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2007年10月30日 (火)

ベンジャミン・フランクリンの雑学

てなワケで久々にラジオ「らぶらじ」で毎日語っている雑学をマンガ形式で。
10月19日に「ベンジャミン・フランクリンが凧を使ったカミナリ実験を今から255年前の今日、1752年10月19日行いました」という事で、アメリカの著名人ベンジャミン・フランクリンの雑学を語ったワケです。
しかしラジオで語った雑学を漫画形式にするのが6月18日以来久々だってのにちょっとビックリ。最後に書いたのが「横山光輝の雑学」で、それ以降はラジオでしゃべっていない漫画家の雑学に進んでしまったワケですが。
久々と言えば、もう一つの漫画シリーズ「関町物語」のほうは第10話を書いて以来ご無沙汰になっておりますが、そろそろ再開しないといかんなと思うワケであります。

200710301

200710302

とりあえず、文章でもう一度


避雷針発明は、なすすべのなかった自然現象を人為的に回避させる初の技術といわれた。2年後リスボン地震が起こった時、ボストンの教会関係者は「ヤツが神の怒りを受け入れない手段を考案した天罰だ」と批判した。
フランクリンが「雷除けには避雷針が効果ある」と発表してからしばらくの間、避雷針を付け地面までコードを垂らした帽子が流行った。
フランクリンは「グラスハープ」「遠近両用メガネ」「揺り椅子」の発明者でもある。しかし発明については「人々の生活を豊かにする為の発明なので」と特許取得をしなかった。
ベンジャミン・フランクリンの元々の本業は出版業者で『教訓入り日めくりカレンダー』を制作していた。その中でフランクリンが考えたもっとも有名な言葉は『時は金なり:Time is Money』
ベンジャミン・フランクリンは色々な才能があったが、一時期は若い女性専門にギターを教えて収入を得ていた。
偉大な発明発見をする人物ですが、同時にお笑いが大好きでギャグ満載のエッセイも書いていた。その為にアメリカ憲法制定委員に選ばれたのですが、誰にも気づかれないようにコッソリとギャグを書くかもしれないという事で、危険人物として起草メンバーからハズされている。

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2007年10月23日 (火)

亀田問題は語らず

あの反則試合が放送されてから、何度も亀田家の事を書こうと色々文章をひねったんだけど、基本的にボクシング以前に格闘技、さらにそれ以前にスポーツ全般を観戦する趣味がないので、自分で文章書いていても「門外漢が何を言う」状態になっていた。
ま、逆に言えば、そんな興味ない人まで巻き込むほどの事件だったワケなんですけどね。


と言うことで、何度も文章を書いたけれど、納得出来ずにそれを全部廃棄しました。
その代わりに、なべやかんさんのブログ『なべやかんだ!』をお読み下さいませ。(10月12日の観戦記から順番にお読み下さい)
元々格闘技を愛しているなべやかんさんが、一方的なアンチ亀田ではなく冷静な文章を書いているので「なるほどぉ」と思ってしまいます。
文章も淡々として読みやすいです。

やはり愛なんだな。

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2007年10月22日 (月)

1973年頃に似ている(三丁目の夕日から5年後)

三丁目の夕日の続編が公開って事で徐々にそれに関した物がテレビや雑誌などに出てきている。


000always01前作が1958年の秋、今作が年が明けての1959年の話らしい。いわゆる「神武景気」からさらに上向きになる「岩戸景気」の時代。
この時代の話は2006年9月9日「正田美智子サンが皇太子妃に内定」に書いてあります。

しかし現代はその時代から数年経った1973年頃の世相に似ているのでは?って感じがしちゃうのだ。
1973年10月に湾岸6カ国が原油を70%も値上げした事で、いきなり「オイルショック」なんて流行語が生まれている。
今現在も全世界的なオイルショックに見舞われているけれど、70%の値上げなんてとんでもない事態に至っていないのだ。

