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2007年12月30日 (日)

イカ天復活祭2007

やっぱりレコード大賞は大晦日じゃないと盛り上がらないよなぁと思ったりするワケであります。


2007123001大晦日、とりあえず夕方までにやるべき事は全部やり終えて、あるいは夕方大掃除のやり残しをガタガタしながら、台所ではおせちの準備が最終段階に入っている中、あぁ今年もいよいよ終わりだ、とテレビを付けると「輝け!レコード大賞」なんてのが始まっていて、それをぼーっと見始め、それが終わったらチャンネルをNHKに変えて紅白歌合戦を見始める。
そんでもって冒頭に歌手一同が客席を通ってステージに勢揃いする際に「やっぱりレコード大賞を取ったあの歌手はまだNHKホールに間に合ってないんだ」などと言いながら過ごす。ってのが王道なのだ。

実際には紅白歌合戦が長時間になった事で開始時間が早まり、大幅に時間が被るって事で、レコード大賞が30日になったのだが、やはり盛り上がらない。
ま、今年の大賞が「コブクロ・蕾」ってのは妥当な線かなぁ。若い層にもある程度の年齢層にも受け入れられた曲だし。

2007123002と言うことで、自分的にはその番組の次にやった「イカ天復活祭2007」という番組の方が大期待だったわけであります。
この番組、昭和が平成になって1ヶ月後の1989年2月11月に始まった番組で「番組のタイトルに『平成』という言葉が付けられた初のレギュラー番組」という雑学にもなっている。
イカ天の正式タイトルは『平成名物TV 三宅裕司のいかすバンド天国』なのだ。
しかし、平成も来年は20年って事で、そんなに昔の話になってしまったのだなぁとしみじみとしちゃったりもするワケでやんす。

FLYNIG KIDS「続いてゆくのかな」
2007123003でもって、現時点では略称「イカ天」ですが、番組当初は三宅裕司が「イカバン天」と語っており、番組特製のイカの形をしたハンテンまで作られた事がある。が、いつしか「イカ天」が正式略称になっていた。
実は自分はこの番組の前番組だった「土曜深夜族」という複数のミュージシャンが出演し、即席バンドを作って色々な曲を演奏する音楽バラエティ番組が好きで毎週録画していたので、いきなり終了しちゃった時に「なんでだよ!ばーろー!」と毒づいたワケですが、新しく始まった「アマチュアバンド合戦」に第1回目から釘付けになっちゃたのです。当然、第1回目からほとんど録画してある。(2年目の途中から仕事が忙しくなってしまい、テープ未整理になったり、当然自宅に帰れると思っていたのに徹夜仕事になって録画できない回が数回あるけど)

GEN「La-La-La」
2007123013初回はどうやってバンドを集めたのか不明ですが、その第1回目放送で演奏途中で赤ランプを付けられたパンクバンドの女性ボーカルがいきなり「ふざけんな!」と生放送中にパンツを脱ぐ(カメラには写らなかった)というハプニングもあったり凄い出だしになった。
(これは今回の番組中に話題として取り上げていた)
もっともその後「第1回目放送でそんなハプニングが起こったことで雑誌にも取り上げられたって、なんかできすぎじゃない?」という噂が流れた事もある。

BEGIN「Beginning」
2007123014当初は「この番組で5週勝ち抜いたらご褒美としてCDを作ってあげる」という事になっていたんだけど、番組が始まった初期に出たバンドが勝ち抜かずともレコード会社に目を付けられてどんどんとプロデビューしていき、その5週勝ち抜きの話もなくなっていった。
その変わり、9月頃に「イカ天レーベル」というインディーズレベールが作られ、原宿の「イカ天マーケット」での販売&通販が始まった。しかしあまりの人気にのちにローソンでも販売するようになったのだ。

ONE NIGHT STANDS「NANPA BOY RHAPSODY」IKA-TEN
2007123011とりあえず自分はその年の秋、東京に行った時にワザワザ原宿へ立ち寄ってCDを購入した過去があるのだ。
普段ならチャラチャラした原宿なんて行きたくないんだけど。
しかも、その時ガール3ピースバンド「NEWS」(ジャニーズのグループじゃないっすよ)がたまたまショップに立ち寄ったのに遭遇して「うひゃー!」と思ってしまった。
あまりにドキドキして、サインをねだることも写真を撮る事も出来なかった。でもムチャかっこ良かったなぁ・・・しみじみ。

スイマーズ「君とスイマーズ」
2007123012番組中に時代として「天安門事件が起こった」というニュース映像が挟み込まれたけれど、天安門事件は1989年6月4日の早朝というか真夜中に起こっているんですが、実はイカ天生放送中にこのニュースが飛び込んできており番組を中断した。

結局、今回の番組は「復活祭」と名付けられているけど、過去のビデオをみて想い出に浸る会だったんですな。


セメントミキサーズ「笑う身体」
2007123016番組放送中の2年の間に、番組スタッフが2回薬関係で逮捕だかされたという記憶がある。スタッフといっても、外部のアマチュアバンドとの仲介をするような人だと思うけど。
あの時、そのニュースを聞いて「今時、ロック=大麻って時代じゃねえだろ」とか思った記憶がある。なんつっても、ロック=不健全の象徴だったミック・ジャガーが毎日早朝ランニングしていたり、ロックミュージシャンにベジタリアンが増えていった時代なのだ。

福田眞澄&SUPER MILK(IKA-TEN)
2007123008あと番組初期の審査員に元一風堂の土屋昌巳がいた。すみれセプテンバーラブでやんす。
で、ある時番組に「この番組の出演者やチャンプになるのには裏での密約があるんじゃないか」というハガキが来た時に初回からレギュラー審査員だった土屋昌巳はマジに目にうっすら涙を浮かべながら「この番組は審査員も真剣に音楽を作り上げるために取り組んでいるんです、そんな裏取引なんてありません。もしそんな物があるのならこの番組の審査員なんて引き受けません」と力強く言い切っていた。
が、その数週後、土屋昌巳の姿は番組から消え、それ以降1度も出演しなくなった・・・・。
この後は、脈略無く思い出した小ネタの羅列

マサ子さん「つちのこ男爵」IKA-TEN
2007123009番組内で赤い衝撃「remote:リモート」を扱っており池田貴族が亡くなった事にも触れて、その後もビデオが流れ、それを見ている今回の出演者がしんみりとした表情をしていましたが、その後に流れた女性バンド「マサ子さん」では大笑いしただけだった。
実は「マサ子さん」のサイドでキーボードを弾きながら歌っていた子も亡くなっている。メインで「変な日だな〜♪」と歌っていたボーカルまゆたんはその後、ソロで「トイレの花子さん」の曲とか「ポンキッキーズ」などの曲を歌っておりました。

人間椅子「人間失格」IKA-TEN
2007123007青い乳首でハイになりましょう!と歌っていた色物バンド「ブラボー」
番組の途中で行われるジャンケン大会でズルをして商品を受け取った事が後で問題になったりしていましたが、番組1周年の武道館に登場した時はボーカル以外はメンバー全部入れ替わっていて、そのメンバーでプロデビューしたりしている。
ある意味、イカ天の色物路線を始めたバンドではあるんだけど、なんか芸能志向が強くてその後なんかバンド解散してタレント活動をしているのを見たことあったけど、なんか痛かった。
現在はダンスインストラクターをしているとの事。

JITTERIN' JINN「Hi-King」
2007123015途中から明らかにアマチュアバンドというより「すでに事務所に所属している」というバンドも登場するようになってくる。
夏頃からイカ天出演バンドを集めたイベントが各地で開催されるようになるんだけど、1回ブッキングミスでまだイカ天に出演していないバンドがイベントにフライング出演してしまった事もある。それは後にプロになった「ジッタリンジン」。出演してからかなり早い段階でプロになっている。

突撃ダンスホール「メリーゴーランド」
2007123010自分が個人的に好きだった初期のバンドは「イエロー太陽's」「突撃ダンスホール」「宮尾すすむと日本の社長」辺りだった。
しかし、番組で歌った曲がムチャクチャ良すぎて、それ以外の曲をCDで聞いた時にイマイチと感じてしまった。
やはりプロとして通用するのはコンスタントに名曲を作れる人なんだろうなぁと痛感したのだ。
この中で、その後もしばらく活動していたバンドは「突撃ダンスホール」だけだったと思う。

宮尾すすむと日本の社長(IKA-TEN)
2007123004今回の番組では途中でビギンとカブキロックスの氏神一番がゲストとして出てきたけど、ビギンはこの数年、凄く大活躍をしていてボーカル比嘉栄昇なんかは、真夜中のトーク番組「いいはなシーサー」なんかやる所までになっている。
イカ天から今に至るまで変わらない活動をしているって事では、実はカブキロックスもまだ解散せず活動中なのだ。
ついでに氏神一番は日光江戸村でショーのプロデュースを行っている。

たま「さよなら人類」「夕暮れ時のさびしさに」
2007123022「たま」をひさびさに見たんだけど、メンバーの中で一番目立つおかっぱの知久寿焼がバンドを引っ張っていたような気がしたんだけど、キーボードの柳原幼一郎がたまというバンドの色を作っていたんだなぁと改めて思ってしまったのだ。
代表曲「さよなら人類」の作曲も柳原だったけど、「さよなら人生」と同じくCMで使われた「オゾンのダンス」も柳原だったし、しかも5週、すべて柳原は違う楽器だった。1週目「らんちう」でアコーディオン、「さよなら人類」エレピ、「オゾンのダンス」アコギ、「ロシヤのパン」オルガン、「待ち合わせ」よく解らない楽器とチャルメラ、曲の色を決めているのだ。あの頃は単純に面白がっていたので気が付かなかったのだ。
ついでにおかっぱの知久はアノ当時妖怪みたいだという扱いだったんだけど、顔だけ見ると次長課長の井上みたいに結構カッコイイのだ。

マルコシアスバンプ「IN KAZMIDITY」
2007123020イカ天は約2年間放送したけれど、1年目の後半にビギン、たま、マルコシアスバンプあたりが出た辺りで大盛上がりになり、年始に武道館で行ったライブが頂点だったような気がする。
その1年目で大量の出身バンドが出たり、2年目はキングで勝ち抜いている途中で「メジャーデビューが決まってしまったので、キングを辞退する」というバンドも出るようになってきて、もーグチャグチャのバンドバブルが吹き荒れていたわけです。
今考えていると、少しでも早くデビューさせた方が得策だって事で、何週も待っている余裕ないって事だったのかな。

サイバーニュウニュウ「秘密のバス」
20071230052年目に出てくるバンドも、実際は凄くいいバンドも多かったんですがバンドブームが異常に盛り上がってしまい、イカ天の目的がアマチュアバンドの登竜門ではなくなっていた。
すでにプロデビューが決まっているバンドが売名目的で出演したり、テンションが下がってしまったのだ。
そのためなのか、代表するバンドというと「LITTLE CREATURES」「THE BLANKEY JET CITY」「PANIC IN THE ZU:」てな感じでしか紹介されずに足早に終わってしまった。

LITTLE CREATURES「VISITA」
2007123017「LITTLE CREATURES」もライトなジャズテイストバンドで好きだったんだけど、当時高校生だった3人が卒業と同時に留学とかでバンドが解散してバンドブームの最中はほとんど活動しなかった(ミニアルバムを数枚出してますが)
でも今でも思いだしたように活動しているみたいでやんす。
「THE BLANKEY JET CITY」は数年前までバリバリに活動していたんだけど、やるべき事はすべてやり尽くしてしまった感もあり、結局解散してしまった。
残念。

有機生命体「マリリンとウミガメスープ」
2007123006番組中で実はこんな人が!
という事で「FORT BRAGG」のボーカルが後にソロデビューした小野正利だったとか、「砂場」のボーカルが後にモダチョキでデビューする濱田マリだとか紹介していた。
他にも何人か細かく仕事をしている人もいて、一時期タレント活動していたもりばやしみほの「ハイポジ&ハボハマニア」とかもありますな。
でも、最終回の少し前に「GLAY」が出演して赤ランプ付けられたって話はダメなんですかね?

