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2008年9月26日 (金)

一世風靡SEPIA「汚れつちまった悲しみに…」

一世風靡SEPIA「汚れつちまった悲しみに…」
作詞.SEPIA/作曲.編曲.芳野蘭丸
1988年/¥700
MOON/MOON-758


2008092601ここの所、秋の曲ではなく別のテーマで書いてきました。
松田聖子の「風立ちぬ」から始まっているのですが、小説のタイトルを引用した曲というシリーズ。
まず「風立ちぬ」は堀辰雄の小説。近年、韓国ドラマの影響なのか多くなった「難病物」を代表する作品で久我美子、山口百恵で映画化もされている。
それ以降は「最後の一葉」「赤と黒」「悲しみよこんにちは」と続いている。
この手のタイトルを引用してくるというスタイルは歌謡曲のタイトルには多く見受けられるのですが、これは元のタイトルにインパクトがあったという事と、耳慣れているという部分があると思うワケですよ。
でも、その内容は「そのタイトルになるべくしてなった」という状態であって欲しい。
でも時々、それは無いだろと感じてしまう物もある。

2008092603かの大ヒットした『世界の中心で愛を叫ぶ』なんかも、ドラマ化される前のヒットし始めた頃のアマゾン書評でも「タイトルの斬新さに思わず手に取りました」とか「こんな素敵なタイトルを思いつくなんて凄い」とか書かれていた。
実際にはハーラン・エリスンのSF『世界の中心で愛をさけんだけもの』がまずあって、それをアニメ「新世紀エヴァンゲリオン」が最終話タイトルで『世界の中心でアイを叫んだけもの』として引用した物。アニメや漫画などの章タイトルはこの手のパロディやオマージュが多いのですが、それを堂々と小説のタイトルにしてしまったのだ(作者ではなく担当編集者のアイディアとの事)。さすがにこれはイカンよなとは思った。

他にもタイトルを巡って揉めた物では、野島伸司が脚本を書いたドラマ「人間失格」は太宰治の遺族からクレームがついて初回放送ギリギリに「人間・失格」に変え、第2話からはサブタイトル「たとえばぼくが死んだら」も付けられた。(このタイトルに関する報道が初回放送直前に新聞に書かれたため、逆に宣伝になったので「やらせ?」と疑問視されているけど)

2008092602あと池田聡が1994年にリリースしたシングル『恋人と別れる50の方法』は、まったく同じタイトルの曲がポール・サイモンにあるために一悶着あった。小説から曲名とかはギリギリありだと思うけど、曲名から曲名はダメだろうなぁ。それが単純な単語「卒業」とか、単語と単語の組み合わせレベルだったらありだと思うけど。(太田裕美には「恋人たちの100の偽り」という曲もありますが)

そういう意味でこの一世風靡セピアの「汚れちまった悲しみに…」はどうなんですかね?
アニメ『魁!男塾』のオープニング曲として使われていたそうなんですが、中原中也が中学時代の愛読書だった自分としては「許せん!」という感じではあります。
なんせ歌詞を読んでみてもタイトルが「汚れちまった悲しみに…」である必然性が感じられない。
「汚れちまった悲しみに」というフレーズの後にもう一行、というのが何度も続くのですが「汚れちまった悲しみに、俺の青春もナンボのもんじゃい」「〜、時代がこうで悪かったのう」「〜、いつか本気で笑おうや」と、別に汚れてしまった悲しみをどうこうする詩に続かないのだ。
単純に「汚れちまった悲しみに」というフレーズが意味ではなく言葉の流れとして乗っているだけにしか思えない。もしかしたら意味が聞き取れない英語のフレーズでも差し替え可能かもしれないのだ。

このシングルのライナーノーツに一世風靡セピアの「何故俺達はパフォーマンスという言葉を使うのか?」という文章が掲載されていて、その中でこんな事を書いている。
俺達は或る時人から
かっぱらってきても俺達の武器として
時代に切り込んで生きたいのだ……。

この一世風靡セピアという集団は、やたらと男気とか集団とか結束力を前面に出していて苦手な部類ですが(非体育会系のヘナチョコ野郎です)、「俺達は闘うために手段を選ばないぜ、前人が築いてきた物も全部俺達の中で消化して武器にしていくぜ」と言いたいワケですか。
でも、中原中也をこんな無惨な形で利用するのは辞めて……、と思ってしまうのだ。
ちなみにB面は「幾時代ありまして」という曲で「幾時代ありまして/殴りあいや激論の末に」とか言う内容。これも中也の『サーカス』という詩にある「幾時代かがありまして/茶色い戦争ありました」が元ネタ。ゆあーん、ゆよーん、ゆやゆよん、という田村信も真っ青なリズム感のあるオノマトペで有名な詩。

