« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »

2009年6月25日 (木)

ラブいぜ!しずおか・ロケ日記9:富士山

という事で、今回のロケでシリスギ仙人が完全体となって登場なのです。そして今回のテーマは静岡と言ったら「富士山」でやんす。


24日撮影ということで、放送は来週の金曜日。つまり放送日は7月2日、山開きの翌日ということなのです。
と言ってもこの時期の富士山は天候不順が当たり前で、遠くから綺麗に見える富士山ってのは望めそうにない。しかもいつもロケの縛りとして登場する「みのりんは最悪4時までに社に戻らなくてはいけない」という部分で、富士山の車で行ける5合目へ行って戻ってくるというのは無理、という結論が出ているのだ。
と言うことで、今回初のクロマキー合成をする事となった。
これまで何度もSBSへお邪魔しているのですが、テレビの方のスタジオは今回が初めてでチョイ緊張。しかも今回が初のフルフェイスシリスギ仙人なのだ。

目の前のモニターに合成された画像が映し出されていて、それを見ながらセリフを語る事になっているのですが、色々と難しい。
ちょっと言い訳をさせてもらうと、今回のセリフは年数や標高など数字が複数登場して面倒臭い。そしてフルフェイスを実際に装着して判明した事が「周囲の音があまり聞こえない」そして「自分の声が異常に大きく反響する」という事なのだ。さらに視野が凄く狭い。
かなり集中力が必要なのだ。しかも今までのロケは1台のカメラで撮影だったのですが、今回は引きの絵とアップの絵を撮る2台のカメラがこっちを見ている。
説明文を語っている最中、目の前のモニターに映っている自分の顔がいきなりアップになる。なるべくカメラ目線という事でアップになった時には顔の角度を5度ほど右に移動する。それが上手く出来ないと、視線が定まらない挙動不審の男になってしまう。
シリスギ仙人の被り物をして視線が泳いでいたら、本気で挙動不審ですよ。
それと、解説に合わせて合成の映像が切り替わるタイミングも合わず何度もNGを出してしまう。
ダメな俺なのだぁ。

そのスタジオ収録部分を撮影後、次回撮影分の打合せをして、2時になった所でラジオのスタジオで「うんちく劇場・生出演」となった。
実はこの日のロケはこれで終わりではなく、今度は沼津に住んでいる「富士山に年間数百回登っている」という方の所へのインタビューに出かける事になっている。
みのりんは時間的な都合もあって、今回初の杉村単独インタビュー、単独ロケなのだ。
という事で、その方「実川さん」のお宅にお邪魔したのですが、普通の家の普通の部屋でデカイ頭のシリスギ仙人と実川さんが正座して対面している図を客観的に「あ、これって実相寺っぽいよね」と心の中で思ってしまった。

実川さんは喋り慣れている方で、インタビューもかなりスムーズに進んでいく。
事前にみのりんから「ここと、ここと、こういう事を聞き出して下さい」という感じで指示をされていた部分はクリア出来ていると思うけれど、どんどん話題が広がっていく。
そのインタビューは1時間以上になったと思うけれど、その時自分の中で問題発生していたのだ。
シリスギ仙人がインタビューという事で、最初からフルフェイスシリスギ仙人を被っていたのですが、だんだんと中が熱くなっていき、ほおを汗が伝わるのを感じるようになっていくのと同時に、意識がだんだんとぼんやりしてきたのだ。こりゃやばい。
という事で、自分も話が上手にまとめられない感じになってきた所で「ありがとうございました」とインタビューを終わりにした。
やはり、このシリスギ仙人完全体は夏場にデビューするべき物ではないよなぁと痛感。

でも、実川さん、軽快なインタビューありがとうございました。
という事で、本日のロケは最初から最後まで初めてづくしで終わったのでありました。

| | コメント (0)

2009年6月24日 (水)

シリスギ仙人リニューアル

と言うわけで、今年の5月初旬に登場した「シリスギ仙人」というコスプレキャラなのですが、とにかく欠点が多かった。
風にも雨にも弱い。装着するのに一苦労。撮影時にちょっとでも横を向くと舞台裏がシッカリ見えてしまい悲惨なことになる。さらに常に両手を棒で支えているので何も出来ない。ついでに道行く人々に笑われる。
という事なのだが「これもひとときの辛抱、今ちゃんとしたのを制作中だから」と言われ、待つこと2ヶ月。
ついに本仕様のシリスギ仙人が登場なのだ。


こんな感じで緑色です
2009062401って、今まで基本的に「自分は裏方なのだ」という思いがあった、かつては「会社員のかたわら」という事もあって、自分を晒す事はしていなかったけれど、今は毎週テレビに出てしまっているし(毎回コスプレですが)それ以外の所でも露出があるので、いまさら顔を隠しても意味無いジャンという事で、顔出しです。
制作中から「毛がいっぱい」とかの話は聞いていた訳ですが、まさかここまで毛がいっぱいだとは思わなかった。
シリスギ仙人1号機と比べると格段に自由度が効く。それと以前の物と比べると肌に当たる部分の柔らかさが段違いなのだ。
以前のはオデコとアゴで支えるようになっていたんですが、オデコの部分は撮影が終わると真っ赤になっていたし、一度は傷が出来ていた。アゴの部分もここでお面の重さを支えていたので、クチが思うように開かないという最大の欠点があった。そのために、いつも両手でこっそりと持ち上げていた。
それに比べて今回はなんとソフティな事。
そして最大の欠点だった「横を向いてはイケナイ」という部分が解消されているのだ。これは素晴らしい。
お陰でこのシリスギ仙人での初めての撮影では、画面の横からゆっくりと登場(別にオードリー春日のマネをしているワケではない)という芸当も出来るようになったのだ。
ついでにグシャグシャになった髪の毛を見られる事もない。

自画撮りすると頭まで全部映すことが出来ない
2009062402と良いことずくめのような事を書いていますが、欠点もたくさんある。
まずスッポリとフルフェイス的にかぶってしまうため、外の音があまり聞こえない。
さらに自分の声が中でうわんと反響して、さらに外の声が聞こえなくなっている。
自分の声の大きさの加減が出来ずに、はたしてこんな声の大きさでいいのか? 状態なのだ。
これはかなりの欠点だと思うのだが、基本的に撮影はある程度決まった台本を読むという事になっているので、相手の声が聞こえなくても大体は勘で乗り切る事が出来る。
もっとも、このうわんの為なのかバッチリ頭に入っているハズのセリフを何度も失敗する。なんてこった! なのだ。
そしてもう一つの欠点。それが異常に暑いという事。
一番最初の撮影はスタジオでの収録だったのですが、撮影が進むと徐々に被り物の中が熱くなっていき、次第にボーッとしてきてセリフが解っているのに出てこなくなる。自分がしゃべっているのはOKなのか? これはかなりキツイ。
しかもこれから最大限に暑い季節がやってくるワケで、当然の事ながら8月には灼熱の太陽の下でのロケってのもあるだろう。
というか、この先の年間スケジュール暫定版はすでに提出済み(自分作成)で、その中に灼熱の太陽の下でのロケってのもあったような気がする。

どーも、杉村です。顔出しちゃいました。
2009062403でもって今回の撮影では、ある事情があって自分が単独で(カメラマンは同行)とある凄い人にインタビューをするというシーンがあった。当然、新シリスギ仙人のコスプレで。
最初の方は結構順調にインタビューが始まり、その相手も喋り慣れている方だったので思った以上に話が弾む。こりゃ良い調子だ、こんな感じで色々なエピソードを聞き出せるぞ、と思っていたのだが段々と被り物の中が熱を持ってきて「あれ? 何か考えがまとまらないぞ」と感じ始めた。
完全に、被り物で熱中症に近い状態なのだ。と、いう所でカメラマン氏に目配せをしてインタビュー終了。
気が付くとおよそ1時間が経過していた。
そうかこれが意識朦朧というヤツか。
この先、どんどん暑くなる毎日。
シリスギ仙人の運命やいかに!

