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2008年9月22日 (月)

松田聖子「風立ちぬ」

松田聖子「風立ちぬ」
作詞.松本隆/作曲.大瀧詠一/編曲.多羅尾伴内
1981年10月7日/¥700
CBSソニー/07SH 1067


2008092201意外と秋をそのまんま歌った曲というのは少ない。
これは歌として前向きな物にしやすい夏に対して、秋というのはやはりクールダウンというか精神的な高揚感がないせいなのかもしれない。特に最近は失恋の曲というのは流行らない。なぜなら、今の曲はカラオケで歌ってナンボの物が多いので、場を重くしてどーするという事なのかもしれない。
そして夏の曲は勢いでいけるけれど、秋の曲は内証的な物が多いので歌手の力量が凄く必要なのかも知れない。
松田聖子の7枚目のシングル「風立ちぬ」なんですが、松田聖子はこの前年の秋に3枚目として「風は秋色」をリリースしてヒットさせている。しかもその曲が初のオリコン1位を獲得している(デビューからの2曲「裸足の季節」「青い珊瑚礁」が1位でなかったのが意外ですが)。
それ故に「秋」というテーマもそんなに問題無かったのかも知れない。

2008092203という事で「風立ちぬ」ですが、グリコポッキーのCM曲としてとにかく流れていたのですが、そのストリングスを多用した音がかなり印象的。
作曲はかの大瀧詠一で、編曲の多羅尾伴内というのも編曲家としての別名。大瀧詠一は70年代からバンドはっぴいえんどの活動からCM音楽など、とにかく多岐に渡る活動をしていたのですが、この曲がリリースされた1981年の春に名作アルバム『A LONG VACATION』をリリース、100万枚突破をしており、とにかく注目を浴びている最中に書いた作品。
松田聖子の作詞というと松本隆の印象が強いけれど、実はデビュー時には関わっておらず「風立ちぬ」の前、6曲目の「白いパラソル」から作詞を担当している。その松本隆と大瀧詠一ははっぴいえんどからの付き合いで、『A LONG VACATION』もほとんどを松本隆が作詞を担当している。その関係もあっての起用で、同時期にリリースされたアルバム『風立ちぬ』のA面の作曲編曲も大瀧詠一が担当。ついでにB面の殆どの編曲&ギターを同じくはっぴいえんどにいた鈴木茂が担当している(超名盤)。

2008092202ちなみに大瀧の変名「多羅尾伴内」はもともとCM音楽を担当していた時に、覆面編曲家という事で「七つの顔の男」として片岡千恵蔵の映画シリーズでの主人公の名前をそのまんま拝借している。
このシングルが大ヒットしたわけですが、それにより『編曲.多羅尾伴内』という名前も有名になってしまい、映画の関係者から「勝手に名前使うな!」とクレームが入り、多羅尾伴内での活動を自粛する事になってしまったワケです。それまで長年この名前を使っていて『多羅尾伴内楽団』なんてタイトルのアルバムを2枚も出していたのに、その時は世間の目に全然触れていなかったって事なんすかね。

2008092204この時期の大瀧が参加しているって段階でヒット間違い無しなんですが、松田聖子というボーカリストの凄さがあってのヒットだったのかも知れないと、聞き直して痛感してしまった。
サビ入り直前の「サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ〜♪」という部分、3回出てくるサヨナラの表情が全部違っていて、2回目のサヨナラだけ少し声が枯れ気味になる所なんて鳥肌物ですぜ。
この時、大瀧詠一が松田聖子を徹底的に自分の理想とするボーカルスタイルへとしごき倒したそうで、松田聖子も後に「怖かった」と語っている。
それ故に、ボーカリストとしての松田聖子の頂点はこのシングルかも知れない。これ以降は「上手く歌う事、上手く演技をして歌う事」をこなしているように聞こえてしまう。

松田聖子を聞いていると、ボーカルというのは声量ではなく表現力が一番重要なんだなぁと再認識させられます。

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コメント

歌ともなれば、話はどこからでも始まって、どこまでも行ってしまうのが知泉さんの本領なんですねぇ
(99%の賞賛と1%の呆然)

ところで
ナイアガラ仙人が、あの聖子チャンをして「怖い」と言わしめるほどにしごき倒したという話と
その成果として、リフレイン部分に微妙な表情の変化がついたという話
この二つを読んで思い出したんですが
前世紀末、NHK・FMの「日本ポップス伝」というプログラム
確かその「戦後篇」(99年放送)の方でナイアガラ仙人は
美空ひばりがいかに凄い歌手だったかを示す例として
「丘を越えて」で「イヤッホー」を、歌い方を変えて繰り返したのを取り上げ
「この二度目のはこだまなんだ」と解説し
それをナチュラルにできた美空ひばりの偉大さについて熱弁をふるっていたはずです
それも合わせて考えるに、もしかしたら
仙人は、松田聖子をして、美空ひばりに匹敵する歌手に育て上げようとしてたのかもしれませんね
(コピーではなく)
もちろん、その野心が果たされたかについてはまた別の話になるのでしょうが

投稿: ひまじん | 2008年10月 3日 (金) 08時17分

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