2008年12月18日 (木)

食はすべての原点なり

2008121801自分が関わっているラジオ番組「らぶらじ」では、毎日『本日のテーマ』を募集している。そのテーマは多岐に渡っていて「懺悔したい事」とか「人に言えない趣味」とか、あと年末になると「今年はじめてやった事」とか「今年の自分を四文字熟語で言うと」など。
そして時々、自分のコーナーの冒頭でいきなり「で、杉村さんは」と話を振られることがあるんですが、それが毎回ではなく、思いついた時にいきなり!なので、パニクってしまうのだ。
アドリブはそこそこ利くとは思っているのですが、コーナー冒頭はその日に喋る雑学に関して頭がパッツンパッツンになっているので、わけの解らない事を言ってしまう事もある。
とりあえずその日に喋る内容は原稿としてあるのですが、いきなりそれに関した問いかけがされる事もあるので、関連雑学も頭に入れ臨戦態勢モードに突入しているので、もう他の思考の入る余地がないのだ。
といいつつ、それなりに『本日のテーマ』には答えて来ているのですが、困ってしまうテーマもある。


2008121802本日は「アナタのお気に入りグルメ」みたいな物でした。
食はすべての原点で、誰でも飛びつくテーマなので「私は絶対○○亭のあんかけチャーハン!」とか「駅前の立ち食いソバにある裏メニューの!」とか、番組には大量のメールなどが届けられ、読み切れない状態だったわけです。
ところが自分は「これと言って無い」のだ。
そりゃ美味しい物を食べたいとは思うんだけど、日々ほとんど外食はせず、食に対して一家言持っているワケでもない。お気に入りの店があるワケでもない。
どのぐらい外食していないかと言うと、この前外食したのはいつなのか思い出せないぐらいなのだ。もしかしたら、6月13日に東京に行った時が最後?ってぐらいの勢いなのだ。
先日もラジオに出演した時、朝早い時間帯に家を出た時も軽く家でご飯を食べただけで、放送が終わって局を出たのが昼時だったのに、駅の飲食店街で「あぁどの店も混んでいるなあ」と並ぶのも面倒なので本屋で本を選んで、それを持って東海道線に乗り込みそのまま帰ってきてしまった。
他にも普通に外出はしているんだけど、なんかあんまり食に興味ないのかも知れない。
普通に店でラーメンを食べたのは…、もう1年以上前だし、吉野家の牛丼を食べたのは、一時期販売中止になった時より前なのだ。って全然自慢にはならないけど。エンゲル係数が異常に低い(本&レコードにそれが行っているワケですが)。

2008121803とりあえず自炊は子供の頃から普通にやって来ているので、学生時代から今に至るまで当たり前の作業として料理を作っていたんだけど、いわゆる料理自慢タレントのように「我が家秘伝のレシピ」みたいな物もないし、それを熱く語ろうとは思っていないので、それに付いて一言が一番難しいのだ。
とりあえず番組内では「あんまり外食もしないので…」という事と、料理を自分でという話題から「さっきは昼食に麻婆豆腐を作った」という話をして、まいどの雑学話へと進んでいった。
やはりライター的な仕事をするとなると「食に関して確固たる信念を持って、それについて熱く語る」という部分はポイント高いのかなぁ。
自分でもこの食に対しての淡泊さはイカンと思っている。

もともと食に関して蛋白だったんだけど、先日まで10数年サラリーマンをしていた時、昼休みは常に仕事に追われて、朝買ってきたコンビニおにぎりをかじりながらモニターを見ていた、という日々を過ごし、夜も変な時間にムリヤリ詰め込むように食べ(帰宅する途中のコンビニでパンやおにぎりを購入し、運転しながらそれを食べ夕飯終了という事も多かった)、朝は寝ぼけながら御茶漬けを流し込む、みたいな状態が当たり前で「食を語る」以前の状態を当たり前に続けていたせいかも知れない。
会社の食堂に行けていた頃も「これが食べたい!」という明確なビジョンを持っていないのと「行列に並ぶのが嫌い」という理由で一番人数が少ない列にならび、気が付いた時は数ヶ月、淡々と「コロッケ定食」を食べていた。
だってほとんど人が並んでいないんだもん。

2008121804そんな事を言いつつ、作家が食に関して書いているエッセイなどを読むのは好きで、池波正太郎作品や東海林さだお「丸かじりシリーズ」や、ちょっと考え方に偏りあるなぁと思いつつ「美味しんぼ」とか、アルコールが体質的に受け付けないけれど古谷三敏「BARレモンハート」ラズウェル細木「酒のほそ道」などなど、愛読し続けている。
「あぁ美味しそうだなぁ」と思いつつ、行動力の無い私は冷蔵庫の残り物でチャーハンなどを作って日々を過ごすのであった。
だから、実際に食べる食事に興味が無く、それを実際に食べた経験もほとんど無いのに、食物に関する知識だけはたくさん知っている。
いや、この2年本当に自分が「経験値が異常に少ない人」というのを実感しているので、食に関しても実際に食べ歩き「いやぁこのまったりとした味が口いっぱいに広がり」などと言わなくてはいけないと思っている。

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2008年5月13日 (火)

非グルメを脱却しなくては

池波正太郎『食卓の情景』という文庫本。昭和55(1980)年に発行されているが、オリジナルは昭和48(1973)年に朝日新聞社より刊行されている


池波正太郎は1923年生まれなので、オリジナルは50歳の時に刊行されたという事になる。
自分はエッセイ、以前なら随筆と呼ばれる物が好きで学生時代からよく読んでいるのだが、これらはおそらく中学の時に遠藤周作『狐狸庵先生シリーズ』北杜夫『どくとるマンボウシリーズ』を大量に読み込んだのがベースにあるのかもしれない。
もちろん小説も読むんだけど、その作家の日常をのぞき見る事が出来るエッセイは楽しい。
もっとも今はエッセイに始まりエッセイに終わるような作家も多々いて、なんだかなぁという感じでもあるのだけど。

という事で、この『食卓の情景』というエッセイ集を四半世紀振りに読み返して見る。最初に読んだ時は自分は10代の終わり頃だったので、ここに書かれている「初老を越えた自分、そして年老いた母親の姿」などの描写は他人事で「ふ〜ん」という感じでザッと読み飛ばしていた。
まだ、その年齢には達してはいないけれどなんとなく山の向こう側にゴールがあるんじゃないか? と感じ始めた自分にとって感じ入る部分も多くある。
もちろん元々の資質が全然違うので池波正太郎の精神部分にまで達する事は生涯ないのだろうが、ふと「自分がこの年齢、50歳になった時にここまで達観出来ているだろうか、ここまで穏やかに熱くいられるのだろうか」と思ってしまった。

その小説世界の中でも「食」という物をじっくりと描き続けてきた池波正太郎なので、その実生活の中での食事も慈しむように記載してある。
これ見よがしにグルメぶりを披露するワケでもなく、他者に「これはこうでなくてはイカン!」と啓蒙するというワケでもなく、淡々と自分の精神が高揚できる、自分の創作意欲の後押しをしてくれる食事を書いている。
昭和四十三年十二月九日
[昼]ドライカレー、コーヒー。
[夕]赤貝とキュウリの酢の物、鯛の塩焼、冷酒(茶わん2)、カツ丼
[夜食]カツうどん
などと。夜食が重そうなのは、池波正太郎はここから明け方の午前五時頃まで淡々と執筆に入り、昼まで寝るという生活パターンだったので、通常の人より1つづつズレて考える事になっている。もっとも、その一日最初の食事である昼食で「カツレツ」なんて時もあるので、やはり食欲旺盛なのだなぁ。

この様に作家の人で日々の食事を日記に書き記している人も多いが、自分はそれらを見て「もっとちゃんとしなくちゃなぁ」と思うしかない。
あまりにも自分が「食事」という物をないがしろにしているからなのだ。
以前のサラリーマン時代、とにかく昼頃は忙しくて昼休み明けまでに仕上げなくてはいけない仕事を毎日抱えていたので、年間を通して昼休みにちゃんと休めた事が数回しかなかった。
ほぼ毎日サンドウィッチかおにぎりを朝の通勤途中に購入しておき、昼休みもパソコンのモニターに向いながらそれをパクつき作業をしていた。そうなると「食」がどーこー言ってられないのだ。とりあえず栄養補給。さすがにカロリーメイトみたいな物は味気ないのでパスしていた。
一時期、月間残業時間が140時間を超え(それを超えると社則違反になってしまうので、残業時間になるとタイムカードを打って、その後残業に突入という事もあった、いわゆるサービス残業っすね)毎日のように夜12時を超えるような時もあった。夜勤というシステムは無かったので、毎晩のように自分が最後の戸締まりをして帰っていて、その戸締まりチェックノートは『杉村』というサインばかりだった事がある。

その時などはとにかく忙しかったので(社則的には休憩時間が盛り込まれていたけれど)夕食の時間も取れず、帰りのコンビニで再びおにぎりやパンを買って運転しながら食べつつ帰路に就くというとんでもない状態を続けていた事もある。
ちなみに、通勤時間は自分で車を走らせて片道一時間。夜2時ぐらいになると家に3時に着き、朝6時半頃に起きてムリヤリ御茶漬けを流し込んで出社なんて事もあったり、気力が無くなり帰ることが出来ずに職場の椅子を並べて寝たり、会社の駐車場・車の中で寝たり・・・・という事もあった。

その頃、作家の日記のように食事をメモしていたら
[朝]御茶漬け(永谷園さけ茶漬け)
[昼]おにぎり(梅干し・昆布:セブンイレブン)
[夜]おにぎり(おかか・シーチキン:ファミリーマート)
みたいな感じのが延々と続いていたと思う。栄養や味がとどーこー言う以前の話なのだ。
そんなサラリーマン時代を長く続けて来たため、次第に、自分の生活の中から「食」という物が欠落していったのかもしれない。おそらく毎日同じメニューを出されても何も言わずに淡々と食べ続ける事が可能なのだ。

