« 良かれと思ったクリスマス | トップページ | 停滞とは何んなのか? »

2012年12月25日 (火)

おそらく今年最後の作詩完成

avexが主宰する「ハイスクールシンガー」というコンテンツで作詩をしているわけですが(Wikipediaに専用ページが出来ていた)、おそらく今年最後となる作詩が完成した。



20121225まさか残り1週間を切った状態で「30日までにもう一曲!」は無いと思うので今年最後。
リリースは来年春頃になるので「春っぽいイメージ、新緑の芽が萌え出てくるようなイメージ」というテーマ設定。歌うのは男子。
と言いつつ、曲の中で「春」とかズバリ季節を限定させる単語は入れないというのが縛りとして存在しているので「これ春っぽいよね」とか、春だと言われて聞き直すと「春だねえ」と思えるような詩に仕上げなくてはいけない。
曲はミディアムテンポで極端に熱くならないような、若干クールな感じでありつつ柔らかいメロディ。その中で、シッカリと意志を持った愛を感じるような詩を創り上げていく。
自分が無自覚で詩を書くと、どうしてもマイナーな世界観に落ち込んでいってしまうので、その点を注意して「希望に溢れた男子高校生が、何よりもキミを大切にしていく」んだと自分に暗示を掛けて「俺はイケメン男子!」と思いこんで詩を書く。

本当に自分にとって残念なのは、恋愛至上主義で人生を歩んで来なかったので、恋愛経験度数がかなり低い事で、経験値の中から詩の世界を構築していかなければいけないという事。
確かに自分が中学生の時にギターを弾き始め、そこで作詩や作曲をはじめたキッカケは「好きな女の子に気持ちを伝えたい」なんつー青臭い部分だったんだけど、結局その女の子にはその当時に作った思いのこもりすぎた中二病暴走した曲は伝えることが出来なかった。その無念さが残留思念としてずっと自分に作詩を続けさせているのかもしれない。
今思うとその時に好きだった子に楽曲披露しても惨敗していたと思うほど、思い出したくない曲を大量に作っていたので、披露出来なくて良かったと思うけどさ。
そんなこんなで女子に好かれたいという気持ちで始めた音楽、というのは定番なんだけど、途中から作詞作曲する事ばかりに気持ちが行ってしまい、女子と付き合いたいという気持ちがどんどん希薄になっていった。そこに自分の人生における敗北が待っていたのだなあ。

古今東西「恋愛論」なんて本を書く哲学者とか作家は沢山居ますが、その多くがどうも見た目があまりよろしくない方が多い。それ故に「恋愛という物はなんぞや」と考えちゃうのだろうと思う。見た目がもともと良くて、さほど苦労せずに恋愛を成就できる人はそもそもそんな事は考えない。もう恋愛なんて日常茶飯事なのだ、ひとつが終わっても「じゃ次行ってみよう」とサラッと次に移れる人は悩まずにすむ。
その点、あまりよろしくないコンディションをお持ちの方は「恋愛はなんぞや」「なぜあの恋愛は成就出来なかったのか」などとグジグジグジグジ悩んで、結論を出そうとする。そこで「恋愛論」なんて恥ずかしい物を書いてしまう。
それと同じように恋愛を成就させた経験値が少ない自分は作詞を通して「恋愛はなんぞや」と物語を作り続けているのかもしれない。

作詞なんぞをやらない人は「いや、経験値の少ない人が書く恋愛の詩ってどうよ」「好きな相手に気持ちを上手に伝えることが出来ない人が書く恋愛の詩なんて心に届かないだろ」なんつー事をサラッという(と勝手に想像する)。
だったら殺人事件が頻発する推理小説を書けるのは大量殺人事件の犯人か!とかふんがふんがと憤慨しちゃうのだ。
そんな中二病を再発させながら作詩を続けているのだ。
これで「ハイスクールシンガー」に書いた詩は25本、iTunesでも聞くことが出来るのでよろしくね!

|

« 良かれと思ったクリスマス | トップページ | 停滞とは何んなのか? »

コメント

まさに「中坊日記」そのものの出来事が繰り広げられていた、中学校の頃であった。結構ギターが流行っていましたっけ。
中学生らしく、恋愛論にもふれていまし、恋愛に縁遠い日々だったくせに……。懐かしくもあり、思い出したくもないあの頃。

投稿: おかっち | 2012年12月27日 (木) 20時47分

そんな過去を経験し反省もしつつ人は大人になっていくのです。
そして反省出来ない人が今も作詩をしているのです。

でも青臭い時代の「自分が見えていないパワー」を今でも欲しいと思います。

投稿: 杉村 | 2012年12月29日 (土) 10時32分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 良かれと思ったクリスマス | トップページ | 停滞とは何んなのか? »