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2010年8月31日 (火)

グッバイからはじめよう

グッバイからはじめよう
作詞.作曲.佐野元春


20100831この曲は1983年、佐野元春がデビューからの3枚の名作アルバムをリリースした直後、いきなりアメリカに勉強に行くと宣言して日本を離れた時にリリースした、切なく悲しいけれどジッと悲しみを握りしめているという曲。
佐野元春はこの詩に関して、大好きだった祖父へ捧げたという事を当時語っていたと思う。そして最後に繰り返される「終わりははじまり」という言葉をは祖父の言葉だと。

人生、無駄に無意味に過ごしていても何度も悲しい別れは訪れる。今という穏やかな日々だっていつかは終わりを迎える。
それなりに生きているとそのような悲しい瞬間を何度も繰り返す。「ちょうど波のように、さよならが来ました」と歌われているように、渚に寄せては引く穏やかな波のように日常の中にゆっくりと別れがやってくる。
それらに誰も抗う事は出来ない。ただその別れを惜しむでも、悲しむでもなく、ジッと時間が過ぎていくのを待っている。僕の手は、あなたとの別れのために振ることは無い、ただポケットの中で握りしめているだけ。

別れをいくつも経験して人間は強くなっていくのか、それとも許す事を覚えていくのか、あるいは諦める事が上手になっていくのか。
僕はまだよく解らないけれど、上手に消化できない別れをただポケットの中で握りしめているだけしか出来ない。
この曲を初めて聞いてから、27年が経過しているけれど、同じ事をただ繰り返している。


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2010年8月30日 (月)

サマワ

hatenaというブログシステムには、文章に勝手にリンクが付けられるという物がある。
いわゆるハイパーメディアリンクってヤツなんだけど、1つの文章がどんどん広がっていくワケですが、時々変な事もやってしまう。


某ブログを読んでいた時、地方営業の事を言う「ドサ周り」という言葉が書かれていた。これは今では放送禁止用語なのかな?
ドサとは田舎を意味する言葉と色々な場所に書かれているんだけれど、自分がかつて読んだ本では、もともと江戸時代に出来た言葉で、賭博場などの手入れで捕まった博徒が送り込まれたのが金山で有名だった佐渡島。という事から、江戸時代末には佐渡に送られる事、さらに賭博場の手入れの事を隠語で逆さまにした「ドサ」というようになった。
そこから芸能用語として佐渡のような辺境地まで営業する事を「ドサ周り」と呼ぶようになった。
という話なんだけど、現在は佐渡島には普通に生活している人が大量にいるワケで(学生時代の知り合いも佐渡出身でした)、その語源の語源はどうなのよ? って配慮があって、語源として「田舎の事を言う」みたいな感じになったのかな?

ま、そんな話は今回関係なく、そのhatenaブログで「ドサ周り」の事を書いた人が、それを全部カタカナで表示していたワケですよ「ドサマワリ」と。
そしたら勝手に貼られたリンクが『ドサマワリ』となっていてイラクの都市の説明になってしまいました。
ずいぶんと遠い所へのドサ周りですな。

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2010年8月26日 (木)

とんでもない発表をしてしまった。

先日よりラジオ「らぶらじ」の中で凄いプロジェクトが始動して盛り上がっている。


来年の夏に向けて「らぶらじの花火を打ち上げよう!」というモノで、その費用は寄付とかではなく、出演者やスタッフが何か行動を起こしてそこで貯めたお金で賄うという1年がかりの壮大なるプロジェクトなのだ。と言うことは、少なくとも来年の夏以降も番組は続くということなのだな。

鉄崎幹人&杉原徹両人は音楽活動もやっているという事で、ジョイントライブを開催しておひねりを集める「投げ銭コンサート」をやるとか、レポートで静岡県内を走り回ってくれているキャスタードライバーの面々は商店などのお手伝いをしてその報酬をためるという話になりつつある。
という所で、昨日のラジオでいきなりテツさんが「で、杉村さんはどんな事できますかね?」と、当たり前のような感じで聞いてきたのだ。

実は、その少し前までやっていたロケの最中にその話も出ていて、小沼みのりんに「自分の場合、昔バイトで似顔絵描きってのをやっていた事があるので、例えば公開放送の会場で似顔絵描きをして、その対価としていくらでもいいので箱にお金を入れて下さいという感じでどうっすか?」という提案をしていたばかりだったのだ。
という事で、それを提案した所「おぉ、実は近々、9月に公開放送があるのでその会場でやりましょう!」という話がいきなりトントン拍子に進んでしまった。

自分で提案しちゃった話だが、ハッキリ言って似顔絵のバイトをしていたのはすでに昭和時代の話。もう腕は錆々になっていると思うのだ。
とりあえずお金を払って貰えるような絵を書けるように少し勉強しなくちゃなのだ。

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2010年8月25日 (水)

猿は吠えるがキャラバンは進む

本日はテレビ「ラブいぜ!シズオカ」のロケ。
今日は富士市でのロケ。いつもは静岡駅まで出かけてロケ車に拾って貰うパターンですが、この周辺の場合は富士駅で拾って貰うというパターン。


富士の製紙工場を見て「工場裏ダクトって萌え」というカミングアウト
20100825最初は去年の6月「富士市には“かぐや姫”という地名がある」という古代のかぐや姫伝説にまつわる撮影で、2回目は先日ホントにホントにライオンだぁ♪という串田アキラさんのCMソングで有名な「富士サファリパーク」のロケの時。
で、3回目の富士駅でのピックアップ。

この日のロケは原稿を70%で、あと一つは現地にとあるモノがあるのでそこからネタを拾おうという事で、現場で色々な打合せをした。
でも撮影はサクサク順調に進み、1回のNGを出さないという奇跡が起こったのだ。おそらくこれまでのロケの中でもっともビデオを回した時間が短いのでは無いかという感じのコストパフォーマンスの良いロケ。
2時からのラジオ出演は「おそらくその時間にはスタジオに行けるんじゃないかな?」という事になっていて、こっちもラジオでしゃべった雑学をまとめた小冊子(11冊目)をリスナープレゼントとして準備していたのでスタジオへ行く気マンマンだった。

