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2009年12月27日 (日)

眠い眠い眠い眠い……

実は先日から諸事情あって病院で処方された薬を飲んでいる。


本文と写真は直接関係はありません。
200912271その薬の説明で「体に合わないと、胃が痛くなったり、眠くなったりするかもしれません」と言われていたのだが、今までどんな薬を飲んでも変な副作用も無かったので大丈夫、大丈夫、と高を括っていた。
しかしそれ以来、朝夕食後に飲むとその1時間後ぐらいにドッスンと意識が無くなるように眠ってしまうようになってしまった。
とある夕食後、普通に家族とコーヒーを飲みつつテレビを観て、ヌハハハハと笑っていたハズなのに、次の瞬間ガクッと意識が無くなるかのようにソファーに全身を預けて爆眠していたのだ。
ここの所、体調も良く、体重も順調に減って、イビキなどもかかなくなったハズなのですが、グゴーーーッと大きなイビキをいきなりかきはじめたので、家族も「これってもしかして脳卒中の症状?」とビックリしたらしい。
と、次の瞬間パッと目が覚めた。その時の感覚としては眠いという感覚が全然無く、意識が突然シャットダウンされたような不思議な感じ。
これは夕飯後だったんだけど、朝食後にも同じような現象が起こった。

朝食後、自室に戻ってその日の夕方までに送らなくてはいけない原稿をまとめていた。その直前まで眠いという意識はなく、アレとアレを元にしてコウしてコウすれば最終的に……、と頭はかなり回転して原稿の全体を把握してまとめに向かってキーボードを叩いていた。
と思っていた次の瞬間、自分の体が傾いて脇机に体を打ちつけ、その痛みでハッと目が覚めた。
え? 今、一瞬寝ていた? まばたきしたと同時に寝ていた? でも全然眠くないんすけど? ちょっとこれマズすぎないっすか?

あとそんな事を考えていたら、もうひとつの副作用の「胃が痛い」も襲ってきた。こっちは思い込みによる痛みの可能性もあるけど、かなり恐い。
とりあえず今現在、基本的な仕事は自宅で済ませる事が出来るので通勤は無いけど、もしこれが通勤している時だったら、運転中にいきなりドッスンと意識が無くなっちゃうようななかり危険な感じ。
以前は仕事で精神的に追い込まれていた時は、日常的にバファリンを常用というか、常食していたので、クスリの免疫が出来て利きが悪かったハズだけど、この2年ぐらいはなるべくクスリを飲まないようにしていたため、体がクスリに敏感になってしまったのかもしれない。

とりあえず、月曜日に病院に行くことになっているのでそこで話をしてみるつもり。
P.S.(28日月曜)
今、病院に行ってきた。「そんなに強く出ますか」という事で、2種類飲んでいた内の1つを飲まなくても良くなった。

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2009年12月23日 (水)

TVロケと公開放送というダブルブッキング

ここのところ、毎週水曜日はテレビのロケがある日で、基本的な流れとしては1時半頃までにロケが終了して、2時にラジオの生放送にケータイ電話で出演、あるいはもっと早く終わった場合は2時までにスタジオに帰りそこで生出演、となっている。


ところが今日は大変な事になってしまったのだ。テレビのロケと、ラジオの公開生放送がぶつかってしまった。別に誰も悪いワケでなく、ダブルブッキング状態になってしまった。
という事で、どちらかの仕事をパスするかを選ばなくてはいけない事となり「オイオイ、お前さんはいつからそんなに売れっ子になっちまったんだい?」という感じだった。
最初は、公開放送はやはり直接行かなくてはいけないので(ファンの方が楽しみにしている、なんて言い方は随分偉そうになってしまいますが)、テレビのロケは小沼さん一人で現場へ出かけ撮影して、それを放送する日(本日撮影は来年放送分)にスタジオに出向き生出演してその雑学を語るという変則的なパターンを考えていた。
が、やっぱりそれも無理があるよねという事で、色々と頭をひねり「だったら、テレビのロケ現場を公開放送がある場所の近くにしちゃえばいいのだ!」と完全に自分の都合優先で企画を提出したのだ。

