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2010年9月30日 (木)

あぁまた忘れた

毎週木曜の夜から金曜にかけて「来週分の原稿の〆切」ということでのたうち回っている。木曜は午前中からそれまでに集めた資料を形にするためにガシガシと文章を書いている。


文章とまったく関係ない写真
Dscn4046とりあえず箇条書きにして、どんなネタが並ぶか、どんな流れを作るか、どんなオチに持っていくか、という事で組み立てていく。
でも時々、延々と挌闘しても「なんか面白くない」「なんか核になる部分がない」とドツボに陥る事がある。とりあえず所定の時間内を埋めることが出来る、という原稿にはなるけれど「面白くない」という結論に達してしまう。
そんな時は、それを捨てて、新しいテーマを捜して資料をチェックして組み立て直す。
とりあえず、3年半以上こんなことを毎週続けているけれど、現時点で〆切を遅らせた事がないってのが自慢の一つ。

中には、原稿を送った後、たとえば土曜日とか日曜日とかに何か事件などが起こり「そっちのテーマでやった方がタイムリー」と思って、急遽そっちで原稿をまとめて送り直し「これで出来ませんか?」と差し替えを途中でする事もある。
例えばワールドカップに関して「パラグアイ」というテーマに直前で差し替えたり、赤塚不二夫さんや水野晴郎さん、水泳の古橋広之進さんなどの訃報だったり、麻生太郎が総理大臣になった時は「政治家と漫画」というテーマにしたり、直前差し替えも何度か経験している。
そんなこんなで、木曜から金曜にかけては毎週、どたんばたんしている。

そんな中、毎週金曜の昼過ぎに「あぁやっちまった」と頭を抱える事がある。
それは、自分が住んでいる地域の第4金曜日が「ペットボトルの収集日」なのだ。
実は今年は4月の第4金曜日にペットボトルを出してから、5月から5ヶ月間、出しそびれている。なるべくペットボトル飲料は飲まないようにしているけれど、それでも今年の夏は異常に暑かったのでついつい……。
だから、9月になって「第4金曜日を忘れるな!」と肝に銘じ、カレンダーに○を付け、ずっとその日を待っていた。ハズだった。
確か、その数日前にも「今週の金曜日」と頭の中で再確認をしたハズだった。

しかし、未だに5ヶ月分のペットボトルは家にある。
10月に賭けるのだ!


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2010年9月29日 (水)

作詞

ラジオ番組「らぶらじ」の中で来年の夏に向けて『花火プロジェクト』が動いている。


文章とまったく関係ない写真
Dscn39751年掛けて色々な事で金を貯めて、その資金で静岡県夏の風物詩「安倍川花火大会」でらぶらじの名前を冠した仕掛け花火&スターマインあたりを打ち上げよう。ついでにその時のアナウンスもSBS静岡放送の小沼みのりアナウンサーがやっちゃおう、さらに1000人分の桟敷席も準備しちゃおう!という壮大なる無謀なプロジェクトが動いている。
その事もあって、先週行われた2回の公開放送で自分は昔取った杵柄の「似顔絵描き」なんてのをやったワケです。
それ以外にも色々な企画が進行していて、パーソナリティ二人による「Wてつライブ」というので投げ銭をしてもらうとか、キャスタードライバーのおねえさん達が色々な場所に行ってお仕事のお手伝いをして賃金をいただくとか、あと来年の予定ではチャリティオークションとか色々あるわけです。

その中で「CDをインディーズ販売する」という企画も動いている。
で、1ヶ月ほど前、ちょうど猿の騒ぎでロケが途中で解散になった日の放送だったのですが、その日の募集テーマが「あなたはなに音痴ですか?」というもので、歌の音痴以外に「方向音痴」だったり「味音痴」だったり「運動音痴」だったりという事をやっていたのです。で、うんちく劇場で電話を繋いだ時にいきなり「で、杉村さんは何音痴ですか?」と振られてしまったので、アドリブで「しいて言えば人生音痴ですかね?」と答えたのだ。何をやっても駄目な方向に進んでしまうという意味で。
といきなり、スタジオの杉原徹さん(てつさん)が「それ曲のタイトルにいいですね、杉村さん、それで曲作ってCDのボーナストラックに入れましょう、作詞よろしくお願いします」という事になってしまった。
もう有無をも言わせないというのはこういう事なのだな。

という事で、作詞なんて80年代から90年代に音楽活動していた時以来の事なのだ。もう10年以上ちゃんと詩なんて書いてないぞ!
とりあえず、かつてヤマハが主宰していたポプコンなんて奴に自分の作詞作曲した曲で出場して、駿府公会堂の大ホールで歌ったという過去もあったり、作詞家という奴を目指してレコード会社に詩を送ったり……。
とにかく詩を書いて、曲を書いて、それをアレンジして、多重録音してという事を日々やっていた時代もある。
そんなこんなで「人生のチョイスをいつも間違えてしまう」私は、このタイミングで「人生音痴」という曲の詩を書く事となってしまったのだ。

絵を必死に描いてそっちでプロになりたいと試行錯誤していた過去。
音楽で飯を喰いたいと七転八倒していた過去。
もうそんな夢はスッカリ忘れていたハズなのに、それがなんでこんな所で意味を持ってくるんだろうか?
きっと、それはすべて意味のある事としてずっと準備されていたんだろう。作詞家を目指して必死になっていた当時の繋がりで、飯田久彦さんとお付き合いさせていただいているというのも、そういう意味なんでしょう。
自分のこれまでの行動には無駄な部分は無かったのかも知れない。あの当時失敗を繰り返していたのは、まだそこに自分が達していなかったからなのかも知れない。
そんな人生音痴な自分だけど、前に進んでいくしか無いのだ。

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2010年9月28日 (火)

郵便屋さんですよね?

フリーで仕事をしていると、色々な事務仕事をこなさなくてはいけない。


文章とまったく関係ない写真
Dscn3482いわゆる請求書なんてのも、必要だけど面倒くさい仕事ではある。
それをカシャカシャと書いて、ついでに国勢調査の収集が郵送でも可になったので、一緒に近所のコンビニ脇にある郵便ポストに投函しに出かけた。
と、見るとそのポストの横に〒マークが付いた車が止まっていて、その中にオジサンが乗っていて何か雑誌なのか読んでいる感じだった。
で、郵便ポストに投函しようとした所、そのオジサンが車のドアをいきなり開けて「それ受け取るよ」などと言ってきた。

地味な事務的なジャンバーみたいなモノを来ていたので、その手の仕事に従事している人っぽいし、ここで強く「いえ、ポストに投函します」と否定するのもどうなんだ? と思いつつ、そのオジサンに手紙を手渡す。
そして、ついでにコンビニに立ち寄るのだが、その時「本当にあの人は郵便屋さんだったのだろうか?」という不安が心の底から湧いてきた。
もし違ったらどうしようか、あの手紙を奪われたら……、ってそんなの奪ってもオジサンには何の徳もないよ。国勢調査で家族構成とか解っても別に自分は困らないし、あ、でも請求書が無くなると、それに添付した交通費請求のレシート関係も無くなってしまうので自分は困る……。オジサンには何の徳もないからね。

と思いながら、コンビニのガラス越しにその郵便車の動向をチェックしていた。雑誌コーナーとATMコーナーの隙間からポスターがベタベタと貼ってあるガラス越しにそとを凝視している男。防犯カメラの中には激しく怪しい人物として映っていただろう。
で、オジサンが動き出した。と思った次の瞬間、オジサンは郵便ポストをガチャリと開けて中から手紙などを取りだしたのだ。
あぁ本物だ。
そんな風に、細かく人を信用していない自分なのであった。

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2010年9月27日 (月)

