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2011年3月26日 (土)

『ツルモク独身寮』勝手に解説(2)

Turumoku01コンビニコミックスで窪之内英策『ツルモク独身寮』がリリースされはじめた。
雑誌連載は「ビッグコミックスピリット」で1988年16号から1991年21-22合併号まで。
と言うことで、あの時代の解説を自分自身のためにメモ書きとして。


P23「公衆電話」
寮の入口付近に3台の公衆電話があり、そこで主人公の正太が田舎に残してきた彼女に電話を掛けている。
3台ある内の真ん中だけがダイヤル式電話で、両サイドのはプッシュフォン式。
プッシュフォン式の電話は1970年頃に誕生しているけれど、一般的になってきたのは1980年代中頃だったような気がする。
この辺は記憶が曖昧な部分もありますが、1980年東京吉祥寺付近ではプッシュ式の公衆電話はまだ見かけなかった。やはり、この漫画のように1990年ぐらいで入れ替わって言ったのかもしれない。
SBS静岡放送のアナウンサー小沼みのりサンは「110番はなぜその番号なのか」というロケの時に「実は生まれて初めてダイヤル式電話って触るんですよ」と言っていた。1981年生まれなので、この漫画の時には7歳。
漫画の中ではハッキリ書かれていないけれど、まだこの公衆電話はカード式ではないように見える。
が、すでにテレフォンカードはコレクションのブームになりかけている時代で、もう少したったバブル最高潮の頃は何かというとテレフォンカードが配られていた。実際には500円や1000円の金券みたいな状態だけど、何かというと配られていた記憶がある。

P30「ティモテカット」
同僚が女子社員を指して「オレはやっぱ右はじのティモテカットの娘やね」と語っている。
自分はこの「ティモテカット」というのは『タカラバービー』から出ているティモテという女の子の髪型と認識していたんだけど、今調べてみるとティモテは1990年に発売されたという事になっている。漫画掲載は1988年。
そうなると日本リーバから出ていたシャンプーの「ティモテ」に関係したカットなのかも知れない。こちらは1984年に発売されていて、当時、テレビCMが大量に「ティモテティモテー♪」と流されていたような気がする。その時に小川で髪の毛を洗う女性が登場していた。今だったら「環境汚染!」という事で一気につるし上げを食らいそうなCMなんだけど、それの女性って……金髪でロングという印象しかない。
ここで同僚が指しているのは2歳先輩女子社員の姫野みゆきサンの事なのかもしれない。だとすると、そのロングって事なのか?

P31「新人類」
工場内でボーッとしてミスをした正太が上司に怒られている際に言われる言葉。
と言ってもこの言葉は1984年に登場した言葉で、パルコ出版の雑誌『アクロス』で使われ始めた言葉で筑紫哲也の「新人類の旗手たち」という対談企画で知られるようになり、1986年に流行語大賞になっている言葉。
ゆえにここで上司が正太を叱る時にこの言葉を出しているというのは「いまさらその言葉かよ」という意味になっているんじゃないかと。

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2011年3月25日 (金)

『ツルモク独身寮』勝手に解説(1)

Turumoku01コンビニコミックスで窪之内英策『ツルモク独身寮』がリリースされはじめた。
雑誌連載は「ビッグコミックスピリット」で1988年16号から1991年21-22合併号まで。
思いっきりバブル期の一番良い時代で、バブル崩壊が本質的に深刻になる直前で物語は終わっている。ある意味、若者達が現実の深刻さに目を向けずに青春なんてヤツを謳歌出来た時代なのかもしれない。
この作品の単行本は全巻初版で買っているハズだけど、書庫のどこに紛れ込んだのか不明で、ついつい今回買い直してしまった。作者の書き下ろしの漫画も付いているのでお得です(若かりしエイサク格好いいぜ!)。
という事で「よき時代」をボーッと読んでいたんだけど、流石に時代は変化しちゃって、今高校生とかが読むとよく解らない部分も出てきているような気がする。
20年も経つとプチ時代劇に入っていくのかもしれない。それだけ時代の変化は早いのだ。


