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2008年3月21日 (金)

VOWと私

本棚を見たら、とんでもない数の「VOW本」があった。写真には無いけれど、これ以外に雑誌サイズの「メガVOW」や蛭子さん表紙の「VOW温泉」や少しサイズの小さい「VOW王国 ニッポンの誤植」もある。(VOW17は買い逃してしまった。ちょうど最も鬱だった頃に出た本なのだ)
しかし、ここまで自分がVOW者だとは思ってもいなかった。


20080323_2まだ時代はバブルを経験する前の1980年前後、東京にいた自分は今とさほど変わらないぼーっとした人間だった。
中学高校時代からとにかく本を読んでいたワケですが、いわゆるサブカル系とかいうよく解らないものも知らず(未だにどれがサブでどれがカルなのか不明)、世の中にさほど敵愾心も持たず、名誉欲も、金銭欲もなく、ただただ「絵を描きたい」という事だけを考えて日々を過ごしていた。(性欲というか、女子と仲良くなりたい欲は人並みにありました)
そんな東京で、それまで近所の本屋には無かった色々な雑誌を読み、なるほどなるほどと考えるようになっていったワケです。
もっとも、政治的な部分だとかは全然興味なく、あくまでも物を作るとかが中心だったので、まんが評論雑誌「だっくす」→「ぱふ」・「ふゅーじょんぷろだくと」とかも愛読していた。(それ以前の「漫画界」「漫波」とかは古本で)
あと、まだ書店に社員が配布していた同人誌扱いだった頃の「本の雑誌」とかも。手元にあるもっとも古い号は1979年の19号。

その中で「宝島」という雑誌は、なんだか知らないけど凄い事になっている感じで、毎号「うぬぬ」と隅から隅まで読んでいた。
「週刊プレイボーイ」や「平凡パンチ」も色々な雑多な情報が硬軟取り揃えられていたが「宝島」はなんか「うぬぬ」という感じだったわけですよ。
温暖な気候のぼけーっとした静岡から来た少年にとっては刺激が多かった。今ではありえない話なんだけど、ネットが無い時代、情報というのは限りなく制限されて、世界はほんとうに手が届く範囲でしかなかったのだ。
そんな少年が読みふけった雑誌が「宝島」。

さらに「別冊宝島」というのが濃くて、「都市生活者にとって必要なものをユニークな視点から徹底的に追求した知的シティカタログ」と銘打たれた『全都市カタログ』から始まり『マンガ論争』とか『道具の本』とか『精神世界マップ』とか『現代思想のキーワード』とか、とにかく意味が分からない所も無理して読み込んだ。
なかでも『メディアのつくり方』で必死に勉強して、個人雑誌や同人誌なんかを作ったりもした。あと文章を書く勉強になった『みんなの文章教室』『文章スタイルブック』『レトリックの本』なども。
もしかしたら、この辺りで自分はかなり鍛えられたのかも知れない。

という事で、その雑誌『宝島』はとりあえず現在も残っているが、もうまったく違う雑誌になってしまったので興味の外にあるんだけど、当時からあったコーナーだけが独立して現在も生き残っている。
それが『VOW』なのだ。
「宝島」の前身雑誌、植草甚一さんが創刊した『Voice of Wonderland』の略称が「VOW」なのですが、植草さんの意志とはまったく違う方向にいっているトンチキな物になっていますが。
今に続く、写真などの投稿は1982年頃に当時浪人生だったカーツ(佐藤克之)がヒマにまかせて投稿を始めたのがキッカケで活性化していった。

初単行本は1987年なんですが、気が付くとほとんどを初版で購入している。最初に掲載した写真は現在トイレ図書館にあるVOW単行本。気が付いたら凄い事になっているのだなあ。
これ以外にも、色々あるんだけど最近は余りにも多くなって買わなくなってしまった。
最近、VOW常連投稿者の藤岡さんと逢った時に、この話も少し出たんですが、「Voice of Wonderlandと宝島の創刊号持っているんだぜ」と自慢されてしまった。

そんなこんなでこれから先も私はVOW者で有り続けることだろう。

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