迅速な対応と情報開示

ネット時代というのはいつから始まったのかは解らないけど、おそらく10年ほど前に「東芝クレイマー事件」というのがあって、その辺りから「人の口に戸は立てられない」という部分が、冗談じゃなくなって来たんだと思う。
東芝クレーマー事件と、2ちゃんねる創始が微妙にリンクして、世の中に風穴が空いてきた。
それまでなら「○○は不正をしている!」という事を叫んでいた人も、企業に向かって叫んでも届かず、新聞社やテレビ局などに投稿をしても無視され、かといって駅前で叫んでも変な人扱いだし、庶民は泣き寝入りという事が多かったり、10年も20年も同じ事を叫び続けている変な人になっていったりした。


しかし、ネット時代になると自らが主張したい事はサイトなりを作って発表する事が出来る。もちろん、それだけでは何の効力も無いが、それが次第に話題となって大きなうねりを作り上げる事によって意味が発生するんだけど。
この10年の間、企業内などの不正に関しての秘密がかなり緩やかに世に広まる事が多くなったような気がする。
だから企業もその辺の対応をしっかりしなくてはいけないのだ。

もちろん不正と呼ばれることは最初からやってはいけないけれど、もし何かで駄目な部分がリークされた場合、即座にそれを社内で調査して「実はこんな事が起こっていました」と発表出来るか出来ないかという部分が、後々まで大きくなるかならないかという分かれ道となっている。
つまり罪を自らどこまで認める事が出来るか? という部分が命運を分ける。
一時期話題になった船場吉兆のささやきオカミ。twitterを先取りしていたかのようなささやきはテレビで即座に広がっていったけれど、「賞味期限切れや産地偽装した食材をつかってごめんなさい」と謝罪して、休業→再開した後で「食べ残しを使い回していた」というのが発覚して、最終的には廃業することとなってしまった。
アレなんか、1回ですべて膿を出していれば騒ぎはそこまで大きくならなかったのかも知れない。
交通事故なんかでは「自分から謝っちゃダメ」みたいな流れがあるけれど、とりあえずウソを付かずに謝罪して誠意を見せるというのも必要な世の中なのだ。

Dscn3160という事で、自分も4月にリリースされたiPhoneアプリ『知泉の雑学クイズ』無料版に関して「間違ったクイズがありました!」と指摘されたその日に、このブログで謝罪をした。
そして慌てて、同傾向のクイズを作り直し、それを明け方、制作会社に送信した。謝罪と訂正を24時間以内にと考えたのだ。もちろん、ソフト的に修正したモノが反映されるのに数日かかるかも知れないと思いつつ、迅速な対応が利用者に対しての誠実さだと思っていたので。
しかし修正されなかった。

1週間経って「メールで差し替えデータを送ったので、差し替えてください」と再度連絡を入れたが挿し変わらなかった。
その間にアプリのレビュー欄には「間違っています」という文章がいくつも書き込まれ「誰かに話したくなるなんて言っているけど、信じて使うと恥をかきますよ」、さらに「他にも間違ったモノがあります」とか書き込まれるようになった。
「え? 他にも間違っている?」と思って、テキストデータを再チェックしていったのだが、どれが間違っているのか解らない。最初の指摘に関しては具体的だったのに、それ以外は明確に指摘が無く「間違っている」としか書いていない状態なのだ。
テキストを1つ1つ再チェックする。かなりの時間が掛かってしまったが、どこが間違っているのか不明。
本当に間違っているのか、嫌がらせっぽく間違いばっかりじゃん!と煽っているのか不明。

2010080901この手の指摘が難しいのは「指摘自体が間違っている可能性もある」という事。
某所で自分が描いた雑学が晒された事がある。「ボンドは登録商標である」というモノなのですが、それに対して「ボンドはホッチキスと違って普通名詞。それで登録商標とはひどい」というレスがあった。
しかし、実際には「文具のホチキスはかつては日本ではイトーキの登録商標でしたが今はフリー。しかし文具以外で医療器具でのホッチキスはマックス株式会社、理化学分野でのホッチキスはキヤノン株式会社の登録商標として残っている。ボンドに関しては最初発売した時に登録し忘れたので勝手に名称が使われる事となったが、後に裁判でコニシ株式会社が自社製品だということで登録商標となっている」という、指摘とは逆の状態なのだ。
ボンドに関しては去年、ラジオの方で喋った際にコニシへ直接電話をして確認をしている。
つまり「間違っている」という指摘自体が間違っているという可能性もある。
雑学的な物は、時代によって「実はこういう文献が発見された」とかで変化してしまう場合もあるので、かつて聞いたままの知識だと間違っている可能性も出てしまうのだ。アプリの間違いに関しても、そうい感じだったので自分にも非はあります。

結果として、アプリの間違いを指摘されブログに謝罪文を書いたのは6月7日。差し替えデータを送ったのは翌日の6月8日。
そして差し替えられたのは3ヶ月も経った9月8日だった。
その間、なんども「差し替えて下さい」と先方にメールを送り、新たに作った差し替えデータを送っていた。しかし修正されないままだった事もあり、レビューのトップには「間違っています」「恥を書きます」が表示されたままになっていた。
リリースした当初はアプリの評価は★5が圧倒的に多く、かなり内容的に褒めて貰えられていたのですが、その「間違っています」という指摘がトップに来てから、★1つが圧倒的に多くなり、3ヶ月も放置された段階では★1つの評価を付けている人が一番多いという悲惨な状態となってしまったのです。無料版のダウンロードは20万というとんでもない数字だったのですが。
自分的には「それを差し替えれば、とにかく他のクイズアプリと比べて雑学密度がとにかく濃いモノだ」と自負していたのですが、最終的な評価は「このアプリ最低」という状態となってしまった。

2010080902そんな最低評価まっしぐらの8月4日に有料版が2本リリースされた。
でも、ダメだよなぁ。
書籍と違って立ち読みが出来ないからこそ、無料版を出しているのに、その無料版が「最低評価まっしぐら」なので、有料版を発見した人が「有料版の前におためしに無料版で……」とダウンロードしようとしても、そこには「間違っています」と言う文字が燦然と輝いているワケです。
もし自分が第三者だったら「無料版はタダだからやってあげてもいいけど、これって間違い多くて信じると恥かくんだろ?」と思いつプレイして、有料版は買わないよなぁ。残念ながら。
どんなアプリも、出版物も、音楽も、初動の1ヶ月が一番大事なのに、無料版の修正が入ったのが有料版が出てから1ヶ月後。
「売れないように!」というネガティブな宣伝を自らしているような感じだったのだ。
圧倒的に「★1つ」という最低評価のアプリになってしまい、それが有料版にも影響を多大に与えている。

この辺は、舞台裏として本来は書かないほうがいい部分なのかもしれないが、そんなの隠していてもしょうがないし、良い時ばっかり発表して、失敗を隠蔽するのは、個人的に好きじゃないので書いてしまいます。そして「遊んで下されば、絶対面白いアプリだと自信を持っていえます!」という事なのだ。自分が10年以上に渡って築き上げてきた「知泉」というブランドを失墜させるような、色々な事に対して、すごく憤りを感じている。
もしかしたら、こんなブログを書くことで制作会社から「アプリの話は無かった事に」と削除されてしまうかも知れない。でも色々な事が起こっている事、マイナスな部分も含めて報告するって事が、利用者に対しての誠意だと思っている。知泉という名前で発表しているアプリなので、全部その辺は自分自身が責任を負っていかなければいかないのだ。
そして今は「間違ったクイズ」は修正されているので、安心してプレイして下さいませ。

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2010年9月26日 (日)