しかし、最後のカットの撮影を高台にある場所で撮影した直後、ディレクターのケータイが鳴り響き、事態は急変した。
「はい、裾野ですか、猿が暴れている....、わかりました」
実は昨日のニュースで「三島市北部住宅街で野生の猿が暴れていて、二人噛まれた」という事件が報道されていたのだが、その猿が北上して裾野市の住宅街で暴れ回り、すでに10人以上の被害者が出ている、という事だった。
普通、猿は食べ物を奪ったとか、威嚇したとか、逃げ回るとかってニュースがあるけれど、今回の猿は民家に忍び込んで寝ている人に噛みついたりと、異常に攻撃性が高いのだ。

今日のタイトル元ネタ「小沢健二:犬は吠えるがキャラバンは進む」
201008252そして、たまたま裾野に近い富士で撮影をしているこのロケ隊に連絡が入り「急遽、裾野の現場に急行してくれ」との事になったのだ。
裾野に出かけたら何時に戻れるか判らないので、夕方のニュースがある小沼さんは4時までに局へ戻らなくてはいけないので、そのまま新富士駅で降りディレクターと共に新幹線で帰っていった(小冊子を委託して)。そして自分は富士駅で降ろして貰いそのまま自宅に帰ることとなった。
そして1時40分頃になんとか自宅へ辿り付いてラジオ放送の時間に間に合ったのだ。

まさか猿が暴れているから自宅へ急遽帰るなんて不可思議な事が起こるとは。

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2010年8月23日 (月)

それはオチでは?

月曜の夜「HEY HEY HEY」を見てて、そのままチャンネルを変えずに作業をしていると、嵐の松ジュンと竹内結子が主演の月9『夏の恋は虹色に輝く』が流れていた。


ドラマってヤツをほとんど見ていない人なので、これもちゃんと見ていない。
「HEY HEY HEY」からの流れで比較的多く、といっても数回チラっと見ている(同じような流れで「MUSCI STATION」の後の番組なんかも時々見る)。
で、今回、この番組の宣伝を異常なほど何度も何度も流されているのを見た。
主人公二人が座り込んだ状態でキスをしている場面だったんだけど、ちゃんと見ていなかったので「あぁ二人の関係はそこまで進んでいたんだね」と思っていたワケですが、今週その番組を見ていてびっくりしてしまった。

その番宣で何度も放送されていたそのシーンは、今週のクライマックスで、最後の最後のシーン。
色々あって、色々な理由で、そういう事になってしまったワケですが、その場面って今週のドラマを見てずっと気分を盛り上げて「あぁそうなっちゃうんだぁ」と気分を盛り上げる場面なのでは?
もうオチが最初から解っていて、その間を埋めるためのドラマを1時間見せられるというのは有りなのかなぁ

そう言えば数少ないドラマを見ていた経験の中で、北乃きいが主演していた『ライフ』というモノの宣伝も変だった。
校内でのあり得ないほど酷いイジメをされまくるという、悲惨なテーマを通りこして、どMテーマのドラマだったんだけど、宣伝では北乃きいが全校生徒の前で座り込み「謝れ謝れ」の大合唱を浴びているという、かなり酷い場面が何度も何度も放送されていた。
だからその週は「そこまで話が展開して、そのあと彼女はどんな事になるんだろうか、反撃に出るのかなぁ」とか色々と宣伝の場面以降の転換を想定しながら見ていたのだが、その場面になった途端に「来週に続く」とクレジットが出た。
えぇぇぇ? ずっと宣伝していた場面って、その週のクライマックス? その場面の後の展開って来週へ持ち越し?

確かに番組的には一番盛り上がる場面で、そこが衝撃的で宣伝に向いているってのは解りますが、脚本を書いた人もそれを宣伝に使われるとは思っていないだろうなぁ

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2010年8月22日 (日)

小さなメディア

気が付いたら、パソコン通信を始めてから18年、インターネットから12年という月日が流れていた。


最初にパソコン通信をやっていたので、1998年にインターネット上で初めてサイトを開設した時は「後発」という印象を自分の中で持っていた。
パソ通の仲間はもっと早くから「これからはインターネットだよ」と言って、パソ通を卒業してインターネットに移行していたという事もあって、機材的な問題や、まだプロバイダーという物自体の少なさや値段の高さから遅れを取っていた。
仕事の忙しさってのもあったのかも知れないけど。
でも、それは大いなる間違いだった。

あの時代は電話回線をそのまんま使ったダイヤルアップというシステムで、NTTとの契約で夜11時以降は電話代が固定になる「てれほーだい」とかで頑張っていた。基本的に仕事が終わって家に帰ってくるのはほとんどその時間だったという事もあって、そっちの方が都合よかったのだ。
だけど、今みたいに誰でもインターネットをやって、常時接続が当たり前という時代が来るなんて思ってもいなかった。そして気が付いた時には、自分のサイトなんか老舗サイトの一つになっていた。

でもインターネットを始めた時、多くのひとの中には「自分の意見を世界に配信出来る」という盲信があった。
いや、実際にインターネットを始め、メルマガなんかを発行し始めた時に、オーストラリアからメールをいただいたり、メルマガの読者って事でカナダやスペインや、地球の裏側ブラジルから投稿などのメールをいただき「やっぱインターネットって凄いメディアだ」と感激した事もあった。
その当時の雑誌や単行本なんかで「あなたも自分のホームページを作りましょう」という記事などで「あなたは世界に向けて情報発信できるのです」とか煽っている物が多かった。これからは出版やテレビなどのメディアよりネット発信だ!と。
それに踊らされちゃった人は多かったような気がする。

