テレビのクイズ番組と情報番組で2回ほど「千代紙は千代の服から来ている」というモノを聞いた。
雑誌連載は多くても10万人レベルの読者だけど、テレビは視聴率低くても100万とかが観る計算になるので(全国放送だと)、こりゃもう定番雑学になってしまったのかも知れない。
ネットで「千代紙 山内一豊」と検索すると、かなりの数がヒットして「千代紙って千代さんが作ったんだよ」などと書かれている。

山下達郎(2002年作)
20060204_1でも、一般的に千代紙というと、
もともと江戸にあった紙問屋の「いせ辰」の商品名として江戸時代後期に流行った物。このいせ辰は江戸城にも紙を卸しており、そこの大奥でカラフルな色彩が大評判となったため、その江戸城の別名『千代田城』から「千代紙」という名前を考え出した。
ってのが昔から言われている話なんですけどね。(別の説ももう1つ知っていますが。)

忌野清志郎(2002年作)
20060203_3今回の「千代の服」ってのを誰が言い出したかなんて事は不明ですが、たまたま自分は雑学センセ氏の連載で始めて知ったワケで。氏は以前、雑学の間違いに関して「雑学ってのは怪しいぐらいが面白い、正しくてもツマラない事実より、面白ければ嘘でもいい」みたいな、トンデモな事言っていたので、これもそうかなぁなんて思ってしまう部分あるわけで。

そして根本的な話なんですが、山内一豊の奥さんが「千代」っていうのは実は勘違いらしい。
実は山内一豊周辺に残されている奥さんの名前は一豊死後に出家した時の「見性院」という法号しかハッキリと解っていない。

久石譲(2003年作)
20060203_4現在定説的に思われている「千代」という名前は、土佐藩の帳簿にある物らしいんですが、これは山内忠義の生母の名前。(山内忠義は一豊の弟の子、つまり甥っ子。子供の居なかった一豊のところに養子に入り、二代藩主になった人物)
一豊の奥さんは忠義の義母なので、ここらへんは勘違いで「千代だろ」となってしまったらしい。

土佐藩の帳簿の千代さんの法号が妙玖院となっているので、別人だというのは確定している。
つまり、山内一豊の奥さんの名前が「千代」という確実な証拠は1つも無い。偶然に同じ名前という可能性だけは残されているけれど。

つまり「山内一豊の妻・千代が千代紙の創始者」という雑学は根底で否定されちゃうってワケでやんす。

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2006年1月28日 (土)

神はサイコロを振らない

神はサイコロを振らないすいか DVD-BOX (4枚組)転校生


先週、雑記で「西遊記」の事を書いたんですが、月曜日は堀江(元)社長逮捕のテレ朝特別番組を見てて、さっそく見忘れてしまいました。
て、事で今期、第1話から全部見ているドラマというと「神はサイコロを振らない」という水曜10時(NTV)だけになりました。と言っても、まだ第二話なんですけどね。

小林聡美ともさかりえが主役、って事で以前あった「すいか」というドラマを思い出してしまうんですが、その「すいか」では市川実日子が出ていたのに代わり今回は姉の市川実和子が出演。
他に、山本太郎大杉蓮尾美としのり岸部一徳など、手堅く良い役者が揃っている。
小林聡美と尾美としのりって言ったら、大林監督の名作『転校生』ですな。

MACH ART ダイス ブルー
話の内容は、10年前突如消息を絶った旅客機事件があり、スチュワーデス(当時の名称)ともさかりえ、パイロットの山本太郎、そして多くの乗客が死んだとして処理されていた。
空港事務職員・小林聡美は親友(ともさか)と恋人(山本)を一気に失い、事故処理担当として遺族とも関わりを持っていた。事件が風化し始めていた時、何故かその旅客機が無傷で予定空港へ着地した。10年前のまま、乗客も年を取らずに。
というSF的テイストの基本設定なんだけど、物語自体は人間ドラマとして展開していく。