全然夢中

今から10年ちょい位前だと思うけど、若者言葉のように「全然平気」みたいな言い方が異常に耳に付いた時があった。


その時に「全然というのは否定するときに使う物だ! 最近の若者の言葉は間違っている」という意見があった。実際自分なんかの世代だと「全然〜ない」と否定する場合に使うほうがシックリくる。
でも、実際には否定でも肯定でも使える言葉で「全く然るべき」という意味なのだという事は知識としては知っていた。夏目漱石の作品にも肯定の意味で使われている用例がある。
90年代に若者言葉的な流行り言葉のように使われていた頃というのは「やばい」が美味しい時や感動した時に使われ始めていたというのもあって「意味の逆転」的なニュアンスと凄く感じた。
凄く熱狂的にイカしている事を「COOL」というのは1930年代のジャズとかから始まった言葉なので、そんな流れっぽく使っているニュアンスだったのかなぁ。あの時に「全然平気」と言っていた人々が「実際には肯定でも使える言葉」というのを知っていて使っているような感じには見えなかったので。
でも実際には「本来の使い方に戻った」という皮肉な結果になったワケですが。

20100926実は60年代に書かれた楽曲で「全然」を否定的に使っていないケースがある。
飯田久彦さんがリリースした「悲しきエレキ小僧」という曲のB面に入っている「モンキー大学」というイカしたシビれる曲があるんですが、この中でクラスにいるカワイ子チャンに惚れちゃったという事で「♪僕は全然、夢中です♪」という歌詞がある。
この曲を初めて聞いたのは80年代だと思うけれど、当時は誰もが「全然〜ない」と使っていた時代。
だから、この曲を聞いた時、歌詞の中に「エレキをビンビンビン」とか「シェーおどろいた」などの意図的に軽いっぽい言葉が使われているので、「全然夢中です」という部分も意図的にオトナが「その言葉遣いは何ですか」という感じに眉をひそめる言葉として使われているんだと思った。

でもこの肯定する「全然」は戦前の人は普通に使っていて、否定が一般的になったのは戦後教育の中だという話を聞いた。だから漫画家の杉浦茂さんの作品の中には「全然大丈夫だよ〜」とかの言葉が出てくる。それもかつての自分は「意図的に変な言葉遣い」と思ったのですが、杉浦茂さんは1908(明治41)年生まれ、完全に大正時代に教育を受けた人なので否定ではない全然が普通に生きていた時代の人だったのだ。
で、「モンキー大学」なのですが、この曲を作詞作曲したのは米山正夫さんです。
水前寺清子「365歩のマーチ」美樹克彦「花はおそかった」などの歌謡曲、そして「ヤン坊マー坊天気予報」とこれもヤンマーのCM曲、小林旭「赤いトラクター」の作曲をした方です。

実はA面の「悲しきエレキ小僧」の作曲もやっているのですが、なぜかB面「モンキー大学」は作詞もやっている。
で、米山正夫さんは1912(大正元)年生まれなのです。「悲しきエレキ小僧/モンキー大学」がリリースされたのは1966年1月なので、この時点で54歳。当時の54歳としてはファンキーだよなぁと思うんだけど、「全然夢中です」はどうも意図的な若者言葉ではなく普通に戦前から続いている肯定もありの「全然」として使っているのではないかという事なのだ。
「全然」の取扱いに関しては色々あると思うけれど、言葉は時代によって変化していくというのが面白い。

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2010年9月25日 (土)

とある江戸時代の一瞬

最近ずっと江戸時代に書かれた、とある文章を読んでいる。
そしてそれに関係した時代の事も調べている。


歴史ブームがこの数年おこっているみたいで、本屋に行ってもなんか硬軟いろいろな書籍が出ている。幕末しろ、戦国時代にしろ、なんかもうキャラクター商売のようにラブリーな感じで扱っていたりする物まである。
ふ〜んとそれらをパラパラ捲っているのだが、自分が興味があるのはおそらく資料的には凄く薄い時代の話で、関連書籍が異常に少ない時代なのだ。
乱暴な本なんかだと「江戸時代」という括りだけで本を書いているけれど、実際江戸時代は250年ほどあったから一括りなんて出来ないでしょ。

情報伝達や流行り廃りが激しい現代だけど、1980年と2010年の今ではたった30年だけれど全然違う時代になっているし、ジェネレーションギャップで会話すら成り立たないような感じだったりする。
江戸時代はそこまで価値観の変化ってのは無いとは思うけれど、その時代時代で流行があり、マゲの結い方や、町娘の帯の結び方や、下駄の鼻緒の色だって「それ去年の流行りだろ、だせえな」という感じも存在している。

ちょっとそれらを今、凄く狭い時代だけに絞り込んでいるんだけど、それが面白い。
人生50年とかで、40歳ぐらいで息子に仕事を譲って隠居生活しちゃうような人がいた時代。そんな時代に色々な思いを馳せている。

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2010年9月24日 (金)

暑さ寒さも彼岸まで。

昨日、夜にどしゃ降りとなって、これまでの異常な暑さが一気に解消された。
あと水不足ってのも。
水曜日は36度というムチャクチャな暑さだったのが、いきなり10度以上下がってしまう。もう体温調節がキツイったらありゃしない。
そんなこんなでも「来週の原稿」は待ってはくれない。


というか、昨日公開放送でグダグダになって帰ってきてから「あぁやらなくちゃいかん」とパソの電源を入れて作業を開始した。
とりあえず、火曜日の段階で「来週はこのネタで行けるかな」という目星を付けて、それらに関する資料などをチェックしてあったので、それをいかにまとめていくかという部分なのだ。
書庫に座り込んで「これは……、あんまり面白くないなぁ」と、次の資料を読み始める。
資料として「自分的に凄く面白い、興味深い」ってモノと、ラジオでしゃべって面白い物はまったく違うので、その辺のニュアンスが凄く大切。
自分が面白いと思うモノ、イコール、リスナーが面白いと思うモノではないのだ。

そして、月曜から木曜までの4日間のバランスも結構考えている。
ついつい「今日は○○○○さんの誕生日で」と人物ネタを連続でやってしまったり、言語ネタを続けたり、発明ネタを続けたり、歴史ネタを続けたり、と同じような方向のモノを続けてしまいそうになるので、それもなるべく避ける。
別に4日分のネタを連続で聞く人はいないと思うけれど、なるべくならバラエティに富ませたいと思う。
あと、月火の鉄崎さん、水木の杉原さん、このパーソナリティの趣味的なモノや面白がる方向性ってモノも考慮してネタをチョイスしていく。
ただ毎日雑学を喋っているってだけじゃなく、色々気を使っているんですよ。

と作業をしていたハズなのに、気が付いたらベッドで寝ていた。恐らく、2時過ぎまでは本を読んでいたハズだけど、どこかでスイッチが切れたらしい。
そんなワケで、起きた時は6時半。3〜4時間ぐらい寝た計算になる。ぼけーっとしながら目覚めのコーヒーを煎れながら作業を開始する。
ハッキリ言って、自宅で作業をしていると、起きた瞬間から寝る瞬間まで何かしらの作業をしている感じ。直接原稿を書く仕事でなかったとしても、蔵書の中から面白い記述を発見して、それをデータベースソフトに記録していく作業をずっとしている。
今や、手元にあるパソで構築しているデータベースが無いと仕事が何も出来ないってぐらいにデータを構築し続けている。

例えば「ボールペン」について何か書かなくては! と思った時、そのデータベースに「ぼーるぺん」と入力すると、これまで自分がボールペンについて調べた雑学的な物がズラッと表示され、さらに自宅にある蔵書の中でボールペン関連の資料はどの本の何頁にあるかというのが一覧表になって出てくる。
もう知泉というのは自分の事ではなく、このデータベースの名前なのかもしれないってぐらいに密度が濃いデータベースなのだ。おそらく、このデータベースにメモした事を読みながら30分ぐらいボールペンについての雑学を熱く語り続ける事が出来る。
そんな項目が現在、1万項目を越えてデータベース化されている。
そこから来週分のネタになりそうなモノをチョイスしていく。
だから、何も仕事がない様な時も、家に居るときは延々とこのソフトに調べた事を入力し続けているのだ。そんな事を、ラジオとかに関わるのよりずっと前から続けている。