そんな中で同時期にメルマガを発行していた人に「うわあメディアの過信だ」という人がいた。
雑学系メルマガだったので気になって購読していたんだけど、ちょうど相撲の八百長に絡んだニュースが話題になって、元力士という人物が「実は私が現役だった頃に……」と告白したので大騒ぎになった時に、その人はこんなメルマガを発行した。
「先日○○さんが八百長を告白した事で話題になっていますが、実はその少し前にこのメルマガで『八百長』という言葉の語源を書きました。もともと相撲がキッカケで生まれた言葉だということで書いたのですが、おそらく○○さんはこのメルマガを読んで決意したに違いありません」と。
いや、君のメルマガの発行部数100人程度だから……。
個人レベルでいきなり100人の読者がいると「うわぁ俺の発信している情報って凄い大量の人に読まれている」と思ってしまうんだろうなぁ。
でも、とりあえず自分のメルマガの読者1万人を超えていましたが、純粋な読者に逢ったことはまだ一度も無いッス(元々知り合いが読んでいるケースはあるけど)。

と書いて、アップしようと思った時に思い出した。1度ある。
最初の単行本「知泉」はその読者だった編集者の方がキッカケで出た本だった。
その本がキッカケでラジオで喋る事になって、今に至っているワケだから、凄いメディアだなあ。

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2010年8月18日 (水)

ラブいぜ!しずおか アツはナツい。

本日のロケが58回目の「ラブいぜ!しずおか」放送分で、おそらくこれまでのロケの中でもっとも暑くてキツイ物だったのでは無いか? という感じなのだ。
静岡鉄道という、静岡と清水というそれほど長くない距離を東海道線と並行して走っている私鉄に関しての撮影だったのですが、とにかく暑い。
普通に立っていても汗がどっと噴き出してくる状態なのに、長袖の白衣を着て、その上シリスギ仙人の被り物。


気を抜いてボーッとした表情の仙人
20100818日本各地で開催されている「ゆるキャラ」のイベントに関して『午後からの外でのイベントは中止』だとか『時間は15分以内に制限する』などと言われている中、太陽が燦々と降り注ぐ中でのロケはハッキリ言ってキツイ。
仙人を被る直前に台本を読んで、頭にそれを入れているハズなのだが、被った瞬間にボッと音がしてセリフが蒸発してしまう。そして呂律も回らなくなり、汗が滴って顔の表情も作れなくなる。

去年の夏は諸事情であまりロケが無かったので助かっていたけれど、今年はちゃんと毎週のようにロケがある。そして記録的な暑さが連日続いている。
とりあえず頑張れオレ。

28:2010年01月06日ロケ→01月15日放送:三ヶ日みかん
29:2010年01月13日ロケ→01月22日放送:静岡おでん
30:2010年01月20日ロケ→01月29日放送:コーデュロイ
31:2010年01月27日ロケ→02月05日放送:天然とらふぐ
32:2010年02月10日ロケ→02月19日放送:石垣いちご
33:2010年02月17日ロケ→02月26日放送:ひな人形
34:2010年02月24日ロケ→03月05日放送:うなぎ
35:2010年03月03日ロケ→03月12日放送:清水港
36:2010年00月10日ロケ→03月19日放送:有料道路
37:2010年00月17日ロケ→03月23日放送:うなぎパイ
38:2010年03月24日ロケ→04月02日放送:カルタ
39:2010年03月31日ロケ→04月09日放送:元祖パン
40:2010年04月07日ロケ→04月16日放送:タケノコ
41:2010年04月14日ロケ→04月23日放送:大井川鉄道
42:2010年04月21日ロケ→04月30日放送:日本平動物園
43:2010年04月28日ロケ→05月07日放送:お茶
44:2010年05月05日ロケ→05月14日放送:駿府城
45:2010年05月12日ロケ→05月21日放送:安倍川餅
46:2010年05月19日ロケ→05月28日放送:あしたか牛
47:2010年05月26日ロケ→06月04日放送:富士山静岡空港(開港1周年)
48:2010年06月03日ロケ→06月11日放送:早出し桃
49:2010年06月09日ロケ→06月18日放送:可睡ゆりの園
50:2010年06月16日ロケ→06月25日放送:三立製菓(チョコバット)
51:2010年06月23日ロケ→07月02日放送:静岡県警
52:2010年06月30日ロケ→07月09日放送:雨の雑学
53:2010年07月07日ロケ→07月16日放送:鈴木楽器(メロディオン・アンデス)
54:2010年07月14日ロケ→07月23日放送:静岡放送(地デジ1年前)
55:2010年07月21日ロケ→07月30日放送:海洋科学博物館
56:2010年07月28日ロケ→08月06日放送:富士サファリパーク
57:2010年08月04日ロケ→08月13日放送:静岡県の冷たい食べ物
58:2010年08月18日ロケ→08月27日放送:本日

それ以前の「第1〜27回」までのロケ記録はこんな感じ


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2010年8月16日 (月)

ゆでめん

今から10数年前、某音楽好きの20代と話をしていた時に「そう言えば杉村さんはゆでめんってどう思います」といきなり聞かれた。
さっきまで音楽の話をしていたのにいきなりナンダ? と思ったのだが、とりあえず「あんまり好きとか嫌いとかは……」と曖昧に答えた。
するとその20代は「そうっすか、ゆでめん、あんまり興味無いッスか、俺は最近はじめて聞いたんだけど、あの時代にあんな事やっていたなんてショックだったな」みたいな事を言い始めたのだ。


20100816ん? と思ったところで「ゆでめんとは、はっぴいえんどのファーストアルバムの事か!」と思い立った。
大瀧詠一・細野晴臣・鈴木茂・松本隆が70年代に日本語ロックを本格的に形にしたバンドはっぴいえんどのファーストアルバム『はっぴいえんど』のジャケットが林静一が描いた風景でその中で「ゆでめん」という看板が目立っている。
現在、Wikipediaなんてのを読むと「ジャケットに描かれた看板から、本作は「ゆでめん」という通称で呼ばれている。」と書かれている。
そうだったのか。他にネットなんかを読んでも「ファンの間ではゆでめんと呼ばれる」みたいな事が書かれている。

そんな事言われてもさ、俺、中学時代にはっぴいえんどの存在を知ってファーストをその後捜して聞いていたけど、周囲にファンなんていなかったからアルバムの事を「ゆでめん」なんて呼んでいる人もいなかったもん。
おそらく、はっぴいえんどが再評価されたのは、1980年に大瀧詠一が「A LONG VACTATION」で大ヒットして、細野晴臣がYMOで有名になり、松本隆が作詞家として有名になって、鈴木茂があちこちで編曲とかギターを弾くようになってからだと思うし、音として多くのひとが聞くようになったのは手軽に入手できるようになったCD時代以降だと思う。