MACH ART ダイス グリーン
小林聡美は10年の間に仕事に対する情熱を失っていたり、乗客の家族の生活も色々代わっていた。
ピアニストの少女は母親が残されたテープを「悲劇の天才少女」としてCD発売し大儲けしていたり、祖母宅から始めての一人旅をしていた小学生の子の両親はこの事故がきっかけで離婚していたり(祖母もすでに他界)、それぞれの環境が激変していた。
そしてSF的仕掛けとして、10年後に出現してきた乗客達は、実は10日後に再び消えてしまうというリミットがあった。(その理由もなんだかご都合的だし、教授がリミット10日と導き出した理由も無いので、ちょっとリアリティの部分では弱い設定ですが)

MACH ART ダイス イエロー
ドラマの展開とは別に、ふと自分の10年って物を考え直して見ると、果たして自分は10年何をしてきたんだろうか?とか思ってしまう。
けっして、今の自分の姿はあの時に望んでいた物ではないなぁという思いがある。
そして、タイトルの「神はサイコロを振らない」が意味する処は…。

サイコロに関する豆知泉
☆サイコロを意味する英語「dice」、実は複数形で、単数だと「die」
その「die」はラテン語の「datum」が語源とされており、その複数形が「data」
つまり確率的偶然の「dice」と、結果を収集した情報「data」は同じルーツ
☆大阪佐山遺跡で発見された奈良時代のサイコロは、1の裏が4、2の裏が6、3の裏が5。

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2006年1月22日 (日)

西遊記(孫悟空の歴史)

2006012205_1現在フジTVで香取慎吾が孫悟空に扮した「西遊記」が放映されている。
ある年代の人なら「西遊記=堺正章」という感じだと思うし、今回の作品でもエンディングなんか、あきらかにゴダイゴのテイストがプンプンする曲になっている。


この西遊記は、日本の南総里見八犬伝と並び、仲間を集め、目的に向かって進むというRPG的な要素の詰まった作品。
仲間集めに関しては今回の西遊記などは初回から全員揃って天竺を目指しているという設定になっている。(西遊記に初めて触れる子供は、どうやってこのメンツが揃ったのかとか、さらには目的すら理解出来ていないと思う)悟空が岩に閉じこめられていたシーンは回想として扱われていたけれど、後々それぞれが一行に加わった理由も語られているとは思う。

2006012204_1とにかく毎回バラエティに富んだ悪役が登場して、それを結局やっつけて、さらに旅は続くと言うことで、水戸黄門漫遊記と共にTV的に造りやすい話だと思う。
なんせ、日本のTVの試験放送時代にすでに「西遊記」が実験的に放送されていたと言う。

TV本放送での初は1953年10月19日から翌年1954年03月26日に民放NTVで放送された「少年西遊記」。約半年に渡って放送されたんですが、まだ生ドラマの時代で、実は月曜〜金曜の帯番組、しかも夕方5時50分〜6時という10分番組(もちろん自分は産まれても無かったので、資料による物ですが)この作品で脚本家の早坂暁がデビューしている(当時大学生でアルバイト脚本家)。

その後は
1957年01月06日〜05月19日に「エノケンの孫悟空(KR・日19:00-19:30)」
1964年01月05日〜07月19日「孫悟空西へ行く(ABC)」

2006012207実にテレビ的なテーマですが、制作費が掛かるせいなのか、その次の西遊記は10年以上先の、しかも一番有名な1978年10月01日〜1979年04月01日「西遊記」。
堺正章の孫悟空と共に主題歌のゴダイゴ「ガンダーラ(NTV.日20:00-20:54)」「モンキーマジック」も大ヒットしました。
(孫悟空)堺正章:(三蔵法師)夏目雅子:(沙悟浄)岸部シロー:(猪八戒)西田敏行

翌年1979年11月11日〜1980年05月04日に「西遊記2」も放映。
(孫悟空)堺正章:(三蔵法師)夏目雅子:(沙悟浄)岸部シロー:(猪八戒)左とん平
西遊記2では馬(竜王)として藤村俊二も参加

この堺孫悟空の印象が強烈だったせいか、それから10年以上どこも西遊記に手を出さず、1993年03月28日「西遊記(NTV)」で単発ドラマとして登場。
(孫悟空)本木雅弘:(三蔵法師)宮沢りえ:(沙悟浄)嶋田久作:(猪八戒)河原さぶ

その翌年、1994年04月08日〜09月23日「西遊記(NTV.金20:00-20:54)」連ドラになったのですが、主演は単発からの連投ではなく
(孫悟空)唐沢寿明:(三蔵法師)牧瀬里穂:(沙悟浄)柄本明:(猪八戒)小倉久寛と変更。