三丁目の夕日フィギュア
000always031973年にはこの為に消費節約と電力配給制限が行われて「省エネ」という単語が生まれている。つまり今さら声高らかに叫ばれている「省エネ」なんつー物は1973年に生まれた新語だったのだ。
そのせいで、深夜12時過ぎにテレビは放送を中断し、夜の町もネオンが少なくなった。新聞もページ数を減らした。

さらに石油が高騰したお陰で、他の産業にも多大な影響が出て「トイレットペーパーが近々倍以上の値段になる」「化学洗剤が発売できなくなる」との噂が流れ、スーパーマーケットでは目の色を変えた主婦が殺到して買えるだけのトイレットペーパーや洗剤を買い占める姿が連日見られるようになった。
時に1973年11月2日に関西のスーパーマーケットで起こった暴動のような物不足パニックが有名で、そのニュースが放送された翌日は東京でも同じようなパニック事件が起こっている。

三丁目の夕日フィギュア
000always02当時、ニュースで見たのは毎日あちこちのスーパーをかけずり回り、トイレットペーパーを買えるだけ買い込んだオバチャンのインタビューで、納戸のような部屋に天井までトイレットペーパーを積み上げて「これで10年は大丈夫です」みたいな事を言っていた人がいた。何人家族か不明ですが、何年で使い切ったんでしょうかね?
もっとも、このパニック状態は1ヶ月ほどで収まり、冷静になると普通にどこにでもトイレットペーパーも洗剤も少し値上げした状態で売っていたのだ。あのパニックはいったい何だったのだ?

今回はそこまで凄い事にはなっていないけれど、やはり石油の高騰により他の商品が値上がりするという現象が起こっている。
今回は単純に石油が値上がり→それで工場の運営費も上がり商品価格が上がるという図式だけじゃなく、代用エネルギーでトウモロコシなどに転作する農家が増え、小麦粉などが高騰するという技術的な理由も含まれている。
でもって、現在もよく言われている「便乗値上げ」という物が当時も騒がれていて、これによって色々な価値基準が狂っていったとも言われている。

トンボ飲料:三丁目の夕日ラムネ
000always04この時の総理大臣はかの田中角栄で、その12月の所信演説では「節約は美徳という価値感覚を定着させなければならない」と発言し、それ以前からあった言葉だけれど『節約は美徳』という言葉が流行語となっている。

今ニュースで「新興宗教団体内でリンチ殺人なのか?」という事になっていますが、この時代もまさに終末思想がブームになって新興宗教団体が大量に発生している。
五島勉が「ノストラダムスの大予言」を発表し異常なほどのベストセラーになり、さらに小松左京の小説『日本沈没」が発表され、ジワジワと終末的ブームが起こっている。

そんな流れと同時に「せまい日本、そんなに急いでどこへ行く」というコピーが登場し「ゆっくリズム」という言葉が誕生して、自然回帰なども話題になっている。(60年代末の学生運動で挫折した層やヒッピー文化の継承が関係している)
まさに現在の「スローライフ」「ロハス」なんかの流れなのだ。というか、この辺が今ブームに成りつつある裏には、団塊の世代の大量退職もあるんじゃないかと思うのだ。

なんせ、団塊の世代は60年代末に学生運動を経験してヒッピー文化を経験して、1973年代の狂乱物価の時に20代で消費者として中心にいて、さらに終末思想を思いっきり受けた世代なのだ。
今の不安定な経済の情勢は、70年代の時と同じようにいつしか忘れてしまう程呆気なく安定してしまうのかも知れないけれど、時代は形を変えつつ繰り返していくのだなぁとぼーっと考えたりするのだ。

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2007年10月21日 (日)

