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2013年2月26日 (火)

ボカロは進化していいの?

この数年、初音ミクを初めとしてボーカロイドを使用した楽曲がかなり注目を浴びて、そこからヒットといえるような曲も誕生している。


以前、初音ミクによるライブという物が開催されたという事をテレビでSMAP中居正広が「それって面白いの?」とちょい批判というか懐疑的なニュアンスで語った事があり、その次の瞬間ネット上で「中居がミク批判か!」「てめえの歌より何百倍も上手いよ」みたいな声がドンッと上がった事もある。
初音ミクのファンは熱いなあ。
ミク系曲「千本桜」をテーマにしたミュージカルが開催される事になり、そこでミク役にAKB48の誰かがキャスティングされた時にも、ムチャ熱い罵声が飛び交った。今、ここまで熱くなれるってのは、やはり凄いんだなと感心する。

〈初音ミク「千年桜」オリジナル〉

中居発言は色々取れる部分はあるけど、あれはミク批判とかじゃなく、生身のコンサートと別次元の世界観なので「自分的には解らない」という事だったんじゃないかと思う。
逆に言うと初音ミクを初めとしてボーカロイドを絶賛している人は「生身じゃない、人間的じゃない」という、これまでの価値観と違っているからこそ、のめり込んでいるんじゃないかと。
だとしたら中居辺りが「理解出来ない」ってのは賞賛の言葉だと思う。革新的な物ってのはそういう理解出来ない人を置いてきぼりにして進化する物だから。

で、自分の中で初音ミクはどういう位置づけなのかというと「楽器の一つ」ぐらいのニュアンス。言葉を発することが出来る機械。人間では出来ない表現も出来ているので凄く面白いと思うし、この先もある種のスタンダードになり続けると思う。
でも主流になれるかどうかは不明。

実際にボーカロイドの曲、凄く微調節をしてコメントで「ネ申調教!」とか書かれている物を聴いてみると、確かに凄く微妙なニュアンスを表現しようとしているのは理解出来るんだけど、人間のボーカル力を基準に考えると凄く平坦に聞こえる。
でもこの機械的な、クールというか冷めた表現力が魅力の一つなんだと思う。
人間のボーカルは完全シミュレーションするのは複雑すぎる。

〈96猫withぽこた「千年桜」歌ってみた〉

でもきっと開発者達はその人間にどこまで迫れるかでバージョンアップを続けていくんじゃないかとは思う。でもそこには大きな落とし穴がある。
自分は70年代にクラフトワークやYMOなどの電子音楽を聴いて衝撃を受けた世代で(もっと前のウォルター・カーロスの「スイッチト・オン・バッハ」も衝撃的だった)、シンセサイザー凄ぇ!と思っていた世代。でも今聞き直すと、アレンジの面白さとは別に凄くチープで、演奏のニュアンスも稚拙だと思ってしまう。
その後80年代に入って、プラスティックスやらヒカシューやらで「意図的なチープテクノ」にハマり、個人がシンセをいじれるようになった時にその道にズブズブはまった。

〈ぐるたみん「千年桜」歌ってみた〉

とりあえず「ギター」と音色名が書いてはあるんだけど、どう聴いてもギターには聞こえない音色。でも脳内で「これはギターだ」と補完して聴き演奏していた。
でもその時の音は「シンセのギターと称する音」として耳に残っている。その時に考えたのは「即席ラーメンって店で食べるラーメンと別物で、店ラーメンじゃなく即席ラーメンを食べたいと思う時あるよね」という事。
本当のギターじゃなく、あのペランペランのギターもどき音だから良かったという部分がある。
その後、徐々にテクノロジーの進化でヘッドフォンでじっくり聴かない限り本当のギターなのか、シンセのギターなのか解らなくなっていく。
本当はそこを目差して進化してたハズなのにシンセ音が通常楽器の代わりみたいなワンランク下になった気になり、自分的にはつまらなくなった。そっくり過ぎる物まねは最初聴いた時はウワーッと思うけど、だったら本物でいいじゃんと思ってしまう。

そう言う意味で、初音ミクを初めとするボーカロイドがどんどん進化して「人間が歌っているのか解らない」までいった先にあるのは、ただ人間の代わりという、人間のワンランク下の扱いではないかと。
確かに、ぼっちの制作者には頼もしい歌姫かもしれないけど、生身の人間に歌ってもらう制作費が出せない場合にはありがたい存在かもしれないけど、なんか完璧な代用品を作ってどうすんのって気になってしまう。

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