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2009年4月30日 (木)

ザ・ブルーベル・シンガーズ『昭和ブルース』

ザ・ブルーベル・シンガーズ『昭和ブルース』
作詞.山上路夫/作曲.佐藤勝/編曲.佐藤勝
1969年09月/¥400
日本グラモフォン/SDP-2043


2009043001昨日29日は「昭和の日」というワケの解らない祝日になっていまして、とりあえずどっかで昭和を祝ったんでしょうか?もう祝日ではなくとりあえず休み増やしちゃえって感じの日ですよね。
その前の「みどりの日」ってのもよく解らない名称だったけど、とりあえず「昭和天皇の誕生日」っす。
という事で、その昭和がタイトルに付けられた曲ってことで選んだのがこのザ・ブルーベル・シンガーズ『昭和ブルース』
いやぁ天気の良い祝日に相応しくないどんよりした曲です。
この曲は天地茂が「非常のライセンス」の主題歌として1974年にカバーしたバージョンの方が有名ですが、こっちがオリジナルバージョン。

2009043002いきなり「♪生まれた時が悪いのか、それとも俺が悪いのか♪」ですから。もうね、歌詞を読み込めば読み込むほどどんよりとしちゃいます。基本的には「何かをしなくちゃ生まれてきた意味がないんだ」と言っている歌詞なんですが、なんか結末は悲惨なモノが待っているかのような曲調で。
でも、昭和がタイトルに入った曲という事で思いついた『昭和枯れすすき』よりは前向きって事で。
このジャケットに写っているのは歌っているザ・ブルーベル・シンガーズではなく、この曲を主題歌として使った俳優座制作の映画『若者はゆく』の出演者。
左から佐藤オリエ、田中邦衛、山本圭、橋本功、松山省二の五人。
映画『若者たち』の続編として自主上映作品として1969年に作られた映画(ストーリーはここで)高度経済成長期の中でもみくちゃにされる名も無き労働者たちの苦悩を描いた作品。
なんか昨日の「昭和の日」ではなく、明日の「メーデー」に相応しい曲なのか?

2009043003しかし、この曲を今の若い人々が聞くと「演歌じゃん」と思ってしまうのかもしれないけれど、この時代は演歌的な物がジャンルとしてカッチリとしていなかったので、どの世代も普通にこういう曲を聞いていたのだ。
って、自分にとっては全然リアルタイムではないんだけど。
このザ・ブルーベル・シンガーズって、基本的にカレッジフォークのグループで元々は明治学院大学の軽音サークルが出発点で、岩崎稔・福家暢夫・関本裕司・笹島良一・林健一・井野信義という六人がオリジナルメンバーらしい。
B面の「杉の木の下で」は可もなく不可もなしの爽やかなカレッジフォーク。海が恋しちゃったり、青い海原群れ飛ぶカモメな感じの曲。それの作詞作曲が岩崎稔となっている事から、本来はこっちがやりたかった曲で、「昭和ブルース」のようなどんよりした感じの曲はお仕事として押しつけられたんだろうなぁ。

2009043004他にはヒットと呼べる曲はなく、末期に3人組になって、なぜか「月光仮面の歌」をカバーしている。
実はモップスが歌ったカバー曲「月光仮面の歌」が話題になった影響で、その後シャープファイブや寺内タケシとブルージーンズもカバーしている。その流れでのリリースなのかもしれないけれど。
そんなこんなで、この曲を聞きながら、先日まで放送されていたドラマ『銭ゲバ』のエンディング曲「さよなら」を思い出してしまった。あれが後々現在の大不況時代を思い起こさせる『平成ブルース』になるのかなぁ。

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2009年4月29日 (水)

初ロケ(由比漁港にて)

晴天!


ということで本日、4月29日が私にとっての初めてのロケとなりました。まさか自分の人生の中に『ロケ』なんて言葉が登場してくるとは思ってもいませんでした。
ロケってのはロケーション(location)の略で、本来は位置とか所在地などを意味する英語で、住宅やホテルなんかの建っている場所が風光明媚だとかを説明する際に『ロケーションも良く』などと出てくる言葉なのだ。
テレビや映画なんかのロケという言葉は、そこから派生したモノで「スタジオ外の場所に出かけその場所で撮影する」という意味合いなのだ。
コンピュータ用語でも、ディレクトリー位置なんかもロケーションと言う。
そんなこんなで、たった今辞書などで調べたドロナワ知識を「〜なのである」とあたかも以前から知っていたかのように喋る私がテレビ進出なのですよ。さて困った。

それにしても、良い天気。先日の日曜日なんかは日本各地を暴風が吹き荒れて!とか、昨日も局地的に大雨が!とか言っていたので心配していたのですが、それも杞憂に終わったのだ。
静岡駅に8時半という事で、8時24分着の新幹線で駅に降り立つと改札口でオレンジの眩しいサマーコートを着たみのりんが出迎えてくれた。SBSで一番忙しいんじゃないかという売れっ子女子アナ小沼みのりさんに迎えてもらえるとは感謝でやんす。

本日は「昭和の日」といういまいちピンと来ない祝日という事で、それなりに車も多いわけですが、それでも順調に目的地の由比漁港に辿り着く。(由比漁港といえば、話題はアレですが、とりあえず伏せる)
そして、そこで初めて「シリスギ仙人」というキャラクターの衣装を見せてもらう。
ハッキリ言って、打合せで見せて貰うのならば「ここはちょっとこうした方が」という注文やダメ出しが出来たと思うんですが、現場でいきなりなので何も言えず。与えられたモノをそのまんま。いや、もう腹は括っています、はい。
それでも、それを装着した(着るではなく)自分の姿をちょっとチェックすると「これでいいのか?」というクエスチョンマークが…。
「杉村さん、いいじゃない!」とみのりん。売れっ子女子アナだけあっておだてが上手でどこまで信用していいのか不明だが「この先はもう、自分の姿をチェックしない」と決めた。

さらに衣装として白衣を渡されたのですが、サイズがM。自分は基本的にサイズLなのでピッチピチ。なんとかボタンをとめる事は出来るのですが、身長からしたらMは無いと思うんだよなぁ
しかも、かぶり物のアゴ部分が出っ張っているのでアゴを常に上げたような状態。いわゆるオードリー春日に近い状態になってしまい、それによって胸からお腹を前に突き出したかのような姿勢に成らざるを得ないわけです。ピッチピチの白衣を着て。
とりあえず本日のシリスギ仙人は急場しのぎVer.で、現在本格的なかぶり物を発注している最中だそうで(コーナー企画がいきなり立ち上がったのがよく解るエピソードですが)、現在は観光地にある顔出しパネルのような感じ。実に動きにくい。そして本日、風が無くて良かったと思う。この先、シリスギ仙人のプロフィールには「弱点:風」となってしまうのではないかと。

ちょっと精神的にスタートからグッタリした部分もあったわけですが、まず最初に番組内で「シリスギ仙人に扮する杉村とはどんな人」という説明のためのカット撮影。シリスギ仙人ではなく、素の杉村としてこれまでに出した本なんかを手にポーズをとる。
というシーンを湾の漁船停泊地の隅っこで撮影したのですが、実は極度の高所恐怖症なので、普通の人でも別段恐くないと思われる場所でも、岸ギリギリに立つって事でもビビってしまうのだ。ちょいと引きつりながら撮影。かぶり物で恥ずかしいってのより、高所がNGなのだ。
などとここに書くと意図的に高い処での撮影を入れてきそうな気もするが、みのりんと広告代理店Gさんは船がNGという話も聞いたので「もし高い場所の撮影を無理矢理入れたら、船での撮影入れるからね」という事なのだ。(と言いつつ、高い場所での撮影予定を自分で入れているんだよなぁ…、某所の説明でしょうがなく)

その由比漁港名物のお店は10時開店なのですが9時半にはすでに長蛇の列。
さっそくそこを使って撮影開始。
静岡県外からのお客さんも多いのですが、静岡県人にはみのりんは人気者で「写真いいですか?」みたいな声がかかる。その後でポツンとわけの解らないかぶり物をした自分は佇んでいるわけです。
今までラジオだけで顔が知られていない上、今回が初ロケなのでシリスギ仙人というキャラも誰も知らない。ただの「変な人」という扱いなのかもしれない、あるいは芸人と見られたのかもしれない「でもあの芸人、面白くない」という印象だったかもしれない。まだ色々な道は険しいのだ。って芸人は目指していないっす。