「もったいない思想」を実行する赤福

「もったいない」「食べ物を粗末にするとバチが当たるよ」という言葉を継承していただけなのに赤福。


00huku01「赤福」の創業は宝永4(1707)年って事になっているんですが、どうやらそれより古い書物の中に赤福というお菓子の事が出てくるらしいので、もっと古い時代からあったみたいです。
時代的に言えば1700年頃と言えば、松尾芭蕉が1694年まで各地をうろつき、ドラマが事実なら水戸黄門も諸国を漫遊している頃なのだ。

宝永2年頃は、伊勢に参拝するお陰参りがブームになっていると書かれている事から「伊勢ブームに便乗して創業した」って感じなのかもしれない。
でもって、「赤福」が創業した宝永4年の10月にマグニチュード8.4の大地震が発生して、11月に富士山が大爆発しているのだ。(これが現時点での最後の大噴火)

00huku02で、赤福によると「赤福」というネーミングは、千利休の流れを汲むお茶の宗匠が(ハッキリと名前が解らないってのが眉唾物なんですけどね)、伊勢参りの際に店であんころ餅を食べ「この餅は赤心慶福である」と語ったというのだ。
それを解りやすく言うと「この餅は神様にお詣りした時の清々しい気持ちと同じ味がする」という事。

あんころ餅を食べて思う感想じゃねえだろ!と思うワケですが、その偉い人はそー思ってしまったのだからしょーがない。
その有り難いお言葉を聞いた初代店主の治兵衛が「このありがたい言葉を餅に付けよう」ということで「赤心慶福」より『赤福』と名付けたのです。
と言いつつ、それより古い文献にその名前があるワケですが。

00huku03で、あの「赤福」のデザインは、伊勢を流れる五十鈴川の流れを表現しているもので、白い餅が川底の小石、アンコに刻まれた筋は清流を意味しているとの事。
あのデザインは、現在でも手作業で熟練のおばちゃんたちが日々セッセと三本の指(人指し・中・薬指)で餅にアンコをペッタンと被せる事から生まれているのです。
で、そのアンコを剥がして、別のお菓子に流用するのも手作業だったんでしょうかね?

実際の事を言えば、糖分がかなり含まれているアンコの賞味期限なんて、あって無いような物だと思うんですけどね。

00huku11ちなみに自分の地元、三嶋大社には赤福に似ている「福太郎」という銘菓が存在しています。(餅がよもぎ餅ですが)
福太郎というのは三嶋大社の神事に登場する人物の名前で、「福を蒔く神様」として登場する。その名前を取っためでたい銘菓なのだ。

「赤福がないのなら福太郎を食べればいいのに」
         by.マリー・アントワネット


00huku21さらに「赤福」に語感が凄く似ている(見た目も)、山中温泉名物「加賀福」というあんころ餅銘菓もヨロシク。

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2007年10月20日 (土)

ワタシ作る人、ボク食べる人

懐かし言葉:メモ書き
【ワタシ作る人、ボク食べる人】
1975年にハウス食品「ハウス・シャンメン」というラーメンのCMで使われたコピー。


SyanmenCMでは「♪今なんどきですか?」と歌が流れ、女性が「はぁ〜いラーメン時(どき)よ!」とラーメンをテーブルに座った男性の所に運んできて、次に2人がテーブルに着き「ワタシ作る人、ボク食べる人」と言いつつラーメンを食べる。そしてラストに「結果!♪ハウスシャンメン、醤油味!」と歌で終わる物。
このCMが放送開始約1ヶ月後、9月30日に「国際婦人年をきっかけとして行動を起こす女たちの会」という婦人団体から「女性が料理を作るという固定観念で作られている。これはその悪習を助長する物である」とクレームが入り放送中止になったため、逆に話題になった。

ちなみに、この時「作る人」を演じていたのは結城アンナ(後に岩城滉一さんの奥さん、1996〜2004年まで夫婦でハウスジャワカレーのCMに出ていた)。「食べる人」を演じたのは佐藤佑介。冒頭とラストに歌っていた声は町田義人。
その直後にエースコックのカップ焼きそば「バンバン」のCMが、石立鉄男が「自分でバンバンしなさい!」と言う物だったために、シャンメン事件を揶揄していると噂された。