そんなこんなで、なんとか予定の時間までに原稿をまとめ上げてメールするのであった。

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2010年9月23日 (木)

らぶらじ 今週2度目の公開放送「アピタ」

今週は月曜日に駿東郡サントムーンで、そして木曜日にSBSすぐそばのアピタで公開放送。そして水曜日に暑い中でロケをしたので体力的にかなりキツイ。
さらに月曜と木曜の公開放送から始まった「似顔絵描き」というボランティアもあるので、これまで感じたことの無いような変なテンションになっている。


20100923月曜日の公開放送では似顔絵を11枚、しかもその内4枚が親子や兄弟の2人を書いているので実質的には15人を書いた。
そして本日は18枚を書いたのだ。
2時台の「うんちく劇場」が終わった後から似顔絵描きスタートなので、作業時間はだいたい100分という感じなので1枚5分という感じで黙々と。でも感謝です。
お子さんはグズってしまう事もあるので、一瞬の笑顔や普通の顔を頭に焼き付けて書く。そして似顔絵なんて描いて貰うのが初めてという人も多く、怒ったような顔になったり、一生懸命に目を見開いて最善の表情を作ろうとする人。あるいは、真っ正面を向くのが恥ずかしいので目を合わせてくれない人など、とにかく「ただ顔を描けばいい」という感じではないので、神経がすり減っていく。
でも、それなりに頑張れたけれど、自分的には「昔はもっと上手だったハズ」という状態で、お客様に「御免よ御免よ」と心の中で謝罪をしながら書いていた。

番組終了後、杉原徹さん&長谷川玲子さん(てつさん&レイチェル)を含めスタッフで「なんかビールでも飲みたいっすね」という事になって、静岡駅の構内にある『銀座ライオン』で乾杯!
みんなグダグダでしたが、なんかイベントって良いっすねという感じになった。
その後、遅れて来た元キャスドラの小川啓子さんなんかも合流して別の場所で軽く飲み直す。
そこで玲子さんからの「なんか、みんなで温泉とか一泊するってのはどうだ!」という男前な提案があり「慰安会ッツー感じ?」という事で、なんか微妙に盛り上がっていた。あぁなんか基本的に一人で日々パソに向かって仕事をしていると、こういう感じ嬉しいなぁ。
こういう場にいられることに感謝しなくちゃ。

帰りは静岡から地元の駅まで鈍行で行って、駅前駐車場(1万円が使えない)に停めた車で帰るという事になっていたのだ、てつさんが「新幹線で三島まで行って、乗り換えればいいじゃん」という事を提案。うーん、三島から在来線に乗り換えるのって連絡の関係で在来線に乗った場合とあんまり時間変わらないんだよなぁと悩んでいたが、結局、10時過ぎの新幹線三島止まりに乗る事となった。
自分はもともとアルコールが飲めない人なので、ほろ酔いのみんなと静岡駅で別れ、てつさんの乗った新幹線を見送り、数分後にやってきた三島止まりの新幹線に乗った。
「あぁ疲れたけど、心地良い疲れだなぁ」と言いつつ、実は明日の金曜日午前中までに来週分の原稿を送らなくては……と頭の中で色々な事を考えていた。

そして、友人Hに「今新幹線の中っす、疲れたっす」と意味のないメールを送った。
と、1分後ぐらいに「三島から先の足が無かったら送っていくけど」と返信があった。
「いやいや、心配してくれてありがと、でも三島乗り換えで隣駅に車停めているから大丈夫」と返信をした。
という所で「で、在来線との乗り換えはどのぐらい時間掛かるんだろ」と思って、ケータイの乗り換え案内をチェック。
えっと、この新幹線が三島駅について、その後の電車は……「5時00分」……え?
なんとまだ10時台だったのに東海道線の在来線は終わっていたのだ。んなまさか。
慌てて、悪いと思いつつ友人Hに再度メール「あの...駅まで迎えに来てくれるかな?」
という事で、三島駅から直線距離ならかなり近いハズなのに、ぐるっと回る道しかない隣駅まで真夜中のドライブとなってしまったのだ。
色々な人に、色々なことで感謝する一日だったのだ。

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2010年9月22日 (水)

秋ですね

秋になって徐々に涼しくなって....って事で、ラブいぜ!しずおかのロケも楽なるよなぁと思っていたら、本日ロケがあった静岡市内では36.3度。
なんと静岡市内では今年最高の暑さって事なのだ。ウソ〜〜ん。もう9月後半だぜ。


本日のロケ先は果実関係の場所だったので、今年の猛暑に関しての話題も良く出た。甘さは出るけれど、昼と夜の寒暖の差で実の色がハッキリ出るという物らしいけれど、熱帯夜が連続して続き夜になってもちっとも温度が下がらない事から、例年と比べて色の付きが全然良くないという事だった(甘さは充分にあるんですが)。

そして今回のロケ先でちょっと嬉しい事があった。
そのロケ先の果実園で働いている息子さんが自分の書いた単行本を全部読んでいてくれて、ラジオもちゃんと聞いてくれているという、かなり奇特な方だったのです。
なんか感激です。
地味にでも、ちゃんと細かく細かくでも、常に真剣に仕事をしていればちゃんと花が咲いていくんだなぁとジワジワと嬉しくなったのです。
公開放送でも「いつもうんちく劇場聞いています」という声がありがたいです。
実際に毎日電話で自宅から出演なので、リスナーさんの反響というのが全然耳に入ってこないので「俺がやっている事は正解なのか?」という部分でずっと悩んでいる。
それでなくても、物事を悪い方に転がして考えてしまうのだ。
でも多くの人に楽しんで貰っているというのは励みになります。

20100922あとソフトバンククリエイティブが発行しているムック『iPhone これは使える!アプリ&ツールガイド iOS 4 & iPhone 4』で、先日リリースしたiPhoneアプリ『知泉の雑学クイズ』が紹介されている。というだけでなく、表紙にもアイコンが使われている。
中には250本ほどのアプリが掲載されているんですが、その中から表紙に使われるなんて名誉でございます。しかもかなり目立つような場所で、シルシルミシルの「AD堀くんアプリ」の横。とってもおいしいです。

現時点では静岡のラジオやテレビなどを中心にジワジワと仕事をしているけれど、それを少しずつ広げていかなくちゃなと感じています。

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2010年9月21日 (火)

ぐったりしつつ仕事

昨日の公開放送での似顔絵描きというのはかなり精神的にいつもと違った場所を使ったらしく、1日中ボロボロでした。


2010092101と言いつつ、今週は水曜にロケ、木曜にまた公開放送という状態。でもその次にラジオで喋る原稿〆切金曜日は待ってくれない。
となると、それを書くのは今日しか無いのだ。
さらに今日は、出演はしないけれど色々調べ物をして原稿を書く「昭和音楽堂」に関しての原稿も〆切になっている。
毎回、色々なテーマをひねって30分に流す曲の選曲をして、その曲にまつわるエピソードなどを調べ上げるという原稿。それを元に、作曲家の林哲司さんと昭和音楽マニア半田健人さんがさらに濃厚に喋るという番組。
今回〆切となっているテーマが『飯田久彦さん』なのだ。

2010092102かつてはロカビリー歌手として活躍し、そのごディレクターになってピンクレディーを始めとして色々な歌手を育て上げた歌謡曲業界の凄い人。
いつもは色々と選曲とか苦労するのですが、今回は「エピソードありすぎて」という感じで書いても書いても書き尽くせないほどのネタの宝庫。ハッキリ言って2回分以上の原稿になってしまいました。このまま書いて行ったら1冊本が出来上がってしまうんじゃないかという勢い。
なんとか途中で止めて、それでも多い原稿をディレクターに送る。
で、なぜ飯田久彦さんをテーマにしたかと言うと、9月10日の金曜日にご本人に会ってきたからなのです。

