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2010年1月31日 (日)

最新版 iPod (ウソ)

巷では「でっかいiPhone」こと「iPad」が話題みたいですが、根っからのマッカーとしては興味あるけど、実際に使い道あるのか? という事で、しばし様子見。
そんなタイミングで、iPodの新作!


2010013101というのはウソで、100円ショップで見つけた電卓。
電卓のキー配列というのを完璧に無視して、iPodのホイールを模した形に配置している。
今から5年ほど前にiPodを始めて使った時に、そのホイールというモノのデザイン性だけではない機能性に感激した私ですが、この電卓のキー配列にも驚いてしまいましたね。
実際に使って見た感想は一言「使いにくい!」というモノ。
とりあえず、しばらく使ってみようかと思うけれど、この使い勝手の悪さは恐らく払拭されないと思う。
今、自分がコレクションしている電卓は全部で30個近くあると思うけれど、この発想は凄いなぁ。
100円じゃなかったら絶対に買っていないと思う。


2010年1月31日の日常的な富士山
20100131fuji


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2010年1月30日 (土)

神頼み

この時期になると、スナック菓子コーナーが受験色で染まってしまう。


キットカットの「きっと勝つ」に始まり「うカール」とか「トッポの突破」とか、もう何だか判らないけどそんな事ばかりなのだ。
おそらくこの「受験生向けお菓子」の元祖はキットカットが5年ぐらい前(もっと前かな)に『きっと勝つ』というのをやったのが最初だと思う。その時はAHAHAHAなるほどねぇとみんな寛大な気持ちで受け止めたんだけど、それがキッカケでとにかく凄い事になっている。
コノ手の受験神頼みグッズというのは自分が学生の頃は「お守り」とか「ハチマキ」とか、基本的になんだか役に立つのか判らない物と相場が決まっていたのだが、なぜ菓子業界がここまでハマってしまったのか。
実はこのブームのキッカケを作ったのは、今期ジュビロから移籍して静岡を去ってしまったゴン中山だというのを知っていますか?

2010013001実は、ジュビロ磐田のスポンサーにネスレキットカットが参加した時、そのユニフォームに「ネスレ」と「キットカット」という文字が入ったのです。その新ユニフォームお披露目の席で、ゴン中山がいつものサービス精神で「ネッスル思いで、キット勝つ!」と駄洒落を飛ばしたのが元祖なのです。
それから数年後にネッスルが受験バージョンのキットカットを販売して、大ヒットとなったのです。
その後はキットカットが「5角形のマグカップ」をセットにした「きっと勝つで合格(五角)」という、もう迷走状態に入ったような受験商品まで発売してました。
この写真の五角形マグカップは、もとの値段が高くて売れ残り、半額にしても売れずに、100円見切り品になった時に購入した物。

2010013002と言うことで、この数日で見かけた受験あやかり商品。
ヤマザキの『とんかつバーガー』『チキンカツバーガー』
ダルマをデザインした物で、合格祈願となってますが、なんつーか芸が無いような気がします。
でもこのひねりの無さは、大昔からあった様な気がする。
受験の前にはカツ丼!って、受験前にそんな腹にガッツリ来るモノを食べて大丈夫か? と自分は思ってしまうワケですが、これはもう古来よりの伝統芸なのだ。

2010013003カップ麺ではエースコックのわかめラーメンが『英数国がわかる!?ラーメン』
おぉこれはちょっと「よくひねった!」と拍手モノですが「わかる!?」と半疑問形という弱気になってどーするという気もする。
同じくカップ麺で明星の夜食亭が『ガンバレ!受験生』という商品を出している。もう基本的な部分ではまったく引っかかっていないけれど、むりやり「あっさり(合格)醤油ラーメン」さらにもう一押し「GABA入りでギャンバって!」というのはどうなんだろう。凄く偏差値が低いギャグのような気がしちゃうんですが。

2010013004お次はカルビーの『さやえんどう』と『かっぱえびせん』
もう何も引っかけようという気持ちはないけど、とりあえず受験スナック戦線に参加しちゃうという事で、桜塩味にして「咲かせよう、合格の木」としちゃうワケです。
もうとりあえず感が凄いっす。
ひねらんかいッ! とどこかにオチを捜して、ついつい突っ込んでしまうのでありますな。

2010013005次はキャラメルコーンなんですが、これは逆に無理しちゃいましたねえという感じ。
とりあえずパッケージ全体が招き猫になっているのが頭使っているんですが、商品の名前がキャラメルコーンではなく『カナエルコーン:Canael Corn』になっている。叶えるコーンで招き猫ですか。そりゃめでたい。
しかも、欲張りな事に「5角(ゴーカク)の星が入っているかも?」という事で、星形のキャラメルコーンが入っているかも知れないという事なのだ。
自分は食べ始めた時にそんなサプライズがあるのをすっかり忘れてワシワシ食べてしまったので、実際にすべての袋に入っているのか、入っていない袋があるのかの確認は出来なかった。

そんなこんなで来年以降もずっとこんな苦しい受験スナック菓子が続くのかなぁ

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2010年1月29日 (金)

『ラブロマ』とよ田みのる

どうやら漫画を読むのが異常に遅いのかも知れない。


2010012901_2だから単行本を1冊読むと体力を消耗してゼーゼーとなってしまう事もある。
というのは、どうも1つのコマを背景からコマ割アングル、セリフ回しなどまでジックリ鑑賞してしまうからかも知れない。
さらに短編漫画の場合、1話を読むとしばらく次へ進めずに「う〜むそうかそうか」と咀嚼をしてしまうために異常に時間が掛かってしまう。と言うことに最近気が付いた。
だから漫画喫茶なんかに行ったとしても例えば1時間400〜500円だとかだと(実際に行った事無いのでネットでチェックした値段)すると「普通に新刊買った方が安いじゃん」とか考えてしまうのだ。
という事で、去年末にブックオフ(新刊書店じゃなくて御免なさい)でとよ田みのる『ラブロマ』全5巻を購入して、トイレに配置した。我が家のトイレには普通のスチール製の本箱がドンッと置いてあってそこに大量の本が置かれているのだ。
そして1日1話ずつ、ゆっくり読み進め、やっと全32話を読み終えた。

2010012902物語は平凡な高校生カップルの恋愛を中心に、平凡な友人達とひたすら大きな事件も起きない日常を卒業まで描いた物で、あらすじを紹介する場合にとにかく困ってしまうほど「日常」を扱っている。
エキセントリックでありながら非常に常識人である男子高校生が、極々一般的な常識を兼ね備えている女子高生に恋をして、告白して、その関係性を深めていく中で2人が抱えるささやかな問題を一つずつ解決したり、解決出来なかったり。
絵柄はどちらかというと古いタイプに属するんだと思うけど、その絵柄からも誠実さを感じる取ることが出来る。
本当に健全な恋愛ドラマで、と言っても文科省推薦的な健全ではなく、至って健康な高校男子の性欲も持ち合わせた状態の健全さで「エッチな事もしたい」と思っているワケですが、登場人物のあまりにも真っ当すぎるモラルによって物語が緩やかな高揚感によって「慌てない慌てない」とゆったり進んでいく。
とかくリアル高校男子は荒ぶる情熱や猛る性欲で突き進みがちなんですが、この物語ではその1点が結論ではないとして清く話が進んでいく。

20100129032人が出会い、親しくなり、キスをして、仲違いしたり、乳もんだり、色々な経験を一つずつ積み重ねていく中で
「色んなコトが普通になっていきますよね こんなにドキドキすることも いつか普通のコトになっていくんでしょうか」
「なるよ 私はそれが嬉しい」
というセリフが交わされる。
確かに恋愛にしても何にしても、最初のドキドキ感や新鮮な気持ちはいつしか薄れて行ってしまう物なのかも知れない。でもそれが日常になっていくと言うコトも幸せなコトなんだろうね。
つい人間は刺激のある物を求めてしまいがちですが、日常であるコトを幸せだと思う気持ちを忘れちゃいけない。

2010012904自分は高校時代にかなりマニアックな趣味趣味人生を選択してしまい「いや、今は恋愛している時間ないっす」と、ギターをかき鳴らし、同時にアニメ製作&漫画書きで寝る時間を削る毎日で、女性からのアプローチを断ってしまった事があるほど、修行僧のような日々を過ごしてしまった。
今思うと「何ふざけた事言ってんだよオマエ」「オマエ、その人生の選択肢は後の人生に大きく大きく影を落とすぞ」と思ってしまうワケで、こういうまっとうな恋愛が生活にある高校時代を送っておけば良かったなぁと、反省しても今さらな反省をしてしまうワケです。
もっとまっすぐに生きなくちゃいけないよなあと、自分の胸に手を置きながら読んでしまいました。

2010012905とよ田みのるサンは他には『FLIP-FLAP』全1巻、『友達100人できるかな』現在2巻という作品もあるので、今度はちゃんと新刊書店で買います。すみません。

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2010年1月28日 (木)

本棚がまた増えた

確定申告の季節がやってきたワケですが、この1年間どんだけ自分が仕事してきたかというのが数字として明確に出てくるというのは、サラリーマン時代に感じていた物とはかなり違っている。
とりあえず「もっと頑張れ俺」という自前エールを送りつつ「もっと出来る子です、仕事します」と関係各位にアピールをしなくちゃけいない。


そしてもうひとつ明確になってしまうのが「この1年、どれだけ本を買ったか?」という事。
いやあ、今年もなんかやたらと本を購入したような気がする。
普通の書店で、ネットショップで、古書店で、ネットオークションで。ほとんどがパラ見しか出来ていない現状だけど。
レシートなどはまだちゃんとまとめていないので正確な冊数は解らないけれど、本を集中して置いている部屋を見ると「去年の正月、この一画は何も無かった」ハズなのに、今はブックタワーが何本か出来上がっている。

去年8月に起こった駿河湾沖地震の時、自分が住んでいる場所はそんなに酷い揺れではなかったのに、そのブックタワーが何本か倒れたという事を考えると「早急になんとかしなくちゃいかん」と思ってしまうほど、ジワジワと増えているのだ。
なんせ、震源地に近かった静岡市では倒れてきた本で生き埋めになって亡くなった方もいたので(この地震での唯一の死者)。

本に関して言えば「図書館があるからイザって時にはそこへ行けばいいじゃん」みたいな意見もあるかもしれないけど、やはり基本は手元にあって「あれは確か!」と思った瞬間にすぐそれをチェックする事が出来る状況が望ましいと思うので、こうして蔵書として増やしていくしかないのだ。
ネットなんかも確かに便利ではあるけど、なんかねそれはちょっと違うんじゃないかと。ネット検索は便利で原稿もチャチャっと書けるとは思う。完全コピペでは無いにしても、そこに出てくる単語とかを入力せずとも並べるだけで原稿が完成するってのは楽だよね。
でも、原稿が出来るのと別問題として、文章として読み自分の中で咀嚼しないで出すと記憶に染み込まないような気がする。原稿として自分が書いたのになんか記憶が薄くなる。

基本的な部分として、〆切があって原稿という形に文章をまとめればいいんだけど、自分で書いた内容は自分の知識として頭に整理出来ていなければいけないとダメだと思うワケです。
確かにラジオで3年間喋ってきて、すでに580回とか回数を数えているのでそれを全部記憶しとけってのは無理な話だとは思うけど、やはり出先でいきなり「この間、ラジオで喋っていた○○○だけど」とか聞かれる事も無いワケではない。
だから出来る限り記憶できるように、自分の原稿は頭に叩き入れないとイカンワケですよ。
とりあえず自分の場合は、文章として原稿を書いた後、ディレクターからOKを貰い、それを喋り言葉に若干直した原稿を作り、ラジオで喋る前に予行練習として友人の前で喋ったり、自宅で音読してみて「これは喋りでは伝えにくい」という箇所を直したり、かなりの手数を踏むのでかなりの頻度で記憶しているとは思う。
自分は今「なんでもやっている雑学家」という感じに思われているので、なんでも答えなくちゃイケナイと考えている部分がある。でも知らない事も知らないと答える部分もちゃんと持とうと思うのだ。

そんなこんなで、この1年でまたまた本が増えてしまったという事で本棚をまた2本購入。
自分が個人的に使っている部屋は書斎10畳、書庫16畳、不思議な空間6畳、あとクローゼット(7畳&4畳)、トイレや洗面所など、今、数えてみたら結構広い場所に本棚が21本あるんですが、それがもう完全に溢れまくっている状態なので、今回の2本追加となった。
今までは「こんなに本買っちゃってどーすんの?」という気持ちがずっとあったので「あんましムチャはしない」と考えていたんですが、こうやって雑学なんて物を扱い3年経過してそれなりに先が見えて来たので「もう腹括っちゃうもんね」と本棚増加計画、自宅図書館化計画をジワジワと考えている。
あそこの場所にもっと効率よく本棚を配置すれば、あと何本置けるとか、もう真っ当な人間から外れるような状態になっているのだ。
でも基本的な部分で「オタク臭い、趣味の悪い部屋にはしたくない」という部分も持ち合わせているので面倒なのだ。

そんな事を思いながらも、また今日も本が増えていく。



2010年1月28日の日常的な富士山

20100128fuji
薄ボンヤリと見える富士山

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2010年1月27日 (水)

ラブいぜ!しずおか・美味しいロケ万歳

放送日までなるべく内容は内緒なので、凄く書きにくいロケ日記ですが、本日は超高級食材を食べて参りました。


高給食材で「鍵」と言えば、判る方には判りますよね。
2010012701それの一般的な物ですら高級品なので「確か、随分前に少しだけ食した事があります」程度なのですが、今回のロケはそれの超高級品を堪能して来た。
恐らく「質素を常とする」が基本の自分のこれまでの食生活の中で恐らく上位に入る食事だった事は確かです。そして恐らく今の生活の中では、二度とこのレベルの物を食べることは無いんじゃないかと言う感じです。
それ以外に、雑学的なネタとして知っているけれど実際に見たことがないと言う物も見せてもらい「百聞は一見に如かず」という言葉を実感として感じました。あぁこれがあれか!と。

このラブいぜ!しずおかというロケを続けていて本当に感謝するのが「実際に経験出来る」「実際にそれを見ることが出来る」そして「現場の人と話をする事が出来て疑問だった部分が氷解する」という事が何度もあると言うことなのです。
そして現場に行って「これは凄いね、面白いね」と知らなかった雑学的事例に触れる事が出来るという事も凄い収穫になる。
なんかこの1年で、自分の経験値がずいぶんと増えたような気もする。それ以前の行動力の無さは誰にも負けないと自慢げに自嘲気味に言っていた部分を反省もしたりする。やはり行動あるのみなのだ。

しかし、今回のロケに関しては単純に「ロケありがとう!SBSありがとう!小沼さんありがとう!みんなありがとう!」という感じなのだ。
という事で現在、他に静岡県内で美味しいロケは無いかを物色中なのだ。
えっと、キャビアとかフォアグラとかに関して静岡県が日本1なんてネタはないかなぁ。



2010年1月27日の日常的な富士山

20100127fuji
本日のロケで静岡県の西の方へ行ってきた帰りの車窓からの富士山。多分、磐田辺りだったと思う。こっちから見る富士山は宝永山の出っ張りがあんな所にあるんだと(富士山の右側の裾)、いつも見ている富士山と違うなぁ。と言いつつ、磐田あたりでもこんなに大きく見えるのかと感動。

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2010年1月26日 (火)

