« 野口五郎「針葉樹」 | トップページ | 今年の漢字は『変』 »

2008年12月 5日 (金)

岸本加世子「北風よ」

岸本加世子「北風よ」
作詞.作曲.荒木一郎/編曲.青木望
1977年07月10日/¥600
NAVレコード/N-17


2008120501以前「白鳥哲/ひとりだち」でも書いたTBS『水曜劇場』のマスコット的ポジションとして、1977年放送『ムー』の中で、東京にある足袋店「うさぎ屋」に静岡から上京して1人暮らしをしている従業員の女の子として芸能界デビューをした。
この『ムー』は水曜劇場が一番テンション高い時代の作品で、色々な仕掛けがある番組だった。
店主は伊藤四郎で子供は清水健太郎と郷ひろみと五十嵐めぐみ、従業員として樹木希林(改名直後なのでクレジットは「悠木千帆改メ樹木希林」だった)、職人は伴淳三郎と左とん平(役名がなぜか野口五郎)
続編の『ムー一族』も含め、テレビ創世記に逆行するかのように生放送の回も何度かあった。

その生放送も二元中継で行われ、郷ひろみが劇中でバイクに乗りもうひとつのスタジオへ向い夜の都心を爆走して駆けつけるという演出があった。
さらにクリエイションの曲が流れ横尾忠則が作ったオープニングが始まった次の瞬間、音や画像が乱れフィルムが燃え始め「しばらくお待ち下さい」のテロップが出た…が、そのテロップを郷ひろみが持っていて「大変お見苦しい点がございました、では生演奏でお楽しみ下さい」と言って番組が始まったりと、毎回毎回これでもか!とアイディアをぶちこんだ作品だった。
さらにドリフの「8時だよ!全員集合」みたいな地方の公会堂からの生中継の回もあった。

再放送とか、番組の完成度なんかは二の次で「面白い物」と作っていたんだろうなぁ。やはり久世光彦という人は天才だ。
もっとも、この『ムー一族』の打ち上げの時に、樹木希林が久世光彦と出演者の野口朋子の不倫・妊娠を暴露してしまい、その事がもとで久世はTBSを退社し『水曜劇場』の異常なテンションはこの作品が最後となっている。(樹木希林も旧芸名をオークションで売ったりした直後で、異常なテンションだったのかも知れない)
久世光彦はTBS退職後にテレビ制作会社カノックスを設立している。そして1994年、久世光彦が演出するドラマで樹木希林が再び仕事をしている。

で、この劇中曲を歌う岸本加世子ですが、期待を裏切らないタドタドしっぷりで、か細い歌声で1音1音を探り探り歌っている感じが「これだよ、これ、水曜劇場の劇中歌はこれじゃなくちゃ」という感じなのだ。
この『ムー一族』以降、一時期は週刊プレイボーイで毎回のようにセクシーグラビア展開をして、見るたびに化粧が濃くなっていったので心配していたのですが、今でも大御所女優として残っているのはこの時には想像も付かなかったなぁ

2008120502ちなみに「北風よ」という曲は地味に名曲なんですが、何故か武田久美子が1983年にリリースした「噂になってもいい」という歌手デビューシングルのB面でカバーされている。武田久美子も岸本加世子に負けないくらいにたどたどボーカルを展開しております。
岸本Ver.では歌詞に『私は今16と伝えてほしいの♪』とあるんですが、これをリリースした時の武田久美子はまだ14歳だったので『私は今幸せと伝えてほしいの♪』と変えられている。
その武田久美子も清純派デビューから週刊プレイボーイに出るたびに化粧が濃くなり衣装が小さくなっていたワケですが、こっちは遂にそれに歯止めが掛からずに貝殻ビキニを経由して、魔性の女になってしまいました。

|

« 野口五郎「針葉樹」 | トップページ | 今年の漢字は『変』 »

コメント

いつもラジオ聞かせてもらっています。
今朝、半田健人さんと共演していましたよね。
昭和歌謡の伝道師・半田さんに負けず劣らずの知識の泉・杉村さんの話も面白かったです。
作詞作曲編曲の分業が歌手の持ち味を最大限に引き出すという歌謡曲。
杉村さんも半田さんも、そこで共通意見でしたね、なるほど。
今回は時間も短かったので、もっともっと半田さんと深い話をしているのを聞きたいです。

これからもブログ・ラジオ両方楽しみにしています。

投稿: 旅人 | 2008年12月12日 (金) 11時45分

私は貝になりたい。武田久美子の。なんてギャグがはやりましたね。

投稿: misao | 2008年12月12日 (金) 15時03分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« 野口五郎「針葉樹」 | トップページ | 今年の漢字は『変』 »