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2008年8月10日 (日)

情報の記録

いしかわじゅん「だってサルなんだもん(略称「だサル」)」4巻を読み返す。


その冒頭で思い出話として「1巻で340MBのHDを編集者を連れて秋葉原へ出かけ、真剣に探していた」と書いている。
4巻の中ではその340MBのHDを「猫の額というか猫の額に出来た円形脱毛症くらいの小さいもの」と笑い飛ばしている。でもって「現在、ワタシは12GBのHDを使用している」と大いばりで日進月歩のコンピュータ業界の容量増大化について書いている。
もっとも「だサル4巻」の単行本が出たのが1999年、掲載されている本文は1995年の話なのだ。

今から10年以上前の認識の中では「12GB」は確かに「ついに個人ユースでここまで大容量を持つ時代になっちゃったか!」という感じだった。
そして、1990年頃は「ギガ」なんて単位のHDは「そんな大容量あっても使い道ないだろ」的な感じだったのだ。

なんせ、まだHDが内蔵されていないメモリーだけのパソコンが大手を振って歩き回っている時代。パソコンを起動するためにフロッピーディスクを挿入してOSを読み込ませ、立ち上がった後で、ソフトのディスクを挿入して…、という前時代というか、人類誕生以前の白亜紀的なパソコンも通常営業をしていたのだ。(自分の場合は1983年にMSXのカセットテープ記録が最初)
そんな過去を知っている自分も、気が付いたらギガ容量が当たり前になり、生意気にも「そろそろテラバイトのHDも必要になってくるかもねぇ」などと話しているのだ。

そんなこんなで、「だサル」のたった10年前の記録を江戸時代でも見るような気分で読んでいる。
よく「素人がブログなんか書いて生活を晒すって意味あんの?」みたいな意見をよく聞くけど、現時点ではつまらない日常の記録だが、10年20年経った時に意味が出てくる可能性もある。
あくまでも可能性だけど、歴史の記録というのは大事件に集中するが、市井の人の感情などがこうやって残される時代ってのは凄いなと思う。

先日の「テレビCMを録音してあるカセットテープ」だって、きっと歴史の記録なのだ。
「だサル」が連載されている週刊アスキーには水口幸広「カオスだもんね!」という、その時々の流行や話題のネタを取り上げ続けている連載がある。
それらは連載時点では「へ〜」ぐらいな気持ちで読んでいるワケですが、それが10年経過した時には「そうだったのか!」と思ってしまう物になるんじゃないかと思う。

実際、自分が書いているこの雑記も気が付けば10年以上続いている。
最初の方はあんまり「後に残す」という意識も、ちゃんとした文章を書こうという意識も薄く、そこらのネット上にある掲示板に「今、○○○って曲にはまっているんだけどさ、これ凄くいいぜ」みたいな戯れ言レベルの書き込みをしているだけだった。
いや、今も戯れ言レベルではありますが。
でも、時々過去の文章を読み返すと「へぇそうだったけ」と忘却の彼方に押し流されている記憶を引きずり出されてしまうのだ。

今から10年前、1998年8月の雑記を見ると「あの広末涼子初のロマンス発覚!」などいう話題から色々話を進めている。
えぇ?10年前ってまだそんな状態だったっけ?
その後の10年間の間に、何度か違う男性と付き合っている事がスクープされ、いきなり出来ちゃった結婚をして、結局現在は子連れバツ1....って、10年って凄いな。

それから同じ時の雑記には「夏の高校野球の客足が落ちている」という事から「オープニングイベントとしてジャニーズJr.のミニコンサートを開会式の前に行った」というすっかり記憶から抜けていた話題が書かれている。
その時の開会式は前日からの徹夜組が大量に出て、早朝から異常とも思える大行列が出来て、開場した途端により良い席を求めて血走った客でごった返していたという。
しかし、ミニコンサートが終わった後に始まった開会式の最中、それそっちのけで客がザワザワと帰りはじめて、第一試合が始まった時には球場の半分以上が空席になっていたらしい。
おかげで、普通に開会式を見たかった客はチケットを入手する事が出来ずに.....。

とりあえず芸能ネタ2本を拾ってみましたが、すっかり忘れていた話が、当時の自分の感情で書かれている。
本当にムダに意味がある歴史文書なのだ。
この先もダラダラといくのだ。

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