30年前の自分サンキュ

気が付けばもう少しで「らぶらじ」3年目が終わる。


2010012600まだ4年目もお願いしますという続投の話は出てませんが、自分の中では「まだまだ続きます、ネタはまだまだ山盛りあります」という状態でいる。
自分的にも、周囲からも「よくもまあ雑学ネタが続くね」という感じ。
雑学的な物をハッキリと表明して表に出し始めたのは「知泉」というサイトをインターネット上で始めた10年チョイ前からですが、子供の頃からとにかく大好きだったので、とりあえず蓄積は30年以上分ある。
70年代中期の高校生の頃から、本屋で「雑学なんとか」と書かれた本を見たらもうとにかく購入!みたいな事を続けているので、現在自宅にどんだけ雑学系の本があるんだろうかという感じなのだ。

2010012601最初は小学校の頃に、漫画雑誌の下の欄にあった簡単な一言雑学をわら半紙とかに書き写したモノをホチキス製本をしたモノを友達に回し読みさせていた。友達が喜んでくれるのが自分の手柄のように嬉しかったので、その遊びは延々と続いた。同時にオリジナルの友達を主人公にしたマンガも描いていたけど。
結局、それが今も続いている。
以前、自分が出した単行本がトリビアブームの影響でそこそこ売れた時、ネットでその雑学を丸々コピペして発表しているブログがあった。自分が発見したのではなく、メルマガ読者から教えて貰ったモノなんだけど、そこへ行くと本当に単行本の最初に書かれている物から順番にキレイに一字一句替えずに掲載されていた。
その最初にそのブログ主の挨拶があって「今トリビアが凄いブームです!僕も沢山のトリビアを持っているので毎日一つずつ紹介していきます。ヨロシクね!」と爽やかな事が書いてあった。ま、本なんて金出せば当然その人の持ち物になるワケで「僕がもっている」というのは間違いではないよなぁと思いつつそこを読んでいくと、いつもはコピペをポンッと書いて終わりとなっているブログに、時々近況みたいな文章が添えられる事があって、それによるとどうやら小学校を卒業して今度中学に入るということらしい。

2010012602う〜む、と考え込んでしまったのが、自分が小学校の頃、わら半紙に雑誌に書いてある物を書き写して閲覧していたモノとどー違うのだ?という事。そりゃネットでそれをやると被害は甚大ですが、基本的な部分は同じ。もし自分が今の時代に小学生だったら絶対やっていないとは断言できない。
そう考えると、この少年を頭ごなしにダメだてめえ著作権侵害してんじゃねえぞゴルァ!出る所に出るか坊主!とやっても良くないんじゃないか。もしかしたら雑学の面白さをここで経験して、10年後、20年後凄い雑学家になっているかも知れない。などと考えてしまった。
そんな事でそのまま躊躇して数週間経った時、久々にそこを「まだ淡々とやっているかな」とチェックしてみた所「中学で部活に入り忙しい」とか書いて、更新がストップしていた。
さらに数週間後にチェックしようとした所、何故かサイト自体が消滅していた。う〜む。

2010012603そんなこんなも経験しつつ、わら半紙に書き写してた時代が今でも忘れる事が出来ない私なのですが、最近は基本、パソコンにすべての文章を入力して、そこから文章を組み立てたり展開させていくのですが、今でも「手書きメモ」は自分の中では重要なアイテムになっている。
当時はコピーもスキャナーも無かったので、とにかく手書きでメモしていくしか方法がなかったワケですがなんだかんだ言って、手書きのランダムに書かれたメモ、それに付随して追加記入されているメモなどは、後で見ると意味不明の図形やイラストなんかも実は凄く重要で、それをやったおかげで記憶にインプットされたモノも多々ある。
手書きで整理するという事は、実はその場で頭の中にある雑然とした情報を形として置き場所を決めていく作用があるんじゃないかと思っていたりする。
それがパソコンでの入力の場合は弱い。ってただのアナログ人間ってことかも知れませんが。

2010012604手元に、この30年ほどの間に書き散らしたメモ帳が大量にあって、それらには今となっては意味不明の情報も山のように記録されているけれど、それを今パラパラと見直すと内容を結構覚えていて、さらにそれを書いた時の情景もセットで蘇ってくる。
「これは夕陽が差し込む帰りの電車の中で書いたよな」とか「この走り書きは確か会社のトイレの中でメモしたんだよな」とか「病院の待合室で読んだ雑誌を書き写したんだよな」とか、もうその記憶はとにかく雑多。
これを読みかえすと「あ、このネタはまだやっていないじゃん」とか色々なモノも出てくる。30年間の蓄積が今、こうやって役に立っているというのは凄い事だよなぁ。30年前の俺、ありがとう。

という事で、まだまだ雑学の種は尽きまじなのです。

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2010年1月25日 (月)

らぶらじ・公開放送

本日はラジオ「らぶらじ」の公開放送。


2010012500最初、今日の雑学は「1970年1月25日に円谷英二さんが68歳で亡くなった日」というテーマで「ウルトラマンシリーズ」についてを語ろうと考え、その雑学をちゃんと仕上げてディレクターに送っていたのですが、なんか公開放送向けではないような気がして、急遽「公開放送を行う場所がショッピングモールの中のステージなので、買い物帰りの主婦も楽しめる」という事でネタを仕込み直した。
いつも翌週のラジオの原稿は金曜日の午前中に送っているのですが、本来の〆切は土曜日の午前中(何かがあった時の為に自分で1日前倒しの〆切設定にしている)、という事で金曜日の夜から考え土曜日朝早く起きて仕上げた。昭和音楽堂の公開放送へ出かける前にそれを書いて送った。
とりあえずラジオでしゃべるネタなのですが、会場に人が入るという事で「会場に来てくれた方だけにもっと解りやすいように」とフリップを作って「実は○○○○は○○○○と書くのが正しいのです」とする事にした。スペルを勘違いして和製英語になってしまった日常語というテーマだったので。

さらに、ラジオの公開放送なのですが番組内でスタジオからニュースを読む時間があり、その間、会場はただボーッとその音声だけを聞いているという状態となり、会場のテンションがジワジワと下がってしまう事があるのです。
そのために、以前1度「会場に来てくれた方だけにラジオで流れない雑学を!」というコーナーをやったことがある。その時「ラジオでは放送出来ないシモネタを」と企画をしたら「それはちょっと難しいんじゃないですか? 真っ昼間の主婦や子供が多い場所で」と却下になってしまった。
という事で今回も「ラジオでは放送しにくいネタ」という事で考え「漢字にまつわる雑学」をその時間帯にしゃべる事となった。難しい漢字に関してはラジオでは出来ないんですよ。
ということで10枚程度、1つのテーマに沿って漢字雑学をまとめて、それをA4サイズギリギリのデカイ文字でプリントアウトして準備する。それを使って予行練習をしている「俺はフリップ芸人か? 鉄拳か? バカリズムか?」という感じになってしまう。
そんなこんなで、公開放送は大変なので、トツギーノ。

2010012501で、今回の公開放送の内容は通常とは違っていて、らぶらじ内で静岡県内をレポートしてくれるキャスターに「素人の面白いオジサンを選ぼう」という企画が去年から動いていて、それの最終オーディションを実施する事となっている。その為にフリーのコーナーはほとんどオーディションに費やされる。
実はその中で「ボケてもいいんですよ、中年クイズ大会!」というモノが企画されていて、そこで出題される問題担当として私がクイズを考えたのです。
これが普通のクイズなら「1日で100問でも書けます!」なんですが、ちょいと難しいのが「中年キャスターの皆さんが知らないような若者系問題で、しかもボケ解答を誘発するような問題」という、誤解答が前提でしかも自然とボケて笑えてしまう答えが出るような問題設定なのだ。かなり難航した。
最近の流行語を答えさせる問題はなんとなく出来るけど、他のモノが「面白そうな誤解答」ってのが難しい。そう簡単に思い通りに動いてくれそうにはないのだ。

2010012502今回の公開放送に先立って昨年末から「月火」「水木」そして「金」とそれぞれのパーソナリティがスタジオに来てくれた3名の中から一番「良い味だしているオジサン」を選び、その選ばれた3人から今回優勝者を決めるという事になっているのだが、ちょいと不安があった。
スタジオではそれぞれ曜日のパーソナリティがオジサンの面白い所を見つけ出し、ツッコミ、イジル事で面白みを出していたけれど、実際に単体としての面白さはあるのか...という部分なのだ。
番組が始まって、その予感はなんか悪い方に的中してしまったかも知れない。オジサンが必死に面白い事言おう言おうと準備してきたセリフなどを披露すればするほど、絶妙に微妙な空気がリスパの会場に充満していく。う〜む。

第一次オーディションが1時台にあって、かなり微妙なまったりと言うか、どよんとしたと言うか、変な感じになっている状態で自分がスタンバイとなった。
本来は2時になって雑学をしゃべり始めるのですが、本日は会場だけのスペシャル企画で、1時50分台にSBSのスタジオでニュースが読んでいる時間に漢字フリップを使った雑学を披露して、自分の前説として会場を暖める。
しかしいつも公開放送は祝日なのですが、今回は平日。明らかにいつもと違う客層なのだ(それでも用意した席は満席で、立ち見も出ているのは凄い)。なんかお客さんの反応がイマイチのような感じもするので、チョイと焦ってしまう。
で、2時台の通常コーナーが始まり、こちらでもフリップも使った「日常の和製英語」について。
ステージを降りた後で「なんかイマイチ盛り上がらなかったかも」と思っていたのですが、スタッフから「お客さん食い入るように聞き入っていましたよ」と言われる。う〜む、確かに雑学コーナーはドッとうけるというモノではないのでそれでいいのかなぁ
でも今日はなんか会場に魔物が棲んでいるような気がする。

そして第二次オーディションの「ボケてもいいよクイズ大会」。基本的にはカラクリテレビの「ご長寿クイズ」のノリを期待していたのですが、あっちは録画編集モノで明らかに作為的な笑わせる演出が成されているのだが……。
その予感は見事悪い方が当たってしまった。
「昨年の流行語にあった歴女とは?」ピンポーン!「歴史の好きな女の子」
鉄崎さんが慌てて「あらら、マジにそのまんま答えちゃったよ。えっと、それはとりあえず無かった事にして他に解答は?」などと舞台裏見せまくったワケの解らない仕切りをすると「ハイ。え〜履歴書を書く女の人」という、これまたどこにツボがあるのか不明のボケ解答が……。
その後も何度も「ボケ解答を……、むしろボケて欲しいわけで」と説明されても、オジサン達はポンポンと答えていくのだ。あぁぁぁ。
とりあえず最後の問題として準備した「これなら絶対答えないよね、しかもボケ易いよね」という問題を出す。
「月火パーソナリティ、小沼みのりサンの人気ブログのタイトルは『みのりの』さて何?」
最初はトンチンカンな方向の答えがいくつか出た所で、鉄崎さんが「そこに入るのは体の一部です」とヒントを出し「おっぱい」とか「ボイン」とか、もっとボケて放送禁止直前の所で「ウワァそれはダメダメ!」と慌てるとか、そんな展開を想定していたのだ。ところが……
ピンポーン「ちからこぶ!」と力強く最初の解答者が答えてしまい、ステージ上にいるてっちゃん&みのりんは思わず「ええええええええーッ!」と叫んでしまう。
答えてくれたオジサンはニッコリと「毎日楽しみに読んでいるんですよ」と言い放つのだ。

みのりんは6時台のニュースの為早退、代わりにキャスドラ今村直美ちゃん
2010012503しょうがないので「ボケは期待出来ないけど答えは出ないだろう」という予備問題を追加する。
「大河ドラマの影響で坂本龍馬が人気ですが、その大河ドラマで龍馬を演じているのは?」
ピンポーン「福山君」「し……下の名前は……」「マサハルだよね」「正解!」
普通のクイズコーナーになってしまった。
思いっきり時間が余ってしまったので、最初の企画にあったけれどパスした「3人でPerfumeの曲に合わせて自由に踊って貰う」という、とてもラジオとは思えない企画でその後の時間を消化した。
それを実況しなくてはいけなかった鉄崎さん御苦労様でした。
その後も、通常公開放送とは違うテンションのまま時間が過ぎ、なんとか番組は無事に3時間を全うした。無事だったのかは解らないけど。
公開放送は10回あれば、10回とも全然違ってくるんだなぁ、水物なんだなぁと実感した1日でした。

なんか異様に疲れたけれど、これはこれで自分的には楽しかった。


2010年1月25日の日常的な富士山
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2010年1月24日 (日)

こちら「パンパカパン」

ふとケータイを見ると「不在着信」という表示があった。


いつ着信があったのに気が付かなかったのだが、4時台にその電話があったらしいのだが、そこに表示されていたのは記憶にない電話番号。つまり登録してある電話番号ではないのだが、最近この手の知らない番号から電話が掛かって来ることが多くなってきた。
「○○○の▽▽▽さんから杉村さんの事を伺いまして」という、以前お仕事をした方からの紹介でという電話なのだ。
かつては「知らない番号から掛かってきたモノは、いわゆるワン切りなのでかけ直しちゃダメ」みたいな異常な警戒心を持っていたんだけど最近は慌ててかけ直すことにしている。
その時間は5時40分。

トルルルルル……ガチャ、と繋がったと思った瞬間、受話器の向こう側ではサーッというノイズと共にテープに吹き込まれたような声が流れ始めた。
「はい、パンパカパンでございます。せっかくお電話いただきましたが、ただいまの時間は営業時間外と…」
は? パンパカパン? なにそれ?
静岡以外の方は知らないと思いますが、現在静岡県ではSBSで『パンパカパンツ』というパンツをはいたブタのキャラクターがテレビで放映されているのだ。
でも、SBSでお仕事をさせてもらっていますが、そのパンパカパンツとは絡んだ事ないよなぁ。
あ、昭和音楽堂の公開放送でツインメッセ静岡に行った時、そこにパンパカパンツのキグルミが居た!別にすれ違ったワケでもないが、まさかその時に何かがあったのか? いや無い。

ともう一度かけ直して聞いてみても「はい、パンパカパンでございます」と言っている。
それをその場にいた友人に聞いてもらっても「確かにパンパカパンだよね」などと言っているのだ。
なぜパンツをはいたブタが俺に電話を掛けてきたのだ?しかも業務時間外とはどういう意味なのだ?
とケータイを見ると、その不在着信があった直後に「留守番サービス」に何かが吹き込まれたというメッセージが出ていた。もしかして、そこにはパンパカパンツから謎のメッセージがあるのかも知れない。
ドキドキしなから留守番メッセージを再生してみたのだが、そこには驚天動地のオチが待っていたのだ。
「こんにちわ杉村さん、えー損保ジャパンです」
損保ジャパンって、パンパカパンって聞こえるか?
何度も小さな声で「損保ジャパン、パンパカパン、損保ジャパン、パンパカパン」と復唱する私がそこにいた。


2010年1月24日の日常的な富士山
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2010年1月23日 (土)

昭和音楽堂・公開放送→番組収録

昨年末「来年、昭和音楽堂の公開放送があるので出演お願いします」という話を突然されアタフタアタフタして、アッという間に今日になってしまいました。


これまで公開放送を何度も経験していますが、それは常にらぶらじというレギュラー出演している番組の公開放送だったのでホームという感じなのだ。
それが今日は「昭和音楽堂」という林哲司さんと半田健人さんの二人がやっている番組の公開放送へのゲストという状態。しかも「何でも知っている杉村」というムチャな設定での出演。
とりあえず「交通安全フェア」という警察のイベントの一環としての公開放送なので、昭和の交通事情に関係してそれに昭和音楽がどう関わっているかという部分での話を展開する事となった。
最初は、その1時間番組の中で昭和歌謡クイズみたいなモノを出題し、それの解説みたいな役割での出演という事で、その過去の交通事情などは警察の方が解説するという話だった。
が、警察関係者でメインの二人と対等に話が出来る人がいないという事で、そのパートも自分が解説する事になってしまったのだ。
なんかかなりの時間出ずっぱりという感じなのだ。こりゃ大役。

