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2013年3月12日 (火)

吉田拓郎『制服』

吉田拓郎が1973年にリリースしたアルバム『伽草子』の中にある一曲。作詩は白石ありすという女性作詞家が担当している。


吉田拓郎〈制服〉弾き語りVer.

「制服」というと松田聖子の曲にもあるように、学生時代を懐かしんで的な世界が展開されるのが常だけれど、この曲はもっと時代的な背景があって書かれている。
以前書いた「時代が経て歌詞の意味がよく解らなくなってしまう」というパターンの歌詞だと思う。今の10代の子達がこの曲を聞いてもなんだか理解出来ないかもしれない。自分だって本当のところ解っていないかもしれない。
歌詞→吉田拓郎『制服』
東京駅に着いた制服の群れを歌っているワケですが、その群れは集団就職でどこぞの田舎から出てきた(おそらく)中学を卒業したばかりの子供たち。現在では説明しないと意味不明の集団就職を歌った曲。
自分がこの曲を最初に聞いたのはたぶん1975年ぐらいだと思うんだけど、自分の中では集団就職というのはずっと昔の出来事で「ひと時代前にはそんな事もあったんだな」ぐらいの印象だった。

Wikipediaなどを見ると集団就職は高度経済成長とともに始まり、青森発上野行き臨時夜行列車は1975年まで21年間運行されたとなっているので、実際には微妙にリアルタイム。おそらく自分とほぼ同世代の人が最後の夜行列車組という事になる。
この集団就職は仕事が少ない田舎と、仕事が溢れている東京とのバランスで考案され、労働省の指導の元で行われていたらしいけれど、1977年で労働省が集団就職を廃止している。
この吉田拓郎が歌う『制服』の中では集団就職で都会に出てきた子達がこれから苦難の道を歩むんだろうという事を語っている。

伊沢八郎〈あゝ上野駅〉当時の写真で状況がよく判る

とりあえず1974年に高校への進学率が90%を越えている。現在が97%前後なので、自分の感覚では高校進学は当たり前だった。同級生で高校に進学しなかったのは10人に一人もいたかなぁという感じ。
文部科学統計要覧をみると、1955年頃が50%、65年頃が70%、70年頃が80%となっている。
同じく集団就職を歌った井沢八郎の「あゝ上野駅」は1964年に発売されているけれど、こっちの歌詞は悲哀ではなく辛いけれど頑張るぞという前向きさが描かれている。実際には「金の卵」とおだてられても辛い目に沢山遭ったんだろうけど、高度経済成長の中で前向きに進んでいる様子が歌われている。

吉田拓郎の『制服』の1973年には、集団就職は辛いというのが世間にバレバレだったし、世の中は学生運動が吹き荒れた後、大阪万国博覧会が終わりオイルショックで高度経済成長に翳りが出ていた時代。哀愁で語るしかなかったのかも知れない。
時代背景で歌詞は言葉の意味を変えていく、二つの集団就職を歌った曲でもそこに出てくる子供達は違う表情をしてる。

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コメント

こんにちは。歌われている集団就職の若者に近い年齢だった頃には何も感じなかった、あるいは鬱陶しくさえ感じていたこういう曲が、年を食うと逆に切実に胸に迫ってくるのが不思議です。(中島みゆきの「ファイト!」も、だんだん聴くのが辛くなってきてます。)

投稿: Navi | 2013年3月29日 (金) 01時48分

「制服」の歌詞リンクが切れています。(× index →○ index.html)
修正されましたらこのコメントも消してください。

投稿: Navi | 2013年3月29日 (金) 01時51分

吉田拓郎「制服」の作詞は 岡本おさみ さんです。
アルバムのタイトル曲である「伽草子」が 白石ありす さんの作詞ですね。
(誤読を起こしてしまいそうな一文ですので一応)

投稿: 記事頭の表現 | 2013年5月12日 (日) 04時19分

今日ね、FM-COCOLOでこの曲のリクエストがあって、かかったの。
初めて聞いたんだけど、切なくって・・・
あたしは集団就職の世代じゃないけど、先輩たちは九州から京都に、まさに学生服姿でふるさとから出てきたって言ってました。
この事実が風化しないことを願ってます。
高度成長期の是非は問いませんが、確かにそこに青春を生きた人たちがいたんです。

投稿: なおぼん | 2014年12月18日 (木) 10時39分

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