実は、このコーナーではみのりんも、Web展開している『ラブいぜ!しずおか』の中に出てくる女の子ミノリンの服を着て、頭にもデッカイ花を付けて…と派手な恰好をする予定で、みのりん本人も色々アイディアを出していたのですが、番組上層部から「小沼みのりは番組の顔で、堅い真面目なニュースを読むので変な芸人臭を付けちゃダメ」とダメ出しされ、普通の服装になってしまったのです。「せめて髪の毛に花でも」というみのりんの提案も「ダメッ!」となったワケですが「その代わりにシリスギ仙人はなんでもあり」という事だそうで。
だから芸人じゃないってば。
でも、この現場に来て撮影が進んで思うのは「二人とも突拍子無い服装だったら、かなり痛いコーナーになったかも知れない」という事なのだ。痛いのは私一人で結構。

その後も撮影は階調に進み、あっちに行って撮影、こっちに行って撮影。
基本的な原稿は自分が書いているのですが、それをさらにみのりんがテレビ的にカット割りや後でナレーションを被せる事を考慮して手を加えたモノを渡され、丸暗記して喋る。
ラジオでは原稿はあるんですが、その都度、書き言葉と喋り言葉で微調節しつつ、スタジオの展開に合わせて順番を変えたりそれなりにアドリブを加えるんですが、今回の番組はコーナー時間も色々含めて5分という事なので(半日ロケで5分ってのもやはり凄いよなぁ)、台本はビシッと厳守でいくのだ。

ちなみに『ラブいぜ!しずおか』はこの先、色々な展開をしていく予定なのですが、その一貫のノベルティとして『限定うまい棒』を制作して、本日撮影に協力してくれた方々にお渡ししました。
非売品なのでかなり貴重品。で「限定品って味は静岡がらみで、ワサビかなぁ、温州ミカンかなぁ、ウナギかなぁ」とか言っていたのですが、味は残念ながらフツーの野菜サラダ味でした。パッケージを作るのはすぐ出来るんですが、味まで作るとなったら大騒ぎになるので、残念ながら。

その後、漁港近くにある大衆食堂「おふくろ亭」へ移動して最後の撮影となった。
本当はそこで二人で美味しそうに食事をしてニッコリという観光案内を含めたコーナーの終わり方の定番を撮影しようとした処で問題が発生してしまったのだ。
シリスギ仙人の恰好をした自分は、その状態では食事が出来ないという事が判明してしまった。その結果、ラストカットはみのりんが一口食べて「おいし〜い」と言いつつ、最後にカメラに向かって番組の決め言葉「ラブいぜ!」と決めるとなった。
その時シリスギ仙人は何をしているかというと、隣の席に座って意味不明にニッコリ笑いながらみのりんの話を聞いているという事になってしまった。なんか挙動不審のかぶり物男なのだ。
あとは編集作業でどんな事になっているかを祈るしかないのだ。
もしかしてCG処理で、その場にいない人になっていたらどうしよう。

その後、来週分の打合せをして、ついでにそこから2時に電話でラジオ出演をする。本日は「イブニングeye」の中で放送するコーナーの撮影という事もあったので、その番組内でも放送されている「ヤン坊マー坊天気予報」をテーマにしての話。途中「実はとなりにみのりんもいるんですよ」と言うことでチラッと出演してもらったのですが、みのりんはテレビでのニュースキャスターの時と、ラジオのパーソナリティの時とキャラをキッチリ使い分けているということで「いきなりだったのでテンションを上げきれずに、テレビ用の喋りをしてしまった」との事。
そういう意味では、杉村もテレビの時はもうちょっとハッチャケた方がいいか?などと思っているのだが、どうやらいつものキャラの方がイジリがいあるらしい。
それでいいのか?

その後、みのりんは3時までに局へ戻る(夕方6時台からの「イブニングeye」に毎日出ているので)との事だったので、自分もまだ放送している「らぶらじ」のスタジオに顔を出そうかな…、と思っていたのですが初ロケ&太陽光線にやられて、体力的にグッタリしてしまったので「静岡駅で降ろして下さい」という事で、そこで本日の仕事終了となった。
いや、マジにこれからの急務は『体力をつけるのだ』という事かもしれない。机上の青白い雑学野郎は卒業なのだ。とりあえず静岡県内だけでも「実際に行った見た触れた」という事でいくのだ。
とりあえず5月1日「SBSイブニングeye」の5時20分頃で『来週からこんなコーナー始まります』という説明があり、本日撮影分は5月8日同時刻に放送なのだ。
(本日のブログの画像は後にアップするかもしれませんが、自分はイッパイイッパイで写真撮影をほとんどしてなかったっす)

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2009年4月28日 (火)

テレビ的な雑学とは?

この2年間ラジオで雑学を語り続けて解った事は「メディアによって相応しい雑学というものがある」という事なのだ。


2009042801メルマガで10年間(その前のパソ通時代を含めると15年以上)雑学周辺をウロウロして、それなりに受けているという実感の元、多くの雑学を書き散らしてきた。
その中で、徐々に自分に合った書き方を模索して、ある程度カタチになったなぁという処で「トリビアブーム」に巻き込まれ、ほぼ同時に単行本『知泉』を2冊連続で発行し、その後色々な事や、様々な事や、悲喜交々な事が起こったり巻き込まれたりしながら、雑学者生活を続けてきた。
おそらくその時点で「自分のスタイルは完成した」と思っていたワケですよ。雑学の紹介の仕方はそれが最良だと。

しかし、その勢いでラジオの仕事を始めると、それまで積み上げてきたモノが必ずしも完璧ではないという事に気が付いた。ラジオのリスナー、しかも真っ昼間の番組という事で、ネタのジャンル制限、内容制限という壁を感じたのだ。
自分が面白いと思っていた部分が「面倒くさい話」なので使えない。さらに普通に昼間ラジオを聞いてくれている人には興味ないジャンル、たとえばビートルズの話題は大丈夫だけど、ローリングストーンズの話題はちょっと…、手塚治虫の話題は大丈夫だけど、細野不二彦はちょっとね、とか。

2009042802あとラジオは言葉だけなので漢字の話題とかも弱い。あと数字に関する雑学も凄く難しい。
やはり文字で読むような感覚と違うという事を痛感しているのだ。
ついでにラジオは片手間に聞いている部分もあるので、小難しいネタなんかはパスって事になってしまう。
しかし2年間やって来て大体の感覚は掴めたと思っている。

でもって今回のテレビの仕事なのだ。
これがまた新たな悩み山積みで、今までダメだった漢字などに関した雑学は逆に使えるようになった。画像があるってのは本当に便利なのだ「ではこの2つを見比べてみましょう」と現物を出せばそれで全てを理解させる事ができるのだ。あと「無茶苦茶デカイ!」というモノだったら、画像で提示するだけで説明はあんまりいらない。
が、今度はその画像というのがネックになってくる。つまり、何も考えずに雑学的に面白いからと適当に取り上げても「画面が地味」という部分で、ちょっとテレビ的にどうなのよ。という展開になってしまうのだ。

2009042803そういうワケで、今回の「SBSイブニングeye」の金曜日『ラブいぜ!しずおか』での取材先を自分が選ぶことになっているのですが、なかなかネタ的には「世界一なんですよ!」とか「実はこれ日本初だったんですよ!」と言葉では静岡県を大いに自慢できるネタなのに、どうしても「絵的に地味」だと困ってしまうワケですよ。どうやって画像として盛り上げようかと。
単純に「雑学」って事で、どこで発表しても同じように見えて、メディアによって切り口を変えて行かなくてはイケナイってのは難しいと、痛感している。
そんなこんなで、メディアに出ていない時に直接対面した相手に「ほほう」と思われる雑学というのも、またひと味違ってくるのかもしれない。

2009042804原稿を読むんじゃなく、暗記しているモノをサラッと言えるってだけで感心される事もある。これはちょっと雑学の本質とはズレていくかもしれないけれど、例えば子供の頃「東海道線の駅名」とか「円周率」とか「歴代天皇」とかをスラスラ言えるだけで「凄いジャン」となる。
例えば、自分がいま資料を見ずに書ける暗記物としては
「サラブレッドとよばれる血統書が付けられている馬のルーツを辿っていくと3頭の馬のどれかに辿り着く、その馬とは「ダーレーアラビアン」「ゴドルフィンアラビアン」「バイアリーターク」の3頭」
というネタで、この3頭の名前をすらっと言えるだけで「へえ」と感心してもらえる。(んじゃないかと)
ネタ的には「サラブレッドは3頭の血統に辿り着く」というのは、定番雑学なんですけどね。
あと日付なんかも付け加えると雑学の信用性が増し、こいつ出来るという印象が加わる。
でも危険なのは「その場で確認出来ないのでウソなのかどうか解らない」という部分があって、適当カマしている人もいたりするって事なのだ。

