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2008年8月17日 (日)

赤塚不二夫『狂犬トロッキー』

赤塚不二夫がシリアス路線に挑戦した最初の作品『狂犬トロッキー』を書庫から発掘してきた。


200808171マジに蔵書を整理しないとダメだなぁ。
平成5年、つまり1993年にぱる出版から出たハードカバー版。
自分は雑誌掲載をリアルタイムで読んでいたワケじゃないので、てっきり70年代中盤以降に書いていた物だと思っていたんですが、雑誌連載は1971年1月発売号から「別冊少年マガジン」で9月発売号までとなっている。
学生運動などが盛んだった物が終焉を迎えつつある時代という感じですかね?
赤塚のキャラ・ニャロメが反体制のキャラクターとして学生運動家に愛されていたと言われているので、ギャグ漫画をノリノリで描いている時代に、こんなシリアスな原作付き漫画を描いていたんですなぁ。

200808172あとがきを読んで、うむむと思ってしまった。
自分としては常に左翼の側で、実際に中核派にまじって運動したこともあった
と書いているのを読んでビックリした。赤塚不二夫はそういう部分が無い人だと思っていたんだが。でもそれにはちゃんと続きがあって
だけどどうして共闘していたはずが、後に内ゲバの時代に入ってお互いに憎しみあって分かれるのって思うんだ。俺は要するに権力に反対する側で、これはまずいって思ってそうしただけで、特に何派でも何党でもない。ただ今も自民党は大嫌いってだけで。
という事なのだ。

200808173たしかに「時代を変えたい」と考える時には、その時にその時代を仕切っている派に対して反旗を翻すという事になる。
それ故に、時代的に左翼の活動家の中に入って闘ったという事なのだろう。
ちゃんと政治的な部分を考え、イデオロギーがどうこうと声高に叫ぶ人にとっちゃ「ただ反体制」という考えはダメすぎるんだろう。
だけど、おそらくその手の理念の面倒くさい部分は抜きにして「賛成の反対なのだ」だったんだと思う。
自分もなんかこの考えには共感できる。ただ大多数を反対している天の邪鬼ってことではなく、その「当たり前の現状」に満足できない故に反旗を翻すって事なのかも知れない。

200808174このあとがきの中に思想の無い漫画という物についても触れている。こんなに真面目に文章を赤塚が書き残しているとは思わなかった。
そこでは誰にも受ける漫画がリサーチの上に完成して、その方向が読者ではなく編集長などに向かっているという事を嘆いている。
かの雑誌『ガロ』についても苦言を呈している
たとえば、昔の「ガロ」なんて、出版元が売れなくてもいい、好きなものかけって言って、かく方もそれだけ必死になって力を入れてかいた。ところが「ガロ」って型(スタイル)ができたら、今度はその「ガロ」って型に合わせてかくやつが出てくる。それで「ガロ」がくだらなくなってきたんだ。

200808175赤塚はこの1971年の大人気の最中に原作付きでシリアスな(でも随所にギャグは出てくる)漫画を描くというのは、予定調和の破壊だったんじゃないかと思う。
この形が思っていた方向だったのかは不明ですが、この「狂犬トロッキー」を書き終わった直後ぐらいから、ギャグ漫画における設定や足かせを全部とっぱらった漫画を描き始めるようになっていく。
俺としては一貫して考えているのは、漫画でもミュージカルでも映画でも、メディアはどうでも、とにかく面白いことをやりたいってこと。大尊敬する人は、役者で言えば由利徹ネ。
森繁なんか「お笑い社長シリーズ」とかやっていたのに、最後に大巨匠になってバカなことはやんなくなちゃった。ああいうのは俺、つまんないと思う。伴淳だって、だんだんシリアスになっていって、晩年に「アジャパーやってください」って言ったら怒っちゃったっていう。
ところが由利徹は違う。勲章もらって感想いかがですかって聞いたら「女とヤリタイ」なんてバカなこと言ってる。あの精神が好きなのだ。