今回発売されたコンビニコミック1巻から勝手に時代ネタを解説

P10「エアコン」
主人公の正太が会社の独身寮に入る所から物語が始まるのだが、そこは3人部屋。で外が見える窓ぎわにはエアコンがない。壁取り付け型も窓取り付け型も。寮の外観が出るときも室外機などが書かれている様子もない。
http://www.garbagenews.net/archives/863271.html
を見ると、連載開始当時(1988年)の内閣府調査のルームエアコン普及率は55%という感じなので、まだ会社の寮には無かったのかもしれないし、若い連中はそんな贅沢はしていなかったのかも知れない。
たった20年そこらの間に常識になってしまったという事なのだ。

P10「ブラウン管テレビ」
3人がすむ部屋にはブラウン管テレビがある(これはまだ液晶という時代では無かったので当然)同時代のもっとオシャレを煮詰めたような漫画、上條淳士『TO-Y』なんかではでかいブラウン管テレビを床置きにするなんてライフスタイルになっていたけれど、ここではぐっと庶民的に普通のブラウン管テレビ。

P12「レコードプレーヤー」
別に物語には関係なく背景に書かれているコンポーネント・ステレオ。そして最上部にはレコードプレーヤーが置かれている。
日本でレコードとCDの売上げが逆転したのは1989年なので、この時点ではギリという事にもなるけれどこの時代まだCDプレイヤーが機能は少ないし、音もイマイチなのに異常に高かった記憶があるので、普通に寮生活をしている人にとってはレコードプレイヤーが当たり前だった。
が、これが数年であっという間に逆転現象を起こし、1990年にはレコードを製作しないメーカーまで登場するほど急速に変化していく事となる。現在「ツルモク独身寮」の先の巻を読まない状態でこれを書いているのですが、連載終了時の1991年にはその辺の変化は登場するのか?


そんな感じにダラダラと1988年頃の解説を勝手に書いていきます。


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2011年3月24日 (木)

出版はどこへ向かうのか

ここ数年、日常的なキーワードとして出版不況という言葉が使われてきた。


おそらく最初に聞いたのは1990年代の中頃だったかも知れないけれど、あの時代はちょっと前の時代が異常に盛り上がっていたせいで、何もかもが不況に見えてしまっていただけで、実際には元に戻ったという感じだったのかも知れない。
その後、2000年頃に「深刻な出版不況」と呼ばれていた。でもまだ余力が残っていたと思う。
それが盛り返す事無くジワジワと下降線を歩み始める。それは世間一般の不況と同時にネット社会の広がりというのがあるんだと思う。

2000年頃にテレビなんかで「インターネットというのは」みたいな解説をよく聞くようになって(実際には1990年代中期からありましたが)、特に購買力のあるハズの若者世代が「ネットで情報手に入るし」みたいな形で流れていき「ケータイに金掛かるから本なんて立ち読みでいいっしょ」みたいな形が当たり前になっていく。

2005年頃にかなり深刻な出版不況となっていたワケですが、その後、経済が「底付いた、なんとなく経済回復の兆しが…」と言われ始めた、途端にリーマンショックで全世界的にドドンとすべてが落ち込んだ。
実はそのタイミングで自分は3冊の単行本企画が動いていて、原稿をガシガシと書き進めていた。が、ショックで「はいそれまでよ♪」という事になってしまった。
色々な所で「ライター業が立ちゆかなくなったので廃業」みたいな話を聞くようになっていったけど、それでも「オレは紙媒体が大好きなんだよぉ」と考えていた。

そんな息絶え絶えだったタイミングで、今回の東北大震災。
この震災で出版社やアマゾン関連の倉庫が大打撃を受けたり、あとこの先、印刷する用紙やインクなどの不足などが襲ってくると言われている。
出版不況でぐらぐら揺れて綱渡りをしていた中小の出版社なんて、ここでスイッチを押されたように一気に倒れてしまうかも知れない。

