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2008年9月16日 (火)

三原順子「セクシーナイト」

三原順子「セクシーナイト」
作詞.亜蘭知子/作曲.長戸大幸/編曲.長戸大幸
1980年9月21日/¥700
キング/KO7S-35


2008091601ジャケ違い(第10弾)
三原順子のデビュー曲ですが、世間的には「3年B組金八先生」で『顔はよしなよ。 ボディーボディー』というセリフと共に認知され、いわゆる不良系アイドルとして暴走族関連から絶大な人気を得た。(まだヤンキーという単語は一般的ではなかった)
そのタイミングで歌手デビュー、という感じかもしれませんが、小学生時代から子役として活動していて、金八先生以前より歌手デビューの計画があってレッスンを受けていたという。
タイミング的には1980年11月に山口百恵が結婚引退するという事で「ポスト百恵は誰だ?」みたいな事が雑誌などで特集を組まれていた頃。
すでに4月に松田聖子がデビューしてヒットを連発していたが、そのブリッ子な部分は山口百恵の後継者ではない。ということで、山口百恵のハードな部分だけを抽出したかのように三原順子がデビューしたのだ。
で、ただヤンキー歌謡って事ではなくプロデューサー長戸大幸が「絶対ヒットする」という要素をぶちこんだ曲。

2008091602長戸大幸はかの「ビーイング」の創始者であり、織田哲郎・B'z・TUBE・ZARDなどを排出した人物。この段階ではまだ小さな音楽事務所だったのですが、すでに後に繋がるメンバーがこのシングルに参加している。(音楽制作事務所ビーイングは2年前の1978年に創設)
まず作詞の亜蘭知子。自らも歌手デビューするが、TUBEのデビュー曲「シーズン・イン・ザ・サン」などの作詞家としてヒット曲多数。後に長戸大幸と結婚し、離婚してビーイングから離れている。
このシングルにはバックバンド「システム」のメンバーも列記されているのですが、ギターが後にFENCE OF DEFENSEを結成する北島健二。あとドラムがかつてチャーのバックバンドにいてアイドル的人気もあったリューベン(もっと前にはジャニーズ事務所に所属していた)などもいる。

音的には、当時すでに横浜銀蝿がヒットしていたけれど、銀蝿のストレート単純なロックと同じような印象はあるが、この「セクシーナイト」の演奏は単純なヤンキーロックではなく純粋に音としてよく練られている。
ギターの何気ないフレーズの絶妙さや、ビートを刻むドラムのツッコミ気味の計算された細かいタム、それに上手く絡むベース。一曲入魂という感じなのだ。
もっともベストテンでは松田聖子の「風は秋色」に阻まれて2位止まりだった。その事から当時は「ブリッ子・松田聖子vsツッパリ・三原順子」と敵対するように比較もされていた。が、結局三原順子はザ・ベストテンに入ったのはこの「セクシーナイト」1曲だけで、いつの間にか松田聖子と比較されるのは後からデビューした中森明菜へと移っていく。
ちなみに、なぜ「セクシーナイト」なのかと言うと、長戸大幸いわく「当時ダンシング・オールナイトが流行っていたので、〜ナイトと付けた」という事らしい。
何はともあれ、この曲のヒットは三原順子にではなく、後に続くビーイングの出発点になったのだ。

ちなみに何故ジャケ違い盤があるのか? という理由は不明だけれど、一般的な物は1枚目に掲載した物で、緑色がバックの物がレア(だと思う)。
この緑色のはメイクが異常に濃いよなぁ。ちなみにこの時、三原順子は16歳。

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コメント

三原順子「セクシーナイト」ザ・ベストテン
http://jp.youtube.com/watch?v=tJV_t-XDN3M
三原順子「セクシーナイト」
http://jp.youtube.com/watch?v=xhNVKCcIC5Q

投稿: ようつべ | 2008年9月18日 (木) 10時36分

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