2009042805_2中には「数字を言うと信用する」とばかりに実際は覚えていないのに適当に飛ばして語っている人もいると思う。(基本となる部分も適当でって人もいるけど)
実際に適当カマしている人に遭遇した事もあるけど、そう言う時は訂正していいのかどうかを悩んでしまう。
適当カマしているって状態じゃなくても、他人が語った話題を訂正するのは勇気がいる。
先日も打合せで「ガッツポーズというのはガッツ石松が」とチラッと話題に出た時に、ついつい「実は…」という事を言い始め、その語っている最中に「ワザワザ必死にその説明しなくても」という部分が脳裏をよぎりはじめ、途中で気持ちが軽く折れてしまった事もあったりしたワケで。

2009042806そんなこんなで「雑学」という事だけで、色々と考えてしまいつつ、テレビで見て面白い雑学を探究し続けるのであった。

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2009年4月22日 (水)

ゆるキャラと、ばらちらしと、おいちゃんと私、の一番長い日

200904220213日の雑記で書いた進行中の新聞&Web、そしてテレビでの企画なんですが、本日、最終的な感じの打合せで静岡まで行ってきました。
三島駅から静岡行きの新幹線に乗る時、ちゃんと「静岡駅止まり」というのを確認してから並んだのに途中で不安になって「もう一度時刻表を確認して…」と再確認しに行ってしまった私であります。
で、本日の打合せは静岡新聞社で行うのではなく、駿府城にちょっと近い場所で。
静岡新聞社の担当さんから「本日予定の関係で伺う事が出来ませんので、杉村さんよろしくお願いします」とのメールを貰っていて「なんてこった」と思いつつひとりでトボトボと駅から歩いて伺う。


2009042211ちょっと早く付いたので、去年の夏にイベントをやった『新静岡センター』が取り壊されている現場を見学。昭和30年代の一番建造物のデザインがシャープで機能的だった頃の建物が壊され始めているのだ。ちょっとしんみり。
予定時刻の2分ほど前に到着し、打合せを…と思っていたら「もう少ししたら小沼さんも来ますので」とのお話。あ、一人じゃ無かったんだ、と一安心なのだ。考えてみれば、今日の打合せはテレビの話がメインなので、新聞社は関係なく、小沼みのりんが一番深く絡むのでメインはそっちだよなと納得。
その打合せでは「この企画の事はどのタイミングでラジオやブログなんかで発表しちゃっていいんスかね?」という話になり「あ、別にもう発表しちゃっていいっすよ」という返事をいただきました。
という事でやっと正式発表しちゃいます。

この春から始まった静岡放送の夕方の情報&報道番組『SBSイブニングeye』の中で、5時台に毎日レポートコーナーなどがあるのですが、金曜日は小沼みのりんがメインキャスターとして全編仕切るという事から「何か目玉になる企画を!」という事でアイディアを練っていたのです(本当は番組開始当初から始まらなくてはいけなかったのかもしれませんが)。で、自分の知らない処で杉村を使って「テレビ版うんちく劇場」というワケではないのですが、何か出来たら…と思っていたそうです。
と、いう話と別に3月から静岡新聞社が「静岡を知ろうキャンペーン」としてWeb連動の企画を立ち上げ、それに杉村が執筆者としてあげられていたのです。
つまり、その2つの企画、どっちも杉村が知らない処で動き始め、杉村が参加するという前提で進んでいたワケです。

2009042212忘れもしない3月13日、私の誕生日なのですがこの日に、ラジオ「らぶらじ」のディレクターがメールで『静岡新聞社が、紙面を使った広告のお仕事を杉村さんにお願いしたいとの事です』という、やけにあっさりした仕事依頼を受けたのです。
こっちも、時々新聞の下3分の1ぐらいを使った自社広告みたいなのがあるのでそんな感じのモノかな?ぐらいに思って、かなり軽く「いいっすよ」と仕事を受けたのです。それが、今に繋がるどでかい誕生日プレゼントになるとは思ってもいませんでした。
次第にそれが1回限りのモノではなく、新聞紙面とWebを連動させて、1年をかけて続ける「静岡をもっと知ろうキャンペーン、もっと自慢しちゃおうキャンペーン」というモノだと言う事が解ってきて「こりゃいい加減な気持ちじゃいかんぞ」と思ったワケです。

初めての打合せが3月23日(月曜)で、いわゆるプロの現場という緊張感を味わったのです。そしてその高揚感のまま、いつもは電話出演している「らぶらじ」に生出演する事になり、その直前の昼食で前回の雑記に書いたように、自分が「新聞社企画の打合せをしてきた」という話をし、みのりんが「イブニングeyeの企画を現在考えている最中で」という話をしたのです。
その後は、コツコツとWebに掲載する文章などを書きつつ日々を過ごしていたのですが、前回の雑記にも書きましたが、4月8日に「来週の月曜日に打合せがありますから来て下さい」とメールを貰い、そこに「小沼みのり」という名前が書かれているのを発見し「これは…」と企画がコラボしていった事を知ったのです。
スタートラインからそうですが、まったくもって杉村が知らない処でどんどん話が進んでいるワケです。
という事で、やっと本題に入れますがこれが今までの経緯。

現時点で一番大きな話として、5月から「SBSイブニングeye」の中で『ラブいぜ!しずおか』というコーナーが始まります。
6月に静岡空港が開港するという事で、県外だけではなく海外からも直接静岡にやって来るお客様を迎え入れるために「こんなに静岡は凄いんだよ、素晴らしいんだよ」という事を自慢するという事で「静岡県人も意外と知らない静岡」を紹介する趣旨のコーナーなのです。
まさか静岡空港なんていうデッカイ話題に間接的にでも自分が関わるとは思ってもいなかった。

でも「静岡の名産自慢・名所自慢」みたいなモノはこれまでテレビやラジオや新聞などでやり尽くしたので、それだけじゃ面白くない。自分じゃなくてもいいじゃん、と思うワケです。
そのために、それをちょっとズラした観点から雑学を披露するという事を考えています。ちょっとハードル上げすぎで、棒高跳びレベルのハードルがいくつも並んでいるように見えてしまうのですが、やりがいはあると思っています。
単行本『静岡県の雑学』でもやった手法なのですが、静岡テーマの雑学のように見えて、ちょっとズラしていくというのは、話の広がりを創る意味ではありだと思っています。

最初、本日の22日は直前の台本を煮詰める作業で、明日の23日に初ロケに出かけ、1週間後の金曜日5月1日からスタートとなっていたのですが、諸事情で5月1日はコーナー内で企画意図の紹介「来週から始まりますので、乞御期待!」という告知になるそうです。
初ロケは29日で、初放送は5月8日だそうです。
現場に小沼みのりんと杉村がロケに出向き、そこで「○○について教えて!」「実はね○○は…」と会話をするワケですが、その台本原稿も杉村が書くので、これも毎週の仕事として忙しくなるのだ。つまり月〜木曜はラジオ、金曜はテレビという事です。
しかし、現在どうなるのか…という最大の懸念が「杉村はシリスギ仙人というキャラに変身する」というとんでもない設定があるのだ。

2009042201一番最初の「静岡新聞とWebの連動企画」としてあったのが『なるほ道場 ラブいぜ!しずおか』というモノで、アニメで書かれた「なるほ島」にある「なるほどの塔・五名答」に納められた書物を書いた何でも知っている「一本杉のシリスギ仙人」というキャラ。
このシリスギ仙人が書いたとされる書物を書くのが自分の担当だったワケです。つまり、シリスギ仙人というペンネームで原稿を書いているような状態。
それがテレビ連動の企画となった処で変な事になって「その番組でうんちくを喋るのも当然シリスギ仙人だよね」という事から、自分がテレビに出る時には「シリスギ仙人」というキャラのコスプレをする事になってしまったのです。