そして、この震災によって動き始めたのは「地震によって現在発売されている週刊漫画雑誌などを読む事が出来ない子の為に、ネット配信で公開します」という動きが出てきている。
それはあくまでも、毎号楽しみに読んでいた漫画の続きを読み逃してしまわないように、被災地にも娯楽を届けたい、日常的な楽しみを届けたい、という考えから。
でも、それと同時に電子出版のメリットが最大限に活用されるという事。そしてこの先の紙不足などに影響されない出版形態として凄くメリットがあるのが、実証されたという事になって、より早い速度で電子出版が一般化されていくんだろう。
以前から言い続けているけれど、やはり紙媒体の出版というものに思い入れがあるからなんとかしたいんだけど、そういう流れは仕方がない事だと思う。

紙媒体というのが完全に消滅するという事は無いと思うけれど、多くのものが電子化されるようになり、そっちがメインになってくると、ワザワザ紙で出版されるものは高級なものになっていくのかも知れない。
そうなると部屋が本で溢れるという事もなくなるので、住宅環境ってのも改善されていくよなぁと思ったりもする。今回の地震で本棚が倒れた!という話も沢山聞いたので、そう言う危険性もなくなるんだろうなぁ。
今、色々なものを見直すような時期に来てしまったのかも知れない。

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2011年3月11日 (金)

最悪の日

とんでもない地震が起こってしまった。


その地震が起こった時、自分は静岡県東部にあるスーパーマーケットで母親の運転手という事で買い物に付き合っていた。
自分個人の買い物を先に済ませて、外でボーッとしていた時、風もないのに周囲に積み上げてある商品などがゆさっゆさっと大きく揺れた。と同時にめまいでもしているかのように体全体が揺さぶられた。
その瞬間に「地震か……大きいけれど、この横揺れは遠いぞ」と思い、その場に踏ん張って様子を見た。金曜日の3時ちょっと前ということで買い物客はオバチャンばっかりでその揺れと同時にプチパニックになっていた。あまりにも揺れが長く続き、その内、店の中から瓶が倒れるような音がしてくる。
店員が「みなさん出口はこちらです」と叫び、オバチャン連中は次々に店の外へと急ぐ(揺れている最中にその誘導は駄目だろと思ったけれど、誘導以前にみんな出口に殺到していた)。

自分は店の奥にいた母親が出てこないので、オバチャン達が外に出たのと入れ違いに店の中に進む。母親を日本酒の瓶が何本か倒れて割れている場所の先で発見し、そこを迂回するコースで外へと誘導した。
慌てて、teitterをチェックすると東京に住んでいるハズ人々が口々に「凄い揺れだ」と書き込んでいる。やはり静岡ではなく東京などの離れた場所だったんだ。静岡であの揺れって事は東京はどうなっているんだ? とtwitterでの書き込みをチェックしていると、東京で本棚が倒れて部屋がメチャクチャになっている、などという報告が次々に書き込まれていく。
そんな中「福島でマグニチュード7」という書き込みが入ってくる。福島の地震で、静岡があんなに揺れるって? と慌てて家に帰る。

もうニュースを見るしか出来ないのだが、テレビの番組はどのチャンネルも地震特番に切り替わっていてその地震のニュースを刻々と伝えている。
そしてマグニチュードが徐々に更新され、最終的に「マグニチュード9」という日本で観測史上最大規模の地震が発生したという事が報道される。
その後の話はみんな知っている通りの信じられない最悪の展開となっていった。
今回の震災で最大の被害は津波による被害で(原発の被害はまだ現在進行形なので何とも言えませんが)、それ以前の報道で現地からのレポートを見る限り、そんな凄い揺れだったのに日本の家屋ってそこまで丈夫だったのか、という部分に驚いた。

まだ、現時点ではどういう事になっていくのか解らない。

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2011年3月 9日 (水)