2010092103場所は、渋谷にあるエイベックス本社ビル。実は飯田久彦さんは70年代にビクターのディレクターで制作側に回って、さらにテイチクレコードの社長→会長となって、現在はエイベックス・エンタテインメントの代表取締役という凄い肩書きとなっているのです。
自分は飯田さんがビクターのディレクターをしていた当初、作詞家志望のペーペー音楽野郎として会って貰った事があり、そこからの関係なのですが、色々あって逢って貰えることになったのです。
で、部屋に入るなり飯田さんが「そう言えば、林哲司くんがやっているラジオの音楽番組に関係しているんだっけ?」という話になって「実は3日ほど前にここに林くんが来たんだよ」という事で、色々な方向に話が展開していった。
阿久悠さんの話題とかも出たし、色々業界のど真ん中を歩いて来た人の話は凄いっす。

2010092104そんなこんなで「昭和音楽堂」で飯田久彦さんをテーマに原稿を書く事となったのだ。
今回の話がどんな風にどっちに向かって転がっていくか解らないけど、まだまだぐりんぐりんとローリングして進んでいくのだ。
時々ぐったりしつつ。


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2010年9月20日 (月)

らぶらじ公開放送:似顔絵描きスタート

本日は敬老の日という事で、らぶらじの公開放送が静岡県駿東郡サントムーン内にあるリスパで行われた。
鉄崎幹人&小沼みのり、というかなり破壊力のある二人による公開放送なのですが、相変わらずお客さんが大量に来てくれて、場内整理をしている係員さん御苦労様でした。


写真を見ずに、海の向こうの偉い人
2010092001エスカレーター脇にあるステージは二階からも見下ろすことが出来て、そっちにも大勢の方々がいました(実は二階から見ていると、声が反響であまり聞き取れないという難点がある)
で、今回も公開放送でのおたのしみということで、番組内でニュースなどをスタジオから放送する時間帯はステージが冷えてしまうという事もあって「ラジオで放送しない雑学」というのもサービスネタとしてやった。
漢字を見せながら「こんな漢字があって、これはこんな意味で」というパターンで、見て判る雑学をそこではやっている。
これもすでに5回か6回やっているので、ドッと受けるような雑学を持ってくるのが大変になっているけれど、受けるのは良い事だ! と定番化している。

写真を見ずに、なんだか暗躍していた人
2010092002そして本編のコーナーも「公開放送」という事で、普段は「今日は何の日」というテーマから始めるのを、フリーな部分から興味のありそうなテーマで展開していく。
色々と細かい配慮があるのだ。
でもって、今回の公開放送からもうひとつ大変な事が始まってしまったのだ。
実はこの「らぶらじ」という番組は1年がかりの企画として「番組の名前で夏に花火を打ち上げよう!」というモノを立ち上げた。
番組内でスタッフ達が色々な企画を行い、それの報酬などを貯めていって、花火資金を貯めるという物。
実はその花火を打ち上げる費用が予定では150万円という事で「1年で貯めること出来るの?」てな感じなのだ。

写真を見ずに、色々翻弄される日本のリーダー
2010092003そこで、番組に出演している自分の処にも「何かお金を集める企画はないっすか?」という話が回ってきた。
メインパーソナリティでは無いんですが、実際の事を言えば月曜〜木曜の週4回出演しているので、番組的には一番多い回数出演しているのだ(番組は月火曜日と水木曜と金曜の3パーソナリティ制)。
そんなこんなで「学生時代、似顔絵のバイトをやっていた事が」という事から「じゃ、公開放送の時に会場で似顔絵を!」という事になってしまったのだ。
そして今回がその企画が始動する日となった。
でもって「やっぱ、似顔絵描きって後ろに『こんな絵を書きます』みたいなサンプルあるよね」という事で、楽屋でパパパパと写真も見ずに殴り書きしたのが、今回掲載しているラフな政治家シリーズの絵。
ハッキリ言って、似顔絵描きの絵としてはこれを掲げておくのはマイナス効果にしかならないような気がする。
こんな風に書かれちゃたまらないだろう。おそらくモデルとなっている政治家の人もあまり喜ばないと思う。
とりあえず実際の似顔絵は真面目に書きました。

写真を見ずに、本当なら総理大臣だったハズの人
2010092004書いている最中に他のギャラリーが覗き込んで「似てる似てる」とか言っているのが、快感でもあり、恥ずかしくもある。昔から絵を書くのなんて密室芸のような物で、それをライブで書くという物じゃない。一人で地味にコツコツと自室で描いて、描いて、描いて、描いてと何時間も掛けて完成させ、それを人に見せて「お〜凄いじゃん」と数秒驚いて貰うという、実に報われない作業なワケです。
それをライブで、しかも3〜5分という短時間で勝負を賭けるという「アートはスポーツだ!」とあたかも浅井愼平のような事を言いながらってのは、普段の絵を書く技術とは別個の何かが必要なのだ。
ついでに言うと、絵を書いているのを見られるのも基本的には苦手で、学生時代も教室の片隅で休み時間にカリカリ描いているときに「お、杉村見せて!」とか寄ってきて、描いているのを見学されるのが一番嫌だった。漫画は完成してナンボなので、制作過程は見せたくないのだ。
だけど、似顔絵描きは……。

写真を見ずに、ドMに圧倒的人気の人
2010092005最初はお客さんも遠慮していなかったのですが、徐々に増えて1時間半ぐらいの間に11枚を描いた。その内、4組が「2人で」という事なので、15人を描いたという事になる。まぁまぁこのぐらいなら疲れる事もなくいけるな。
と思ったのですが、帰宅後、知恵熱のような物が出てグッタリとして、気が付いたら爆睡していた。おそらく普段使わない神経を使ったんだろうなぁ。
そんなこんなで、今週は木曜日も「秋分の日」ということで、静岡市アピタで公開放送があり、そこでも似顔絵をやります。
大変だけど、自分への試練でもあり、それが番組を盛り上げる事になるってのなら、ガンバルしかないのだ。

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2010年9月17日 (金)

ドラえもんのSF化

時代が徐々にリアルSFの世界に踏み込んでいる現代。色々と変なことになっている。


20100917ドラえもんの世界でもリアルタイムと同時進行で設定変化が起こっていて、ついにスネ夫の家に最新型の3Dテレビが導入された。
そして相変わらずのパターンとして、のび太だけが専用メガネを貸してもらえずに迫力の立体映像を楽しむことが出来ない→ドラえもんに泣きつく→もっと凄い物が出てくるという、定番中の定番「スネ夫の新しい物自慢」のバリエーションなのだ。
しかし、未来からやってきたネコ型ロボットの世界に普通に未来の電子機器が登場するってのはどうなんだろうか。

この漫画の連載が始まった70年代初期はまだ個人がコンピュータなんて所有する事は出来なかったし、個人がポケットの中に電話を持って出歩くなんて事も出来なかったし、テレビ番組を録画して別の時間に見るなんて出来なかったし、もう今の時代に当たり前だと思うことがかなりの頻度で出来なかった。
今、あの時代にいきなり放り出されたらどう生活したらいいのかと悩んでしまうほど、何も出来ないような気がする。そんな超アナログな時代に連載スタートしたから、未来の小道具はすべて夢に溢れていたハズ。
もちろん、どこでもドア、タケコプター、タイムマシン等々、そこに登場する物は現実的には存在していないけれど、なんかあの時代に感じた驚くべき夢の小道具ではなくなってしまっているような気がする。

リアルに存在している3Dテレビに対抗する、未来の3Dテレビ(メガネ)という小道具はなんか発想が遠くへ飛躍していない感じがしちゃって、自分が子供の頃に感じたワクワク感を今の子供達は感じられないんじゃないかなと思ってしまった。
そう言えば、ドラえもんの小道具で「自分の雑誌を作る」みたいな物があってワクワクしたけれど、それに近い事は普通に出来る時代なんだよなぁ。あれは内容も勝手に作ってくれたのでちょっと主旨は違うか。

