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2009年7月 8日 (水)

ラブいぜ!しずおか・ロケ日記10:浴衣&花火

本日は静岡市内でのロケなので、そんなに大変ではない。と思っていたのですが、色々と大変でした。


20090708001前回の富士山関係のインタビューでフルフェイス版シリスギ仙人は稼働したワケですが、今回がちゃんとしたロケでのデビューとなる。
まずは静岡駅に近いマルサ呉服店でのロケ。本日は休業日だったのですが、ロケのためにお店を開けて頂きまして、営業しているかのように商品をディスプレイしていただきました。
今日は「浴衣」というテーマ、そして「花火」というテーマを被せて「夏なのだ!」という感じで攻めることになっているのでやんす。

本当はみのりんも浴衣を着て出たかったらしいのですが、時間的な余裕が無かったり、さらに静岡放送的に難しい事があって、いつも通りの服での出演になりました。
現在、みのりんはSBS静岡放送の毎日夕方帯で放送している報道番組の看板キャスターで、言ってみれば局の看板を背負っているという事なので「キャスターのイメージを死守せよ」というお達しがあり、普通の服以外は着てテレビに出てはいけないという事が言われているそうです。
だから、この『ラブいぜ!しずおか』のコーナーも最初はシリスギ仙人までは行かないとしても「ミノリン」というキャラに変身する企画だったのですが「小沼さんは色を付けちゃダメ」という事になった。
その代わりシリスギ仙人はどうイジってもかまわないって事らしいですが。
という事で、浴衣もダメなのだ。(実際には浴衣は何着も所有しているそうです)

20090708002で、呉服店の中で撮影開始。
反物などに関しての細かい用語のチェックなどがあり、セリフを修正して撮影が進むのですが、前回のスタジオで感じた事がさらにハッキリしてくる。
フルフェイスなので周囲の声があまり聞こえない。
だからカメラマンはあまり大きな声ではなく「では、カメラ....3...2....」という声が聞きづらく、ちょっと出遅れてしまう事もしばしば。
暑いのには慣れなくちゃいかんなと思うのだが、とにかく髪の毛が凄く面倒な事になってしまう。面倒なのでいっその事、短髪にしちゃおうかなどと思ったりもする。

とりあえず今回のラブい所としては「静岡県は浴衣の反物の取扱量が日本一」という事なのだ。これが色々難しい所で、取扱量ってのは生産量ではないし、浴衣の販売量でもないしという部分。生産も販売も多いんですが。
浜松地域は自動車メーカートヨタの創始、豊田佐吉さんの出身地で、明治時代に自動紡績機の発明により布の大量生産が始まった土地。その事もあって、現在でも反物生産は多いワケです。
が、浴衣の販売などに関しては現在はユニクロなどに大量に下ろしていたりするので「どこが販売量日本一」ってのが無くなっちゃったんです。
でも、浴衣の反物の取扱量は現在でも日本一なのです。

20090708003今までロケの最中にみのりんがシリスギ仙人のボードから顔を出す写真を撮影していたのですが、今回からはそれも出来なくなってしまいました。
というのもシリスギ仙人が杉村の汗臭くて...というワケでなく、フルフェイスなので髪の毛がグシャグシャになってしまうからです。とりあえず杉村は普段あまり肉類を食べない人なので体臭はあまり無いはずですので(と思ってるけどね)。
で、ここの撮影が終わった後は駿府城へと向かう。

今回のロケのもう一つのテーマ「花火」が駿府城に関係しているのです。
駿府城内にある徳川家康の像を見上げながら撮影開始
「実は花火大会が日本で初めて開催されたのは、ここ駿府城! それは徳川家康の前で行われた物なのです」
戦国時代が終わり、徳川の世となった1613年、徳川家康はすでに将軍の座を息子に譲り、駿府城で隠居生活をしていました。と言っても家康がすべてを仕切っていたような物で、貿易関係は家康の許可が無いと出来ない状態だったそうです。
その事もあって、その時代の駿府周辺は貿易許可を得ようと色々な国から来た人がウロウロしている国際都市だったそうです。ウィリアム・アダムス(三浦按針)やヤン・ヨーステン(八重洲の名前の由来)も家康の補佐として活動していたそうです。

