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2007年9月21日 (金)

悪人希望

「偽悪者」という言葉がある。といっても一般的な言葉ではなく、歌手で俳優の泉谷しげるを指して使われた言葉。


200709221一般的な単語として「偽善者」という、本心は別にして「世の中からよく見てもらいたいが為に良い事をする人」を揶揄して言う言葉の反語として使われる物なのだ。
よくボランティア活動をしている人に対して「偽善者」という言葉を使う事もあるけれど、ボランティアが存在しなければ困ってしまう事もあるってのが現実なので、むげに「偽善」とは言い切れない。その偽善者に対してよく言われるのが「自分が良いことをしたという自己満足でやっているんだろ?」的な部分があるけれど、でも良いと思われる事をやるって部分があるのでやっていない人にとやかく言われる筋合いの物でもないのだ。(避難所に不必要な物資が大量に送りつけられるのは困りものですが)

200709222で、泉谷しげるの場合は「悪ぶっているけれど、実は礼儀正しい人」という事で「偽悪者」と言われる。
デビュー時「乱暴な田舎者」という演出がかなり行われていて、当時は寺山修二や三上寛(かん)のような東北(それも青森方面中心)出身者や「情念を抱えた東北地方」がキーワード的に扱われるアングラなブームになっていた事で、泉谷もプロフィールは「青森出身」になっていた。
実際にはバリバリの東京生まれで「東京タワーが出来上がるのを毎日教室の窓から見ていた」というシティボーイなのだ。青森ってのは親の出身地だとか、デビュー前に「青い森」というフォーク喫茶で歌っていたからだとか言われる。

で、最初の頃は「でも実は泉谷さんていい人なんですよ」とTVに写らない内情をバラされると「ふざけんな!」と照れ隠しに暴れて見せていたが、いつからかそれがお約束的になって、さらに今は孫が生まれたことで暴言を吐いた瞬間に共演者が「お孫さんも見てますよ」と振ると「はぁ〜いおじいちゃんだよぉ」とにやけて見せるのが通例となってしまった。
泉谷も丸くなったって事なのだな。

で、人は一般的に「良い事をした」時には照れてしまう物なのかもしれない。
どっちかというと「悪い」という部分にカッコいいというものを見出す人も多く、いい人キャラってのはイコール「ダサい」って認識もある。
もっとも最近は、かつては反社会的な事を標榜していたロックな人たちも「薬撲滅」とか「両親に感謝しよう」とか「ゴミは持ち帰ろう」って事を前面に押し出したりする時代なので、色々変わっているのかもしれないけれど。

2007092197先日、所用で東京に向かった。新幹線で行こうと思っていたけれど「時間もあるし、学生時代ぶりにぼーっと電車に乗ろうかなぁ」と東海道線と小田急線を乗り継いで新宿へと向かった。
多分に「タモリ倶楽部」での鉄道マニア話に影響されているんじゃないかという感じではあるんだけれど、それがらみで得た知識で「ほほう、これが話に出ていたあれかぁ」的な確認をしつつ電車に乗った。
といっても、社内では読書すべし!というのが自分の基本なので、激しく読書に没頭して、車窓の旅どころではなくなってしまうのだ。

2007092231時間ほど電車に揺られた処で、ふと本から目を上げると斜め前にあるドアの処で、年の頃なら70歳を超えたお婆さんが棒に掴まって立っていた。立っていたというか、自分の目には電車の振動に必死に耐えているようにしか見えなかったのだ。
で、そのお婆さんの立っているドアの直ぐ横には3人掛けの「優先座席」があった。
すぐ横の3人掛け座席には定年前後ぐらいの男性3人組がガハガハ笑いながら談笑している。
その正面の3人掛け座席には眠りこける20代女性、文庫を読む40代女性、携帯音楽プレイヤーを聴いて腕組みしている20代男性が座っていた。

200709224ふんぬ!と思って立ち上がり(社内には数人立っている人がいたので、自分が立ったことで素早くそこに誰か座らないことを祈りつつ)、お婆さんの処へつかつかと進み、小声で「席どうぞ、お座り下さい」とさっきまで自分が座っていた処に促したのだ。
お婆さんは一瞬驚いたような顔をしたので「どうぞ」と促す。
「いいですよ」「どうぞ、気にせずに」と再び促した処で、お婆さんは「すいませんね」とその席に座った。自分はさっきまでお婆さんが立っていた場所に立ち、さっきまで読んでいた文庫本を取り出して何気なく読み始めた。
たとえば「どうぞ」と言った時に「次の駅で降りるのでいいです」と拒否されたり「老人扱いすんな!」と怒られたりする事もなかったので一安心。そして、直ぐ横に立っていた女性がこちらをちらっと確認した事にも気づいていた。

2007092198別段、電車内でこの行為に気づくような人はほとんどいないと思うし、そんなに凄いことをしたワケじゃないと思うけれど、「何事もなく冷静さを装いながら本を読む自分」って構図が「なんか偽善的だよな」と思ってしまうのだ。基本的に、ボランティアに対して「それって偽善的だよな」と揶揄するようなタイプの人間だったので、なおさら。
実は昔、20代の頃、同じようにおばあさんに席を譲った時に自意識が異常に肥大していたせいで、席を譲る時に「次で降りますから」と「次で降りるから別に良いことをしてるワケじゃねえんだよ」言い訳をしてしまった事がある。そのために、降りるべきでない駅で降りて1本電車を遅らせてしまった事もあるのだ。
優先席は「普通の人が座っちゃダメ」という席ではないので、オッサンたちが座っていても問題はないし、おそらく今回の場合、そこに座っている人々はお婆さんが立っているという事に気づいていなかったので悪意は無いとは思う。
でも「優先席」に座った人は、「なるべく意識しようね」と思うのだ。

2007092199自分は基本的に気が小さいダメな人間で、偽善も偽悪も出来ない「キャラの弱い」部分を痛感している。もっと図々しくならなくてはいけないのだ。特にライターなんていう個性を前面に出してナンボの職業だったら。
以前、本屋で隣に綺麗な「出来るOL」風の人が立って本を読んでいたのに気づいた。
その女性は高い処にあった本を背伸びしてやっと取って読んでいたんだけど、それを元の場所に戻そうとしたのだが、背伸びをしても上手に入らずに苦慮することとなった。
そこで自分は、その女性に「あ、やりますよ」と告げ、女性が戻そうとしていた棚の隙間に本を戻してあげたのだ。

普通、ドラマだったらその出逢いがキッカケで物語が始まるのだ。おそらくBGMで小田和正が歌い始めているタイミングなのだ。
が、自分はその次の瞬間「ありがとうございました」とうっすら聞こえる声を背に本屋を出てしまった。変に感謝されるのもこそばゆいので。
この事をもう10年近く前なのに、記憶してこんな事に書いてしまう自分は、本当にダメでちっちゃい人間なのだ。もっとガッつけ!俺。

もっと前に前に「ほら、俺っていい奴だろ」とアピール出来なくちゃいけないのだ。もしかしたら「偽善者を揶揄する」という精神構造の裏には羨ましいって気持ちがあるのかなぁ。
泉谷しげるが地震災害の時にやっていた「おらおら、金出せてめえら募金しやがれ!」という状態にまで突き抜ける事が出来たら楽だろうなぁと、思ったりするのだ。

でも、ボランティアをやっている人で、あきらかに「私たちは素晴らしい事をやっていますのよ」と自慢げに語る人には、ケッと思ってしまう自分がいるワケですが。

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