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2008年2月 6日 (水)

漫画表現「シーン」の発案者は手塚治虫

3ヶ月に1回ラジオ番組「らぶらじ」で語った雑学をまとめた小冊子の3号「2時のうんちく劇場:2007年10〜12月」が出来た事もあり、久々に放送局へ出かける。


002008020601レギュラー放送を始めてすでに10ヶ月が経過し、毎日のように電話を通じて会話をしているワケですが、実際にメインパーソナリティと顔を合わせるというのは、今まで公開生放送で6回、それ以外の事でスタジオにお邪魔したのが4回って処なのだ。
自分が出るのは、1コーナーだけなのですが、打合せから参加して細かい話を入れる。

本日のテーマが「死語」という事で、打合せでは最初80年代以前の死語が中心に出ていたので「でも、一番恥ずかしい死語ってこの10年ぐらいの、今使うのちょっとためらうというヤツだよね」と話題にして、そこから90年代の10年ほどまえのコギャル系「MK5(マジ切れ5秒前)」「チョベリバ」など、さらにここ数年で流行ったお笑い系流行語も恥ずかしいよね、という事で「なんでだろう」とか「ゲッツ!」とかも出し、大ウケ。

00onomatopeあと、他のテーマでは「オノマトペ」いわゆる擬音に関しての話題も出ていたので、色々な話を提案する。
日本人の擬音に対しての鋭さに関して、マンガに出てくる多様な擬音に対して、それを英訳した時に差し替えられる擬音の少なさ、つまらなさなどの話から、まったく音がしない状態に「シーン」という擬音を考案する感覚の鋭さなども語った。

ふと思い出したのが、この「シーン」という存在しない音を表す音。
これを始めたのが手塚治虫なのだ。これに関して「いやいや、シーンの考案者は石森章太郎でしょ」という意見も多いのですが、これに関して手塚治虫は光文社から出した『マンガの描き方』の中で

00manganokakikata「音でない音」を描くこともある。音ひとつしない場面に「シーン」と書くのは、じつはなにをかくそうぼくが始めたものだ。
このほか、ものが消えるとき「フッ」と書いたり、顔をあからめるとき「ポーッ」と書いたり、木の葉がおちるときに「ヒラヒラ」と書くなど、文章から転用された効果は多い。


そして自分の漫画を海外に輸出しようと思い、英訳をしてもらった時のエピソードとして、セリフはなんとか訳せるが擬音で頭を抱えてしまったと書いている。

たとえば発射音ドギューンは、ふつうに英訳した音「BANG」では困る。さりとて直訳のDOGYUUNでは、あちらはなんのことやらわからない。
とうとう、音ならぬ音「シーン」では、お手上げになってしまったそうである。
まさか、「SILENT」と訳すわけにもいかなかったろう。


と書いている。あくまでも自己申告なので「シーンは手塚治虫から」と信じるしかないのだ。しかし、自分がスタジオで語った話は手塚治虫「マンガの描き方」に書いてあるままだったのだなぁ。
で、石森章太郎も確かにシーンという擬音は大量に使っているので、「石森が最初」と言われても「そうかもしれない」と納得しちゃいそうになる部分がある。
もう随分昔だけど、この部分に興味を持って調べた事がある。

00ryujinnumaその時確認できた最も古い石森の「シーン」が掲載されている作品が1961(昭和36)年に発表された『龍神沼』。
そして、最も古い手塚の「シーン」は1956(昭和31)年に毎日小学生新聞に掲載された『ぐっちゃん』77話の3コマ目にある物なんじゃないかという事だった。
手塚作品はとにかく連載時からの書き換えが多いので、資料としては掲載された雑誌などに当たらなくてはダメと言われているワケですが、そうなると生前に出された『手塚治虫全集300巻』は資料としては信憑性が低い。
という事で、死後に「それまで連載で書かれたままになっていた原稿を寄せ集めてまとめた本」なら良いのではないか?ということで、死後の1991年に追悼というか、死んじゃったから作者も文句言わないので出しちゃおうみたいな勢いで出た『手塚治虫デビュー作品集』の中から、上記の1956年の「シーン」を発見したワケです。
とりあえず「当時の新聞掲載分などを無修正のまま復刻」という事らしい。