ハッキリ言って、70年代後半から80年代前半、はっぴいえんどの音源を手に入れるのはかなり大変だった。小坂忠の参加した「はいからはくち」が収録されたベスト盤『CITY』とかシングルベスト盤とか、中古レコード屋を探し回ったもん。
そんなこんなで、大瀧詠一のアルバム『A LONG VACTATION』なんて吉祥寺のラオックスで予約して買ったクチなのだ。
でも「ゆでめん、あんまり興味無いッスか」と言われてしまったのだ。
だって、本当に周囲にはっぴいえんどが好きだとか(それ以前に名前すら)そんな事言う人どこにもいなかったんだもん。アルバムのタイトルの話なんてしたこと無かったんだもん。

あと、フリッパーズギターもファーストの段階から聞いていたけど「ファンは彼らの事をパーフリと言う」ってのにもショックを受けたなぁ。

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2010年8月14日 (土)

キャンディーズ『危い土曜日』

キャンディーズ『危い土曜日』
作詞:安井かずみ/作曲:森田公一/編曲:竜崎孝路
1974年4月21日/CBSソニー


20100814なんだろう、この出だしのスタッカート気味のブラスの無駄な重圧感と高揚感。
この曲の一番凄い事は、ミキシングがデタラメという事に尽きるんじゃないかな?
かなり黒い感じの音作りをしていて、当時の歌謡曲としては珍しいぐらいにビート感を全面に押し出しているんだけれど、やけに目立つハイハットの音とか、それをさらに押しのけて歌が始まると同時に大きな音で登場するコンガ。

キャンディーズの曲は自分的にキモになるのはドラムなんじゃないかと思っている。この曲や「内気なあいつ」「その気にさせないで」「年下の男の子」のドラムが別のアレンジだったらあんな名曲にはなりません。(内気なあいつのアレンジはビートルズの「レディマドンナ」が元ネタっぽいっす)
一時期はヘッドフォンを聞いて、高音を強調した状態でハイハットばかり聞いていた時もあります。
でもって、ドラムがキモだというのはスタッフも理解していたみたいで、解散ツアーの中で凄いことが実現しております。
その時、ドラムを担当したのは、事もあろうかスティーブ・ガッドであります。なぜ?(後楽園のFAINALではなく、ツアーの中で数回だけらしいのですが、ハッキリ解りません)

作詞の安井かずみは昔「みナみカズみ」というペンネームだったのですがこの頃から安井かずみに変えている(この曲からという噂もある)。
この曲の詩は結局「女子があの日が来る事をドキドキ待っている」という、かなりエロい内容なので「♪二人きりになったどうしたらいいかしら」って「解っているクセに」という状態。
一番で「♪どこにゆくのふたりは/きつく肩を抱いたまま♪」、二番では「♪どこにゆくのふたりは/帰る道と反対に♪」って、怪しい灯りが点っている方向に向かって進んでいるんだろうなぁ
そりゃ演奏もエキサイトしちゃいますよ。

解散から10年ぐらい後に、勝手にキャンディーズのボーカルを元ネタにリアレンジしてディスコ調にした「CANDIES POP POSSE」というアルバムでもこの曲が演奏されているんですが、ビートを強調してディスコ調にしたハズなのに、オリジナルの方が圧倒的にビートが利いていて暑黒い
そんでもって、この曲に関して言えば当時コンサートで全キャン連とかが激しく踊る振りも存在していて、この数年アキバとかで話題になったオタ芸としての踊りの元祖とも言われているらしい。

そして「それは無いんじゃないかな?」と思ってしまうのが、タイトル表記。「あぶない」は普通『危ない』なんですが、この曲の場合はジャケットを見るかぎり『危い』なんすよ。その後に流行る「ナウい」とかの系列語で「アブい」って事なんですか?

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2010年8月13日 (金)

One More Cup of Coffee

20100813色々な〆切などが重なってとんでもない事になっていた。
そのために、眠気に我慢できずに夜10時から1時まで3時間の仮眠を取って、その後また仕事を始める。
ハッキリ言って眠気でボケボケ状態で出来るような仕事ではないので、かなり厳しい上に、実際に今やっている作業がまっとな状態で仕上がっているのか不安な部分もある。
でも、最低限の〆切だけは死守しなければいけないのだ。
という事でコーヒーをガブ飲みしてワッセワッセと勢いだけで頑張るのだ。と言ってもコーヒー中毒なのでコーヒーを飲んでも目が覚めるって感覚はほとんどないんだけど。


という、非常に切羽詰まった時に、さらに最悪な事は起こってしまう物なのである。
自分が勢い任せで打ち込んだ文章を一息ついて確認という事で、モニターを見つめていた。そして何杯目かのコーヒーを口に運ぶ。と、その時、恐らく指先に力が入っていなかったか、するりとコーヒーカップが口元から逃げた。次の瞬間、目の前にあるキーボードに黒い液体が……
うわぁぁぁぁぁあぁlrtdじゅkjfっしうrlふぉshfgさ¥”c!
と日本語にならない叫び声を上げてキーボードを逆さにしたり、振ってみたり、大慌ててティッシュペーパーをガシガシと叩きつけ水分を取ったり、もうそりゃ大騒ぎさ。
その結果、キーボードの下列「zxcvbnm」という部分が認識しなくなってしまった。

なんてこった、まだまだやらなくちゃイケナイ仕事があるのだ。本日金曜日なので昼までに来週分のラジオ原稿をまとめてメールしなくちゃいけないし、「昭和音楽堂」に関しても何本か準備原稿をまとめなくてはいけないし、あと某イベント用の文章を作らなくてはいけないし、それとアレに関してのアレも書かなくちゃいけないし、そんでもってもう少しで完成する予定の某作品もこの数日で終わらせなくては! という段階でキーボードが死亡かよ。
って、それ以前に現在真夜中の3時、えっと近所に24時間営業のパソコンショップは……、ってそんなのど日本中捜してもほとんど無いぞ! どうしようどうしよう。

あ、そう言えば、今使っているマシンの前のマックで使っていたキーボードが確かあるはず。あぁ捨てずに保管してあってよかった(丸っこい初期iMacも、その前の狛犬Macも、パフォーマーも全部保管してあるんだけどね)。とそれをガラクタの中からサルベージして、異常にホコリを被ったキーボードを簡単に掃除をして接続! 大慌てでラジオ原稿作成を入力しはじめるのであった。
そんなこんなで、基本的にカフェインに麻痺している自分ですが、まさか1杯のコーヒーでこんな目がシャッキリと覚めるとは思わなかった。

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2010年8月 9日 (月)

『知泉の雑学クイズ』有料版 リリース!