80年前後に、戦後直ぐのヒット曲「ミネソタの玉子売り」の替え歌で「♪こっこ、こっこ、こけっこー、私はハウスのたまごめん」と歌っていたCMがあったけれど、これもシャンメンの「ハウスシャンメン たまごめん」というヤツだったと思う。(「シャンメンたまごめん」はツケ麺もあったような気がするけど、なんかうろ覚え)

このCMが放送中止になった後に作られた「ハウス・シャンメン」のCMの記憶もうっすらとあるんですが(大昔に文章にしたハズだけど、その時の文章が見つからず)、何でしたっけ?

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2007年10月16日 (火)

FAIRCHILD「おまかせピタゴラス」

FAIRCHILD/おまかせピタゴラス
作詞:YOU.蓮田ひろか/作曲:戸田誠司


03fairchild現在テレビで、やさぐれた発言を繰り返すタレントのYOUさんは元々アイドル歌手「江原由希子(本名)」として1985年にデビューし、1988年に「FAIRCHILD」として再デビューした。
FAIRCHILDのデビュー曲は「おまかせピタゴラス」ですが、この曲は『さんまのまんま』のエンディング曲にも使われていた。
でもって、正しく言えば番組で使われ始めた当初はグループ名は「FAIRCHILD」ではなく「Shi-Shonen」名義でした。
この「Shi-Shonen」ってグループも元々知っていたんだけど、番組でクレジットとして「Shi-Shonen」と出た時に「え?ボーカル変わった?こんなグループになっちゃったんだ」と思った記憶がある。

「Shi-Shonen」とは戸田誠司がリーダーだったバンドで、福原まり・渡辺等・友田真吾との4人組で、さらにこのメンバーが美尾洋乃・矢口博康と6人組になると「リアルフィッシュ」と名乗っていました。
世間的には「リアルフィッシュ」の方が有名だったかな?(有名と言ってもマニアな人の間だけですが)
で、「Shi-Shonen」の末期、メンバーがガシガシ入れ替わった末、ボーカルにYOUを迎えている。と言ってもYOUボーカル名義では曲はたぶん発表していない。
最末期のメンバーはおそらくYOU、戸田誠司、福原まり、塚田嗣人の4人。

01fairchildで、「おまかせピタゴラス」が『さんまのまんま』で使われ始めた当時、YOUはタレントとして三宅裕司と共にTBSの深夜番組『土曜深夜族』の司会を務めていて、いわゆる「不思議ちゃん」的ポジションにいた。
その番組中に「今度、フェアチャイルドってグループでCD出しま〜す」と宣言していた。
それに前後して『さんまのまんま』でのクレジットが「FAIRCHILD」に変わった。

土曜深夜族という番組は好評だったハズなのに、平成に変わったばかりの1989年2月4日という中途半端な時期にいきなり終了した。そのいきなり具合は、この番組で結成されたアイドルグループ「エンジェルス」がアルバムを発表して初のライブを行ったのが、番組終了してから1ヶ月後。本来は番組でバックアップして盛り上げる企画が立っていたのもすべて有耶無耶になってしまった。
そしていきなり始まった番組が「平成TV・イカすバンド天国」

02fairchildで、「FAIRCHILD」でデビュー曲「おまかせピタゴラス」に話を戻しますが、この曲を聞いていくと「なぜピタゴラス?」と思ってしまうほど、まったくタイトルに歌詞が触れていない。
★goo音楽での「おまかせピタゴラス」の歌詞

実は『さんまのまんま』で使われていた時の歌詞は記憶では違うワケで、そのまんま「おまかせピタゴラス♪」という歌詞もあった。現在の詞では「笑顔でいられない♪」の部分。
そんなこんなで、その当時の事情を知らないで聞くと「なぜピタゴラス?」となってしまうワケです。(セーラー服と機関銃というタイトルの曲よりマシですが)