元TETSU100%の杉原徹さんとフリーキャスター長谷川玲子さん
200912231公開放送の場所は駿東郡にあるサントムーン内のリスパという事で、まずその周辺で「日本一」という物件をいくつかチョイスした。さらに、季節的に今撮影出来る物、なるべく短時間で撮影できる物、そして意外と知られていないネタという事で、ロケ現場をリスパから数キロという場所にある三島大社周辺に設定した。
さらに自分の都合優先でまず公開放送のあるリスパに自動車を停め、そこでロケ車に拾ってもらい三島大社に向かった。そうすればロケ終わりでリスパに送ってもらえば、そのまま公開放送に出た後、自分の車で帰る事が出来るのだ。おぉ我ながら完璧なスケジュール。こんな感じの用意周到なデートプランというのは実際には役に立たない事が多いのだが、これは完璧なのだ。
という事で、9時半にリスパで拾って貰い、その後三島大社へ出かけロケ。
ディレクターが作った台本を元に、さらに「ここはこう繋げた方がいいのでは?」などと、イッパシの口を利きながら(出演者というだけでなく、原稿も書いているので制作者側の仕事も要求されるワケで)撮影をサクサクと進めていく。

ミニスカサンタも見守る公開放送(今村直美さん&菅原智里さん)
200912232ロケは順調に終わり、12時半頃にリスパへと送り届けて貰った。
しかしここで問題が発生していた。
テレビのロケでは「シリスギ仙人」という被り物キャラに変身しているのですが、毎回ロケが終了すると髪の毛がボッサボサになってどうしょうもない人になっているのですが、まさにそんな感じ。
朝、家を出る時はちゃんと髪の毛をセットしてあったハズなのに、現在は完璧にペッターンとして、しかも悪い方向にクセ毛が跳ねまくっている。どう見てもステージに上がるような状態ではない。服装はクリスマスシーズンに合わせて赤と緑をメインにした派手な感じなのに。
毎週、水曜日にスタジオにお邪魔する時はロケ終わりなのでいつも髪の毛はボッサボサだったり、ペッタンだったりするので、恐らくスタッフの間では「杉村は常にそんな感じ」という認識になっているかもしれませんが、実際は違うんだよぉぉ!と思いつつ、トイレで必死にヘアワックスでふわっと感を出すがイマイチどころの話ではない。
完璧に「人前に出るの嫌だよぉ」状態。ま、そこまで他人ってのは自分の状態を気にしてはいないと思うけれど「杉村って人は髪の毛ボッサボサじゃん」と思われるのも嫌だなぁ

ハンドベルの実演もあり
2009122332時直前のCM中にステージに立ったのですが、色々な挨拶ややりとりがあって、直前までロケをしていた事を説明するチャンスがなく「ダメな人」という印象になってしまったのかもしれない。今回の公開放送ではその部分でかなり精神的なダメージを受けてしまった。
公開放送自体は大盛上がりで楽しく終わって、まずまずなのですが。
しかし、去年の夏以降、約1年間まったく公開放送が無かったのですが、8月終わりに1年以上ぶりの公開放送があってから、ほぼ1ヶ月毎、4回も公開放送があった。未だに自分の中で「自分は裏方っす」という意識があるし、自分は「ネットや印刷物のように練り込んで作る物が性に合っている」という意識がまだどこかにあるので、生でダイレクトにお客さんと触れあうのは凄くムズカシイと感じている。
あんまりリアクションが上手ではない。

でも今の時代、どんだけメディアに露出出来るかって部分が大きくなっているので、その部分を強化していかなくちゃいけない。その部分を来年は肝に銘じていくしかないのだ。

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2009年12月 7日 (月)

昔は良かったかい?