2009042204で、そのコスプレの話は前回の打合せでも出ていたのですが、その時からマジっすかという状態だった。コスプレというより「ゆるキャラ」なのだ。
今日の打合せでも、まだ現物は出来ていないけど完成予想図や粘土製のミニチュアなどを見せられ、絶句……………。
その数秒、私の頭の中にはこれまでの人生の楽しかった事や苦しかった事が走馬燈のように巡り、あぁあそこでこうやればよかったという自責の念や、あんな事でも振り返ってみればささやかな幸せだったのだなぁとキュっと胸が締め付けられるような想いがグルグルと…。あぁ私はこんな事をするタメに生まれてきたのだっけかなぁ。この2年間の努力が結実する着地点はこんな処だったのかなぁ、と深く深く考え込んでしまったのだ。
そんな苦悩も「杉村さんおいしいじゃん」の一言でサラっと流されて「決定稿」となってしまったのだ。いや自分は名刺にもとりあえず刷っているように「雑学系ライター」という肩書きなんですが…。
でも、これも人生だ。もっとこの先努力して、色々有名になった時に「杉村さんもデビュー時にはこんなカッコしていたんですよね」「うわぁ辞めてくれよお」と嫌がってみせるための壮大なる前振りって事でガンバルのだ。
色々細かい打合せをして「てことは、放送までに台本をガシガシと書かなくちゃいけないのだ」という裏方的な真面目な作業をする話も出た。この台本を書く作業と、演者としての仕事が同時進行ってのも大変なのだ。

2009042203打合せ後に吉野寿司という店で昼食となったのですが、そこの「ばらちらし寿司」が絶品!普段、食に関して淡泊な自分ですが「あぁこういう食べ物は本気で幸せな気分になるなぁ」と思いつつ「でも毎日食べていたら人間としてダメになるかも知れない」などとも思ってしまったのだ。基本的にストイックが信条なので。
と言いつつ、この先『ラブいぜ!しずおか』のロケ先などは基本的に自分が決める事になるので「やっぱ、旬の美味しいモノを食べるロケがいいよなぁ」などと考えたりもしているワケです。
奥の座敷席に座った処でお店の方が小沼さんを見るなり「あらっ!まぁぁぁぁ」と驚きつつ、パァァと顔の表情がほころび「いつもテレビで見てます」と感激の声を上げる。あぁこれが有名人を見た時の反応ってやつかぁ「えっと第一テレビですよね」「いえSBS静岡放送です」という会話がありつつ「あらごめんなさい、野路さんと一緒に出てらっしゃる」「はいSBS静岡放送です」という応対が続く。やはりテレビに出るって事は色々と顔がばれてしまうって事で大変なのだなぁと思うのだ。
でもって、昼食終了後、みのりんが1時40分までにSBSに戻ってニュース読みのスタンバイがあるという事で一緒に局へ。

2009042213自分がラジオのスタジオに向かった時、すでに番組は始まっていたのですが、なんかいつもとスタジオの雰囲気が違っていて、番組に関係ない人がまばらにいて、ザワザワしている。いつもはスタジオの外に人がいても2人程度なのに、今日は10数人が無意味に立ち話をしていた。
実はこの日「らぶらじ」にはゲストが2組来るという事になっていて、まず1組目が映画『BABY BABY BABY!』のプロモーションとして観月ありささん&山本ひかるさん。そして2人組目として9月に行うイベント「秋なのにサマーピクニック」のプロモーションで南こうせつさんが来るという事になっていて、スタジオ周辺に直接番組に関係ない人が物見遊山でザワザワと集結していたのだ。

2009042205_2観月さん一行は1時40分頃からのコーナーに出演ということで、自分がスタジオ入りした直後にやってきたのですが、テレビで見ても「スタイルいいなぁ」とか思っていたけれど、実物はもう形容しようがないほど「人類として別ジャンル」という感じですな。
スタイルとか、顔の小ささとか、ハッキリと「芸能人オーラ」というモノを感じましたよ。
と、スタジオに入ってトークを始めた時、ふと後を振り返ると「こんなにここ人間が入れるんだ」と思うほど更に人が溢れ、スタジオの外は人だかりになっていました。全部で60人以上はいたかな?
テレビ局、ラジオ局、新聞社が1つになっている建物で「オマイら、とりあえずマスコミ側の人間だろ、そんなにがっつくな!」とか思ったけれど、実際に観月ありさという人物を見ると「いや、眼福眼福」という感じでした。
おそらく事務系の仕事をしていると思われるような若いお姉ちゃん達が大挙してやって来ていた。
ついでに「日本一絡みずらいアナウンサー」とSMAP中居君に命名された牧野克彦アナもいた「いやぁ見学者の数、凄いっすねぇ」アンタもその要因ですがな。

2009042206で、そのごった返している最中にもう一人のゲスト、南こうせつオイチャンがスタジオ登場。自分の世代だと南こうせつさんはオールナイトニッポン木曜日パーソナリティで愛称「オイチャン」でやんす。
おそらくオイチャンはスタジオに到着した時にビックリしたと思う。
なんせ自動ドアが開いた時、そのフロアには明らかに出演者じゃない普通のスタッフがひしめき合っていたワケで(当然オイチャンはその時点では観月ありさ目当てだと知らない)。しかもその人々がオイチャンが入ってきた瞬間「アッ南こうせつ!」と驚き、モーゼの十戒のごとくザザザッと左右に分かれて奥にある控え室までの道を開いたのだ。さらに何故か拍手がわき起こり、なんだかよく解らないけど「いやどーもどーも」と大歓迎の中を通り抜ける事となったのだ。
オイチャンもビックリしただろうなぁ

2009042207観月ありささん&山本ひかるさんはもの凄いオーラ&もの凄いスタッフのガードもあって、近寄る事も出来ませんでしたが(とりあえず3m程度の距離まで)そのプロモーションが終わりスタジオ出てきた。
そこに丁度打合せを終えて出てきたオイチャンとバッタリ遭遇。観月さんがオイチャンを発見して「あっ」と手を振って近寄っていった。
ちらと聞こえたのは、オイチャンが「もう8年ぶりぐらいかなぁ」という事で、なんかよく解らないけど観月さんと握手をして、しばらくその手を離さないまま喋っていたという事。オイチャン…。
オイチャンは普通にしていてもそんなに大きくない人なんだけど、観月さんと向かい合っちゃうとその対比が凄いっす。というか、オイチャンと観月さんが立ち話をしている現場って凄いなぁ。
ニュースを挟んだ次のコーナーで自分が出演する「うんちく劇場」という事で、慌ててスタジオ入り。
で、さっきまで観月さんが座っていた椅子に座るという栄誉を頂きまして(って別に意図的に座ったワケではなく、毎回そこに座るんですが)、なんとなく残り香を感じながら2時からのコーナーをスタートさせたワケです。

2009042208コーナー冒頭のアドリブで会話をする処で観月さんのオーラについて語った後で「でも自分の世代では南こうせつさん、オイチャンはオールナイトニッポン木曜日っすよね。あの放送が確か1975年ぐらいからで中学生の自分は頑張ってラジオ聞いていましたよ。自分がラジオに生まれて初めてハガキを書いたのがこうせつさんの番組でしたから。かぐや姫解散後、初のソロシングルを出したのは忘れもしない1976年2月10日、その日に買いに行きましたよ「今日は雨」を」などとちょっと熱く語ってしまいました。
この辺はウソ偽りなく、当時は水曜がイルカさん、木曜が南こうせつさん、って感じで。(その後水曜日にタモリさんが登場するワケですが)ついでに当時、南こうせつさんのオールナイトニッポンには見習い小坊主みたいなデビュー直前の青年が出演していて、毎週生ギター一本で歌う「裸一貫ギターで勝負」というコーナーを担当していた。そのコーナーの間はこうせつさんはトイレタイムとか言っていましたが、その青年が長渕剛だったワケです。
実は、アドリブでこうせつさんの事を語っている時、ふと顔を上げるとブースの向こうで南こうせつさんがその話を聞いていたのだ。うひー!
そんなこんなでその後は「弘法大師」というテーマでいつものように語りコーナーを終了させた。

2009042209その直後、南こうせつさんがスタジオ入りして、今年の9月20日に嬬恋で開催するイベントの話題で「サマーピクニックって以前やっていたイベントを復活させるんだけど、もう自分もファンも若くないので本当にサマーに開催するとバタバタと倒れる恐れがあるので、サマーピクニックという名前なのに9月にやります」という話をしていた。
が、冒頭で「さっきのうんちくのコーナー面白いねぇ」ということから「あのファーストシングル『今日は雨』ってのは、へそ曲がりなので絶対売れないような曲ってことで重い曲にしたんだよねぇ、でも発売日に買ってくれたなんで嬉しいねぇ」などと、自分が振った話を展開してくれていた。なんつーか感激っす。

