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2010年1月23日 (土)

昭和音楽堂・公開放送→番組収録

昨年末「来年、昭和音楽堂の公開放送があるので出演お願いします」という話を突然されアタフタアタフタして、アッという間に今日になってしまいました。


これまで公開放送を何度も経験していますが、それは常にらぶらじというレギュラー出演している番組の公開放送だったのでホームという感じなのだ。
それが今日は「昭和音楽堂」という林哲司さんと半田健人さんの二人がやっている番組の公開放送へのゲストという状態。しかも「何でも知っている杉村」というムチャな設定での出演。
とりあえず「交通安全フェア」という警察のイベントの一環としての公開放送なので、昭和の交通事情に関係してそれに昭和音楽がどう関わっているかという部分での話を展開する事となった。
最初は、その1時間番組の中で昭和歌謡クイズみたいなモノを出題し、それの解説みたいな役割での出演という事で、その過去の交通事情などは警察の方が解説するという話だった。
が、警察関係者でメインの二人と対等に話が出来る人がいないという事で、そのパートも自分が解説する事になってしまったのだ。
なんかかなりの時間出ずっぱりという感じなのだ。こりゃ大役。

ロケも公開放送も何度も経験してきているので、あまりドキドキして精神的にキツイという事は無くなってきたんですが、今回はなんか自分の中で変な感じでふわふわしているような、現実感がないような状態だった。
いつも静岡駅へ向かう電車の中ではiPodで音楽を聴きながら本を読んだり何か書き物をしたり過ごす。が、この日はiPodを装着したのはいいのだが、本を読んでいても文章の意味が頭に入らない、メモ帳を取り出しても何も考えつかない。おぉダメじゃん俺、もしかしてあがってる? 緊張してる?
静岡駅に着き「えっと、たしかバスのみなみ循環でツインメッセ静岡へ行けるとか行っていたよな」と、その先を見ると『ツインメッセ静岡・無料シャトルバス』というプラカードがあった。
という事で、本日のイベントの出演者という事は知られずにお客さんと一緒に無料バスに揺られて会場へ。
メッセというのは見本市の事なんだけど、このツインメッセは2つの会場が並んで建てられている。思っているより広い場所だったので全体像が見渡せない状態だが、かなり広い場所だというのが解る。
その先をどうしたら良いのか解らないので、ディレクターの鈴木さんへ電話をすると、ちょうど向こうも着いた所らしくすぐに合流できて楽屋へと移動する。
本日のレポーターはキャスドラの菅原智里ちゃん。

とりあえず自分的には今日使用される曲に関して「喋るべき原稿」と「補足で言う原稿」と「恐らく喋らないけれど時代のバックボーンとして知っておいた方が良い知識の原稿」と「交通というテーマではないけど、その曲に関して、その歌手に関しての雑学的知識の原稿」と、恐らく求められるべき内容の5倍以上の原稿を準備して、それをすべて暗記するようにしてあるので大丈夫大丈夫。
11時に林哲司さん、半田健人さんがそれぞれ到着したという事で、打合せが始まる。
自分の出る場面は1時間半の番組の中、1時間近くあるんですが、打合せ、食事をしている内に徐々に緊張も解けてきて、あっという間に1時の本番が始まった。

最初は通常番組的な会話があり、その後、交通イベントという事で警察関係の方が登場し、その後『昭和歌謡クイズPART1』が始まった。
お客さんの中から選んだ6人を林チームと半田チームに振り分けクイズ大会という事になったのですが、気後れしてあまり喋らないお客さん、しかも10代20代ばかりで昭和歌謡をほとんど解らないって感じなのでかなり微妙な空気が流れる。
それでもなんとか林さん半田さんの機転がコロコロと効いて番組は展開していく。二人とも司会のプロでは無いが色々な場慣れっていうのはこういう場面で出てくるんだなぁと。
そしてクイズ大会PART1終了後、自分はそのままステージに残って『昭和歌謡と昭和の交通事情』という特別テーマで話を展開させていく事となった。