00tezukadeもっとも手塚治虫の発言はかなりいい加減な物もあるので、100%信じる事は出来ないけれど。
で、手塚は先ほど引用した文章の中でも「音ひとつしない場面に「シーン」と書くのは、じつはなにをかくそうぼくが始めたものだ。」と書いている。発明したとは書いていないのだ。
もともと日本には静かな状態を「しんとした」と表現した言葉があったワケで、それを漫画に引用しただけ、あるいはもっと昔の戦前の漫画にあったのかも知れないのだ。
とりあえず現時点では「シーンという無音の擬音を漫画に持ち込んだのは手塚治虫」って事でいいんですかね?

002008020602などと、ぼーっと考えつつ、スタジオでの生放送に参加し、その後もスタジオの中に常駐し、いきなり話を振られたら、即座に雑学的情報で答えるという事をし、なんとか乗り切ったのだ。

ちなみに、手塚治虫の『マンガの描き方』という本は、もしかしたら自分の人生の中で一番熟読した本かも知れない。本当にボロボロになっているんだけど、奥付を見ると「昭和52年5月30日 初版発行」となっている。おぉ初版だったか!

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コメント

 2時のうんちく劇場 毎回、楽しく拝聴してます。6日の放送、大変、良かったですよ。突然、徹さんにふられても、時折入れるうんちくは、「トレビアの泉」の「へぇ~」ボタンが、あったら、85へぇ~位ポンポン叩いていましたよ。
 今日のうんちくオセロネタも、「へぇ~」とか、「なるほどねぇ~」とか、独り言を言ってました。これからも、静岡県民をうならせてくださいね。「頼んだに~」*^。^*

投稿: ちびクッキー | 2008年2月11日 (月) 14時52分

そーいえば、「しんしんと降る雪」とか静寂さを表現するのは、
昔から使われてますからねぇ。

投稿: もけ | 2008年2月12日 (火) 20時05分

ていうか夏目漱石が始祖ですよ

森とした、とかありますし
手塚治虫はそれを伸ばしただけです

投稿:   | 2008年2月13日 (水) 13時23分

夏目漱石の「森とした」by.虞美人草は、もともと漢文の『森閑:しんかん』をもとにしたのではないかとされてますね。
ただ、その表現を「シーン」という効果音のように扱った手塚治虫は、やはり素晴らしい表現者だと思います。

知泉さんの文章でも「手塚は発明者ではない」「シーンを漫画に持ち込んだ」と書いてあります。
伸ばしただけ・・・それのお陰で一般に使われる言葉になったというのは凄いことですよ。

投稿: | 2008年2月13日 (水) 13時41分

レス遅くなってすいませんです

>>ちびクッキー さん
いつも、らぶらじをお聞き下さってくれましてありがとうございます。
スタジオで生でいきなりネタを振られるというのは、かなりキツイです。
実際自分はしゃべりのプロを目指していたワケではなく、文章を書きたいと思っている人なので、解らない事があったら調べた上で、いかにも昔からそれを知っているかのようなふりして「え〜これはこういう理由で」とか書く専門ですので。
これからも、毎回、リスナーをビックリさせるような雑学を喋り倒しますのでよろしくお願い致します。

投稿: 杉村 | 2008年2月17日 (日) 01時31分

>>もけ さん
しんしんと…は漢字で書くと「深々と」と「森々と」の2つがあるそうですが、雪の場合は「深々と」ですかね?

夏目漱石由来というのは「虞美人草」の中にある
>向う側はと覗き込むとき、眩ゆき眼はしんと静まる。
>屋敷のなかは人の住む気合も見えぬほどにしんとしている。
などに出てきますね。
夏目漱石の文章の中には、漢文からの転用→日本語風にしてしまうパターンと、口語体で書く言文一致運動の中、落語の喋り口調を取り入れる事も多かったのでもしかしたら喋り口調では当たり前の表現だったのかも知れません。
夏目漱石の造語能力は凄いと思います。そして、それをさらに使いやすい言葉に変化させた手塚治虫も凄いと思っています。
たかが「シーン」という表現が、日本を代表する天才二人が作り上げたって事は凄いことじゃないかと改めて思うワケです。

投稿: 杉村 | 2008年2月17日 (日) 01時32分

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