そんな状態なのに、仕事では「お取り寄せグルメ現地調達便!」とか「もう一品、出来る奥さまと言われるメニュー」とか「いきいき元気!栄養バランスでスッキリ美人」とか、その手の本の編集などをしていた。(本のタイトルはあくまでもそんな感じって事で、実際の名前は出せませんが)
もう、その本の中で展開されている「時間にも精神的にも余裕がある生活の中で、もっと美味しい生活をエンジョイしましょう」という内容はSFのようにしか見えなかった。
そういう意味でもっと凄かったのが、徹夜も含め、延々と神経を張りつめて限界状態で作業していた『犬の生活』という趣旨の本。その中で延々と「ワンちゃんは犬種によってストレスに弱いので、ストレス解消にこんなグッズはいかがですか?」みたいな事が書かれていて、アロマオイルでご主人がマッサージしてあげるとか、ベッドにこんなクッション、そしてこんなポプリ、食事も・・・と至れり尽くせりの内容。
そんな本を、数日、帰宅しても風呂に入る余裕すらない不精ヒゲの男が意識朦朧としながら編集しているという、シュールな状態にあった。「俺は犬以下かぁ!あぁぁぁ犬になりてぇ」と思いながら編集を続けていた。

そんなこんな世界からドロップアウトしてしまった私ですが、去年一年間は本当にリハビリの1年だった。
当初は完璧に胃の調子が悪く、ちょっと熱い物を食べただけでグッタリなので鍋を食べる事が出来ず、油っぽい物も全然ダメ、刺激物も全然ダメ。という本当に好き嫌いが激しい人のようになっていた。
去年1年間は淡々と仕事もセーブして(セーブしなくてもそんなに多くないけど)、淡々と自分で食事を作り、淡々と栄養管理などをして過ごした。料理は子供のころから普通にやっていたので苦にもならずに、それなりの物を作っている。
別段、日記に「今日は何を食べたのだ」とか書く気は毛頭ないわけですが、この1年で普通に淡々と食事をするという事の重要性を痛感している。
池波正太郎になる事は出来ないけれど、少しは「人間として」食事を考えてみたいと思う今日この頃。

ついでにこの1年で、それまで長く煩っていた右腕の痺れも消え、時々やってくる顔面神経痛(軽度)、偏頭痛、腰痛、何をしたワケでもないのに左足を捻挫したかのような痛みなどなど「どこが悪いのか解らないぐらいに調子悪い」という状態が消えつつある。
まだ、耳鳴りと異常な肩凝りは消えていないけど、それでも体調はかなり良くなっているので、まっとうな生活が出来るようになってきているのかも知れない。


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2008年2月 1日 (金)

それでも餃子が好き

ダメと言われると逆についついそれに引かれてしまう事がある。


例えば、バレンタインデー直前の1週間ぐらいの時期、テレビを見ると盛んに「今年のバレンタインデーには!」とチョコレート特集が組まれている。
そんな番組を見ているとチョコレートが食べたくなってしまう。別段、日頃はそんなにチョコレートを食べたいとは思わないんだけど、ここまで見せつけられると食べたい欲求が大きくなってしまう。
しかしだ、このタイミングでチョコレートを買うってのは「バレンタインに貰えないから自分で買っておくんだね」などと誰が指摘するワケでもないし、そもそもバレンタインという風習を否定的な自分はどうでもいいハズなのだが…。
という事で、バレンタイン直前には平常心でやりすごしている。

そんな状態で現在テレビを付けると嫌になるほど「餃子」が話題として出てくる。
何度も何度もしつこく餃子の画像が出されると、激しく餃子欲求スイッチが刺激されてしまうのだ。
別に全ての餃子に毒が入っている恐れがあるワケでもないので、何を恐れる事があるか!と思うんだけど、世の中にはそんな風にテレビで餃子を見せつけられてスイッチが入った人がいるんだろうあぁと報道され始めた1月31日に思っていたのだ。
とかなんとか思っていると、案の定、その報道が始まった夜、食卓に餃子が登場していた。
実に解りやすく、メディアに乗っかってしまう平凡な家庭なのであった。

静岡で餃子というば家庭食で、近所に餃子の王将が出来た時は「ワザワザ餃子を喰いに専門店に行くのかぁ」と思った経験あり。
餃子というと宇都宮が「もっとも餃子を食べている街」と数年やっていたワケですが、実際の事を言えば静岡市・浜松市がもっと多く食されているという事で、その辺の話は自著「静岡県の雑学」に書いてあります(って久々に自分が去年本を出したのを思い出した)
しかし、中国の食問題はどこへ行こうとしているんだろうか?

という事で、餃子についての雑学を書き並べようと思っていたんだけど、そっちの基本的雑学は「静岡県の雑学」にどん!と書いてしまったので、めぼしいネタがないや。

しかし今回のニュースで「本場中国の餃子!」ということで、中国で作った冷凍餃子を大量輸入しているって話だったワケですが、本来中国で餃子と言えば「水餃子」か「蒸し餃子」で、焼き餃子は本来「残り物を暖め直す時の調理法」で、日本で進化して発展した調理法。中国の作業員はあの焼き餃子のパッケージ写真を見てどう思っていたんだろうか。

餃子は紀元前6世紀頃の中国春秋時代に原型が考案されていて、8世紀唐時代に埋葬された墓跡から壷に入った餃子のミイラが発掘されている。と言っても、餃子を埋葬したワケではなく、その亡くなった方が大好きだったんじゃないかと、いう感じなのだ。

で、日本で一番最初に餃子を食べたのは誰だ?という話題になると、おそらく九州とか沖縄地方ではないかと思うワケですが、歴史上の人物って事では毎度おなじみの水戸光圀さんが該当者です。
でもって、これも雑学での定番中の定番、中国から亡命してきた儒学者・朱舜水が作り方を伝え…という物。つまりラーメンと餃子の製法を日本に持ち込んで、珍し物好きの御老公水戸光圀に食べさせたって事なんすかね。

でも、朱舜水の本職は儒学者であって料理人ではないので、そこで食べたものが本当に本物なのかは不明の気がする。なんとなくこんな感じって作った料理って感じ。
たとえば自分がいきなり海外に行った時に「おまえ、日本の料理をなんか作ってみろ」と言われ、「どうせ本物は解らないだろ」と、適当に肉じゃがとか、テンプラ辺りを作って出すことは出来る。そんなレベルかも知れない。
とりあえず当時の文献として、朱舜水が水戸光圀に餃子を献上したという文献と、中国のしきたり通りに新春になると御老公は餃子を食べていたと言うことが残されている。

以前、テレビ番組の企画で当時のラーメンと餃子を再現するという物があったんだけど、当時手に入れることが出来たハズの食材を揃え、おそらくこんな味ではなかったか?という事で料理をしていた。
それからすると、当時のレシピなどはハッキリ残っていないのだ。ついでに調理法も残っていないんじゃないかと言うことなのだ。
なんせ、そこで再現して食べていた餃子が、中身は別として、調理法が「焼き餃子」だった。
「焼き餃子」というのは、水餃子や蒸し餃子を翌朝食べる時に暖め直すあまりお勧め出来ない食べ方なのだ。
朱舜水が焼き餃子を水戸光圀公には出さないだろ。

ついでに中国の餃子の中にはニンニクを入れないのが基本。
工場で日本向けに冷凍餃子を調理していた中国人はどう思って作っていたんだろう。
ちなみに日本で混雑した状態を表す「イモを洗う様な」という表現、中国では「餃子をゆでる様な」という。

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2007年10月21日 (日)

「もったいない思想」を実行する赤福

「もったいない」「食べ物を粗末にするとバチが当たるよ」という言葉を継承していただけなのに赤福。


00huku01「赤福」の創業は宝永4(1707)年って事になっているんですが、どうやらそれより古い書物の中に赤福というお菓子の事が出てくるらしいので、もっと古い時代からあったみたいです。
時代的に言えば1700年頃と言えば、松尾芭蕉が1694年まで各地をうろつき、ドラマが事実なら水戸黄門も諸国を漫遊している頃なのだ。

宝永2年頃は、伊勢に参拝するお陰参りがブームになっていると書かれている事から「伊勢ブームに便乗して創業した」って感じなのかもしれない。
でもって、「赤福」が創業した宝永4年の10月にマグニチュード8.4の大地震が発生して、11月に富士山が大爆発しているのだ。(これが現時点での最後の大噴火)

00huku02で、赤福によると「赤福」というネーミングは、千利休の流れを汲むお茶の宗匠が(ハッキリと名前が解らないってのが眉唾物なんですけどね)、伊勢参りの際に店であんころ餅を食べ「この餅は赤心慶福である」と語ったというのだ。
それを解りやすく言うと「この餅は神様にお詣りした時の清々しい気持ちと同じ味がする」という事。

あんころ餅を食べて思う感想じゃねえだろ!と思うワケですが、その偉い人はそー思ってしまったのだからしょーがない。
その有り難いお言葉を聞いた初代店主の治兵衛が「このありがたい言葉を餅に付けよう」ということで「赤心慶福」より『赤福』と名付けたのです。
と言いつつ、それより古い文献にその名前があるワケですが。

00huku03で、あの「赤福」のデザインは、伊勢を流れる五十鈴川の流れを表現しているもので、白い餅が川底の小石、アンコに刻まれた筋は清流を意味しているとの事。
あのデザインは、現在でも手作業で熟練のおばちゃんたちが日々セッセと三本の指(人指し・中・薬指)で餅にアンコをペッタンと被せる事から生まれているのです。
で、そのアンコを剥がして、別のお菓子に流用するのも手作業だったんでしょうかね?