自分が高校生だった時に思っていた事。


当時、80年代直前でちょうどグループサウンド(GS)と呼ばれていた音楽が懐メロになり始めた時代だった。
その関係なのか、ラジオでも盛んにそれらの曲が流れるようになり、FM-NHKでは今では考えられないようなプログラムで、最初と最後に曲紹介をするだけで後は延々と毎晩2時間ひたすらリクエスト順位1位から500位(1000位までだっけ?)を数日かけて流し続けるという物をやっていた。
その時、必死に録音したものは長く愛聴テープになった。かなりマイナーでバンド名すら聞いたことないようなグループの曲も流れていたので、かなり勉強になった。
現在GSの研究書とも沢山出ているので、今の世代の方がすぐに「GS博士」みたいになれるんだけど、あの当時はブームから10年後で、そんな近過去の音楽についての資料はほとんど見向きもされず、ただのマニアック趣味で終わっていた。だからこそ必死に情報を雑誌や過去の本で調べていたのだ。

おそらくGSのメンバーから放送局に就職した人、あるいはファンだった人がちょうど番組を作るようになったというタイミングもあって、70年代末頃から放送局主体のGSリバイバルブームがジワジワと盛り上がりつつあったんだと思う。
自分はその時に流行っていたベストテン的な曲も大好きだったけど(ノートに順位をメモしていた)、同時に過去の音楽も凄く興味があって音源を集めていたので、その手の番組が嬉しかった。
が、その反面「ケッ」と思うような部分もあった。

リバイバルブームが起こると、実際に60年代末にGSをやっていた人々が再集結して歌うような番組が時々放送されるようになってきたのだ。そこにはジャケット写真でしか見たことが無かったような人々が、かなりガッカリするような容姿になりつつ、ニコニコしながらかつてのヒット曲を楽しそうに歌い、演奏をしていた。
それを中途半端にトンガっていた自分は「オッサン共が過去の栄光にすがって」という醒めた目でみていた。楽曲としては大好きだったけれど、なんか同窓会的に「あの頃はよかったな」と思っている人はなんか自分的に受け入れちゃいけないような気がしていた。
前しか見えていない18歳そこそこの若造だったからしょうがないのかも知れないけど。

それを見て、その時に自分は「自分は30代になっても、40代になっても、あんな風に『あの頃はよかったね』なんてニヤけた顔で集うオヤジになりたくない」と思った。
そんな青臭い思いを抱いて早幾年、感慨に耽るべき過去は山盛りになっていますが、オッサンになって思うのは10年前も20年前も自分の中では繋がっていて「過去」ではないという事なのかも知れない。意図的に「想い出の」という感じではなく、昨日好きだった物は今日も好きというニュアンスで30年前の曲も聴けてしまう。
う〜む、そういう事だったのか。

でも同世代とカラオケに行った時に、みんなで甲斐バンドとかチューリップとかツイストなんかで合唱してしまう時に「これでいいのか?」と思ってしまう部分はまだ持ち合わせている。
でも、過去はしょうがねえなと思う。それは本人にとって血であり骨である部分なんだもん。

問題なのは、その血となって骨になった部分が大事なせいなのか、現時点で流行っている物を否定的な意見で語るオッサンなのだ。
最近の音楽は個性がないとか、一過性の物だとか、オリジナリティがないとか、「否定するほどちゃんと聞き込んでいるのか?」と思ってしまうような事を言うのは、ちょっと勘弁。言いたくなる気は解るけどね。
でも、ハッキリ言って70年代の音楽、80年代の音楽に比べて今の音楽はクオリティ高いと思うよ。オリジナリティの部分で言ったら、過去の曲だって「あれって洋楽のアレを参考にしていたのか!」という発見が異常に多かったして、しょせん音楽というのは過去作品のインスパイヤ無しには成り立たない物だという事がよく解るのだ。

過去の曲が一過性じゃなかったなんて、どのクチが言うんだか、という気もする。一過性であるからこそ「ザ・ベストテン」という番組が存在出来ていたのであって、でも好きな人の心の中には残る物は残るというだけの話。(記憶に残っているのは名曲だけで、当時も今もどうしようもないB級Z級の曲は沢山あった)
一過性だったハズの90年代の小室メロディなんかも今聞き直すと、あの時代の記憶が鮮やかに蘇ってくるもん、これなんて一過性であるからこそ時代の記憶とともに永遠に残されていく音楽なんだよ。
そんな事をビートクルセダーズとかフジファブリックとか聞きながら思ったりするのだ。

最近の曲はダメ!というのは、ただ単に時代について行けなくなっただけだと思うよ。それが良い悪いは別として。

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2009年12月 3日 (木)