今日、2時にスタジオに伺う事が出来たので、ラジオに生出演したのですが、そこで「何か前向きな事してる?」と本日のテーマを振られた事から「以前、自分は基本的に裏方の人で前に出るつもりは毛頭無かったんだけど、なんだかんだ御指名を受けてラジオやテレビに出演する事になった。そこで最近は何でも仕事を受けるという事で、基本姿勢は前向きにするようになった」という話をした。
だから、顔だって出しちゃうのだ。
そのラジオでは「以前は黒い服が好きで、常に真っ黒だったけど、今は意識的に明るい色の服を着るようにしている」という話もした。そこで着てた上着はピンクだし、靴下はイエローだった。てつさんにコーディネート的にはどーなの? と突っ込まれていたけど。
前向きな姿勢が何か別の良い事も引き寄せて来るんじゃないかって事で、別段スピリチュアルだとかそーゆー超科学的な事は一切言うつもりは無いけど、前向きな部分は自分の肉体面も精神面にも良い影響を与えてくれるんじゃいかと思っている。

| | コメント (4)

2009年6月19日 (金)

動物虐待

いくら散歩中にウンコしちゃうからって、人様の犬に対して『ゴミ犬』という呼び方はどうかと。

20090619001

「ラブいぜ!しずおか」静岡市内インタビュー撮影中に発見

| | コメント (0)

2009年6月18日 (木)

ラブいぜ!しずおか・ロケ日記8:用宗漁港・しらす

静岡に生まれ、静岡に暮らしていると意外な事実に気が付かない事もある。
というお話から今回の」「ラブいぜ!」は始まりました。


20090618001駿河湾を抱えている静岡県は海産物にも恵まれていて、第1回にロケをしたサクラエビなんてのも静岡県100%の名産です。
同じように100%ではないんですが、日本一の漁獲量を誇っている物に「しらす」という物があります。
おそらく世間一般では「干しシラス」として「ちりめんじゃこ」として、御茶漬けに入れたりすることで食されているんだと思いますが、静岡県での食べ方は基本的に「釜揚げしらす」という物です。
採ってきたしらすをいきなりザザッと熱湯を潜らせる。それに大根下ろしを加えて醤油をチャッと掛けた物を、炊きたて御飯の上に乗せてはぐはぐはぐはぐと勢いを付けて食べるのだ。
それが静岡県人の心意気なのだ!とか熱くなるわけでもなく、生まれた頃からの当たり前の食べ方なのだ。

だから、干しシラスなどになっている物を見ると「なんでワザワザ干しちゃって食感を悪くしちゃうの?」と思っていた。
「いや、それは保存食としてね」とか言われても「でもシラスなんて一年中採れるジャン、保存しなくてもいいジャン」なのだ。実際、しらすは暮れから3月ぐらいまでの時期以外、通年採れる。
東京から静岡に通っている杉原徹さんは「そう言えば釜揚げしらすって静岡に来て初めて食べたかな」と言っていた。
静岡の人にとってはそれが意外すぎて「マジっすか?」という感じなのだ。

20090618003という事で、今回はそのしらすにスポットを当てたロケ。
まずは用宗漁港近くにある「しらすの平安さん」にお邪魔して、今朝採ってきたばかりのシラスをガンガンと釜揚げにしていく様子を撮影。
毎日60〜100kgのしらすを買い付け、それを釜揚げにしていく。作業場にはほくほくとした揚げあがったばかりの空気が充満している。ああぁぁ今すぐここに炊きたて御飯を持ってきて醤油を掛けたい!
これがパック分けされて、静岡県内のスーパーなどに卸されていくのだ。
実は静岡県というのは「家庭での平均シラス購入量が断トツ日本一!」と言う事になっている。年間4446gのしらすを食べているというのだ。
これは前述の「釜揚げシラス」を購入しているというのがその数字に繋がっているのだ。
とりあえず「日本一」ということで何でも自慢しちゃうのだ。

20090618007テレビ的には順番が逆になるのですが、その後、しらす漁を終えて港に入ってくる船を求めて、用宗漁港へ移動。
ちょうど漁港に着いた時は船もなく、手持ちぶさたの漁師さんが10数名ほどタバコなんかを吸いながら休憩中。とりあえずそこで冒頭の「駿河湾ではしらすが大量に採れ…」などという解説のシーンを撮影。
流石にロケも8回目となると、NGもあまりなくチャッチャと撮影が進んでいく。
ついでに番組冒頭のシリスギ仙人登場のシーンも急遽考えて撮影。古い映画のマドロス物の定番、港にある船を固定するボラートに足を乗せて「やあ」と決めて見せる。あまりにもチンプで安っぽいポーズなのだが、全員一致で「それでいきましょう」となる。なんかいいように弄ばれているだけのような気がする。
という事で、みのりん&シリスギ仙人の出演シーンを撮影した後は、カメラマンが港の風景などを撮影。

20090618006と、そこに船が入ってきた。
するとさっきまで手持ちぶさたにぼーっとタバコなんか吸っていた漁師さんがいっせいに動きだし、その船からしらすの入った箱を手際よく運び上げる。
いきなり漁港が活気づいていくのだ。
という所で、さっき撮影したシーンの背景が淋しかったと言うことで「後ろで漁師さん達がワッセワッセと作業をしている」という場面の前で、もう一度さっきの「駿河湾ではしらすが大量に採れ…」などと言うシーンを取り直し、という事になり慌ててセッティング。
さっき覚えたセリフもなんとか記憶に残っていたので、NGなしで収録。
でも、慌ててシリスギ仙人のパネルを被ったせいで、ちょっとオデコを引っ掻いてしまった。もっともシリスギ仙人のパネルは今回の撮影でお別れなのだ。次回からはキチッと作られた完全型被り物となってリニューアルする事になっているのです。色々厳しいシリスギ仙人のパネルですが、今日を乗り越えれば…なのだ。

20090618010とりあえず港のシーンを撮影した所で、今度は静岡市内へと戻りインタビューを収録。
静岡に住んでいて、しらすも日常的に食べていても「ではしらすって大きくなると何になる?」というのを知らない人が多い、ということの収録なのだ。答は「イワシ」、実際にはウナギなどのしらすもあるけれど一般的なのがイワシ。
基本的に「知らない人が多い」という前提でインタビューをするというのは情報操作ではないか?と思ってしまうワケですが(ロケ前に周囲の人に聞き回り、知らない人が多いという確証はあった)、最初に声を掛けた青年二人の一人が知っていて、一人が知らない状態という「あまりにも期待通り」の解答が出てしまった。ということで妙齢のご婦人二人組にも...、とここでも一人が知っていて、一人が知らないという「期待通り」になってしまった。これはマジにヤラセ臭くないか? という事で、今度はお孫さんと歩いている60歳前後のおじいちゃんに、と「もちろん知ってますよ、イワシですね、静岡県人だった当然でしょ」という解答。
う〜ん、これもなんかハマりすぎてていてヤラセっぽいかも知れない。なかなか街頭インタビューというのは難しいのだ。
以前も、静岡駅で幕の内弁当&お茶のロケをした時も、偶然に「ホームで幕の内弁当を拡げて、お茶を飲んでいるオジサン」が目の前に居て、撮影スタッフ一同「これは仕込みにしか見えないよなぁ」と、有り難いのかどうなのかという事も経験している。短時間で撮影が終わるので感謝なのですが。