実際の事を言えば、糖分がかなり含まれているアンコの賞味期限なんて、あって無いような物だと思うんですけどね。

00huku11ちなみに自分の地元、三嶋大社には赤福に似ている「福太郎」という銘菓が存在しています。(餅がよもぎ餅ですが)
福太郎というのは三嶋大社の神事に登場する人物の名前で、「福を蒔く神様」として登場する。その名前を取っためでたい銘菓なのだ。

「赤福がないのなら福太郎を食べればいいのに」
         by.マリー・アントワネット


00huku21さらに「赤福」に語感が凄く似ている(見た目も)、山中温泉名物「加賀福」というあんころ餅銘菓もヨロシク。

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2007年9月10日 (月)

二十世紀梨

朝起きて、ナシ半分

って別にあれをまた書くつもりは無いんですが、実際にナシを食べた。もしかしたら自分は果物の中でナシが一番好きかもしれない。茶色系の食感ザラザラも、緑系の食感サラサラも、洋梨の歯ごたえ無い物も、全部好きでやんす。
そんなこんなで「二十世紀梨」について。


二十世紀梨の誕生に関してネット検索すると曖昧な情報が流れています。というか雑学本でもかなり適当な事を書いている物もある。
どうも雑学本の多くが、他の雑学本を参考にお手軽に書いている物が多いみたいで、ある時、物珍しいネタが書かれた本が発売されると、数ヶ月後に複数の本でその珍しいネタを見かける事になる。だから間違った雑学も、あっという間に当たり前のように流布する。オマエラは「裏取り」とか「まずは怪しむ」って事をしないのか!

自分なんかも、かつて雑学本を出した時に「これは今まで雑学本で読んだことない雑学だぜ」と自信を持っていくつか書いた。で、数ヶ月後に同じネタが書かれた雑学本を何冊も見る事になった。(とりあえず目に付いた雑学系と思われる本はことごとく購入し続けているワケでやんす)
ま、そんなものかというワケで、今日は二十世紀梨に関しての確認の意味でその誕生をまとめてみる。

1888(明治21)年、二十世紀梨の原樹を発見したのは当時千葉県松戸市に住んでいた13歳だった松戸覚之助(まつどかくのすけ)。
よく雑学本では「近所のゴミ捨て場に生えていた」とだけ書いてあるのですが、正しくは、松戸覚之助の親戚(分家)・石井佐平(いしいさへい)宅の裏庭にあったゴミ捨て場だったそうです。

この梨の木を父親が経営していた梨園「錦果園」に移植したのですが(この2年前に開園したばかり/これが後でポイントになってくる)、その時点ではまだ実が付いていませんでした。そして10年目の1898(明治31)年に実が付いたのです。
この当時「梨」と言えば茶色でザラザラした食感のものが殆どだったワケですが、その梨は薄緑色の皮で果汁が多く食感も優しいものだった事から「新品種」と判明したのです。

で、当初は松戸覚之助(23歳)が「青梨新太白(あおなし・しんたいはく)」と命名したのですが「なんかイマイチだよね」という事で、父親が付き合いのあった種苗商・渡瀬寅次郎(わたせとらじろう)に「なんか良い名前ないっすかね?」相談したワケです。
で、雑学本でも、ネットでも多いのが「渡瀬寅次郎が二十世紀梨と命名した」と書かれているワケですが、実際には渡瀬寅次郎は別の人に名前を相談しています。

その人は当時、東京帝国大学の教授をしていた池田伴親(いけだともちか)で、「この美味しい梨は新世紀に王者となるべき梨である」という事から『二十世紀梨』と命名したのです。この時代はまだ「世紀」という概念が一般的で無かったので、どのような印象だったか不明ですが「とにかく新しい」って事だったんだと思う。

マジに「渡瀬寅次郎が二十世紀梨と命名した」と書かれているのが多いんですが、あと雑学で多いのは「二十世紀梨は十九世紀に命名された」というのですな(こっちは正しい)。
ちなみに、二十世紀梨の原木は第二次大戦中の空襲で立ち枯れてしまい、現在はその原木の一部が松戸市立博物館に保存されているだけになっています。

しかし、最初の石井佐平宅裏になぜこの梨が生えていたのかって部分に触れている本はあんまり無い。いきなり「発見された」って事になっている。普通一番疑問に思う部分はそこじゃないのか?
これまで多くの雑学本に書かれていた二十世紀梨に関する雑学は、「何故そこに突然?」が不明だったので、ずっと最初の「偶然発見した」というのが、本当はどうなんだろうか?と疑問に思っていたワケです。

で、ヒントが「父親が2年前から梨園を始めた」って部分で、園を始めるにあたって種苗商・渡瀬寅次郎の処から色々な種類の梨の苗を購入していた事実がある。
そして梨園はそこで収穫された梨の実だけではなく、生育の悪かった苗など一切合切を、親戚(分家)石井佐平宅裏にあるゴミ捨て場に捨てていた。
つまり石井佐平宅の裏にあるゴミ捨て場は普通のゴミ捨て場ではなく、異種混合梨のるつぼって事だったワケで、そこから何かがどーにかなって何があーなって、素人では考察すら出来ない事が起こって二十世紀梨の苗が誕生したのではないか?という事なのだ。

つまり「二十世紀梨はゴミ捨て場で発見された」というのは、雑学的に面白い話なんだけれど、実際には「二十世紀梨は梨園が捨てた多種多様な梨が何らかのキッカケで新種として生まれ、梨園の息子がそれを育てた処、美味しい梨が出来た」というのが答えなのかも知れないなぁ

雑学的にはあんまり面白い話では無くなってしまう。これまでの雑学本を読んでいると、まったく梨園などとは関係ないゴミ捨て場に突然梨の木が生えていたという感じだったのに・・・。
で、近年遺伝子レベルでの親探しの研究が進んでいるので、近い将来親が特定され、さほど面白くない雑学になっていくのだ。

オマケ雑学

新品種の梨に「二十一世紀梨ってつけよう」と思う人がいるかも知れないけれど、それはダメ。すでに梨の品種に「二十一世紀」があるって話ではなく、盆栽の品種に「21世樹」というものがあって、これは商標登録されているので同じ名前は種苗法でダメって事で。

という事だったんだけど、鳥取県米子市の小林秀徳さん経営の農園会社「秀起カンパニー」が、「二十一世紀梨」の商標登録を特許庁に認められ、新品種「瑞秋(ずいしゅう)」を「二十一世紀梨」として2005年から出荷しているらしい。

二十世紀梨の読みは「ニジュッセイキ」ではなく「ニジッセイキ」

洋梨のラ・フランスは1864年にフランス人クロード・プランシュが、「わがフランスを代表する品種」の意味を込めて命名した品種。

その後日本でも輸入されて栽培されるようになったが、とにかく病気に弱く育成させるのが難しい品種で、実はフランスではもうほとんど栽培されていない。流通するほどまで栽培されているのは現時点では日本だけ。(山形県で多く作られてる)

※文章公開後、色々アドバイスを頂きましたので文章を若干書き換えました。情報を提供してくださいました皆様有難うございます。

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2007年9月 2日 (日)

まんぷくトルコライス!

目の前の若造がいきなり大きな声で「トルコさん!」と叫んだ。


年の頃なら高校生という感じの青年なのだ。おそらく今日で終わりとなる夏休みの間だけのバイトだとは思うのだが、その青年(サラッとしたストレート茶髪の近頃ありがちな)がさっきまで「はい、はい、わかりました」と小さな声で私の注文に対して応えていたハズなのに、いきなり大きな声で叫んだのだ。
しかも「トルコさん!」だと!
そして次の瞬間、奥の厨房からオバチャンの声が「はぁいトルコさぁぁぁん!」とオウム返しに帰ってきたのだ。
なんたる事だ。
ただ私は悪気もなく、現在、この弁当チェーン店「ほっかほっか亭」のおすすめ弁当『まんぷくトルコライス』を3つ注文しただけなのに・・・。

これが噂のトルコライスだ!
Dscn4492という事で、友人が働いている場所に昼時という事で弁当を買っていく事になり現在フェア中の「まんぷくトルコライス」を注文したという話なのだ。
内容的には、ナポリタンのスパゲティ&カレーの掛かったハンバーグ&コロッケ&ご飯という状態の、なんだかよく解らないけれど主役級の役者をムリヤリ舞台の上に並べてみましたという本来は豪華なハズなのに「ひたすら暑苦しい」感のある弁当なのだ。
今日がいきなり秋中旬の気候になっていなかったら、暑苦しくて見るのも嫌って感じの弁当なのかも知れない。
で、なぜコレのことを「トルコライス」と呼ぶのか?

関係ないが、これがカレーラムネだ!
Dscn4493諸説あるのだが、一番有名な説として「1950年代に長崎県で生まれた」と言われている。
名前の由来は「トンカツ(ヨーロッパ)→ハンバーグ(ドイツ)」「ドライカレー(インド)」「スパゲティ(イタリア)」今回の弁当では白米だったけど「ピラフ(炒飯→中国)」という各国の料理が一皿に載っていて、それら国の中心地がトルコだった。という説が有名。

もっとも「ピラフ」は本来トルコ料理だったという事から、それら料理を載せてある大地がトルコという説もあったり、三種類→三色という事からフランスで三色を意味する「トリコロール」から来ているという説があったり、長崎にあった喫茶店トリコロール起源という説があったり(その店の存在を誰も知らない)、色々な説が存在するのだ。

関係ないが、これが長嶋茂雄だ!
Dscn4336中には「いやいや、ここで言われるトルコってのは現在のソープランドの事で、愛とロマンが一皿に山盛りになっていて夢心地の気分になれる事から『トルコ風呂』が語源だよ」なんて事を言っている人もいます(10年以上前の雑学本にはその説が載っている物がある)。
地域によって微妙に違って「大阪トルコライス」「神戸トルコライス」など色々あるみたいです。

本当に関係なく長嶋茂雄だ!
Dscn4338しかし、自分なんかの世代は今でも「トルコ」という言葉の響きにはあの80年代中期まで特殊浴場と言われていた、かのパラダイスの印象も若干混じり込んでいるので、おおっぴらに「トルコ!」などと言いにくいのだが(考えすぎなのか)、高校生ぐらいの青年の中にはそんな印象は全然ないのだな。
だから自分はついつい、トルコと言いにくいので隠語で「ルートコ」などと読んでしまいそうになるのだが、考えてみればそっちの方が淫猥な意味が多く含まれているのだ。