「学習」と「科学」廃刊

学研の「学習」と「科学」が廃刊との報。


この手の雑誌というのは小学生が存在している限り永遠に安泰だと思っていたんだけれど、先日の小学館「小学五年生」「小学六年生」に続いての廃刊。
自分の通っていた小学校では、発売日に地元本屋さんがやってきて、玄関脇に特設ブースを設け、そこで販売していた。毎月何日ってのが決まっていたんだけれど、ついつい母親に「明日発売される」というのを言い忘れて買えない事もあったんだけど、科学についていたキットがとにかく楽しかった。
ラジオ制作キットなんかはあんまり感度が良い物ではなかったけれど、自分で作ったという喜びでずっとそれでラジオ放送を聞いていた。
自宅にはもっと感度のよいラジオもあったんだけど、あの「自分で作った」というワクワク感が大切なんだろうなぁ。おそらくそのラジオ制作から本格的な道に進んだ人もいたんじゃないかと思ってしまうので、子供心にとってはただの出版というだけではなく重要な意味があったような気がする。

今から5年以上前、最初の単行本を出した頃、富士市にあるコミュニティFM局からメールで質問を受けた事がある(本当は出演して欲しいという話だったけれど、当時は表に自分が出るつもりは無かった)。
そこで「好奇心の入口」という事を書いた。
雑学というのはあくまでも、知識の上澄みをすくい取っただけの物で、本当に学問として研究している人々が苦労して導き出した結論の美味しい部分だけを掠め取るような知識。その雑学の下には膨大な資料があるけれど、判りやすい平易な文章で表現するために、凄く薄くて表面的な物になってしまっていると感じる。
たとえば万葉集にはこんな面白い事が書かれているとか、宇宙にはこんな変わった星が存在しているとか、小学生でも中学生でも面白がれるような部分をチョイスして紹介している。研究者が見たら薄すぎてチャンチャラおかしいと思うけど。
でも、それを読んだ小中学生がその方向を「面白い」と感じて、そのことに興味を持つキッカケになるかもしれない。雑学という物にはそういう意義もあるんじゃないか? という事を書いた。

学習雑誌というのは学校で教えてくれる授業とは違って、いかに面白く知識に興味を持つことが出来るかという事で必要な物だと思っていた。学校の授業では面白く感じなかった部分が、学習雑誌によって「面白い」と背中を押してくれるような物だと思っていた。
が、今は状況が違っているらしい。
学校の授業が「子供が興味を引くように」と面白い方向へシフトし、先生達も「どうしたら子供が楽しく勉強出来るか」を必死に模索しているらしい。教科書なんかもオールカラーで図版が沢山あって、取り上げる内容もマンガやアニメに関する事だったり、子供を飽きさせない工夫がされているという。
って、そこまで子供に媚びないとダメなのか。学校教育。
さらに、インターネット上には大量の学習素材サイトが転がっている。

その結果、市販の学習教材雑誌なんかの役割が無くなってしまったんじゃないかと思う。
なんか勉強という物の進むべき方向が間違っているような気もする。

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2009年12月 2日 (水)

放送事故を起こしてしまったのだ。

本日はテレビのロケの日。


2009120201とりあえず年末を迎え、テレビの「ラブいぜ!しずおか」は来年も続くことが決定なのですが、本日はちょっと今年の総集編的な意味も含めてのテーマを選んでのロケ。
ロケ現場は静岡市内なのでそんなに移動距離はないので、簡単に撮影が終わるかと思っていたのが、諸事情により悩みながらのロケとなった。
前日に小沼さんよりのメールで「明日のロケなんですけど」と相談があったので、急遽原稿を練り直して、さらに「明日のロケの時に、これとこれとこれ、小道具を準備して下さい」などと注文を出す。
毎回そうなんですが、よりよいコーナーを作っていくタメに直前までドタバタしている。