作詞家デビューでやんす。

ケータイ電話オンリーなのですが(スマートフォンはダメみたい)「mu-mo(ミュウモ)」の中でavexがやっている『ハイスクールシンガー』という物があります。


歌手志望の高校生をプレデビューさせるという企画なのですが、そこで高校生達にオリジナル楽曲を歌って貰うという事で、その作詞を担当しています。
去年の秋に「avexに行ってきたのだ」という事を書いていたのが、こういう形で繋がっているワケです。
ほとんどの人にとって杉村は「雑学の人」なワケで、それ以外の杉村はあんまり考えられないと思いますが、実際の事を言えば「音楽の人」の部分の方が古い。
今回の話の流れは、すでに四半世紀前の80年代中期にまで遡る事が出来て、その当時「作詞家志望」だった自分はせっせとビクターのディレクターの元へ書いた詩を送りつけていたワケです。
田舎に住んで、普段は会社勤めをしていたのでもうひたすら手紙を書くしか無かったワケですが、その甲斐もあってビクターのディレクターさんに逢って貰える事になった。

「いや、自分も長い事ディレクターをやっているけど、こうして手紙を送ってくれる人と直接逢うのは初めてなんだよ」と言って逢ってくれたディレクターは、古くはピンク・レディーを発掘し、売れていなかった松崎しげるさんを浮上させ、松本伊代・小泉今日子などをプロデュースした凄い方でした。
その人こそ、現在エイベックス・エンターテインメントで取締役を務めている飯田久彦さんなのです。
ビクター時代は色々な事もあって、作詞家としてデビュー出来なかったワケですが、今回こうして曲リリースにこぎ着けたワケです。

ま、今回はケータイ配信オンリーの高校生レーベルでの楽曲なので、こちらも作詞家としてのプレデビューなのかも知れませんが、デビューです。
歌っているのは「REILA」という女の子で、楽曲名は『ごめんね』
メロディが切なくスローな物だったので、ちょいと悲しい詩を書いています。胸がキュンッとなってしまうような内容です。
ケータイ電話で『ハイスクールシンガー』で検索し、さらに『ごめんね』で検索を掛けると辿り着く事が出来ます。無料の会員登録をする必要がありますが、そうすれば試聴も出来るみたいで、気に入ってくれた方はダウンロードをお願いします。1ダウンロードは210円です。

実はこの先、4月にも、5月にもリリースする予定の曲が控えています。
今年は「雑学の人」と同時に「音楽の人」としても活動を開始します。杉村喜光という人がこの先、何かの拍子に有名になった際に「コイツの作詞家デビュー作、俺知ってンだぜ」と自慢出来ますので、是非ダウンロードをヨロシクです。
あと、来週になると思いますがラジオ「らぶらじ」内で曲を掛ける事も出来そうです。
本来はラジオの本放送とは違って、ネット経由のストリーミングでは著作権などの観点から曲を流す事が出来ないのですが、色々間に入って調節をしてその辺はクリア出来ました。
だからストリーミングからも楽曲を聴く事が出来ます。ヨロシクです。

今回の3月配信曲「ごめんね」は切ないスローな曲ですが、4月配信局はアップテンポな爽やかで前向きな曲、5月配信局は華やかなミディアムテンポの曲、と色々あります。
今年はそんな形で動いていくのだ。

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2011年3月 8日 (火)

雑学2万本ノック!