さらにてつさんが「奥さんに、今日ゲストでこうせつさんが来るって話をしたら『かぐや姫foever』というアルバムが大好きで、中学の頃、将来南こうせつさんと結婚するんだって思っていた」なんて話をしていました」なんて事で異常に盛り上がり、その勢いで「じゃ1曲」という事でかぐや姫の名曲「加茂の流れに」を歌い始めたのだ。うひーッ生加茂だ。ハッキリいって鳥肌がぞぞぞぞーっと立ってしまいました。自分の世代だと、本当に中学時代、ギターを弾き始めた時の憧れの人っすからね。

2009042210もちろん「加茂の流れに」も練習した曲で、あのイントロをいかに一人で再現するかという事に必死になってました。
でもって、途中の「あれは…初めての恋…」の処でてつさんがハモりを入れたのだ。内心、チェっ羨ましいぜ!と思った瞬間、特等席でスタジオ内を見ていた自分の背後から「あれは…初めての…恋…」というハモりの大合唱が。
ビックリして振り返ると、さきほどの観月さんを見るために集まった人々とは明らかに年齢層が違う50〜40代の人々がギッシリと観覧していたのだ。やはりかぐや姫世代は根強いのだと実感。でもって「加茂の流れ」を聞く時は当然のようにあのハモり部分は参加するというのが礼儀なのだなぁ。
オイチャンの出演コーナーが終わり、スタジオから出てきた処を思わず出迎えてしまい「感激しました」とどうしようもない程ド素人になって、他に上手く何を喋ればいいのか解らない状態で、さっきスタジオでも言った「オールナイトニッポンの頃から聞いていました」などとリピートしてしまうのだ。
そしてたまたま持っていた過去の「うんちく劇場」をまとめた小冊子を2種類渡して「これ読んで下さい」などと渡すのだ。まじにアホな田舎の中学生に戻ってしまった感じなのだ。痛い痛い。
しかし、こうせつオイチャンは「いやあさっきの弘法大師のうんちくオモシロかったよぉ」などとあのハイトーンボイスで言ってくれるのだ。うひー!

でもって「記念に写真でも撮ろうか」という事を言い出してくれて、スタッフ一同で記念写真を撮ってくれたり、ラジオなどのキャラどおりに気さくなオッチャンという感じで、いやあ「今日、来てよかったぁぁぁ」なのだ。
番組スタッフも「今まで来てくれたゲストの中でも最高にいい人だよね」という事で「あんまり南こうせつさんって知らなかったけどファンになったぁ」と言う方もいたほど。
そんなこんなで午前中の「よっしゃ頑張ってゆるキャラになるぞ」「テレビ台本を頑張って書くぞ」という一大決意と同時に、午後の「南こうせつオイチャンに褒められちゃったよぉぉ」という、異常なテンションのまま新幹線にも乗り間違えず帰宅したワケですが、予定外に気力を使い切ってしまい、何も出来ずに意識を失うように眠り込んでしまったのだ。

思わず長文を書いてしまいましたが、マジに長い一日だったっす。
おっと、忘れちゃいけない。Web展開を始めた『ラブいぜ!しずおか』のサイトでやんす。

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2009年4月13日 (月)

チコとビーグルス「帰り道は遠かった」

チコとビーグルス「帰り道は遠かった」
作詞.藤本義一/作曲.奥村英夫/編曲.寺岡真三
1968年12月/¥370
ビクターレコード/SV-785


200904131物語には「巻き込まれ型」という形式が存在する。
主人公は至極真っ当な人物で何も間違った事はしていない(スケベだったり、山っ気があったりする場合もあるけど)、それまでごく普通の生活を送ってきた。そこにある日、ひょんな事から事件に巻き込まれ、意図しているワケでも無い方向へと押し流されていくというパターン。
例えば藤子不二雄のテレビシリーズになるような漫画はこのパターンが多い。さえない少年の所に万能だけど抜けている所もある未来のロボットが送り込まれてくる「ドラえもん」、他にも「怪物くん」「オバケのQ太郎」「ウメ星デンカ」などなどがそう。
もちろん、現実問題としてそんな異形の物体が実際に出現するワケではないけれど、その手の事件はよくある。
有名な所ではゴミだと思って拾ったら1億円だった大貫さんの事件とか、もう本人の意志とは関係無しにドラマの中に巻き込まれていってしまうのだ。
そんなこんなを実感しつつある。

まだ明確な事は言えないのですが、先月の中旬にいきなり静岡新聞社の年間を通しての企画に参加する事になり打合せをしたのですが(その話も自分が関知していない処ですでに進んでいて、断る事が出来ない状態でのスタート)、それとは別の話として打合せに出たついでに静岡放送(SBS)のラジオ「らぶらじ」に生出演することとなった。
午後1時に番組がスタートするのですが、その直前の昼食時に、SBSの社員食堂でアナウンサー小沼みのりんからいきなり「4月から始まる夕方のテレビ番組イブニングeyeの金曜日のコーナーを考えているんだけど」と杉村出演の企画を持ちかけられてしまったのだ。
持ちかけられてしまったという感じではなく「もうほぼ決定でそっちの方向で動いてるから出てよね、っつーか出ろ」という強制参加という感じで。
なんですとぉ!と思ったのですが、最近自分は「腹をくくる」というのを肝に銘じて日々を過ごしているので「お願いします」と了承したのだ。

それから約1ヶ月、その間も静岡新聞で始まる企画に関して原稿を書いたりしつつ、それなりに忙しく日々を過ごしていた。
やっと「原稿書き」というライターっぽい仕事が出来るようになった!と、別にラジオで毎日しゃべる事に不満があるワケではないのですが、子供の頃から文章が好きだった人間としては感無量だったワケです。やっとライター仕事がスタートしたのだ。この仕事を成功させて、ステップアップするための足がかりを作るのだ!
そんな中、先週の水曜日に静岡新聞社の担当さんからメールが送られてきた。そこには「月曜日にSBSで打合せがありますので、お越し下さいませ」と書かれていたのですが、出席者の名前の中に「小沼みのり」という名前もあって、文面を読み返してみると「SBSテレビでの展開も」という文字があったのだ。
うぬぬぬぬ、という事でなんとなく「マジっすか」と思いながら月曜日にSBSに出かける事となった。

「らぶらじ」の打合せ時間に到着し、打合せ終了後に小沼さんに話を聞くと「新聞の企画とテレビの企画がコラボして、その中心キャラとして杉村さんをフューチャーする事になりました」という衝撃的な事を言われたのだ。
なんですとぉ!自分はこれまで信条として『出来る限り目立たず波風立たないようにひっそりと』という事を標榜して生きてきた人間なのだ。さて困った。でもどうやら「YES,NO」の選択権は自分にはなく、すでに企画は90%組上がっており、しかもテレビの収録も切羽詰まっている状態らしい。
え〜い腹をくくれ→俺。

ラジオが終了したのは4時、その後ダラダラしつつ解散したのですが、打合せは夜の7時半から。小沼さんが月〜金曜日の帯で出演していている「イブニングeye」が終了するのが6時近くなので、その後テレビの打合せなどを終了させた後での、こっちの打合せ会議という事なのだ。
時間があるので、歩いていける距離だというので時間つぶしとして竪穴式住居が発掘&展示されている「登呂遺跡」を見学。
まだ時間が余っているので、ショッピングセンターAPITAでウロウロ。と、電気店のディスプレイTVで「イブニングeye」が放送されていて、たった今まで話をしていた小沼さんがキャスターとしてまったく別人のようなキャラで出演している。なんか変な感じなのだ。
と感じると同時に、この番組に近々出演する事になるのか、テレビの中の人になるのか……と全然想像出来ない事に巻き込まれている自分をリアルに考えられずに立ちつくしてしまったのだ。

7時半、SBSのスタジオで静岡新聞社の方と小沼さん、そして広告代理店の方が集い、番組の方向性や企画意図などを煮詰めていった。
自分はテレビ制作の現場なんてのは今までまったく知らない人間のですが、そこではいきなりこの先とりあえず1年間の取材スケジュール(どんなテーマでどこへ行く)などを自分が決めて、そこで語る話題も自分が原稿を書いて、自分で喋る。という事を託されてしまった。いいのか、こんな業界素人の人間がどんどん決めても(当然ダメ出しもあるだろうけど)。

で、最重要事項としては出演に際して自分の衣装という物がすでに決まっていたのですが…、それはまだここでは書けないトップシークレットなのですが「マジッスか」という物。おそらく自分の地味なキャラとは対局に位置するような衣装かもしれない。というか「衣装」と呼んでいいのか? という状態なのだ。
この2年間、ラジオを通して築き上げてきた「うんちくの人・杉村」というイメージを粉砕してしまいかねない衣装なのだ。自分もそんなカッコはした事がない。
え〜い腹をくくれ→俺。

