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2008年3月 1日 (土)

石の上にも10年。

1998年3月1日
今からちょうど10年前、インターネット上に自分が降り立ちました。


世間ではまだ「インターネット? 何それ?」という疑問符で語られ、一部の人には「無修正の画像見放題なんでしょ?」とエロ系偏見的興味本位だけで語られているような時代。
そして接続方法はまだ「電話回線」で、11時から始まるテレホタイムに繋ぐために帰宅後すぐ寝て、夜中1時2時に起きて出勤までの時間に必死にサイトを構築する日々を送っていた。
そんなサイト「知泉」が遂に10周年を迎えました。
と言いつつ、現在サイト本体の方は「知泉Wiki」や「知誕Wiki」に移行して、誕生日データ以外はほとんど放置状態(管理はしてますが)になっていて、メイン活動はブログになっています。

自分がサイトを始めた理由は、色々複雑な事情もあったんですが、1番の理由は「精神的に煮詰まっていた」というのが大きかったのかもしれない。
1998年当時はバブル崩壊後のどうしようもない空気が世の中に満ちあふれていて、下っ端サラリーマンは「いつ辞めてもいいよ」的なヘビーな仕事を与えられ、日々疲弊しながら闘っていたのです(今も世の中の状況は変わらないか)。
そんな中、どんどん自分の中で「いかん、いかん」という思いが膨れあがり、その結果として「もぉ何でもいいから発信するのだ!」という事でサイトが始まってしまったのです。
自分の意志もあったのですが、どうしようもない思いに突き動かされたという感じでしょうか。

そのスタート時から雑学は1つの柱でしたが、メインは「お笑い系サイト」という事で、アンブローズ・ビアスの『悪魔の辞書』を思いっきりネタ的な方向に絞り込んだお笑い辞書『現代用語の基礎的じゃない知識』という物をやっておりました(略称「現基ない:げんきない」)。
実はそのお笑い辞書はそれ以前、パソコン通信時代に友人の主催する場所でダラダラと続けていた物を再編集した物がベースになっています。
それ故に、一番最初にメルマガとして発行していたのは「雑学」ではなくそっち方面でした。毎週水曜日発行で毎号10個の新項目を発表するという形で続けていたんですが、1年ほど無事に発行した後、色々あってソッチの方は尻つぼみに終わってしまいました。
でもって同時期に発行していた雑学メルマガ「知泉」が面白くて、そっち中心になり、今に至っているワケです。

サイトとかメルマガを読んでいる人には「無料のメルマガなのに色々調べたりしていてヒマなんですね」みたいな事を書かれた事もあるんですが、実情は全然違っていました。
とにかくヘビーな会社員で、休日出勤当たり前、日々ボロボロになりつつ、「でも会社の往復だけだとダメになる」とサイト&メルマガのために日曜日は図書館通いをしていました。
日々の生活の中でも本をじっくり読む時間を絞りだせず、わずかに出来る時間ということでトイレ、風呂も必ず本持参。それでも禁断症状が出た時は、通勤の自動車の中、赤信号のわずかな時間でも(信号が変わるのを意識しながら)本を読んだり、とにかくメルマガで書く雑学ネタを構築しようとする日々でした。読んでいる時間もあまりないけど毎週大量の雑誌も買っていた。
それがちょうど10年間。
結局、2年程前から仕事の重さと自分の精神とのバランスがおかしくなって、体調不良や鬱状態になり入退院、休職を経て、切羽詰まったあげく「フリーな人になるのだ!」と後先考えられずに今の状態になってしまったのです。
サイトを始めた時のどうしようもない突き動かされ方と変わっていないのだ。

10年前にサイトを始めた時に、こんな事になるとは思っていなかったけど、それでもその間に自分の念願だった「本を出す」ということを3回も経験しているので、よしよしって事なのかもしれない。
インターネットの世界で10年続いているってのは、歴史あるサイトの部類に入るのかもしれないけれど、まだまだ勉強し続けていかなくてはいけないのだ。
今後もよろしくお願いします。