無料版が5月に出て、2ヶ月以上が経過してスッカリ過去の物になって「広告の意味ないじゃん!」と言うタイミングでやっと『知泉の雑学クイズ』有料版がリリースされました。


2010080901最初に出る予定が去年12月だったので、自分的にはすでに懐かしいという感じになってしまったワケですが、逆に自分的にも新鮮な気持ちでプレイ出来ました。
その感想は「難しいけど、雑学的に面白いじゃん」という感じ。と言いつつ全部の問題の答えを知っているので100点を取れたワケですが客観的に見てオモシロイと思います。

しかし、リリースされたけれど色々「何故?」という部分もある。
有料アプリとして実は去年の段階で4本分のデータを作成しているんですが、その1本目が「ノンジャンル」でそれに関して「雑学中学」みたいな名前を付けておいた。
でもって2本目が、誰にも飛びつきやすいテーマとして「グルメ」というジャンルだけに絞った問題集。
そして3本目が再び「ノンジャンル」でとりあえず最初の物よりちょっと難しめ問題を設定して「雑学高校」と命名した。この分でシリーズが続くのなら「雑学大学」とか「雑学大学院」とか行くのかなあと思いつつ。
で、4本目がマニアックに「昭和歌謡」というテーマに絞った問題集。

2010080902と考えていたんだけど、今回リリースされたのが「ノンジャンル1」と「ノンジャンル2」
って、なぜ同じような問題集を同時にリリースしちゃうのかね? 全然、戦略的じゃないというか、逆戦略だよそりゃ。
実際、データチェックのために2つを続けてプレイすると、どっちをプレイしているか解らなくなってしまうのだ。
問題の面白さや、難しさに関しては自分的には良くできていると思うんですが、この差別化がほとんどされていない2本同時リリースってどうなんだろ。
これが「ノンジャンル」と「グルメ」だったら、別々の層のお客さんを引き寄せる効果もあると思うんだけど。

でもって、今一番の懸念が「無料版」に関しての事。
この雑記の6月初旬にすでに書いているんだけど、問題の1つが大きく間違っているワケで、それに関して新しく差し替えるためのデータを書いて、その段階で先方に送っている。
しかし2ヶ月経ってもその問題が差し替えられる事なく延々と間違ったまま。
それ故に、レビューでも「間違っています」という文章が書かれたままになっている。
何人かが同じ問題に対して「間違っています」と書いているので、なんか大量の間違いがあるような印象になっている。困ったなぁ。
その1問を差し替えて、差し替えデータをリリースするってそんなに大変な事なのかなぁ。この状態は絶対に逆宣伝だよ。

あとシステム的な部分での提案が反映されないままになっているので、自分でプレイしている時もそこが「チョット」と感じてしまう。
でも、アプリは差し替えデータをリリース出来るので、そこは必ず変更され差し替えられると思っています。って間違いデータの修正が2ヶ月されないので、約束出来ないけど。

でも、このアプリがヒットすればもっとより良くなっていくハズで、ちゃんとヒットしたとなれば続編もガンガンと出ていく予定なので、iPhone利用者はご近所お誘い合わせの上、是非ともダウンロードして遊んでやってくださいませ。
そして、レビューもよろしくお願いいたします。


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2010年8月 8日 (日)

演歌の日々

高校時代からの友人より大量のレコードを譲り受けたという話を5月30日に書いた。


2010080801_2実はその後も、追加追加でもっと大量のレコードなどを譲り受けたのだが、そのレコードというのが98%程度演歌なので「うぬぬぬ」と思ってしまう部分なのだ。
基本的に自分はレコードコレクターという事になっているが、「ただ数集めりゃいいのさ」とか「珍しい盤を集めてウヒヒ」みたいな部分ではなく、単純に「音源を聞きたい」という方向からレコードを収集して、結果としてコレクターという形になっている。
だから、入手した音源は最低でも1回は聞かなくては気が済まない。というか、レコードさんに悪いと思ってしまうのだ。
という事で、その演歌レコードも片っ端から聴いているのだが、流石に辛い。数枚だったら、その音作りとかの特殊性を面白がる事が出来るのだが、何百枚もそんな感じの演奏&歌が続くと、三半規管がじわじわと弱っていく感じがする。
そんな所に今度は「実はレコードではなくCDも大量にあるんだよ」と、演歌のCDが大量にやって来た。
これまで自分の所有している音源でもっとも多い作曲家は筒美京平だったハズなのだが、もしかしたら現時点では遠藤実とか猪俣公章かも知れない。

2010080802そー言えば「レコードコレクター」という括りで考えられて「てぇ事は昭和の音楽が好きなんでしょ」みたいに誤解されるのも、色々と痛し痒し。
確かにレコードの生産は基本的に昭和と共に終わっているので(1988年にCDの売上げが上回り、89年に生産を打ち切ったメーカーが多い)、レコードばっかりを聞いていると「昭和の音楽」で止まってしまうのだ。
でも自分は現在も進行形で音楽が好きなので、ちゃんと今のバンドも聞いている。ずっと昔の音楽も、今の音楽も区別無く聴いているので、逆に「懐メロ」という物が存在しない状態。

だから「昭和の音楽って最高だよな」みたいな状態の人と会話をしていると疲れてしまう事がある。
ただ自分が思うのは、昔も今も、良い曲もあるし悪い曲もある。そして音楽の良い悪いは、個人にとっての好みでしかない。という事なのだ。