あの当時は自由奔放なカワイ子チャンだったのになぁ
と今現在のYOUを見ながら思ったりするワケであります。
ちなみにYOUがよく言う「FAIRCHILDが解散したのはギターの人(川口浩和)がキーボードの人(戸田誠司)を殴ったことで」というのはネタで、実際には音楽的な手詰まりだったみたいです。

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2007年10月11日 (木)

運転免許証の雑学

昨日、ラジオでやっていたクイズに絡んだ話題。


00menkyosyo
その「らぶらじ」内で、自分のコーナーではなくクイズコーナーで「運手免許証の末尾の数字は何を意味しているか?」という問題をやっていたので、ちょいと覚書的にメモします。
図にあるモケ村ヘコ郎さんの免許証にある12桁の番号は「991234567899」となっています。

まず最初の二桁は免許証を発行した都道府県の公安委員会コードNo.です。都道府県No.と言っても北海道などは5分類されています。

(10)北海道本部(11)函館(12)旭川(13)釧路(14)北見
(20)青森(21)岩手(22)宮城(23)秋田(24)山形
(25)福島    
(30)東京    
(40)茨城(41)栃木(42)群馬(43)埼玉(44)千葉
(45)神奈川(46)新潟(47)山梨(48)長野(49)静岡
(50)富山(51)石川(52)福井(53)岐阜(54)愛知
(55)三重    
(60)滋賀(61)京都(62)大阪(63)兵庫(64)奈良
(65)和歌山    
(70)鳥取(71)島根(72)岡山(73)広島(74)山口
(80)徳島(81)香川(82)愛媛(83)高知 
(90)福岡(91)佐賀(92)長崎(93)熊本(94)大分
(95)宮崎(96)鹿児島(97)沖縄  


次にある、3.4番目の数字は免許取得時の西暦年数の下2桁です。
1993年なら「93」、今年取得したのなら「07」
とりあえず100年も免許を所持し続ける人はいないと思うので、下2桁だけでOKでやんす。
その次にある、5〜8番目の4桁数字(赤い網線に掛かっている数字)と、9.10番目の2桁数字は、個人を特定するための数字。
11番目の数字は、前6桁の数字をある計算式で算出すると出る数字が書かれていると噂されています。つまり、適当な数字で免許証を偽造して作るとここの数字がおかしくなってしまうので、一発で偽造免許証だと解ると言われています。


で、12番目の数字、この末尾の数字は免許証の再発行回数となっていて、1回再交付した場合は「1」、2回再交付した場合は「0」
よくある疑問で「じゃ、9回を超えて、10回目の再交付になったら数字はどうなるの?」というものがある。「10回再交付は当然0になるんだよ。だから10回再交付すれば表面上はまっさらな免許証って事になるんだよ」なんて事をいう方もいますが、実際には「10回目の再交付の数字は「1」」というのが正解。
あくまもでここは再交付したという記録なので、1回でも2回でも別段問題はおこらないので、あくまでも再交付したと解る「1」になるらしいのです。

免許証の数字に関して「過去の犯罪履歴が解る」という噂もあります。
昔のドラマなどで、刑務所から出てきた人物が就職面接を受けた時に、免許証を提示した際に面接官がその数字を見た途端に「君みたいな人物を雇うことは出来ない」と拒否するシーンがたまにあったそうです。
噂では交通事故などで免許停止になった後、免停期間が終わり再交付して貰う時にその数字がそこに仕組まれるという話です。

もうひとつ、これも噂の粋を出ないのですが、5〜6番目の数字は免許証試験を受けた時の成績が記録されているという噂。
自分の場合、ここが「05」なんですが、100点満点を取った人は不正解数「00」で、99点の人は不正解数「01」となっていると噂されているんですが、そーなると自分は95点だったという事なんすか?

