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2013年3月 3日 (日)

「横道世之介」読了

現在映画にもなっている「横道世之介」の原作本を読んだ。今、ムチャクチャ仕事が詰まっていて余裕がないのに、ちょい前に本屋で文庫を買ってしまい、読み始めたら軽いタッチもあり引き込まれてしまった。
と言っても本当にガッツリ読んでいる時間が取れないので、数分刻みで。


〈原作読んだ後、映画の予告篇だけで泣きそうになる〉

そして土日、東京に出かけた際に電車の中で読み進め、読了となった。
なんだかさえない主人公、横道世之介が東京の大学に進学した1年間を淡々と描いた物語で、主人公なのにこれと言って特別な行動をするワケでもなく、周囲に流されて淡々と日々を送っていく事が1ヶ月単位で綴られている。すべてを語るワケではなく、ちょっとしたエピソードがあり、それの結末は明確には描かず、次の月の章でそれがこういう変化を与えましたという事がサラッと描かれて物語は進んでいく。
そして途中に数回、いきなり時代が未来に(というか現代に)飛んで、物語に出てきた人々の20年近く経った姿が描かれる。この構成によって読者の視線は神の視線となってずっとずっと昔、大学時代に横道世之介ってヤツがいたよなぁと現在読んでいる本の主人公を過去の記憶として共有していく。

凄い構成だと思う。この20年後の登場人物が描かれなかったら、この小説は単なる青春小説で「あの頃、おれらもこんな感じに無意味に日々を過ごしていたよな」とほろ苦いだけの作品で終わっていたかもしれない。
そしてその20年後のエピソードの中で少しずつ語られる事によって、主人公と同時代を物語で経験している読者がどんどん切なくなっていく。物語自体は全然切なくないんだけど、って説明出来ない。その事実があまりにも衝撃的なので。

主題歌:ASIAN KUNG-FU GENERATION『今を生きて』
この本のラストは知人宅に向かう西武新宿線の中で読んでいたんだけど、ちょうど花小金井駅に着いた時に、物語の場面が花小金井だったので(世之介が住んでいるアパートが花小金井)ホームに世之介が立っているんじゃないかと思う錯覚に陥った。
文庫本の残りページがあとこれだけ、と言うことは世之介と共有した幸せな日々がもうすぐ終わっていくんだなとジワジワ来て、本当に切なくなった。バカで何も残せなかった気もするあの時代との決別。

でも物語に出てきた人々は、世之介を含めて関わった人と何かしらの影響を請け合い、少しずつ生き方を変え、生き方を見つけ、それが幸せなのかは不明だけど今を作っているんだなと、自分を振り返ってしまった。
もっと周囲の人に感謝をしなければいけない。
なんだかほわっと幸せな気分になれる小説でした。映画の宣伝ムービーを見るだけで泣けてしまいます。
でも個人的には横道世之介は高良健吾では格好良すぎないかと思ってしまう。もっとつかみ所のない、人混みに溶け込んでしまうような良くも悪くもない普通すぎる空気のような感じのイメージ。でも吉高由里子の役はジャストだと思う(って予告篇しか見ていないけど)。

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