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2010年8月 7日 (土)

イメージキャラクター

古くからお世話になっている静岡県東部、駿東郡清水町堂庭にある「杉山バラ園」の中にあるスリランカ・カレーのお店が色々な業務展開をするという事で、そのパッケージを含めた場所に使用するイメージキャラクターの依頼があり作成中。


2010080701昔から、企業のイメージキャラとかを見ていて「何も考えていないだろ」とか毒づいていた私ですが、実際に自分で考えるとなるとかなり難しい部分を抱えている。
結局、イメージキャラというのは他との差別化を図るために存在している物なので、そのキャラを浸透させて、一目見た時に「あそこのキャラ」と認識させないといけないというのが最前提。
だから、無理矢理にでもどこか特徴的な部分を作らなくてはいけない。そういう意味では自分は昔から「自分の絵って凄く没個性だよな」という部分を感じていた。やはり自分にとって漫画の先生が手塚治虫だというのは「教科書的」になってしまうのかも知れない。
手塚治虫の絵は戦後日本では「最先端」で「スマートで都会的」という事で、それ以前から活躍していた漫画家からはあまり評判がよくなったぐらいに、最初は突出していた。
それに当時の少年、石森章太郎や藤子不二雄や赤塚不二夫などが飛びついて模写から独自の絵柄を作り上げていった。
それが結果として日本マンガのお手本となってしまって「教科書的で個性がない」という感じになってしまったのかもしれない。
そんな手塚タッチから上手に脱却出来なかった自分は、突出した絵柄を作り上げることも出来ずにいるのだ。

2010080702有る意味「凄くポピュラリティのある絵柄」という事かも知れない。
以前、某所で嘉門達夫さんに自分の絵を見られた時に「この絵は一般受け絶対するよ」という言葉をいただいた事もあるんですが、それが長所でもあり短所でもあるワケです。
でも「一般ウケするハズ」という部分で、この手のイメージキャラはジャストな仕事かも知れないと、自分を納得させて書くしかないのだ。
といっても、アンパンマンのやなせたかしさんみたいな計算尽くされた無自覚なキャラは作れない。以前、浜名湖にある「遊園地パルパル」のキャラを見た時に「うわぁ普遍的で完成度高いキャラ」と感動したようなキャラはそう簡単に作れない。
そんなこんなで試行錯誤しつつ、とりあえず第一案として3つキャラを書き上げて提出。

1つ目は誰にでも受けるような女の子キャラ(可愛い系)。
2つ目はスリランカということで象を擬人化したキャラ(おまぬけ系)。
3つ目はスリランカのお祭りなどで使われるお面をモチーフにしたキャラ(キモかわ系)。
宗教的な部分でその手の物をキャラ扱いして良いのか不明なんですがとりあえず。


2010080703まだまだ詰めていかないとダメな部分は山積みなんですが、とりあえずは受けていた。
あとはパッケージや袋などに関するデザインもやらなくちゃイケナイので、それを含めた展開を考えている。自分がやるという理由付けとして、パッケージなどに雑学的要素を含ませたり、パッケージをコンプリートするとスリランカ雑学ノートが完成するような形にするとか、色々なギミックを仕込んでいく。
亀田の柿の種の小分けパッケージの裏面にシリーズでエッセイみたいなものが書かれているんだけど、一時期ソレをコツコツと集めていた事がある。集めたからってどうって事ではないんだけど、世間から背を向けたコレクター趣味(自慢できない、価値がつかない)としては大いにくすぐられる仕掛けだったのだ。
そんなこんなで、色々なアイディアを提案していくのだ。

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2010年8月 6日 (金)

発音練習

ラジオで喋り初めて早4年目、テレビで週一のレギュラーが始まってからもすでに2年目。おそらく、それらを見聞きしている人にとって自分はプロなんだろうなぁ


2010080601と今でも無責任な事を言っている自覚の無い人なんですが、だからといって「僕はプロじゃないから」とか逃げる気は毛頭無いのでやんす。
確かにプロじゃないと宣言して「たまたまそういう場で仕事をしてるけど」と逃げる事が出来るのなら、凄く楽だと思うけど、ラジオに出た初日から対価が発生しているお仕事なのでプロなのだ。
タクシーの運転手さんが「いやぁ僕、最近始めたばかりなんで道をよく知らないんですよ」なんて言われても、こっちは金払っているワケで、出来る範囲で良いですからプロであってくださいと思うしかない。「初心者」なんてそっち側の事情は知らないっす。
と思ってしまうので、自分も喋りのプロでなくてはいけないのだ。
別段、アナウンス学校に通うワケではないけど、発声練習なんかを独自にやってみたりする。サ行の音が漏れるとか、ラ行の音が滑舌悪いとか、色々な問題点を感じつつ。

2010080602でもって、先月7月19日の昼「笑っていいとも」テレフォンショッキングのゲストとして元日本テレビアナウンサーの福澤朗氏が出演していて、「口に棒を挟んで発声練習すると良いんですよ」という話をやっていた。
かつて何かの番組でも福澤氏は同じ話をしていたのを見たことがあるけれど、演劇関係での発生練習では昔から使われている方法だという事なのだ。
割り箸とかボールペンなどの棒を口でガッシリと噛みしめた状態で原稿を読む。当然常に口を横に開いている状態なので喋りにくい、そして舌も棒に邪魔されて喋りにくい。
でもそれを我慢して原稿を読んでいく。と、棒を外した時にそれ以前と比べて滑舌が良く、スラスラと言葉が口から出てくるというのだ。
という事で、その日の「笑っていいとも」を見た後、1時になって自室に戻って、らぶらじを聞きつつ仕事をしながら口に棒を挟み込んだ。

