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2008年4月 8日 (火)

聖火リレー大混乱

4月6日ロンドンを走る北京五輪聖火リレーに対し、チベット絡みの人権擁護団体による抗議活動が起こり、さらにパリでも起こり、さて今度アメリカ・サンフランシスコではどうなるんだ? と大混乱となっている。


ワイドショー的な意見では「平和の祭典でのこのような争いは避けて欲しい物ですね」みたいな物があったれけど、個人的な感想としては「中国はまだ国際的に成熟していない部分が問題なのでは?」と思ってしまうのだ。
今回のチベットの問題は、明らかにオリンピックにより世界的に注目が集まっているタイミングでの騒動だと思うけど、それ以外に中国は「台湾問題」「ウイグル自治区問題」などをずっと抱えているので、前々から「このタイミングで何かが起こるのでは?」と囁かれていて、自分は台湾の方がなにか動くんじゃないか?と思っていた。
他にも現在の中国は環境問題など、国際社会の中で問題点を大いに抱えている。

で、オリンピックに関しての「平和の祭典」という言葉は、あくまでも理想なのだ。
今回、聖火リレーが抗議活動のターゲットになっているけれど、この聖火リレーが考案された1936年のベルリン五輪がそもそも「人権無視のオリンピック」だったので、なんかこの騒ぎは運命的な物を感じてしまう。
聖火リレー自体、ナチスドイツのヒトラーが考案した物で、侵略予定の近隣諸国の情勢をチェックするためにリレーを走らせたのではないか?と言われていて、第二次世界大戦終了後のオリンピックが復活した際に「ヒトラー考案の聖火リレーを採用するのはいかがなものか?」と議論されている。

そのベルリン五輪ですが、ヒトラーがバリバリの差別論者でアーリア人優位主義に凝り固まった人だったので、ユダヤ人の五輪参加を認めないとか、黒人の活躍など認めないとか色々な逸話を残している。
とにかく自分をアピールしたかったヒトラーは各国の優勝選手をワザワザ握手までして祝福していたが、アメリカ陸上界の英雄ジェシー・オーエンスが4つの金メダルを獲得した時、黒人選手だということで無視をしている。
そしてその時、オリンピックから閉め出されたユダヤ人選手達は、ナチスの手が及ばないスペインで「バルセロナ人民オリンピック」というもう一つのオリンピックを開催しようとしていた。しかし、選手団が現地入りした直後にスペインで内戦が勃発し、この大会は中止となっている。

その1936年ベルリン五輪の次に予定されていたのが、1940年東京五輪。これは日本が「1940年は日本は皇紀二千六百年なので絶対開催したい!」ともの凄くプッシュして誘致をしたのに「五輪なんかやっている世界情勢じゃない」と開催前年に撤回してる。
オリンピックが政治的理由で混乱した大会というと、有名なのは1980年モスクワ大会(ソ連のアフガン侵攻に抗議してアメリカを中心に大量のボイコット)、さらに1984年ロサンゼルス大会(前回ボイコットされたソ連などが逆にボイコット)などが有名です。

実はモスクワの前の1976年モントリオール大会は人種差別問題に絡んでアフリカ諸国がボイコットしている。
イデオロギーが異なる大量の国がそれぞれの思惑を抱えて参加するオリンピックなので、もめ事が起こるのは致し方ないとは思う。
しかし、中国はちょっとアキレス腱が多すぎるので「まだ国際的な部分で時期尚早だったのでは?」という気がしてしまうのだ。

そういえば、人権というか人種差別という問題に関しては、1904年にアメリカで行われたセントルイス大会で「人類学の日」というイベントが行われている。
これは色々な人種を集めて競技させるという物で、インディアン・黒人・ピグミー・アイヌと分類された人々が(どのような経緯で集められた人なのか不明ですが)どれだけの身体能力を持っているかという、名義上は「学術的」となっているけど、実際は見せ物の「興味本位」のイベントが開催されている。
これに関しては、大会後にアメリカ国内でも「人種差別だ」「ただの見せ物だ」と問題になっている。


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コメント

>「中国はまだ国際的に成熟していない部分が問題なのでは?」と思ってしまうのだ。

シーシェパードの連中も似たような理論なんでしょうね。

投稿: ピースメーカー | 2008年4月14日 (月) 00時29分

ちょっと気になったので調べてみたのですが
(とは言っても、ウィキペディア(英語)なんですけど)
ヒトラーがジェシー・オーエンスとの握手を拒否した
というのはある種の「神話」のようです
・ナチ官僚が国際世論を気にしつつ、国内人種政策との整合性を図って、配慮したり
・オリンピック委員会が「ひいきいくない」と言ったりして
なんやかんやで、選手のほとんどと接触の機会をなくしてたみたいです(英語が不案内なんで正確かどうか…)
で、オーエンス自身は結構、ヒトラーに好意的だったりするんですが
これは大会後、帰国してから彼が受けた仕打ちのせいかもしれません
(今、思いついたのですが、記録映画『民族の祭典』でこのあたりをどう「扱って」いるのか
それを見てみるのもおもしろいかもしれません)

あと
これは別に中国政府の肩を持つわけではありませんが、と言わずもがなのことを言いつつなんですが
1968年メキシコ・シティ大会
この大会は、アフリカ諸国のちらつかせたボイコットでアパルトヘイト南アフリカが不参加に追い込まれたり
表彰台上で黒人差別を抗議した米2選手が金・銀メダルを剥奪されたり
と政治問題化した話は多いのですが
日本では不思議に触れられないのが
10月2日ですから開会の10日前
メキシコ・シティ内トラテロルコの「三文化広場」を数週間占拠して政府批判していた学生たちを
政府側が銃撃を含む強硬手段で排除、逮捕し
200~300人の(一説には千人単位の)死者が出た(対する政府公式は当時4人、現在でも26人だそうですが)
いわゆる「トラテロルコの夜」事件です

かつてと違って、今はこんな乱暴は通じ「にくく」なったというだけ世界は進歩したのだ
と、せめて思いたいですね

投稿: ひまじん | 2008年4月17日 (木) 02時09分

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