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2008年9月 3日 (水)

ずうとるび「透明人間」

ずうとるび「透明人間」
作詞.作曲/山田隆夫
1974年/¥500
エレックレコード.愛レーベル/AIS-3


デビュー曲「透明人間」作詞作曲.山田隆夫
200809031秋の曲....ではなく、9月はまだ秋という感じではなく、適当な曲を、普通の話題がない時に書いて行こうと思います。
ラジオのほうでもこれといってアイドルの話をしたワケでも無いのに、パーソナリティのテツさんにはすっかり「女性アイドルオタク」だと思われているみたいなので、なるべくそっち方面じゃない曲を。
確かに女性アイドルにも詳しいかもしれませんが、それ以外も知ってますがな。

ついでにもう一人のパーソナリティテッちゃんには「アニメやゲームなんかをガンガンやっている人」とも思われていました。ハッキリ言って自分はアニメは普通の人より疎いです。宮崎アニメもディズニーアニメもちゃんと見ておりません。ゲームに関してはほぼ5年近くやったことありません。最新の機械を触って「最近の映像は凄ぇな」と思った程度。
何かオタク的というキーワードで周囲の人に誤解されまくっております。

B面「春です」作詞作曲.山田隆夫
200809032という事で、9月の適当に選んだシングル1枚目は、かの「ずうとるび」のデビュー曲『透明人間』です。
現在「笑点」で座布団運びをしている山田隆夫がリーダーとして活動していたグループなんですが、想像も付かないほどアイドル的人気があり、ずうとるび司会のコント番組(学校そば屋テレビ局)があったり、四人が主役のTVドラマ(ばあちゃんの星)、主演映画(ずうとるび 前進!前進!大前進!!)もありました。
そして音楽面でも、デビュー曲から山田くんの作詞作曲。ちょっと意外かもしれませんが。

「みかん色の恋」作詞.岡田冨美子/作曲.佐瀬寿一
200809033もともと子役として活動していた4人が、「笑点」の企画でチビッコ大喜利という物に参加していたのがキッカケでこのグループを結成する事になったのですが(チビッコ大喜利には他にも女の子などもいたと思った)、とりあえず番組的には「座布団を10枚集めたら、何か望みを叶えてあげる」という事で、山田くんが「じゃレコード出したい!」と言いだした事でデビューに至った、となっている。
が、それはあくまでも番組演出上の話で、チビッコ大喜利が回を重ねるごとに人気が出てきたので「4人でレコードデビュー」というのが決まっていたらしい。
それも山形で公開放送をした時に行きの電車の中で4人がふざけて大合唱をしていたのを見て、司会者・三波伸介が「お前らみたいな下手な歌でデビューしたら逆に売れるかもな」と言いだした事から話が膨らんでいったという。

「恋があぶない」作詞.岡田冨美子/作曲.佐瀬寿一
200809034このデビュー曲「透明人間」のクレジット部分を見て「!」と思ったオールドフォークファンの方もいるかと思いますが、フォーク系専門会社「エレックレコード」からずうとるびはデビューしています。
あの時代、まだフォークと歌謡曲は相反する部分がまだあったので「なぜ?」と思ってしまうのですが、実は歌手になる話が盛り上がった山形での公開録画がキッカケになっているのです。
その帰りの電車の中で偶然乗り合わせたフォーク歌手泉谷しげるを発見してしまったのです。そして子役あがりで恐れを知らない山田隆夫が「今度僕たちデビューする事になったので、もしかしたら一緒のステージで歌う事もあるかも知れないのでヨロシク!」と挨拶をしたという。
いきなりの挨拶に流石の泉谷しげるも度肝を抜かれたが「おぉ君の出てるドラマもよく見てるし、笑点も面白れぇな」と話が弾み、実際にはまだレコード会社も決まっていないという事から「じゃ、エレックでどうだ」と話が進んでいったらしい。

「太陽の季節」作詞.岡田冨美子/作曲.穂口雄右
200809035山田隆夫が芸能界入りしたキッカケが「チビッコのど自慢」だったので音楽がらみで、作詞作曲ももともとやっていた為にリーダーとなり、デビュー曲も自作となった。(デビューの時点で楽器を弾けたのは山田だけだった)
ドラマの方は1971年NHKの破天荒な時代劇「天下御免」に子役レギュラー(15歳)として登場し、1974年のNHK少年ドラマシリーズ「夕ばえ作戦(光瀬龍原作)」では堂々の主役を演じている。

