« バレンタインデーではなく、煮干しの雑学 | トップページ | ほっかほっか亭→ほっともっと、ってちょっと… »

2008年2月14日 (木)

市川崑監督死去

市川崑監督が亡くなった。
92歳という事で、現在では極端に高齢というワケではないのかも知れませんが、大往生です。


自分の世代で市川崑監督というと、「犬神家の一族」に始まる金田一耕助シリーズですか。
ちょうど自分は中学校ぐらいで、それまで推理小説と言えば小学校の頃に図書館で読みふけったシャーロック・ホームズ、アルセーヌ・ルパンというポプラ社系の物や、子供向けに書かれた物。あるいは江戸川乱歩の作品をなんとか読んでいたぐらいだったので、「犬神家の一族」に始まるブームの最中に角川書店から出ていた横溝正史作品は衝撃的でした。
市川崑監督作品のわかりやすさと、観客を引き込む技術は、変なお芸術映画で気取っている連中とは違う「映画は庶民の娯楽なのだ」という感じで好きでした。

で、久々に思い出したのが「市川崑って名前、打ち間違いしやすよなぁ」という事で、さっとGoogle検索してみると
市川崑 233000件
市川昆 150000件
市川箟 419件
ネット検索の時に「市川昆」と入力すると、丁寧にも「もしかして: 市川崑」なんて事も聞かれちゃうワケですが。
とりあえず自分は「市川崑」という漢字表記を単語登録してあるので問題ないのですが、かつて使っていたワープロは変換してくれない文字で、それらを探すのは取説についてきた文字コード表で探すという時代だったのでとんでもなく苦労した憶えがあります。

DVD販売しているサイトでも「金田一耕助の事件匣 市川昆×石坂浩二 金田一耕助シリーズ 劇場版BOX <初回限定生産> 」なんて、もしかしたら自分が知っている監督とは別の人が監督した作品かもしれない、ドキドキ…。
さらに、紀伊国屋BookWebでも「・市川昆(監)・石原裕次郎(演) 」なんて表記があるわけでやんす。
上記の検索結果の中には、今回の文章のように「市川昆っていう間違い多いよな」とネタにしている処も多いので、実際にはもっと少ないと思うわけですが。

市川崑の雑学

市川崑といえば自分の中ではやはり「犬神家の一族」のイメージが強い。で、市川作品に多く出演している岸恵子は社交的な性格で、あちこちで今撮影している作品は…と宣伝活動をしてまわっていたが、「犬神家の一族」出演の際、あちこちでストーリーを事細かに喋り倒し「で、犯人役をやっている●●●さんが」と触れ回っており、スタッフからは嫌われていた。

と言いつつ、その「犬神家の一族」の公開時のパンフレットにの中には、ご丁寧なことに犯人の犯行場面の写真がそのまんま掲載されていた。映画館に入ってパンフレットを購入し、上演時間前にパンフレットを開いてしまった人は…。

市川崑監督の『東京オリンピック』は、世界中で話題になったが、日本の一部では「日本人選手の活躍が少なすぎるのに、黒人選手のシーンが多すぎる」と編集し直す事を訴える人々もいた。

東京オリンピックの担当大臣は河野一郎で「記録性に欠ける」と批判的だった。ちなみに河野一郎は戦前に予定されていた「東京オリンピック(1940)」を中止させた人物の1人でもある。

「東京オリンピック」はもともと黒澤明に依頼されていた仕事だったが、色々あって市川崑が代役として制作した物。

市川崑は2歳の赤ちゃんが主演の映画『私は二歳(1962)』を撮っている。2歳の赤ちゃんの視線から社会を見た作品で、アジア映画祭監督賞を受賞。
この映画のスポンサーは森永で、画面の目立つ場所に森永の粉ミルクの缶が写り込んだり、ベランダから落ちた子供を助ける森永牛乳配達員のお兄さんはヒーロー扱いだったりする。
主役の赤ちゃんは森永乳業のオーディションで3200人の中から選ばれた子(鈴木博雄ちゃん)で、映画の主役とテレビCM出演(CM出演の方は確認できていませんが)。
森永乳業というと1955年にヒ素ミルク事件を起こしており、イメージアップのために頑張っている感じしてしまう。原作は小児科医の松田道雄が書いた「私は赤ちゃん」と「私は二歳」で森永乳業は関係していない。