まず1曲目が小林旭「自動車ショー歌」
この曲は「唱歌」と「自動車ショー」に引っかけたタイトルですが、リリースされた1964年というのは、東京モーターショーが一般的に認知され入場者数が100万人で定着したような時代。実はこの東京モーターショーというのはバブル期には200万人とか突破したけれど、それ以外の時は100〜150万人ぐらいを上下しているワケで、この時代で完成されているようなモノなのです。
誰もが車を持つのが憧れ、目標となった来たタイミング。いわゆる『新・三種の神器』というのが「カラーテレビ、クーラー、自動車」と言われ始めた時代。自動車をcarと読み「3C」とも言った時代という背景がある。

2曲目がマイク真木「気楽にいこうよ」
1971年にモービル石油のCMに使われた曲で、ハードな役柄が多かった藤竜也とGSの中で過激でヒッピー的だったモップスの鈴木ヒロミツが、牧歌的な風景の中でガス欠でエンストした車を必死に、そしてのんびりと押している場面が印象的。ラストに当時フォークルとミカバンドの間のソロ期だった加藤和彦が「車はガソリンで動くのです」とナレーションを入れる、まさに時代を感じさせる名作でした。
60年代中期、東名高速や首都高が出来た頃に「どこまでも行こう」と歌われ、60年代末には「oh!モーレツ」となっていた高度経済成長のイケイケドンドンが、70年代に入って「のんびり行こうよ♪」と変化した。
実は1970年に交通事故の年間死亡人数が1万6000人を越えて過去最悪を記録しているのです。現在が4000人前後なので、とにかく酷くてこの時に「交通戦争」という言葉が誕生している。
音楽では左卜全の歌う「老人と子供のポルカ」で「辞めてけれジコジコ♪」と歌われている。
そんなタイミングで「のんびり行きましょうよ」とこの曲が登場したのです。

3曲目は荒井由実「中央フリーウエイ」
1976年にリリースされた曲で、実際に歌われているのは「中央自動車道」。この中央自動車道は1962年着工、1967年に調布と八王子インターが開通している。1954年生まれのユーミンが13歳の時。
八王子の老舗呉服店のイケイケお嬢さんとしては、この中央自動車道は都会へ出て行くための重要なルートだったワケで、さらにこの曲がリリースされた頃は牧之原ジャンクションが完成して東名高速道路と繋がった交通の大動脈となっているのです。

4曲目は松田聖子「真っ赤なロードスター」
1984年の9thアルバム『Tinker Bell』収録曲で、林哲司さんの作品。いわゆるドッドッドーという「恋はあせらず(You can't hurry up)」でお馴染みのモータウン、ホランド-ドジャー-ホーランド考案のリズムの曲。
別段この曲は当時の交通事情とは深い関わりが無い曲なのですが、林さんがいるのでちょっと質問をしてしまいました。
ロードスターというのはいわゆるオープンカーの別称なんですが、この曲がリリースされた1984年というのはおそらく海外でも新作として発表されていたロードスターが存在していなかったハズなので、この曲はどの車種をイメージしているんですか? と。
林哲司さん曰く「松本(隆)さんの考えている事だから解らないよねえ」と、そりゃそうだ。
で、自分の意見として「この曲のオープニングにエンジン音が入っているんですが、この音はフェラーリ系の音だと思うのですが?」と語った所、結構うけてくれて「仕込み成功」という感じだったのだ。
そんなこんなで『昭和歌謡と昭和の交通事情』というコーナーはつつがなく終了。