KUSUKUSU「世界が一番幸せな日」
2007123018函館からやってきたバンド「GLAY」は5人組で、メンバーはボーカルTERU&ギターTAKURO 以外は知らない人で(たぶん…)、曲は激しくショボく、途中で赤ランプ付けられていました(この回に出演した10バンドで赤が付いたのは2バンドのみ)。
もっともWikipediaのGLAYの項目を見ると「すでに東京で活動していて事務所の肝いりで番組に出演」と書いてあるんだけど、なんか函館から来たという話で、演奏前の三宅裕司との会話の中でTAKUROは工場勤めをしながらバンド活動をしていて、その工場で募集した標語で優秀賞を取ったなんて話題をしている。
うむ、人に歴史ありなんだろうけど、その時の映像は出してくれるな!って事なんだろうなぁ

THE WEED(IKA-TEN)
2007123019でも2年目はグズグズになってしまったイカ天だったけど、あのフォーマットは充分面白いと思うので、20年時代が経ったイカ天をレギュラー番組として(もちろん深夜枠)やって欲しいと思うのだ。
20年も経っているので、当然「パパがかつてイカ天に出た」なんて2世も登場するんじゃないかと。
もしイカ天が復活するのなら、また作詞作曲しちゃおうかななどと思ったりする年の瀬なのだ。
なんて適当な事を言ったりするのだ。

2007123021
長文になってしまった。

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2007年12月29日 (土)

がんばり入道ホトトギス

大晦日にやるべき事という話で「トイレの中で唱える呪文『ガンバリ入道ホトトギス』というものがある」てな話を先日ラジオでしゃべった。
ここに出てくるがんばり入道というのは人々を便秘に陥れる妖怪なのだ。陥れるって、そんな大層な話ではないけれど、そっち方面に苦労している人にとっては切実な問題かも知れない。
2007122901



2007122902という事で、勝手に「がんばり入道」というのは、坊主頭ののっそりした感じの人間型妖怪をイメージしていたんですが、どうやら1700年代の初期に書かれた絵では、手足が毛で覆われ足のない妖怪がツメを尖らせ、雪隠(トイレ)の窓に息を吹きかけているようで、さらに東海道中膝栗毛で有名な十返舎一九が「列国怪談聞書帖」の中でも毛むくじゃらな妖怪が長い舌を出しながら雪隠の垣根を乗り越えようとしている絵を書き残している。(こっちは足元は見えない)

この十返舎一九が書き残した「がんばり入道」の話の中にはトイレの守り神的な部分は出てこない。
十返舎一九著『列国怪談聞書帖』がんばり入道(18歳以下の閲覧禁止)
※山和の国・泥川に「染木某」という男が住んでいた。
この男は生まれながらの精力絶倫でとにかく年がら年中エロい事を考えていた。
さらにトンでもない事に、この男はナンパして部屋に連れ込んであーだこーだした女を家に閉じこめ、連日エロの調教を続け、中には死んでしまう女性もいたという。2007122903
※って思いっきり、監禁王子的物語じゃないっすか。
2007122904※あまりに酷すぎるという事で、この男の一族が取り押さえ、剃髪させ僧侶として山奥の庵に住まわせる事になったのだ。
※しかし、そんな事でエロが収まるハズもなく、男は道行く女性の事を、白眼を剥いてチェックするのだった。その形相を人々は眼張(がんばり)入道とあだ名をつけた。って、そんな意味かい!
2007122905
※男は庵からたびたび抜け出し、挙げ句の果ては村に住む娘を誘拐し庵に監禁したのだ。
※ある日「日の熊」という盗賊が眼張入道の留守に忍び込み、押入の中に娘が監禁されているのを発見してしまうのだ。
2007122906_2
※娘から話を聞いた日の熊は、帰ってきた眼張入道を斬り殺し、娘を家にまで送り届けた。
2007122907
※しかし、エロい気持ちが成仏出来なかった眼張入道は、娘の元に幽霊となって出現することとなる。
村人は娘を隠し、寺の住職に施餓鬼を頼み、魂を鎮めようとしたが効果はなく、眼張入道は娘を捜して村を彷徨うになった。
2007122908
※ところが、話はいきなり飛躍するのだが、その夏、山犬の間で狂犬病が流行っており、その中の一匹に眼張入道がかみ殺されてしまった。
その現場には、年取ったキツネが眼張入道が着ていた着物をまとったまま倒れていたとさ。
「こいつめ、入道の執着を真似て人を悩ましたあげく、山犬の牙であっけない最期だ。やれやれ」
と、人々は安堵のため息をついて笑ったのである。
って、そんなエンディングあり?
2007122909

しかも、十返舎一九の話の中では、がんばり入道とトイレの関連性も語られていないっす。
そんなワケで、大晦日にトイレで呪文をどうぞお試しあれ。

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2007年12月27日 (木)

バカな杉村は空気が読めない!

朝、ぼ〜っとTVを付けると、いきなり「杉村くんは今年の言葉でいうとKY、空気が読めないんだよね」「ま、実力も無いのに何を勘違いしたのか、話題になったからっていい気になっているんじゃないかね」「基本的に人間として未熟なんだよね、杉村くんは」などとコメンテーターが語っていた。


あぁ悪かった悪かった、俺が悪かった。
と激しく自分の胸に手を当てて反省するのであった。

2007122701という所で改めてTVを見ると、そこでは小泉チルドレン杉村太蔵議員が「党の公認が無くても北海道1区から出馬する」と宣言した事で、親代わりだった武部が「勝手な事言いやがって」、北海道1区の市議会から「いきなり1区で立つとか言われてもねえ」などなど、不評満載。そのことをワイドショーが取り上げていたのだ。

しかし「小泉チルドレン」って何なのだろうかねえ。いい年こいたおじさん、おばさんばっかりなのに。しかも政治家なのに知性を感じさせませんなぁ。

ついでの話題なんですが、どんなキーワードで検索してこのblogにやって来たか?というのが解るんですが、複数のキーワードを使った場合も解る。
でもって、ここ数日多いのが「杉村/バカ」「杉村/馬鹿」、いくらなんでもそりゃねえだろ!って感じもするんですが、現時点で「杉村」という苗字で一番話題になっているのが「杉村太蔵」で、その彼を称するのに一番相応しいキーワードが「バカ」なのだからしょうがないかも知れない。

その何というキーワードでアクセスしたかってのを見ていると、結構面白いんですけどね。
たとえばこの時期に「正座/着物/イラスト」という3つの言葉で検索している人もいるんですが「年賀状用にそんなイラストを求めているのか?」などと思ったりする。
あと多いのが「こけし/子消し」とかの雑学絡みとか、あとはエロ系で「ノーパン喫茶/あべのスキャンダル」とか。

ちょっと個人的に懐かしいキーワードでは「ゆいネット/midi」なんてので検索している人がいたりする。こんにちは私「蛸/TACO」です。

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2007年12月26日 (水)

うんちQさま!(らぶらじ静岡検定)

今年の4月から静岡のSBSラジオではじまった「らぶらじ


西のテッちゃんこと鉄崎幹人氏
2007122601その番組の中にある『2時のうんちく劇場』で私はレギュラーデビューしてしまったワケですが、番組メインパーソナリティの鉄崎幹人氏(月火担当)、杉原徹氏(水木担当)は共に県外から静岡に通っている(名古屋.東京)という事で、9ヶ月も静岡に密着した番組をやっていたのだから、当然の事ながら静岡の事はよく解っていますよね!と言うことで「第1回、らぶらじ静岡検定」という企画を実施する事になった。
11月頃からディレクターと水面下で打合せをして問題作成をしてこの日に供えて来たのだ。

東のテツさんこと杉原徹氏
2007122602という事で、12月25日の火曜日、翌日26日の水曜日にそれぞれ同じ問題を出し、その回答数の低かった方に罰ゲームを処すという事で、クイズ当日も「静岡の事を愛していれば当然正解出来るハズです」とプレッシャーをかけて、企画がスタートした。
それぞれが放送直前まで静岡県のガイド本などを読み込んでいたので「とりあえず抑えておきたい静岡県の名所・旧跡」なんてものは頭に入っているみたいで、他にも静岡県ゆかりの歴史上の人物ってことで徳川家康とか今川義元とかもチェック済みだ!みたいな事を語っておりました。
でも、そんな素直に問題作るワケないじゃん。

問題1
静岡県にあるJR東海道本線の駅は全部で40駅あります。西の玄関口は「新所原(しんじょはら)駅」ですが、東の玄関口は「何駅」?

問題2
静岡県にあるJR東海道本線の駅は全部で40駅あります。では新幹線の駅は何駅ある?

問題3
静岡県内にある「町」の名前は「かんなみちょう」のように「ちょう」と呼ぶのが一般的ですが、唯一「まち」と呼ぶのはどこ?

問題4
静岡県にあるギネス記録。大井川に架かっている「歩行者専用の世界最長の木造橋」の名前は?

問題5
日本で一番ギョウザを食べている町・浜松市。さて、浜松のギョウザの特徴は、付け合わせに何が一緒に出てくる?