ロケも公開放送も何度も経験してきているので、あまりドキドキして精神的にキツイという事は無くなってきたんですが、今回はなんか自分の中で変な感じでふわふわしているような、現実感がないような状態だった。
いつも静岡駅へ向かう電車の中ではiPodで音楽を聴きながら本を読んだり何か書き物をしたり過ごす。が、この日はiPodを装着したのはいいのだが、本を読んでいても文章の意味が頭に入らない、メモ帳を取り出しても何も考えつかない。おぉダメじゃん俺、もしかしてあがってる? 緊張してる?
静岡駅に着き「えっと、たしかバスのみなみ循環でツインメッセ静岡へ行けるとか行っていたよな」と、その先を見ると『ツインメッセ静岡・無料シャトルバス』というプラカードがあった。
という事で、本日のイベントの出演者という事は知られずにお客さんと一緒に無料バスに揺られて会場へ。
メッセというのは見本市の事なんだけど、このツインメッセは2つの会場が並んで建てられている。思っているより広い場所だったので全体像が見渡せない状態だが、かなり広い場所だというのが解る。
その先をどうしたら良いのか解らないので、ディレクターの鈴木さんへ電話をすると、ちょうど向こうも着いた所らしくすぐに合流できて楽屋へと移動する。
本日のレポーターはキャスドラの菅原智里ちゃん。

とりあえず自分的には今日使用される曲に関して「喋るべき原稿」と「補足で言う原稿」と「恐らく喋らないけれど時代のバックボーンとして知っておいた方が良い知識の原稿」と「交通というテーマではないけど、その曲に関して、その歌手に関しての雑学的知識の原稿」と、恐らく求められるべき内容の5倍以上の原稿を準備して、それをすべて暗記するようにしてあるので大丈夫大丈夫。
11時に林哲司さん、半田健人さんがそれぞれ到着したという事で、打合せが始まる。
自分の出る場面は1時間半の番組の中、1時間近くあるんですが、打合せ、食事をしている内に徐々に緊張も解けてきて、あっという間に1時の本番が始まった。

最初は通常番組的な会話があり、その後、交通イベントという事で警察関係の方が登場し、その後『昭和歌謡クイズPART1』が始まった。
お客さんの中から選んだ6人を林チームと半田チームに振り分けクイズ大会という事になったのですが、気後れしてあまり喋らないお客さん、しかも10代20代ばかりで昭和歌謡をほとんど解らないって感じなのでかなり微妙な空気が流れる。
それでもなんとか林さん半田さんの機転がコロコロと効いて番組は展開していく。二人とも司会のプロでは無いが色々な場慣れっていうのはこういう場面で出てくるんだなぁと。
そしてクイズ大会PART1終了後、自分はそのままステージに残って『昭和歌謡と昭和の交通事情』という特別テーマで話を展開させていく事となった。

まず1曲目が小林旭「自動車ショー歌」
この曲は「唱歌」と「自動車ショー」に引っかけたタイトルですが、リリースされた1964年というのは、東京モーターショーが一般的に認知され入場者数が100万人で定着したような時代。実はこの東京モーターショーというのはバブル期には200万人とか突破したけれど、それ以外の時は100〜150万人ぐらいを上下しているワケで、この時代で完成されているようなモノなのです。
誰もが車を持つのが憧れ、目標となった来たタイミング。いわゆる『新・三種の神器』というのが「カラーテレビ、クーラー、自動車」と言われ始めた時代。自動車をcarと読み「3C」とも言った時代という背景がある。

2曲目がマイク真木「気楽にいこうよ」
1971年にモービル石油のCMに使われた曲で、ハードな役柄が多かった藤竜也とGSの中で過激でヒッピー的だったモップスの鈴木ヒロミツが、牧歌的な風景の中でガス欠でエンストした車を必死に、そしてのんびりと押している場面が印象的。ラストに当時フォークルとミカバンドの間のソロ期だった加藤和彦が「車はガソリンで動くのです」とナレーションを入れる、まさに時代を感じさせる名作でした。
60年代中期、東名高速や首都高が出来た頃に「どこまでも行こう」と歌われ、60年代末には「oh!モーレツ」となっていた高度経済成長のイケイケドンドンが、70年代に入って「のんびり行こうよ♪」と変化した。
実は1970年に交通事故の年間死亡人数が1万6000人を越えて過去最悪を記録しているのです。現在が4000人前後なので、とにかく酷くてこの時に「交通戦争」という言葉が誕生している。
音楽では左卜全の歌う「老人と子供のポルカ」で「辞めてけれジコジコ♪」と歌われている。
そんなタイミングで「のんびり行きましょうよ」とこの曲が登場したのです。

3曲目は荒井由実「中央フリーウエイ」
1976年にリリースされた曲で、実際に歌われているのは「中央自動車道」。この中央自動車道は1962年着工、1967年に調布と八王子インターが開通している。1954年生まれのユーミンが13歳の時。
八王子の老舗呉服店のイケイケお嬢さんとしては、この中央自動車道は都会へ出て行くための重要なルートだったワケで、さらにこの曲がリリースされた頃は牧之原ジャンクションが完成して東名高速道路と繋がった交通の大動脈となっているのです。

4曲目は松田聖子「真っ赤なロードスター」
1984年の9thアルバム『Tinker Bell』収録曲で、林哲司さんの作品。いわゆるドッドッドーという「恋はあせらず(You can't hurry up)」でお馴染みのモータウン、ホランド-ドジャー-ホーランド考案のリズムの曲。
別段この曲は当時の交通事情とは深い関わりが無い曲なのですが、林さんがいるのでちょっと質問をしてしまいました。
ロードスターというのはいわゆるオープンカーの別称なんですが、この曲がリリースされた1984年というのはおそらく海外でも新作として発表されていたロードスターが存在していなかったハズなので、この曲はどの車種をイメージしているんですか? と。
林哲司さん曰く「松本(隆)さんの考えている事だから解らないよねえ」と、そりゃそうだ。
で、自分の意見として「この曲のオープニングにエンジン音が入っているんですが、この音はフェラーリ系の音だと思うのですが?」と語った所、結構うけてくれて「仕込み成功」という感じだったのだ。
そんなこんなで『昭和歌謡と昭和の交通事情』というコーナーはつつがなく終了。

その後、なんやかんやあって『昭和歌謡クイズPART2』がスタート。
今度はお客さんを2人ずつでチームを作ったのですが、さっきに増して若い!昭和歌謡なんて知らなくて当然!という感じなので、おいおいもっと上手にお客さんをチョイスしてくれよぉという感じだったのだ。
で半田さんが「じゃ今回は僕等も回答者って事で参加します」ということでイントロ当てクイズが始まる。チャラララ、ララララ〜♪ とブールコメッツ「ブルーシャトウ」のイントロが流れた瞬間、両サイドで林さん半田さんが同時に動く。
半田さん「これは同時だよなぁ」林さん「じゃ引き分けだね」と言う処で、半田さんがいきなりトンデモない事を言い出すのだ。
「引き分けは面白くないですよ、じゃここで杉村さんにアドリブでブルーシャトウに関したクイズを出してもらいましょう」
ええええええ? PART1で昭和歌謡クイズを出したけど、あれは考えに考えて推敲に推敲を重ねた問題だよ。しかもイントロ当てクイズで使われる曲は直前まで自分も何が使われるか解っていなかったんだぜ、どうするどうする(ここまで0.2秒)と、脳みそをフル回転で「はい解りました」と応える自分がいた。
「このブルーシャトウ、発売当時、この曲を使った替え歌が流行りました。その歌詞は「森トンカツ、泉ニンニク、か〜……、さて次に出てくる食べ物は?」その瞬間、頭のてっぺんからぷっしゅ〜〜と湯気が出た気がする。

半田さんと林さん共に「え...と何だっけ?」と、本当なのか演技なのか解らないけれど解答が出ず、ステージに上がったお客さんも当然のように応えられず「じゃ、お客さんの中で解る人!」と半田さんが客席に振り、それで林さんが「じゃ、右が林チーム、左が半田チーム」と言いながら会場へスタッと降りていき、手をあげた男性にマイクを向け「コンニャク!」と解答が出た。
その後は「やはり2人が回答者になると全部答えちゃうので、解答権が無いという事で」と、凄くルールがグダグダに番組は進んでいく。
イントロ当てに続いて昭和歌謡クイズも始まり、出題→正解、の後で解説を無難にこなして番組は時間ギリギリでめでたしめでたしで終わっていった。
気が付けば、出かける時のドキドキ感なんてどこにもなく、いやぁ楽しかった、こんな事で対価を貰っちゃっていいの? 状態でした。
クイズは「お客さんをステージにあげて」という事でゆるゆるに作ったんだけど、若い人には無理だよなぁ。実は最初、半田さんと林さんを解答者にして「静岡のうんちく王が勝負」みたいな感じの企画もあったんだけど「いや、私は実際うんちく王でも無いッスから」という事で企画は変わった。もしそれが実現していたら半田さん基準で「リスナーが誰も付いて来られない」という放送事故のような番組になっていたかも知れない。土曜の昼間にそれは無理だ。
本日は、ツインメッセ静岡での公開放送が終わっただけではなく、実は続きの仕事があるのだ。

そのまま林さん、半田さん、マネージャーさん、と鈴木ディレクターと5人でSBS静岡放送へ向かう。
実は「昭和音楽堂」という番組の収録は常に綱渡りで、林さんのスケジュール、半田さんのスケジュールがピッタリ合った時にワッと静岡に来て、ガガガガッと打合せをして、ダダダダッと3週分とか4週分を録音して、ジャッと言って新幹線でブワーッと帰っていくという感じなのだ(東京のスタジオで収録する時もあるそうで)。さらに鈴木さんが夕方の番組をやっているので、時間調整がかなり難しい。
その為に自分も番組の原稿を書いていても「直前に収録決定」ばかりなので、なかなかスタジオ収録に立ち会う事ができなかったのだ。
という事で「収録が終わって新幹線乗って東京へは8時9時頃だよね」という事で、静岡放送の最上階にあるビュッフェの特別室で(自分はそんな部屋がある事自体知らなかったVIPルームなのだ)2人はカレーなどを食べながら、本日収録分の打合せをする。

その部屋から見える駿河湾、画面中央が登呂遺跡
2010012301最初の2本に関しては自分は原稿を書いていないのですが、打合せの時にその当時の時代背景や、その曲に関するエピソードを追加していく。ちょうど年代的に林さんより13歳下なので林さんが逆に聞き逃している話や、半田さんがリアルタイムで知らない話などが多くなるので、それなりに「へぇ」と言って貰える。まずまずは自分の仕事としては出来る限りの事は出来ているかな。
で、2本分を淡々と収録、先ほどの打合せで出た話を流石上手に拡げて膨らませていく。自分はどちらかというと常に情報を詰め込みたいと思ってしまうので、話を膨らませる事が苦手なんだよなぁ。凄く勉強になります。途中、林さんが打合せの最中に名前が出なかった人の事を検索して知らせたり、順調に収録は進む。

2本終わった所で「新幹線の時間から計算するとあと1本か……。2本行けるかどうが行きますか」と次の収録分の打合せが始まった。本日3本目と、収録出来るか不明の4本目は自分が原稿を書いているので、そこに書いてある事以外に話せるネタは山ほどある。
そこで取り上げる女性歌手の髪型の事に関して多くの場面で間違った事が書かれている(Wikipediaにも)という事を、時代的な理由で解説したりもする。
そして本日3本目の収録が始まる。
実際の番組は30分なのですが、収録自体はオープニングトークを「だいたいこのぐらいで」と時間を指示され喋り始める。が、それが乗ってくると長くなったりするが時間はだいたいの目安という事で進み「じゃ1曲目の紹介」と言うことで本日のテーマに関した話と1曲目の紹介。
で曲が流れ、それを2人が聞きながらちょっと放送に乗らない会話をして、曲の2番が流れ始めた所でフェイドアウトし、音が完全に聞こえなくなったタイミング2秒ほどで喋り始める。
ここで打合せなどで出た話題や、2人のフリートークが始まる。ここは「3分ぐらいで、次の曲を」となっているが、乗ってくると何分でも喋り続ける。そして次の曲……。
そんな感じで、実際に放送されるモノよりかなり長く喋り続けているワケです。
曲が完全に終わった状態で喋り始めるのは、実際の番組では喋り部分を上手に編集して尺に治まるようにした上で、放送上は曲がフルで流れた所でその終わり付近に被るように「え〜この曲ってさ」と喋りが始まるようになっていくのだ。
実際にはカットされてしまう部分にかな〜り密度の濃い会話があるんですが、それは一般聴取者がついてこられなくなってしまう恐れがあるという感じで、残念ながら省略になってしまうのです。
3本目を収録した所で「う〜ん、もう4本目は無理っぽいね」という事で本日はお疲れ様でした! となり、林さん半田さんマネージャーさんはタクシーで静岡駅へと向かった。
自分はその後、鈴木ディレクターと今後の番組に関して「こんなテーマでどう?」とか「この曲とか面白いと思うけど」などと打合せをした。

なんというか、毎日「らぶらじ」で雑学を喋っている時もときどき「こんな風に好きな事でお金貰っていいのかしら?」と思ってしまうんですが、この「昭和音楽堂」に関してはもっともっと「ただ好きな音楽についてダラダラ知っている事を語るだけでいいの?」と感じてしまう。
なんとも自分は幸せな所に到達しているのかも知れない。
その感謝の意を込めて、もっと多くの場所に、自分の知っている物を還元していかなくちゃ。

でも本日は本当に楽しかったなぁ

P.S.「昭和音楽堂」は現在、静岡だけでなく
・MBS毎日放送、木曜日 26:30〜27:00
・MRT宮崎放送、土曜日 20:30〜21:00
・NBC長崎放送、日曜日 17:30〜18:00
で絶賛ネット中なのですが、深夜に放送している毎日放送以外は3月以降、野球が始まってしまうと番組が「しばしのお休み」となってしまう可能性があります。というか、その時間、しかも土日だったら完璧にナイター中継ですね。
もし絶対聞きたい!という方は局の方へ「ナイター期間も聞きたいです!」と嘆願書を送って下さいませ。是非!


