2006年4月30日 (日)

江戸東京たてもの園

基本的にこの雑記では日記的な事は書かないんですが、今回はちょいと書きます。


途中で買った駅弁(嘘)フィギュア
20060403014月29日から去年の夏ぶりに東京に行ってきた。そこで学校時代の仲間と取り留めのないグダグダ宴会を行った。
「俺明日(4/30)仕事あるからさ」と夜遅く電車で帰る友人を11時半に駅で見送ったのだが、それから1時間半後「やっちゃったよぉ」と電話があった。なんでも、酔っぱらって違う電車に乗って全然違う駅で正気に戻ったらしい。終電以降なのでタクシーで戻ってきて「今晩停めて」という事になったり、色々ありつつ「アホは成長してもアホ」という事が判明したのだ。
「三つ子の魂百まで」「雀百まで踊り忘れず」ということわざは間違っていないのだなぁと、昔の人々の知恵に関心したりする今日この頃なのであった。

2006040303そんでもって、翌日はちょい健康的に「都立小金井公園」に出かけ、その園内にある『江戸東京たてもの園』の中をうろついてきた。
実際には「江戸」というより、明治時代以降の建物がほとんどでしたが、わらぶき屋根の農家から時代を通して色々な建物が移築されていて、単純に「ほほう」と思ってしまう状態でした。
アミューズメントとして考えたら、かなりゆるくて「ぼけーっと訪れるのにはいい処だなあ」という状態。

2006040302とりあえず高橋是清邸で食事が取れるという事で、そこで食事。ちょうど季節限定で「茶そば」があったので「限定」って言葉に弱いので注文。あんまり「茶そば」という風味はなかったけれど、こんな物でしょという感じ。
でも、明治期のロマンを感じさせる建物の中で穏やかに庭園の風景を眺めつつする食事はいいもんだ。

2006040304という処で隣の席に40歳前後の夫婦&小学校低学年の女の子の家族が座った。座ったそうそう母親がメニューを見て一言「私はこのオニギリでいい。こんな場所の食事に味を求めてもしょうがないでしょ」という観光気分を一気にクールダウンさせるような事を言い出すのだ。あぁ現実主義って達観しているなぁ。

2006040305他にも昭和初期頃までの風景が色々再現されていて、経験した事はない懐かしさ満載でした。

中には数名のボランティアスタッフという解説員がいるんですが、廻っている最中に土蔵の外壁にL字型の鍵(フック?)がいくつも規則的に飛び出しているのを見つけ、「あれ何だろう」と言うことになって、直接質問をしてみた。
が、その解説員の方は微妙に動揺した風で「え。あれは...外で作業する際に色々物を..」などと解説してくれた。

解説者と言えども何もかも知っているワケではないというのは解っております。突然な質問すいませんでした。

これが謎の土蔵のL字フック
2006040306帰宅後ネットで調べてみると、漆喰壁を作る時にその漆喰が乾くまでその外側に板(下見板というらしい)を取り付ける必要があって、その板を貼った時にさらにL字型金具を使ってヨコ桟(ヨコサンと読むのかも知れない。桟はカケハシという意味)を固定していたと言う事だそうです。
つまり建築の際に必要な物で、それが終わったら基本的には必要ではなかったものみたいです。

なにはともあれ「江戸東京たてもの園」はゆるやかな時間が過ぎています。
とりあえず、移築した建物の中を見て回るスタイルなので、靴を脱ぐ必要がありますので、靴下の穴や毎回めんどう臭い靴ひもを縛り直すタイプの靴は要注意です。

その後、国分寺にいったのですが、駅前再開発で色々な店が転居していて寂しい限り。

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ボタンマニア必見!

Dscn2819
東京めぐりの最後に国立駅周辺をうろうろしたんですが、大昔の印象より穏やかにセンスのいい街って感じで「住むのならこんな処がいいなぁ」と思ってしまった。
なんか日常的なセンスの良さって感じで、そんなに肩に力が入っていない「ゆるいセンス良さ」って感じ。


Dscn2820それなりににぎわっているのに猥雑さが少ないのは、政府が定める「文教地区」という区分のためにパチンコ店とか風俗関係が無いお陰かもしれない。
そしてギャラリー(画廊)も普通に町中にとけ込んでいる感じに点在している。
そんな中、ギャラリー的に楽しめる店もある。
今回、教えて貰って覗いた『STUDIO T&Y』という店は「アクセサリー専門店」でボタン(釦)が充実しているお店。

Dscn2822そのディスプレイを見ているだけで気分がニコニコしてしまう程、良い感じの店です。
ボタンとは思えないほど色々な種類のボタンがディスプレイされていて、ものすごくポップ。
自分的に「なんか小さくてこじんまりしてゴチャゴチャした物が好き」って事もあって、買わなかったけれど(すいません)かなり楽しい気分になれた。

「ブログに書いてもいいっすか?」とお店の方の了解を頂きました。
場所は国立駅の南口を出て右方向、ディスクユニオン前を通り過ぎ、しばらく進んだところにある国立駅南口駐車場の向かい側にあるこじまりとしたお店です。
被服マニアの方や、そうじゃなくても可愛い物マニアの方は必見でやんす。国立駅にお寄りの際は是非。

Dscn2821『STUDIO T&Y』
〒186-0004 東京都国立市中 1-8-30 イトーピア 1F
tel/fax 042-576-2796
http://www.studioty.com
営業時間は昼12時から8時(月曜定休)


国立市の豆知泉

2006043001国立の名前はまず駅を作る時に考案された物。中央本線の国分寺と立川の間に新駅を設置する際、両端の駅の頭文字「国」と「立」をとって『国立駅』として考え出されたもの。

実は「国立駅」が作られた場所の元々の地名は『谷保村』だったが、何故「谷保駅」にしなかったか?と言うと「谷保は野暮(やぼ)に通じる」と意見が出たため。

20060430021951(昭和26)年4月1日、人口が増え村制から町制に移行するときに、町名をどうするかで村内の意見が分かれたが、谷保村議会で投票の結果「国立町」に決まった。

その旧地名「谷保」に関係した物では、ここにある「谷保天満宮」がダサい人を指す「野暮天」の語源になっている。別にここがダサいワケではなく、元々あった「野暮:やぼ」と言う言葉を蜀山人(狂歌文人・大田南畝:1749-1823)が言葉遊びとしてリズミカルに「谷保天」と言ったのがキッカケで定着した物。

2006043004国立音楽大学は「こくりつ音楽大学」ではなく「くにたち音楽大学」。しかし1978年に国立市から立川市に移転してしまったので、さらにわかりにくくなっている。

日本で一番最初にできたファミレスは、スカイラーク国立店。

ゆるいオシャレな街国立。実は久保田早紀が「異邦人」を作った際に情景をイメージしたのは国立市。あのアレンジの為にシルクロードや中近東のイメージがありますが。

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