演歌の日々
高校時代からの友人より大量のレコードを譲り受けたという話を5月30日に書いた。

基本的に自分はレコードコレクターという事になっているが、「ただ数集めりゃいいのさ」とか「珍しい盤を集めてウヒヒ」みたいな部分ではなく、単純に「音源を聞きたい」という方向からレコードを収集して、結果としてコレクターという形になっている。
だから、入手した音源は最低でも1回は聞かなくては気が済まない。というか、レコードさんに悪いと思ってしまうのだ。
という事で、その演歌レコードも片っ端から聴いているのだが、流石に辛い。数枚だったら、その音作りとかの特殊性を面白がる事が出来るのだが、何百枚もそんな感じの演奏&歌が続くと、三半規管がじわじわと弱っていく感じがする。
そんな所に今度は「実はレコードではなくCDも大量にあるんだよ」と、演歌のCDが大量にやって来た。
これまで自分の所有している音源でもっとも多い作曲家は筒美京平だったハズなのだが、もしかしたら現時点では遠藤実とか猪俣公章かも知れない。

確かにレコードの生産は基本的に昭和と共に終わっているので(1988年にCDの売上げが上回り、89年に生産を打ち切ったメーカーが多い)、レコードばっかりを聞いていると「昭和の音楽」で止まってしまうのだ。
でも自分は現在も進行形で音楽が好きなので、ちゃんと今のバンドも聞いている。ずっと昔の音楽も、今の音楽も区別無く聴いているので、逆に「懐メロ」という物が存在しない状態。
だから「昭和の音楽って最高だよな」みたいな状態の人と会話をしていると疲れてしまう事がある。
ただ自分が思うのは、昔も今も、良い曲もあるし悪い曲もある。そして音楽の良い悪いは、個人にとっての好みでしかない。という事なのだ。
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コメント
演歌が何百枚・・・お疲れさんです
三半規管だけでなく頭も溶けてきそうですね
投稿: とりとり | 2010年8月14日 (土) 08時51分
m(. ̄  ̄.)mス・スイマセーン
異常な暑さの中、毎日演歌三昧では、苦痛ですね、、、、
中には名曲もあると思うが、、、、
どれを聴いても同じような感じで、
変てこな詩。
こんなのでは、ヒットしない!?
「襟裳岬」「冬のリヴィエラ」で、演歌は進化して行くと思ったが、
古賀政男、遠藤実、猪俣公章で、演歌は終ってしまうのかな、、、、
投稿: 送り付けた本人 | 2010年8月29日 (日) 19時13分