2010年1月23日の日常的な富士山
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2010年1月22日 (金)

アクティブな日々

なんだかいきなり忙しくなってしまった。


と言っても普通の人にとってはそんな忙しそうには見えないかも知れませんが、それまでの日々と比べると「アクチブ」って事になるのだ。
明日の土曜日に「昭和音楽堂」の公開放送、1日おいて月曜日に「らぶらじ」の公開放送、さらに1日おいて水曜日には「ラブいぜ!しずおか」のロケ。
ま、今回はやけに重なってしまった状態でこれがずっと続くわけではないんですが、かなり大変な事は事実。
なんせ公開放送に関しては一般的なタレントさんと違って、マネージャーに連れて来られてその場で台本を渡されて「今日はこうこう、こう言う流れていきますので、ここでこんな感じでよろしくお願いします」と頭に入れて、時間になったらドヒャーッとやってウヒヒ〜ッとなって、はいありがとうございます!じゃないのだ。

公開放送が決まった段階で「で、その日はどんな内容で行きますか?」という事になって、企画的な事をあげたり、当日語る雑学に関しての原稿を書く。それはストレートに通らない事もあって「ここはもうちょっと」と書き直したりする事もある。
その為に真夜中、グダグダ考え、部屋の中をウロウロ歩き回り、それでやっと絞り出したりする時もある。
さらに当日の公開放送のお客さん向けに「会場に来てくれた人のために」とラジオより解りやすくするためにフリップを作ったりする事もある。
もうね、1回の公開放送の前準備で凄い事になっていたりするワケですよ。

基本「根っからのサラリーマン体質」の自分としては、生活リズムと言うのが1日のリズム1週間のリズムとして出来上がっているので、このオタオタした状態というのはまだ慣れていない。
もっとも去年のテレビが始まる前までは、毎日パソに向かい、図書館に出かけ、本屋に出かけ、という生活の繰り返しで、ちょっと鬱になってしまった部分もあるので、刺激があるのはいい事だと思っています。
その1年前のアクチブ度を1とするとこの1週間は5ぐらいの印象なのだ。
でも、こういう状態を日常にしなくちゃいけないとも思いつつ、自分がやっている仕事はアウトプットよりインプットの量を10倍ぐらい多くしなくてはいけないので、なんつーかコストパフォーマンスの低い仕事ではあるのです。

でも今日の蓄積が1年後、そして10年後も効いてくるんじゃないかと思うのだ。

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2010年1月21日 (木)

無言電話:解答編

18日の「無言電話」で書いたように突然電話がウンともスンともピーともガーとも言わなくなったオハナシ。


2010012101という事で、電話接続会社から出張サービスの方がやってきてチェックしてもらう事になった。
ルーターが二階の書斎(と言っていいのか)にあるので、大慌てで片づけた部屋に案内して作業をしてもらったのだが、作業直前に「えっと杉村喜光さんですよね……、あのいつもラジオに出ている杉村さんです……か?」などと切り出されてしまったのだ。
なんつーか、自分的にはなるべくコッソリとやっているのでこういう形で自分の仕事を知っている方と遭遇してしまうとあがってしまう。
「は、はい、らぶらじで雑学なんかを」
「い、いつも聞いてます、凄いですよねえ」
「あ、ど、どうもありがとうございます」
とまるで初めてのお見合いみたいな感じでお互いにシドロモドロの会話をするのだ。こういう時はもっとエラソーに対応しなくちゃいけないのかなぁ。「私があの杉村だと判明した瞬間、彼の表情が何か眩しいモノを見たかのような喜びに溢れた笑顔に変わったのである。所詮ラジオで雑学を語っているだけなのだがこんな風に喜ばれると、まんざら自分も世の役に立っていないワケでもないなと実感するのであった」なんて、思ってもいないので書けないけど。

2010012102そのチェック作業をしてもらっている間にもぼーっと色々な事を考えていた。
そのルーターが設置されている本棚の上の棚には運悪い事に単行本『アイドル探偵団』の1988年版から2004年までがフルコンプされ、さらに同趣向の『女性CMタレント名鑑』とかも大量にあり、さらにその下にはマニアックな雑誌『CMナウ』が1987年頃から全巻揃って棚に収まっているのだ。
とりあえず「ラジオで色々な事を喋っている」という事を知られている前提なので大丈夫だと思うが、それが無かったらただの「古参アイドルマニア」って事になってしまうのだ。
「い、いや、これはネット上で誕生日データサイトを運営していて、それの資料集っすから」
「ほら、他の棚を見てよ。こっちはビートルズ関連の書籍が大量にあって、こっちは昭和史とか、こっちは言語関係、こっちは……」
などと聞かれてもいない事を言い訳してしまいそうな自分がそこにいた。基本的にオタクと称される人々を80年代から嫌って逃げて来たけど、色々な意味でオタクなんだろうなぁ。

そんなこんなを考えている間に電話線のチェックが終わっていた。
「このルーターにまで電話は通じていますね」という事だが、階下にあるコネクターにまでは何故か電話が通じていないらしい。
とりあえず、これまで1階に置いていた親機をこの部屋に持ってきて、子機を1階に置けばとりあえずは使用可能なのだ。
という事は、ルーターまで来た電話線がどこかで断線しているという事なのか……。つまり、それを直すのはかなり大事になりそうな気がする。まさか家の壁を壊してその中にある線を繋ぐなんて事はないよなぁ。いったいいくら掛かるんだ?
その後、表に回って色々チェックして貰った所、アッサリと今回の電話不通の理由が判明した。
「最近、ガスメーターの検針とか来ましたか?」
「えっと、確か先週の金曜だったか土曜だったかに、ガスメーターの電池を交換するとかって来た様な気がします」
「じゃその時ですね」
そこで聞いた話は、現在ガスの使用量及びガス漏れなどの警報機セキュリティを光ケーブル回線で管理していて、一旦2階にあるルーターに引き込まれた光ケーブルが表にあるガスメーターを経由して1階の親機の所へ繋がっているという話だったのだ。
光ケーブルとガスメーターが繋がっているなんて初耳だったので(もしかしたら、かつて説明があったかもしれないけど)この結末はあまりにも意外だった。
「で、そこを繋ぎ直したので今、1階で親機は使えると思いますよ」という事で、現在は何事も無かったかのように電話が出来ているのです。

2010012103実は、月曜日に電話が不通になった時「ルーターは正常に動いている」という状態だったので「もしかしたら電話自体が壊れてしまった可能性がある」という事で、新しい電話を購入した。
前々から、ラジオに電話出演していた関係から「デジタル電話のほうがノイズが入りにくいので、出来る事なら買い換えた方がいい」みたいな話があったのでコレがいいキッカケとは思っていた。
だから今回の騒動は「デジタル電話導入のキッカケ」という事だったのです。
写真は「無実の罪で引退を余儀なくされた旧電話」です。


2010年1月21日の日常的な富士山
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2010年1月20日 (水)

シリスギ仙人受難

ラブいぜ!しずおか、28回目のロケ。(2回の生放送出演もあるので放送は30回目の放送分)


流石にロケも28回目となると最初の頃の緊張感も無くなるワケですが、今回のロケはワケあってかなり特殊なスタイルの収録となり、緊張というか、不完全燃焼というか、よく解らない感じで行われた。
その特殊ってのは放送に関係しているのでここでは書けないワケですが、そんな「うむむむ」という状態の中で展開していったロケも滞りなく進んでいった、と思っていた処で、とんでもないアクシデントが発生してしまったのです。
それはロケ車から降りて、さて仙人を……と持ち上げた瞬間、仙人の手を支える棒のグリップ部分が無かったのです。
あぁそのグリップ部分がハズレちゃったかぁと思って座席の下に転がっていたパーツを拾い上げると、なんと外れたのではなく棒の途中がポッキリと折れてしまっていたのだ。
な、な、な、なんてこった!!

2010012001最初は黒ビニールテープで補強して応急手当をしようと考えたのですが、それで支えられるとは思えないので、折れた部分が手元に近い部分ということで何気なくそこを持って何も無かったかのように撮影を進めようと言う事になった。
ヘタにビニールテープで急場しのぎの補修をしたとしても、今の地デジでの細かい画像では異常に修復部分が目立ってしまいそうな感じなので、サラッと折れた部分を隠すように持てばいいという事で乗り切った。
現在使っているスッポリと頭からかぶるシリスギ仙人がデビューしたのは、去年の6月24日ロケの「富士山の巻」からだから20回も使っている事になる。
もう自分に取っては分身だったり、戦友だったりする、って大げさかもしれないけど。
とりあえず4月の番組改編以降も熱烈継続希望中なので、こんな所でポッキリされても困るのだ。

そんなこんなで、シリスギ仙人は補修してまだまだ行きますぜ。

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2010年1月19日 (火)

10年間

2000年7月19日に2000円札が発表され、早10年となる。


2010011901実はこの2000円札が世間で話題になっていた時、とにかく忙しいサラリーマンで毎日仕事に追われ、ボロボロになっていて、世間の「2000円札騒ぎ」をテレビなどでは知っていたけれど、その輪の中に全然入れずに今に至ってしまった。
気が付くと「そう言えば2000円札の現物って見たことがない」という、あまりにも世情に疎い人になっていた。
という事で、親しくさせて貰っているバラ園のレジで「あんまり歓迎しない2000円札で支払った人がいるんだよ」という声を聞き、即決で「千円札2枚と交換してくれ!」と申し出て、初めて直接2000円札に触ったのだ。
ほほう、これが朱礼門、ほほう、これが紫式部。と、以前雑学でその辺の話もしたハズなのだが「机上の雑学」という感じで、初2000円札体験をした。
いまさらかよ! という感じなのであるが、本当に自分はまっとうな人にとっての当たり前の経験が大量に欠如しているのだ。

2010011902この数年、自分に課しているテーマが「実際に体験してみよう」という事になっているので、こんな普通の人にとっちゃ「いまさら」とか「当たり前じゃん」という事も、1つ1つ経験して、リハビリして、まっとうな人間になっていこうと考えている。
その2000円札が発行された当時、連日遅くまで残業、週に必ず1回や2回は徹夜で仕事をしていて、通常仕事の昼間もいつも時間に追われている状態が続き、なんだか自分でもよく解らなくなっていた頃だった。
本来「本職は適当にこなして、余暇を充分に楽しみたい」という人間だったので、学生時代からずっと「家庭を顧みないで奥さんに疎まれてしまうような仕事人間って嫌だよな」「ああ言う連中って趣味も何もなくて、面白みがない、定年後は何をしたら良いのかオタオタしちゃうんだろうなぁ」と思っていた。それなのに、気が付いたら自分が仕事に追われて何も出来ない人間になっていた。
それまでずっと趣味人で、音楽や漫画などを作っていたり、それ以外にも趣味は一杯あったハズなのに、20世紀の終わり頃はとにかく何もない人になり、何もする余裕の無い日々を過ごしていた。

そこでイカンイカンイカンイカンと思い立ち、ごく僅かな時間で出来る趣味を捜さなくてはいけないのだ。このまま仕事だけで日々を過ごしてはいけないのだ。と思い立ったのが、インターネット活動だった。
それ以前の1990年代初頭からパソコン通信をやっていた事もあって、サイトを始めるのは凄く楽だった。
今だから言えるけど、会社での編集作業で出力などで機械を動かしっぱなしになる瞬間、空いているパソコンでサイトのテキストを作り始めた。
サイトを制作するソフトのなんとかビルダーとかを会社のパソにインストールするのも、バレると嫌なのでhtml言語を覚えてそれでひたすらちょっとずつ入力してテキストデータとして作成していた。
それが完成したのが1998年3月。すでにオープン時でパソ通時代から書いていた文章を編集した物が100ページもあるテキスト満載サイトだった。
その後、1999年5月頃に当時メルマガというのが最先端ツールだったので発行を始めた。
1本目はお笑い系メルマガで、さらに勢いまかせで2本目に発行したのが「雑学大作戦・知泉」という今に続く雑学系メルマガだったのだ(雑学自体はパソ通時代に始まっていて、知泉スタート時もメインコンテンツだった)。
それが始まったのが1999年9月9日「ノストラダムスを乗り越えて」というタイミングでスタート。それが軌道に乗って読者数が激増したのが2000年。ちょうど10年前なのだ。

毎日帰宅は11時頃だったけれど、昼間ラフにまとめた文章を手直しして2時ぐらいにメルマガを発行して寝る、みたいな生活を続けていた。
体力的に精神的にキツかったけれど「何かを発信しなければ」という切羽詰まったものに後押しをされていたのかも知れない。このまま定年の日まで何も無しに進むわけにはいかないという切実なる危機感があったんだと思う。
今思うと本気でギリギリだったような気がする。

でも、週に最低でも3通はメルマガを発行するというノルマを自分に課していた。なんか自分をもっと追い込まなくてはいけないような感じで。
そのために1回のメルマガに最初は3本ぐらいの雑学を掲載していたのが、徐々に増え、1本のメルマガに最低でも10本みたいな感じになり、さらに読者からの疑問を答えたり、お便りを整理したり、アンケートを取ったりと「何ここまでやらなくちゃいけないの?」と思ってしまうほど密度を濃くしていった。もう寝る時間を削ってメルマガを発行していた。
それに対して「杉村さんはそんなにメルマガを作る時間があるほど暇な人で羨ましいです」などという皮肉っぽいメールが来た事もあったけど。
そんなこんなでメルマガ発行から4年目の2003年に「本を出しませんか?」という話が持ち上がり、そこから怒濤の展開で、今、それを生業とするようになってしまった。そこまでの4年間は異常に密度が濃かったと自分でも思っている。実際の生活的な面では何にも無かったけれど。

ハッキリ言って、その2000年前後の数年間は日常的な人間としての記憶がほとんど無い。
でも、どんな事でも周囲が見えなくなるほど集中する時代は必要なのかも知れないと、ふと思ったりする。
自分にとって、この10年間はとにかく予想も付かない変化の10年になってしまったんだなぁと2000円札を見ながら思ったりする。

そんな日々があって、今の自分がいる。ちょっとずつの積み重ねっては本当に大切なのだ。


2010年1月19日の日常的な富士山
20100119fuji

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2010年1月18日 (月)

無言電話

午前中までに2本ほど原稿をまとめてメールする。


そのうちの1つが音楽に絡んだ原稿で、とにかく楽しくて書きたい事が山のように出てきて、まとめるのに苦労する。
雑学にしても、音楽にしても、自分の好きなジャンルでの仕事なので「こんな楽しい事で金を貰ってもいいのか?」という、なんか御免なさいという気持ちがどこかにある。そのために常に出来る限りの文章を書かなくてはと思ってしまう。その結果、詰め込みすぎになってしまう事も多いんですが。

そんなこんなで、午後になり、2時がやって来る。
1時台はラジオを聞きつつ、あんまり頭を使わないデータの整理などをする。
で、2時に電話を……、と思っているのだが固定電話のほうへ電話が掛かってこない。と思っていると、目の前にある消音状態のケータイがバイブで「ブブブブブブ……」と振動を始める。
実は他の仕事ってのがなぜか2時台に入った所で電話を掛けてくるというのが多い。おそらく12時台は食事、1時ももしかしたら食事がズレ混んでいるので、2時になったら大丈夫でしょうという考えなのかも知れないけど、これまでも某出版社も、某レコード会社も、某放送局も、2時を過ぎた所、ちょうど自分がラジオ出演して「うんちく劇場」で喋っている最中に掛けてきた。
目の前にあるケータイの表示に「エー○ックス」とか表示された時は「うわぁぁぁ電話でなくちゃ、でもラジオで喋っているし」とパニックになってしまった。なんで2時に掛けてくるかなぁ
とその時も思った。それにしては固定電話の方に掛かって来ないな……、とその時「もしかして今日ロケと勘違いしてケータイ電話に掛けてきている?」と思って、ケータイを取るといきなり切れてしまった。

と、その時、ラジオの向こうでは「えー本来はうんちく劇場のコーナーですが、ここで1曲」などと言っているのだ。
え?と思って、固定電話の受話器をあげると「あれ?何も音がしない」
もしかして、何か変な事になっている? と思ったタイミングで再びケータイの方に電話が掛かってくる。
「杉村さん、家の方の電話に掛けたんですがずっと話し中になっていて、とりあえず今日はこのケータイでお願いします」という事になって、それでうんちく劇場が始まった。
前日の日記に書いた「鼻声」はそのまんまだけれど、そんなの気にならないほど変な感じでコーナーをなんとかこなして終了した。
頭の中では「家の電話が死んでいる?」「えっと電話料金は銀行引き落としだけどまさか残金が無い?」「電話機自体は家を建てた時に一緒に設置した物だからもう10年以上使っている事になるよな」「こっちは子機だからダメなのかも……、いや局の人は話し中だったと言っていたから」と雑学を語りながら色々な考えがグルグルしていた。

電話を切った後、固定電話をチェックすると、受話器をあげた時のツーーーーーーッという音すらしていない。
とりあえず電話自体には電気が来ているみたいで、プッシュボタンを押すとピッポッという音はする。留守録メッセージは聞こえる。が通話音がしないし、掛ける事が出来ない。ケータイから掛けると話し中という事になっている。