サザエさんの家庭でも3Dテレビとか見始めたらいやだなぁ(あそこの家庭には未だにテレビゲームも導入されていないと思うけど)。

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2010年9月13日 (月)

カレーのモニター募集

静岡県駿東郡にあるバラ園の園内に「セイロンパラダイス」というカレー屋さんがあるのですが、スリランカ出身のシェフ・エパさんが作る本格的なスリランカカレーが本気で美味しいっす。
遠方からのリピーターも多く、元SBSアナウンサーの國本さんは以前バラ園ホールでライブを行った際の打ち上げでこのカレーを食して絶賛してくれて、その後も何度も訪れ、サントムーンでの公開放送後にもスタッフと一緒に食べに来てくれるほどです。
そして「通販は無いのか」という声から、近々通信販売を開始する事となったワケですが、その前に「どのような味なのか?」という事でモニターを募集するそうです。


応募条件は「カレー好き」というのは基本ですが、さらに食べた後でそれをブログでレポートしてくれる方という事で「自身のブログを開設して半年以上経過している方」も条件となっています。
もちろん、オベッカを使って「ムチャ美味しい、こんなカレーを食べてしまったらもう二度と他のカレーは食べられません!」なんて無理矢理な文章を書かなくていいです。イマイチだったら「イマイチ」みたいな感じでもいいです(と言いつつ、そこは色々と大人の配慮を……)。
という事でバラ園のサイト『カレーモニター募集』から、以下の項目を書いたメールで応募してくださいませ。

1.お名前
2.ブログのタイトル&URL
3.メールアドレス
4.一言(あればで結構です)

応募者の中から10名様に「ポーク・チキン・エビ」の三種類のカレーを冷蔵した状態で送るそうです。
おそらく雑誌などの懸賞より当たる確率はムチャクチャ高いと思いますので、是非!
(応募〆切は9月23日です)

ブログ『セイロンパラダイス

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2010年9月12日 (日)

一皮被った『悪人』

9月8日に女優・深津絵里が『悪人』という映画でモントリオール世界映画祭で最優秀女優賞を獲得した。
そして11日に日本で映画公開。そんな超忙しいスケジュールの中「月曜日、来てくれるかな?」と金曜日に言われて、その場で「いいとも!」と即答出来るというのは芸能界というのは凄い世界だなぁ
という事で、最近は「笑っていいとも」のテレフォンショッキングはフジテレビの番組&映画の宣伝の場として大活躍しているワケですが、そう言う意味では昔と違って俳優も女優もバラエティ慣れしなくちゃいけないので大変だ。


Dscn4091その映画『悪人』なんですが、文庫本は去年の暮れに発売されていたけれど、今年の6月にかなり目立つようにリニューアルされて増刷された。
去年の暮れの段階で本屋でその文庫本を見て手に取った記憶があるんですが、実に地味な表紙だった。
上巻がクリーム色ベースで赤い印刷、下巻が黒ベースで赤い印刷、もうちょっとポップでもいいんじゃないかという位の質素っぷり。
が、リニューアルされた表紙は、映画のポスターにも採用されている主演の妻夫木聡と深津絵里が振り向いている写真をそれぞれに分割した形で上下巻にして、さらに『9.11Roadshow』とか煽りのキャッチコピーとかが書かれている。

Dscn4092普通ならそれは帯に書くべき部分だろ。表紙にそのまんま煽り文字とかを書くのは松岡圭祐の催眠シリーズとかでみて「うわぁ趣味悪い」と思ってウンザリした経験がある。
だって購入して本棚にあるときもずっと宣伝文句とか書かれているワケだし、しかも今回のは映画の宣伝だから、公開時期が過ぎたらその表紙はかなりマヌケになっちゃうよとか思っていたのだ。
しかしそれは大いなる間違いだという事にその後気づかされるのであった。

Dscn4094なんと、そのリニューアルされた表紙だと思っていた物は表紙ではなく『帯』だったのだ。
普通、帯というのは表紙の3分の1ぐらいのサイズで、なるべく表紙のデザインを邪魔しないように煽り文章『○○先生絶賛!』とか『衝撃的な結末、未だかつてこのような驚愕の展開はあっただろうか?』とか、こそばゆくなるような事が書かれているというのが定番だった。
ここ数年はその帯がでかくなって、表紙半分を覆っていたり、帯がデザインの一部になったりする事もある。

Dscn4095例えばエンターブレインから出ている山川直人のシリーズなんかは表紙の3分の2近くが帯で隠されている。その帯を取り払った状態でも別のイラストが出てきて2重に楽しめるようにはなっているんだけど、これなんかは帯が掛けられた状態が完成品なんだと思う。帯に使われている紙の材質も硬めで保存する前提になっている。


Dscn4096あと、浦沢直樹の『BILLY BAT』の帯なんかも下のイラストの一部を帯に残しておきつつ、煽りのコピーなどを加えた帯を採用している。
島本和彦の『アオイホノオ』なんてのもそのパターン。
他では藤原カムイの『雷火:ライカ』の新装版なんかは、逆に表紙の一部が切れていて下が見える状態となっている。
とまぁ最近は帯も書籍という完結した作品の一部として、ただの宣伝媒体ではない状態で考えられている。

Dscn4093で、この『悪人』なのだが実は表紙と思われた文庫本全体を覆っている妻夫木&深津の写真の下に、旧来の地味な表紙がこのまま残されているのだ。
つまり、リニューアルしたと思った表紙をめくると、以前のままの表紙が隠れている。
そしてその一番上の帯なのか表紙なのかという物を外すと、見返し部分には『映画「悪人」特別割引券』というのが付いていて、その裏面には原作者と映画監督の対談が上下巻続けて書かれているのだ。完全にオマケの小冊子レベルの密度で映画になった事に関しての情報がそれには書かれている。
つまり本来の帯としての役割『宣伝媒体』に徹しているのだ。
だから、この妻夫木聡と深津絵里がバッチリ登場しているのは表紙ではなく『帯』だということなのだ。
ついに表紙占有率100%の帯が登場したというお話でした。
(追記、実際にはカバーの方が2mm程度小さいので、この大きさが「カバーではなく帯」という差別化なのかと)

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2010年9月11日 (土)

エロいスパムメールは今でもガンガン来る。
こうやってサイトを運営して、ブログを更新して、アドレスを表に出しているとしょうがない部分なのかもしれない。
そういう中に時々「こいつ馬鹿でえ」というスパムメールが時々来る。


「出会い系サイトでやってきたのがアフリカ人だったんです」とか「私は肛門専門女医です、あなたの肛門は1万人に一人の変わった肛門だと伺いました」とか、もう笑わせようとしているだけなんじゃないかと思うような物がある。
去年「あたしハタチなんですけれど、どうしても昭和生まれの男性とエッチしたいんです」というのが来たときも「あんたの1学年上がもう昭和生まれだよ」と即座にツッコミを入れさせてもらった。

でも今回来たエロスパムはどこにどう突っ込んだらいいのか不明なのだ。

>今、あそこにニラをさしてます。
>ちょっと変態なのかな・・・

なぜ「ニラ」なのか、ちょっと変態どころか……、というかツッコム前にすでに(自主規制)じゃないのかと。
でも、こんなスパムを受け取って「そうかそうかよしよし」とそのサイトにアクセスする人はいるのか? というのが最大の懸念なのだ。


しかし、その先にどんな笑えるネタがあるのか凄く興味ある……、ってみごとに敵の術中にハマっているじゃないか!