10年前の雑学

10年前、まだインターネットは一般的ではなかったが(雑誌、新聞では話題としてよく取り上げられていたけど)1996年の段階ですでに桃屋のCMでは、平賀源内に扮したアニメの三木のり平がパソコンをいじりつつ五目寿司を食べながら「これはイイタネっと」とインターネット絡みの駄洒落を言っている。

1998年1月6日:コペンハーゲンの人魚像の首が切断される事件が発生してるが、犯人は第一発見者のカメラマンだった。その人魚像には足がある。あれは人魚から人間へ変わる瞬間を表現した像なので。

1998年2月3日:朝日新聞の家庭欄で「何でもマヨネーズをつけて食べる人が増えている、これを『マヨラー』と呼ぶ」と紹介されているのが、マヨラーという言葉が活字になった元祖。

1998年5月6日:自由に自動車のナンバーが選べる制度が発足しているが、それよりずっと昔、高島忠夫と寿美花代が新婚時代にマーク2のCMをしていた事から、会社からの寄贈された自動車のナンバープレートは「す・3874」という、語呂合わせナンバー「す・みはなよ」になっていた。

さまぁ〜ずはかつて「バカルディ」と名乗っていたのは有名な話だが、実は1998年7月「ヤリリン・クリリン」と言う別名義で金融業プロミスのCM曲「ヤリー BE GOOD!」をリリースしている。

という事ですが、10年サイトを続けてきて判明したことは「人間の基本的な部分は成長できないんだなぁ」という事。これから先の10年も姑息に当たり障りのない処世術を発揮して頑張ります。

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コメント

 10年ですか。長いようで短かった気がするなあ。
あんなに忙しかったのに日曜日の度にバラ園で「どんなページ作ろうか。」と杉村くん、Mくん、私と会議三昧でしたなあ。
 そして出来上がったのがエルローザブックス。
よく企業がやっているサイトに間違われていましたね。
あの頃から出たがりで無かった杉村くんの気遣いでページ名にエルローザを入れてくれた。感謝感謝で涙っす。
 いっそのこと企業として全部出資しておけばその後の苦労なんて無かったのかもね。雀の涙の様な出資しか出来なくてごめんなさい。(少額でも出資してる事は確かなので、企業として意見できるのかなぁ?)
 去年からまだ一年たってないけど今ではプロライター。
デビュー2ヶ月で新書、ラジオのレギュラー、まだ言えないけど次のステップ。
すべて杉村くんの人徳のなせる技なんだよなぁ!。

投稿: ばら太郎 | 2008年3月 5日 (水) 15時09分

6年ぐらい前から知泉の読者です。
いつも為になる雑学ありがとう
もっともっとビッグになってください。
あの業界癒着野郎になって負けないで下さい
ホントに応援しています!
 
知泉さんの活動をマジに応援しています。
いろんな大変な事あると思いますが
最後には本物が残ると思います。
ガンバレ!


投稿: とある読者 | 2008年3月 5日 (水) 17時09分

10周年おめでとうございます!
単行本を購入して、ここの存在を知ったので、まだ知泉読者暦5年に満たないのですが、
知泉さんに出会えたことを感謝しています。
知泉さんのお陰で知人には、雑学通みたいに思われています。
それ故に、知人にここの存在を教える事が出来なくなってしまったのですがw

盗作がらみの話は、上田氏の時も考えさせられる部分が多かったですが、今回も難しいですね。
別にそれを利用して知名度を上げようとは考えていないみたいですが、
相手は知泉さんの編集物をパクってそれで商売していたのですから、強く主張してもいいんですよ。
以前、嫌味な事を書いていた人もいましたが、もっとメジャーになるべき人だと思っています。
自分が出版関係の知人がいないので、もどかしいのですが。

どんなメジャーになっても、これまでのスタンスを崩さず、淡々と活動を続けてください。
本当に微力ながら応援し続けていきます。

10周年おめでとうございます。

投稿: Iwase | 2008年3月 5日 (水) 18時41分

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