2010080603そして原稿を読んでいたりしつつ、2時の出演の時間になった。
受話器を耳に当てて、その向こう側から鉄崎さんが「杉村さん」と呼びかけてくれるのを待つ。その間、自分の頭の中はその日に喋る雑学がぐるんぐるんと廻っていた。
「はい、杉村さん」と呼びかけられた所で、ここで棒の威力を見せるのだ! と張り切って「はい、こんにちわ杉村です!」と.....。
ビックリしてしまった。
自分が頭の中で想像していたのより、1.8倍の音量で「ハイッ!コンニチワッ!スギムラデスッ!」と歯切れ良いというより、大きな声が出てしまったのだ。明らかに電話の向こう側、スタジオでも戸惑っている。
その後は、微調節して通常営業になったのですが、マジにビックリしてしまった。
おそるべし棒の魔術。

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2010年8月 5日 (木)

オマエはそんなに偉くはない

人間は誰でも上に立って、他人の批判をしたがるモノ。


2010080501自分が20代前半の若造だった頃、ちょうど「新人類」とか言われていた世代だったので何かというと上から説教をされた。
会社に入った当時、50歳代だった上司というのは昭和1桁台生まれで戦前、戦中、戦後のもの凄い時代を経験してきた世代だったという事もあったのか、とにかくヘラヘラしている自分などは容赦なく「てめえらはなっていない!」と意見をされた。

こちとら思春期を迎えた時にすでに学生紛争が終わり、ノンポリ無気力シラケと言われていた世代っすよ。
子供の頃はカギっ子、テレビッ子と命名されその時点ですでに「今の子供は解らない」と言われ、中学で宇宙戦艦ヤマトを中心とするアニメブームに巻き込まれ成人してもそこから卒業できないオタクの元祖を産みだし、オイルショックやノストラダムスで世紀末思想を流し込まれ「どうせ頑張っても40ぐらいで死んじゃうんでしょ?」と明るい未来を夢見なくなり、高校を卒業前後ぐらいに校内暴力がブームになり、原宿ではタケノコ族が乱舞し、世の中は幕末期のええじゃないかの様相を呈して「ま、なんとかなるでしょ」の空気が蔓延していた。そして就職した頃には既存の考えでは理解出来ない「新人類」というレッテルを貼られた。子供の頃からずっと「ダメな世代」と言われ続けて来たのだ。

2010080502そんな世代の自分ですが、ふと気が付くと同世代が「最近の若い連中は鉛筆を削る事も出来ない」「最近の若い連中は何を考えているか解らない」とか言ってんのな。なんじゃそりゃ。
鉛筆を削れないってのは自分たちが小学生の頃に言われていた事で、自分なんか物心ついた時から鉛筆は鉛筆削り機で削っていたし(クラスに鉛筆削りの機械があった)、今の子供は物心ついた時からシャーペンが当たり前に手に入るので別段不便は感じないので、そんな事言われてもねえって感じ。
確かにボンナイフとかも存在していたけど、それより鉛筆削り機で削っていた記憶。
とりあえず個人的には図画工作が好きだったのでナイフなどは使いこなせると思うんですが、世代的にはそんな物でしょう。

2010080503なんかそれって、米をカマドで炊けないとか、洗濯板を使って洗えないとか、そう言う事を言われるのと同じようなもので「でも機械で出来るジャン」という部分の気がする。ま、ナイフで鉛筆を削れるってのは手先を器用にするって意味では必要なのかもしれないけど、生活に必要じゃない技術を扱えないからって批判的に言うってのはどうなんだろと思うワケであります。

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2010年8月 4日 (水)

永六輔さん……

ラジオをつけると「永六輔の誰かとどこかで(TBS系)」が放送されている。
文章とは関係ない写真:富士山
2010080401
なんか自分が物心ついた頃から放送されているような気がするなぁと思って調べてみると、1967年1月に「どこか遠くへ」というタイトルでスタートしている。
って、43年目か! 放送回数もすでに12000回ほどになっている。「うんちく劇場」の700回なんてハナクソみたいな回数なのだ。


と驚いてしまう部分より驚いてしまうのが、永六輔さんの喋りなのだ。
もう呂律が回らない、フガフガ状態で聞き耳を立ててジックリ集中して聞かないとそこで何を語っているのか理解出来ない。というか、それでも理解出来ない部分がある。
それをフォローして元TBSアナウンサーの遠藤泰子さんが説明したり、相槌を打つ。番組冒頭では頑張って喋っていた永六輔さんが途中から失速して、ほとんど遠藤泰子さんがハガキを読み途中で時々永六輔さんが相槌を打つ番組になっていく。
ちなみにこの番組、メールやファックスでの投稿は認めずに未だにハガキ&封書のみでしか受け付けていないらしい。

文章とは関係ない写真:富士山
2010080402そういう頑固な所が確かに永六輔さんの持ち味で、自分なんかも子供心に「面倒くさいオッサンだな」と思いつつ「でもこういう人がいなくちゃイカンのだよ」と思っていた。
尺貫法の復権運動とか、天皇陛下は公式の場で和服を着るべきだ発言とか、あとは佐渡島の独立運動とか、とにかく「身近にいたら面倒臭いけど、テレビやラジオで見ている分には面白い人」として認識していた。
しかし、現状のフガフガ状態で放送を続けるというのはどうなんだろう。喋り手としてベストな状態ではないので、聞いていて辛くなってしまった。
永六輔さんといえばチャキチャキの江戸っ子として、歯切れのよい言葉で(ちょっと舌ったらずでしたが)ズバズバと言いたいことを言い切る言論人というイメージがあったので、ここまで老成というか、老化した状態を聞くのはかなり辛い。自分の中にある、かつての永六輔のイメージがジワジワと崩れ始めている。

文章とは関係ない写真:富士山
2010080403別に、老人は引っ込んでろという事じゃなくて、物を発する側として今の永六輔さんはどうなんだろうと思ってしまう。
永六輔さんが「辞めない」と言い張っているのか、リスナーやスタッフから「辞めるな」と言う事があるのか不明ですが、綺麗な幕引きは必要な気がしてしまう(ってもう綺麗な状態では幕は引けないと思いますが)

かつて名優・大友柳太朗さんがセリフ憶えが悪くなったという事から老人性痴呆症にかかったと悲観して自殺したという事件があったが、そこまで悲観しなくてもいいけれど、物を発信するプロとしてそれが及第点なのかという部分をどう考えているのかなぁ。