内容自体は、ラジオの「うんちく劇場」のテレビ版みたいな感じにはなると思うんですが、その淡々とした内容を打ち消すようなビジュアルが展開される事となるのだ。
ということで、これから毎週木曜日に収録として静岡県内を飛び回る事になります。と言っても、その取材日記を書き残したいと思うけれど、放送の関係もあって(木曜収録で放送は翌週の金曜)色々とタイムラグが発生すると思います。
でも、見事なほどの「巻き込まれ型」の人生だなあ。

打合せは9時半頃までかかり、その後、アナウンス室にいた國本さんに挨拶&報告。現在の自分があるのは國本さんのお陰なので感謝しきれないほど感謝しております。そういう意味でも、今回の話は成功させなくてはいけないのだ。
ということで、静岡駅まで送ってもらい帰途についた。
と言う所で本日の話が終わるハズだったのだが、どうしようもない自分は変な形で物語を展開させてしまうのだ。

朝、三島駅近くの駐車場に車を停め、新幹線で静岡駅に来ていたのですが、その駐車場は夜の11時50分までの営業となっていた。とりあえず時計を見ると時間は10時をちょっと回った処で、三島まで約20分なので充分余裕あるなと気が楽になり、本日のデッカイ話に「ついに来ましたか、俺様の時代が」などとちょっぴり慢心してみたりもするのだ。
ふと見ると「東京行き、22時10分発」という表示板が目に付いたので、おぉジャストタイミング、やっぱ上手く行っている時は何もかも上手く行くんだな、待ち時間無しジャン!と階段をトトトットと駆け上がり、ちょうどホームに滑り込んできた新幹線に颯爽と飛び乗ったのだ。
しかも2人掛けの席がちょうど空いている。
何もかも順調、こりゃ幸先いいねえ、と座り込んで行きの時に読みかけていた文庫本を読み始めた。
高田崇史著『試験に出るパズル』という推理小説なのだ。『QEDシリーズ』の作者による連作理数系推理小説なのだ。(NHKでドラマ化された『Q.E.D. 証明終了』の原作だと思っていたのですが、そちらの作者は加藤元浩さんだとコメントで教えて貰いました。ありがとうございます)
思わずぐぐぐーっとのめり込んで読んでいたのだが、ふっと気が付くと時計の針が10時40分を指していた。え?静岡から三島駅って20分ぐらいのハズだったのに…。

という処で瞬時に自分が置かれている状況を把握して、ザーッと顔面蒼白、血の気が引いていくのを感じた。もう、顔から血が引いていく音が太ゴシック60級で背後に描かれているのを感じ取ってしまったのだ。
つまり今自分が乗っている新幹線は三島に止まらないで東京駅まで直行って事?
で、今ここはどこら辺を走っているんだ? と思って窓の外を見ても真っ暗闇にどこなのか解らない街灯り。時折、どこかの駅を通過するのだが、駅名を確認できないスピードで通り過ぎる。
このまま東京駅までノンストップだったら、おそらく東京駅には11時10分前後に到着する計算になる。そこで丁度折り返しの下り新幹線が存在していたとしても、三島駅の駐車場が閉まってしまう11時50分までにたどり着けるのだろうか。それ以前に、この新幹線が最終で東京駅から下りの新幹線が無い場合は東京駅で野宿をしなければいけないという事なのか。あるいは運良く三島駅に辿り付いたとしても、駐車場が閉まっていた場合は翌朝の営業再開まで三島駅周辺で野宿なのか。いや三島駅まで辿り付けば、金がかかるけれどタクシーで帰るという選択肢もある。そうだ、東京駅まで辿り付ければ、新橋に住んでいる友達の処に転がり込むという手もあるじゃないか、と思ったけれど運悪く、新橋に住んでいる友達はつい先日引っ越しをしてしまいハッキリ住所を把握していないのだ、さてどうしよう。
などと改行する余裕もなく、脇汗をジットリとかきながら脳みそをフル回転させていた。

もっとも、どう考えようとも現状を脱出する手段はないのだ。大昔どっかの代議士がいきなり地元に立ち寄りたいという事から新幹線を途中で止めたという事件があったけれど、そんな事は到底できないのだ。
と思っていた処で10時50分頃、新幹線が減速を始めた。そして車内アナウンスが「新横浜、新横浜に停車いたします。この先、当車両は品川、東京駅に停車いたします。次は新横浜」と言いだした。
新横浜か!えっと、現在が10時50分。静岡駅からここまでが40分。ということは、静岡〜三島間が約20分なので、新横浜から三島までが少なくとも20〜30分という事になる。てぇ事は11時50分までに三島駅に到着するためには11時20分までに下り新幹線があればなんとかなる!
とむりやり楽観的な計算をして、まだ減速中だが席を立ちあがりスタンバイし、ドアが開くと同時に下りホームへと猛ダッシュをしたのだ。

新横浜と言えども11時間近の新幹線ホームは閑散としていた。今日は昼間ちょっと暑いなぁと思っていたけれど、それなりに厚着をしていて良かった。
ふと頭上の掲示板を見上げるとそこには、神が降りてきたかの如く、祈りが通じたかのような文字『23時06分発、三島行き』と書かれていた。
おぉ神よ、こんな無信仰者の私にも救いの手をさしのべてくれるのですね。あぁ感謝します。アーメンソーメン冷ソーメン。もしこの場に宗教勧誘者が出現したら思わず入信してしまいそうな勢いで安堵したのだ。
詳しい時刻表をチェックするとその23時06分の新幹線が本日の最終新幹線で、三島着が23時39分となっていた。という処で「そりゃそうだよな」と思う結論に行き着いた。
三島駅の駐車場が閉まる時間ってのは当然のことながら電車の時間とリンクしているのだから、最終電車が到着して数分後って事なんだろうな。
いやぁ勉強になった。

その新横浜駅で最終新幹線三島駅行きを待ちながら思わず心の中でチコとビーグルスが歌っていた「帰り道は遠かった」を口ずさんでしまうのだ。
帰り道は遠かった、来た時よりも遠かった♪
あぁそう言えばこの曲、幼少の頃に聞いてからずっと頭の中に残っていたんだけどピンキーとキラーズの曲だと記憶違いしていたんだよなぁ。ピンキラのベスト盤を聞いてもこの曲が入っていなかったので何故なんだろうと思っていたっす。
帰り道は遠かった、来た時よりも遠かった♪
好事魔多し、慢心せずに慎重に精進せよ→俺

YouTube「帰り道は遠かった

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2009年4月12日 (日)

『鴨川ホルモー』のスポットCMは間違いでは?

2009041201映画「鴨川ホルモー」のTVスポットとして売出し中のコンビ「はんにゃ」が出ているんだけど、なんか納得いかない。
いきなり「ホルモーやろうぜ」と言いだし、大声で『ホルモーッ』と叫ぶのだ、それって違うだろ。もしかしたら映画の中では原作とは違う設定になっているのかもしれないけれど、原作から考えたらあの楽しそうにポーズをとって「ホルモーッ」と叫ぶのはあり得ない。
もっと切羽詰まって鬼気迫る表情をしながら天を仰ぎノドから絞り出したような声で「ホルモーォォォッ!」と叫ぶのだ。


ということで、映画本編から編集されたスポットも流れはじめたんだけど、決めの言葉は「ゲロンチョリーッ」らしい。うーむ、確かに原作通りに「ぎああいっぎうえぇ」ではちょっと映画的に無理があるか。
原作は純粋に馬鹿馬鹿しくも清々しく、小説のジャンルとしては青春物から何かがはみ出しているし、ウォーターボーイズやスィングガールのような1つの目的に向かって仲間達と突き進むって話としてもはみ出しているし、単純に説明出来ないけれど、とにかく荒唐無稽でありつつリアルな大学生の青春物語になっている。

2009041202個人的には「早良さんそりゃないっすよ」って感じなんですが、青春という役立たずの痛い部分を呼び起こさせながら、ラストへ向かっての盛り上がりは危機一髪と一発逆転と予想外の結末と、ムチャ熱い。
映画も面白そうではあるんだけど(はんにゃのスポットには違うだろって感じがしますが)、やっぱ小説で発表された物はマズ最初に小説として楽しんで欲しいと思う。最初からホルモーの全体像を映画で知った後で読むとかなり印象が変わってしまいそうな気がする(そう言う意味では先に小説を読んでいると映画でのサスペンス風味が無くなってしまうかもしれないけど)