問題6
幕末期に静岡の人が作った、現在、東京の名所となっているところは次のうちどれでしょうか。
1.浅草浅草寺
2.武道館
3.お台場

問題7
日本国内の水揚げ量の100%が駿河湾で捕られ、静岡県内では生や釜揚げで食べる事が出来る、お好み焼きやかき揚げなどに用いられる事が多い海産物は?

問題8
街道一の大親分・清水の次郎長が明治時代に経営していた商売は何?
1.マナー教室
2.英会話教室
3.料理学校

問題9
静岡県富士市にある地名は次のうちどれ?
1.かぐやひめ
2.ももたろう
3.したきりすずめ

問題10
さて、4月1日放送された「らぶらじ前夜祭」で出題された問題です。
静岡大学の合格電報では「富士山頂、征服す」と言いますが、不合格の時は?
1.スルガワン イマダナミタカシ(駿河湾未だ波高し)
2.フジサンチョウ フブキアレル(富士山頂吹雪荒れる)
3.オオイガワ コエラレズ(大井川越えられず)

もともと自分はクイズ好きって事で、ついつい難易度の高い問題を考えがちって事で、出来る限り解りやすい問題を心がけたつもりなのですが、どうやら放送直後、番組に寄せられた感想でも「ちょっと難しかった」という意見が多々あったみたいです。
で、両パーソナリティの正解数は、ともに4点という「ありゃりゃ低いね」という物でした。それ以前に困ってしまったのが「同点じゃん、罰ゲームどーする?」という物だったのです。
しかも、S気のあるディレクターたちは罰ゲームしか考えていなかったため、リスナーから「勝った方にご褒美が無いのは可哀想」という事で勝ち商品が送られてきていたのだ。
ということで、やはり勝敗を決めなくちゃいかん!という事で、来年8日9日に「第1回らぶらじ静岡検定:追試」が決定しました。
またクイズ問題を作る事が出来る!という楽しみが増えました。次回はもう少し解きやすい問題を心がけるのだ。こう御期待。

ちなみにクイズの正解は
1:熱海駅
2:6駅
※東海道新幹線の駅は全部で17駅ありますが、その3分の1の6駅が静岡県内にあります。熱海駅 - 三島駅 - 新富士駅 - 静岡駅 - 掛川駅 - 浜松駅
3:森町
※実は森町の過去の地名は「森町村」で、村から町になった時に「もりまち」と呼ぶようになったため。
4:蓬莱橋(ほうらいばし)
※全長897.4m、今年夏の豪雨で橋の一部が崩壊しましたが、これまで何度も修復されギネス記録を保持し続けています。
5:茹でたモヤシ
※油っぽいギョウザを食べ続けるため、サッパリとさせる箸休めと言われています。
6:お台場
※お台場は幕末期、伊豆韮山の代官を務めていた江川太郎左右衛門がペリーが来た時に迎え撃つための砲台を置くために整備した土地。そこに置く砲台を韮山の反射炉で作っていました。
7:桜えび
※似ている種類の「白エビ」が富山湾で捕られますが、共に日本アルプスの水が関係していると言われている。
8:英会話教室
※英語教師をまねいて英会話教室を開き、自分もヨーロッパへ渡りたいと考えていたそうです。
9:かぐやひめ
※かぐや姫は一般的には、竹の中から生まれた月のお姫様ですが、もっと古い文献では富士山で生まれたお姫様で、富士市かぐやひめで育ったとされていました。
10:スルガワン イマダナミタカシ

ちなみに番組の女性パーソナリティでSBSアナウンサーの小沼みのりんは「私は90点でした!」と答えていましたが、小沼さんはアナウンサーとしてニュース番組もやっているので県内情報は詳しいワケで、やっぱ普通の人には難しかったかなぁ
そんなわけで、この問題を難しい!と思った方は私が今年書いた『静岡県の雑学静岡県の雑学-知泉的しずおか(静岡新聞社刊)』を購入して読み込む事をお勧めします。

Sshizuoka01って、実際にはこの本の中には静岡県に関係していない雑学の方が多いという噂。かつて出した「知泉1&2」より雑学密度が濃いので、一部からは「静岡ってタイトルで出さなかった方がよかったのではないか?」と言われ続けております。
たとえば静岡県出身のスポーツ選手という事で水泳の岩崎恭子の名前が出ると、下の欄には延々と岩崎恭子とは関係なく
☆水泳のクロールは「這(は)う」という意味。水の上の這って歩いてるようだという事から名付けられており、クロールの日本名は「這い泳ぎ」。
などのような水泳の雑学が延々と続く。
たとえば、熱海を代表する小説「金色夜叉」の話題で、架空の話なのに観光客から「その現場はどこだ?」と問い合わせが多かったので、急遽「お宮の松」を捏造した。という話題の時には同じような事例として
☆祇園精舎は古代インドにあった寺院の事で実際には鐘なんて無かったが、近年旅行者が「祇園精舎の鐘はどこですか?」と問い合わせるので現在は鐘が作られている。
☆「フランダースの犬」も現地では忘れられていた小説だったが、日本でアニメを見た人が多数押し寄せるようになって、現在はフランダースの犬の銅像がある。
という話に展開して、さらにフランダースの犬が人気のない理由や、ハッピーエンドの映画版の話などなどに展開させている。
そんなワケで、静岡以外では書店で見かける事がないと思われます『静岡県の雑学』、この年末年始にネット書店で是非ご購読お願いいたします!

って、結局宣伝でやんす。

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2007年12月24日 (月)

ビング・クロスビー「ホワイト・クリスマス」の謎

クリスマス時期になると否が応でもシャンシャンシャンという鈴の音と共にクリスマスソングってやつを耳から流し込まれる。
テレビを付けても、ラジオを付けても、街中を歩いていても、俺は仏教徒だぞ!と叫んでみてもクリスマスソングを流し込まれてしまう。
うっせぇ!と思いつつ、気が付いたらそのメロディに合わせて「さんたくろーうずかみんほー♪」などとくちずさんでいる自分がいるワケですが。


2007122401てなワケで、10年前の雑学で「世界で一番売れたシングル盤は、ビング・クロスビーが歌う「ホワイト・クリスマス」です」というのがあった。
1942年に発売されてから、毎年クリスマスシーズンになると売れるので50年かけて売上げを累積して凄い事になったのだ。

てな物があったんですが、その記録は1997年にイギリスでダイアナ妃が亡くなった際、その告別式でエルトン・ジョンが歌った「キャンドル・イン・ザ・ウインド」がヒステリー状態かと思えるような世界を巻き込んだ熱狂的なブームの中で売れ、たった1ヶ月で世界一売れたシングル盤となってしまい、ビングクロスビーが頑張った50年って何ンだったの?て感じだった。
とりあえず2001年版のギネスブックなんかにも「1997年10月20日の時点で22カ国でNo.1になり、3300万枚売れて最高の売上げシングルとなった」みたいな事が書かれている。

2007122407が、ネットを見ると「世界最高の売上げシングルはビング・クロスビー「ホワイトクリスマス」である」という記述をあちこちで見る事が出来る。
あぁこれは古い記録なんだな、と思ってみるのだが、そこには売上げ枚数「5000万枚」などと書かれている。うぬ、この10年でビング・クロスビーは2000万枚以上売上げを上乗せしたか?とも考えたんだけどそれもないよなぁ
おそらく、これはシングルって事じゃなく、色々なクリスマスソングのコンピレーションアルバムなんかに収録された数を含めた数字じゃないかと思うのだ。(あくまでも推測)なんせ、自分にとってビング・クロスビーの「ホワイトクリスマス」って曲はシングル盤ではなくアルバム収録された物しか見たことがないから。

2007122402という事で、この曲に関しての雑学は
☆「ホワイト・クリスマス」の作者アーヴィング・バーリンは真珠湾攻撃で身内が亡くなったため同曲は彼の遺言で日本語に訳す事が禁止されている。
という物がある。
とりあえずそうなっているんだけど、これまで何回か日本語詩が付けられた物が発売されている。なんと美川憲一とか、なぜかサンダー杉山とか…、どうやら山下達郎が詩を書いたバージョンもあるらしく、森岡純・鮫島有美子が歌っている版があるらしい。

2007122403うぬぬ、と思ってしまうんだけど、とりあえず遺言の話は本当らしく生前から「日本語で歌うな!」と言っていたそうです。
でも美川憲一版なんかは1992年に発売されているんですが、作者バーリンは1989年に101歳で亡くなっています。
どうも、作者の死後、その意見を無視して日本語版が作られているみたいです。生前はウルサイので禁止→死んだ後は遺言でなんか言ってるけどそこまで法的に縛られるワケでもないので作っちゃおうぜ!って感じなんでしょうかね?

2007122404ちなみに「ホワイト・クリスマス」という曲、そんな風に第二次世界大戦の真珠湾と関連づけられる事に関し「クリスマスソングをそんなきな臭い話と繋げるなよ」と思っちゃう人もいるかもしれませんが、この曲はもともと戦争絡みで作られたクリスマスソング。
歌詞の中に出てくるように「♪I'm dreaming of a white Christmas」てな事で「いつか見たホワイトクリスマスを今、思いだしているんだ」という内容で、その後は延々と雪の中での風景が歌われてる。
これ、実は第二次世界大戦で南洋に出かけた兵士達が、クリスマスシーズンに子供の頃のクリスマスに思いを馳せているという設定で書かれた詩らしい。それもあって、真珠湾の話が絡んでくるのだ。

2007122405で、今回この曲に関して「え?」という話を読んでしまった。
Bookoffで100円本として購入した「笑撃の雑学クイズ(永岡書店)ランダムプレス/1992年刊」を風呂に入りながら読んでいた。この手のゆるそうな本は風呂でぼーっと読むのがいいのだ。
で、そこに聞いたこともない話が書いてあった。要約するとこんな感じ
P54「ビングクロスビーの超ミリオンセラー「ホワイトクリスマス」に関して、彼は1セントも印税を受け取っていない、それはなぜか?」という物だった。
その答えは「この曲は宗教曲なのでゴスペルソング扱いとなっていて、レコード会社は無税だったが、歌唱印税もゼロでレコードがいくら売れてもビングクロスビーにはお金が1セントも入らなかった」と書かれているのだ。
うむむ、こりゃ聞いたこと無いぞ!