あくまでも、この辺の意識は個人で差があるし「麻丘めぐみとか斉藤由貴はOKで、一世風靡セピアがダメって、どう違うの?」と問われると「いや…、なんとなく」としか答えられない。難しいなぁ。

追記(さらに修正:指摘ありがとうございます)
この曲のタイトルは正しくは『汚れつちまった悲しみに』なんですね? 歌を聴くと「汚れちまった悲しみに」と歌っているんですが。
そしてオリジナルの中也の詩は『汚れつちまつた悲しみに』です。

中原中也「汚れつちまつた悲しみに」

汚れつちまつた悲しみに/今日も小雪の降りかかる
汚れつちまつた悲しみに/今日も風さえ吹きすぎる

汚れつちまつた悲しみは/たとえば狐の革裘(かわごろも)
汚れつちまつた悲しみは/小雪のかかってちぢこまる

汚れつちまつた悲しみは/なにのぞむなくねがうなく
汚れつちまつた悲しみは/懈怠(けだい)のうちに死を夢む

汚れつちまつた悲しみに/いたいたしくも怖気づき
汚れつちまつた悲しみに/なすところもなく日は暮れる……


中原中也「サーカス」

幾時代かがありまして/茶色い戦争がありました
幾時代かがありまして/冬は疾風吹きました
幾時代かがありまして/今夜此処でのひと盛り
今夜此処でのひと盛り

サーカス小屋は高い梁/そこに一つのブランコだ
見えるともないブランコだ
頭倒(さか)さに手を垂れて/汚れた木綿の屋根のもと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

それの近くの白い灯が/安値(やす)いリボンと息を吐き
観客様はみな鰯/咽喉(のんど)が鳴ります牡蠣殻(かきがら)と
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

屋外(やがい)は真ッ暗 暗(くら)の暗(くら)
夜は劫々(こうこう)と更けまする
落下傘奴(らっかがさめ)のノスタルジアと
ゆあーん ゆよーん ゆやゆよん

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コメント

>>追記

中原の詩のタイトルが「汚れつちまつた悲しみに」だからではないでしょうか? 元の詩には大きな「つ」が二つありました。

投稿: | 2008年9月27日 (土) 20時53分

あうっ!そうでした、すっかり忘れていました。
「汚れつちまつた悲しみに」でした。
記憶だけで書く物ではありませんな、あれだけ中学時代に暗記したのに...

ありがとうございます。本文を訂正させてもらいますです。

投稿: 杉村 | 2008年9月27日 (土) 23時40分

魁!男塾「汚れつちまった悲しみに…」オープニング
http://jp.youtube.com/watch?v=8koptoXSLz4
魁!男塾「幾時代ありまして」エンディング
http://jp.youtube.com/watch?v=G5YRQHFm0Kw&feature=related

投稿: ようつべ | 2008年9月28日 (日) 10時54分

こんにちは。
硬派風芸能人は後を絶ちません。
硬派風芸能人に本物の硬派はいないというのが、
わたしがそれを嫌いな理由です。

硬派や男というのは芸能人以前の問題で、
それを売り物にしている時点でもうダメダメな感じです。

一方朝丘めぐみや斉藤由貴は女らしさや可愛さを売りにしているでしょうか?

彼女らはそんなものは当たり前のもので、
さらに芸の才能や努力が感じられます。

投稿: ぶく | 2008年9月29日 (月) 09時20分

はじめまして。

>小説から曲名とかはギリギリありだと思うけど、曲名 から曲名はダメだろうなぁ。

タイトルには著作権はないので
問題ないと思いますよ。

投稿: | 2010年3月 9日 (火) 12時25分

タイトルに著作権はない というのは知っていますが、色々と道義的な物はありますよね。
記事に書いたように『恋人と別れる50の方法』というかなり特殊なタイトルをまったく偶然考えつくとは思えないのでとか。

複雑な物では1963年の映画「アイドルを探せ」、その主題歌の「アイドルを探せ」があり、1987年に吉田まゆみが「アイドルを探せ」というタイトルを借りて内容はまったく違う漫画を描いた。それがヒットして映画になり主演の菊池桃子のシングルタイトルにもなった。
つまり同名の映画と曲が存在しているという複雑な状態になっちゃっています。

あと、クリエイターとしてそれはどうなの?と思ってしまう事はあります。タイトルって物を作る時に一番頭を悩ませる部分だと思いますので。

投稿: 杉村 | 2010年3月26日 (金) 10時16分

歌詞が名文、名言になるようがんばって作る
というのは大昔の邦楽の数少ない美点とされてきましたが
80-90年代あたりで完全に崩壊しましたね
秋元康とかがアホみたいな文を垂れ流して業界を滅ぼしたのが現状です

投稿: | 2014年7月30日 (水) 17時51分

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