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2008年12月 3日 (水)

紙ふうせん「冬が来る前に」

紙ふうせん「冬が来る前に」
作詞.後藤悦治郎/作曲.浦野直/編曲.梅垣達志
1977年/¥600
CBS SONY/06SH 231


2008120301もうすっかり冬がやって来ていますが、紙ふうせんの名曲「冬が来る前に」です。
元々「赤い鳥」というバンド形式のフォークグループが1974年に音楽性の違いから解散し、ギターの山本俊彦とベースの大川茂&ボーカルの山本潤子が都会的なポップスを歌うコーラスグループ「ハイファイセット」になり、ギターの後藤悦治郎とピアノの平山泰代がこの「紙ふうせん」を結成した。
「赤い鳥」が1974年1月に解散した後、2月に二人は結婚し、後藤悦治郎と後藤泰代による夫婦デュオ「紙ふうせん」としてデビューしている。
その音楽性は「ハイファイセット」の都会的な感じとは違って、純粋に「フォーク」という物を模索するスタイルだった。
ちなみに「紙ふうせん」というグループ名は「赤い鳥」時代の曲『紙風船』から取られている。

この「冬が来る前に」という曲、1977年リリースの曲なのでその手の本などでは「1977年のヒット曲」として掲載されることもあるけれど、実際にヒットしたのは1年経過した1978年3月頃。
1978年3月9日のザ・ベストテンに8位に初登場しているが、それ以上順位は上がらず1週のみのランクインとなっている。が、記憶では結構長く20位までに留まっていたと思う。

この1978年の「冬が来る前に」のヒットでメジャーな存在になった二人ですが、9月のある時ひょんな事から後藤悦治郎の名前がクローズアップされた事があった。というのも1978年9月にアイドル木之内みどりが妻子あるミュージシャンの元へ逃避行したという事件が起こりまして、その相手が後藤次利だったんですが(当時の奥さんは元シモンズ玉井タエ)、何を間違ったのか数社が後藤悦治郎と勘違いしたというお粗末な事件。すぐ、勘違いだと判明したので大騒ぎにはならなかったのですが。
ちなみに、1974年に結婚しているんですが、このシングルに書かれているプロフィールでは奥さんは結婚前の平山姓で書かれている。そして事務所は宝塚市にある。

2008120302音楽的な事を言うとアレンジがちょっと変わっていて、イントロは静かに始まるのですが、曲直前でいきなりディストーションが効いたギターの揺れるリズムに切り替わるのがかなり特徴的。メロディ自体はすごく穏やかなんですが、アレンジはかなりビートが利いている。さらに完奏部のアレンジもかなり凝っている。
編曲をした梅垣達志はヤマハ系出身で、実はこの曲がリリースされた1977年はCharの名曲「気絶するほど悩ましい」の作曲もしている。80年代には岩崎良美の佳作「恋ほど素敵なショーはない」という曲も作っている。


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コメント

赤い鳥、紙ふうせんのファンです。
赤い鳥が解散したのは、1974年の9月、後藤さんと平山さんが結婚したのは、その年の5月です。その前に山本さんと新居さんが結婚していますから、赤い鳥には二組の夫婦が存在していたわけです。
その証拠に、ラストアルバム「書簡集」では、新居潤子が山本潤子に、平山泰代は後藤泰代に、クレジットが変更になっています。潤子さんはそのまま山本姓のままですが、平山さんは、紙ふうせんになってからまた旧姓に戻りました。以降、ずっと平山姓で音楽活動しています。
「冬が来る前に」のリリースは、1977年の秋でしょう。その後ヒットチャートを駆け上り、実際にメディア出演が増えたのが、78年の2月、3月頃。ですので、1年間のブランクなんてありません。

以上、気になったもので。 

投稿: kei | 2009年2月24日 (火) 15時18分

子供の頃に、母が、この「冬が来る前に」や、「八十八夜」などを聞いていました。
先日、押し入れの中を整理していたら、当時のレコードがたくさん出てきたと母が言ってて…
懐かしかったですhappy01
私がまだ7,8歳のころのお話でした。

投稿: 凛ママ | 2009年2月25日 (水) 12時46分

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