しかし映画で楠木(凡ちゃん)を栗山千明が演じているみたいなんだけど、これはちょっとイメージ違っているなぁ。

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2009年4月 4日 (土)

出版不況、テレビ不況

いやあ見事なほど、笑ってしまうほど不況ですな。


出版不況なんて言葉はもう5年以上前から延々と聞かされてきた言葉なんだけど、それに追い打ちを掛けるような社会不況が押し寄せて来てとてつもないほどの出版不況っす。
収入が減って買い控えの時期「さて何に関する出費を抑えようか」って時に出版ってのは打撃を受けるなぁ。
なんでそんなタイミングで自分は「フリーライターです」みたいな事になっちゃったかなあ。

雑誌関連は現在どこもダメダメ状態で、廃刊も続き、仕事の場も狭くなってどこにも入り込むスキがなく閉塞的でやんす。
ま、端から見ていると「雑誌が売れない」→「スポンサーの要求が厳しい」→「当たるかどうか不明の斬新な企画は出来ない」→「そこそこ話題になる無難な企画でまとまる」→「いまさらそれ?で読者が離れる」の悪循環をしているようにしか見えない部分もある。
こーゆー時に「このたびライター稼業を始めました」なんつー新参者が潜り込める場所はそうないのだ。過去の実績も、元々のコネもないし、田舎に引っ込んでいるという事で活動も難しいって事で。

と言いつつ、雑誌などでのライター活動は「まだネ」という事なんですが、別の方でそれなりに忙しく細かく仕事があるので、ある意味恵まれているとは思っているのですが、やはり子供の頃から雑誌大好きだったので雑誌連載てのは「いつかは!」と思うけど今は実力を積んでいく時期なのだ。いつまでも不況は続かないと願いながら。
と言うことで、現在はラジオやテレビ関係の仕事が中心になっているワケですが、そっち方面にも確実に不況の波が押し寄せている。

この春の番組改編を見てて思うのが、新たな番組はあんまりなく、とりあえず継続という感じが中心になっている。一応そこそこの視聴率が望める番組だったら冒険する必要もないじゃんという感じなんだろうなあ。新しいバラエティ番組を始めるとなると新たにセットを作らなくちゃいけないとか金銭面での支出が増えるし。
現在、スポンサー企業もどんどん減っているという状況。たとえば某番組なんかは半年前に始まった時はたしか7社ぐらいがスポンサーとして入っていたのに、現在は3社程度しかスポンサーの名前が無くなっていたりする。
でも番組内のCM本数とかが決まっているのでどうするのか? というと、その時間に他の番組の告知宣伝が異常に多くなっている。つまり自社製品CMばっかりなのだ。これなら知らないで見ていればCMの数は減っていないように見えるし、他の番組への貢献も出来る。

さらにどの番組も視聴率が欲しいので、バラエティにドラマ出演者が出てきてゲームとかしつつ宣伝をするという構図も異常に多くなっている。ドラマも宣伝出来るし、バラエティも普段出てくれないような役者の素顔を見ることが出来て、相互援助が出来てるのだ。
企業のCMでも、最近始まった春向けコマーシャルも「あれ?これって以前見たことある」という、去年の春に流していた物を再び流すというパターンをいくつか確認している。
少なくなってきているスポンサーからの要求も強くなっているだろうから、現在はとにかく視聴率が安定して取れる番組ばかりになり、それが逆に視聴者の「なんかいつも同じ顔ぶれ」みたいな飽きを呼んでしまうんじゃないかと思うのだ。

そんな中で放送されたTBSの「オールスター感謝祭」も、なんか不況の影響をヒシヒシと感じる番組になっていた。番組内のクイズはいくつかの細かいラウンドになっているんですが、以前は1ラウンドごとに1位に25万円、そしてその後の順位決めクイズでも25万、つまりラウンドごとに50万円が支払われていたのが、今回はいきなり1位に15万円、順位決めクイズに15万円、つまり1ラウンドで30万円って事になっていた。
手元に去年秋の録画(2008年9月27日放送)があるんですが、ラウンド数が今回より多かった。つまり単価を安く、回数も少なく、とかなりその部分で経費節減しているのだ。
ついでに去年秋の放送では何故か、小室哲哉率いるglobeのミニライブが開催されえている。確かその時「なんでいまさらglobe?」と思いつつ「台所事情苦しいのかなぁ」と思った記憶がある。小室哲哉が逮捕されたのが1ヶ月ちょっと先の11月4日だったので、どんなオファーでも受けたんだろうなぁという感じなのかも知れない。

そして賞金もドンッと下がっている。
10位〜6位10万円、5位20万円、4位30万円、というのは前回も今回も同じだが、2008年秋は3位50万円、2位100万円、1位500万円+日産MURANOだったのに対し、今回2009年春は3位40万円、2位50万円、1位ビックカメラ300万円分の商品券となっている。
ビックカメラの300万円の商品券って…。
もうそんな部分からも厳しいんだなぁというのが透けて見えちゃうのだ。

そんな金銭的にきつくなり保守的になっているテレビ業界ですが、今一番革新的で面白いのはNHKなのかも知れない。昔からNHKは保守的で地味で面白くないみたいな事を言われ続けているんですが、実際にはNHKは昔から革新的な局なのだ。
なんせスポンサー様のご機嫌を取らなくてもいい。今、受信料を払っていない人も多いそうなんですが、それでもスポンサー頼りではない分、民放が出来ない番組を作る事が出来る。地味な印象の番組だってちゃんと見ると凄く丁寧に作ってあるし面白い。(出演料が基本的に安いというのもあるけど)
それ以外に面白いのは、地デジを初めとする最新技術をいかに番組に反映されるかという部分での実験放送が進んでいるという事。もちろんそこで試された技術はのちに民放にも浸透していくんだと思うけど、面白いのだ。

テレビ離れが進んでいる若い層を取り込む実験として、ケータイ寄席という物もある。ラジオの投稿コーナーをそのまんまリアルタイムで「お題拝借」とやって携帯電話のメールで応募して、その場で読み判定するというこれ以上のインタラクティブな番組はないんじゃないかと思う反面、全国から大量に寄せられるメールの中から面白い投稿をより分けるのは待機している20人ぐらいのスタッフというアナログ人海戦術ってのも面白い。スタッフが面白いと思った投稿はスタジオで待機している千原ジュニアのパソコンに送られ、そこでさらに面白いと思われる投稿が番組で紹介され、今田耕司やゲストが判定するという仕組み。
NHKという日本の隅々まで電波が届けられているメディアでこれをやるのには凄い決断があったと思うけれど、GOサインを出したNHKに拍手!なのだ。


あとこの春から始まったドラマで「ケータイ小説連動ドラマ」もある。

最近の小説離れ、テレビ離れ、に反して若い世代にはケータイで読む小説がヒットしているという事から、NHKのHPに無料で登録すると、ドラマの放送1週間前からケータイ推理小説が6日間連続で配信される。その小説の中で事件が起き、ヒントが全て紹介される、でその解決はドラマで。という仕組み。
ドラマのほうは当然、6日分のケータイ小説部分から始まっているのでただドラマだけ見ている人にも謎解きドラマとして楽しむことが出来る。これって頑張った企画だなぁと思ってしまう。
しかもそのドラマを執筆するのが辻真先、白峰良介、黒崎緑、山口雅也、霞流一、井上夢人、芦辺拓、折原一という豪華な8人。このメンツのケータイ小説が毎日読めるってだけで凄いっす。
ケータイ小説連動ドラマ「探偵Xからの挑戦状」毎週水曜日深夜0時10分から(正しくは木曜日だけど)


そんなワケで、確かに今はテレビも出版も世界不況の煽りを受けてキビしいけれど、そんな時こそ金ではなくアイディアで勝負するという企画がガシガシ立ち上がって欲しいと思うのだ。

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2009年4月 3日 (金)

3年目

2007年春、ひょんな事から始まったラジオの仕事。


平日、午後1時から始まる「らぶらじ」内で、毎回約5〜10分、ただただ雑学を語り続けるという事で始まった「2時のうんちく劇場」なのですが、ついに3年目に突入です。
1回分の放送で喋る内容なんですが、ついつい貧乏性で「詰め込めるだけ詰め込んでしまえ」とやたらと密度が濃い内容にしちゃっているのですが、番組1年目の冬に突入した頃、周囲から「1回分の放送であれだけ密度があると長続きしないよ」とか言われるようになり、自分でもなんとかせにゃいかんと思っていた。
それがいつの間にか誰もそんな心配もしなくなり「あの密度は当たり前」という感じでになり、さらに1年が経過してしまった。2年目は本当に早かった。