2007122406長年、アマチュアだといえ雑学を追及してくると、どのネタを聞いても何かしら「あぁどっかで聞いたことある…」となるのだが、これはまったく聞いたこと無かった。
そんでもって「それ全然聞いたことない雑学」ってのは、かつても「ぐっすり」や「B玉」でも書いたけど、調べてみると「やはりガセだった」という状態が多いのだ。
こりゃ怪しいと思い、調べてみる事にした。

といっても、その時が夜だったり、この先1週間以上図書館に行っている余裕もないので、ネットだけの調べ物になってしまうのだが、とりあず「ホワイトクリスマス/無税」とか「ゴスペル」ろか「宗教曲」とか色々なキーワードで検索し続ける。
どうもそんな事を書いている日本語サイトも見あたらないので、英語サイトも調べてみる。英語が堪能ではないので翻訳サイトの手を借りたりするのだが、どうにもこうにも見つからない。

2007122408日本での一番売れたシングルに関して「泳げたいやきくんは子供の情操教育のための童謡扱いなので、レコード会社はいくら売れても無税だった」という雑学はあるけれど、童謡の歌唱印税が無いなんて話も聞いた事はない。
たいやきくんを歌った子門真人、そしてB面を歌ったなぎら健壱に関しては「録音買い取りだったので、バイト代的な5万円を受け取っただけ」みたいな話はあるけど、あれは売れなかった時は歌唱印税が微々たる物なので、とりあえず確実に貰える買い取りという契約をした。となっている。
本当はどうなのだ?

2007122409ちなみにこの「笑撃の雑学クイズ」の中に掲載されている問題にかなり怪しい物があって、ある有名人のエピソードを紹介しておいて、ラストに「この逸話は○○○氏の話だとも言われている」とか、「でも、この話、作り話くさいネ」とか、エピソードクイズなのに答えの後に「このエピソードはどうやらジョークだったらしい」と架空の話だったと書いてあったり、なんか信憑性が薄い物がかなり含まれている。

とりあえず「ビング・クロスビーは名曲『ホワイトクリスマス』の歌唱印税を1セントも貰っていない」という話は危ないので使わないほうがいい、って事なのだ。


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2007年12月23日 (日)

それでいいのかクリスマス?

日頃お世話になっている杉山バラ園の敷地内にあるケーキ屋さん「ナチュレナチュール」が大盛況で駐車場が常に満杯で、ずっと交通整理の人を雇っているほどの大騒ぎになっている。


2007122301というのも、実はこのケーキ屋、駿東郡清水町なんて、地味な場所にありながらテレビ東京の番組「TVチャンピオン」でクリスマスシーズン恒例『ケーキ職人選手権』2連覇という偉業を達成している。
しかも今年は12月初旬に「笑っていいとも」の『クリスマスケーキ:予約が多い店ランキング』なんてのに出場して、静岡東部地区ではムチャ話題になっているのだ。
お陰で、ケーキ屋大繁盛で、バラ園を目当てで来てくれるお客さんが車を止める事が出来ないという大騒ぎ。ケーキを買いにいったついでにバラもね!という事なのだ。

しかし、この大騒ぎは数日前から続いていて、予約したクリスマスケーキを受け取るためだけで大行列になっている。
今日、店の中を覗き込んだら「ギネスに挑戦、さてこの店の中に何人入る事が出来るでしょうか?」みたいな状態になっている。
って、クリスマスケーキだってのに「今年は22日の土曜から3連休なので、クリスマスを23日にやっちゃおうかぁ」って事なのか、おまえらクリスマスをなめんなよ!休みだから前倒しでクリスマスしてんじゃねえぞバーロー!と、やけに幸せそうなカップルを三白眼で睨み付けながら心の中で叫んでおったワケです。

しかし、どうしてこうも日本人にクリスマスは定着しちゃったんですかねぇ。って「宗教的な儀式」とかじゃなく「忘年会」の一貫としての演出なんだろうなぁ。(ハロウィンが定着しそうな感じも凄くイヤンなのですが)

以前メルマガで「公立の学校では宗教儀式は禁止なので、クリスマス会は行えない」という雑学を書いてしばらくした後、ちょいと検索した所、その雑学を引用して「え〜そんなワケ解らない事言うんだぁ」みたいな事を書いているのをいくつか見た。
でも実際「キリストのミサ」という意味だから宗教的儀式だよなぁ。

以前も書いた事あるんだけど、会社で女の子二人が話をしているのを聞くとも無しに聞いてしまった。
女子1「ねぇクリスマスイブのイブってどういう意味?」
女子2「え〜イブって女の子の名前じゃん」
女子1「そうだねぇ」
女子2「だからさ、女の子がプレゼント貰える日って事じゃないの?」
女子1「そっか!アッタマいい〜〜〜」
と、アッタマ悪い会話をしておりました。その時、ツッコム気も無かったので
彼女たちは今でも「クリスマスイブは女子の日」と思っている事でしょう。

ま、クリスマスに関してはアメリカの俗語辞典では「Chiristmas」ではなく、「KURISUMSU」という項目があって「日本人が宗教とは関係なくドンチャン騒ぎすること」と書かれていた事もあるワケで、日本人は柔軟な民族って事にしておきましょう。

2007122302という事で、先日近所の大型スーパーに買い物にいったのですが、2階の売り場に上がるエスカレーターの手前コーナーにクリスマスツリーを見かけた。
と思ったが何か変なのだ。自分の視界の片隅に入った物は確かに「クリスマスツリー」の形だと認識しているハズなのだが、心の中で何かザワザワとした不安感を沸き上がらせるような警告音が鳴り響いていたのだ。
買い物を終えてエスカレーターを降りていく時、そのクリスマスツリーの全容が視界に飛び込んできた。

そのツリーには異常とも思えるほど星の形をした色とりどりの紙片が付けられていたのだ。そして、さらに近づいてみると、その紙片にはそれぞれに子供達が思い思いの願い事を書いてある事が判明した。
「サンタさん、ウィーがほしいです」「サンタさんプリキュアファイブのドリームトーチがほしいです」などと、欲望丸出しの厚かましい願い事が書き連ねられていたのです。
中には明らかに大人の文字で「クリスマスまでに素敵な彼氏が現れますように(はぁと)」などと書いた厚かましいお願いもあった。

2007122303ついに日本人は、クリスマスというイベントを日本流にアレンジして、七夕と融合させてしまったのだ。
きっとクリスマスの夜、夜空ではサンタクロースとトナカイが年に1回の逢瀬を楽しんでいるに違いないのだ。
もークリスマスが宗教的儀式だとか悩んでいた俺の心の狭さなんてものはどーでもいいのかも知れない。
ワケの解らない素晴らしいみんなにメリークリスマスなのだ!

p.s.
話に出てくる「杉山バラ園」では、お正月用のアレンジメントの予約受付中!
予約〆切は28日、30日までにお届けします!
と、言われました。

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2007年12月19日 (水)

ラテン系な生き方って?

年金問題が全然片づいていない舛添要一。


2007121901ダメな人なりに頑張ってはいると思うんだけど「そんな事言っていない」みたいな発言で評判落としてますなあ。
確かに無責任な発言だとは思うけれど、これまでの全然先に進んでいなかった年金問題などをなんとかしようとしているってのには「期待しなくちゃ」的にムリヤリ納得させて思っている。(あくまでも色々目をつぶった上での強制的楽観視)
民主党が「あのような事を言う舛添は辞任して責任を取るべきだ」とか言っているけど、ここで舛添を辞めさせてもう一回チャラにして新しい人が就任する方がその間年金問題がストップしちゃうワケで時間ばかり食うんじゃないかと。

しかし、その舛添が「人生85年ビジョン懇談会」てのを発足させた。メンバーにテリー伊藤、菊川怜、フランソワ・モレシャン、ダニエル・カール等という何がなんだかを集めて、来年3月をメドに報告書をまとめるとの事。
テーマとしては「ラテン系の人生の楽しみ方」「優雅な欧州の長期休暇」「江戸時代のお年寄りの暮らしぶり」などを参考に、明るい老後の在り方を模索するとか言っている。

そんでもって晩年の生き方のモデルケースとして伊能忠敬や安藤広重みたいな生き方が出来たらと述べているんだけど、何を考えているのやら。
安藤広重の場合は、若い頃から絵師として仕事をして死ぬ直前まで絵を描き続けていたワケで、それはあくまでも「売れている絵師」だったから出来た事で、それを普通の人に押しつけられてもなぁ

あと伊能忠敬に関してはたぶん「伊能忠敬は50歳で隠居して、その後、日本地図製作のために測量の勉強などをして、その後自らの脚で20年賭けて日本中を測量して回った」という事で、第二の人生がどうのこうのとか、老後に目標をってとか言いたいんだろうなぁ
でも伊能忠敬は千葉県の名門・伊能家に婿養子に入った逆玉で、50歳まで豪商として優雅な暮らしをしていたんだよね。だから、50歳で息子に家督を譲ってもその家が安泰なのは確実だし、自分も軍資金を持っているので悠々自適だったのだ。だから最初の測量旅行は自費で、今の金で数千万円を捻出しているんだよね。
だから、そんな人を持ち出されても…。

江戸時代は確かに人々の暮らしは豊かだったかも知れない。でもそれは、今のように必要最低限の消費がかなりの金額になっている時代でもないし、そもそも政治がしっかりしていて老後の心配もあまりなかったってのが最低限の前提なのだ。人々の意識を変える以前に政治的に生活基盤を整える作業が必要なんじゃないかと思う。そりゃ誰だって、老後は平和に趣味に生きたいと思っているさ。

ついでにラテン系の生活が目標って、そのラテン系をどの辺の地域を頭に描いているか不明だけど、一般的なラテン系には貧困層もあるし、それゆえの犯罪も多いってのがラテン系だと思うんだけど。
まさか裕福でセレブな方々の、プールのある豪邸で毎晩パーティでも開くようなラテンの方々を思い浮かべているって事はないよね?

そんな懇談会を開くためにどれだけ予算を使うのか解らないけど、安倍首相時代も「美しい国づくり企画会議」なんてのがあって、メンバー12人を集めて2回しか会合を開かなかった会が5000万円近い予算(当然国費)を使っていたってのがあったから、ワケ解らない会を開く暇があったら…と思ってしまうのだ。
「美しい国づくり企画会議」と今回の懇談会はどう違うの?
ちなみに「美しい国づくり企画会議」の費用内訳は、人件費1600万円、事務諸費3100万円、通信・交通費200万円(参加者の謝礼は1人100万ってのが相場なのかな?)