その後、なんやかんやあって『昭和歌謡クイズPART2』がスタート。
今度はお客さんを2人ずつでチームを作ったのですが、さっきに増して若い!昭和歌謡なんて知らなくて当然!という感じなので、おいおいもっと上手にお客さんをチョイスしてくれよぉという感じだったのだ。
で半田さんが「じゃ今回は僕等も回答者って事で参加します」ということでイントロ当てクイズが始まる。チャラララ、ララララ〜♪ とブールコメッツ「ブルーシャトウ」のイントロが流れた瞬間、両サイドで林さん半田さんが同時に動く。
半田さん「これは同時だよなぁ」林さん「じゃ引き分けだね」と言う処で、半田さんがいきなりトンデモない事を言い出すのだ。
「引き分けは面白くないですよ、じゃここで杉村さんにアドリブでブルーシャトウに関したクイズを出してもらいましょう」
ええええええ? PART1で昭和歌謡クイズを出したけど、あれは考えに考えて推敲に推敲を重ねた問題だよ。しかもイントロ当てクイズで使われる曲は直前まで自分も何が使われるか解っていなかったんだぜ、どうするどうする(ここまで0.2秒)と、脳みそをフル回転で「はい解りました」と応える自分がいた。
「このブルーシャトウ、発売当時、この曲を使った替え歌が流行りました。その歌詞は「森トンカツ、泉ニンニク、か〜……、さて次に出てくる食べ物は?」その瞬間、頭のてっぺんからぷっしゅ〜〜と湯気が出た気がする。

半田さんと林さん共に「え...と何だっけ?」と、本当なのか演技なのか解らないけれど解答が出ず、ステージに上がったお客さんも当然のように応えられず「じゃ、お客さんの中で解る人!」と半田さんが客席に振り、それで林さんが「じゃ、右が林チーム、左が半田チーム」と言いながら会場へスタッと降りていき、手をあげた男性にマイクを向け「コンニャク!」と解答が出た。
その後は「やはり2人が回答者になると全部答えちゃうので、解答権が無いという事で」と、凄くルールがグダグダに番組は進んでいく。
イントロ当てに続いて昭和歌謡クイズも始まり、出題→正解、の後で解説を無難にこなして番組は時間ギリギリでめでたしめでたしで終わっていった。
気が付けば、出かける時のドキドキ感なんてどこにもなく、いやぁ楽しかった、こんな事で対価を貰っちゃっていいの? 状態でした。
クイズは「お客さんをステージにあげて」という事でゆるゆるに作ったんだけど、若い人には無理だよなぁ。実は最初、半田さんと林さんを解答者にして「静岡のうんちく王が勝負」みたいな感じの企画もあったんだけど「いや、私は実際うんちく王でも無いッスから」という事で企画は変わった。もしそれが実現していたら半田さん基準で「リスナーが誰も付いて来られない」という放送事故のような番組になっていたかも知れない。土曜の昼間にそれは無理だ。
本日は、ツインメッセ静岡での公開放送が終わっただけではなく、実は続きの仕事があるのだ。

そのまま林さん、半田さん、マネージャーさん、と鈴木ディレクターと5人でSBS静岡放送へ向かう。
実は「昭和音楽堂」という番組の収録は常に綱渡りで、林さんのスケジュール、半田さんのスケジュールがピッタリ合った時にワッと静岡に来て、ガガガガッと打合せをして、ダダダダッと3週分とか4週分を録音して、ジャッと言って新幹線でブワーッと帰っていくという感じなのだ(東京のスタジオで収録する時もあるそうで)。さらに鈴木さんが夕方の番組をやっているので、時間調整がかなり難しい。
その為に自分も番組の原稿を書いていても「直前に収録決定」ばかりなので、なかなかスタジオ収録に立ち会う事ができなかったのだ。
という事で「収録が終わって新幹線乗って東京へは8時9時頃だよね」という事で、静岡放送の最上階にあるビュッフェの特別室で(自分はそんな部屋がある事自体知らなかったVIPルームなのだ)2人はカレーなどを食べながら、本日収録分の打合せをする。