そしてさらに12年を経て今回の「西遊記」
(孫悟空)香取慎吾:(三蔵法師)深津絵里:(沙悟浄)内村光良:(猪八戒)伊藤淳史

2006012206_1ドラマ以外では、1959年07月04日「孫悟空(ABC)」で人形劇。
人形劇の西遊記と言えば1977年10月〜1979年03月「飛べ!孫悟空(TBS)」がある。これは当時人気絶頂だったドリフが声優を務め、さらに毎回ゲストで人気アイドルなどが声優として登場することで1年半に渡って放映された物。
(孫悟空)志村けん:(三蔵法師)いかりや長介:(沙悟浄)仲本工事:(猪八戒)高木ブー
で、キャラからあぶれた加藤茶は何故か一緒に旅するハゲメガネのオッサン「加トちゃん」として参加。さらにドリフの隠れキャラ白塗りブルースリー・すわしんじは馬として参加。

アニメでは1963年12月02日〜1963年12月23日「西遊記(NET)」。このNETは1977年にテレビ朝日と改名している。実は、この番組は東映動画の長編アニメ「西遊記」を30分4回に分割して再編集した連続アニメ。
1978年のアニメ「SF西遊記スタージンガー」(1979年に続編)もあるが、アニメで孫悟空といえば「ドラゴンボール」もある。
手塚治虫のマンガ作品に「ぼくの孫悟空」というものもあるが、それをギャグテイストでアニメ化したのが1967年01月07日〜09月30日「悟空の大冒険」。この作品の三蔵法師はオカマっぽく、その後のドラマにおける「三蔵法師は女優が演じる」のベースを造ったとも言われる。さらにこのアニメにはつねにつきまとう謎の女の子キャラもあり、今回の「西遊記」における水川あさみ演じる凛凛などはこれを意識したのでは無いかと思われる。
さらに手塚では1989年の24時間TVで「手塚治虫物語-ぼくは孫悟空」という物も放送されている。

今回の西遊記はオーストラリアロケを敢行したって事で、確かにロケシーンはかなり凄い。どこまでも続く砂漠地帯という情景がよく出ている。
しかし室内のセットになると、いきなり「もしかしてSMAP×SMAPのコント?」あるいは「笑う犬の生活が復活?」てな感じがしちゃうのだ。確かにセットにそれなりに金掛かっていると思うけれど、ロケの空気感とセットでの空気が全然違う。
しかも全編セットで撮影しなければいけないせいなのか、シーンが限られすぎていて、舞台劇みたいになってしまっているのも残念感が高い。(普通のドラマは実際の風景使えるし、普通の時代劇はすでにでかい外セットもあるのに対し、これは全部造らなければならない)

初回にキムタクが扮する幻翼大王と悟空の対決シーンから始まり、視聴率ガッチリいきまっせ大作戦だったんですが(これが最終回に繋がるって事ですよね?)、その後の西遊記での初期定番の牛魔王(長江英和)とか、第二話の妖泉大王(及川光博)とか、頑張っている感もあるので、娯楽作品として期待しています。
でも、脚本がいまいち雑な気もして「1時間番組としての話の詰め方としてはどうよ?」とか「もっと感情の機微の細かさ必要では」とは思うけど、娯楽作で、子供も楽しめると考えると。
でも子供向けだとすると9時台って時間設定も(9時台だから自分は見る事が出来たんですが)

記載イラストの(c)は私にあるでやんす

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2006年1月20日 (金)

またもやガセビア&鎌倉幕府

2006011904(イラストと本文は関係ありません)
以前は自分も微妙に関係あるのでちゃんと見ていた「トリビアの泉」
見られそうにない時が多かったので、留守番録画にしてHDにガシガシと溜め込んであった。実際には帰宅してもそれをチェックする事も少なく、HD容量が少なくなった際に「たぶん見ないだろうな or DVDに落としても…」という番組と一緒に消去してしまった。それ以降は留守番録画すらしていない。


それでも、放送時間に自宅にいる時は時々リアルタイムで見ていたのだが、確かにレベルダウンって感じが凄くする。
今週放送した分で、年齢と時間の関係「ジャネーの法則」が出て来たけれど、そんなに「へぇぇぇぇぇ」と驚くようなネタでもないような気がする。法則なんて色々あって、そんな大騒ぎする物でもないのでは?

