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2010年10月 3日 (日)

笑いの感性

「面白い」という物の正体はよく分からない。


ありがちなオッサンの意見として「最近のお笑いはただゴチャゴチャやっているだけで全然面白くない、それに比べて昔の笑いは」みたいな物はよく聞く。
確かに、この数年は異常なほど大量のお笑い芸人がテレビに連日登場して、みなが必死に「いかに早く消費されていくか」を競いあっているような感じになっている。
スタジオ収録物のバラエティでは、メイン司会者がいてその脇に何をするのか不明の女子アシスタントがいる。そしてVTRとかを紹介したりするんだけど、スタジオ脇には雛壇と称される席が用意されていて、そこに大量の芸人やらアイドルやらタレントやらが座って、ことある毎に大げさにリアクションを取って、番組が進行していく。
すでにこのフォーマットが無いと怖くてしょうがないとでもいうようになっている。

それを「最近の番組は……」と苦言を呈している人を結構見かける。
でもそれらを語っている人の多くが「昔のお笑いは」としているのが、80年代のTHE MANZAI時代の笑いだったりする。あるいは、もっと前の70年代の笑いだったり、もっともっと前のテレビ創世記の60年代の笑いだったりする。
でも実際の事を言えば、THE MANZAIの時代の笑いはその当時「最近のは笑いじゃない」と批判されていた。自分なんて、その笑いを「俺達の時代の笑いだ」と思っていたような世代なので、前の世代からの物言いにカチンと来ていた。

が、その後色々な過去の文献なんかを読むと、70年代の笑いも前の世代から批判されていたらしいし、テレビ創世記の笑いは「テレビなんかでやっているのは笑いじゃない、あんなのはただの悪ふざけだ」と批判されている。
で、テレビ以前の笑いだってその都度その都度、前の世代に批判されている。
結局、笑いというのはその人が育った時代の感性で決まってしまうモノなのかもしれない。

でもって、自分なんか80年代初頭のTHE MANZAIとかの時代「お笑いスター誕生」とか毎週ゲラゲラ笑いながら見ていたハズなんだけど、今それらを見ると異常にぬるい感じがして笑えなくなっている。懐かしいなぁとか思うけれど、今のスピード感で見てしまうせいなのか、仕方がないけど「古いなぁ」と思ってしまう。
だから最近多い当時の番組を編集したDVDとかは、想い出の中にある笑いを壊してしまいそうなので見ることが出来ない。

バラエティ番組なんかでも、一斉に雛壇に座っている芸人が各自バラバラに喋り出し、目立とう目立とうとする状態が「ウザイ」と思っていたんだけど、80年代とかのバラエティVTRを見ると、司会者が振らないとしゃべり出さなかったりして、異常に番組が静かだったり「台本通りに事が進んでいます」という感じがして、ちょっと乗りが感じられなかったり。
笑いってのは時代によって変わって当たり前なんだよなぁ。

と言うのを考えたのは、実は先日より読んでいる江戸時代の文章が関係している。
その文章は江戸時代に出版され、とにかく大反響で多くの人に読まれた滑稽本という事になっているんだけど、それを現代的な感覚で読むと「どこが面白いのか解らない」という部分ばかり。
もちろん、その時代に流行った物などに関しての前情報としての知識なんかも必要なんだろうけれど、それらが解った所で「どうしてこれが当時の人に受けたのか」がよく解らない。面白がろうとして読み込んでもよく解らない。もう感性の違いとしかいいようがない。

そんな部分に逆に興味を惹かれてしまう今日この頃なのだ。

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