色々な秘密が隠されているらしい運転免許証っす。

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2007年10月 3日 (水)

円天マネーで左ウチワ

円天というよく解らない会社に「出資法違反容疑」ってことで、警視庁の強制捜査が入った。


2007100301この会社に10万円以上を預けて会員になると、1年ごとに同額の「円天」というこの会社内だけで通用する金券が配布され、社が提供する商品を買う事も出来る。それが毎年配布され続けるというシステム。
つまり単純に言えば「年利100%で買い物が出来ますよ」という、どーーー考えてもビジネスとして成り立つハズがなく、会員になった人から得た金で自転車操業し続けなくちゃダメだろって感じ。
いつから始まった物なのかよく解らないけれど、会員は5万人もいたらしいって事にビックリなのだ。
ここまで「あり得ない話」に5万人が飛びついているって事が。

とりあえず「詐欺だ!」という事で会員は憤慨しているらしいけれど、ここまであからさまに怪しい話に引っかかるのは、本人にもかなり責任があるんじゃないかと思うんだけど。
会長だか社長が「今に円も世界経済も破綻する。その時、この円天を持っていれば世界中で使えるようになる」と語っていたらしいけど、子供向け特撮番組の「目的意識が凄く幼い世界征服者」みたいな事言っているなぁ。

この話を聞いて、戦後から昭和40年時代によくあったという「カタ屋」って商売のビジネス版だよなぁと思ってしまった(内容的にはかなり違うけど)
カタ屋というのは、子供相手の商売で、午後決まった曜日になると公園とか神社とか空き地にリヤカーとか自転車に荷物を積んで出現するおじさんがやっていた商売。(自分はリアルタイム世代ではないので、本で読んだ経験ですが)

まず素焼きの型と粘土を子供達に売りつける。
型のデザインは、鉄腕アトム・鉄人28号・ウルトラマン・月光仮面などなどの版権無視のTVヒーロー物や、戦艦大和・城・動物など色々な物が揃っていて、大きさは20センチ四方のそこそこ大きい物。
この型に粘土を詰めて固まった所で取り出して、その粘土に今度はカタ屋で売っている特製の塗料と刷毛を使って彩色をする。
その完成品を品評会と称する物に出品するのですが(審査員はカタ屋のおじさん)、出来のよい作品は懸賞としてカタ屋だけで使える金券で作品が買い取られるのです。

最初の型の値段は百円から5百円ぐらいまでが通常価格帯、そのワンランク上の型では数千円という当時の子供達にはとうてい手が出ない豪華な物がありました。この時代、百円でも子供にとっては1ヶ月の小遣いレベルの金額なので、とんでもない出費だったのです。
さらに筆・絵の具・粘土もカタ屋オリジナル商品を買わなくてはいけなくて、こっちも通常に買う塗料などより高かったのです。
でも子供達は「高値で買い取って貰い、徐々に作品をステップアップさせる」とい夢を見続けるワケです。

そのために、カタ屋で配給されるオリジナル金券を必死に集めて「あの三千円する戦艦大和の型を買うのだ」と必死になって、投資をして小さい作品を作り続ける。
で、ある程度みんなの金券が溜まり「次辺りに!」と思うタイミングで、カタ屋のおじさんはパッタリと出現しなくなり、子供達の手元にはそこそこ高額の「金券という名の紙くず」が残るという仕組みだったのです。

カタ屋研究会〜どっこいしょねんど屋を見たか?〜

しかし、年利100%って凄い発想だなぁ
100万円預けて「年利10%」ぐらいならもっと多くの人が引っかかっていそうだけど。

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2007年10月 2日 (火)

笑顔の彼方

2007100201

2007100202


最初、漫画の冒頭に「ソニーの笑顔を自動感知して撮影するデジカメと、ご機嫌ナナメの沢尻エリカ様に捧ぐ」と書いたワケですが、思いっきり最初にオチを書いてどうする!って事で

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