でもって1613(慶長18)年8月にイギリスからジェイムズ 1世の国書をたずさえた使者がやって来て、徳川家康に見せるため、中国人の職人の手によって駿府城で花火を打ち上げさせた。という事が 『武徳編年集成』『駿府政治録』『宮中秘策』 などの記録に残っていますが、これが日本で初めて開催された花火大会だとされています。
別の記録では、戦国時代の1589年7月に伊達正宗が使用した物だという事も書かれていますが、こっちは
花火という感じではないので、自分的には駿府城での物が「元祖花火大会」としています。
ついでに言うと、この時の花火は筒から火の粉が吹き出すというもので、打ち上げ花火ではなく、ドラゴンみたいな物だったそうです。

戦国時代に火縄銃の重要性を知った家康は、各地に火縄銃のための火薬倉庫・火薬製造所を設置していたのですが、戦乱も無くなったという事からその施設を持てあましていたのです。
そこに「花火」という平和利用を知った事から、さっそく安倍川上流・安倍郡井川村にあった火薬製造所で花火を作らせはじめ、さらに出身地の三河にあった火薬製造所でも花火を作らせ始めたのです。(他に花火製造で有名な新潟県も家康がらみで製造が始まったそうです)
その事から現在も有名な三河の天筒花火や静岡県各地の花火大会が始まったのです。
静岡県内では草薙にある「草薙神社龍勢花火」は江戸時代元禄年間(1688年〜1703年)頃に始まり、遠州新居の「手筒花火」が江戸時代享保年間(1716年〜1735年)頃にはじまっています。
江戸花火の元祖といわれる「隅田川花火」が始まったのは1733年からなのでそれより古いという事になります。
そして、るるぶなどの雑誌調べで「静岡県は大規模な花火大会がもっとも多い県」という事にもなっているので、その辺にも触れる。

花火大会ってのは基本的に海や川など、水のある所で開催される事もあり、比較的大都市近郊に水辺、そして観光地が点在している静岡県(東は伊豆、中部は富士川・安部川・大井川、東は浜名湖)は花火大会が多くなるのだそうです。
そんな事を細かく調べたけれど、実際テレビでは「駿府城で花火大会が始まり、静岡県では花火大会が日本一多い」という事をサラッと説明。短い時間のコーナーだけど、その裏には詳しい詳しい説明があるのです。
その積み重ねなんだよなぁとこのコーナーをやっていて感じています。

そして、その後は「水辺が多いので花火大会が」というセリフを言うために、ロケに相応しい川を求めて移動。
何カ所か候補のポイントがあったのですが、なんかどこもイマイチ。そこを探している内に段々と空模様が怪しくなってきた。
最終的に海岸まで出て駿河湾沿いで「静岡県には水辺の観光地が多いので…」という一言を慌てて撮影する。雨がポツポツ降り始めた海岸で慌てて撮影し、即撤収で車に駆け込む。
まるでゲリラ撮影隊みたいな感じなのだ。
で、実際にそれが放送された番組では、一番最悪なコンディションだった海岸で雨粒を感じながら一発で撮影した場面から始まっていた。
「本日は浴衣と花火について」という夏っぽいテーマで始まったコーナーが、いきなりどんよりと曇った雨模様の中、風に少し歪んだ顔で「静岡県には水辺の観光地が多いので…」と語り始める。なんだかなぁという感じだったのだ。

静岡市内での撮影だったので「これは楽勝」と思っていたのですが、以外と時間が掛かってしまったのだ。
しかも今回「浴衣」単独で原稿を書き初めて、それでは少ないので「花火」を加え、でも浴衣の雑学を入れるとなんか1回でやってしまうのモッタイナイよね、と「花火」を外して再構成。でもなんか足りないよねと最終的に「浴衣&花火」になったりと、紆余曲折が長かった。
実際の番組放送時間の裏でかなり凄い時間が経過している。そんな日々がまだまだ続く。

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