うぬぬぬぬと思ってNTT西日本へ電話をすると「えっとお客様はNTTの名簿にはありませんね、他の会社と契約してませんか?」「あ、ひかり回線にした時に!」とすっかり気が動転したあれやこれやを経て、チェックをした所、ルーターは正常に動いて、インターネットは普通に繋がっている。
もしかしたら10数年使っている受話器が壊れたのかも知れないという話になった。
うぬーっ!とりあえず、点検の人が来てくれるのは木曜日午前中って事になってしまったので(水曜日はロケで家にいないので)それまで家電話は使えないのだ。


2010年1月18日の日常的な富士山
20100118fuji

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2010年1月17日 (日)

ガセより怖い風邪

実は先週からずっとノドが痛かった。


と言っても風邪の症状としては、咳も出ない、熱も出ないという感じで、とりあえずの葛根湯とドリンク剤とのど飴で日々を過ごしていた。
いわゆるインフルエンザ的に熱がグーッっと出てくれれば分かりやすいんですが(非常に困るけど)このノドがイガイガして痛いってのは「果たしてどうしましょうか」という感じなのだ。
とりあえず木曜日に病院に行って「注射を打っておきましょう」となったんだけど、その後はノドの痛みが続き、それがいつの間にか鼻水になっていた。

あぁ体の中で白血球が頑張っているんだなという事で、部屋を暖かくして、なるべく湿度を上げてジッとしていた。
というか、ずっと部屋にいるしか方法が無いほどこの1週間は仕事が立て込んでいるのですが。
厚着をして、しかも部屋の中だというのにマフラーを巻いて、カシャカシャとパソを入力し続ける。
それでも鼻水が止まらない。
基本的に鼻水は白血球の死骸みたいな物だと言われているワケですが、サラサラの鼻水ではなく粘り気のある色が濃い場合は凄く頑張っている状態で、白血球戦士の名誉の戦死の結果なのであります。
昔「鼻水の色が緑に近くなると風邪の治る前兆」と言われた事があるけれど、そうでもないらしいので、まだまだ部屋を暖かくしてジッとしているしかないのでやんす。

そう言えば、昔の子供で常に青っぱなを垂らしている子供ってがいたけど、あれは栄養不足から来る物だそうです。栄養が無い時に白血球がカラ元気で頑張ったせいで鼻水として排出されちゃっていたんだそうで、そう言う意味で現代の子に青っぱな垂らしを見かけなくなったのはそういう理由なんですな。

そんなこんなで、今、ハッキリ言ってずっとハナが詰まったような状態で、山瀬まみの物まねをしているような喋りにくい状態っす。
明日までに治っているのかなぁ


2010年1月17日の日常的な富士山(のある方向)
20100117fuji

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2010年1月16日 (土)

新年会

数年前から、新年のこのぐらいの時期に高校時代からの友人とささやかな新年会を開いている。


2010011601もう飲めや歌えの大騒ぎをする年齢ではないのと、サービス業で日曜日も仕事の友人もいるので、極々ささやかに「あぁ今年もいい酒飲めて嬉しいよね」と40代にしてすっかり枯れた感じではあるのだが、これでいいのだ。
そんなこんなで去年を振り返ってみると、去年の今頃は……

まず、2008年秋口から単行本企画が同時に3冊動いて大忙しという感じだった。とにかくずっと机に齧り付いて、自分に取っては得意ではない分野の文章も書いていた。ある意味「これでやっとライターとして胸を張って歩けるスタートラインに立ったのだ」という感じだった。
が、2008年末の世界同時株安の影響で、何もかもが吹っ飛んで気が付くと「え?そんな話していましたっけ? え〜そんな事言ったけぇ? いつどこで、何時何分何秒!!!?」という感じになりつつあった正月だった。
自分もそこまで夢見る少年ではないので現実はシビアだという事で「あぁタイミング悪いなぁ」とは思いつつ、諦め半分だった。
でも今から思えば、その中の1冊は内容的にちょっと無理をしなくちゃいけない物で、自分的にもまだそんなに偉く無いし出すべきタイミングじゃないだろという偉そうなモノだったので、出せなくて正解だったのかなと思う。
まだペーペーのライターとしては、与えられた仕事をいかにキッチリ仕上げるかという部分が重要で、自分ではきっと企画しなかった種類の本でも書かなくてはいけないと思っていたけれど。嫌々始めても何故か自分にジャストフィットして新しい側面も発見されるかもしれないので。
そんなこんなで、テンションが急降下した2月、いきなりテレビから「ちょっと雑学について語って欲しいのですが」とオファーがあり、それに関して調べた事をカメラの前で始めて語った。
今でも覚えているのが、カメラが目の前にあり、そのレンズにライトを浴びて焦っている自分の顔が映っているシーン。その瞬間、記憶していた文章が全部頭の中から吹き飛びました。

そんなテレビデビューからしばらくして、今度はWeb上で原稿を書きませんか?という依頼。おぉ出版がダメでもそう言う方向があったか!
と思っていたら、そのWeb掲載とリンクするようにテレビの企画が立ち上がった。これには小沼さんに感謝です。
そんなドタバタで気が付けば1年が経過していた。

ライター的にはまだまだなのですが、それでも仕事にシビアな状態で追いかけまくられていた1年だったのだ。そしてラジオでの雑学と、テレビで雑学は意味合いが全然違うという事を現場で感じられるようになったのは収穫なのだ。
そんな事を思いながら、新年会はのほほ〜んと過ぎていった。


2010年1月16日の日常的な富士山(がある方向)
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2010年1月15日 (金)

シリスギ仙人、こっそりリニューアル

毎週水曜日に静岡県各地へ出かけロケをしている「ラブいぜ!しずおか」のコーナーは毎週金曜日にSBSテレビで絶賛放送中!


2010011501と言うことで、本日は1月6日に三ヶ日まで出かけてロケしてきた「みかん」についての雑学なのだ。
自分が子供の頃は「静岡はみかん大国」みたいな話を聞いていたんですが、それが小学校卒業頃には「和歌山県に抜かれた」みたいな事を言われていたんですが、現在は和歌山・愛媛に次いで全国シェア3位となっている。
でも、この時期にみかんというテーマでやっておきたいよね。
という事で調べに調べ、温州ミカンの品種について調べ、普通種の温州みかん(12月中旬〜2月頃まで収穫)では静岡県が出荷量が1位という事が判明し、それを手がかりに原稿を組み立てた。
結局、みかん栽培を後から始めた和歌山・愛媛で生産される品種は「早生」なのです。なるべく早い時期に出荷したほうが高く売れるという算段で(品種改良されると季節が早まる品種が多い)。
それに対して古くからみかんを生産している静岡の農家はそれまでどおりの時期に取れるみかんを栽培し続けたのです。早生品種に植え替えるなんてとんでもない金額がかかりますから。
その結果、みかん全体の生産量は新たにみかんを植えた和歌山・愛媛なんかに抜かれてしまったけれど、昔ながらのみかんの生産量は静岡!となったのです。
ま、「静岡が1位」みたいな形のちょっと変化球だったけど、それで押し通すのだ。
と、ロケ現場となった三ヶ日青果場に言って担当者と話をしていると、他にも意外な1位があったり、やはり現場に行くと話が展開していくなぁと感心しながら、現場で台本を作り直し、小沼さんとセリフを書き直したり大忙し。
そんな感じの「ラブいぜ!しずおか:三ヶ日みかん篇」が放送されたのだ。

で、今困った事に直面している。
先日、13日にロケをしてきた。そのシリスギ仙人の頭はSBSで保管してあるのですが、白衣は毎回自分が持ち帰って洗濯をする事になっている。
という事で、ロケから帰ってぼーっと洗濯機に突っ込んで……、翌日とんでもない事が起こってしまった。
撮影時に台本に赤字を入れるために胸ポケットに差しておいた赤ボールペンを付けたまま洗濯に出してしまい、白衣の胸から襟にかけてが真っ赤……ではなくピンク色になってしまったのだ。
あちゃーマズイ!

という事で、白衣を捜す旅に出た。が、近場の洋品店にはどうも白衣は特殊すぎて置かれていないようす。
とりあえずネット販売ページを見て「¥5000〜10000」という予算でいたのだが、それ以前にどこにもない。
バラ園のハーさんと一緒にいくつか心当たりを廻ったが、どこにもない。という事で、清水町にある卸売り団地の中にある「山本被服」へ行く。
実はここ、最初に通りかかった時に「ここは問屋で、ショールームもないので小売りしていないよな」とスルーしてしまった所なのだ。
が、有り難い事にここで注文して取り寄せてくれるという事になって、本日はもう受注終わったので月曜日に注文を入れて、火曜日に取り寄せる事が可能という事が判明、水曜日のロケに間に合うっす、ありがたいありがたい。
しかも小売り価格だったので実際の値段よりかなり安くなった事もあり、ありがたいありがたい。

というワケで、20日ロケ分からこっそりとシリスギ仙人はリニューアルする事となりました。


2010年1月15日の日常的な富士山
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2010年1月14日 (木)

放送出来ないネタ

ラジオで3年間、平日に雑学をしゃべり続けています。


回数だけはもう550回を越えているのですが、なかなか専門分野が無いという部分もあって、仕事の場は拡げにくい。なんか肩書きみたいな物が1つでもあればいいんですけどね。
そんなこんなで、専門分野が無いということで毎日喋るテーマは逆になるべく片寄らずに多岐に渡るように心がけている。
月曜日は歴史ネタだったので、火曜日は言語ネタ、水曜日は生物ネタ、木曜日は人物ネタ、というように(時々片寄ってしまうこともありますが)。

そんな中、時々「それはチョット」と言われて他の原稿に差し替えなくてはいけない時がある。
以前あったのでは、その日の番組は全時間を通して某企業がスポンサーになって「○○○の日」という感じになるという事だったので、その企業に関した雑学を用意した。
ここで重要なのは、雑学的に面白いのはその企業が隠したがっている過去みたいな話題だったり、このヒット商品の前に全然売れなかったコレがあるというような、企業側にとってはマイナスの様な物。
でも当然、その企業にとっては勘弁してくれみたいな部分なので喋ることは出来ない。そこは波風立てずに生きるというのが身上の私としてはちゃんと理解しております。
かといってその企業へのオベッカ全開みたいな物も、リスナーにとっちゃ面白くないし、自分も面白くない。だから雑学の微調節は難しいのだ。
そんな事を念頭に入れて1回放送分の原稿を仕上げた。自分的には「今回はかなりイケてる!」と自信満々だったのですが、ディレクターより「今回これじゃなく、企業とはまったく関係ない、通常通りの雑学でお願いします」という話で没になってしまった。

実はその原稿をスポンサーになってくれる企業に「こんな雑学だいじょうぶでしょうか」とメールした所、その日に番組に出演する担当者も知らない雑学が山盛りだったので「もしそれに関して番組内で質問が出ても答えられないかも知れない」という判断で「ちょっと今回は」という事になったらしい。
その企業がスポンサーじゃない時だったら大丈夫だけど、という感じで。
うむ、なかなか複雑に難しいダメ出しだったのだ。

先日も「これ結構イケているかも」と思った原稿が「ちょっとコレは」と没ってしまった。
それは「ちびまる子ちゃん」についての雑学で、静岡と言えば自慢できるキャラとしてまる子ちゃんがいるので前々から「いつか」と思っていたネタだったのです。
SBS静岡放送はTBS系なので、フジTV系の「ちびまる子ちゃん」はマズいのか?と思ったけれど、それより前に2回ほど同じくフジTV系の「サザエさん」の雑学を問題なく放送している。
さて?と思ったんだけど、その理由というのがSBS静岡放送という企業の組織に関係している。
SBSは静岡でもっとも古い民放放送局なんですが、もともとは静岡新聞社から発生した会社で、ラジオ、テレビ、出版部などが繋がっているワケです。
実はテレビに関しては他局の放送をネタにしても構わないんだけど、現在「ちびまる子ちゃん」はフジTVだけじゃなく、中京新聞で連載されているのです。愛知県より、浜松地区では中京新聞が強くて静岡新聞とシェア争いを繰り広げているワケで、そのライバル誌に掲載されている漫画のネタはちょっとマズいという判断なのだ。

うむ、なるほど色々な部分で社会人として考えていかなくてはいけないのだな。



2010年1月14日の日常的な富士山

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2010年1月13日 (水)

雪の降る町を:ラブいぜ!しずおかロケ

本日は「ラブいぜ!しずおか」のロケ。


前回は静岡県最西部の三ヶ日まで行ってきたのですが、今週は静岡市内という事で、時間的に結構楽が出来るかも知れないと思っていたのですが、最初に訪れる場所が朝早くから仕事をしている場所という事で、朝8時台に静岡駅に集合となった。
そのため、家を6時半頃に出る。(やはり車に鳥フンは無し)
ただ寒いってだけではなく、暴風がビュワンビュワンと荒れまくり、しかもポツポツと雨。
朝早く起きて髪の毛を洗って、セットしたハズなのに、中途半端に濡れていたせいでもう無茶苦茶な髪型になって電車に乗る(もっともロケが始まると被り物のせいで髪の毛がぺったりになっちゃうんだけど)。

ワザと何のロケなのか解りにくい写真
2010011301ロケの内容は、放送日が22日なのでまだ詳しく書けないけれど職人技を見せつけられて、ただただカッコイイというしか無いワケです。
ちなみに、このロケの様子は小沼みのりんが書いているブログ「みのりのちからこぶ」に放送当日にアップされるワケですが、それに使われている写真はほとんど自分が撮影している。だからあのロケ日記に杉村はあまり映っていないのだ。去年買い直したコンパクトカメラ大活躍なのだ。
で、その「みのりのちからこぶ」1日のアクセスが軽く1万を超えているとの話。
こっちは頑張っても1日3000って感じなので、やはり違うなあと感心。杉村処世術「寄らば大樹の影」として頑張って行きたいと思います。基本的にリーダーになりたいとはあまり思っていない人なので、これでいいのだ。

その後、駿府城へ移動して1カットを撮影、その後青葉シンボルロードへ出かけそこでも1カット。
その時、空からふわふわと白い物体が。「あ、雪だ」
どうりで寒いはずだよ。というか、その時自分はシリスギ仙人としてシャツ2枚重ねの上に白衣を着ている状態で薄着とまでは言わないけど、雪の中で撮影するにはちょいキツイ服装をしていた。
もっとも、顔だけはフルフェイスのヘルメットみたいな状態で暖かいけど。逆に夏は、長袖&フルフェイスなのでキツイって、季節の変化にやたらと弱いキャラなのだ。
その後、昼食を挟み今度は登呂遺跡近くにある駄菓子屋へ。って、静岡で駄菓子屋というと近年話題になっているアレです。
数年前に佐藤浩市が出演したキリンビールのCMで上手そうに食べていたアレもキッカケになって全国規模で「静岡県では駄菓子屋でアレを食べることが出来る!」と話題になり、今や東京にも専門店が出来ているワケです。
実は静岡県と言っても東部に住んでいる自分はその駄菓子屋文化を実際には経験していなかったので、かなり楽しんでしまった。しかも値段がムチャクチャ安い!いやぁ凄い文化だ
(ここの文章、22日の放送後にちゃんと解りやすいモノに直します)

で、本当はロケは1時半頃に終了して、2時にはラジオのスタジオで喋る予定になっていたのですが、どうもギリギリ過ぎなので慌てて帰っても……、といつものようにロケの車の中からケータイ電話を使っての出演という事になった。
実はSBSの建物が直接見えるほどの距離、歩いて帰れるような距離なのだが。
いつものように「はい、こんにちわ、杉村です」とうんちく劇場が始まったのですが、途中でまた「あれ? 声が聞こえない」という事で、会話中に電話が切れてしまった。
昨年2009年12月2日に続いて、放送事故2回目。しかしあの時も今回も共に静岡市内からの電話。なんかあるのかなあ。
コーナー終了後、すぐに帰局してスタジオで「さっきはすみませんでした」と謝罪。
「いや、結構電話切れるってのはあるから気にしないで」と言われる。いやはや。

で、今回はスタジオに来たのは別の用事もあったからで、23日にツインメッセ静岡。(収容人数約4000人程)で開催される『昭和音楽堂』の公開放送に出演&色々ネタ仕込みって事で、ディレクターをつとめる鈴木通代さんと打合せ。
一応ゲストという感じではあるんだけど、やはり何でも知っている人みたいな扱いの出演なので、とりあえずアドリブ的な部分や、実際には放送に出てこないような裏部分でも考えなくちゃいけないのだ。事前の調べものがかなり大変そうだけど、かなり大きいステージでの仕事なのでキッチリやらなくちゃいけない。
この『昭和音楽堂』は作曲家の林哲司さんと俳優の半田健人さんが昭和期の歌謡曲についてあーだこーだと語り合う番組なので、聞いている人もディープなので生半可な知識ではイカンのだ。
(昭和音楽堂は現在、SBS静岡放送だけでなく2009年からMBS毎日放送・MRT宮崎放送、そして今年からNBC長崎ラジオで聞くことが出来ます)

と言うことで、現在この「昭和音楽堂」に関する原稿(番組内での企画についても)をガシガシ考えつつ、当然のことのように来週分のラジオ「らぶらじ」の1週間分原稿を書き、テレビの原稿もすでに2月ロケ分を書き始め、さらに別の公開放送で使用するとある企画の原稿も来週までに書くことになっている。
ついでに今月末に発表予定のiPhone ケータイアプリ「知泉の雑学クイズ」も準備段階となっている。
気が付いたらなんだか忙しくなっている。
でもでも、まだまだ頑張りますのでお仕事依頼も是非!