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2007年12月18日 (火)

爆笑レッドカーペット、真の優勝者は

年々お笑い芸人の賞味期限が短くなっていく。


昨晩放送された「爆笑レッドカーペット5」を見てて色々考えていた。
この番組はもともと「発掘!あるある大事典」が捏造問題で打ち切りになった事で急遽2月18日に放送された番組。
それが好評だったために、2ヶ月に1回ぐらいのペースでシリーズ化され今回で第5弾。
数年続いている若手お笑いブームで飽和状態となっている事で「持ち玉だけはいっぱいある」という感じで、次世代の若手が大量に出る番組。

2007121801でもって、その2月に放送された物で柳原可奈子が出演してチャンプになった事から一気に売れっ子になっている。
普通、芸人は下積みが数年続きポンッとブレイクして、徐々にネタをやらないタレント的な方向にシフトしていくのがパターンなんだけど、柳原可奈子に関してはほとんど下積みなしでポンッと出て、早3ヶ月ぐらいでネタをやらないタレントになっている。
ヘタしたらネタをやっていた時代を知らないってパターンもある。
出世までが異常に早いのだ。

で、この番組のタイトルは「爆笑レッドカーペット」って事なんだけど、なんか番組内で『爆笑!』が連発される毎に冷静になっていく。なんだか爆笑の沸点が低すぎるような気がする。
逆に言えば自分の笑いに対しての感性が鈍っているのかもしれないけど。この辺の笑いに関する思いは個人差が大きいので、善し悪しは簡単にいえる問題じゃない。
自分が20歳前後に笑っていた物が、実際に今見て面白い物なのかはイマイチ自信がない。時代で笑っていたかもしれない。

で、この番組は一発芸とかショートコントという物を芸人が披露する物で、1人の出演者の時間は実に短い。
逆にいうと、その短い時間しか場を持たせる事が出来ないんじゃないかと思うけど、それも時代ってヤツなのかもしれない。前フリなんかいらない、文脈を読むなんてことは必要ない、いきなり出てきて珍妙な事をやって「あいつ変だよなぁ」と笑うのが今の笑いって物かもしれないのだ。それが今ってヤツだとしたら、しゃーない。老兵は語らずなのだ。

でもって、文章に関しても現在は長い文章は好かれない。
文章を書くのが好きな人はついつい長い文章を書いてしまいがちなんですが、今は長い文節はダメだと言われている。
理解する能力が無いとかじゃなく、好まれるか好まれないかって話。
いわゆる「携帯の1画面分」というのが(機種によって表示文字量は全然違いますが)基準になるのだ!みたいな事も言われている。
それの流れで、ブログなんかの文章でも掲示板の書き込みのように、
短い文節で改行を繰り返し、
短い文章を重ねていくような形が
読みやすいとされる。
そうかそうか。
てえことは自分が書いている、なるべく短く雑学をまとめるってのは間違った方向性じゃないのだな。

2008121802などと、お笑い番組を見ながらぼーっと考えていた。
自分的には面白かったけれど、番組の審査員みたいに爆笑してスイッチをバンバン押すような感じではなかったなぁと思っていた。
そのまんまテレビは終了し、CMになり「FNN.レインボー発」というニュースが始まったのだが、その第一声が
「こんがいよ」
という、あり得ない噛みだった。

ちょいとイラストを書きながら音声だけ聞いていたので、いきなり韓国語放送でも混線したのか?と思ったのだが、画面の若手ニュースキャスターは何事も無かったように薬害C型肝炎訴訟のニュースを読みはじめた。
実は偶然HD録画していたので、リピートしてみたのだが、どうも噛んだふうでもなく、当たり前のように「こんがいよ」と言い切っているのだ。
なんだ「こんがいよ」って!

この2時間の中で一番面白かったのが、ニュースの挨拶だってのはいかがな物かと…。

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2007年12月17日 (月)

DARS(ダース)

初志貫徹するのは難しい。


いつの間にか最初の目標を下降修正したり、別の方向に反れてしまい、曖昧なまま日々を過ごしてしまう事はある。
その際、適当な事を言って周囲だけではなく自分までごまかしてしまうのだ。
初志貫徹するのが偉いかどうかは別として、それは難しい事なのだ。

2007121701昨日、近所のスーパーに行った時、おかしコーナーで「DARS PREMIUM:ダース・プレミアム」という商品を見つけた。
期間限定 とろけるビター トリュフ風味だそうで、そうかそうかと思い、その裏面を見て驚いてしまったのだ。
内容量:9粒

おいおい、DARSって「12粒だからダースです」と小沢健二が言っていた通りに「12粒入っているからDARS」だろ!
もしかしたらコレは公正取引委員会にチクらなければイカンのではないか?
確かに裏面に「9粒」と記載されているが、商品名に偽りあり! って事なのじゃないかぁぁぁぁぁ!と憤慨する私がそこにいるのであった。

とネタに出来る物を見つけたとニンマリしている私がそこにいるのであった。

ダースの豆知泉

ちなみに12をダースと数える単位は、ラテン語で12を意味するduodecimから来ている。

12個でダース。12ダースでグロス。12グロスでグレートグロス。

清水アキラなどがいたお笑いグループ「ハンダース」はNTVの夕方番組「ギンザNOW」の素人コメディアン道場を勝ち抜いた6人で結成したグループ。6人で半ダースという意味だが、デビュー直後に諸事情あって1人抜けたので、一般的には5人組。

イギリスでパンを数える時の1ダースは13個。これは中世イギリスでパンの重さが法律で規定された際、重さが足りないというクレームを避けるために店が1個オマケした、という風習に由来している。

パン屋の1ダース=13を「ベーカーズダズン:baker's dozen」というが、キリスト教圏では忌まわしい数字「13:サーティーン」と言いたく無い人は「ベーカーズダズン」と言い換える。スルメ→アタリメみたいな物。

小説「ロリータ」で有名なウラジミール・ナボコフの作品集に「ナボコフの1ダース」という物があるが、これの原題「Nabokov's Dozen」は前述の「ベーカーズダズン」のもじりなので、収録されている作品数は13。

プリクラの元祖は1915(大正4)年にヒットした12枚一組なので「ワンダース写真」という名前。25銭、仕上げまで5分という物で関西を中心に若者に大ヒットした。しかしいつの間にか「ワンダー写真」と呼ばれるようになった。


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2007年12月16日 (日)

私は何も知らない

こうやって雑学の人をやっていると、よくされる質問に「どうしてそんなに雑学を知っているの?」という物がある。
その度に「う〜ん」と唸ってしまう。そこで適当に笑える答えでも用意すりゃいいんだけど、なんとか理解して貰おうとして、逆にハッキリ答えを出せずに終わってしまう。
雑学を仕入れるのは「何も知らないから」なのだ。


2007121602私は何も知らない。いわゆる専門教育を受けていない。
だから、色々な本を読んでいても専門用語が出てくると「????」となってしまって、いきなり調べ物をして先に進まなくなってしまう。気が付くと最初に読んでいた本のことをすっかり忘れて、調べ物から派生した他の話題を読み進め、さらにその先を調べている事がある。
だから、その瞬間興味がある方向にだぁぁぁっと進んで、ある程度まで行った所で満足して「そうかそうか」と終わってしまう。
だから、系統だって知識を知っているワケじゃなく、その断片のその時点で自分が理解出来る範疇までしか知らないのだ。だから、専門家と話をして「えっそういう意味なの?」と勘違いに気付くこともある。
日々勉強なのだ。

そんでもってメモとして文章にまとめる時は、自分が解らなかった分、誰にでも理解出来るように整理しつつ文章を組み立てるようにする。どう文章をひねったら自分が面白いと思った部分を人にも面白がって貰えるかって部分に頭を使うのだ。
専門書のあからさまに「このレベルの文章が理解出来ない人は付いて来なくてもいいよ」的なたいどに、こぬやろ!と思ってしまう。イヤ、別にそっちはそんなつもりは無いかも知れないけど。

先日も『20世紀理科年表』という1986年に発行された新書(古本)を読んでいた時も、ジュラルミンの発見について書いてある文章に引っかかってしまった。
要約すると、
20071216011886年にホールとエルーという二人がほぼ同時期に精製法を発見したアルミニウムは、地球上に最も多くある金属だけど、酸化しやすく軟らかすぎるので使い勝手が悪かった。そのために多くの科学者が硬くする技術を研究していた。
1906年9月、ドイツのウィルムさんが、500℃に熱して急冷する焼き入れ法を試していたが、やはり硬くならなかった。
その土曜日に実験したのはマグネシウム・マンガン・鉄・ケイ素をそれぞれ0.5%程まぜたアルミニウム。しかし硬くならなかったのでそのまま帰宅し、月曜日に再度計ってみると、硬度計が壊れたかと思うほど硬くなっていったのだ。

という話。で、その本では「その後、ジューレンで工業化されたので、ジューレンのアルミニウムで『ジュラルミン』と命名された」と書いてあった。
そこで「ジューレン」とはどこにあるんだ?という事でとりあえずネット検索をする。
「ジューレン・ゲレーロ」というサッカー選手がいる事は解った。中国語で主人を「ジューレン」と呼ぶらしいという話もあった。とりあえず「ジュラルミンの名前はジューレンという町に工場が」という話も見つけたけれど、実際の場所はよく解らない。

で、最終的に解ったのは「一般的にデュレンと呼ばれているらしい」って事で、その結果ドイツのケルン地方から西側にある場所と判明した。
でもそれを調べている最中にジュラルミンの命名に関しては「ラテン語で「硬い」を意味するDurasと英語のアルミニウム(Aluminum)を合成した造語」というのも見つけて、うぬぬぬと思ってしまったワケです。
確かに「ジューレンで工業化されたアルミニウムでジュラルミン」ってのは不自然な由来って気もする。
ついでにWikipediaでは「ドイツのデュレンで、ウィルムによって偶然に発見された」と、工業化ではなく発見場所になっている。

そんなこんなで雑学追及の面白さは「本に書いてある事が全てではない」と言う部分と、「世の中には曖昧な事が多いなぁ」という事と、調べていく間に他の面白そうな話題もジャラジャラと発見してしまうという事なのだ。
この軽くて丈夫なジュラルミンが発明された事によって、飛行機がどんどん実用化されていき、第二次世界大戦で、零戦やB29が生み出されるようになっていったりという経緯などなども、調べていくと面白い。(ネットだけの調べ物は恐いので文献にも当たりますが、文献が全てでもなく...と堂々巡りの日々)

きっと、そっち方面の人にとっては「何をいまさら」の話なんだろうけど、こうやって「へぇそうなんすか」と思える事がたくさんある内は人生楽しめるなぁと思うのだ。
偏った知識の穴を埋めていく作業はマジに面白い。その面白い部分を共有してもらいたいから、日々雑学という形で紹介しているのかも知れない。

