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2008年9月 6日 (土)

所ジョージ「すんごいですね」

所ジョージ「すんごいですね」
作詞.作曲.所ジョージ/編曲.幾見雅博
1984年/¥700
EPICソニー/07・5H-202


200809061ある意味、高田純次と双璧を成す「いい加減」な人。
所ジョージに関しては、70年代に歌手として出てきた頃は好きだったんだけど、80年代に入ってから徐々にその「いい加減」が自分の好むいい加減さとはズレていってしまったと感じている。あくまでも個人的な感覚でしかないけれど。
70年代から「植木等を敬愛していて、それを目標としている」みたいな事を言っていたが、その事からある時、所ジョージのラジオ番組で自分が作ったコミックソングを植木等に聴いて批評してもらうという大それた企画があった。
その曲を聞いた植木等は、あまり気に入らなかったようで、最終的には「ペーソスがないな」と酷評をしていた。
ペーソスってのは、ある種計算尽くではない部分で発生する物なのかも知れないけれど、常に御陽気にを標榜してきた所ジョージには難しい問題だったのかも知れない。
植木等関連では1987年に「おヨビでない奴!」というドラマで、植木等の息子として家族揃って無責任という物をやっていた。

70年代はタモリとよく絡んで仕事をしていた関係もあって、自称タモリチルドレンの自分は所ジョージも憎からず思っていた。(所ジョージの仲人はタモリ「仲人と言えば」「親も同然」)
でもいつの頃からか何か肌に合わなくなってきて、所ジョージの番組はほとんど見なくなってしまった。自分の事を「所さん」とか呼び始めた頃かなぁ。とりあえず現在は日曜の「目がテン」だけは見ているけど。
音楽的には、気楽に聞く分には毒にも薬にもならないコミックソングという感じだったんですが、前述の植木等がらみの企画の時に「将来の夢として、植木等さんに歌って貰える曲を作りたい」と熱く語っていたのを記憶している。
その事もあってか、1986年にクレイジーキャッツが結成30周年記念ということで久々のシングル『実年行進曲』をリリースした際に、所ジョージは作曲&編曲をした大滝詠一に対し「こんなモン作った奴はロクな死に方はしない」と酷評をした。
それを聞いた時になんか所ジョージに関しては嫌気が差してしまったワケです。自分の場合、基本的に好き嫌いの基準点が音楽だったりしますので「逆に所ジョージが作ったら、怖ろしくダメな曲作ってしまうんじゃないの?」と。
ちなみに大滝詠一は異常なほどのクレイジーファンで、東芝のスタジオが新築されると言う時に、そこで使われていた機材をゴッソリと払い下げてもらい、それで有名な「福生スタジオ」を作っている。つまり、クレイジーキャッツなどがレコーディングした当時の機材はそのまま大滝詠一が現在でも保存しつづけ、あの時の音を再現できるように調整している。その為に「実年行進曲」を作った際、作詞の青島幸男に「お前は萩原哲晶の二代目だ!」とお墨付きを貰っている。(萩原哲晶とはクレイジーの一連の音楽を作編曲してきた天才)

てな事を書いて。所ジョージを酷評しているワケですが、この『すんごいですね』というシングルは、所ジョージの中でも最高峰だと思っている。
ひたすらポップで内容が全くない。「楽しい気分にさせるだけさせて、はいサヨナラ」という感じの名曲。
実は「笑っていいとも」で高田純次と組んで「J&Jのすごいですね」というコーナーをやっていた時のテーマ曲。タモリ・所ジョージ・高田純次、という「いい加減」を絵に描いたようなオトナが一同に介していた番組なのだ、って今考えると凄い生放送だなぁ。
所ジョージの最近は、バイクだったり、ライフスタイルだったり、アメリカンなナントカだったり、なんかそっち方面がメインになってしまった感がありますが、この曲のテンションと「大滝の野郎メ!」というスピリッツを音楽方面に向けてくれていたら、今でも好きだったかもしれないなぁと思うワケです。

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