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2010年8月 3日 (火)

それはすべて犯罪です

電車内の吊り広告が最近、鉄道会社絡みの内部広告が多くなってきているような気がする。
昔は電車内は文庫本とか雑誌を持ち込まない限り、する事が無くて手持ちぶさたとなってボーッと吊り広告を読むしかなかったのだが、最近、電車に乗るとみんな手元のケータイを見ている。ホントに凄い確率でケータイを見ているので、吊り広告の効果は少なくなってしまったんじゃないかと思ったりする。
その中で、鉄道会社の自社広告(警察庁・国土交通省も協賛)が何か変だった。


2010080301『駅や車内での暴力行為は犯罪です』さらに『駅や車内での痴漢・破壊行為も同様に犯罪です』と書かれている。
いやいや、それらの行為は駅や車内に限らない話だと思うんですが。
なんか「自分のテリトリーでは事件起こすなよ、そっから一歩でも出たらワシら知らんけど」とでも言いたげな吊り広告なのだ。

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2010年8月 2日 (月)

ノーライフ

数年前にタワーレコードが「NO MUSIC NO LIFE」というスローガンを打ちだしてきて、それを真似たパロディが色々考えられていた。
ピンクのう○こじゃないよ
2010080201「音楽が無い人生なんて考えられない」という事で、自分なんかも大いに頷いてしまうんだけれど、世の中はどうなんだろう。
確かに多くの人が「音楽大好き」と公言し、「音楽の無い生活は考えられますか?」と聞かれた場合はおそらく「音楽が無い生活なんて考えられない」と答えるだろう。
だけど「音楽大好き」と言っている人の中には「でも音楽って、ネットで無料で手に入るジャン」と思いこんでいる人がいたりするワケで、それはどうなんだろ。
自分的には、音楽は金を出して購入したいと思っているので、基本的に未だにCDを購入している。レンタルもなるべくなら利用しないようにしている。
これは自分ルールではあるんだけど、音楽に向き合うにはそれぐらいの気持ちが必要だと思っている。


カマキリも楽じゃ無いっスよ
2010080202そんな事を書いてきたワケですが、本日こんな文章を書くキッカケになったのは、エロ系スパムメールでこんな物があったからです。
「ノーモザイク、ノーライフ!」
裏側のDVDを販売しますって内容なんだけど、そのキャッチコピーでは「モザイクの無い人生なんて考えられない」って事で、モザイク大絶賛という事になっちゃうんじゃないかと。
頭悪いなぁ。

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2010年8月 1日 (日)

雑学稼業は気楽なモノ なのか?

気が付くと2010年だった。ってもう8月なのですが、いやあ時の流れるのは早い。
本当にビックリしてしまうのが、自分がサイト『知泉』を始めたのが1998年なので、すでに12年前。つまり干支が一周していたのだ。
その間、だらだらと同じ所をぐるんぐるんと廻っていて、気が付くと濃厚なバターになっていたというワケです。寅年なだけに(上手くは無い)。


考えすぎると人間はバカになるらしいよ
2010080101その12年前は精神的に追いつめられていて「このまま会社人間としてグズグズになっていくワケにはいかん!」と毎日思って、そのジレンマからもっとグズグズになっていました。
学生時代からやっていた音楽活動も人との接触を持つ時間がほとんど取れず、1人でやっていくにも時間が取れなくなって断念。
漫画を書くにも時間が無いのと、疲れが日常的に溜まっていて集中力がキープ出来ずにこちらも断念。
一時期、真夜中帰ってきて眠るまでの時間を創作に向けることが出来なかった事から、延々とプラモデル製作に費やした事もあったけれど、あれは「何か作らなくては」という精神的逃げだったのかもしれない。(今でもプラモデルを作りたいという気持ちはあって購入し続けているけれど組み立てる事もせずに死蔵し続けている)
そんなこんなで1997年頃、それ以前からやっていたパソコン通信からインターネットに移行するって事で、パソ通の時は知人が運営していたネットでシグオペとかやっていたのを「じゃ、いっちょ自分でサイトでも作ってみるか」と、何でもいいから行動しなくちゃと作り始めた。
その中でメインコンテンツとして始めたのが雑学だったのです。

どうせ考えなくてもバカなのにね
2010080102パソ通時代から短い雑学をまとめたようなモノをガシガシ書いていたという事もあって、それの発展系で「知識の泉」という意味で『知泉』という造語を考えたのです。
つまり、自分が雑学を本格的にネットで公開して書き始めたのは「短時間でチャチャっと書ける」という凄く安易な気持ちからだったのです。長文書かなくてもいいし。
(もちろん長文で雑学を書いている人もいますが、自分の場合は雑学は短い文章でまとめるモノと定義しているので)
まさか、干支が一周した時、それを商売にしているとは思ってもいなかった。
基本的に、自分が雑学を読んだり調べることでオオオッと驚く事が好きで始めた雑学なので、これからも先生にはならずに「驚きたいから調べる人」で有り続けたいのです。なんか雑学を上段から振りかざしてレクチャーするなんて格好悪いじゃん。

考えすぎの人ってイヤね
2010080103あ、あとイベントなんかでラジオのリスナーさんとお話をする際、必ずと言っていいほど言われるのが「こんなに若い人だとは思っていなかった」という部分と「どこでそんなに知識を身につけるの?」という質問。
そこで、普通に「図書館で」と答えると、明らかにガッカリしたような表情で「はぁそうですか」と話は終わってしまう。
でも実際そうなんだから仕方がないんだけど、どう答えればいいんだろう。
「雑学とは常に情報のアンテナを立て続ける事によって、他の人に見えない部分が引っかかって来るのである。普通の人が見落とす疑問に対して答えを見つけ出すのが雑学なのであるぞよ、オッホン」などと言えばいいのだろうか。
でも基本は「調べ物は楽しいなぁ」って部分なんだけどね。あと、それをいかにかみ砕いた表現で人に伝えられるようになるかってのも自分の中での課題。
「雑学とは学問の上澄み(ええトコ取り)である」という事で、この先もずっとダラダラと行きます。


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