ギター担当の江藤博利はフジの特撮「宇宙猿人対スペクトルマン」などに出ていた。
(Wikipediaでは「スペクトルマン」と書いてあるけれど、この番組は途中で2回番組名が変わっており、江藤博利が出たのは「宇宙猿人対スペクトルマン」の時。「宇宙猿人ゴリ」1971年1月2日〜5月15日:20回/「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」5月22日〜9月25日:19回/「スペクトルマン」10月2日〜1972年3月25日:24回)
江藤博利はバブル期は渋谷のカラオケスナックを経営し、現在新小岩のダーツバーを経営しており、この数年はWOWOWのドラマ出演や舞台出演などで俳優業に復帰している。

「初恋の絵日記」作詞.岡田冨美子/作曲.加瀬邦彦/紅白出場
200809036今村良樹は左利きという事で「ビートルズのベース・ポールマッカートニー」に合わせてベース担当となっている。俳優としては1971年に谷岡ヤスジのマンガが原作の「谷岡ヤスジのメッタメタ ガキ道講座」でオラ山ガキ夫の仲間の一人としてデビューしている。
漫画が得意という事で雑誌「デュオ」に読み切りを掲載した事があるが、山田ミネコ「ハルマゲドン」や竹宮恵子+光瀬龍「アンドロメダ・ストーリーズ」などが連載されてる雑誌に一緒に掲載されるのにはかなり厳しいレベルの絵だった事を記憶している。
引退後は放送作家となったが漫画好きを活かして「お笑いマンガ道場」の構成作家なども務め、文化放送でアニメ・声優系の番組を手がけ、日本アニメ・オタク文化を裏側で支える人物になっている。

ドラムの新井康弘は基本的に根っからの俳優で、現在も俳優を続け、昼ドラマ『大好き!五つ子』の父親役など、木訥なよい人役を得意としている。
弟の新井つねひろも俳優で「3年B組金八先生」の第1シリーズに出演していた(10年ほど前まではドラマに出ていたんですが最近は不明)

「恋の夜行列車」作詞.山田隆夫&岡田冨美子/作曲.山田隆夫
200809037そんな感じで山田隆夫の作詞作曲でデビューしたんですが、思ったほど売れなかった。
実際、一聴して「こりゃ売れないな」と思ったのですが。
その後も何曲か山田くんの曲がシングルになっているんですが売れず、結局ヒットしたのはプロの作曲家が作った曲。その辺はタレントとミュージシャンの区別を付けているのか、自作曲は楽器演奏、作ってもらった曲はダンスをするとなっていた。
でもアルバムでは山田くん作曲の曲が多く、さらにシングルB面も山田くんの曲が多い。しかしアルバムなどを聴くと、山田くんの曲とプロ作家が作った曲の温度差が激しくて、思わず曲を飛ばして聞きたくなってしまう程。
でも徐々に聴ける曲を作れるようになったみたいで、個人的には山田くん作曲の「恋の夜行列車」は好きな曲。

「ペチャパイブギ」作詞作曲.山田隆夫
200809038←このシングルは「ダウンタウンブギウギバンド」が流行っていた最中に、明らかに便乗で出した曲。で、話題にはなったが売れなかった。(編曲はつのだ☆ひろ)
ちなみに「ずうとるび」というグループ名はよく「ビートルズ」をひっくり返した名前」と言われるがひっくり返すと「ずーるとび」。ずうとるびは最初と最後の音をひっくり返した名前。
そして、カタカナで書くと「フォーククルセダーズ」が「水虫の唄」をリリースした時に使った変名。
ちなみに「THE BEATLES」の関連グッズを管理していた会社はアルファベットで逆から読んだ「SELTAEB(セルテーブ)」

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コメント

ずうとるび「みかん色の恋」熱狂ライブ映像
http://jp.youtube.com/watch?v=4GDwWvwiymw&feature=related
ずうとるび「初恋の絵日記」
http://jp.youtube.com/watch?v=2T7UDU-2_8o

投稿: ようつべ | 2008年9月10日 (水) 00時09分

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