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2008年8月30日 (土)

見城美枝子「さよならの夏/誰もいない海」

見城美枝子「さよならの夏/誰もいない海」
作詞.Whitlaker/作曲.Webster/訳詞.見城美枝子/編曲.田辺信一
1975年/¥600
ユニオンレコード/UC-7


200808301夏シングル第12弾
現在は朝のワイドショーのコメンテーターで顔を見かける見城美枝子(愛称ケンケン)のセクシーなジャケットが印象的な曲でやんす。
見城さんって、こんな写真でシングルを出すようなセクシー担当の人だったけ?と思いつつ、でもアイドル的な人気もあったような気がするのでそれなりに需要があったのかも知れないなぁと、この時の年齢を計算してみると1946年生まれなので……30歳?
う〜む、なぜこの写真をジャケットに使用したのか謎が深まるばかりなのだ。

このシングルは当時TBS系で放送されていた朝の情報番組「おはよう720-キャラバンII-」のテーマ曲として使われた物。タイトルが示すように朝7時20分からの番組で(後に7時からになり番組名もおはよう700に変更)、このコーナーのテーマ曲としては大ヒットした田中星児の「ビューティフル・サンデー」が有名。
見城美枝子は本職の歌手ではないって事で、実に真面目な聖歌隊的な歌い方で「上手いけどおもしろみがない」という感じ。

200808302B面はトワ・エ・モアが1970年にヒットさせた「誰もいない海」で、何故かポルトガル語で1番と3番を、一緒に司会をしていた五木田武信と共に歌っている。
という事で、この「誰もいない海」の話です。
一般的にはトワ・エ・モアの代表曲となっているのですが、リリースした1970年は「空よ」のヒットもあったので紅白では歌われていない。翌年はサッポロオリンピックのイメージソング「虹と雪のバラード」が歌われたので、この名曲が紅白では歌われたことはない。
そして意外かも知れませんが、同時期に競作として越路吹雪も「誰もいない海」を歌っている。

実はこの曲が発表されたのはそれより3年ほど前、テレビ朝日のワイドショー『木島則夫モーニングショー』の挿入歌として発表され、ミュージカル歌手・ジェリー伊藤が歌ったものが元祖です。
もっとも、この時代はまだ「発表=レコード発売」ではなかったので、しばらくしてからシャンソン歌手の大木康子が歌った物が初のレコードとして1968年09月05日にリリースされています。
実はこの「誰もいない海」は、それまで海外の曲ばかりを発表していたCBSソニーが、国内制作新譜として最初に出したオリジナル曲の第1弾という歴史的なモノです。しかし、この「誰もいない海」は「野火子」と言う曲のB面としてのリリースでした。
それから2年後に、トワ・エ・モアと越路吹雪の競作で一気にメジャーな曲になったのです。

ちなみになぜ「誰もいない海」を、ちょっとイメージが合わない越路吹雪が歌っていたのかというと、作曲した内藤法美が越路吹雪の夫、という関係でした。
という事で、1967年頃にテレ朝系のワイドショー用に作られた曲が、1975年にTBS系ワイドショーで使われていたのです。

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コメント

>見城さんって、こんな写真でシングルを出すようなセクシー担当の人だったけ?

うーん、わたしの学生時代70年頃は、ケンケンはアイドルだけど、年齢も顔も分からない。ネットとかそういう情報源がありませんでしたから。馬場こずえさんというパーソナリティのお姉さんがいて、なんかの雑誌に顔写真が載って、ぶっ倒れた経験もあります(ゴメンなさい)。76年には、さすがにアイドルではなかったような気が。

投稿: SHIN | 2008年9月 1日 (月) 18時57分

見城さんは今朝もテレ朝の「やじうまプラス」でコメンテーターをしていましたが、このジャケット写真が脳裏をちらついてしまいましたw
見城さんにもこういう時代があったのだと知り勉強になりました。

あと同時代では作家の落合恵子さんが「レモンちゃん」と言われてアイドル人気があったと聞いたことあるんですが、本当でしょうか?
自分にとって落合恵子さんというと、ちょっと怖いオバサンの印象しかないのですが。

投稿: 高田っち | 2008年9月 2日 (火) 09時12分

>SHINさん
自分はおはよう720の司会をしていた時代からしかケンケンを知りませんが、当時自分は中学生で、同級生でかなり熱いファンもいました。
このジャケット写真をみてウヒョヒョ〜と喜んでいたかは知りませんが。

>高田っちさん
総ての人に青春は存在するのです。

レモンちゃんはギリギリ自分はその末期を知っています。桜田淳子主演で映画化された「スプーン一杯のしあわせ」とかを書いて小説家へ転身し始めた頃ですが。
レモンちゃんは清純派で、ちょっとエッチな質問ハガキが来た時にも笑いで返さずに「いやらしい」と切り捨てていた(と聞いたことがある)。
ラジオの一番幸せだった時代じゃないですかね?
パーソナリティの語りに真剣に思い入れを込めて聴いていた時代。

投稿: 杉村 | 2008年9月 3日 (水) 09時05分

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