雪は結局積もらなかったけれど、帰りの静岡駅のホームで泣きそうになるぐらいに寒かったっす。



2010年1月13日の日常的な富士山(があると思われる方向)

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2010年1月12日 (火)

草食系男子・括られるのが好き系?

なんかね「●●系」とかカテゴリーとして何かを称するのってあんまり好きじゃないんだけど、去年はそれに「男子」が付いて異常なほど加速度が掛かったような気がする。


「草食系男子」に始まり「厨房男子」「お弁当男子」「メガネ男子」といった風の言い方がやたらと目に付いた。他にもマスコミがブームにしようと考えたのか、いくつもあったけど瞬時に忘れた。
なんつーか、そういう流れが最初にあったとしても名前が付けられた段階で「オッそれってキャッチーな売りになるじゃん」という事で、それに便乗してくる人が多かったのではないかと思う。
恐らく自分は昔から普通に料理とか作っているので、そーゆー「厨房男子」とかのカテゴリーに入っちゃうのかも知れないけれど、なんかあざとい感じがしちゃって、それを表明したくない。
例えば周囲でそういう話をしていても「あ、俺も弁当とか作っちゃうっす」とか言わない。なんか格好悪いじゃん。流行りに便乗しているみたいで。

その中でも、一番知名度を上げたカテゴリーは「草食系男子」だと思うんだけど、この言葉がなんかマスコミに取り上げられた時に意味が変わっちゃったよね。
最初は、恋愛に消極的でガツガツしていない男子という意味で「恋愛に関して草食系」と名付けられたハズだったのに、いつの間にか「覇気がない」とか「体育会系ではない」という全体的な意味になって、それが本当に「肉をあんまり食べない人」まで変化して、さらに「女性の方がガツガツ焼肉食べています」みたいな話まで変化して「肉食系女子が集まる焼肉店」とかの特集になって、インタビューでも女子が「おいし〜い、焼肉大好きぃ!」とか言うようになっていた。
なんか違う。

でも、世の中を見ているとキャッチーという部分が凄く重要なんだなぁと思ってしまう。
例えば芸能人でもアメトークから出てきた「ガンダム好き芸人」「家電大好き芸人」という括り。
あれによって、その芸人の仕事の幅が広がった(広がったというのか、コンテンツが増えたと言う感じ)のかもしれない。
そういう事で、自分もフリーで仕事をしていると考えるとそういう「私これが大好きです」という売りを表明していかなくちゃいけないのかも知れないと考える。
そういう意味では、得意ネタ方面として「音楽大好き」を激しく表明しなくちゃイカンのかも知れないと思っている。

でも昔から徒党を組んでザワザワやっているのって苦手なんだよなぁ。
だから1980年前後、創世記のオタク業界というのもすぐ近くで見ていたんだけど、なんか生理的に合わず(マンガとか好きなのに、それに集う人が苦手)そっち方面とは距離を置いてしまった。
あと、80年代初期に「よい子の歌謡曲」をはじめとして、それまでロックなんかと比べて下らない音楽と思われていた歌謡曲をことさら持ち上げて、B級Z級歌謡曲を面白がる流れがあった。が、そこで交わされている歌謡曲分析とか、あるいはサークル的に選民意識みたいな感じが凄く苦手だったので、誘われても参加せずに遠巻きに見ていた。
その時にそーゆーのが好きだったら、今頃「初代ナンチャラ」とか名乗っていたかもしれないなぁ。

でも、マンガにしても歌謡曲にしても、分析したりするのより純粋に作品が好きなので読むのが楽しい、聞くのが楽しいでずっと来ている。時々、それらの解説本とかも読むけど、嗜好品に答えとか順位を出されてもなぁといつも思っていた。分析して口角泡を飛ばしつつ「ここがこうなんです!」とか説明している人を冷ややかに見ていた(嫌なヤツ)。
そう言う意味で、自分は「●●系」とか名乗ったり、サークル活動とか苦手なのでダメなんだなあと思っている。
でも、こうやって仕事をしていくとなると、その辺の変なこだわりは捨てなくちゃイケナイのかなぁ

とりあえず、あんまり表明していないけど現時点では昭和歌謡の仕事がラジオやイベント、そしてケータイアプリなどでワシワシと始まりつつある。
今「HEY! HEY! HEY!」とか見ていても、昭和歌謡ブームらしいので(もうそろそろ終わると思うけど)「乗っていこうよ」といまさら心の片隅で思っている。もっと積極的になれ→俺。

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2010年1月11日 (月)

成人の頃

世間では成人式。今年の成人式は全員平成生まれという事らしい。


そうかぁ小渕恵三が「平成」と書いた額縁をドンッと出してからそんなに経つのか。俺もオッチャンになるワケだ。
で、あの昭和天皇が亡くなった1989年1月7日は新春早々だっていうのに、自分は風邪を引いて寝ていたなぁ、風邪でぼーっとしながらあの画面を見ていたなぁと思い出したりする。
しかし、ハッピーマンデーの成人式って結局、成人式の式典をやるのはその前日の日曜日ってパターンがほとんどになるので、成人式は第二月曜日ではなく、第二月曜日の前日って感じだよなぁ

今年はそれらを報道したワイドショーとかを一切見なかったので、暴れるアホな新成人というのは見ていない。ま、今の若者がバカなのではなく、どの時代も若者はバカなんだよね。
自分の成人の頃だって、ちょうど暴走族が大ブームの頃であっちこっちで「オマエどこ中出身だよ」「テメエこそどこ中出身だよ」とワケの解らないイサカイが起こっていたハズなのだ。
ハズなのだ、って言うのは、実は自分は成人式に参加していないので、その時にどんな事が起こったのかよく解っていない。

実は、自分はその成人式の日、横浜周辺に仕事場を構えていた某漫画家のアシスタントをしていた。
別にプロのアシスタントではなく、学生バイトとしてのアシスタントで数回やったら辞めるという話になっていた。とりあえず続けて欲しいとは言われていたけど、諸事情あったので。
そのアシスタントの話もなんかよく解らない流れで決まった物で、当時、学校にもっとも近い駅前にあった前田珈琲店で毎日のようにグダグダしていたんだけど、そこではクロッキー帳を拡げてひたすら落書きを書き綴っていたり、愚にも付かないようなマンガを見せ合って、イッパシの評論ごっこをしていた。
なんか、今思うともっとがっついてプロになる努力をしろよ!と、ほぼ同時代を島本和彦が描いている「アオイホノオ」を読みながら思ってしまう。
本当に日々を無駄遣いしていた。

その時に、学校の先輩と言う人とその知人で出版社にいると言う人がそこにいた。自分はどの人が誰なのかほとんど記憶がないんだけど、なんかよく解らない流れで自分が書いた漫画原稿も見てもらった(らしいんだけど、すごく記憶がアイマイ)。
そして、恐らくその時、学校の授業で「自分の名刺をデザインする」という課題があって作った名刺を渡した(ような気がする)のだ。
で、数日後、いきなり雑誌の入った紙袋が届けられ、そこには「○○○○先生が今アシスタントを募集しているので、短期でいいのでお願い出来ますか? ○月○日に本社の方へお越し下さい」みたいな事が書かれた手紙が入っていたのだ・
えぇ? 別に俺、アシスタントしたいとか思っていなかったのにぃぃと思いつつ、その指定日にその出版社へ出かけ「こちら○○○○先生です」と紹介されてしまい、気が付いたらアシスタントをする事になっていた。

実は2年制の学校に通っていて、もうその時は帰郷して就職をする事も決定していたので、2月ぐらいまでなら、という事でアシスタント生活が始まってしまったのだ。
と言っても、週に1日だけ出かけて指定された箇所の風景や物などを、準備されている写真など資料を見て(なるべく先生のタッチに近づけて)カリカリと描く作業だった。とにかく絵を描くのが好きで、頭を使わずに模写するだけでお金が貰えるってのが嬉しくてカリカリやっていた。
あの当時、1日で1万円ってのはかなりの高給だったのだ。
で、自分の成人式の日もそこでカリカリと作業をしていた。先生には自分が新成人だという事は告げずに。
当時、自分の中では「まだ基本的に親のすねかじりなので成人じゃない」という、変にこだわった部分があったので仕事が無かったとしても成人式には出なかったかも知れない。

ま、今になって「出ておけば良かったかもなぁ」と思ったりもするワケで、やっぱし「参加出来る物はとりあえず経験しとけ」とオッサンは思うワケです。

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2010年1月10日 (日)

鳥にも正月が解るのであろうか

実は昨年末、車に乗った時に異様な悪臭を感じた事があった。


人の物とは思えぬ臭さが車の中に充満していた。実は鳥のフンの臭いだったのだ。
それまでそんな事はほとんど無かったんだけど、去年の秋口から自宅庭に停めてある自分の車のドアミラーに異常とも思えるほど大量の鳥の糞がぶっかけられるようになった。
毎日、出かける時にそれをタオルで拭っていたんだけど、それでも毎日気が付くと1日分とは思えないほど大量のフンがそこに投下されていた。どう考えても1匹の鳥の分量じゃないだろという感じで、右も左も鳥フンだらけだった。
最初はそんな感じだったのが気が付くとボンネットから屋根にもポツポツとフンが(こっちは集中的ではなかったけど、結構大量に)マーキングなのか不明だけど投下されていた。
さらにドアウィンドウを見ると、そこで羽ばたいたのかガラスの表面をハネで叩いたかのように汚れ、こまかい羽毛が付いていた。
なんだこのヒッチコックもビックリ状態は?

朝方とかコッソリとカーテン越しに庭を観察していると小鳥が車にとまり……、そのタイミングで庭に飛び出し空き缶をガンガンガンッと打ち鳴らして鳥を追い払ったりする事も試してみた。
事情を知らない近所の人々は「あぁついに杉村さんち息子さんは……」と思ってしまったに違いないのだ。会社にも行く気配もなく、昼間からブラブラして、昼過ぎになんかテンション高く独り言を言っているだけならまだしも、今回は庭に出て空き缶を叩いて騒ぎ始めましたよ、と。
そんな状態を経ても、気が付くと車は鳥フンだらけになっている。

う〜ぬと思いながら、出かける時にタオルでそれを拭き取るしか対策が無かったのだ。で、そのタオルをそのまま車の後部座席に放り込んでいたので、気が付いた時は車内が鳥フン臭で充満していたのだ。
まったくもー!
そんなこんなで、庭にカカシとか鳥よけグッズでも設置しようか、車の表面に鳥の嫌う臭いを付けるとか対策はないかなあと思いながら、新年を迎えた。
で、今に至っているのですが、実は凄く変な現象が起こっている。

大晦日に買い物に出かけた時も、フンだらけで屋根などのフンを拭き取り切れなかったので「買い物客でごった返すスーパーにこんな車で行くのいやだなあ」と思いつつ出かけた。
が、ですよ。正月に初詣に出かける際、車を見ると珍しく鳥が来た形跡が無いのだ。
大晦日に買い物から帰ってきてから「とりあえず無駄になっちゃうけど、正月に向けてキレイにしなくちゃ」とフンを拭った。
別段、ワックスを掛けたとか、特別に車用シャンプーで洗車したとかではなく、いつものように水を掛けてタオルで拭くという状態で、キレイにした。
元旦、車は大晦日に拭いたままだったのだ。
そんなこんなでちょっと初詣に出かける時は気分良く「今年は良いことあるかもね」などと思っていたのだ。

そしてそれから10日が立ちますが、昨年大晦日まで毎日大量にフンをしていた鳥が、今年になってから何故か1度も来ていない。
別段、気候の変動があったとか、鳥がいなくなったのは大地震の前兆とかではなく(鳥のさえずりはいつも通り聞こえます)、なんだか解らないけど元日をキッカケにピタリと鳥フン攻撃が止んでしまったのだ。
なぜ正月からピタリと止まってしまったのか。それが不明のまま「事実をそのまま記すると、オチが何もないシュールな話で終わってしまう」という昨日の話のまんまなのだ。
フン公害が終わったのは喜ばしい話ですが、それが正月キッカケというのが腑に落ちないのでやんす。

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2010年1月 9日 (土)

実話席巻

♪話ッ話ッ話ッ、話が密、実話席巻♪
まことに密度の濃い実話が集まり、激しい勢いで真実として広がっているみたいです。

先日、ロケの時に小沼みのりんと「ラジオで実際にあった事をリアルに話しても、シュール過ぎて信用されにくい話」があるという話題になった。
小沼さんが以前、駐車場で自分の車の直ぐ横に、新聞紙にくるまった何か異様な物体を見つけた事がある。大きさというと赤ちゃんぐらいの大きさで、しかも新聞紙に血らしき物がじんわり滲んでいたという。
で、その話のオチは「大きいマグロだった」という物なんだけど、実際に経験した衝撃度とそのオチの中途半端なクエスチョンマークだけの終わり方。いかに面白く伝えるかという事を話した。
そういう意味で、自分も去年の11月にコンビニでとんでもない事件に遭遇したが、それをどう伝えたらいいのか解らなくて保留にしていた物がある。


2010010901先日コンビニに寄った時の話。
毎週買っている雑誌を手に取り、他の雑誌をパラパラとチェックをしていた。
その時、直ぐ横に20代半ば過ぎという感じの黒ジャンバー短髪、ちょっと怖目系男性が来てバイクか車関係の雑誌を手に取っていたのだが、その連れと思われる色の薄い茶髪、アゲ嬢系女性に「おいこのポスターいいなあ」と話しかけた。
雑誌コーナーに背を向けた場所に化粧品が並んでいるので、おそらくそれ辺りを見ていたのだと思うが、その女性は興味が無いらしく「くっだらない」と言い捨てた。
男はさらに「でもこれ欲しいなぁ」と独り言のように呟いた時、衝撃的な事を聞いてしまったのだ。
「じゃ破っちゃえばいいじゃん」とその女性が言い放ったのだ。
その近くで雑誌をパラパラと見ていた自分はその衝撃的な言葉を聞いた時、聞き間違えたかと思った。マジっすか? それはあり得ないだろ、でもまさかね。