まったく関係なく長嶋茂雄だ!
Dscn4337しかし、今回のほっかほっか亭のメニュー名『まんぷくトルコライス』の略称は「トルコ」なのだな?
決して「まんトル」ではないのだな?
と淫猥な事を考えてしまう9月の昼間なのであった。
ちなみに「カレーラムネ」ですが、製造メーカーに言いたい事がある。「ムリするな!」

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2007年7月16日 (月)

「ブッセ」

普通のコーヒー豆でアイスコーヒーを作ろうとしたけれど、どうも上手に作れない。山川直人さんの『コーヒーもう一杯3』の中にある「朝顔日記」に家で作るアイスコーヒーの話があったので、ちょっと真似してみたんだけど、やはり普通の豆ではイマイチ。いや、自分のテクがないだけかも知れないけれど、今度はちゃんとアイスコーヒー用の豆を買ってきて再チャレンジするのだ。


というワケで、この蒸し蒸しした天候の中、いまだに自宅で作ったホットコーヒーをぐびぐび飲んでいる。
朝起きて、ぼーっとしながら豆をセットして、ヴィィィィィンと大きな音と共に一日が始まり、1日に何杯コーヒーを飲むのか分からないぐらいにぐびぐび飲んでいる。

と言っても、変なこだわりはない。ただ「黒くて苦ければよい」というレベルの味音痴なので、ずっと前に買ったまま棚の奥で放置されていた豆でもOKなのだ。(旨いにこしたことはないけど)
ということで、基本的にはブラックを飲んでいるのですが、色々な作業の息継ぎでコーヒー受けのお菓子が食べたくなる。
砂糖がごく僅か入ったコーヒーでも「うげぇ」と思うクセに、甘いお菓子には目がないのだ。お菓子をほおばり、そこにコーヒーを注ぎ込み、口の中で甘いと苦いが渾然一体となる状態は「我が至福の時なり」でやんす。
客観的に見たら、コーヒーに砂糖入れても同じジャンと言う感じかもしれませんが、全然違う物なのだ。

今日、山崎製パンの「ブッセ 北海道産ミルククリーム」というのを食べた。パンケーキの表面に粉糖をまぶして焼き込んで、少しサックリした食感もあり、中のクリームも心地良い甘さを醸し出している。
という時に「で、ブッセって何なのさ?」と思ってしまった。いきなり糖分が脳に行き渡り、雑学心が目覚めてしまうのだ。
おそらく、語感からしてフランス語なのであろうとは予測出来る。シャッセとか、そーゆー流れで。
でもって、とりあえず広辞苑を引いてみた。

ブッセ【Karl Busse】ドイツの詩人「山のあなたの空遠く」で始まる詩は上田敏の訳詩集「海潮音」に収められて著名(1872-1918)
たぶん、違う。
流石に広辞苑にも最近聞くようになったケーキの名称まで網羅していない。
このブッセさんは別に習った記憶はないのですが、おそらく現在40代以上の人は断片的に知っていると思う。
かの三遊亭円歌師匠が「山のあなあなあなあなあな...」と小咄として使っていたので、自分もとりあえず知っている。もっとも本家のカール・ブッセの詩は読んだ記憶はほとんどない。

でもよく考えてみると、これが当時落語家がテレビでやる小ネタとして通用していたって事は、当然元ネタが知られていたって事っすよね? 昔の方が文化レベルが高かったという事なのかな?
でもって、80年代以降このネタをテレビで見る事がなくなったのは、飽きられたからではなく、某団体から「吃音者を馬鹿にしている内容なので」と差別的という事で封じられてしまったらしい。
なんつーか、この手の団体のやっている事は「吃音者は一般人の前に出てはいけない」とでも言っているような感じで、な〜んか嫌な感じ。

などと思いつつ、本来の「ブッセ」の語源探しに戻るのだ。
で、フランス語って事で調べていくと、どうやら「bouchee」と書くらしい。ってこれブッセではなく、ブーシェとかが正しい発音だよね? 
直訳すると「一口」とか「一口サイズ」みたいな意味で、フランス産のチョコレートなんかでもあります。

つまりブッセというのは「一口」という意味なんですな。って、この山崎製パンのブッセは直径8cmぐらいあって、とても一口では食べきれない。ギャル曽根だったら可能かもしれませんが。

と、この知泉的雑記では珍しい「日記風な文章」を書いてみる私でした。

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2007年6月 9日 (土)

桃!

Dscn4275家の裏庭にある桃の木、今年はなんか豊作。

というか豊作すぎて、間引きを

どれだけすればいいのか不明状態なのだ。


Dscn4276まるで梅の実のようにたわわなのだ。

という事で種苗店で袋を買ってきて、

めぼしい桃にワッセワッセと


Dscn4277袋掛けをするのであった。

今年の初夏は桃三昧かなぁ〜




と、思いっきり、ブログによくある「写真」+「短いコメント」という形式で書いてみました。
携帯のカメラで撮影して、特別トリミングしない画像をガンガン張り込んで、思ったままをガンガン書き込むって、自分のような気の小さい人間には考えられないっす。
もっと「思ったまま行動」な人間にならないとダメだなぁ

ということで桃の雑学・・・・と思って少し編集し始めたのですが「あ、これ1項目でらぶらじの1日分のネタになるじゃん」と思って、留保。
あぁ小っちぇ人間だな、俺。

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2007年4月 8日 (日)

手のりたま

20070408te01「のりたま」の丸美屋・創業80周年記念って事で「手のりたま」というパッケージ。
こーゆーのに弱くついついフラフラと手にもってレジに並んでしまう駄目な私。
中身は普通の「のりたま」なんですけどね。
サイト:丸美屋ごはんくらぶ

☆丸美屋には「すきやきふりかけ」という素敵な商品があるが、原材料の中にこしあんが入っている。


20070408te03丸美屋の超ロングセラーふりかけに「是はうまい(これはうまい)」がある。

この商品は昭和2年に発売され、戦後しばらく後に復活したもので、今年で80年目になる。(つまり創業時からある商品なのですね)
実は、この商品の名前を考案したのはイラストレーター水玉蛍之丞の祖父。
パッケージに映っている女性は第1回ミス広島で、この時はすでに女優だった角梨枝子(すみりえこ)。昭和26年に販売再開された時に造られたパッケージです。
彼女の兄は当時、熊野那智大社の神官をしており『新・平家物語』の取材で訪れた吉川英治に色々なレクチャーをした人物でもある。



☆実は、丸美屋のふりかけの多くにこしあんが使用されている。まったくそんな味を感じさせない「たらこ」にすら。のりたま・すきやき・たらこ・味道楽を確認済み。

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2007年4月 3日 (火)

静岡おでんとコンニャク話

先日のラジオ番組のイベントの打ち上げで噂の静岡おでんを、生まれて初めて食べた。


20070403oden静岡に生まれた時から住んでいるクセに食べた事ないのか?と思われてしまうワケですが、ハッキリ言って「静岡」と名前が付いていても、それは静岡県の中部と西部(浜松方面)の食べ物で、どうやら電気と同じように富士川辺りで静岡おでんの文化が分かれているみたいなのだ。

で、その初体験の静岡おでんですが、いつも食べていた「おでん」という物とはハッキリいって別物と考えていいんじゃないか?という状態なのだ。
かなり濃厚な味付けで煮込まれたおでんに、さらにみそだれを付けて、さらにだし粉を振りかけて食べる・・・・う〜む、味が染みていて美味しい。
こりゃ酒飲みには嬉しい味かも知れない(わたしゃ飲めないので、勝手な想像で書いております)。
いわゆる関東風のおでんも別のおいしさはありますが。

2007040302てなワケで、おでんに関する話でふと思い出したもので「こんにゃくが細くなっている物を何と呼ぶ?」という問題なのだ。
「しらたき!」と答えられてしまうと困ってしまうのだが、希望としては「いとこんにゃく!」と答えて欲しいのであります。
そう答えてくれた場合は「その言い方は間違い、本当は糸ごんにゃくなのだ!」と自慢げに訂正してあげる事になっている。
実はコンニャクを細くした物の名前は「糸ごんにゃく」と濁音になるのが正しいのだ。広辞苑にも書いてあるのだ、青島幸男が国会で決めたのだ、それでいいのだ。

日本語のルールの中に「二つの語が結合して1つの単語になった場合、後の語が濁音になる」という『連濁』という物がある。(色鉛筆の「え」みたいに濁りようがない物はしょうがない)
青空・彼岸桜・千代紙・文庫本・座布団・腕時計・新妻・石畳・窓ガラスなどなどは後の語が濁音になっています。
でも「後の語の中に濁音がもともとある場合は濁らない」というルールもあるみたいで、中小企業・手鏡・赤とんぼなどなどは、後でもその最初の文字は濁っていない。
とか言いつつ、必ずしも!ってワケじゃなく、黒髪・経済白書みたいに濁らない物もある。
これらが何故濁らないのか?は「語感がいいので」とも言われているんだけど、明確な理由はよく判らない。
色々難しいのだけど、細いコンニャクは広辞苑も認める正式な呼び方は「糸ごんにゃく」なのだ。

2007040303「そんなの面倒くさいじゃん!もうシラタキでいいよ」
などと言う人も出てくるのだが、実は糸ゴンニャクとシラタキも別物。
シラタキの正式名称は「白滝こんにゃく(ごんにゃく?)」といい、原材料は同じなのだが、昔は「糸ゴンニャクは細く切ったもの(関西地区)」「したらきはトコロテンのように押し出したもの(関東地区)」という差があったみたいですが、いまはどっちも工業的に細い状態で押し出した物となっているみたいで、「糸ゴンニャクより細い物がしらたき」ぐらいの微妙な差になっているみたいです。

コンニャクついでに、もひとつ。
☆コンニャクを英語でいうと「悪魔の舌(Devil's Tongue)」となる。
というのは雑学では有名かもしれないが、多くの人が勘違いしているのが「あのプルプルした状態が悪魔の舌に見える」という物。