アルミの豆知泉

現時点でもっとも地球上に多いとされるアルミニウムは、かつては貴重品だった。18世紀末頃、ヨーロッパでアルミは同量の金と取引されていた。

どのくらい貴重だったかというと、ナポレオンの秘蔵コレクションにアルミ製の食器があるぐらい。

アルミホイルの面にはツヤの有る無しがあるが、作る時にローラーに触れる面と触れない面の差で表裏という区別はない。

車椅子1台分の価格はアルミニウムに換算して約700kg。これだけのアルミニウムを空き缶のプルタブだけで作ろうとすると、その数は約140万個必要。

アルミニウムの精錬法を発見した1人、アメリカの22歳の学生チャールズ・ホールは、1886年アルミニウムを精製出来たら大もうけできると考え自宅の研究室で実験を成功させた。
同じ年、フランスの22歳の若き化学者ポール・エルーも同じ精練法を発見した。
偶然が重なるのだが、二人ともその28年後に死んでいる。しかも互いに51歳の誕生日から1ヶ月後に。

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2007年12月15日 (土)

大根の咲く木

このところ、来年に某社から出る予定(あくまでも予定)の本の原稿をガシガシ書いているので、見事な引きこもり生活になっている。


そのために外出するのは「本屋」「コンビニ」「CDショップ」という思いっきり狭い範囲が中心になっているのだ。
その日もぼーっと「今日出る雑誌を買わなくちゃ」と出かけようとした所で、異様な物を見つけてしまった。
庭にかなり老朽化している梅の木があるのだが、この梅の木はもう春になっても花が少ししか咲かなくなっていて「そろそろ寿命なのかなぁ」と思っていた。
が、そこに異様な物が咲いていたのだ。

2007121501なんと大根が・・・・・。
って、それはいわゆる「大根のはざかけ」ってヤツなのだが、普通はちゃんと足場を作ってそこに大根を干して切り干し大根を作るのだが、我が家の親は面倒くさかったのかこともあろうか梅の木にそのまんま大根を干すという強行に出たのだ。
なんつーかねぇ

ちなみに「はざかけ大根」は地元三島の冬の風物詩で、それを今年はらぶらじでもお世話になっているアナウンサー小沼みのりんがレポートしているでやんす『みのりのちららこぶ』自虐ネタあり。

大根の豆知泉

日本で大根を細切りにすることを「千六本」というのは、中国語の《繊蘿蔔:チェンロープ→チェンロッポゥ》が語源になっている。

カイワレダイコンは育てると大根になる。江戸時代すでに食べられるようになっていたが、栽培すれば大根になるのに小さい時期に食べるのはけしからん!と何度も幕府が禁止令を出している。

日本初のビアガーデンのおつまみに大根スティックが出されたが不評だった。これはヨーロッパのラディッシュを大根と訳したレシピの為の失敗。

世界的に評価されている映画監督・小津安二郎の遺作は1962年の「秋刀魚の味」だが、予定されていた次回作のタイトルは『大根と人参』


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2007年12月12日 (水)

丸山明宏(現.美輪明宏)「ヨイトマケの唄」

2007121201ヨイトマケの唄/丸山明宏(現.美輪明宏)
作詞.作曲.丸山明宏/編曲.川上英一
1965年:King BS-261


ラジオ「らぶらじ」で以前「ヨイトマケの唄」を話題に出したことがある。
もともと1965年、美輪明宏が作詞作曲して作った曲で、自分的には子供の頃にクレイジーキャッツのコント「かぁちゃんのためならエ〜ンヤコ〜ラ、とぉちゃんのためならエ〜ンヤコ〜ラ♪」の部分が記憶にあるワケですが、70年代からつい最近まで一般的に「放送禁止」とされていた。
というのも、曲の内容が「土木従事者をしている人をバカにしている」みたいな事から来ているワケですが、最近になって「親の仕事に引け目を感じていた少年が、振り返ってみて親に感謝している歌」という事で差別の意識はないとテレビなどで歌う事が大丈夫になったワケです。

で、この曲のタイトルに出てくる「ヨイトマケ」ですが、これは、建築現場なんかの地固めのため、数人が人力で重い槌(つち)を滑車で「いっせえのせ!」で持ち上げて、ドンッと落とす作業を繰り返すワケですが、その時の掛け声が「ヨイッと巻け」だったので、その行為を「ヨイトマケ」と呼ぶようになったそうです。
ついでに言うと「土方」という言葉は、昔から職人をその仕事内容から「〜方」と呼んでいた物の一つで「土を扱う」ので「土の方」で「土方」、同じように大工さんは「建てる方」で「建方:たてかた」と呼んでいました。

この差別用語に関して、緩くなったり、きつくなったり、文章で生計を立てようなんて考えている身にとっては激しく難しい問題。
いわゆる差別何て物は、言葉の中には存在していないで、人間の心の中にあるのだ。
自分が子供の頃は、差別的な言葉だけど、生活の中にちゃんとそれも根付いていた状態で、メクラ、ツンボ、オシなどなどの言葉が生きていた。
それがいつしか、障害を持っている人への配慮という理由で「使っちゃ駄目な言葉」となっていった。
その代わりに「身障者」という言葉が登場して、それぞれを「目の不自由な人」とか呼ぶようになっていった。いつ頃だったのか…、おそらく80年代前半ぐらいか。

83年頃に自分が書いた文章で、テレビの再放送における自主規制について触れている物がある。
とある早朝、5時頃ぼーっとテレビを付けたら「ウルトラマンエース」の再放送をやっていた。ウルトラマンに関しては小学校4年ぐらいの時に「帰ってきたウルトラマン」を見た時に「こりゃ子供向けだ」と思って、それ以降のシリーズを見ていないので、このシリーズはまったく見た記憶がない。
という話から始まっていて、その話では鳩をテーマにした怪獣が登場しているのだが、まずTACという地球防衛だかのチームが無人飛行船が自動的に本部へ帰ってくる装置のために、少年が飼っていた鳩を実験に使って帰巣本能の実験をしている。
その鳩を異次元から出現した敵が捕らえ「この鳩を利用すれば、ヤツらの基地が直ぐ解る」などと言いだし、それを鳩の怪獣に変身させる。
いやいや、異次元から登場したり、鳩をどでかい怪獣に変身させる能力あれば、基地ぐらい簡単に捜し出せるだろ!
などと当時の自分が突っ込みを入れているのだが、問題は鳩好き少年の母親がいきなり「まったくこの子は鳩キチガイなんだから!」と言い出すシーンがそのまま放送されていた。
と言うことに自分がビックリしている事を書いてあるのだ。

つまり1983年の段階で、世間的には「キチガイって言葉使っちゃダメだよ」というのが自分の中で定着していたという事なのだ。
確かに、バブル前の80年代後半は、その辺の放送禁止用語的なネタを「ピー」というのが流行っていたような気もするし、「笑っていいとも」のテレフォンショッキングのゲストが「もう釣りキチガイなんで」みたいな事を口走り、その瞬間タモリが「大変素晴らしい放送禁止用語ありがとうございます」などと笑いにしていた。
まだ、テレビ出演者も微妙にその辺の言葉の切り替えがなされていなかったのかも知れない。

でも基本的に「テレビなどの媒体で使っちゃいけない言葉」という自主規制だったハズなのにいつの間にか、どの状態でも使ってはいけない言葉扱いになっているのが、どうなんだろうなぁという感じではあるのだ。
ネットで以前見た物は、とある掲示板(若干年齢層が低い掲示板)の書き込みで「メクラで」という言葉があった瞬間、複数のレスで「それ使っちゃいけない言葉」「放送禁止!」とかの書き込みが集中した。
確かにテレビ的にはそうなんだろうけれど、日常的に使っちゃいけない言葉としてこの辺の年齢だと生まれた頃から「放送禁止で使っちゃいけない言葉」としてハッキリあったんだろうなぁ
自分の子供の頃は「使っちゃいけない言葉」なんてのは全然意識していなかったので、放送禁止用語なんて存在しなかったと思う。

で、実際の事を言うとメクラ、ツンボ、オシなどの言葉を使っちゃいけない理由があまり理解出来ない。
きっと世間的には「実際にそう言う人々が言われたら嫌な思いをするでしょ」という部分なんだと思うけれど、それはどうなんだろうと思う。
その80年代初期に、身体的に不自由な人を「身障者」と呼ぶというルール的な言葉が誕生した時に、実は、その反対語で「健常者」という単語も誕生している。こっちの方が差別的じゃないか?
でもって、身障者という言葉が誕生してから20年ほど経った時「身障者という言葉は差別用語です」と言い出す団体が登場して別の言い方が誕生したり…、でも別の言葉が使われるようになった所でその言葉は時代を経ていつしか差別用語になってしまうんだろうね。
差別は無くならないから。オブラートにくるまれたとしても、その言葉が指す対象を「差別的な物」と思っている間は。

その身体的な不自由な人に対しての差別はどう頑張っても無くならないと思う。善意だろうと悪意だろうと区別しようとする気持ちは存在するから。
でもって、80年代初頭の言葉の差し替え期に、言葉狩りのような部分で自分が違和感を憶えたのが「俺、その言葉を悪意ある差別で使っていたかな?」という部分なのだ。
実際、自分の小学校の頃は同じ学校の中に特殊学級という名でいわゆる知恵遅れと呼ばれる子たちのクラスが存在していた。クラス分けをされてはいたけど、普通に一緒に遊んでいたし、一緒に帰ったし、その家に遊びにも行った事もある。
その知恵が遅れているという部分も、その子の個性だと思っていたので。
江戸なんかの文献を読んでいても、メクラ、ツンボ、オシと呼ばれる人も普通に生活にとけ込んでいて一緒に生活している。本当にそれが個性だともで言うように。

差別だ、差別だ、と言葉狩りに終始する人ってのは、実際は自分の中に差別の気持ちが大きくあるんじゃないか?と思ってしまうのだ。
差別用語って何?と、言葉が好きな自分は何度も何度も考えてしまう。
きっとこの件は永遠に考え方の個人差の中で解決がなされないんじゃないかと思うけど。

雑学的話題
体を鍛えるための「ダンベル」を漢字で表現すると『唖鈴:あれい』。アレイと書くと英語っぽいけれど日本語なのだ。でもって、現在は「亜鈴」と漢字で書くことになっている。
実は「唖鈴」の『唖』は口がきけない事を意味する「オシ」の事で、この漢字表記は英語の直訳。
実はダンベルというのは、筋トレ用品ではなく教会で鐘を鳴らす人の訓練用に作られた音の鳴らない鈴。つまり「dumb=おし(音が鳴らない)」+「bell=ベル(鈴)」なのだ。その直訳だから、元々「唖鈴」。
でもって、現時点では「唖」という漢字がアレなので使わない方向で「亜鈴」となっている。
そうか、そこまで考えるのかぁ。

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2007年12月 5日 (水)

