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2010年9月26日 (日)

全然夢中

今から10年ちょい位前だと思うけど、若者言葉のように「全然平気」みたいな言い方が異常に耳に付いた時があった。


その時に「全然というのは否定するときに使う物だ! 最近の若者の言葉は間違っている」という意見があった。実際自分なんかの世代だと「全然〜ない」と否定する場合に使うほうがシックリくる。
でも、実際には否定でも肯定でも使える言葉で「全く然るべき」という意味なのだという事は知識としては知っていた。夏目漱石の作品にも肯定の意味で使われている用例がある。
90年代に若者言葉的な流行り言葉のように使われていた頃というのは「やばい」が美味しい時や感動した時に使われ始めていたというのもあって「意味の逆転」的なニュアンスと凄く感じた。
凄く熱狂的にイカしている事を「COOL」というのは1930年代のジャズとかから始まった言葉なので、そんな流れっぽく使っているニュアンスだったのかなぁ。あの時に「全然平気」と言っていた人々が「実際には肯定でも使える言葉」というのを知っていて使っているような感じには見えなかったので。
でも実際には「本来の使い方に戻った」という皮肉な結果になったワケですが。

20100926実は60年代に書かれた楽曲で「全然」を否定的に使っていないケースがある。
飯田久彦さんがリリースした「悲しきエレキ小僧」という曲のB面に入っている「モンキー大学」というイカしたシビれる曲があるんですが、この中でクラスにいるカワイ子チャンに惚れちゃったという事で「♪僕は全然、夢中です♪」という歌詞がある。
この曲を初めて聞いたのは80年代だと思うけれど、当時は誰もが「全然〜ない」と使っていた時代。
だから、この曲を聞いた時、歌詞の中に「エレキをビンビンビン」とか「シェーおどろいた」などの意図的に軽いっぽい言葉が使われているので、「全然夢中です」という部分も意図的にオトナが「その言葉遣いは何ですか」という感じに眉をひそめる言葉として使われているんだと思った。

でもこの肯定する「全然」は戦前の人は普通に使っていて、否定が一般的になったのは戦後教育の中だという話を聞いた。だから漫画家の杉浦茂さんの作品の中には「全然大丈夫だよ〜」とかの言葉が出てくる。それもかつての自分は「意図的に変な言葉遣い」と思ったのですが、杉浦茂さんは1908(明治41)年生まれ、完全に大正時代に教育を受けた人なので否定ではない全然が普通に生きていた時代の人だったのだ。
で、「モンキー大学」なのですが、この曲を作詞作曲したのは米山正夫さんです。
水前寺清子「365歩のマーチ」美樹克彦「花はおそかった」などの歌謡曲、そして「ヤン坊マー坊天気予報」とこれもヤンマーのCM曲、小林旭「赤いトラクター」の作曲をした方です。

実はA面の「悲しきエレキ小僧」の作曲もやっているのですが、なぜかB面「モンキー大学」は作詞もやっている。
で、米山正夫さんは1912(大正元)年生まれなのです。「悲しきエレキ小僧/モンキー大学」がリリースされたのは1966年1月なので、この時点で54歳。当時の54歳としてはファンキーだよなぁと思うんだけど、「全然夢中です」はどうも意図的な若者言葉ではなく普通に戦前から続いている肯定もありの「全然」として使っているのではないかという事なのだ。
「全然」の取扱いに関しては色々あると思うけれど、言葉は時代によって変化していくというのが面白い。

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コメント

ご存じかもしれませんが、この春に放送されたNHKのバラエティ「みんなでニホンGO!」でも取り上げられてましたね。それによると戦後、森鴎外の娘・小堀杏奴あたりが「全然+肯定」を批判し始めて、昭和35年文部省が「全然+肯定」をマチガイとして指導するようになったとのことでした。番組では当時の若者言葉・文化に対する年寄りの反発じゃね、という説でした。今はどの辞書でも「全然+肯定」はOKになってるそうですから、明治生まれでそのあたりの教育を受けてたはずの小堀杏奴が諸悪の根源……?

投稿: 漫棚通信 | 2010年9月29日 (水) 21時22分

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