気が付くと「ネット歴20年」なんて事になっていた。
パソコン通信からスタートするんですが、インターネットでサイトを開設したのが1998年なので13年前、と言っても自慢出来るような物ではなくダラダラやって来ただけの結果ですが。


そして一貫してやって来たのは「雑学を書く」という事。
もっとも最初の頃は普通の雑学本に書かれているような内容を自分なりの文章に書き換えて「こんなの知ってる?」とばかりに書いていた。今読み返すと恥ずかしくなるような感じで「お前何様?」状態。
なんか雑学を語るのは「〜なのである」とか偉そうな博士か学者か、という口調で語らないとイケナイんじゃないかと錯覚していたのかもしれない。
さらに最悪な事に、雑学本に書かれている事を文章を少し弄っただけで、あたかも自分が書いたかのような文章にして発表していた。
と言っても、パソコン通信でもニフティなどの商業的な物ではなく、個人運営の草の根ネットだったので、それも恥ずかしい過去程度で火傷は収まっていると思う。(個人的見解)
それが徐々に変化して「より短い言葉で雑学を語る」という方向へ変化していく。

そんなこんなで20年間、ダラダラと雑学をネット中心に垂れ流し続けて来ました。
去年の秋にメルマガ知泉を再開した時に「過去に書き散らした雑学をまとめ直す」という事を思い立ち、メルマガのバックナンバーを全部チェックし始めた。
その時点で800号近く発行していたので、1号に5本雑学を掲載したとしても全部で4000本の雑学があった。さらにラジオで語った雑学もそれに加える。
ラジオも既に4年目の折り返し地点を過ぎて、こちらもあと少しで800回という事だった。それ以外に単行本『静岡県の雑学』の欄外に書き倒した約700本の雑学なども加え、ブログなどで書いた雑学も加え、未発表の大量の雑学も加える。

実は二見書房から出した最初の単行本『知泉』『知泉2』の原稿はカミナリの直撃事件で失っているので(デジタルデータは怖いっす)それらは本を読みつつチェックしていく。
この時点で手持ちの雑学本数は1万5000本という事になった。
そんな形で去年の秋口からジワジワと作業を続けていた所、ひょんな事からフロッピーに入っていた当時のテキスト文章を見つけてしまった。
そして、そこに書き散らしていたネット初期に書いた雑学文章を大量に発見してしまったのだ。発表済み、未発表の物、ただのメモ帳みたいな物、色々含めて。
20年間、同じ事を続けるのって凄いんだな。

そんなこんなで現在、手元で整理されナンバリング管理している雑学は6500本。でもって未整理になっている雑学が2万本超え(大量の重複ネタがあるので実際には1万本を切る可能性アリ)。もうワケ解らない状態ですが、これも自分の財産。
初期に書いた物はかなり信憑性が無かったり、雑学とは言えなかったり、それはただの本の引き写しじゃないかだったり、色々と問題がありますが、それらもちゃんと手直ししたり取捨選択していきます。

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2011年3月 4日 (金)

漫画家さん達のコニーちゃんまつり

1ヶ月ほど前にイラストレーターの水玉螢之丞さんが書いたコニーちゃんのイラストがキッカケとなって、みんなで独自にコニーちゃんのイラストを書いてアップするというネット内イベントが始まりました。
 http://matome.naver.jp/odai/2129792745798564701


コニーちゃんというのは、かつてポンキッキーズの中で「♪じゃかじゃかじゃんけん」をやっていた可愛い女の子のキャラクターです。
基本的に「プロのクリエイターによる」という事で、そのお楽しみ企画に色々、有名な漫画家さんイラストレーターさんが参加して、豪華なイベントになっていました。
例えば(敬称略です)いしかわじゅん/吉田戦車/麻宮騎亜/太田垣康男/山本貴嗣/折原みと/椎名高志/加藤賢崇/近藤ようこ/エハラマサヒロ/とり・みき/さべあのま/星里もちる/カトリーヌあやこ/あさりよしとお/藤島康介/他多数。