島崎藤村の没後19年、市川崑監督が『破戒』を映画化している。この時ヒロイン「おしほ」を演じた女優は、ヒロインの名前と島崎藤村の名前から「藤村志保」と言う芸名を付けている。

市川崑の『青春銭形平次(1953)』は、天晴れ一番手柄というサブタイトルでまだ新米時代の話。ガラッ八に「平次さん」と呼ばれ「親分と呼べ」と訂正している。後に夫婦になるお静は豆腐屋の娘で互いに気がありながら顔を合わせるとケンカばかりという間柄。笹野の旦那に「おい仕事だぜ」と呼び出され平次とガラッ八が大急ぎで駆けつけると畳替えだったり…。この設定で、連ドラとか作っても面白そうなのだ。
で、この話の中で投げ銭を考案しているのだが、勿体ないという事で銭にゴム紐をつけ、投げてももどってくる工夫をしている。江戸時代にゴム紐という事には誰も突っ込まず。

市川崑監督辺りになると、映画にそんなに詳しくない自分でも何作も見ている。そーゆー意味で凄く庶民向けの作品を(でも技術的にも凄い)作っていたって事なんだよなぁ。
ありがとうございました市川崑監督。
監督の作品は永遠に人々に愛され続けることでしょう。御苦労様でした。

|

« バレンタインデーではなく、煮干しの雑学 | トップページ | ほっかほっか亭→ほっともっと、ってちょっと… »

コメント

監督と言えば、テレビシリーズの木枯らし紋次郎がおもしろかったっす。

「あっしには、関わりのねぇ事でござんす。」つっといてズブズブ深みにはまり込んでいく。しまいには関わりのない悪党どもをバッタバッタと切りたおす。
「この人だって、家に帰れば家族もいるだろうに。」子供心になんて理不尽なヤツだと思っていました。
竹籤で長い楊枝をけずっては口の中を怪我してた(よい子は真似しないでね)気がする。
学校で禁止令も出てました。

武士と違ってそんなに強くない股旅者の描き方が凄かった。戦っている時はいつも格好悪くハァハァゼィゼィ!
一番格好悪かったのが遠くに鉄塔と電線が写っていたことかなぁ。
そんなとこも庶民派だった。

紋次郎に切られた役者さんの中に阿藤快氏もいましたが、今度阿藤さんのラジオ番組で「市川監督を考える」みたいな知泉さんとの対談期待しています。

投稿: 農村民 | 2008年2月14日 (木) 16時27分

 岸恵子で思い出したのは、これも金田一耕助シリーズ『獄門島』で犯人役を演じた司葉子のエピソード。この映画原作とは違う犯人が設定され、公開前の広告でも原作者・横溝正史が登場し「わたしも犯人を知りません」と発言してみせるなど、なかなか盛り上がっていたのだが……。
 試写会終了後、司葉子が周囲の人に「御免なさい! わたしが犯人だったのよ!」と泣きながら語る様が報道され、まあ関係者が苦りきること。日本の女優さんは、本業の部分の常識も欠如しておるんでしょうかね。

投稿: SHIN | 2008年2月16日 (土) 10時33分

>>農村民 さん
市川崑監督でテレビというと、2001〜02年に石坂浩二がやった水戸黄門の、オープニングだけが市川崑演出でした。
この頃、時代劇も全部ビデオ撮影になってしまったので、色調が薄っぺらになって評判悪かったんですが、市川崑演出で映像階調の微調節を徹底的にやり、それが本編でも採用されたという経緯があります。
やっぱ、そういう部分への拘りがあるんですよねぇ
あと、2003年に小津安二郎監督の「晩春」を「娘の結婚」というタイトルでTVドラマとしてリメイクしてます。

>>SHIN さん
この映画「獄門島」1977年8月公開なんですが、1977年7月〜8月にテレビで古谷一行で放送していて、そこで「原作と、映画と、テレビと、どれも犯人が違う!」とかやっておりました。
つまり物語を少しいじれば、犯人はどうとでもなるって…、推理小説としてどうなのさ? と当時、田舎の中学生は思っていました。

投稿: 杉村 | 2008年2月16日 (土) 11時53分

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)




« バレンタインデーではなく、煮干しの雑学 | トップページ | ほっかほっか亭→ほっともっと、ってちょっと… »