2010010902と思った瞬間、男性の「だな」の一言と同時にビリッと破る音が……。
ママママママ、マジっすか?
これは何とかしなくてはイケナイ。自分は店員ではないが、これは何とかしなくては!
ビリリリリリ……と音が続く。すぐ横でそんな音がしているのだが、そんな事を当たり前のようにするこのバカップル(死語?)に文句を言うどころか、目を合わせるという事だけでもかなりの恐怖感を覚えてしまうのだ。
しかししかし、真っ当な社会人としてここはダメな事はダメと言わなくてはいけない。何かちゃんと忠告をしなくてはいけないのだ。いかんいかんいかんいかん。

2010010903しかしそんな事でヘタに注意したら、いや、ただ目を合わせただけで「オッサン何見てンだよ、ぶっ殺すぞ、ゴォラァァァァァ」とか言われ、次の瞬間何のリアクションをする間もなく脇腹にバタフライナイフを突き刺されて、翌日の朝刊に「テレビでタレント活動をしているシリスギ仙人こと杉村喜光さんが昨日…」とか書かれてしまうかも知れないのだ。自分はタレント活動をしているつもりじゃなくて、ライターとして活動しているつもりなのに、現時点での代表的仕事がそれになっちゃうのはしょうがないけど、もっと代表作と言える仕事をする前にそんな事になってしまうなんて……。
とか、マイナス要素の妄想を考えてしまった。(ここまで約0.5秒)
と、その瞬間「お客さん、困ります!」と男性の太い声が店内に響き渡り、ハッと我に返った。
「ンだよ、ケチくせえな」とその横にいた男はその雑誌を棚に戻し「帰ッぞ」と言い捨て出口に足早に向かった。女性も「ンたく!」と小さく言い捨ててその後に続く。
しかし半分までページを破られたワケでもうその雑誌は売り物にはならない。万引きされたのと同じような状態という事で、店員は「待てよ!」とその男性を追いかけていく。(雑誌は返品利くけれど…)

2010010904駐車場でどんな事になっているのか、野次馬根性で知りたいとは思うのだが、いきなりの展開にただその場に立ちつくしているだけの状態で固まってしまった。
その直後、コンビニの駐車場から荒々しく飛び出していく車のエンジン音が聞こえ、店員が「ちきしょう」と言いながら戻ってきた。そして先ほどの半分ほどポスター(正しくはピンナップ)を破られた雑誌をレジに持っていった。
しかし、雑誌の欲しいページをメモするとか、デジカメで撮影するとか、そういう話をここ数年聞いたことがあるけれど、まさか破って持って帰ろうとする人がいるとは思わなかった。
しかも個人の犯行ではなく、二人ともそういう行為が当たり前だと考えての犯行って凄すぎる。モラルの低下とかそんな簡単な話じゃないよなぁ。

2010010905これは実際にあった話だが、他人からそんな話を聞かされても「まさかぁ」と疑ってしまうような実話が世の中には実在しているのだ。
これをどう表現しようとも「作ったでしょ?」と疑われ、「あ〜ぁついに杉村もウケ狙いで物語を捏造し始めたか、まったくしょうがねえな」とネットで叩かれるようになり、次第に過去に書いたブログの文章も検証されはじめ「今年の正月に三島大社行ったってのも嘘じゃね?」と実際に行ったか不明の行動はすべて疑問視され…`(ここまで約0.1秒)
でも、事実なんだもん、これといったオチが無くてもしょうがないじゃないか!!!!!
と言い訳をしつつ「でも、文章をいかに面白く書いて、事実をいかに面白く伝えるか」ってのは才能が必要だし、努力しなくちゃいけないと思うのだ。

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2010年1月 8日 (金)

私の名前は

以前はとりあえず「杉村」という苗字だけを晒して、下の名前は出さないでサイトを運営していた。


というか自分の場合、パソコン通信を1992年からやっていたのですが、その最初に登録した名前が間に立ってくれた友人が勝手に登録した名前だったのですが、それがあんまり好きじゃなくて「ハンドル名」という物より、杉村でいたいとずっと思っていた。
だから、インターネットに移行した1998年からずっと「杉村」で通して来た。
と言いつつ、現在ネットでの通り名は「知泉」ですけどね。こっちは屋号って事で。
で、数年前に初めての単行本を出した時に「名前はどうしますか?」と聞かれ「本名でいいっす」という事で『杉村喜光』という名前を世間に晒してしまったのです。
ま、それが当時務めていた会社に本を出したという事が知られて、面倒くさい事もあったのですが。

で、この「喜光」という名前、有名な漢字博士の方とか、往年のフォークグループ「とんぼちゃん」のボーカルの方とか、時々見かける名前なので極端に珍しい名前でもないのですが、実生活の中で同じ名前の方と遭遇した事がないので、ある意味個別認識名としては良い名前と思っている。
しかしです。
漢字表記では何故か「善光」と間違えられる事が異常に多い。

高校に入った時に、学校側が新入生全員に準備してくれたゴム製のハンコが「杉村善光」だった。その時点ですでに小学校の頃から何度も書類で書き間違えられているので「またかよ」と思い、作り直して貰った。
それからも色々あって、社会人になった時に与えられた「社員証」「ハンコ」「書類」それがすべて「杉村善光」だった事もあり、それも少しづつ直して貰った。
そのほか、家に届くダイレクトメールもやたらと「善光」表記。
3年前まで務めていた会社でも、発注伝票とかを各自入力するマシーンでも「杉村善光」だった。20年近く勤務していた会社でもそんな感じ。

確かにワープロで入力する時「よし」と打って出てくる変換候補で「善」は比較的似ている漢字なので選択されやすい。そして本来の「喜」は「よし」の変換候補の中には入っていないのです。いわゆる名前読みの時だけ許される読み方なので、ワープロで打つ場合は「よろこぶ:喜ぶ」と入力変換して「ぶ」を削除して「光」と打たなければいけないのだ。面倒臭いなあ。
そんなこんなで、やたらと「善光」表記を目にするワケですが、年賀状でも多いっす。もう30年来の友人からの年賀状にそれがあって、ちょっと正月早々ヘナヘナな気分になったりもする。

もうライターとしての名前は「杉村善光」にしちゃおうかな、そうすればどっちにしても間違いじゃないので。
ちなみにネットにあった姓名判断で
「杉村喜光」は『誠実度=68点 勇気度=61点 愛情度=82点 繊細度=73点』で、人なつこく笑顔が絶えず頼まれるとイヤと言えず誠心誠意を相手に尽くすお人好しです。人一倍勤勉の努力家で頭もよく周囲の期待を裏切らず親の信頼は最大です。
「杉村善光」はと見ると、実は「喜」も「善」も画数が12なので判断は同じ。
う〜むと考え込むのであった。

でも、年賀状の中にあった「杉村義光」はもう完全に違う名前っす。

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2010年1月 7日 (木)

いつもブログ楽しく拝見しています。

そんなタイトルのメールが来る。


とりあえず、自分の名前を出して公の仕事をしているので、いわゆる「ファンレター」みたいなものが送られている事もある。なんかその手のメールはこそばゆいけれど。
メルマガを発行していた時から、その手のメールは時々あって「知泉に刺激を受けて、雑学のサイトを始めました」みたいなものを貰った事も何度かある。
という事で、その「いつもブログ楽しく拝見しています。」というタイトルのメールが送られてきて、それを見ると、こんな文面が……

>どうも。
>いつもブログ楽しませていただいています。
>実は私も影響を受けて
>http://XXXXXXX/XXXXX_XXXXX/
>自分のサイトを立ち上げたんですよ。
>あなたの影響を直に受けているのが丸わかりだと思います。
>一応、報告しておきます。
>では、これからも
>更新頑張ってください。
>楽しみにしていますので。

とりあえずこんな文面なので、別段表面的には何の問題もない。が、すぐにこれは新手のスパムなのだなという事が判明してしまうのだ。
なんせ、まったく同じ内容のメールが自分の持っている複数のアドレスに同時に、しかも1日に何度も送られて来るからで、さらに毎日毎日それが続く。
どう考えたってスパムでしょって感じ。
もうちょっと頭使えとか思ってしまう。

1回文面を作って、それを機械で自動的に毎日送っているのかな? そのシステムはよく解らないけど、そんなのに引っかかる人間ってどのぐらいいるんだろ?
「この間は楽しかったね」「思い切ってHP作っちゃった」「あなただけに秘密なのよ」みたいな内容のメールが1ヶ月近くにわたって毎日何通も送られてくる。どこをどう騙されればいいんだろう。



2010年1月7日の日常的な富士山
20100107huji

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2010年1月 6日 (水)

新春第一弾ロケ

今年最初の「ラブいぜ!しずおか」のロケに行ってきました。


2010010601今日は日差しもあって少し暖かったので楽勝だぜ!やっぱこのラブいぜ!のロケは天気に恵まれている事が多いなぁと思っていたんですが、行き先がこれまででもっとも西の三ヶ日。
いわゆる遠州の空っ風といわれる土地柄なのか、日差しがあっても寒い。たしか、以前「らぶらじ」の『ぶらり東海道の旅』という企画で、静岡県最西端の駅「新所原」に辿り着いた時に、顔の表情も死んでしまうほどの寒波の中(2月だったし、もう日も暮れていたし)もう泣きそうな状態で帰ってきた想い出がある。
やはり三ヶ日も寒いのだ。
まだオンエアは1週間ほど先なので内容は言えませんが、静岡県民なら「三ヶ日と言えばアレか」という感じの内容です。でも「へぇ」は結構詰め込んできました。

去年の5月から放送開始した「ラブいぜ」のコーナー、今回の三ヶ日ロケで28回目の放送です。
それまでは机上のお勉強のみで実際に現場へ行った事がなかったような場所に出かけるというのは、本当に刺激になります。その場の空気に触れることで、なんとなくだった知識がシャッキリと見えて来たり、現場の方々の声で「へぇ」という部分も多く、ものすごく勉強になります。
それもあって、調べモノをする時も、表面だけじゃなくもうちょっと深い部分まで掘り下げていくコツも見えてきた感じです。
で、これまでの28回分がこんな感じです。

01:2009年04月29日ロケ→05月08日放送:サクラエビ(由比漁港)
02:2009年05月07日ロケ→05月15日放送:反射炉(伊豆の国市韮山)
03:2009年05月14日ロケ→05月22日放送:幕の内弁当(静岡駅)
04:2009年05月21日ロケ→05月29日放送:花菖蒲(加茂花菖蒲園)
05:2009年05月28日ロケ→06月05日放送:ロープウェイ・堀江県(浜松市舘山寺)
06:2009年06月04日ロケ→06月12日放送:アジサイ(牧之原市:大鐘家)
07:2009年06月11日ロケ→06月19日放送:温室メロン(袋井市)
08:2009年06月18日ロケ→06月26日放送:シラス(用宗漁港)
09:2009年06月24日ロケ→07月03日放送:富士山(富士山)
10:2009年07月02日ロケ→07月10日放送:花火・浴衣(静岡市)
11:2009年07月09日ロケ→07月17日放送:深海鮫(駿河湾・焼津港)
12:2009年07月16日ロケ→07月24日放送:柿田川湧水(駿東郡清水町)
13:2009年07月23日ロケ→07月31日放送:かぐや姫伝説(富士市)
14:2009年07月30日ロケ→08月07日放送:わさび(静岡県葵区有東木)
15:2009年08月06日ロケ→08月14日放送:蓬莱橋(大井川・島田市)
16:2009年09月11日  →09月11日放送:地名の雑学1(スタジオ生)
17:2009年09月10日ロケ→09月25日放送:缶詰(清水区;はごろもフーズ)
18:2009年10月02日  →10月02日放送:地名の雑学2(スタジオ生)
19:2009年10月01日ロケ→10月09日放送:登呂遺跡(静岡市)
20:2009年10月07日ロケ→10月16日放送:とろろ(駿河区丸子:丁字屋)
21:2009年10月28日ロケ→11月06日放送:バラ(島田バラ園)
22:2009年11月04日ロケ→11月13日放送:ギョウザ(浜松市)
23:2009年11月11日ロケ→11月20日放送:プラモデル(焼津市:ハセガワ模型)
24:2009年11月18日ロケ→12月04日放送:相良油田(牧之原市)
25:2009年12月02日ロケ→12月11日放送:米の消費額(静岡市内)
26:2009年12月09日ロケ→12月25日放送:神社・初詣(静岡市:浅間神社)
27:2009年12月23日ロケ→2010年01月08日放送:三島暦(三島市:三島大社)
28:2010年01月06日ロケ→01月15日放送:まだ内緒(三ヶ日)

基本的に、小沼みのりんが夕方6時台のニュースを読むために3時半ぐらいまでに帰局しなくてはいけないので、ロケの時間を考えると伊豆下田まで足を伸ばすことが出来ないというのが難点ですが、東名高速道路を使って今回の三ヶ日や、まだ行っていない御殿場辺りまで行動出来ます。
静岡はやはり広いす。
今回ロケが終わった後、みのりんと今後の予定などを打ち合わせたのですが、まだまだ面白いテーマが沢山ありので、今年もガンガン面白い静岡県雑学をお届けできると思います。
ただ問題なのはネタ切れの方ではなく、番組コーナーというのは水物なので評判が良くても諸事情で終了してしまう可能性もあるという事。そうならないように、もっともっと面白い物を追求していきます。
そして、視聴者の方々の「あのコーナー面白いっす」というお便りもかなり重要かもしれません。

まだまだ「ラブいぜ!しずおか」は突っ走っていきます!