20090618008という事で、ここで昼食を取り、ふたたび用宗へ戻る。
そこには「シラスを使ったラーメン」を出してくれるラーメン屋さんがあるという事で、最後の撮影。
釜揚げシラスを作る時の煮汁というのが、実はシラスのエキスがたっぷり含まれているという事で、それを釜揚げをしているお店から仕入れて、それをスープベースにしているというお店。
と、その撮影のタイミングで時間が2時になってしまったので、ロケ車の中にひとり籠もってラジオ「らぶらじ」へ携帯電話で出演。
その後、ラストのラーメンを食べるシーンを撮影してすべてが終了。
ラーメンはアッサリしつつコクがあって塩ラーメン好きな人にはたまらない味かもしれません。
そんなこんなで問題もなくシラスのロケは終了するのであった。

| | コメント (0)

2009年6月15日 (月)

未完成アニメ1985

パラパラマンガ 未完成1985
これは今から20年以上前、1985年頃に一人でコツコツと紙に絵を描いていた未完成アニメ。
書いたままになっていた物を発見して「そう言えばアニメを作れるサイトがあったよな」という事でチャッと作ってみた。後半は絵がエンピツ描きになってしまっていますが、こんな感じです。


自分は基本的にアニメという物にはあんまり興味がないんだけど、作る方には興味があった。
自分が中学生の頃、「宇宙戦艦ヤマト」に端を発したアニメブームがあった。
もちろん物心付いた頃からアニメはあったのだが、いわゆる現在に繋がるようなアニメブームがあって同人誌やファンサークルなんかが周囲に出来はじめていた。
自分は中学に入った頃にはすでにアニメとかを卒業していてほとんど見ていなかったので、その手のブームには全然乗る予定はなかったが、同級生が「宇宙戦艦ヤマト」を「カッコイー」とか言っていた。
たしかクラスメイトのササハラとかタグチとかが言っていた記憶があるので、あれは中学3年の事。つまり1976年の事だと思う(ササハラは同じ高校に進んだが科が違っていたし、タグチは違う高校に進んだので、確実に中学時代の話)。
「宇宙戦艦ヤマト」の本放送は1974〜1975年なので、おそらく再放送。

クラスメイトが騒いでいるので、自分もチラっと見たけれど「これがSF?ただの戦記物を宇宙に持っていっただけじゃん」と感じて興味を失いその後はちゃんと見ていない(薄い見方かも知れませんが)。
その後、高校に進学してギターを引き倒す音楽を中心の生活をしていた。
が、高校2年の秋、同級生のヤマダ君が「家にコマドリが出来る8ミリカメラあるよ」なんて話をしたのだ。当時はビデオではなくフィルムの時代。
そこで「アニメを作りたい!」と思ってしまったのだ。思ってしまったのだからしょうがない。その日からアニメを作る準備を始めた。いわゆるプロ仕様のセルに絵を描いてというのは金銭的に許されないという事から「紙に描くのだ」という事になってコツコツと描き始めた。
そんなこんなから部活も軽音からいきなり美術部に移り(そのままだったら軽音の部長だったんだけど)アニメ制作を始めた。

とりあえず文化祭に作品を間に合わせる事は出来たんだけれど、なんか納得が出来なかった。
その後、東京の美術学校に進学して、そこでも学校の授業とは関係なく、夜は毎日コツコツとアニメを制作していた。それと同時に漫画も描いていたのだから、今思うとどんだけ絵だけを描く生活だよって事なのだ。
そして取りあえずの形にはしたんだけど、納得がいかないまま東京時代を終えて田舎に戻ってきた。
その後も淡々と一人で完成するか不明のままアニメを夜な夜な書き続けていたワケですが、1985年頃に仕事が忙しくなって、途中のままになってしまった。

その途中の作品がこの『未完成1985』という物。
高校時代の友人が描いていたキャラを勝手に拝借して「スーパーハンチャン」というスーパーマンのパクリ物にして、ただ飛び回り暴れるというだけの作品。今思えば、完成が目標ではなくて「ただ絵を描くのが楽しかった」のかも知れない。
このシーンは、電車をストップさせなくてはいけない場面で、思わず電車の運転席のガラスに手を当ててしまったため、そのままガラスを割って電車の中を突き進んでしまったという場面。
思った以上に大変な作業で、でも細かく描くのが好きなので淡々と毎日描いていたワケです。
もうあの頃の情熱も時間も無いので、これを完成させようとは思っていませんが、こんな事もしていたという記録です。未完成でごめんなさいです。

こういう作品を作る情熱ってのは、あんまり認めたくないけど「オタク」って事なのかなぁ?
なんか世間のオタクという言葉の意味が凄く曖昧なんだけど、自分の中でオタクというのは「金儲けとは関係ない場面で情熱を一点に捧げ続けている人」と定義している。なんかプロのオタクなんて「オタクの風上にも置けない」って感じなのだ。

| | コメント (3)

2009年6月11日 (木)

ラブいぜ!しずおか・ロケ日記7:袋井市・クラウンメロン

という事で、前日にロケ地を決定するという綱渡り状態でありますが、原稿はしっかり出来上がっているのでキッチリとプロの仕事をこなすのであります。


2009061101本日は袋井市にあるクラウンメロンの雑学。
本当はもうちょっと先、7月の中旬ぐらいのお中元シーズンに向けてと考えていたのですが、いきなりの前倒し。ところが後で「静岡温室農業協同組合 理事」の安井さんに伺うと、お中元シーズンだからといって特別にその時期に売れるという事はあまり無いみたいです。
でも、1玉ン万円とかするメロンをどんなタイミングでどんな人が買うんだろうか? などと恐ろしくて聞けないままロケが始まる。
とりあえずカメラ隊が建物の外観などを撮影している間に、応接室で基本的な質問をして台本を確実な物へと固めていく。
と、そこに早速ざっくりと大きく切ったメロンが登場してしまうのです。なんつーか、神々しいばかりに光り輝くメロン。普段自分が食べているメロンとは全然違うのだ、さすがクラウンメロン。

妥協を許さない村田カメラマン
2009061102クラウンメロンというのは基本的にはマスクメロンなのですが、その中で厳しい品質検査をパスした物に与えられるブランド銘が『クラウンメロン』という事になっている。
同じようなパターンでは、果肉が真っ赤な『夕張メロン』というのがありますが、実は果肉が真っ赤だからと言って夕張メロンでは無い。あのメロンの正式名称は「赤肉キングメロン」、その中から夕張農協による品質検査をパスした物に与えられる名前が『夕張メロン』というブランドなのです。

そんな感じに打合せの段階でメロンをいただき「ウマーッ」と心の中で叫びながらロケがスタートしたのです。てぇ事は基本的にロケ先は自分の胸先三寸、自分が決めている部分があるので、「旨い物が食べられるロケ」というのを要所要所に組み込んでいけば美味しい思いが出来るって事なのだな。
と言いつつ、初回のサクラエビに関しては食べている余裕が一切なく、買い物をしている余裕すらなく、目の前で美味しそうにサクラエビの書き上げを食べている人ばかりを見るというキツイものだった。
おかげで心の中でずっと「サクラエビ、サクラエビ」という言葉がぐるぐるしていたので、思わず帰りの静岡駅の売店で冷凍サクラエビを買っちゃいましたよ。わざわざ由比漁港に行った帰りに。