自分の中で「毎回違うテーマで語らなくてはいけない」という緊張感があるので、そのテーマで一番面白いところをピックアップする事ばかりを頭にあるので「このテーマだったら2回いけるな」などと手加減して、ネタを保存する事も考えていなかったのだ。
そんな怒濤の放送も、ついに3年目。

実は4月1日が3年目ではなく、4月2日が3年目だったのだ。
2007年の4月1日は日曜日で、当日は静岡駅の北側にある会場で「昼間から前夜祭」というイベントを行い、その翌日の4月2日が正式な第一回目放送となった。(ついでにその次の日、4月3日はいきなり春の高校選抜野球のために番組休止)
いや、もう2年も前の話ですか。なんかあっという間の2年でした。それぞれの毎日は長かったし、思い出す事は山盛りなんですが、振り返ってみると本当に早かった。
4月2日で「2時のうんちく劇場」は通算410回目放送って事で、自分で自分を褒めてやりたいっす。

結構テーマ的に厳しい時もあったんですが、これは『雑学者』として腹をくくった自分へのある種の試練だと思って、1000本ノックのように毎回毎回挑んでいるワケです(なんて悲痛な決意ではないですが)。
とりあえずの目標は1000回放送って事で、計算では2012年の春までは続けたいと捕らぬ狸の皮算用をしている次第です。その回数はあくまでも現時点での目標なのでその後は記録更新をしたいと思っているワケですが、番組から「もうネタ切れでつまらなくなったのでいらない」と言われたらそれまでなので、現在の水準をキープし続けていかなくちゃいけないのだ。

しかし、こうやって「雑学の人」としてジワジワと仕事を続けていると、それなりに評価というモノも出来てくるワケで、静岡放送に出向くとラジオに直接関係ない人々から「いつも聞いているよ」などと声を掛けられる事も多く、いやはやって感じなのだ。
さらに、この2年間の仕事が信頼というものを呼び寄せたのか、現在大きな仕事も動いている。
まだその内容は語れませんが、近々どーーーーんと発表出来ると思います。

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2009年4月 2日 (木)

君のひとみは10000ボルト/堀内孝雄

2009040201君のひとみは10000ボルト/堀内孝雄
作詞.谷村新司/作曲.堀内孝雄/編曲.石川鷹彦
東芝EMI/ETP-10455
1978年8月5日/¥600


なんや最近ワケの解らん曲がテレビから流れておる、あの「君のひとみは10000ボルト」って曲なんや?人間の目ン玉から電気が出とるんかい、責任者出てこい!
と人生幸朗師匠が怒りまくっておりました。堀内孝雄のソロデビュー、1978年のヒット曲です。
このジャケットを見ても解るようにアーティスト名は『堀内孝雄[アリス]』で、まだアリスというグループがバリバリに活動中の作品。

すでにソロアルバムを2枚出していた段階の初ソロシングルなんですが、全編に流れるジャンジャカジャンカジャというギターといい、やけにエッジを感じない丸いドラム音といい、そのまんまアリスの曲って感じ。アレンジャーがアリスも担当している石川鷹彦なのでしょうがないかぁ、と思うんだけど、ソロで出す必要もあったのかなぁとも思う。作詞も谷村新司が書いているし。サビのコーラスが女性なのでそこはアリスと違うんだけどねぇ。

2009040204この2年後にサントリービールのCM曲としてリリースした「南回帰線」という曲も、滝ともはるとのデュエットで、これも「アリスでやったらいいんじゃないの?」という印象を持った記憶がある。
ちなみにB面の「故郷には帰りたくない」という曲は、その後の演歌歌手になる伏線みたいな曲。

もともとこの曲は資生堂のCM曲として企画され、その打合せの段階ですでにタイトル・サビ部分の『君のひとみは10000ボルト』という物が決まっていて、それに沿って作詞がされたという経緯がある。
その『君のひとみは10000ボルト』という言葉を考案したのはコピーライター土屋耕一氏だったのですが、その土屋氏が3月27日に死去したという事もあり、ふとこの曲を思い出してしまったワケです。

2009040202他にも土屋氏が考案し、それがCM曲になった物では竹内まりや「戻っておいで、私の時間(伊勢丹)」「不思議なピーチパイ(資生堂)」、ナイヤガラ・トライアングル「A面で恋をして(資生堂)」、ダウンタウンブギバンド「サクセス(資生堂)」などがある。
ペドロ&カプリシャスが歌った資生堂のCM曲「青いはばたき」では作詞までしている。ちなみにこのレコードは販促のみの非売品でB面の「コロン・オア・ティ」という曲も土屋耕一氏の作詞。
そしてB面には2本の溝が刻まれていて、1本は立木リサが歌っているVer.、もう1本には愛川欽也が歌っているVer.が収録されている。どちらが掛かるかは時の運でそれによって吉凶を占うというお遊びレコードになっているのですが、愛川欽也Ver.が掛かると「凶」だそうで、ってキンキンが可哀想でやんす。

2009040203CM以外では明治製菓の「おれ、ゴリラ。おれ、社長の代理。おれ、景品」というのがあった。もちろん自分は子供すぎてそのコピーの秀逸さには気付かず、景品のゴリラが欲しくてしょうがなかったワケですが。
土屋耕一氏は1930年生まれという事なので『君のひとみは10000ボルト』を書いた1978年には48歳。前述の曲タイトルになった物もほぼ同時期の作品なので、凄く勢いがあったんだなぁと感じるのと同時に、その曲が流行っていた頃自分は学生で、曲を書く作業を必死になってやっていたので、知らぬ間に影響を受けていたんだなぁと思うワケであります。英語に逃げずに、当たり前の単語でインパクトを出すってのは本当に難しい。
土屋耕一氏のご冥福をお祈りすると同時に、数々の素晴らしい言葉に感謝致します。

ちなみに、10000ボルトって大袈裟な!と思いがちなんですが、静電気が3千〜1万ボルトで、真冬にありがちなバチッと音がして「うわっぁ!」と叫んで手が痺れるレベルの静電気なので、「死にはしない」って感じの衝撃っすかね。落雷で10億ボルト。
2005年、オーストラリアでウールのシャツに合成ナイロンのジャケットを着た男性が大量の静電気を帯電させ、ビルに入った途端に爆発音と共にカーペットを焦がし、それでも放電しきらずに、逃げ込んだ車のプラスティック製品を溶かしたという事件が発生している。その後も放電し続けるジャケットを計測した所、4万ボルトの静電気を帯電していたらしい。
とりあえず10000ボルトでも心臓が弱くないかぎり大丈夫ではないかと、危険なのは電圧ではなく電流っすよね。

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2009年4月 1日 (水)

岡部いさくさんがテレビに出ずっぱりだなぁ

2009040101ここの所、北朝鮮の人工衛星だかミサイルだかテポドンだかの話題で、その解説者として軍事評論家の岡部いさくさんをやたらと見かける。
岡部いさくさんといえば軍事評論家であるけど、ガンダムマニアとして有名で「機動戦士ガンダム00」の設定協力で参加していたり、他のガンダムでも色々論文を書いたりしている実際の戦争と架空の戦争を繋いでいる人なのだ。


個人的には20年ぐらい前にイラストレーター水玉螢之丞さんのお兄さんって事で「へぇ」と思ったのが最初で、それから時々みかけるたびに「ほほう頑張っているなぁ」とか思っていた。
水玉螢之丞さんと言えば父親が「アッちゃん」「ベビーギャング」を書いていたマンガ家の岡部冬彦さんで、昭和30年代ソニーのキャラ「ソニー坊や」も書いている方です。
個人的には絵本「きかんしゃ やえもん」を読んだ記憶がある。(作者は阿川弘之さん)

岡部いさくさんのお姉さんもイラストレーターおかべりかとして絵本などを書いてるとの事で、イラストレーター一家の中で突然の軍事評論家って事になるのだ。
いさくという名前は本名らしいけれど(漢字表記があるのかは不明)これって旧約聖書『創世記』に登場する人名から取った物なんですかね?

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※おかべファミリー
左から
『ソニー坊や』岡部冬彦デザイン
『きかんしゃやえもん』イラスト・岡部冬彦
『魔法塾、はじめました』表紙絵・水玉螢之丞
『とんだトラブル!? タイムトラベル』イラスト・おかべりか

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