2006011905(イラストと本文は関係ありません)
などと言いつつ、自分も2001年にメルマガに掲載している。(その後、知泉リサイクルと、去年の5月に「明日のために」で再録)
☆ジャネーの法則:心理的時間は年齢に反比例するという説。すなわち1歳の時の1日は30歳の30日と同等。30歳の1年は赤ちゃんにとっての12日程度。
たぶん初期トリビアだったら扱わないレベルだろうなぁ

で、ガセビアなんですが「富士の樹海の中では方位磁石が使えないというのはガセ!」と言うのをやっていたんですが、これも毎度毎度なんですが、ということはトリビアとして「富士の樹海の中では方位磁石が使えない」という投稿があったんでしょうかね?それをワザワザ投稿してくるって凄いっす。

以前の「は部分によって感じるが違うというのはガセ」よりはいいですけどね。舌の味覚部分布は昔学校の授業で習ったことですから、それをトリビアとして投稿してきた人がいるって事が変な話で。(ここ数年でさらに否定されたという事を授業で教えているからなおさらの事)
とりあえず趣旨としては「○○○というのは嘘」という事をやりたいんだろうけれど、その嘘だった物が視聴者から送られてきた物、と設定した部分に無理があるんじゃないかと。
そのうち「1192年に鎌倉幕府が出来たというのはガセ」とか言い出しそうな勢いなのだ。「1192年に鎌倉幕府が出来た」というのをトリビアだと思って投稿してきた人がいたという設定で。

鉛筆で「ますます」と何度も書くと、祭の雰囲気が出る』みたいなネタもやっていたので、もしかしたらシリーズで『紙に鉛筆で「337」と書とサスペンス劇場の雰囲気が出る』辺りも出るかもしれない。かの有名な火曜サスペンス劇場の「ジャッジャジャ〜ン」って音に聞こえるってヤツ。


鎌倉幕府に関してのメモ
☆鎌倉幕府成立と言うと「いい国作ろう鎌倉幕府」で1192年というのが定着しているが、最近の歴史研究家の間では1185年が有力。
鎌倉幕府成立というのは、どの段階を鎌倉幕府成立か?と考えるかでかなり変わってきます。現在6種類の鎌倉幕府成立とされる考え方があります。
▽1180年:侍所を設置・関東の御家人を統治し始めた時
▽1183年:後白河法皇から東国支配権を認められ、正式な行政機関として認められた時。
この2つも考えられていますが、この時点でまだ平家は滅亡していません。
▽1184年:政務を行う公文所・裁判を行う問注所が設置され行政組織が整った時
▽1185年:平家残党および義経追捕の名目で守護・地頭が設置され武家の支配権が全国に及んだ時
▽1190年:源頼朝が右近衛大将(右大将)に任命された時
▽1192年:頼朝が征夷大将軍になる事を拒んでいた後白河法皇が死去、やっと征夷大将軍の地位を獲得した時
源頼朝の力が全国に及び、ほぼ制覇したと考えられるのが1185年の事なので、鎌倉幕府としての体裁が整ったと言う意味ではそちらが「成立」と言う意味では正しいのかもしれません。
しかし受験生はとりあえず「いい国作ろう鎌倉幕府」と覚えておきましょう。
室町幕府の成立も実はかなり曖昧で、ちゃんと室町に将軍の拠点が置かれて実権を伴うようになったのは、3代将軍足利義満の時代だったりする。

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2006年1月 3日 (火)

里見八犬伝

南総里見八犬伝〈第1の物語〉妖刀村雨丸
今、40歳前後の人間の多くが『里見八犬伝』と言ったら、その八犬士が持っている玉の文字を『仁義礼智忠信孝悌』と暗唱して言える。しかも何故かメロディに乗って言える場合が多い。
1973年4月2日から1975年3月28日(全464話)、NHKで放送された人形劇「新八犬伝」は多くの子供を熱中させた。その主題歌の中に「♪イザとなった玉を出せ、仁義礼智忠信孝悌♪」という箇所があるおかげでこの番組を見ていたほとんどの子が暗唱できるって事なのだ。