この時モニターを見たメロン生産スタッフは「ウワッ旨そう」と唸る
2009061103でも今日のロケは「こんなに美味しそうなメロン」という画像を撮るためにメロンを切って下さったりして、撮影後にそれをスタッフ一同で美味しく頂きました、という事なのだ。
今回のロケのベースになっている話は「静岡県は日本1の温室メロン(マスクメロン)栽培地」という事で、特にマスクメロンの栽培は手間暇掛かる事から設備投資の関係からそう簡単に手を出せないジャンルとなっている。
それを調べていてもう少し大きな括りでも使える雑学だと言うことも判明した。このマスクメロンというのはイギリス生まれのメロンなのですが、現在その本家イギリスではあまりにも面倒くさいという事でほとんど栽培されていなくなっているそうです。さらに世界中を探してもマスクメロンという品種は採算に合わないという事で大規模に栽培している国が日本以外にないのです。
つまりその事を合わせて考えると、静岡は世界で1番のマスクメロン生産地ではないかという事なのです。
海外からのお客様を招待した企業のパーティなどでもマスクメロンというのは「これは美味しい」と驚かれるそうですが、さらに驚くのはその値段らしい。

本日の雑学は
☆マスクとは表面の模様ではなく香りの意味。香水のムスク、つまり麝香(Musk)のような香りがする事から名付けられたもの。
という名前に関する雑学から初め、先ほどのパーティの定番に関して
☆パーティなどの定番オードブルとして「生ハムとメロン」があります。
これがあまり好きではないという人もいますが、実はこの組み合わせは理にかなった物なのです。
生ハムの塩気をメロンの甘味が中和するという理由もありますが、メロンの中に含まれるカリウムが塩分を体の外に出す働きがあります。
さらにメロンにはギャバやパントテン酸という高血圧予防やコルステロールを軽減する栄養素も含まれているので、ベストパートナーなのです。

結局、自分が出演していると自分の出演シーンは掲載できない
2009061104という話に繋ぎ、さらに日本でのマスクメロン栽培の初期段階の話として
☆日本にマスクメロンが入ってきたのは明治時代ですが、その時に大隈重信と伊藤博文の二人が始めて食べ、この甘いフルーツに「マジ旨いっす!」と感激しました。
そこで二人は「これをもっともっと食べたい、日本でも栽培したい」といきなり『マスクメロン協会』を設立したのです。ちなみに初代会長は伊藤博文です。
☆ちなみに大隈重信は自宅庭に温室を作りそこで栽培したメロンを食べ「我輩は毎日、マスクメロンを食べているから百二十五歳まで生きるのだ」と語っている。
という話を持ってくる。他にもあの網目はどうやって出来るのか?という事なども語る。

自分の仕事が終わった後、こういう写真ぐらいしか撮れないのだ
2009061105なんつーか。コーナー時間のわりに内容が濃すぎるって感じなのかもしれない。
もっと語りたい事があるのだからしょうがない。結構これでも削った状態。
しかしこれはあくまでも今日のテーマだから言える事で、以前の「花菖蒲園」の時の、手持ち雑学が薄い。そしてドロナワ的に調べた雑学も薄い。という時は、ひたすらごめんなさいごめんなさいと心の中で謝罪する感じなのだ。
だから「コーナー好評につき、次回から時間を倍増!」となってしまうと、ひたすら困ってしまう回も出てくる。
密度濃いめっすねぐらいの今がちょうどいいのかも知れない。(雑学部分ではない、お笑い要素を増やせば時間は伸ばせると思うけどね)
という事で朝は「もしかして雨?」と思っていた天気も徐々に回復を見せ、途中からうっすらと日の光も差すようになっていた。
ところがロケが終了して、2時直前「さて今日のお昼はどこでとりましょうか?(その駐車場でラジオ出演するのは前回と同じパターンで)」という時にいきなり雨が降ってきたのです。
おぉなんというタイミング。撮影終了を待った形で雨が降るなんて!

そんな感じに本日のロケは天気的にはもうバッチリでした。 と思っていたのですが、みのりんは気を抜き、日焼け止めを顔にしか塗っていなかったことから、局に戻ってテレビのメイクさんに「首から胸元にかけて真っ赤ですよ」と驚かれてしまうほど日焼けをしてしまった。そんなに日差しが強いとは思わなかったのですが。
ということで、その日の「イブニングeye」では準備していた服ではなく、急遽首までしっかり隠れる衣装を用意してそれで乗り切ったそうです。(翌日も)
これから先、日焼け止め対策もちゃんとしないとイケナイなと思うのでやんす。

| | コメント (0)

2009年6月10日 (水)

えええええ?直前にロケ先変更?

明日の木曜日というのは毎週ロケという事になっています(時には水曜日もあり)。
という事で、仕事の流れとしては4月の段階で暫定的な年間スケジュールを組んであり(季節ネタや諸事情を考慮した物で)、ロケの前々週あたりにそのロケ地に関する基本情報と雑学原稿を仕上げる。
つまり明日のロケに関しては5月末に「○○○は○年に作られた建物で、ここには日本で○○な○○○があります」というベースになる歴史や数字などをテレビ的に説明した物を書き、なるべく解りやすくテレビ的に大丈夫な雑学を複数書く。


この雑学も色々な縛りがあって、夕方のニュース&情報番組なのでどぎついネタはダメだし、その現場にロケに行くという事もあってマイナスイメージの雑学はダメとなっている。雑学好きな人の中には、その対象物の権威が失墜するようなネタが好きな人な人もいるけれど、その辺はパスなのだ。
ラジオ「らぶらじ」でやっているネタもシモネタなどに関して色々な規制があるので「これ面白いのになぁ」というのはパスしなくてはいけない。
その辺のシモネタに関してはみのりんもディレクターも「いつか『夜のうんちく劇場』という特番を夜の番組でやりたいですね」と話している。実現するかは不明ですが。

という事で基本原稿をみのりんに送り、その原稿をベースにみのりんがテレビ的な台本に仕上げ、その原稿を番組のディレクターにチェックしてもらい、OKが出た処で原稿完成!→そしてロケにいく事になるのです。
もっとも現場に行っても、その場その場で細かい修正が入っていく。
文章として読んだ時には不自然さが無かったとしても、クチに出すと「なんか違和感がある」という事でニュアンスを変えたりする。説明の中に同じ固有名詞が何度も出てくる時は、ちょっと違う言い回しにしたり、文章で見た時はいいけど喋るとなると堅すぎる表現だったり解りにくい言葉だったりする場合も単語をいくつか変えてしゃべってみる。
という事で、明日のロケに関してはもうバッチリ。自分の中でも今回の原稿のために再び調べた事例などが色々頭に入っているので、かなり自信あり!