萌え萌え用語の萌え知識

自分の中には、いわゆるオタク的な「萌え」要素はあんまり無い。おそらく。


1992年にパソコン通信(パソ通)何てものに参加しはじめた時に、それまで遠くから傍観していたオタクと呼ばれるジャンルの人と接する事になったんですが、そこで展開される濃密リビドー的なものに対して、全然琴線が触れる事はなかった。
確か、去年あたりに流行語として登場した「萌え」という言葉は、自分的にはその90年代初期から知っている言葉だったんだけど、自分的にはギャグとして言う事以外では使うことがなかった。

ずっと知っていたし、インターネット時代になって2ちゃんねるなどを中心に、いまだに「萌え」という単語が生きている事は確認出来ていたけれど、ドラマ「電車男」の中で言葉として俳優が「萌え〜〜〜ッ!」と叫ぶのを見て「うわぁ生理的にダメだぁ」と思った。
それまで言語として存在していない言葉だったので、現実的に声に出しちゃうと生々しくてイカンですよ。
その後、アキバなんかでインタビューされるその手の人が、そのドラマで言われていたような発音で「萌え〜〜〜〜ッ!」と叫ぶのも何度か見たことあるけど、あれは局が仕込んだ物っすよね?(ちなみに秋葉原をアキバというのは、1992年の段階ですでにパソ通では言われていた)

2007120501オタクとかそーゆー物ってのはメインストリームに出てこないからこそ、コアな部分で熱を持つものだと思っているので「萌え」とかが一般的な言葉になってしまった段階で、それらは本来の意味を終了させてしまったのかもしれない。
大昔に書いていた『現代用語の基礎的ではない知識(略称:現基ない)』で流行語という項目で
「朝日新聞やタモリが使い始めた段階で役目を終える物」
みたいな事を書いたけれど、そんな物でしょ。

特に最近は、年末に流行語大賞で「今年の受賞はこの言葉です!」とか叫ばれる事が恒例になってしまったけれど、あれで選ばれたって事は「流行している」ではなく「流行していた」という事で、はいはい今年も終わりですね、じゃ今年流行っていた言葉を選び出して、もう来年はその言葉は古くて恥ずかしいので押入にしまって使わない事にしましょうかね、的な感じがしちゃうのだ。

そんな中、Bookoffの100円コーナーで、その名も恥ずかしい『萌え萌え用語の萌え知識』という本を購入した。書いているのは「萌え用語選定委員会」、発行がイーグルパブリシングというそっち系の本ばかり出している所で、2005年8月刊のオールカラーで1400円。
とりあえず、最近は週1回のペースで「Bookoffで予算約1000円で本を買う(基本100円本)」をやっていて、趣味の本からちょっと趣味からズレるけれど資料的な物になりそうな本を選んでいる。新刊とか超古書じゃなくても、自分が読んだ事のない本はすべて面白い。この10年以上に渡って忙しかった反動で、最近は異常な程、本を読み続けているのだ(仕事もしておりますが)。
で、これは普通の人としては痛い内容羅列で「この本で萌え用語を勉強しよう」じゃなく「この本に書かれている用語は人前で使わないようにしよう」って感じなのだ。ま、意識しなくても使わないけど。

でも、この本を買うのってどんな人なんだろう?と購買層について考えてしまった。どっぷりその世界に入っている人は買わないだろうし、かといって一般的な人は手にも取らないだろうし、その世界の入り口に立って何が何ンやらと思っている人向けなのかなぁ しかし1400円は高いような気もする。
でもって、その内容なんだけど普通に用語解説しているだけで、ざっと見ただけで新しく知る知識はなかった。う〜む。ある意味、そっち方面のディープな雑学があるかと思ったんだけど、残念。
でもいくつかの項目で「これを取り上げるのなら、これを書いた方が…」と、ついつい書く方の目線でみてしまう勿体ない物もあった。

しかし、たとえば「ツンデレ」なんて言葉があるけれど、この言葉が登場しマスコミで取り上げられた時に「最近の男女関係では…」みたいな事を言っていた番組もあったけれど、いわゆるツンデレ状態は遙か昔から多く存在していて、それこそ江戸時代に書かれた作品の中にもツンデレ女子に翻弄される男子の話もある。
要は「ツンデレ」という記号化された言葉が誕生した事によって、それがライト化されてピックアップしやすくなったと言う事なのだ。

2007120502手元に「VOW」の1巻があるんだけれど、その巻末に景山民夫氏が
「塀の中の懲りない面々」という本がバカ売れした事で、それまで表現する時に躊躇してしまう「刑務所」「ムショ帰り」などと言う言葉が「塀の中」とか「懲りない面々」という言葉で置き換える事が出来るようになって記号化されるようになった。
と書いている。記号化されると、それに付随した意味などが簡略化されて集約されていくので、それまで多用だった部分がマニュアル化されて単純になっていくし、言葉の意味も希薄になっていくのかも知れない。

ちなみに「VOW」1巻は1987年発行なんだけど、その巻末の言葉で景山民夫氏はギャグとして「私を怒らせるとカワカツさんの比じゃないよ。知らない間にお宅にクーラー送りつけるくらいのこと平気でしちゃうよ。私をあなどってはいけない」と書いていて、それから数年後のあの事件を彷彿とさせちゃうのだ。

この数年は明らかに「オタク」という物が商売として成り立っている状態なんだけど、そうなるとそれまでの定義だった「オタク」という物はもう役目を終えたんじゃないかと思ったりする。
かつて「不良」が商業主義に飲み込まれた80年代初頭。なめネコと横浜銀蝿がブームになり、ツッパリがファンシーに変容し、ツッパリロックが解りやすい図式のなかで商業主義の中でチャートの中に組み込まれた。
確かにあの瞬間、ツッパリ=不良はブームになったんだけど、同時にそれはパロディとして機能し始め(なめネコはリアルな不良にも支持されたけど、同時にパロディだった)、結果としてブームの終焉と共に絵に描いたようなツッパリは死滅した。
オタクに関しては元々消費行動と密接な部分があるから商業主義的な流れには飲み込まれないって感じもするけれど、明らかに「オタクをターゲットとした商売」が仕組まれているし、芸能系でも差別化をするために「オタク」を打ち出すアイドルがあれやこれやと出てきている。

百花繚乱というより、飽和状態という感じで、そろそろ淘汰と拡散の時期なんだろうな…、とソッチ方面は全然興味がないながら、そんなこんなで『萌え萌え用語の萌え知識』をぼーっと読みつつ、色々な事を考えてしまう私がいるのであった。

おたくの豆知泉(再録/手直し版)

1983年「漫画ブリッコ」6月号から12月号にかけコラムニスト中森明夫が「おたくの研究」という連載を始め、そこで「オタク」と言う言葉を発明しその種の人々の研究を開始した。
正確に言えば6月号なので5月発売、原稿を書いたのは少なくとも4月。

一部では「オタクの語源は初期コミケが大田区民会館で行われた事があり、大田区が語源」というデマもあった。(雑誌「OUT」による説)古参のマニが自慢げに「そういえば大田区でやっていた頃にさ」と語る事からとの説。

おたくと呼ばれる人たちが、コミケなどで初対面の相手に名前を聞かずに「お宅はどちらから?」などと話しかけるのが定番だった為に、オタクと呼ぶようになったと言うのが定説。

彼らが二人称で「お宅」を使った理由には、その当時流行っていたアニメ『超時空要塞マクロス』の登場人物がそのように喋っていたからだとされている。

今は世間で認知され普通名詞となっている「オタク」が『イミダス』に掲載されたのは、かの幼女連続殺人事件犯人・宮崎某が逮捕された年。


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2007年12月 4日 (火)

流行語大賞2007


大賞:(宮崎を)どげんかせんといかん/ハニカミ王子
トップテン
(消えた)年金/そんなの関係ねぇ/どんだけぇ〜/鈍感力/食品偽装/ネットカフェ難民/大食い/猛暑日


002007_2これに関しては、もう10年ぐらい前から何度も書いているけれど、「現代用語の基礎知識」プレゼンツの『流行語』ってのは、流行して人々が使い倒した言葉って意味じゃなく、オッサン達が何度も耳にした言葉というレベルの扱いって事なのだ。(今年から「ユーキャン」がバックアップなんですな)

なんせ、もう前世紀、1999年に小渕総理大臣が受賞した「ブッチフォン」なんて凄い流行語で、これが大賞を取った時のワイドショーを始めとして各種テレビ番組・雑誌などで一斉に「ブッチフォンとは」と用語解説をはじめちゃったぐらいに、誰も知らなかった言葉だった。
自分もその時「え?そんな言葉流行っていたっけ?」とビックリした。
で、小渕さんが嬉々として授賞式に登場し楯を受け取っていたんだけど、この言葉の命名者は小渕恵三本人で、「色々な関係各位に小渕本人から問い合わせの電話をするので驚かれてしまってねぇ、それでブッチフォンって命名したんですよ」などと語っている。でもって流行語大賞のサイトにもそんな事が書かれている。

2007120403でも、それに関してもっと重要な事を書いていないってどういう事なのかなぁ
そもそも「ブッチフォン」という言葉はパクリで、1990年の流行語、アメリカのブッシュ大統領(親)からの電話「ブッシュフォン」という言葉が前提で、って書いてなくちゃダメでしょ。
最初の「ブッシュフォン」ってのは当然「プッシュフォン」から誕生したダジャレだから意味がある訳で、「ブッチフォン」って何ンだよって事なのだ。

で、実際には流行らず、その受賞後も流行らず…。でも『流行語大賞』自体が歴史に裏打ちされた権威ある物みたいな扱いなので、資料として当時を知らない人が見た時、見事にダマされて「そうかぁこの年はブッチフォンって言葉が流行ったのかぁ」と思いこんでしまうのだ。

2007120402あと、オウム真理教がサリン事件→麻原逮捕に至る連日ニュースで騒がれた1995年なんかは、阪神淡路大震災があったので「がんばろうKOBE」「ライフライン」「安全神話」などが受賞しているけれど、一切選ばれていない。
実際には「ポア」とか「サティアン」とか「サリーちゃん(オウム内でのサリンの呼称)」とか「コスモクリーナー(オウム内での空気清浄機の呼称)」とか、自分の周辺ではギャグとして大量に使われていたけど「オウム真理教に関する言葉は不謹慎なので除外」という扱いだった。
その年は「NOMO(野茂英雄がメジャーで活躍)」「DA.YO.NE(曲名)」「変わらなきゃ(日産のコピー)」「官官接待」「見た目で選んで何が悪いの!(コダックCMのコピー)」「インターネット」が受賞している。そもそも「NOMO」って流行語っすか?

