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2012年1月 9日 (月)

怒れ若者!

「成人の日」らしい。


20120109

毎年「日本各地で暴走する新成人」みたいなニュースが流れるけれど、今年は毎年恒例の沖縄の成人式の暴走がちょっと報道されただけで、それ以外はあまりその手の報道が無かった(という事で、この雑記は当日書いているワケでは無く、翌日以降に書いているワケですが)。
実際に平和にすべてが執り行われたのか、あるいは「ああ言う連中は報道するから、よけい図に乗っちゃうんだよ」と意図的に報道しなかったのかは不明ですが。
で、その成人の日に向けて朝日新聞が社説で書いた文章がちょっと話題になった。
興味のある人は「朝日新聞 成人の日 尾崎豊」で検索して欲しい。


その文章は「キミが生まれた20年前、ロック歌手・尾崎豊が死んだ」という書き出しで始まっている。
当時、反抗する若者の代弁者としてメッセージを発していたカリスマで、死後も熱く支持されていたハズの尾崎豊だったが「最近はうんざり顔をされる事が多いらしい」と書かれている。
現在の若者達は尾崎のように不満な現状を打破する気持ちはなく、最近のアンケートで「20代の7割が現在の生活に満足している」という過去40年間で最高の満足度が出されていると書かれている。
20年前(のちょっと前)、尾崎豊が支持されていた80年代というのはバブル期への上昇期でみんな浮かれていた時代。それに対して現在はどん底経済からさらに何段も下に降りたような底なし沼の状況と、若者達が置かれている状況はまったく違っている。実際には今の方が不満は多いハズなのに。
朝日新聞の社説は「若者よ怒れ!」と尻を叩いて奮起させるような文章として締められている。
言いたいことはよーく判る。
でも自分は、尾崎豊が支持されていた理由が「裕福な時代の歌だから」だと思っている。

時代時代によってメッセージソングというのは生みだされ若者に支持される。でも60年代のメッセージフォークも、80年代の尾崎豊なども、実際には景気がいい時代、裕福の頂点に向かって登り調子の時代に発せられる「何やっても許される時代だけど、俺どーしたらいいのよ」的な自分探しとかの余裕ある若者の戯れ言の場合が多い。
尾崎豊が捲いたバブル期メッセージソングはバブル絶頂の90年前後にはバンドブームの中で大量に再生産され播き散らされた。「大人の決めたルールには従わないぜ」「俺は社会に染められないぜ」みたいな生活の苦労を考えなくてもいい時代の坊ちゃん達のワガママを曲に乗せたようなものが多かった。(メロディも異常なほど稚拙なモノが多く、下手くそな演奏をパンクという言葉で誤魔化しているようなのも多かった)

社説の中で、精神科医・香山リカさんが大学で尾崎豊の感想を聞いた時「自己中心的なだけじゃないか」「何が不満かわからない」という意見が返ってきた話を書いているけれど、もっともな話だと思う。
今の若者は現状に冷めているワケでもなく凄く冷静なんだと思う。物心付いた時から不況時代しか見ていない中、バブルを忘れられないような馬鹿な前の世代を見続けてきたから。
この社説を書いた人は尾崎豊よりちょっと年上という事なので50歳前後という事だと思うけれど、そうなると80年代中期に朝日新聞に入って、バブル期の浮かれた時代に20代を過ごし、バブル崩壊と言っても今から考えるとまだまだ浮かれていた90年代を過ごしてきた、思いっきりバブル享受世代なんだと思う。
こんな世代に「若者よ怒れ」とか若い世代は煽られたくはないんじゃないかな?

この80年代によく言われた言葉が「自分探し」という言葉で、裕福過ぎちゃって何が幸せか判らなくなったので自分を見失ってしまったのか知らないけど、やたらとそんな言葉が飛び交っていた。
お手軽自分探しとして「インドに行くと人生感が変わるよ」みたいなのもあったけど、それが自分なのかというと疑問。そもそも自分なんて年を重ねて積み上げて作り上げていく沈殿物みたいなモノなんだから、どっかに落ちているかのように探し廻るモノじゃないだろ。まるで「青い鳥」みたいな話だけど。
70年代、学生運動などの怒れる若者ブームが過ぎた時「しらけ世代」などと言われた時代があったけれど、あれはオイルショックで景気が一気に急降下した時代の話。その時も就職難がどうしたこうしたと社会情勢は重かったんだけど、あの時代もやはりメッセージソングはヒットしない支持されない時代になり、その手の音楽がギャグのように扱われた過去がある。
実は不況の時にはメッセージソングは支持されないんじゃないかと思う。完全に無くなるワケではなく、ある一定の量、その手の曲は生み出され続けているんだと思うけど。

「若者よ怒れ!」などと煽る事が出来るのは、怒ってムチャをしてもなんとか世の中が認めてくれる時代、失敗しても受け皿のある時代の話なんじゃないかと考えてしまう。
ある意味、バブル期に朝日新聞に入って、現在大不況の中で社説などを書く地位に収まっている人は「世の中を動かしている社会の一員」という自認はあるのかも知れないけれど、社会の中で必死に今にしがみついて翻弄されている人の気持ちは理解出来ないんじゃないかな。
ロンドンやニューヨークで暴動やデモを起こしている若者が正常な姿とは思えない。あの暴動が社会を動かすとは思えない。現在50歳前後の社説を書いた人は1970年頃の学生運動を勝手な憧れの目で眺めているしらけ世代だったんじゃないかと思う。
怒らなくても前向きな気持ちは持ち続ける事は出来る。

「怒れ若者!」というのは実際に怒っていないオッサンの戯れ言なので、若者よそんな事を言う大人にならないようにガンバレ。

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