そして、本日は少し早めに局に到着し、ロケ時間まで小沼さんとロケ台本を煮詰める作業。
かなり綱渡りな部分もあるけれど、テレビで放送するという部分ではこっちもプロという責任をズッシリ感じていかなくてはいけない。放送された物に関しては責任を負わなくてはいけないので、とにかく詰めることが出来る部分は詰めて行かなくてはいかないのだ。
もちろん視聴者にはそんな努力は見せずに「おもしろ〜い」と思ってもらいたいワケですが。
そんなドタバタの中で本日のロケが始まった。

2009120202毎回、ロケの時には2時からのラジオ出演は「現場からの携帯電話」あるいは「直接スタジオ」という2パターンになっていて、事前に「今日は1時頃にロケが終わりますので、スタジオで」などと報告をしていく。
今日は2時前に撮影が終わる予定だったので「スタジオに行けると思います」と言っていたのですが、結局、現場でセリフを考え直したり、構成を少し変えたりという作業もあって、時間内に終わることが出来なくなる。ラジオのディレクターに「本日、携帯電話でよろしくお願いします」と連絡を入れる。
そして2時、撮影車の中から携帯電話を使ってのラジオ出演となった。
2時ちょっと前にスタジオから携帯電話に掛かってきて、スタンバイをしての放送なのですが、実はそのスタンバイしている時に聞こえてくる声が少しノイズ混じりだったのでちょっと嫌な予感もあった。しかし携帯電話の受信状況は最良を示していた。

2009120203そして2時5分ぐらいから「2時のうんちく劇場」が始まったのですが、ノイズがさらに酷くなりスタジオでなんか喋っているという感じは解るのですが、徐々にそれも酷くなっていく。それでもなんとかノルマを果たさなくてはと喋り続けていた。おそらく、スタジオの会話とはかみ合っていない部分もあるんじゃないかと思いつつ。
と、そこでノイズがいきなり無くなり、しかも音声がまったく聞こえなくなった。
慌てて携帯電話を見ると「通話終了」の文字。
ゲッ!ついに恐れていた放送事故!マズいマズい、と焦ってしまったワケですが、その時隣に座っていた小沼さんが慌てず騒がず「大丈夫、よくある事」と言い放ち、少し冷静さを取り戻す。さすが色々な意味でドッシリしとります。
で、携帯電話にスタジオから電話が再び掛かってきて、なんとかコーナー再開。本日の雑学は『ヒツジ』というテーマでした。

ラジオの仕事が終わった後、同行していたテレビのディレクター曰く「今日は午後から、土曜日に開催される市町村駅伝の電波チェックやっていて、かなり強力な電波が飛び回っているからそのせいじゃないかな?」との事でした。(静岡県は10年前から市町村対抗駅伝というイベントを静岡新聞・SBS主宰で毎年この時期にやっているのです)
いやはや、こういうアクシデントや、今日の急遽台本改定などで、経験値が上がっていくのかも知れない。
まだまだ勉強になる事は多いなぁ。

2009120204そんなこんなで自宅に帰ってきたのですが、今日はそんなこんなでいつもと違う変な疲れかたをした。
とぼーっとテレビを観ていると、7時から放送していた「ナニコレ珍百景」の中で『静岡県では畑の中で変わった物が採れる!』というネタをやっていた。
その画面に映し出された風景が「あ、これ最近見たことがある風景」と思ったのですが、そのネタは「静岡県の牧ノ原では畑の中から石油が湧き出る」という内容だった。
実はそのネタ、先週の金曜日に「ラブいぜ!しずおか」で放送したばかりのネタだったのです。
うひ〜、これが1週間ズレていたら「全国放送でやったばかりのネタを放送した」って事で、インパクトがかなり弱くなってしまう所だった。

2009120205でも、その「ナニコレ珍百景」のサイトで放送内容が紹介されているのですが、そこにある
>しかし、現在は富田さんが所有するこの畑に石油をくみ上げた跡が1つあるだけなのだとか。
というのは間違いで、畑以外にいくつか採掘跡は残されている。自分たちはその畑じゃない場所でくみ上げた石油に火を点ける実験をしてきた。
でも、ギリギリ助かった!
実は他にも「ラブいぜ!しずおか」で取り上げようと考えているネタは沢山あるのですが、その中のいくつかは「つい最近放送されちゃったから」みたいな理由でボツになっている。

なかなか大変なのだ。

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