2007040304実際に、悪魔の舌と言われるのはコンニャク芋の花の事。花が赤くてひょろっと細長い事からそう呼ばれるもので、その花の匂いも人間にとっては好ましい物ではなく、生臭い嫌な物らしい。
花というと良い香りがして、蝶々や蜂が寄ってくるシステムになっている。その蝶々などを引き寄せる目的が「花粉を運んで他の花と受粉する」という物なんだけど、同じ事をしてくれるのなら蝶々じゃなくてもいいって事で、コンニャクの場合は生臭いにおいでハエなどを引き寄せているのだ。

で、こんにゃくの花が有名じゃないのは、こんにゃくは花が咲くと栄養分のほとんどが花に取られてしまうので、日本では根っこに出来るこんにゃく玉を収穫するために、花を咲かせる事がほとんど無いためなのです。

ちなみに
☆コンニャクの学名「アモルフォルス・コンヤク」は「変わった形の陰茎」という意味。確かにコンニャクの根っこ部分は...。
知泉Wiki:コンニャク

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2007年4月 2日 (月)

ペヤングソースやきそば

今日から静岡のSBSラジオで「GO Go ワイド らぶらじ」という番組が始まった。午後1時〜3時50分。
その中で2時からの短いコーナー「らぶらじ。2時のうんちく劇場」としてレギュラーで雑学を語る事になっている。自分が望んでいたのは「雑誌などの紙媒体で連載」だったハズが、なぜかラジオでのレギュラーが始まってしまったのだ。


Photo_30そのラジオの1時台の話題として「ペヤングやきそば」の話題が出ていた。
ペヤングの発売は「まるか食品」。この会社は群馬県伊勢崎市にあって東京を中心に静岡でもおなじみなんだけれど、関西では知名度はきわめて低い。
で「ペヤング」ってどういう意味? という話題になっていた。そこでパーソナリティの剣崎幹人氏が「この意味を知っている方、メールでお知らせ下さいませ。ま、後で登場する杉村さんに聞くって手もありますよね」となった。

よぉし答えちゃるぜ!と思っていたんだけれど、2時の自分のコーナーが始まる前にリスナーが「ペヤングは若いカップルに食べて欲しいという事から「ペア・ヤング」の略なんですよ」と答えが寄せられてしまったのだ。
という事で、コーナーが始まった時に「じゃ、補足雑学を」などと、アドリブで雑学を披露するのであった。

ペヤングソースやきそば、実は日本初のカップやきそばで、カップやきそばで有名な「UFO」の1年半前に登場しています。日本初ということは世界初のカップやきそばなのです。
なんて事を言ったりするのだ。
ついでにラジオで語らなかった雑学としては

もともと「ペアヤング」という名前で発売しようとしていたのですが、発売と同時にテレビCMを流す事になって落語家の桂小益さん(現在の桂文楽さん)に決定したのですが、そのリハーサルの時に小益さんが「ペアヤング」と言う処をトチッて「ペヤング」と発音した事があり、その時居合わせた社長が「そっちの方が言いやすいし覚えやすい」と、そっちを正式な商品名にした。
との事でやんす。

そんなこんなで誰も知りたくない杉村に関する雑学
今回ラジオのレギュラーが始まったワケですが、実は雑誌に連載をした事がある。
今からもう8年ほど前、たしか前世紀の終わり頃だったハズですが、当時「お笑い系メルマガ」も発行していて、その中に書いていたコーナーが編集者の目にとまり「それを企画ページの両側の柱に掲載するって連載やらない?」と持ちかけられたのだ。
やりますやります!もぉネタなら毎号(月刊誌)100本書いても1年以上大丈夫ですぜ旦那!とやる気まんまんで挑んだワケで、それがバッチリと雑誌に掲載され「いよいよ俺もメディア側の人間になったのだなぁ」と思ったのもつかの間。
先方からいきなりメールで「この度、雑誌の編集長が替わりまして、紙面を一新するという事で杉村さんのコーナーは今回で終わりとさせていただきます」との素敵なお言葉が.....
たった1回の掲載を連載と呼んで良い物なのか不明ですが、たしかにその1回載った号には「新連載」と書いてあるので連載って事でいいのかなぁ?

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2007年3月16日 (金)

美味しんぼ:98巻 発売記念

2007031601
2007031602


去年の今頃、「飯喰ってあーだこーだ言っているだけのマンガが95巻かよ」と書いたワケですが、すでに98巻が発売中。

その98巻の最後の方には「次集99集、2007年6月末頃発売予定!」と広告が打たれている。
てえ事は今年の秋辺りには「美味しんぼ:100巻」て事になっちゃうワケですか。ハッキリ言って、すべての巻を初版で買っているのですが、そんな人から言わせてもらっても「長すぎ」という感じなのだ。
海原と山岡の壮大なる親子ゲンカはスターウォーズに匹敵するぐらい長引いてますが、もうどっちもいい大人なんだから。

もっとも山岡は父親が食事に異常に厳しくしている姿を嫌っていて、外食先でも料理人にクレームを付けまくっている事に嫌悪感を抱いているワケですが、別の話では食事に出た先でいきなり「この料理は出来損ないだ」と喧嘩して出てきたりするので、血は争えないなぁという状態なのだ。

というワケで、意味不明にマンガを書いてみました(実はこのマンガの一番最初の下書きは10年以上前に書いた物。まさか10年経ってもまだ使えるネタだとは…)


追記:美味しんぼ100巻記念漫画

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2007年1月 6日 (土)

即席ラーメンよ永遠に

日清食品の創業者。安藤百福氏が亡くなった。


200701061安藤百福氏に関しては、チキンラーメンを作ったとか、さらにそれの発展系でカップヌードルの開発秘話とか、最初は売れなかったカップヌードルを浅間山荘事件の時に差し入れをして、それがテレビ中継された事から話題になったとかで有名っす。

でも間違った情報として「カップ入りのラーメンを発明した」という記述を見かける事があるんだけど、実際の事を言うと日清がカップヌードルを発売したのは1971年だけど、その10年前の1961年に明星食品が「叉焼麺」というカップ入りのラーメンを開発している。

200701062その「叉焼麺」は色々課題点も多く残されていてテスト販売だけで本格的に発売されるには至っていない(と言ってもテストとして実際に店頭に並んだわけで)。
ちなみに、一般的にラーメンと言えば丼で食べるものなのに、カップヌードルが縦型容器なのは安藤百福氏が海外視察で飛行機に乗った時に出てきたマカデミアナッツの容器が元になっている。その時の容器を安藤氏は持ち帰っていて、現在も日清食品には保管されている。

200701063今ではラーメンの味といえば「醤油」「塩」「味噌」そして「豚骨」がメインだけれど、実際にとんこつ味が一般的になったのは1980年代中期の事。
自分の思い出として、初めて「豚骨」という味を経験したのは、東京にいた学生時代にクラスメイトだった通称「酒場のデザイナー」おひさ嬢が実家から送ってきた九州でしか発売されていなかった即席とんこつラーメン「うまかっちゃん(ハウス食品)」でした。
友人達はその味にかなり衝撃を受けたワケですが、まだ東京では豚骨味のラーメンはほとんど知られていなかった。

で、このハウス食品が九州地区限定で「うまかっちゃん」を発売開始したのが1979年9月1日の事なんですが、実はその2ヶ月前の1979年7月1日に日清食品がカップラーメン「めんコク」のシリーズですでにとんこつを発売している。
う〜む、やるな日清。しかも最初のとんこつ味がカップだったとは。(もっとマイナーな本当に九州限定でもっと古くからあったかも知れませんが)
でも、とんこつラーメンで成功したのはハウス食品の「うまかっちゃん」で、その後ハウス食品はご当地ラーメンに力を入れて、関西ラーメン「好きやねん」、北海道ラーメン「うまいっしょ」などを売り出している。

何はともあれ、日本人だけじゃなく世界の食生活に影響を与えた安藤百福氏、ありがとうございました。

カップ麺の豆知泉

日清カップヌードルはヌードルと言う言葉が一般的ではなかった当時に「ヌード」と読まれないように、『ド』の文字だけ小さくした。

「カップヌードル」はかつて「こんなのは『ヌードル』ではない」とイタリアから文句を言われたことがある。

日本で発売されているカップ麺1本の平均的長さは60cmだが、アメリカの場合は15cm。西洋人はパスタをズルズルすする習慣がないため。

かつて明星食品から待ち時間1分という「クイックワン」が発売された事がある。しかし話題の割に2年ほどで発売中止となった。敗因は「待ち時間が短くて食に対する欲求を高める事が出来なかった」と言われているが、実際には「1分で出来る麺なので、食べている間に伸びてしまう」というのが消費者の感想(実体験)。

メーカー的には「待ち時間が短すぎるとダメ」という理由にしているが、焼きそばなどは1分というものがある。こっちはお湯を捨てるので食べている間に伸びる心配がない。つまり待ち時間が...というのは後付の理由。

かつて待ち時間0分というカップ麺があった。1985年に大塚食品が発売した「アルキメンデス」。CMにはアン・ルイスが出演していた。なぜ0分かというと「堅焼きそば」だから。つまり、揚げた麺に附属のレトルト具材をかけるだけで食べることが出来たため(レトルトを暖めて食べる事も可能)。もっともこれも2年ぐらいで消えた。

ファミコンソフト「グラディウス」には、アルキメンデスの販促キャンペーンVer.が存在してる。どうやらこのソフトは中古市場ではかなりレアアイテムで高値をつけているらしい。

島根県は、カップヌードルに入っている乾燥いりたまごみたいな物の生産日本一。

カップヌードルに入っている肉っぽい物の正式名は『肉ボール』。

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2006年9月10日 (日)

神戸のメロンパン

ふと思ったんでですが、アンパンマンに出てくるキャラで「メロンパンナちゃん」というのがいるんですが、あれは当然のことながら「メロンパン」をもとにしたキャラです。
で、どうもこの「メロンパン」というものが、地域によって呼び名や形態が違うということを前々から聞いていた訳で、地域によって「メロンパンナちゃん」に関してのイメージが違っているのでは?と思ったりする。