だったのですが……。
今日の午前10時頃にみのりんから電話が掛かってきた。明日のロケのスタート時間に関しての話だろうなと思っていたのですが、いきなり衝撃的な事を言われてしまったのだ。
「明日のロケの○○○○○○なんですが、今まで何度も中継なんかが入っていてアポは簡単だと思っていたんですが、なんか今回の雑学『○○○○○○にある○○○○が使っていた○○○○は日本最古!』という物に“そんなの静岡県民なら誰でも知っているので、ワザワザそんな事取り上げてくれなくてもねぇ”という感じで全然乗り気じゃない上に、なんか迷惑そうな感じなんですが」という事だった。
う〜ん「静岡県人が誰も知っている」ってのはちょっと自意識過剰ではないか?それにこのコーナーは基本的に「静岡空港が開港した事で他県や他国から静岡を訪れてくれる人が増えるので、そこで静岡を自慢できる雑学を」という趣旨なので常識だっておさらいする必要あるし、その常識にみんなが知らない雑学を上乗せして楽しませようと考えているのだ、ふんがー!
と言うことで、みのりんもちょいと「まったくもー!」という感じで、結局「明日のロケ、別の場所で準備できますか?」という事になったのだ。

う〜む、今日書いて明日ロケっすか? あまりにも無謀。と思いつつ、準備してある年間スケジュールを見る。
スケジュールは季節ネタはその時期でしか撮れないので移動できないのですが、それ以外の季節に関係していないネタは適当に散らしてある。前の週が食べ物絡みなので翌週は工業関係とかバランスを取りながら。
その中で、本当は7月のお中元シーズンに向けて「温室メロンの生産量は静岡県が日本1」という物があったので「これって明日でも大丈夫だと思います、雑学もだいたいの流れは頭の中にありますので」という事を提案する。
みのりんも「それだったら以前もテレビのロケでお邪魔した袋井にある温室メロンのトップブランド「クラウンメロン」の方と連絡取れます」という事で即決。
では原稿は……、12時までの完成させてメールします。と電話を切ってさっそく原稿書きを始める。

と言っても、これまでメルマガや単行本などでメロンに関する雑学は何度も書いてきているので雑学部分のベースはだいたい出来上がっている。(らぶらじではまだ扱っていなかった)それを中心にして未発表の雑学メモデータベースからテレビ的な雑学に組み立てていく。その中で「日本一」という部分で意外な事実を発見してそれを書き加えていく。
ロケ先の情報はロケ先のサイトに書かれている物を基準に、あとメロンの歴史なども絡めて文章化していく。
そんなこんなで12時前にメールを送る。約2時間という短時間で仕上げた原稿だが、これまで書きためた文章がこうやって役に立つのだ。メルマガは最近発行していないけれど、約10年に渡って発行し続けてくるとそれも財産なのだなぁ。らぶらじの方は毎日分がもっと濃いのでそれをすでに450回放送しているので財産は大量にあるって事なのだ。1回分の放送は単行本1ページ程度の分量がある。
12時に送ったメールをみのりんは大急ぎでテレビ台本にまとめ上げる。しかし4時ぐらいから「イブニングeye」の打合せやメイクなどに入るので、制作時間は4時間。その後、4時前に仕上げたものをディレクターに渡して了承を取るって事なのだ。
「イブニングeye」の終了が6時45分、その後、その日の反省会(というのかな?)をして....

7時57分にみのりんから電話「遅くなりましたぁ」と台本を送ったという報告。そして明日朝は局を9時出発なのでどうしますか?などという話をする。
舞台裏ではそんなこんなのドタバタ劇が連日繰り広げられているワケですが、白鳥は優雅に泳ぎ続けているのです。って自分を白鳥に見立てるってのはどうかと。
しかし明日のロケに関して、前日にロケ現場を決める処から始めるって、ちょっとムチャな綱渡りでやんす。

| | コメント (0)

2009年6月 8日 (月)

ちょい笑かるた「らぶらじ」

現在SBSラジオ(静岡放送)で絶賛放送中の『らぶらじ』
その中の2時台「うんちく劇場」にレギュラー出演しているのですが、この番組聴取率もよく同時間帯に放送されている静岡県内のラジオ(FMも含め)でもっとも聴取率が高いそうでやんす。AMなのにこの快挙。
という事で、今年の聴取率調査週間という事で今週は色々な企画があるワケです。


その1つで、毎週月曜日にリスナーから50音順に面白川柳を募集して最終的にカルタにしようと言う「ちょい笑カルタ」という物があるのですが、まだ「や」までしか行っていないけれど、聴取率週間にぶつけて「カルタ大会」を開催することになったワケです。
という事で、絵札の方をパーソナリティの鉄ちゃんとみのりんが担当する事になったのですが、みのりんは自他共に認める「破壊力のある絵を描く人」そして現在ラジオテレビとレギュラーが多く時間があまりないという事で、5月28日の舘山寺ロケの時にいきなり「杉村さんにお願いできますか?」という事でその内の9枚を手渡された。さらにその次の週、6月4日のロケの時に「実はまだ自分が担当している9枚が終わっていないんです」というみのりんから残りの3枚を引き取り、全部で12枚を描く。

と言うことで、ただ働きですよ、頑張っちゃいました。すでに放送済みなので自分の描いた絵札を発表します。
「て」手品師の 帽子の中で 鳩爆睡
「と」飛んだよね あなたの顔に 飛んだよね
2009060801

「な」奈良漬けで 飲酒検問 ひっかかる
「に」肉離れ 本当に離れて 欲しかった
2009060802

「ぬ」ヌーブラと 言ってはんぺん つける母
「ね」願い事 そんだけ願って 10円かい!
2009060803

「の」のびやかに 桂小枝の マネをする
「は」吐いたよね? 玄関なのに 吐いたよね?
2009060804

「ひ」ひまわりが カゼをひいたヨ ゴッホ!
「へ」ベッドでも あなたやっぱり サウスポー
2009060805

「も」猛犬と 注意のシール ボクのこと
「や」ヤクルトを バケツで飲み干す 夢を見た
2009060806


番組では、詩吟を唸って30年という岳心会の泊心先生をお呼びして本格的なかるた大会を開催して、ムチャクチャ面白く「これ商品化出来ないかねぇ」という感じで番組内で盛り上がっていたワケです。 でも商品化するとなると、「は」と「や」辺りが著作権的に難しいので、修正しなくちゃイケナイかも知れないっす。 しかし、絵が見えないラジオ番組でここまで真面目にカルタ作るってどうなのよって感じでもあります。
という事で、杉村という人は雑学だけじゃなく、こんな絵も描けます。お仕事の依頼もお待ちしております。お仕事の依頼は<tisen@tisen.jp>へ!

| | コメント (0)

2009年6月 4日 (木)

ラブいぜ!しずおか・ロケ日記6:牧ノ原市・大鐘家アジサイ

静岡県の自慢できる所をロケして紹介する「イブニングeye」の人気コーナー『みのりんの、教えてシリスギ仙人 ラブいぜ!しずおか』(これが番組内で紹介される正式名称)なのですが、季節ネタというのはちゃんと抑えておかなくてはいけないワケです、
それ故に4回目も加茂花菖蒲園を紹介したのですが、やはり夕方5時台に放送されている番組ということで主婦がメインで見ているので「花」というのは魅力的なテーマなんでしょうねぇ。
花菖蒲園の時などは自分的には「イマイチ雑学が薄い」と感じていたのですが、視聴率はその時間帯にグンッと上がって好評だったらしいのです。何げにチャンネルを合わせた人が「まぁ綺麗」と見てくれたワケです。
個人的には「ゆるい雑学の時により多くの人に見られてしまって残念」なのですが。


2009060401という事で、これも季節物ということで「アジサイ」に絡んだロケです。
牧ノ原市にある大鐘家という江戸時代に庄屋として建てられた母屋、そしてそれから50年後に建てられた長屋門が現在「国の重要文化財」として保護されている場所があるのですが、その庭園には大量のアジサイが咲き誇り毎年この時期には観光客が沢山訪れるそうです。
という事で季節物植物園第2弾としてロケに行ってきたのですが、そのロケ前日にとんでもない事に気付いてしまったのです。
ロケ日「2009年6月4日」というのは、実はこのコーナーのきっかけにもなった『静岡空港の開港日』だったのです。すっかり忘れていた。