その部屋から見える駿河湾、画面中央が登呂遺跡
2010012301最初の2本に関しては自分は原稿を書いていないのですが、打合せの時にその当時の時代背景や、その曲に関するエピソードを追加していく。ちょうど年代的に林さんより13歳下なので林さんが逆に聞き逃している話や、半田さんがリアルタイムで知らない話などが多くなるので、それなりに「へぇ」と言って貰える。まずまずは自分の仕事としては出来る限りの事は出来ているかな。
で、2本分を淡々と収録、先ほどの打合せで出た話を流石上手に拡げて膨らませていく。自分はどちらかというと常に情報を詰め込みたいと思ってしまうので、話を膨らませる事が苦手なんだよなぁ。凄く勉強になります。途中、林さんが打合せの最中に名前が出なかった人の事を検索して知らせたり、順調に収録は進む。

2本終わった所で「新幹線の時間から計算するとあと1本か……。2本行けるかどうが行きますか」と次の収録分の打合せが始まった。本日3本目と、収録出来るか不明の4本目は自分が原稿を書いているので、そこに書いてある事以外に話せるネタは山ほどある。
そこで取り上げる女性歌手の髪型の事に関して多くの場面で間違った事が書かれている(Wikipediaにも)という事を、時代的な理由で解説したりもする。
そして本日3本目の収録が始まる。
実際の番組は30分なのですが、収録自体はオープニングトークを「だいたいこのぐらいで」と時間を指示され喋り始める。が、それが乗ってくると長くなったりするが時間はだいたいの目安という事で進み「じゃ1曲目の紹介」と言うことで本日のテーマに関した話と1曲目の紹介。
で曲が流れ、それを2人が聞きながらちょっと放送に乗らない会話をして、曲の2番が流れ始めた所でフェイドアウトし、音が完全に聞こえなくなったタイミング2秒ほどで喋り始める。
ここで打合せなどで出た話題や、2人のフリートークが始まる。ここは「3分ぐらいで、次の曲を」となっているが、乗ってくると何分でも喋り続ける。そして次の曲……。
そんな感じで、実際に放送されるモノよりかなり長く喋り続けているワケです。
曲が完全に終わった状態で喋り始めるのは、実際の番組では喋り部分を上手に編集して尺に治まるようにした上で、放送上は曲がフルで流れた所でその終わり付近に被るように「え〜この曲ってさ」と喋りが始まるようになっていくのだ。
実際にはカットされてしまう部分にかな〜り密度の濃い会話があるんですが、それは一般聴取者がついてこられなくなってしまう恐れがあるという感じで、残念ながら省略になってしまうのです。
3本目を収録した所で「う〜ん、もう4本目は無理っぽいね」という事で本日はお疲れ様でした! となり、林さん半田さんマネージャーさんはタクシーで静岡駅へと向かった。
自分はその後、鈴木ディレクターと今後の番組に関して「こんなテーマでどう?」とか「この曲とか面白いと思うけど」などと打合せをした。

なんというか、毎日「らぶらじ」で雑学を喋っている時もときどき「こんな風に好きな事でお金貰っていいのかしら?」と思ってしまうんですが、この「昭和音楽堂」に関してはもっともっと「ただ好きな音楽についてダラダラ知っている事を語るだけでいいの?」と感じてしまう。
なんとも自分は幸せな所に到達しているのかも知れない。
その感謝の意を込めて、もっと多くの場所に、自分の知っている物を還元していかなくちゃ。

でも本日は本当に楽しかったなぁ

P.S.「昭和音楽堂」は現在、静岡だけでなく
・MBS毎日放送、木曜日 26:30〜27:00
・MRT宮崎放送、土曜日 20:30〜21:00
・NBC長崎放送、日曜日 17:30〜18:00
で絶賛ネット中なのですが、深夜に放送している毎日放送以外は3月以降、野球が始まってしまうと番組が「しばしのお休み」となってしまう可能性があります。というか、その時間、しかも土日だったら完璧にナイター中継ですね。
もし絶対聞きたい!という方は局の方へ「ナイター期間も聞きたいです!」と嘆願書を送って下さいませ。是非!


2010年1月23日の日常的な富士山
201001232fuji

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