自分の住んでいる地域(静岡県も含めた関東圏)では、メロンパンといったら丸いドーム型で、表面がクッキー状のパサパサでその表面が緑がかっていて、さらにグラニュー糖(?)をかけた物。中はしっとりした緑色のパン生地。という事になっている。
近年は高級志向なのか、「本当のメロンエキスを使っています」とか「中にメロンクリームを入れました」なんてのがあるけれど、そんなのは邪道なのだ。

確か、数年前に話題になった海老名辺りのサービスエリアの「行列の出来るメロンパン」なんてのも、そのまんま上記で説明した物でした。
これを生まれてからこの方「メロンパン!」と信じ切っていたのですが、どうやら地域差があるらしい。

関西(神戸周辺?)ではメロンパンというと、ラグビーボールを半分に切ったような形(オムライスのチキンライス型とでも)をしているらしい。
そして自分が思っていたメロンパンはなぜか「サンライズ」という名前で呼ばれているらしい。
さらに「サンライズ」にはカスタードクリームが入っているとか、白あんが入っているとか、うぐいすあんが入っているとか、なんか自分の頭の中では収拾付かなくなっています。
うぬぬぬ!と思っていたところ、広島県呉市ではさらにそれを「コッペパン」と呼ぶとの事。じゃ、こっちが思いこんでいるコッペパンはどう呼ぶのだ?という新たな疑問が生まれてしまうのだ。

とりあえずメロンパンは明治時代頃に初登場しているらしく、昭和6年に実用新案出願されている。
研究家が必死に調べても、未だにそのルーツは発見できていないという謎の食べ物でもある。

どうやら関西でいう「メロンパン」が元々の形だという説が強い。明治時代はメロンの亜種「マクワウリ」もメロンと呼ばれた時期があり、洋食屋でライスを整形する容器でパンを焼き上げた事からマクワウリ形になり、そこから「メロンパン」と呼ばれるようになったとされている。
(伊藤博文の時代にマスクメロンが入っているので、これも疑問に感じる部分はあるんですが)

神戸ではその中に白あんを入れ、広島などではカスタードクリームを入れた。
なぜ広島が最初だったのか?という件に関しては、広島県民がメキシコへ移民として渡り、そこから帰ってきた人々が伝えたとか、広島に住んでいたドイツ人が考案したドイツ菓子がルーツだとか、諸説ある。

その後、日の丸を模して丸いパンが作られ、それは「サンライズ」と呼ばれるようになったと言う。Wikipdia では「その後マスクメロンが入ってきた事から丸い形が似ている事からメロンパンと呼ぶようにもなった」とされているんですが、そうなるとマスクメロンが入ってくる以前、実際のメロンが無い状態でマクワウリをメロンと呼んでいたという事になり「じゃ、メロンって言葉はどこから出現したの?」という感じで、ちょい疑問が膨らんでしまうわけでやんす。
なかなか謎が深い食べ物でやんす。

メロンパンナちゃんの豆知泉

「アンパンマン」に登場するメロンパンナちゃんは、読者から「メロンパンをモデルにしたキャラクターを登場させて」という投書が多かったことから考案されたもの。しかし、それまで作者のやなせたかし氏はメロンパンを食べた事がなく、スタッフに頼んで買ってきて貰い初めて食した。

メロンパンの表面の筋が「女の子のキャラなのに顔に傷があるのは可哀想だ」として、4日考え今のメイクになった。

ロールパンナちゃんは、妹のメロンパンナちゃんよりも後から生まれた。

アンパンマンに登場するメロンパンナの好物はメロンジュース。

ちなみにアンパンマンをはじめとして、メロンパンナちゃんなどは、パンの妖精という設定。さらにジャムおじさんやバタコさんも人ではなくて「妖精」。もっともこれは作者の設定で、TV局側の設定では「ふつうのにんげん」となっている。

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2006年6月 8日 (木)

モスバーガーにて

会社帰りにどーしても「モスバーガーが喰いたい!」と思ってしまった。も〜何がなんでもモススパイシーチリドッグが喰いたいのだ!何がなんでもなのだ!うがぁぁぁぁぁ!と意味不明に鼻息荒くしていつもの帰り道を少し逸れてモスバーガーに立ち寄った。


Mos0000店内は結構遅い時間なのに女子高校生グループがいたり、会社帰りのOLさんたちが2・3人で立ち寄っていたり、それはそれは人類の3大欲求の内の睡眠欲以外を充足させるためには適所であったのでやんす。
常日頃、若い女性と知り合いになるチャンスがほとんど無いなぁと思っていたんですが、ここにあったんですな。男性諸氏の見果てぬ桃源郷は。

と言いつつ、目下の自分は食欲が脳細胞の95%を占めていた為に、迅速に注文を入れ、しかも家に帰ってゆっくり味わってやる!とテイクアウトを選択したのだ。
その辺の選択肢の誤りが、常に我が人生における誤りとして今に至っているということはその時点では全然脳裏をかすめなかった。

しかしモスのレジ係の人、スパイシーチリドックを注文するといきなり厨房に向かって「スパチッ」と叫ぶのでちょい引いた。ま、この手のメニューを短縮するというのは昔からあるんだけど、そこまで大声で客の前で叫ばなくてもという感じ。あくまでも内部での符丁なんだから。
他の客の時にも「モスチーズバーガー:モッチ」「スパイシーモスバーガー:スパモ」「スパイシーモスチーズバーガー:スパモッチ」と大声で叫んでおりました。

中には「業界用語使っているオレって格好いい」と思っている人もいるんじゃないかと(実際、知人に通常の会話でも当たり前のように符丁を使い「あ、解らなかった?」みたいな事を言い自慢げに解説する人もあり)。

モスバーガーは注文をした後で調理に取りかかるというのでそこそこの待ち時間があるので、壁に貼ってあるポスターなどをぼーっと見ている。モスの場合は常に「自然食」というのをアピールしているためにポスターなんかもあっさり目のエコっぽい物が多い。

10数年前はモスフリーペーパー「モスモス」に連載をしていたいがらしみきおの「モイジーちゃん」が読みたいがために月1ぐらいでモスに来ていたなぁなどと思い出したりもしていた。

そこで「こんなときはモスバーガーにきてね」と書かれた文字ばかりのポスターが目についた。やはり、自然食中心で心がホッとしたいときにモスに来てね!とか書いてあるものだと思いながらそこに書かれていた文面を読んだ。
・うしろを ずっと つけられたとき。
・しらないひとに こえを かけられたとき。
・しらないひとに たたかれた・なぐられたとき。

いつの間にか、アットホームなモスバーガーの中にさえバイオレンスの空気が忍び寄っていたのだ。世知辛い時代なのだ。う〜む。

モスバーガーの豆知泉

「モスバーガー」の「モス=MOS」とは、Mountain・Ocean・Sunの頭文字。
創業当時は「MOSt Delicious Hamberger」の略だったとも言われている(それは俗説という否定意見もある)。
ちなみに現在のモスの意味になった当初は「S」はSunではなくSkyだった。

てりやきバーガーの元祖はモスバーガーだが、それはキッコーマンと提携していたために「醤油味バーガー」として考案した苦肉の策だった。(ハンバーガー

マレーシアのマクドナルドでは「てりやきバーガー」が「サムライバーガー」と呼ばれている。

モスバーガーの社内の試食会できんぴらと目玉焼きを挟んだ「きんぴら玉子バーガー」が好評を博したが、製品化されなかった。略称に問題があるため。(都市伝説っぽいっす)

かの井筒監督の出世作「ガキ帝国」の続編的作品「ガキ帝国・悪たれ戦争」は現在フィルムも現存していないと言われる。というのも主人公のバイト先としてモスバーガーが出てくるのだが、主人公はメニューに対して悪口言い放題、モス店内はヤンキーの溜まり場、あげくの果ては店長が暴力を振るうという物だったため、モス側が「最初に見せられた台本とまるっきり違う」と激怒し、その後そのモスのシーンを削除して再編集しようとしたが無理だったので、結局ジャンクフィルムとなったためらしい(公式にはフィルムは現存していないらしい)。


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2006年5月21日 (日)

チゲ味とは何ンぞや

スーパーへ買い物へ行った処、そこでこの写真の物を見つけてしまった。


Dscn2917モツ煮なんだけど、その味が「チゲ味」となっている。こりゃいったいどんな味なんだろうか?と興味を引かれ、購入してみた。
鉄味なのか、ホーロー味なのか、それとも土鍋味なのかと思ったのだが、なぜかキムチのような味がしたのだ。

というネタは、いわゆる数年前からよく目にするキムチ味の鍋料理を「チゲ鍋」という処からきたネタで、実際の事を言うと「チゲ」とは「キムチ味」の意味ではなく、韓国語で「鍋」の意味でチゲ鍋だと「鍋鍋」になってしまうのだ。(これはもう有名な話ですが)
ということで、以前メルマガに掲載した雑学の再掲載。

日清から出ている「鍋味ヌードル」
Dscn3003有名な重複言葉として、韓国料理のチゲ鍋。実はこの名前は日本が勝手に考えたもの。チゲと言うのは「鍋」と言う意味なので、チゲ鍋では「鍋鍋」

1960年代から何度も来日して有名になったソ連(現.ロシア)のボリショイ大サーカス団。「ボリショイ」とは地名だとか、組織名だと思われがちだが、「ボリショイ」とはロシア語で「大」と言う意味。つまりボリショイ大サーカスでは「大大サーカス」

クーポンと言う言葉は「券」と言う意味なので「クーポン券」では「券券」

襟裳(えりも)はアイヌ語のエンルムからきていて意味は「岬」の事、つまり襟裳岬は「岬岬」

フラダンスの「フラ」とはダンスを意味する言葉なので、フラダンスは「ダンスダンス」

スキーという言葉は元々ノルウェー語で薄い「板」を差す言葉なので「スキー板」では「板板」

アラーの神と言う言葉、「アラー」とは「唯一神」の事なので「神神」

イスラム・シーア派の「シーア」は派閥という意味で「シーア派」は「派派」

トリコロールカラーと言う言い方「コロール」がカラーの事なので「3色色」

サハラとは「砂漠」の意味なので「サハラ砂漠」では「砂漠砂漠」。

ガンジス川のガンジスとはサンスクリット語の川という意味の英語読み、つまりガンジス川は「川川」

ナイル川のナイルも川。インダス川のインダスも、タイのメナム川のメナムも、チベットからインドシナ半島のメコン川のメコンも、中国〜シベリアのアムール川のアムールも、すべて川という意味で「川川」