2010年1月6日の日常的な富士山
20100106fuji

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2010年1月 5日 (火)

店にある本と、購入後の本

コンビニの書籍売り上げが、一般書店の売り上げを抜いてどのぐらい経つだろうか。


もう10年近く前にそんな感じの事を書いた記憶があるんだけど、そりゃ当たり前の話でコンビニの少ない書棚の中には「絶対に売れ線」という本や雑誌しか置かれていない。
売上げが下がった本は置かなくなってしまう。
つまり全出版物の売上げ上位部分しか扱っていないので、異常なほど効率は高いのだ。そしてコンビニは24時間営業なので、多くの勤め人も朝早い時間、夜遅い時間にフラリと訪れ、パンやおにぎりのついでにその「今話題の」的な物を買って帰っていく。

実際自分も勤め人だった時は、朝の通勤時に雑誌だけじゃなくその日に発売されたばかりの売れ筋マンガ単行本とかを購入していた。
そして自分が求めていた単行本が無いとしても「コンビニだから無くてもしょうがない」という気持ちがあった。
ところが書店はそうもいかない、売れている本だけでなく微妙に売れている本や、おそらく売れないかもしれないという本も、その店のキャパぎりぎりまで仕入れなくてはいけない。
「え、無いの? つかえねえなこの店」
になっても困っちゃうのだ。だからあんまり売れない本でも本棚を占有させなくてはいけない。
そしてコンビニは売れ筋本の最新刊が置いてあればすむ話だけど、書店は過去の巻も常備してないと
「え、無いの? つかえねえなこの店」
になってしまう。そんな勝負だから、日本で一番売れている書籍チェーンはセブンイレブンであるなんて話になってしまうのだ。

でも書店としては死活問題だけど、出版社としてみたら「売れてくれるのなら、町の小さな書店だろうが、コンビニだろうが、ネット書店だろうが構わないのだ!」(ブックオフなど除く)
その勢いで、いわゆる廉価版のコミックなどはコンビニ主力商品として開発され、過去作品でもう一回商売というビジネス展開されている(書店でも売っている事もありますが、基本はコンビニ)。
出版文化的には「あんまり歓迎しない」けれど、読者的には「入手困難になりつつあった作品、読み逃していた作品をまとめて読めるチャンス」なので、ついつい購入してしまう。
最近だと石森章太郎「サイボーグ009」の企画で複数の出版社が過去作品のすべてをシリーズで発行するというモノがあって、それを読んでいる。
でも扱いとしては「単行本」ではなく「一過性の雑誌」という感じなのか、何故か何巻という数字が書いてなかったり、すごく小さくて見つけにくかったりする事がある。なんか不親切なのだ。

2010010501という中、これはあきらかに購入した人の事を何も考えていないよなぁというモノに遭遇した。
80年代のちょい不良少女マンガのバイブル、紡木たく『瞬きもせず』なのですが、上下2巻の同時発売だったのですが、それがコンビニの単行本ラックに収まっているのを見て衝撃を受けてしまった。
なんとその分厚い2巻の背表紙には作者名やタイトルよりでかく『上巻&下巻でまるごと読める』と書かれているのだ。
これ店で見た時は目立っていいかもしれないけど、購入後自宅の本棚にあったら凄く嫌だなぁ。
集英社、もう「売っちゃえばこっちのもの」って感じなんですかね。


2010年1月4日の日常的な富士山
20100105huji 静岡県民は北という方角を富士山の見える方と認識しているので、曇りの日以外あまり道に迷って立ち往生という事は少ない。 そのため、自分は高校卒業後、東京で暮らし始めた時に思いっきり迷子になってしまい、夕方の世田谷で地図を購入した事がある。

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2010年1月 4日 (月)

地味に生きている

本日4日は世間的な仕事始め!という事で、全ての状態を平日に切り替えていかなくてはいけないのだ。


自分の場合、20年以上ずっとサラリーマン生活を続けてきたので「時間でカッチリ動く」という事が染みついてしまっている。だから、フリーランスでいくらでも朝寝が出来る現状でも毎朝ちゃんと同じ時間に起きている。
しかも、毎朝6時ジャスト。ぼーっと目を覚まして自室にあるコーヒーメーカーに豆をセットして、機械で挽きコーヒーを入れる。
それをチビチビ飲みながら、今日の予定を確認してメモしたり、資料を準備したり、その内、家族も起きてくるので朝食を摂る。
そんでもって、サラリーマン時代には7時ジャストに家を出ていたので、7時になると自室へ上がっていって作業を開始する。
と言っても、かつては通勤時間が自動車で1時間以上掛かり、会社に着くのが8時半、そして9時の始業時間まで準備をしたり、ダラダラしていたので、仕事開始までの2時間は実際にはナニもしなくていい時間なのだ(サラリーマン時間では)。
という事で、今でも仕事開始を9時と考えて、それまでの2時間、別の作業をする。

いつか何かの資料になる可能性がある作業で、サイトにある著名人の誕生データの構築とか、自分が持っているレコードのインデックス作成(歌手名、作詞作曲編曲者、発売時などのデータベース)などなど。それらのデータ作成をしている最中に今まで気が付いていなかったモノを発見する事もあるので、何かと重要な作業なのだ。
で、9時になると本職の作業をスタートする。とにかくカツカツと昼まで作業を続ける。午前中は一番集中できるので12時までダーッと3時間が原稿書きタイムとなる。

12時になると、1階へ降りていって「笑っていいとも」などをぼーっと見ながら昼食。食事は基本的に自炊をしている。別に小賢しい「●●●風のなんとか」みたいなモノは作らず、単純に冷蔵庫にあるモノでチャチャっと作った、単純なモノを食べる。
ごま油と豆板醤と塩胡椒醤油と、適当な野菜があればそれで良し。
基本的に美食ではなく、日常的に飽きずに食べられる物ならなんでもいいのだ。
で、1時までぼーっといいともを見て、その後は自室へ戻る。

そこで、ちょうどラジオ「らぶらじ」が始まるのでラジオのスイッチを入れて放送を聞きながらの作業となる。基本的に音声を聞きながらなので、原稿を集中して書くことは出来ず、資料となる書籍のインデックスなどを作る作業を始める事が多い。
雑学という雑多なモノを扱っているので、自室にある多くの本が資料なので、ナンバリングをしてそれらの書籍の要点やこんなネタがあったという事をデータベースソフトにメモ入力する。突然「○○についての雑学を」と要求されても答えられるように、そして1つのテーマでもより多くの資料に当たるべきだと思うので、なにかと自作のデータベースが重要になるのだ。
他にはイラストなんかを書く時もこの時間帯が多い。
そして1時半過ぎに、本日読む原稿を一通り声を出して読み直して見る。文字原稿としゃべる原稿は基本的に違うので、それらの部分の最終チェックをして、番組では使わないけどイザという時の補完ネタを赤字でメモしていく。
そして2時に電話でラジオ出演。

その後は、そのまま作業をする時もあるけれど、週に2回ほど図書館に出かけて調べモノ。
とりあえず近場にある大きな図書館は三島図書館なのですが、それ以外に函南町や清水町や韮山町などの図書館などにも出かけてみる。
そして夕方は6時前には帰宅して、小沼さんの出ている夕方のニュース「イブニングeye」などを見ながら、資料を整理していく。
そして、夕食。

夕食後、なるべく毎日ウォーキングをする事にしている。この季節はかなり厳しいワケですが、無理でも体を動かさないとイカンという事で、iPodを聞きながら黙々と1回40分前後歩き廻る。
そして帰宅後、だいたい9時ぐらいまで家族と一家団欒でテレビなんか観たあと、9時に自室に戻り、テレビを観たり、本を読んだりという自由時間になる。と言いつつ、最近はこの時間から原稿書きを再開して風呂時間を経由して寝る1時過ぎまでカシャカシャやっている事が多い。
本当にサラリーマン以上にサラリーマン的でつまらない毎日なのだ。

ラジオの放送はすでに3年目が終わろうとしているのですが、翌週放送分の原稿は「金曜日の夜までで良いですよ、原稿チェックは土曜日なので」と言われているが、自分で「金曜日の午前中まで完成して送る」と決めていて、それを現時点まで守り続け1度も遅れた事がない(ちょっと自慢)。
なんつーか、フリーで仕事をするっていうのは「自由」ではなく、自己管理だと思うワケですよ。(サラリーマン時代は自己管理なんて出来ないほど追いつめられて、でも体調崩すと社会人は自己管理が……とか説教された)
まあ、無頼漢で破天荒な所がある方が面白いと思っている人もいるかも知れませんが、これが私の生きる道なのでやんす。

そんなこんなで今年もガシガシ、地味に行きます。



2010年1月4日の日常的な富士山

20100104huji_2
去年ぐらいからなぜか「年が明けたらうどんを食べるという風習があります!」なんて事を言いだしている店などを見かけるようになった。
なんか、恵方巻きと同じような「売らんかな精神」を凄く感じて嫌な気分になる。
そうなるとへそ曲がりの自分は逆にこの時期はうどんを食べなくなる。食べないぞ!と心に誓うと逆にうどんの事が頭から離れなくなってしまい、うどんが食べたくなる。
しかしうどんを食べないと決めた以上……。
そんな風に苦行のような一年が始まっていく。

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2010年1月 3日 (日)

コーヒーを飲んでいる

私はとにかく毎日コーヒーを飲んでいる。


2010010303基本的に自宅で延々と作業をしているので、その間はコーヒーメーカーで作ったコーヒーをガバガバ飲んでいるのだ。
コーヒー豆を挽いて飲む場合と、すでに挽いてある豆を使って飲む場合と基本的に2種類。それは気分で変えていて、深い理由はない。
ご贈答用品でインスタントコーヒーも沢山あるんだけど、なんか手が出ないまま賞味期限切れになりつつある。今はインスタントも美味しいと思うけど、なんか手が出ない。
で、今朝もぼーっと起きてフィルターをセットして水を入れてスイッチオン。コーヒーが入るまでの時間、トイレに行って、顔洗って、歯を磨いて…、という一連の儀式をした所でパソコンのスイッチを入れる。
それぐらいのタイミングでコーヒーメーカーがピピピッとできあがりサインを出してくる。
そしてコーヒーを空きっ腹に流し込んで、目覚め完了となる。

2010010301が、本日はちょっと違っていた。
コップに注ぎ入れたコーヒーが異常に薄いのだ。紅茶より薄い。
ハッとしてコーヒーメーカーのフタを開けるとそこには、湯気をたてた茹コーヒー豆が入っていたのだ。
つまり本日は豆からコーヒーを飲もうとして、豆をセットしておきながら、スイッチはすでに挽いた豆で熱湯を注ぐだけの設定になっていたのだ。
なんか、朝一発目からこういうドジを踏むと一日が引きずられてしまう。
という事で、毎日コーヒーをガバガバ飲んでいるワケですが、そうなると溜まってしまうモノがある。いや、普通の家庭では溜まらないものなんですが、貯めてしまったので溜まったものがある。

2010010302それが使用済みのコーヒー豆殻なのだ。いわゆる絞り汁の出し殻。
それを1年近く前にふと「これって何かに使えないかな?」と思い立ち、とりあえず使っていない灰皿にフィルターに溜まったコーヒー殻を入れ、日当たりの良い場所において1日乾燥させる。それをただ「何かに使えるかもしれない」という漠然とした思いでストックし続けた。
おそらく園芸関係に使えそうな気がするんだけど、もっと何か意外な展開はないかなと思いながら、今日もただコーヒー殻を溜め続けている。
何か使い道ありますかね?



2010年1月3日の日常的な富士山
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2010年1月 2日 (土)

日常的な正月

元日は毎年恒例の三島大社への参拝、そしてダラダラしていた。


正月恒例の「爆笑ヒットパレード」なんかをグダーッと見て過ごす。第43回って事は1968年からやっているんだなあ。
確かに自分も記憶の中にある正月では必ず放送していたって感じ。今みたいに8時間ぶっ通しみたいな番組では無かったけれど、子供の時はそれが楽しみだった。
と言うのも、当時のテレビは今みたいにお笑い芸人が日常的にガンガン出てくるような番組はそんなになかったので、まとめて漫才や漫談を見ることが出来る正月ならではの番組という事で凄く楽しみだったのだ。
「正月番組ってつまらない」という意見をネットで見かけるけれど、逆に通常番組が全部正月番組になっちゃったってだけなのだ。刺激のインフレ状態。

そんなこんなで、今日は2日目なのですが、自室で朝からカシャカシャとキーボードを打っている。
雑誌の仕事だったら年末進行と言って、印刷所などの都合で〆切が前倒しになって年末まで(と言ってもクリスマス頃までかな)地獄のような詰め込み作業が行われるのでしょうが、私の場合、現在の仕事はラジオとテレビがメインなので印刷所は関係なく、年末もギリギリまで普通に放送があって(大晦日はサッカー中継でコーナーは無かったですが)、新年も最初の月曜日である4日から通常の放送が行われる。
そのため、大晦日にラジオのディレクターに原稿を送り、今日2日にその原稿のOKを貰い、ラジオで喋るために原稿を手直しをする。
あぁもう正月2日目にして通常業務スタートです。
20100102
でも、マジに有り難いっす。
一緒に仕事をさせて頂いているSBSアナの小沼さんからも「らぶらじ、イブeye、共に杉村さんの力が必要です」なんて、お年玉だとしてもありがたいお言葉が書かれた年賀状を頂き、もう「今年もわたしめはアナタの忠実なるしもべとして頑張ります」と、ドM心が燃えてしまうのです。
ラジオの方も、1月後半に公開放送が決定しているので、それに向けた「公開放送向けの雑学」というのも準備し始めている。通常とはやっぱりチョイ違う心構えが必要なのだ。

そして決定事項として、1月末頃に、ケータイ・iPhoneのアプリが出ます。
最初企画していた物とちょっと違う方向に進んでしまったのですが、仮タイトルとして『知泉の雑学クイズ』というクイズアプリです。
しかも、一気に4種類がリリースされ、それと同時にアプリの定番「無料サンプル版」もリリースされますので、去年の後半は同時に5本分を作っていました。
iPhoneでリリースされている他のクイズデータを一通りチェックしたのですが、それらは一応に「雑学」という冠を付けていながら、質問→答えで終わっているモノが多い。
それは雑学ではなく、ただのクイズだよなぁ。しかも教科書に載っているようなモノだったり、英単語の意味を答えるモノだったり、花の写真から種類を答えるモノだったり「それは雑学とはいわないよなあ」と思ってしまった事から、企画したアプリです。

クイズだけでなく、回答後に雑学文が毎回表示され、クイズ問題部分だけでなく、その問題に付随した雑学的な物を読めるという内容になっています。原稿用紙でいくと、1アプリで原稿用紙200〜300枚って感じです。
同時リリース4本の内、2本がノーマル問題、そして1本が「食」に関するクイズ、そしてもう1本が「昭和歌謡」に関するクイズとなっています。
「昭和歌謡クイズ」はとにかく自分の好きなジャンルなので、企画としてごり押しで作った感じです。
しかし難易度を自分の興味レベルでやってしまうとワケ解らないモノになってしまうので、いかに一般的に興味のあるレベルにまで下げるか? というのが難しかったっす。
たとえば、いきなり
「Cガールと言えば浅香唯の曲ですが、1968年に渡辺プロからデビューした『東芝の秘密兵器、C!C!C!ガール』とは誰のこと?」
なんて問題を出されても、ほとんどの人が着いて来られないだろうし、答えが「梢みわ」だと発表しても「誰?」という感じになっちゃうので却下っすよね。
えっと、梢みわは黛ジュンのフォロワーとして当時一部で話題になって、楽曲は当時ブームが来ていたロシア民謡風味でバックでバラライカがベロロ〜ンと使われていたんだよねえ、とか説明されても……
だから、大量に作った問題の中から比較的理解しやすい問題をチョイスしているので、かなり未使用の問題がある。
もし、これが評判良くて「もっと難易度を上げたデータが欲しい」というリクエストが殺到したら、没データの復活もあり得る……、ワケないか。

そして、さらに現在準備中の仕事はその昭和歌謡曲に関したイベントで、SBS静岡放送で絶賛放送中の昭和歌謡をテーマにした番組の公開放送への出演。
超有名作曲家さんと、昭和歌謡と言えば!という事で有名なあの若手タレントさんが出演している番組のイベントで、これまで原稿を書いていたけれど、ついに共演なのだ。

他にも色々と準備状態ですが、とにかく今年はラジオ・テレビのレギュラーも含め、ガシガシ行きます!
ただ、ライターとして文章がそのまま出る仕事が無いのがちょい淋しいっす。まだ余裕あります、出版社のみなさま是非!



2010年1月2日の富士山:熱函道路より
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2010年1月 1日 (金)

謹賀新年

昨年中は色々とお世話になったり、ならなかったりでしたが、今年もヨロシクお願いいたします。
あんまり真面目に更新していないので、友人に逢うたびに「まだ更新はしないのか!」とせっつかれ、さらに公開放送で逢ったリスナーさんにも「最近更新しないですね」などと言われたり、反省しきりです。

そんなワケで、おそらく今年もダラダラと行きます。よろしくお願いします。

20100101_2


昨年は、ラジオ番組「らぶらじ」の蘊蓄コーナーも3年目突入、500回目突破という感じで続いていたのですが、さらにテレビでのレギュラーという凄い仕事まで頂いてしまい「でも、自分はライター的な仕事を求めているハズなのに」と贅沢な悩みを抱えつつ、さらに公開放送を何度も経験してしまいました。
動員数が400〜500人とか、ちょっと参っちゃうね状態の公開放送もありまして、なんか自分の思い描いていた日々とは違う方向に来ています。
でも、与えられた仕事にはすべて感謝して、その場その場で持ちうるパワー全開でぶつかって行きます。



2010年1月1日の富士山:駿東郡より
20100101huji

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