ここで受賞している言葉、とりあえず使い勝手という意味では今年の流行語大賞は「そんなの関係ねえ」と「どんだけぇ」だとは思うけど、選考委員の親父の間できっと「そんな品のない言葉を大賞にするワケにはいかない」とかの意見が出たんだろうなぁ
でもって、安倍政権が倒れてなかったら「再チャレンジ」とか「美しい日本」とかがシラッと入っていたんでしょうな。それと民主党の「生活維新。」はどうなったんでしょうか。

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2007年12月 3日 (月)

漫画家デビュー!

とりあえず「雑学系ライター」という肩書きで仕事しています。


それなりに細かい仕事してますが、まだまだ余力あります、原稿依頼ガシガシ引き受けます。面白くてためになる原稿書きますぜ!
てな感じなんですが、実際の事をいうとフリーになって一番最初の仕事は「ラジオで喋る」だった。(同時に水面下で新書を書いていましたが)
そんでもって、今に至るまで細かい無記名仕事をガシガシこなしております。

2007120301で、ついに「杉村喜光」という名前が大々的に出る仕事が、名指しで入りまして、先日それが掲載されました。
って、実はその仕事は文章ではなく漫画。それも一気に静岡新聞中部版約31万部のメジャーな所に、1ページ大のカラーの漫画が掲載されちゃった訳です。(静岡全県版だったら71.8万部だったんですが)地方紙なので極々狭い範囲なんすけどね。

しかし「文章で名前を出したい!」と思っているのに、なぜにラジオでのしゃべりと漫画ですかね。
いや、こうして仕事が出来るってのは有り難い訳で、しかも自分の能力を買ってくれたと言うことは、喜ばしい限りであります。

漫画は高校時代に書き始め、美術学校時代も書き続け、20代中盤に音楽活動が忙しくなるまで、延々と書き続けていた。その間、何度か応募したり、好きな漫画家の所に原稿を送ったりしていた。
その時は全然ダメだったのになぁ。

そんなこんなで、単発だけど、名指しで原稿依頼があって名前が明記された漫画が掲載されたって事は「漫画家デビュー」なのだ!

と日記には書いておこう。

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2007年12月 2日 (日)

PLUTO(プルートゥ)5巻:浦沢直樹×手塚治虫

2004年11月に1巻が出た「PLUTO」の5巻が出た。


Pluto0053年掛けてこの巻数で、原作の「鉄腕アトム:地上最大のロボット」の展開から見ると、いったいいつ終わるのだ的感じもあるのだけれど、物語は核心にどんどん近づいている。
浦沢直樹の物語の組み立ては、伏線をやたらと貼りまくり、その伏線の答えが数年後にひょいっと出てきたりするワケで、先日最終巻の出た『20世紀少年』なんかの場合「連載で読んでいた人は全然理解できないんじゃないか?」と思ってしまうのだ。
自分も、最終巻が出たあと1巻から読み返してグッタリしてしまった。

そんなこんなでこの「PLUTO」なんですが、とりあえず1巻から続いていたゲジヒトのトラウマとなっている話が明確になり、ひとつの結論として提示された。
もっともそのアシモフも手塚も「踏み込んじゃいけない」としていた禁断のテーマをこの先にどのような形で絡ませていくのか。
ハッキリ言って、この作品がどんな先が待っているのか解らない。原作をどこまでトレスして、どこまで逸脱していくのか、読者として身を委ねるしかないのだ。
これまでの『MONSTER』『20世紀少年』でも予想をしながら読んでいたけれど常に裏切られ続けているので、完結した後で「5巻なんて序盤で何いってんだか」みたいな感じになってしまうかも知れないのだ。

Pluto5そんなワケで、予想って事では5巻が出るよという情報を聞いた時に友人と「5巻の表紙は誰になるか?」という話題になった。
これまで1巻ゲジヒト、2巻アトム、3巻ウラン、4巻天馬博士だったので
「おそらくヘラクレス辺り」「まだエプシロンではない」「お茶の水博士じゃないだろ」「意表をついてゲジヒトを殺そうとしているアドルフ・ハース」などなど出たワケですが、結果は「ヘラクレス」でした。
確かに、5巻で出しておかないともう出せないだろうなぁという感じなので、当然と言えば当然なのだ。

で、そこで「絶対無い、この先も無い」という話になったのが「ホフマン博士」
という事で、今回の雑記ではあんまり深い話が書けなかったので、その代わりに「PLUTO5巻:ホフマン博士Ver.」の表紙を勝手に書いてしまいました。
それで勘弁して下さい。

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2007年12月 1日 (土)

コンプレックスBANZAI!!

てなワケで、誰でもコンプレックスという物を持っているワケで、そのコンプレックスとのつきあい方で、前に進めるか、立ち止まってばかりになるかって大きく変わってしまうのだ。
と、長く生きてきてやっと解った気がする。前向きに行こうじゃないですか。


00asakabanzai自分の場合、もともとそんな裕福な家庭に育っていなかったので、普通レベルにパパママがいて、クリスマスや誕生日にはプレゼントとケーキがあってという当たり前を、横目にスルーし続けてきた。
ここできっと人生色々な方向に変わっていくのかもしれないけれど、たとえば「世の中は全部敵だ!」と世に背を向ける人間になるとか、「いまに見ていろ」とガムシャラに儲けを追及して金持ちになるのとかあるんだろうけれど、自分の場合は「無い物はしょうがない」という姿勢と「でも無いことを悟られたくない」というエエかっこしいの部分があって、普通そうなポーズをとり続けてきた。
今言えるのは、自分の内面を見せたくないって部分だったのかも知れない。

そう言う意味で、何か高価なオモチャを持っていて「これ凄いだろ」と見せびらかすタイプの人間はあんまり好きではなかった。
そして自分は学生時代は「絵を描く」とか「ギターを弾く、曲を作る」とか、ゼロから何かを作ってそれを発表する事を延々とやっていた。(金掛からないので)
ギターだって10歳以上年上のイトコから貰ったボロボロの物を使っていた。

でもそれが結果として今に繋がっているのかも知れないので、あながち悪い事じゃなかったのかも知れないのだ。
他に、毎日のように学校の図書館で本を借りて読みふけり(タダだから)毎年「学年で一番図書館の本を借りた人」なんて地味な順位に名前があったし、学校帰りに本屋で立ち読みをして、小説本も読破し…。本当に金を使わない子だったのだ。(その時の「本を買う金がない」「レコードも買えない」という反動がその後続いているワケですが)

この数年、ネットを中心に文章などを書いてきて、それまで逢ったことがない色々なタイプの人と会う機会が増えてきて、そこでコンプレックス的な物を自分の中に感じる事がある。
世間的にも、仕事的にも、自分は「なんでも知っているね」という扱いを受けているワケですが、そんな自分が感じているのは「自分の知識には核(CORE)が無い」という事なのだ。
15年以上前にパソコン通信に参加した時ぐらいから常に感じている事なんだけど、そっちの世界は果てしなくディープな知識を持った人、世間的にはいわゆる「オタク」というジャンルの人がゴロゴロしているんだけど、自分はそこまで熱く語ることが出来るジャンルを持っていないなぁという事。

いわゆるパソコン通信時代からネットに参加し、インターネットに精通していて…、という連想から自分もソッチ方面に思われがちなんですが、アニメは中学に上がる前に卒業しているので雑学的ネタ以外ではまったく興味がない(宮崎アニメすらほとんど見ていない)し、特撮なんかに関しても同じ。
TVゲームも数年触った事もない(PS2辺りまで持っていたのは友人が遊びに来た時用)。
とりあえず漫画は読むけれどマニアックな物はあまり読まない。
アイドル系の曲は聞くけれど、あくまでも楽曲への興味だけで歌っている人に入れあげるなんて事は今まで無かった。
実につまらないヤツなのだ。

ライター的な物で言えば、映画の話題だったら誰にも負けない!とか、アニメの話題だったら誰にも負けない!とか、何かしらの売りがあるんだろうけど、自分はなんかそこまで明確な物が無いのだ。
なんか、どのジャンルに関しても「普通の人よりちょっと知っている」レベルなので、1つのテーマで文章を書く時にどうしても浅いよなぁと感じてしまうのだ。
それ故に毎回必死に調べ物をして、ソッチ方面の人に突っ込まれないような状態に仕上げようとするのかも知れない。あるいは、違うジャンルのネタと組み合わせ、ワザとハズして逃げを打ったりするのだ。

先日も某雑誌で「戦国時代、それも武田信玄についての雑学を書いて欲しい」という依頼があって書いたワケですが「とりあえずこの雑誌、ソッチの方に詳しい人が多いんですよね。そんな人を驚かせるようなトリビアを」という但し書き付きがあったのです。
ムチャ言うなぁと思いつつ、逆に戦国時代マニアの人が気付いていない部分での雑学なんかをひねり出して原稿を書いて、その場をなんとか切り抜けた(マニアじゃないからひねり出せたのかも知れませんが)。

とりあえず、70〜90年代の音楽なんかは普通に詳しい人より詳しいレベルなのかもしれませんが、もっと売りを見つけないとダメかなぁ
というのが現時点でのコンプレックスなのだ。
もっとハッタリを利かせて「俺様は◎◎◎については誰よりも負けないぜ」と言えるような人になりたい・・・・というワケでもないんだけど。

と、ライターというヤクザな商売に足を突っ込んでしまった私が、自分の売りの無さと押しの弱さに愕然としている今日この頃なのだ。

コンプレックスの雑学

イタリアの画家ミケランジェロは先輩のレオナルド・ダ・ヴィンチが美男だった為にそのコンプレックスを原動力として芸術にのめり込んだと言われている。(若い頃作品のことでケンカになり鼻の骨が曲がってしまった事がコンプレックスの最大の原因だったそうで)

大陽王ルイ14世は色々な業績を残した人だが、背が低い事がコンプレックスでハイヒールの靴を履いていた。しかしルイ14世がハイヒールを履き始めたため、周囲の人も最新のファッションとして真似をしたため、自分だけこっそり背が高くなるという事にはならなかった。(文献によってはハイヒールではなくシークレットブーツだと書いてある本もある)

フランス料理のコックがかぶる帽子が高い理由もオーギュスト・エスコフェという料理人が背が低いコンプレックスから高い帽子を被っていたのがキッカケという説がある。

柔道は「柔よく剛を制す」として、体が小さくても相手の力を利用し投げ飛ばす事が出来る。その事を聞いた学生時代のプーチン(現ロシア大統領)は背が小さいコンプレックスを克服するため柔道を始めた。

もともと江戸時代までの柔術を改良して「柔道」を作り上げた講道館柔道の祖・嘉納治五郎は貧弱な体がコンプレックスで、それを改善するために東大在学中に柔術から理論的な柔道を考案した。


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