実は最初の計画では前回のロケを「静岡空港」にして、空港開港日の翌日6月5日放送になるのでタイミングいいじゃんとなっていたのですが、打合せの末「おそらくそれ前後、静岡のどのチャンネルでも(静岡には民放局が4つ、それプラスNHKもあり激戦区なのです)静岡空港の特集を組み、開港翌日はもうゲップが出る状態ではないか? 雑学も他の局でやり尽くされた状態になるんじゃないか?」という事で、静岡空港ロケは却下となった。個人的にはミーハー気分で「開港前の静岡空港でロケしたかったなぁ」という部分もあったワケですが。
ということで、頭の中からすっかり開港日が消えていた状態だったのです。
で、何が運悪いかというと、このアジサイが咲いている大鐘家は静岡空港がある場所、同じ牧ノ原だったのです。
という事で「こりゃ道がムチャ混むんじゃないか?」という恐ろしい予想の元、ちょっと早めに出発したワケです。
が、なんか拍子抜けするような感じにまったく渋滞もなく目的地の大鐘家に到着。

本日カメラを忘れて携帯のしょぼいカメラで
2009060403しかし季節物の恐い所でまだ梅雨入りもしていないこの6月初旬、アジサイは全開というワケにはいかず、色もハッキリしない状態でチョボチョボという感じでしか咲いていない。
おそらく放送される1週間後の6月12日前後だったらもっと綺麗なんだろうけど...という状態で撮影開始。
でもこういう場面でこそカメラマンの腕の見せ所という感じなのだ。ちょっと気が早いアジサイが固まって咲いている場所を何カ所か抑え、そこの前で「画面に映っていない場所も満開ですよ」という絵を取っていく。おそらくテレビを観ている人はそんな事に気付かないように映っているハズ。
以前もよく知っている某所がテレビで放送された時に「えぇ?ここの駐車場ってそんなに広くないだろ!」「そんなに園内綺麗だったかぁ?」「なんか凄く充実してみえる」とカメラマジックに驚いた事がある。

しかし今回のロケに関しては、雑学もかなりインパクトがある物だったので「見た目で引きつけて、さらに内容で引きつける」という自信があるのだ。
すでに放送済みなのでその雑学を紹介。
まずはアジサイの語源と色に関して
☆「アジサイ」という名前は集まるの古語「あづる」と藍色の小さな花「真藍(さあい)」を意味する「あづるさあい」が「あづさあい」→「あづさい」→「あじさい」と変化した物です。
日本はもともと酸性土壌が多いことから青いアジサイがメインだった事から「青い花が咲いている」という印象が多かったので「あづるさあい」だったのです。
☆ちなみにアジサイは環境によって色が変化する花としても有名ですが、地面が酸性だと青や白に、アルカリ性だと赤やピンクに変化します。これは理科の実験で使ったリトマス試験紙とは逆の反応です。

2009060404そんな感じの雑学を語りつつ園内を歩き、さらにアジサイに関する雑学を展開していく。
☆雨の季節に欠かせないのが、綺麗な花を咲かせるアジサイですよね。そしてアジサイとセットで描かれる事が多いのがカタツムリですが、実はカタツムリはアジサイを嫌っているという事をご存じでしょうか?
絵を描く時にアジサイの葉の上にカタツムリを書いてしまいますが、実際にそんな光景を見たことがある方はそんなにいないと思います。
☆アジサイの葉には「青酸配糖体」という毒素が含まれていて、カタツムリはその毒素を分解出来ないのでアジサイの葉を食べることが出来ないので、あまり近寄らないのです。
この「青酸配糖体」は自然界には多く含まれている毒素で、有名な「青梅は生のまま食べちゃダメ」「ジャガイモの芽には毒があるよ」と言われるのも同じ毒素なのです。
☆去年の梅雨時、茨城県の飲食店で料理の彩りとして添えられていたアジサイの葉を食べてしまった客8人が食中毒になった事件がありましたが、それは「青酸配糖体」が悪さをした事件です。
という雑学を語る。

2009060402ついでにテレビでは語らなかったのですが、カタツムリはこの時期どこでよく見かけるかというと、コンクリート塀やブロック塀などの濡れた場所です。これというのはカタツムリは背中にしょっている殻を作るための栄養素カルシウムを求めて、雨によって濡れたブロック塀などからカルシウムを摂取しているという事なのです。(この辺は、現場でみのりんなどに語った部分)
そんなこんなで「毎回、みんなが驚いてくれるような雑学を語っていけたらいいなぁ」と思っているワケです。
先ほども書いたように金曜日夕方5時台の放送ってことで、夕飯の買い物に出かける直前の主婦が見て居るんじゃないかという設定で、この番組で知った雑学を何気なく夕食の時に子供に語って聞かせ「え〜ママ凄い」と言われるような展開を勝手に想定しております。
雑学は語ってナンボって気もしますので。
でも、真剣にテレビを観ている人じゃなくても、サラッと見ている人にもなんとなく理解出来るように解りやすい言葉をチョイスしております。その辺の微調節が難しいですが。

と言うことで、ロケが進んでいく途中、お客さんに声を掛けられる。もちろん有名アナウンサーのみのりんの方がですが。
そのお客さん達はテレビでのみのりんも知っているが、さらに「いつもラジオ聞いてますよ」などと嬉しい事も言ってくれるのだ。こうやって「らぶらじ」リスナーさんと逢うってのは普段無いことなので。
ということでみのりんが「実はこちら、2時のうんちく劇場の杉村さんなんです」と紹介してくれる。すると口々に「まぁいつも聞いてます、本当毎回楽しみにしてます」「あの雑学どこで調べるんですか?」「毎日、毎日、よく話す事がありますねぇ」などと話しかけてくれるのだ。
あんまり人に褒められ慣れていないので「いや、毎日頑張ってます、ありがとうございます」などと言うのが精一杯で、なんか恐縮しちゃうのだ。もっとドンッと構えろって。

2009060405そんなこんなでロケが終わった所で挨拶をして帰ろうとした時、大鐘家の方が「お茶用意しておりますので」と声を掛けてくれる。園内に売店や飲食できるスペースもあって、そこに名物『大鐘餅』というアンコ餅があり、美味しくいただく。
と、そこに「小沼さんサインお願い出来ますか?」と大量のサイン色紙が出てくるのだ。全部で10枚ぐらいあったかな? ここに飾る物だけでなく従業員の方々の分もあり、大変だなぁとそれを横目で見ている。
そう言えば自分は有名人願望もないせいなのか、サインなんてものを考えた事もない。
とりあえずこれまでラジオのイベントなんかでサインをねだられる事も多々あるのですが、その際にはかなり適当に書き殴り、オマケで簡単なイラストをつけて渡している。基本的にサインを考えていないので毎回違っていると思うけど。
一番最初にサインをしたのは、2007年5月20日、浜松で一番最初ののらぶらじ公開イベントを開催した時だった。当然、そのイベントが始まった時はお客さんは自分の事を認識していなかったワケですが(ポスターにはメインパーソナリティしか映っていなかった)、「うんちく劇場」を終えた後、ぼーっと客席の後でステージを見ていた時に、ひとりのおばさんが名詞サイズのレシートのような紙をいきなり差し出し「サインお願いします」などと声を掛けて来たのだ。それが生まれて初めてのちゃんとしたサイン。
あのサインは果たして今も保存されているのだろうか。

そんな事を思いつつ、ロケを完全に終了させて大鐘家を後にする。
その帰り道でみのりんがいきなり「らぶらじ月曜日のコーナー『ちょい笑川柳』を再来週カルタにして番組でカルタ大会を開く事にしたのですが、その絵をお願いできますか?」などと、ただ働きの仕事依頼をしてくるのだ。とりあえず絵を描くのは好きなので快諾。(この話は6月8日へ続く)
このロケというのは色々時間的な縛りがあるのですが、まず基本的な部分では小沼みのりんが夕方のニュースに出演することから局に3時ぐらいまでには帰りたい(最悪ボーダーは4時)という物がある。さらに自分が毎日2時に携帯電話でラジオ出演しなくてはいけないので、その時間もキープしなければいけない。
それが毎回綱渡りのような感じでもあるのだ。