てなワケで、再掲載で手抜きをしてしまう今日この頃。
これ以外に、意味が重複する言葉があったらコメント欄で教えてね!(とやけにフレンドリーを装うのでやんす)

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2006年4月26日 (水)

器のデカイ男

もう1週間前の話題ですが、先週の「トリビアの泉」の「種」は見ていて痛かった。


中国宮廷料理:杏仁豆腐(アンニンドウフ)おかわり
Dscn2594「デートの最中、彼女の料理の中に髪の毛が入っていた時、彼氏はどういう態度をとるか」という物で、彼女のほうに仕掛け人になってもらい、髪の毛は食品を加工して作った食べても安全な物という事で実験をしていた。(ヒジキか何かだと思った)
ま、悪趣味って言えば悪趣味なんですけど、その彼氏の対応は色々あって「なるほど」と思ってしまったのだ。

気が弱すぎて店員に何も言えないってのは「そりゃ酷すぎる」とは思うけど、髪の毛入っていると解った後もワシワシと食べて、ある程度満足した処で「あの髪の毛入っていたんですけど」と店員を呼ぶ人などもいて、イジましいながらも何んか解るねと苦笑いしてしまう人もいました。

この実験の中でもっとも悪評だったのが、髪の毛が入っていると判明した瞬間、即座に店員を呼び「これなんだよ?」と声を荒げる。
しかも店員が「すみません、作り直して持ってきます」と丁寧に謝罪したのに対し「は?誤ってそれで終わり?誠意を見せて欲しいね」みたいな事を言い出すのだ。
謝罪してもダメ、って結局、この場合の誠意って「金」って事なのかね?

中国宮廷料理:孔雀蟹王翅(コンチュエシエワンチー)
Dscn2597髪の毛が入っていた事は、食品を扱うプロとしては最低レベルなのかも知れないけれど、なんか人間として最低レベルの感じがして、見ていて引いてしまいました。
特に、普通の真面目そうな、絵に描いたような「俺、出来るヤツオーラ」を出しているサラリーマン風の人がそんな態度を取り始めた時はゲゲッと思ってしまった。

確かにそーゆー人は存在する。
こちとら客じゃい、店員は奴隷じゃい!という考えの持ち主は。
ま、私のちょい知っている人にもいるんですが、いきなり店員とかに横暴な横柄な口調で注文したりするんで、同席していると「いやはや恐縮です」と意味無くこっちが店員さんに対して申し訳なく思ってしまうワケです。

中国宮廷料理:京蔬四宝(ジンシュースーパオ)
Dscn2596今回の実験でもっとも高評価だったのは、即座に店員を呼び、皿を指さし「当たり付きなんですけど」と他の客には解らないような状態で示し、店員が「すぐお取り替えします」と皿を引っ込める瞬間、小声で「ちょっとオマケね」みたいに軽いユーモアで場を和ませつつ乗り切った男性。
確かに上手だねって感じ。なかなか大人の対応っす。
こんな部分で器の大きさが解ってしまうワケですな。

自分は基本的にチキン野郎なので、人前でブチ切れず、かと言って女の子と一緒の時は「ここでこういう対応した方が受けはいいよな」と計算してしまう様な気がするので、ある意味、穏便に的確に動いてしまうかも知れない。
それは冷静とかスマートなワケではなく「自意識過剰」だからなんすけどね。

たぶん、男だけの宴会で髪の毛が混入している料理が出てきたら、ちょいと取り払って、何事も無かったかのように宴会が進んでいくかも知れない。次の注文を取りに来た時に一言ぐらう言う程度で。

中国宮廷料理:杏仁豆腐(アンニンドウフ)再度おかわり
Dscn2595そー言えば、それ以上の状況ってに遭遇した事があった。
(食事中の方はこの先は読まないで下さいませ)
某会社の某社食で何気なく食事をしていた時、隣の席のヤツがいきなり「うほっ」と奇声を発した。
実はそいつの注文したカツ丼に素敵なトッピングがされていたのだ。なんと、カツの衣の中に光沢艶々のゴキブリ様の姿揚げが…。
うげげげ!てえ事は他のカツも同じ衣で同じ油で作ったって事なのかあぁぁぁぁぁ!ふんぎゃー!とわたしゃ別にカツを注文したワケじゃないのに一気に食欲減退ダイエット体制に突入しちゃいましたがな。
が、そのゴキ混入カツという特等賞を引いちゃったヤツは、冷静沈着にそのゴキ様の部分を指でちょいとつまんでトレイの脇につまみ出し、何も無かったかのように食事を始めたのだ。
凄い、凄すぎるよおまいさん。大人だね(ってワケじゃないと思う)

別に店側の落ち度ではないけど、凄い!と思ったこともあった。
それも某会社の某社食での出来事。
食事をしていた時、斜め前の席に一人の男性がその食堂でもっとも安い「コロッケ定食」を持ってやって来た。コロッケ1個とキャベツの千切り、味噌汁ご飯という質実剛健なメニューなのだ。
で、食事を始めたと思った瞬間、その男性はコロッケを床にポトリと落としてしまった。その食堂はみんな土足で床はかなり汚い。コロッケにはソースが掛けられているので床の埃を充分吸い込んでしまったハズなのだ。
が、その男は床に落ちたコロッケを屈んで手で拾ったかと思った瞬間、顔を上げないまま、テーブルの下で一気に口に運び、その後、何事も無かったかのように席に座り直して食事を再開したのだ。キャベツ千切り定食を。
床にはべっとりとソースの跡が付いていた。
こんな人には髪の毛なんてでも無いだろうな。

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2006年4月18日 (火)

虫パン

0000mushipan確かに子供にムシキングは大人気だとは思いますが、そのキャラを普通の食べ物に使うってのはどうっすかね?
しかも、そのチョイスが「蒸しパン」って。
いったいどんな虫が入っているパンなんだよって事なのだ。


でも、以前見かけた「とっとこハム太郎ソーセージ」「とっとこハム太郎かまぼこ」の衝撃には敵いませんが(2002年7月5日に雑記として書いています)。

やはり、お子さんはキャラ商品に弱いようで、そんなキャラが付いているのといないのでは別段味に変わりはないとは思うんですが、そっちに激しく引かれてしまうのだ(オマケにカードとかシールが入っているが大きいんですが)。

ちなみに、発売時点で生きている人間がキャラとして使われた食品の元祖は1984年に明治乳業が発売した「原くんアイス」(ソーダ味)。現在、巨人軍の監督をやっているあの方です。
原辰徳と明治乳業の繋がりはデビューの1980年に明治プリンのCMに出演してからのもの。その時のCM曲は「ハラハラドッキリ、気が気で無い、あ〜食べてしまいたい♪」という物。それだけ、原くんは安心して見ていられない要素があったという事なのだな。
ちなみに「原くんアイス」は当たりクジ付だったんだけど、全然当たらず「巨人軍の4番なのに全然当たらない」に引っかけてあると噂されていました。

0000sukiyodaisukiその路線で、ちょっと惜しいのは1983年にヤクルトスワローズでアイドルだった荒木大輔。彼をキャラにした物をヤクルトが出す話もあったらしいんですが、最終的にヤクルトジョアのイメージキャラクター止まりだった。
その時のCM曲は「好ッきよ、好ッきよ、大輔くん♪」。歌っていたのはソフトクリームという三人組(確か一緒にCMにも出演していた)。
シングルは「スキよ!ダイスキ君」で、歌詞を一部変更してリリースしている。ジャケ写真ん中の遠藤由美子(愛称エンポコ)がソロとして「なるほどTHEワールド」エンディング曲「もしもタヌキが世界にいたら」を歌ったり、欽ドンでおまけの子としてレギュラーをしていた。

0000jin変な食べ物としては、最近のヒットは「ジンギスカンキャラメル」という物がありまして、カナダ出身のディスコバンドが… という事じゃなく(わかりにくいボケ)、羊肉のジンギスカンの味を再現したゲテお菓子なんすけど、これが甘くなくしょっぱいという「キャラメルの定義って何?」という物。1個目を食べるのは勇気が必要だけど、2個目はさらに必要という素敵なお菓子でした。発売会社には「製造中止を希望する」という葉書が届けられているらしいけれど、同社の商品では一番売れているらしい。
そんなゲテ食品マニアが今、楽しみにしているのが「ハム太郎ソーセージ」を発売しているニッスイが9月に発売する予定の新製品「いちごミルク味のソーセージ」。こりゃ期待するなって方が無理でしょ。いまからワクワクしております。

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2006年3月28日 (火)

膳問答

先日、スーパーで弁当を3個買った。
その時、レジの若い女性(たぶんアルバイト高校生)が「箸はどうしますか?」と聞いてきたので、何気なく「三膳お願いします」と言った。


自分の良くも悪くもある部分に「フランクな話し方が出来ない」というものがある。
よくコンビニなんかでも、レジに弁当をどんと置いて「温め!」と一言だけ告げるナイスガイがいますが、あれなんかは真似したくても出来ない。
別に育ちとかではなく、横柄な言葉遣いが苦手なので「弁当の温めお願いします」と主語述語をちゃんと言ってしまうのだ。先に「温めますか?」と聞かれた時も「お願いします」と。
それが普通だと思うんだけど、そー思っていない人も多々いるみたいで、接客業も大変だなぁと思ってしまうのだ。

以前、某建築関係の仕事を短期間していた事があって、そこで現場の人々と打ち合わせする時にも普通に「ですます調」で話をしていた際に「杉村君は堅すぎる」「場に合わない」と指摘された事もある。確かに郷にいれば郷に従えってのは解ってるんですが、こればっかりは。