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2010年9月10日 (金)

たった200年前の事なのに解らない。

江戸時代の生活を色々と調べている。
しかし、文献を読めば読むほど研究者によって言っている事が違っているのが、難しいけれど面白い。


凄く分かり易い部分では時間に関してでも、当時は1日を12等分して干支を当てはめているけれど、真夜中の「子の刻」という物が12時に始まるとしている人と、12時を中心にした午後11時から午前1時としている人と別れている。
たとえば12時に始まるとすると「子の刻」は午前0〜2時で、次の「丑の刻」は午前2〜4時までという事になる。「丑の刻」はよくわら人形に五寸釘を打ったりする「丑の刻参り」で今でも使う言葉(使わないか)で、その中でも幽霊話で出てくる「丑三つ時」ってのがあります。
江戸時代は1日を12等分した「刻」をさらに4等分して「一つ時」から「四つ時」まで、つまり30分間隔で時間を表現していたワケです。だから午前0時スタートの刻で考えると「丑三つ時」は3時から3時30分という事になります。

が、広辞苑で『丑三つ時』を引いてみると
うし-みつ【丑三つ】(1)丑の時を四刻に分ちその第三に当る時。およそ今の午前二時から二時半。
と書いてある。つまり「子の刻」は午後11時から始まるとしている。さらに『時』という項目には
とき【時】(2)昼夜の区分。現今は真夜中(午前零時)から真昼(午後零時)までを午前、真昼から真夜中までを午後とし、その各々を12等分(または午前・午後を通して12等分)する。昔は12辰刻が広く行われた。これは夜半を九つ、一刻を終わるごとに八つ、七つ、六つ、五つ、四つとし、正午を再び九つとして四つに至る区分である。また、時刻を方位に結びつけ、一日を十二支に配して12等分し(夜半前後一刻を子の刻とする。午前零時から午前2時までを子の刻とする説もある)、一刻の前半・後半を初刻と正刻に分け、さらに四分などする区分もあった。この区分は、後に一刻を上・中・下に三分するようになった。また民間では、日出・日没を基準に定めて、明六つ、暮六つとし、昼間・夜間をそれぞれ六等分して四季に応じて適当な分割による時刻を定めた。時刻。刻限。
と書かれている。

う〜んと思ってしまうのは、文献によって時間の表示が午後11時始まりなのか、午後12時始まりなのかで統一されていないのだ。例えば「大工仕事などは申の刻には終わった」と書かれているのが3時なのか4時なのかではかなり印象が違うという事。
その辺は文献を読み込む時に考え考えいかなくちゃいけないのだ。
「刻」は午前12時を中心に前後1時間ずつなのですが、もうひとつ「九つ」「八つ」という12等分の時間区分の扱いも面倒くさい。
広辞苑では午前12時に始まって12等分されていたとしているので、そう考えるとちょっと複雑になる。つまり午後12時に「九つ」という時間が始まるんですが、その時間帯は「刻」で行くと「子三つ・子四つ・丑一つ・丑二つ」が「九つ」となる。なんじゃそりゃ?

東京民謡「お江戸日本橋」という曲があるんですが、その歌詞の始まりは「♪お江戸日本橋 七つ立ち♪」となっています。この7つ立ちというのは先ほどの数え方だと午前4時という事になる。東海道を旅する人は日本橋を4時に出発するという事になっている。
当時は当然外灯もなかった時代なので、そんな真っ暗闇で旅立つのか?と思いますが「お江戸日本橋」の中ではちゃんとそれに触れた箇所も出てくる。
「♪高輪夜あけて 提灯けす♪」という事で、日本橋から提灯を手に持って歩き始め、高輪についた頃に夜が明けて提灯を消すという事らしい。東海道を旅するのも大変なのだ。
と考えていると、もう一つ疑問が出てくる。

201009101旅のスタート時点の日本橋なんですが、安藤(歌川)広重の絵にも書かれているので分かるように日本橋には大きな木戸がある。実はこの扉というのは夜の9〜10時頃に締められて、明け方の6時頃に開けられるという事が書かれている文献がある。
これによって江戸の治安が守られ、逆に逃げ出す人も取り締まることが出来たという事なのだ。
が、明け方の6時頃に木戸を開けるとなると「お江戸日本橋 七つ立ち」というのが無理なのではないか? という事なのだ。
これをさらに調べていくと、実はこの木戸の脇に小さな扉があって夜間はここを使ったと書かれている物があったり、木戸には扉など無かったと書いている物があったり、さらには実は木戸は閉めなかったと書いている物まである。
とりあえず「寅の刻、七つ」に木戸が開くと書かれている物がある。「寅の刻」は広辞苑式だと午前3時から5時。「七つ」は午前4時という事になるので、やっぱり午前4時に木戸が開くって事でいいのかなあ?

さらに、江戸時代お伊勢参りが大ブームでもっとも盛り上がった1830(天保元年)の伊勢参りの参拝者は一日15万人に膨れあがった事もあって、江戸からも毎日1万人規模の参拝者が訪れたとか某文献には書かれている。
かのディズニーランドがもっとも混雑した時期で一日7万人の来園者だとされているので、どんだけだよって感じ。
この人数はどこで誰が調べた数字か不明ですが1万人も江戸から毎日人が流出したなんて事ありえるのかなぁ
江戸から京都まで東海道を男性がだいたい11泊、女性が16泊程度で旅をしたとされているので、伊勢までの往復は20泊前後と考えると、毎日1万×20日江戸を離れていると計算して20万人が常に江戸を離れている計算になってしまいます。
江戸時代末期には江戸と区分された都市部に100万人も住んでいて、それは当時の地球上でもっとも栄えた都市という事が色々書かれているんですが、常に20万人も出払っているのありかな? う〜む。

201009102でもって「お江戸日本橋」の歌詞にある「♪初のぼり行列そろえて♪」と言う部分。「初のぼり」というのは当時は京都が上だったので「初めて京方面へ旅立つ」という意味なんですが「行列そろえて」というのは、明け方日本橋の木戸が開くのを伊勢参りの人たちが大量に待ちかまえていて、時間が来て開いたと同時にドドッと歩き出す様子らしいです。なんか江戸時代の東海道の旅というイメージが変わっていく。
すべての江戸出発の旅人が日本橋を利用したワケじゃないけれど、東京マラソンの参加者が3万人という事を考えると、毎日日本橋では午前4時にとんでもないイベントが開催されていたような感じなのかなぁ

よく解らない部分が多いので、面倒くさいけれど面白いって事かな。

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2010年9月 9日 (木)

二重原稿では無いっすよね?

明日、ちょいと東京に出かけていろいろする予定があるので、通常金曜日に〆切となっている仕事を前倒しでやっている。


いつもは金曜の午前中にラジオの原稿1週間分をまとめて送っている。
そして昨日のロケの最中に出た「この先の予定として、○○○なんてどうかな?」との小沼さんの提案から「だとすると○○○○もありだよね」という事になって、そっち方面で番組が組み立てられるかという事で原稿をまとめていく。
あと、明日某所に持っていくための資料を詰めて作っている。
なかなか「俺って売れっ子じゃん」と勘違いしてしまいそうな忙しさなのだが、でもこのレベルでヒィヒィ言っていたら全然ダメ。もっと大量に仕事をこなして行かなくちゃイカンのだ。

今週の月曜日にラジオの「うんちく劇場」が700回を記録して、自分的にも「なんか凄いじゃん」と思ったのですが、こっちの原稿がなかなか大変になってきている。
というのも、すでに700個の項目をやってきたという事で「さて今日のテーマは何にしようかな」と考えた時に、ほとんどのテーマは放送済みになっている。
だから、来週の放送では小沼さんが夏休みで抜けてピンチヒッターとしてSBSのアナウンサーの荒木麻里子さんが月曜に入るから「じゃ、出身地の神奈川県に絡んだ物を」と考えて原稿を編んでいく。
相手パーソナリティに少しでも楽しんで貰おうと(リスナーと共に、電話の向こうのパーソナリティも楽しませるのが必要だと思っているので)その辺を色々考える。