今回は2時直前に高速に乗る手前の『げんこつハンバーグの炭焼きレストランさわやか』の駐車場に車を止める。この『げんこつハンバーグ・さわやか』は静岡県磐田市出身の長澤まさみがTOKIOの「メントレG」で大好物として語り、さらに「がっちりマンデー」でも紹介したことから話題になり、その後、福山雅治がライブで静岡を訪れた際に「ここ旨かった」とラジオなどで語った事から話題になった静岡県内のチェーン店なのだ。
といいつ自分が住む静岡県東部にはまだ出店していない事から未食という事で本日はここに決定した。
みのりんを初めとしてスタッフは先に店内に入り、自分だけ車の中に残りそこから携帯電話でラジオ出演をした。
こっちの内容は静岡空港に関係した話題で、実は日本初の旅客機は静岡県で制作されたが....という話や、滑走路に付けられている数字で解るとある事....や、市街地へのアクセスが悪いと言われていた静岡空港は世界の空港とくらべてそんなに悪くない、などの話を語る。1回の放送で原稿用紙3枚以上話している計算なのだ。

という事で、ラジオ中継が終わって「さわやか」のげんこつハンバーグを食べ、局へ戻るのであった。げんこつハンバーグは確かに美味しかったっす。

| | コメント (0)

2009年6月 3日 (水)

うわー参った!雑学は水物....(ロープウェイの雑学)

2007年4月から「らぶらじ」というラジオ番組で平日毎日『2時のうんちく劇場』と称してうんちくをダラダラと喋っています。
2009年5月から「イブニングeye」というテレビ番組で毎週金曜日『ラブいぜ!しずおか』というコーナーで静岡県の雑学を語っています。


その数年前から単行本も何冊か出させて貰っているのですが、基本的に自分は「昔から雑学とか、こまかい部分の話が好きで、それらを収集している」というのを趣味としてやってきていた。パソコン通信を1992年から、そして1998年からネットで書き殴ってきた。
当然、そんな事が仕事になるとは思っていなかった。
だから、ある意味凄く気楽な気持ちで始めてしまった部分もある。今、そのパソ通で始めた当時に自分が書いた文章を読んだら「何テキトーな事書いているだ、このトンチキ野郎め」と怒り、勢いに任せてガセ検証サイトでも作っちゃうレベルだったかも知れない。

基本的には雑学なんて、先人達が書いた雑学の焼き直しが多いので、やっぱり最初は雑学本を読んで「これマジっすか?」という素直な驚きを、素直なままに「人に教えたい」と思っていた。だからパソ通で書いていた当時なんてのは、書いた文章はその元ネタの雑学本に書いてあった事から1歩も外へ踏み出さないような内容だった。
パソ通時代は読者も多くて100人とか200人(もっと多かったかな?)レベルだったワケですが、インターネットに移行してさらにメルマガを発行すると、読者数は一気に1万人を超えてしまった。ネットでもそれを読むことも出来たので読者はもっともっと多かったと思う。
そうすると、ちょっと医学系の雑学を書くとプロのお医者様から「先日のメルマガで書かれていた件ですが」と訂正や補足メールなどが届くようになってきた。事件や法律ネタの時は警察や裁判所関係の方から、芸能系では実際にタレントの方から、出版関係からでは作家の方からも。プロの方からメールを頂く事が多かったのです。(訂正ではなく、自分が知っているネタが出て嬉しかったのでというのも多かった)
そこで「こりゃ迂闊な事は書けないぞ」という事で、当時サラリーマンだった自分は日曜日に図書館などへ出かけて調べ物などをするようになっていったのです。基本的に調べ物が好きなので、それは苦にはならず逆に楽しかったのですが。

そこで、それまで大量の雑学本で読んでいた雑学ネタが「なんでそこまでしか書いてないんだろう、もう少しツッコメばもっと面白くなるネタが転がっているのに」と思うようになっていったのです。もうその時点で色々メールを下さった方々に大感謝なのです。
そんなこんなでメルマガを発行している間に、ネット内でそれなりに有名になり、ネットで読者をしていた編集者の方から「出版しませんか?」というお誘いを頂き、最初の本『知泉』、そしてかなり好評だったらしく半年も待たずに『知泉2』を発刊したのです。
その時点でも自分は普通の会社勤めをしていて、心の中では「雑学は趣味」という部分が強かった。もちろん人様に向けて発信しているし、単行本は金を払って貰うという前提なので、楽しんで貰いたいし、間違いがあっちゃいけないという心づもりはあったのですが。
それがヒョンな事から、雑学のプロとして仕事をする事になってしまった。

それでも、それまでの延長があるので「アマチュアに毛が生えた程度」という気持ちもどこかにあった。でもラジオのイベントなどで逢う人々は当然自分の事を「プロの雑学師」と思って接してくれるワケです。そう言うことで段々プロ意識を持つようになってきた。
しかし雑学というのはやればやるほど難しい。
実際には凄く複雑な話でサラッと説明出来ないような事例でも、面白い要素があるのでなんとか伝えたい!という事で文章の細かい部分を端折ってコンパクトにする事もある。が、コンパクトにしたために「それ説明不足です」という指摘も受けた事もある。うんうん、御免よ御免よと謝るしかないのだ。
あと時代によって変化してしまう雑学もある。
そんな事を今さっき経験した。

先週ロケにいった「舘山寺のロープウェイ」に関する雑学なのですが、このネタは元々2007年に発行した『静岡県の雑学』にも掲載した物で、すでにこの雑記を更新している時点では放送済みなので書いてしまいますが
☆舘山寺にある浜名湖パルパルにあるロープウェイは浜名湖の湖上を横切る「水上ロープウェイ」ですが、実は現在日本に水上ロープウェイはたった2つしかありません。そのもう一つが伊豆にある淡島に渡る海上ロープウェイなのです。つまり水上を渡る2つのロープウェイはともに静岡県にあるのです。
という事で、これに関して「他にあったらどうしよう」という事で、数週間前からこの件に関して徹底的に調べていった。過去にあった水上ロープウェイも解る限り調べていった。

もっとも古い記録が1914年に上野で開催された「大正博覧会」という展覧会で客寄せアミューズメントとして臨時に設置された「不忍池ロープウェイ」が不忍池の上をが渡った、というもの。
これは日本で2番目に設置されたロープウェイだと言われていますが、展示会終了と共に撤去されています。
日本初の正式な水上ロープウェイは戦後1956年になってやっと登場しています。それが鹿児島県にあった「さつま湖ロープウェイ」
これに関して調べていて引っかかってしまった部分が「2004年廃業」という記録。10年位前にすでに前述の雑学を知っていたので、その廃業年は本当か?と思っていたのです。色々調べて解ったのは1956年に運行開始して、14年後の1969年に運行が終了となっているです。しかし運営会社によるとそれはあくまでも休業という事で、休業から35年経過した2004年に正式に廃業となっているのです。
その次の水上ロープウェイが1958年の「豊島園ロープウェイ」。これは遊園地の遊具としてのロープウェイですが、1年ほどで終わっています。
で、次が今回ロケをした1960年運行開始の「舘山寺ロープウェイ」
その後は1962年運行開始の「奥多摩湖ロープウェイ」ですが、こちらは1966年に運行停止。
そしてもっとも新しいと思われるのが伊豆にある「あわしまマリンパーク海上ロープウェイ」。
このロープウェイの運行開始年が調べても不明だったのですが、とりあえず自分も子供の頃から記憶にあるので1970年より前からあると思います。
この何年か不明ってのを「でも他には無いって事が解ったし、いいか」と放置しておいたことが、後々面倒な事になっていくのです。

