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2008年7月20日 (日)

人前で喋り倒す日々

やはり体力や精神力の弱さを痛感している。


基本的に日々、机にしがみついてパソコンをカシャカシャ叩き続け、本屋と古本屋とCDショップとコンビニを循環し、週に1回ぐらい遊びに出かけ、時々打合せやらで東京へ出、後は自宅から電話でラジオ出演を繰り返している。
そりゃ食も細くなるさ、という感じの行動力の無さなのだ。
でも、ここに来て色々と動き回らなくてはいけない状態になりつつある。

そんな中、実は木曜日に生まれて初めての講演何ツー物をやってしまったのだ。実際には講演という程ではないのですが、人前で「毎日ラジオで喋っている杉村」という事で依頼され、ちょちょいと何やらを喋るという事になってしまった。
本来自分はあんまり出たがりではなく、人前に立つのより裏方が好きだったのになぜかそんな感じになりつつある。
そこでは、なぜラジオで喋る事になったのかという話や、ラジオでは喋る事が出来ない雑学や、かなりラフに組み立てた物をザーッと喋り倒した。ちょっと話題と話題のつなぎ目がムリヤリ感があったけど、なんとかこなして終了した。
翌日の金曜日は精神的にグッタリしつつ、某原稿の〆切を厳守して終わらせた。

で、土曜日に某所でSBS静岡放送のアナウンサー國本さんのバンドがライブをやるという事で純粋に客として見に行った。
アナウンサーのバンドというともともと知名度のある人のお遊びバンドと思いがちなんですが、國本さんはバンド歴30年以上。なんせ、自分が中学生の頃に、若手アナウンサーとして地元で圧倒的に人気があった頃にすでにバンドを組んで何千人も集めるようなライブを開催し続けている人なのだ。
音楽ジャンル的にはバリバリのベンチャーズ→加山雄三世代のグループなんすけど、テクニックはしっかりしている上に場慣れも構成力もあり、さらにアナウンサーとしてMCは完璧という、不安材料はどこにもないバンドなのだ。

で、そのライブが2部構成だったのですが、1部終わりの時に楽屋にちょっと顔を出した際に「なんかベンチャーズとかで雑学ある?」みたいに振られたんですが、そこで今まで裏が取れずに保留になっていた、当時のバンドマンに関しての雑学で確信持てた物があったので「実は○○○の発明者の○○○がバンド○○○のギタリスト○○○だったんですよ」などと言って、とりあえずそこにいた一人もその事を知らずに「え〜、それ本当?」と受けた。
よしよし、これで今日は充分に仕事をした、と満足して、2部を見始めたのだ。

MCで「え〜今、私がやっているレギュラーは」と國本さんが仕事の話をしはじめたと思ったら、いきなり「その中でらぶらじというラジオ、私は金曜日担当なのですが、その月曜から木曜まで2時になると」と明らかに自分に関するネタ振りが始まった。
「実はその杉村さん、この会場に来ているんですよ」と國本さんが言い放つと同時に、客席がザワザワし何人かが周囲を見渡しはじめる。
「杉村さん!」
と声を掛けられ、反射的に自分もなぜか立ち上がり、こちらを見つめているお客さんに向かって「どーも、杉村です」と答えたつもりだったのですが、マイクもないので声が通らずどうにもこうにも締まりのない顔をした男がペコペコしているような感じになってしまったのだ。

國本さんは話を続け、自分はそっと着席する「あぁいきなり紹介するなよぉ」という状態だったのだが、さらに話は変な展開となる。
「実はですね、さっき休憩してる所に杉村さんがやってきて、いきなりこんな事言うんですよ」とさっき話した雑学をいきなり喋り始める。
「○○○についてなんですけど、○○○の発明者をご存じですか?」と言いだした処で「続きはこの曲の後で」と引っ張り、演奏が再開した。
そしてその演奏の終了後「という事で、○○○の発明者なんですが、続きは杉村さんどうぞ」と舞台に招かれ、何の心づもりもない状態でマイクの前に立たされてしまったのだ。

基本的に人前に出てしゃべっても全然あがらないというのは、去年から何度も公開放送に出た時に発見した物だったんですが、その中で1回上がってしまった事があり、それまで席に座っての喋りだったのが、その回だけスタンドマイクで立って喋るという事だったのです。もっともその時は雑学を喋るという物ではなく、何故かモノマネをしなくてはいけないという特殊な状況でしたが。
スタンドマイクで立ってというのに恐怖心もあったのですが、今回は雑学、しかもさっき喋ったばかりなので全体像が整理されている。さらにすぐ横にはアナウンサー歴30年以上の國本さんがいるので、ドンッと来い状態だったのだ。

そこで、さっき振られた雑学をより解りやすく話し始める。最後の、オチ部分に出てくる人名が解らない人には「へぇ」レベルの話で終わってしまう物だったので危惧してもいたのですが、年齢的にほぼ「あぁあの人が」と解ってくれたみたいで、さらにそのオチ部分でギタリストの方がその人物のヒット曲を演奏し始めたので、ちゃんと落ちてくれて良かったっす。みんなに感謝。
そんなこんなで客席に戻ってぐったりとして残りのライブを楽しみました。

で、ライブの打ち上げには、らぶらじでレポーターを務めるDJカツヨシ氏も奥さんを連れて登場し、延々と音楽話に花が咲き(普段、ディープな音楽話をする場面というのが無いっすから)とにかく楽しい時間を過ごせました。
あと、カツヨシ氏と悪巧みのような仕事の企画が持ち上がり、またしても新たなジャンルへ手を伸ばし始める事になりそうなのだ。

1年半前は、ダメダメ会社員として精神的に追いつめられ、すべてのことにマイナス要素を読み取っていた私ですが、ラジオで喋りはじめて「あれ、自分ってしゃべりもなんとかイケるんじゃないか?」と気づき、公開放送で「あれ、自分って人前でもあがらない」と気づき、なんか「やってみないと解らない」という部分を感じはじめている。ま、年齢的に言ったら「もっと早く気付よ」なのですが。
そんなこんなで、木曜の講演会と土曜のライブとなんか行動すべしという感じが沸々と沸き上がってきたのであった。夏なのだ。

とか言っておきながら、打ち上げが12時近くまであり、普段は9時過ぎには水分以外は口にしないという自らに課した戒を破ってしまった事もあって、翌日の日曜日には体調最悪になってしまった。
現在、水面下で動いている単行本の原稿をある程度まで勧める予定が全然集中できずに終わってしまったのだ。
さらに、どんなに熱くてもクーラーは掛けない事にしていた戒も破り、1日中ぐったり横になって、メモ帳に思いついた事をダラダラ書き綴っていったが、どう考えてもダメな感じ。

行動するのはよいのだが、その前に基礎的な体力を付けなくちゃいけないのだ。
おそらく現在、体力診断をしたら80歳以上と診断されてしまう自信だけはある。

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