ただ、今年の夏に鉄崎さんの替わりに入った國本さんを楽しませるために「國本さんと言えば今でもベンチャーズ系バンドをやっている」という事で「では今日はベンチャーズの雑学」とやった時はかなり無理をした感じがあった。
なんせ、あっちは筋金入りのベンチャーズマニア、1962年の地味な初来日は知らなくても、ベンチャーズの名前を知らしめた1965年の2回目の来日からどっぷり45年間も聞き続けている人に向かって「雑学」をひけらかすってのはどうなんだろう。と焦りながら放送した。とりあえず、その中でビルボード誌の過去データを漁りまくって色々な角度からベンチャーズを分析したネタを混ぜ込んだ所に関して「それは知らなかったなぁ」と感心して貰ったので、及第点は採れたと胸をなで下ろしたワケです。

という事で、今回の荒木さんの出身地に関しての雑学.....う〜ん、色々な形で考えたけれど漠然としてまとまりがない、なんかピリッと来ない。という事で断念してその日の出来事系のネタに切り替えて編集。
さらに火曜日もSBSのアナウンサー重長智子さんが入るので、出身地の「大阪府」と考えたのですが、実はすでに大阪府はやってる。
無理してひねれば、大阪はネタは多いので出来るけど、う〜ん、と悩んで結局その日の出来事系になってしまった。

1回の放送で、だいたい5本前後のネタを喋るワケで、いくら面白い雑学だったとしても他の話題に繋がらない場合は保留となってしまう。難しいのだ。
でも、らぶらじの中では「1度喋った雑学はもう喋らない」と言う事で続けているのですが、他の仕事に関しては重複していても構わないっすよね。使い回しとかって事じゃないっすよね。
らぶらじの初期は「これまでに出した単行本に掲載していた雑学もなるべく喋らない」という事を課していた。1回のネタで2回原稿料を貰うのってどうなのよと。
でも、700回放送して、毎回5本とかのネタを投入しているので、さすがに文句言われないっすよね。

そんなこんなで、色々な事に追われながら、色々な事を考えながら仕事をしている私なのであります。

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2010年9月 2日 (木)

ラブいぜ!しずおか:鼈という字を読めますよ

という漢字。かつて「鼈という字を読めますか」という漢字の本があったけれど、確か普通に書店で見かけた時に「スッポンという字を読めますか」と読んでしまった、そんなつまらない私です。


20100902この漢字の音読みは「鼈甲:べっこう」なんて言葉で使われている「べつ」で、スッポンの養殖場は「養鼈場:ようべつじょう」というワケです。
という事で、テレビ「ラブいぜ!シズオカ」のロケで浜松の養鼈場に行ってきました。
ちなみにウナギを養殖している場所「養鰻場」の読みは「ようまんじょう」ですよ。
という事で、このウナギの養殖と、スッポンの養殖は大いに関係有るという話なんですが、スッポンというと血を飲んだり色々精力剤的な方向で語られる事が多いんですが、某ニュースの時間帯にスッポンエキス抽出の健康食品のCMが流れている。

そのCMはスッポンパワーについて熱く語っているのですが「最近元気がない男性」とかをかなり強調して「このスッポンの効能で自信復活!」という事をことさらに強調している。なんというか、男性の自信というのはその部分一点に集中しているのか! という感じでやんす。確かに亜鉛が多く含まれている事からアッチにかなり効果あるみたいなんですが、コラーゲンの効能で女性にもいいハズなんすけどね。
しかし実際間近で見るスッポンは「性格は臆病なんですよ」と説明を受けても、かなり凶暴に見えたのだ。あんまりお友達になりたくないような感じ。

噛みついたらはなさいと言われてますが首伸びすぎ
201009022ちなみに「鼈甲:ベッコウ」という物は、スッポンとはまったく関係ない。
ベッコウは海亀のタイマイ(玳瑁)の甲羅を加工した物で、飛鳥時代の小野妹子が隋から持ち帰った物が最初と言われている。
その後、日本でも高級品としてベッコウが扱われるようになり、当時は「玳瑁細工」と呼ばれ櫛や簪(かんざし)などの高級装身具の材料として、高値で売買されていたそうです。
しかしその手のブームをとにかく片っ端から取り締まっていた江戸幕府は「極端な贅沢品なので禁止!」と言いだしたワケです。しかし商売として大きかったこれを手放すワケにはいかないという事で
「いえいえ、私共が扱っておりますのは海亀のタイマイの甲羅ではなく、泥亀のスッポンの甲羅でございます」と嘘をつき「鼈甲細工」と名付けて売り始めたのです。
その時の嘘がそのまま現在に至るまで名前に残って「鼈を使っていないけど鼈甲細工」となってしまったワケです。

「鼈」の文字、読めるけどおそらく書けない。書けたとしても書き順はハッキリ言って解らない。

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2010年9月 1日 (水)

僕はここにいる

僕はここにいる
作詞.作曲.山崎まさよし


20100901毎日、ラジオに出演してしゃべっているワケですが、その番組内で出される「その日の募集テーマ」に関して、話を振られることがある。
本日のテーマは『何かを教えられた事』というモノだったのですが、それをいきなり振られたので「えっと何かあったっけなぁ」と考え、咄嗟に「中学の時の担任、谷口先生に色々教えて貰いました、ギターとか、色々と悪いことも」みたいな話をしたワケです。
確かに自分がギターを弾き始めたのが中学1年の時で、フォークブームだったという事もあって先生がキッカケになったと思う。実際には、教えて貰ったギターを引きながら好きだった女子に唄を歌いたいという、芽ばえたばかりの幼きリビドーが根底にあったワケですが、谷口先生がギターを弾いていたという事が大きなキッカケになって、モーリスの安いギターを手に入れてジャカジャカ引き始めた。
そのお陰で色々と道を誤って、こんな所に今現在いるワケですが。
という事で本日の雑学「1923年9月1日にフランク・ロイド・ライトが設計した帝国ホテル新館がオープンして、そのセレモニーが終わって食事会になった所で関東大震災が起こって…」という話をした。

そのコーナーが終わって別の仕事をしていた時、スタジオのディレクターから「杉村さん、今ラジオ聞いている?」と電話が掛かってきた。ちょっと原稿書きをしていたのでラジオを切ったばかりだったのですが「じゃ、ちょっとラジオ聞いていて」という事で電話が切れた。
で、3時台にラジオの中で「こんなメールが来ました。先ほど、うんちく劇場を聞いていたのですが、そこで私の名前が出てきてビックリしました」という事を言い始めた。
え? まさかフランク・ロイド・ライトが聞いていた? とは思わず「谷口先生、マジっすか」とビックリしてしまった。

教え子という事で誇りに思いながら毎日聞いているという事らしい。
「杉村くんは色白の美少年で(お世辞)アタマもよく当時からオタクっぽい雰囲気がある子供でした」などなど。ま、当時はオタクという言葉は存在していなかったけど。
そうなのかぁ これまでラジオで3年半喋り続けているけれど、昔の知り合いなんかが全然連絡してこないので「やっぱ昼間のラジオなんて誰も聞いていないよなぁ」と思っていたけれど、こういう形で連絡も無いけれど聞いている先生のような人もいるんだなぁ
なんか、中学時代の事を思いだして、ジワジワと切なくなってしまった。

よく「人は自分だけで生きているのではない、生かされているのだ」という事を言う人がいるけれど(自分的にはそういう事を平気で言える人が好きじゃなかった)、なんかその言葉をシミジミと考えてしまった。
特に最近、色々とダメージを受けて気分的に落ちていたので、なんか「もうちょっと頑張ってみよう」と思ってしまったのであります。
9月以降もすでに色々とスケジュールが詰まってきているので、前向きにガシガシと行くしかない。さらにレギュラーの原稿書きの合間に色々イベントが入ってくるので、原稿を前倒しにしていかなくてはいけない。

というワケで、まだ暑いけど頑張っていくのだ!


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