とも書いている。死ぬまでずっとバカに徹する生き方を語っている。

200808176これを書いたのが1993年。
この時は極度のアルコール依存症になり、その治療を勧められていたが、どうもリハビリできない状態で、周囲とも折り合いが悪くなりスタッフが去りつつあった時代。
それを支えたのが真知子夫人。
創作活動歴を考えるとすでに最晩年で、これから2年後の1995年「ビッグゴールド1月号」に書いた読み切り「シェー教の崩壊」がこの時から唯一で最後の漫画作品となっている。
(2000年にさわる絵本「よーいどん!」を刊行しているが)
しかし、精神はまだ「常にギャグを追求していきたい」と求め続けていたのだ。

200808177この1993年、父と母について書いたエッセイ「これでいのだ」を刊行し、それがドラマ化もされている。
さらに翌年からは「週刊プレイボーイ」で1年半に渡っての人生相談の連載を開始している。
自分も週プレ読者だったんだけど、赤塚不二夫が酒にむくんだ顔で毎回、10代後半ぐらいの若造の悩みを仙人のように達観した意見で切り捨て「これでいいのだ」で〆ていた。
いやいや、そこまで普通の人は人生を客観視できないから……と思いながら、赤塚不二夫という人物の全宇宙を包み込むような「すべての現象を素直に受け入れるのだ」という哲学的な考えをなんとなく感じていた。

200808178この『狂犬トロッキー』のあとがきを読む限りでは、赤塚不二夫という人はアルコール依存症になってボロボロになっていた時ですら、何一つ諦める事無く、何一つ捨てる事無く、精神だけは前を向いていたんじゃないかと感じるのだ。
死ぬまでなんだかんだでギャグ書き続けていくのだ。
と締めている。
「漫画家」という枠組みだけで考えているから「晩年の赤塚は…」と感じてしまうだけで、赤塚は漫画を描くことも、映画を作る事も、舞台で演じる事も、さらに言ってしまえば飲み屋で下らない芸を披露する事も、友達を笑わせる事も同次元で考えていたんじゃないかと思う。もうメジャーな場とか、マイナーな場とか、全然こだわっていなかったんじゃないかと思ってしまうのだ。自分の視界に入る総ての人を笑わせたいと思っていたんじゃないかと。

200808179自分は死ぬまで1本筋を通した生き方出来るかなぁと改めて思ってしまう。
そしてその「理念を貫き通す」という意味で「最後まで諦めない、投げたりしない」という主題で描かれているのがこの『狂犬トロッキー』という漫画なのだ。


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コメント

自分も「狂犬トロッキー」好きです。
やはり赤塚作品の中では異色なんですが…。
80年代に曙出版版をずっと捜していたんですが、結局手に入らずにぱる出版版を購入してやっと読んだクチです。

原作付き、となっていますが、作品には赤塚の考えも多く含まれているみたいで、これもちゃんと評価されて欲しいと思っています。
今回、この作品を取り上げて下さいましてありがとうございます。
そして赤塚が死ぬまで信念を持っていたという事を書いて下さいましてありがとうございます。
「赤塚は人生を投げた」とか書く漫画の読み方を知らない評論家なんか蹴散らしてください。

投稿: TKTK | 2008年8月26日 (火) 00時04分

おそ松くん OP(藤田まこと ver.)
http://jp.youtube.com/watch?v=_h4c1YnjRcs
もーれつア太郎白黒OP
http://jp.youtube.com/watch?v=rpAJVMB1lwo
もーれつア太郎カラーOP
http://jp.youtube.com/watch?v=L2TcDWdU8i8
天才バカボンOP
http://jp.youtube.com/watch?v=u87RybiVVWw
元祖天才バカボンED
http://jp.youtube.com/watch?v=AUeP831errg

投稿: ようつべ | 2008年9月14日 (日) 10時09分

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