南総里見八犬伝〈2〉五犬士走る

江戸文学

今回の八犬伝は滝沢秀明が主役で前後編各2時間20分程度で、TVでもSFXが使える現状でそれなりに迫力もあるので、中だるみもなくガシガシ話が進んで面白い。(里見八犬伝:出演者LIST
もっとも八犬士が集まる話が完璧にメインになって、細かいエピソードは絞り込めるだけ絞っている感じで、あっという間に仲間が集まっていく感じがして「御都合主義」の部分がやけに目立ってしまうのが残念。それぞれのキャラとか特技なんかを描ききっていないのはしょうがないか、4時間半程度の長さでは。

実際、作者の滝沢馬琴はこの「南総里見八犬伝」を約30年書けて書いているんで、その量は膨大な物で、たった4時間ちょっとじゃ描ききれない。少なくとも連ドラで10回以上じゃないと。NHKの人形劇は2年間もやっていたんだし。
ちなみに現在NHKにも「新八犬伝」のマスターテープは第1話、第20話、最終話の3本しか残っていないらしい。

南総里見八犬伝〈3〉妖婦三人

八犬伝は江戸時代に大衆文学として誕生し愛読されてきたが、実は明治時代の一時期、文学の世界から抹殺された事がある。
というのは明治期の文学界で大きな力を持っていた坪内逍遙が「小説の作法」の中で滝沢馬琴や南総里見八犬伝を批判していた事による。というのは坪内逍遙は明治に日本に入ってきたリアリズムを基本とする文学運動に没頭していて「馬琴の作品は八犬士というバケモノが作者の絲索きによって話が進む」と、物語のダイナミズムを否定していたのだ。
今それらの言動を見直すと、明治期にドッと入ってきた海外文学こそが文学で日本のはダメだよねぇという「外国サイコー!日本ってダサイ」という感じでしかないワケで、おかげで江戸時代に盛んだった講談的な作品は全否定。滝沢馬琴だけじゃなく十返舎一九などなども全否定されていた。

南総里見八犬伝〈4〉八百比丘尼

もっとも、そんな坪内逍遙って言う偉い先生の声に惑わされる人ばかりじゃなく、かの森鴎外なんかは「八犬伝は私にとって聖書のような物なのです」と語っていたらしい。参考にする部分が多かったんだと思うし、小説として単純に面白かったんだと思う。主義主張だけじゃねえだろ、小説は。って感じなんだろうな。
しかし、NHKの人形劇を見ていた人として今回のドラマを見ると「玉ちっちぇえ!」と感じてしまうのだ。人形に持たせるためにデカくしていたのは理解しているし、最初は数珠だったのと、最後の犬江親兵衛が開かなかった手の中に玉があったというエピソードから大きさはドラマの物が正しいサイズだってのは解るんだけど、なんか物足りないっす。

今回のドラマ、この時間尺では原作に忠実に出来るハズがないんで、原作と比べてどうこう、ってのは無しで、よく出来た娯楽作品だと思った。

ちなみに八犬伝には続編がある。といっても山田風太郎が書いた「忍法八犬伝」
この話の内容はすっかり忘れてしまったけど、この雑記の1999年8月12日に読書感想文を書いている。(以下その時の再録)
いやーやっぱしこの人凄いや。なんつーか天才ともうひとつの紙一重の処をギリギリ向こう側に行っているって感じ。
なんせこの「忍法八犬伝」江戸時代のベストセラー滝沢馬琴の「八犬伝」の主人公達の子孫が出てくる話なんだけど、子孫の八犬士はやる気は無いわ、女好きだわ、忠誠心ないわ、で困ったちゃんの集団だし、それを迎え打つのは8人のエロエロ女忍者だし、まったくもー子供の頃にワクワクして見たNHK「八犬伝」のイメージがったがた。辻村ジュサブローも大笑いでしょうな。
さらに、そこに示される珠に描かれている文字が「仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌」じゃなくって「淫・戯・乱・盗・狂・惑・悦・弄」だもんなぁ
たしかNHKの「八犬伝」にもニセモノの珠が出てきて「痴」と言う字だったけど、こりゃ凄いっす。

まったく自分で読んだ記憶が残っていないや。6年半も昔の話。

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