完全無償で面白がりつつ、もの凄い作品を書いている。
これを普通に雑誌なんかで原稿として依頼したらどんだけの原稿料になるんだ? という感じ。
そんな状態で続々と新作が書き込まれていくのを先日から時々楽しくチェックしていたのですが、昨日おひな祭りの日が投稿ラストの日でした。
自分は数日前から頭を悩ませていた作詞の〆切が昨日の午前中で、それをなんとかクリアして、なんか意味無くテンション上がっていたので「そっちとは別に、ギャグとして自分もコニーちゃんのイラストを書いちゃえ」と思い立ってしまった。本当に思いつきで。
そして勢いでtwitter経由でそれをアップして「便乗で書いてみた」と報告したのです。
単純に「知泉も書いちゃったよ」と笑って貰えればいいと思って。
ところがいきなり「参加ありがとうございます」という事で報告があって、自分のイラストがその『コニーちゃんまつり』の会場に展示されてしまったのです。

「ええええええ?」と驚いてしまったのですが「漫画家さんだけじゃなくてイラストレーターさんやライターさんやデザイナーさんなどプロのクリエイターさん達のお祭りですので」という事なので、自分も参加可だったみたいです。しかも「それに知泉さんはイラストのお仕事もなさってますし!」と言われてしまいました。
う〜ん。確かに新聞に1ページ大のコマ漫画を描いた事もある。自分の単行本のイラストも書いている。他にも何かイラスト描いている。
という事で、私が描いたコニーちゃんも末席にこっそりと参加している『漫画家さん達のコニーちゃんまつり』よろしくです。
次に同じようなお祭りがあった時は、もっと本腰を入れて描きます!

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2011年3月 3日 (木)

作詞第3弾!(2)

朝、ベッドの中でボーッとメロディと詩を思い出しながら目覚める。
曲のキャッチーな部分はこれでよし、と確信して起き出して作業再開。
本日の昼までに完成させる、という事で、なんか2回目に出てくるサビ部分の歌詞が「違う」と主張してくる。
そのために、別の詩は無いかと探り始める。そして差し替え分の歌詞が出てくる。
その新しく考えた歌詞がジャストフィットする。これだったのか!
さらに微調節をして、昼直前にメールで完成した詩を送る。


自分の中で途中から勝手に「この曲は口紅のCM曲に使えそうだ!」と感じるようになっていき、『資生堂 春の新色』というキャッチコピーで使われるという前提で考えるようになっていった。
メロディが華やかで軽く、それでいてちょっぴり切なげでもあるという事から、そんな事を考えていた。
この曲のリリースは5月。

その前に3月9日リリースの第一弾がある。さらに4月には第二弾のリリースもある。
とにかく、動いている事は動いているのだ。

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2011年3月 2日 (水)

作詞第3弾!

avex『ハイスクールシンガー』での作詞をやってる。まだ最初に作詞をした曲はリリースされていないけど(3月9日リリース予定)、すでに3曲目の作詞をしている。
これは5月配信予定曲。


とりあえず5月に配信するという事になっていますが、その曲を歌う高校生にとっては現時点では唯一の持ち歌という事になっている。
だから季節限定で「5月の空に飛べ!」みたいな歌詞だと、歌う時期が凄く限定されちゃうと思うので、1年を通して歌えるような歌詞にしなくちゃいけないと考えている。
でも「春っぽい華やかな感じも出しつつ」という、そんなテーマを自分の中に設けて作詞をしている。
作詞依頼はだいたい夜にメールで楽曲が届けられ、中2〜3日で詩を書くという流れになっているが、今回はちょっとした手違いでドタバタしている。

月曜(2月28日)の夜、担当の方からメールで「次の作詞お願いします、曲はこれです」という事だったのですが、実はいつもデータを送ってくるメーラーの調子が悪かったので別のメーラーで送ってくれたのですが、それをこっちのメーラーが勝手に通常の場所ではない受け取り場所に分類してしまったのだ。
だから月曜の段階でそのことに気付いていなかった。
で、火曜日の夜に「昨日送った曲は聞いて貰えましたか?」というメールを受け取ってそのことに気が付いたワケです。
で、そのメールには「木曜日のお昼までにお願いします」と書かれていた。うぬ!現在火曜日の夜なので「中1日」という事になる。