で、話は最初に戻るけれど、そこで何も意識せずに「三膳お願いします」と言ったのだ。
その次の瞬間、レジ係の若い女性が「は?」と聞き返してきた。
あぁ聞き取れなかったのだな。確かに自分の声は細いので聞き取りにくい事があるかも知れない、と思いもう一度「三膳お願いします」と言い直したのだ。それも出来る限り明確に。
しかしレジの若い女性は再び「は.....?」と要領を得ないという風情の表情を作って聞き直してくるのだ。

その時「確かに自分は今解りやすい音量、明確な発音で箸を三膳お願いしますと発音したハズなのだ。いや待てよ、思った以上にこのスーパーは音が煩くて、自分の方ではそうでは無いがレジ側からは聞き取りにくいのかも知れない。確かに自分の立っている場所の斜め後ろには自動ドアがあるので、偶然そのドアが開いた瞬間と自分が発音した瞬間が合致して外部の音が彼女の耳に大きく響いていたのかも知れない。そうだとしたら聞き取りにくいという事も考えられるかもしれない。でも、自分の記憶する限りではその瞬間そのような事は無かったと思われる。いや思われるといっても完全に断言できる話ではない。しかし多分そんなに煩い状況ではなかった事は確かなのだ。そうなると別の要因が考えられる。自分が思った以上に声が出ていなかったとかそんな事もあるかも知れないが、彼女との距離はそれほど離れているワケでもないし、その瞬間は当然のことながら彼女はこっちの発っする言葉に対して注意していたハズなので聞き取れなかったなんて事はないんじゃないか」と0.1秒ぐらいの間に思案を巡らせた。

そして結論として「あ、箸3本ください」と切り出した。
すると彼女は何事も無かったかのような晴れやかな表情で「ハイ、3本ですね」とレジ脇にある割り箸をカゴの中に入れてくれるのだ。
どうやら「3膳」という箸の数え方を知らないのではないか?という状態なのだ。
う〜む。

箸の数え方の豆知泉
箸は基本的に「一膳(いちぜん)」と数える。が「一揃(ひとそろい)」「一具(いちぐ)」も可とされている。
今回の雑記にあった「一本」という言い方は基本的にはしない。というのも箸は二本でひとそろいという考えなので一本では用をなさない。
そもそも日本で箸が使われた当初、長い竹を途中で曲げた物をピンセットやトング(パンなんか挟むヤツ)みたいにして使っていて、奈良時代後期あたりから現在の箸が一般的に使われるようになったらしい。
で、当時は「一具」あるいは「一隻」「一双」「一株」「一囲」などと言っていたとの事(当時の文献では)。
鎌倉時代になって個人用膳という意識が発達して、一つの膳に一対の箸が添えられるようになって、箸の事も「膳」として数えられるようになったとされています。

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2006年3月21日 (火)

ぼたもち or おはぎ

↓さて、ぼたもちでしょうか、おはぎでしょうか
00000_2近所のスーパーで「おはぎ」が売っていた。
そして別の店でも「おはぎ」が売っていた。
いわゆる雑学的には「おはぎ」も「ぼたもち」も同じもので、季節によって名前が変わるもの。ってのがあるけれど、季節的に言ったら現在は春分なので「おはぎ」ではなく、それは「ぼたもち」なのだ。


ぼた餅という物自体は鎌倉時代に形状として完成されている。当時は「かい餅」と呼ばれていたワケで『宇治拾遺物語』の中に「児のかい餅したるに空寝したること」と書かれている。
『徒然草』には酒の肴になると記されているので、甘みの少ない物だったのかも知れない。
この「かい餅」という呼び方は、中が軟らかいので「粥餅」と呼んだ物が変化した物とされている。

ぼたもちに似ている牡丹の花
0000語源的には「春に咲く花の牡丹に似ていることから牡丹餅→ぼたもちとなった」。そして秋は牡丹が咲いていないので、代打として秋に咲く萩の名前を付けたとなっている。
でもよく考えてみると、牡丹→ぼたもちは、大きく丸い花の形から連想されたってのは理解できるけれど、萩のどこが似ているって言うのだ?
萩の花はかなり小さく、それも細かく群生しているので、どう考えても牡丹の代わりに秋の花が選ばれたとは考えにくい。

おはぎには似ていない萩の花
00000_3多くの雑学書などでも季節によって変わると書いてあるけれど、どうやら江戸時代(初期)は明確におはぎとぼたもちは違う物だったらしい。
といっても材料は「もち米を丸めた物」+「アンコ」という物。
ぼたもちは現在見られるような、もち米を丸め、アンコで周りを包んだ物。それに対しておはぎは、もち米を丸め、その上からアンコを適当に振りかけるような状態で散らした物。だったそうです。(赤福のアンコ少ないVer.て感じ)
つまり、米の上にパラパラと散らされているアンコを萩の花に見立てた物が「おはぎ」だったとの事。

現在は形状が同じになってしまい、春=ぼたもち、秋=おはぎとなってしまったが、実は夏=夜舟、冬=北窓、という呼び方も江戸時代には存在していた。
これは、ぼたもちは「餅」といっても、杵でぺったんぺったん搗(つ)く物ではなく、蒸した餅米を潰して丸めた物なので、作る時に音がしない→音がしないので「いつ搗いたのか解らない」という事で、夜舟は「真っ暗闇の中、いつ岸に着いたか解らない」と引っかけ、北窓は「北側に向いている窓は月が見えない→月が無い→搗きがなく出来るというダジャレが起源になって呼ばれていたものです。
夜舟には「どこに着くかわからない=ベタベタしてどこに付くか解らない」という謎かけもあったみたいですが。
さらに冬の呼び名で「たどん」という物があったのですが、これは冬場に使う練炭などの事を意味して、見た目からそのように呼ばれていたみたいです。

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2006年1月25日 (水)

コーヒー牛乳

200601251ダイドードリンコが最近「復刻堂」と称して、昔懐かしいジュース類を復刻している。リボンシトロンとか色々。
その中で、今はカフェラテとか小賢しい名前で発売されている「コーヒー牛乳」をあの当時のビン入りで発売した。
味は、なかなか「よぉし今晩は血糖値あげちゃうぞぉ!」てな感じの甘さ。それでも昔の物より甘さ控えめになっているんだとは思うけど。
しかし、商品の写真を見てちょっと「?」と思う部分がないっすか?


本来、ビンに書かれているべき文字は『コーヒー牛乳』だと思うんですが、思いっきり「コーヒー」しかもその下に「種類別:乳飲料」と書かれている。
実は昔と違って色々、表記が難しいのだ。
実は現在、牛乳の場合、100%牛乳以外の商品名に牛乳という文字を入れてはいけない事になっている。つまり「コーヒー牛乳」というのはあり得ない商品名って事になっている。
それ故に、復刻版のハズなのに「コーヒー」って事になってしまったのだ。

ちなみにコーヒー系飲料に関しても、現在は豆の量によって「コーヒー」「コーヒー飲料」「コーヒー入り清涼飲料」に分類される。が、まだ表記に関してはさほどうるさくないので、これはOKらしい。

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2006年1月12日 (木)

丸かぶり寿司(恵方巻)でやんす

200601121今年もセブンイレブンを初めとして各コンビニで「恵方巻」とか「丸かぶり寿司」とかの広告が出ている。
いわゆる「節分には家族揃って、その年の恵方を向いて巻き寿司を食べる。それも一気に、その間一言も喋らずに」みたいな奴。この数年で一気に全国的に広がった物。(ちなみに今年の恵方は南南東)
なんか節分と絡んでいるので日本古来の伝統みたいに語られているけど、ただの商売でしかないし、それにセブンイレブンが乗っかって一気に全国区になったってだけの、捏造伝統行事なのだ。


漆器彩 手巻き寿司10点セット D-482
もっとも古い起源としては、江戸時代後期に大阪船場あたりが発祥という物があるけれど、実際に「これが伝統!」として行われ始めたのが1977年。
1977年、大阪海苔問屋協同組合が「海苔販売促進」を目的に道頓堀で行ったイベントが一般的に知られるようになったキッカケ。実は前年、異常に海苔が採れてしまいダブついた在庫を消費するためってのが発祥の理由らしいっす。それがそこそこ話題になったので毎年やるようになっただけの、つまり現時点でも29年目のイベント。

エンジョイパーティー 手巻き寿司5点セット D-480
江戸時代が発祥となっているけれど「無言で丸々1本巻き寿司を食べる」とか「その年の恵方を向いて」なんて言うのは、その1977年のイベントで考案された物で、江戸時代の大坂の極一部で「節分には巻き寿司を食べる」程度の物だったという。
自分がそんな風習があると聞いたのは1995年頃、いわゆるパソコン通信なんて物で全国の人の書いた文章を読むようになってから。当時「節分って豆まくだけじゃないのか!」と驚いた記憶がある。(と言いつつ、その後はしばらく忘れていた)

過去に発行したメルマガ知泉を再チェックした所、6年前、2000年発行分で各地の節分の話題があって読者からメールで教えて貰うコーナーがあったのですが、この話題は出てきませんでした。関西でも一般的になったのはこの数年って感じではないかと。

曽南 ドラえもん ファミリー手巻き寿司セット G-1192
2000年頃から節分時期のTVニュースで「関西地区では…」と見かけるようになり、この2・3年、セブンイレブンが全国規模で「節分には太巻き寿司を…」と販売を開始した事により広まった物。
もっともセブンイレブンは全国展開と言っても(平成16年12月のデータですが)青森・秋田・富山・石川・福井・岐阜・三重・鳥取・島根・香川・徳島・高知・愛媛・鹿児島・沖縄には店舗がなく、全国制覇とは至っていなかったのだけど、その後ほかのコンビニも追随するようになり「節分には恵方巻き」というイベントが広まったワケです。

自分の周囲では、このイベントをやったという人は皆無。それどころか、今の段階でも「何それ?」と存在自体知らない人もいた。
これって認知された伝統行事なんでしょうかね?

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