そしてかつて聞いたことがある噂話なのですが「水上ロープウェイってのが新しく出来ないのは、80年代に法律が改正されて新たに設置出来なくなったらしいよ」という物がありました。
それ故に、現在運行中の「舘山寺」と「あわしま」が日本にたった2つしかない水上ロープウェイで有り続ける事が出来るって事なのかも知れない。
ロケをする前にその辺を調べようと思っていたのですが、色々とゴチャゴチャしていた事から「ロケが終わった後で調べて、その部分はナレーションで追加しましょう」という事になっていた。
と言うことで、今週になってロープウェイなどの管轄は現在は国土交通省という事で電話をして聞いてみた。
そこで帰っていた答が「ロープウェイを水上に作ってはイケナイという法律はありません。しかし国土交通省としては、ロープウェイはなるべくそのケーブルの下には道や湖や海がない処を選んで下さいと指導をしてます」という事だった。
たとえばロープウェイは切れてゴンドラが落ちた場合、そこまで行かないとしてもストップして宙づりになった場合の救出作業の時、下に道路があったり水面だったりすると作業が困難になるし、二次的な災害も起こりかねないので、水上ロープウェイはオススメ出来ないという事。
さらに、水上ロープウェイの場合は途中に中継の鉄塔が建てられないケースが多い(実際舘山寺のロープウェイはそれなりの距離なのですが、途中に鉄塔は何もない)ので、技術的に難しい部分もあるのでオススメ出来ないという事も大きな理由だそうです。
ま、そんな無理をしてでても観光地に作りたいのなら作ってもいいけどさ。
というのが国土交通省の見解だそうです。そうかぁ。
と言うことで、そういう調べもすんで後は放送を待つだけだなと安心していた。

放送2日前の水曜日にみのりんから電話が掛かってきた。
「伊豆淡島に渡るロープウェイの資料映像があるかなと思ってSBSの映像センターをチェックしたんですが残念ながらありませんでした。そこで淡島ロープウェイに電話をして写真だけでもお借りできないかと思ったのですが、そこでとんでもない事が解ってしまいました。なんと、淡島のロープウェイは今年の2月に運行終了して鉄塔などもすでに撤去してしまったそうです!」
なんてこった!ロケ先でしっかりと「その2つは共に静岡県にあるんです!」と強調して喋ってしまったのに、もう今からじゃ取り直しなんて出来ないっす!あの片道4分しかないロープウェイの中でNGを出しちゃダメだという恐怖と戦って撮影したってのにぃぃぃ!
あぁ前に調べた時に「あわしまロープウェイの運行開始年が解らない」って時にもうちょっと突っ込んでいれば良かったのに!!! 実は去年の暮れに野暮用でこのロープウェイの場所を通った時にはちゃんと運行していたのにぃぃぃ!!!
と後悔先に立たずなのだ。とりあえず放送の方はみのりんがロケ映像が流れた処で上手に「ところが残念な事にあわしまのロープウェイは今年2月で運行が終了してしまったんです」という訂正をサラッと挿入して、何も問題なく展開していたのだ。
感謝感謝!こっちの中途半端な雑学をフォローしてくれてありがとう。

事前のチェックはやりすぎぐらいが丁度いい。これからはシリスギ仙人のヤリスギ調査でいくのだ。

| | コメント (2)

2009年6月 2日 (火)

緊急事態発生!

すでに3年目に入って3ヶ月ということで、緊張感も無くなってしまっらラジオ出演。それはいかんよなと思う。
でも最初の頃は、スタジオと電話が繋がる2時直前までに「トイレを済ませて」何故か「手を洗って」何故か「歯を磨いて」なぜか「ヒゲも剃ったり」なぜか「髪の毛も整えたり」と、自分のテンションをカチッとした方向へ持っていこうと努力をしていた。ラジオもちゃんと1時から聞いて、その日の流れに乗ろうとしていた。
ところが、最近はダラダラとして直前まで別の仕事をしたり(最近原稿書き仕事に常に追われているような感じ)、本を読んでいたり、ぼーっとしていたりする事もある。
そんな感じで、イカンイカンと思ったりもするのだ。


という事で、そんなダラけた自分に鉄槌を喰らわすような事件が起こった。
いつものように2時直前にスタジオから電話が入り「2時になります。いつものように冒頭で2本ほどお便りを読んでからコーナーが始まります」とディレクターがお決まりの事を言う。
以前は『2時のうんちく劇場』という事で2時ジャストに始まっていたのですが、この1年ぐらいは2時の時報の後、お便りや雑談を約5分ほどしゃべり「では、うんちく劇場です!」と始まるワケです。だから実際には『2時5分のうんちく劇場』なのだ。
という事で、もう3年目という事なので安定した感じで、気を抜いていたのだが、「ではしばらくスタジオの声を聞いていて下さい」とディレクターがいつものように告げた直後、とんでもない事が起こってしまったのだ。

いきなり「ブチッ、ツーツーツー……………」と電話が切れてしまった。
え?と思ったが、おそらくスタジオ側は切れている事に気付いていない。
いつも喋っている電話は家庭用の固定電話なので、慌てて携帯電話でスタジオ直通の電話をして「切れました!」と報告を…、と思ったのだが話し中で繋がらない。
ラジオでは本日のパーソナリティのてっちゃん&みのりんがお便りを読んで和気藹々しているのだが、これが終わったら「では」とコーナーが始まってしまうのだ。
おそらく「杉村さ〜ん……、あれ?杉村さん…」と言う感じで放送事故になってしまうのだ。これはマズイ!
スタジオに再びかけ直してみるが、相変わらず話し中。
えっと今日、スタジオにいるのは…と思ったが、先ほど電話を掛けてきたSさんの携帯番号は知らないので「スタジオにいてくれ」とKさんの携帯電話に掛けるが……出ない!
慌てて別のOさんの携帯電話に掛けるが……やはり出ない!

ラジオから流れてくるスタジオのトークは盛り上がっている。いつもなら「そんなに盛り上がらないで早くコーナー始めてよぉ」とか思う事もあるのだが、今日に限っては「もっとトークが盛り上がって長く長くやって欲しい」と祈るしかないのだ。
ダメ元で再びスタジオ直通の番号を…ダメだ、まだ通話中になっている。
さてどうしたらいいのだ? この間、2分ぐらいだと思うが全身が嫌な感じの汗でびっしょりとなり、頭がフラフラしていた。
こうなったら最後の手段だ!とスタジオへ「電話が切れています」とメールを打つことにした。誰かスタッフがコーナーが始まる前にメールをチェックしてくれて気が付きますように!

と、メールを送信する直前に固定電話が鳴り響いた。
「すいません!さっき切り替えたつもりで電話切ってしまいましたぁ、もう始まりますのでよろしくお願いします」と早口にSさんが事情を話し、電話はいつものような感じで切り替わり、受話器からスタジオのトークが聞こえて来た。
「それでは杉村さんです」「はい、こんにちわ杉村です」
と平常心平常心と心の中で称えながら「本日の雑学は!」などと話し始める。

もう全身びっしょりと嫌な汗をかいた状態なのだ。5月28日に「こんなスリリングな経験はなるべくならしたくない」と書いたのに、さっそく自宅でプチスリリング体験をすることになるとは。

| | コメント (0)

« 2009年5月 | トップページ | 2009年7月 »