と言っても前2曲の作詞も、メロディを受け取って翌日の夜にはほぼ完成して、それから何十回と聞き直して微調節をしていった、という状態だったので、基本的には1日あれば完成する事は可能。あとはいかに集中力を溜めて作業出来るかだ!
という事で、火曜日の夜はとにかく集中して曲を何度も聴き直して、その空気感を叩き込む。
簡単な楽譜みたいな物を作って(作詞担当ですがとりあえず楽譜を書く事は出来ます)曲の構成と、盛り上がりなどを把握する。
何か一つでもキーワードがそこから浮かんで来れば作詞の取っ掛かりになるのだが、その夜の間は今ひとつだった。とりあえずどんな内容にするのかはボンヤリと頭の中に浮かんでいたけど。
ということで、本日朝起きた瞬間からこの詩に取りかかる。

とにかく、思いついた言葉を大量に並べていく。普遍的でありながら印象的なフレーズを考えていこうとする。メロディが呼び起こすような言葉を探していく。
無限にあるピースの中から正解を捜すジグソーパズルみたいな物で、ピッタリとその場所にはまっても正解じゃない事もある。
主人公は基本的に歌う女子高校生と言う事だけが決まっている。作詞依頼の縛りはそれだけというのが逆に縛りになっていく。
昼少し前に「これだ!」というキーワードを見つけ出し、物語の全体像が見えてくる。と言ってもそれが正解だとは誰も教えてくれない。もしかしたら間違った方向に走り出している可能性もある。
しかし、1つキーワードが見えて来たところで、昨日から大量に書き殴ってきた言葉の断片の中から、いくつかの文字が浮かび上がってくる。

主人公は何を考えている、どんな人を好きになった、二人がこれまで歩いてきた経緯は、主人公に今何が起こっている、というディテールに色が付いて物語が見えてくる。
そこで一気に全体像が見えて来て、言葉としてのテーマが明確になる。
そんなこんなで夕方までに詩が95%ほど完成する。
一旦気持ちをクールダウンさせるために、外出して、本屋などをブラブラ。
あとは細かい言い回しの修正。何度も曲に合わせて歌い直す。頭で考えた言葉と、発音した時の言葉はまったく違う物だという事は、ラジオ放送で経験しているので字面で読んだときの印象より、発音した時の印象を優先する。
寝る直前まで繰り返し繰り返し詩を練り続ける。おそらく、これでOKという所で寝る。

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2011年3月 1日 (火)

ビックリしたなもぉ

気が付いたら3月じゃないか。
色々とやっている内にもう今年も2ヶ月が経過していた。
確か今年は「毎日ブログ書いちゃうぞぉ」と心に誓っていたような気がするのに。


今年に入って、先に繋がる仕事をしているハズなんですが、まだ表面的に始動していないって事もあって「2ヶ月経過したのに動いていない」感がある。
色々もがいています。
ただし、相変わらず出版関係の動きはまったくない。出版不況という事なのか、それとも自分のやってる雑学に関しては現時点の出版では需要がないという事なのか?
と言いつつ、自分が書いた物と思しき雑学群を元ネタにしたような廉価雑学本とか出ているので(異常にネタ被りが多く、文章も微妙に合致)ある種の需要はあるんだと思う。
でも、外部のライターを使うのより、内部の編集者がネットで掻き集めたもので作った方が経費削減出来るというレベルの話なのかも知れない。

とりあえず名刺には『雑学ライター』という肩書きを書いていますが、メインの仕事は「雑学をラジオで喋る人」、ケータイの「アプリを作る人」、そして新たに「作詞をする人」となっています。
いや、どの仕事もかなり真剣に取り組んでいて一切の手抜き無しで、誇りを持ってやっています。

でも、自分で書いた文章が印刷されて人前に出るというのは子供の頃から希望していた事なので、出版というのは斜陽産業なのかも知れませんが、関わって行きたいと思うワケです。
そんなワケで、雑学本を書くネタは腐るほど持っています(実際、腐って使えなくなっている古いネタもありますが)是非!

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