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2007年9月30日 (日)

雑学差し替え大作戦

すでに1週間以上前の話ですが、9月20日のらぶらじではお彼岸の入りという事で「おはぎ」について語ろうとしていた。


00000_2その原稿は1週間以上前にディレクターにメールしてあって、それでOKが出ていた。
個人的にリハーサルを行い「よし、時間内に収まるぞ」と確認して、さてあとは2時の本番を待つだけなのだと思っている所、昼12時直前、ディレクターより電話。
「困った事が起こってしまいました。実は午前中の番組で「おはぎ・ぼたもち」の話題が出て、そこで今回のネタがほとんど言われてしまいました」
うむむ、確かに時節的ネタってのは当日言われてしまう可能性が高いのだ。あと「今日は○○の記念日」というのも。

基本的にはあまりみんなが知らないネタをメインにしているので、重ならない事も多いのだが、今回は確かに「春はぼたもち、秋はおはぎ、そして夏と冬は」という最近時々目にする雑学がメインにあったのだ。
そこで急遽、午前中に語られてしまったネタはダイジェスト的に話して(午前中のラジオを聞いていない人も多いワケで)、追加で他の方面へ話を広げるしかない!と原稿を再検討することになった。
※おはぎ・ぼたもちの話は去年書いた『ぼたもち or おはぎ』に詳しく書いてあります。

午前中の番組では「おはぎは本来、現在の形では無かった」という話は出てなかったので、それはちゃんと説明するとして、残りは… そんなにおはぎの話題だけで広がらないので「お彼岸」というネタを追加。
「彼岸」という言葉はもともと、サンスクリット語で「向こう岸」を意味する「パラミタ」の直訳なのですが、お経の中でも「波羅蜜太:は〜ら〜み〜た〜」という言葉を聞いた事が有る方も多いと思います。
この辺りになると、雑学的には「笑える」という方向ではなく「へぇためになるなぁ」という方向なので、オチとしては弱いのだ。

さらに追加で、彼岸花の雑学も追加。
お彼岸の頃に咲く花で、その名も「彼岸花」という物があります。別名「曼珠沙華(まんじゅしゃげ)」とも呼ばれますが、さらに別名「死人花(しにびとばな)」「幽霊花」など、あんまり素晴らしくない名前で呼ばれる事がないのですが、花言葉も『悲しい思い出』という物。
「曼珠沙華」という名前はサンスクリット語で「美しく赤い花」という言葉から来た物だそうです。
う〜む、笑えない。

とりあえず、数分でこれらをまとめてディレクターへメールを送る。
それに合わせて、パーソナリティがアドリブで入れてくるであろうツッコミを想定して、それらに関する細かい雑学やデータもチェックしてメモする。
今回みたいなケースは初めてなんだけど、ネタの差し替えというのは時々行われる。

以前も前日になって「明日、徳川家康が駿府城に入って400年祭なので、徳川家康の雑学に差し替えられませんか?」という話になったこともあった。
実はその時、6月1日に発行した「静岡県の雑学(静岡新聞社刊)」の発行直前で、その中に嫌ってほど「徳川家康の雑学」を書いた直前で、そこに掲載されていないネタはゆる〜い物ばっかりで頭を抱えてしまったのだ。
結局、その本に書いたネタと付随する未掲載ネタでなんとか凌いだ。

他にも先日の「いきなり安倍晋三が総理辞任会見!」となった時も、安倍さんとか麻生さんとかのネタで翌日行くことになったのだ。
この時は、数日後が麻生太郎の誕生日でその日に語る予定の雑学があったのでそれを流用した。
現在も、あと数日後に決まるかも知れないある事に関して差し替える事が出来る準備もしている。
結構、裏側でジタバタしているのだ。

Sshizuoka01そんなワケで静岡SBSラジオ「らぶらじ」もヨロシクなんですが、6月に出した「静岡県の雑学(静岡新聞社刊)」もヨロシクです。地方出版社の本なので静岡県以外で見かける事は少ないと思いますが、ネットで購入出来ます。
で、タイトルは「静岡県の雑学」なんですが、編集を騙し騙し書いて「静岡県に関係していない雑学満載」となっております。
静岡県以外では売っていないので、この本で仕入れた雑学ネタは「あ、あの本読んだろ」と指摘される事が少ないので、こっそりと雑学を仕入れるチャンスです。
と必死な宣伝をするワケです。
アマゾン:静岡県の雑学
セブンアンドワイ:静岡県の雑学
bk1:静岡県の雑学
税込み1000円:絶賛発売中

さらに「らぶらじ・2時のうんちく劇場」で毎日語っている雑学をまとめた物を出版してやってもいいぜ!という出版社の方がおりましたら、ご連絡下さいませ。現時点ですでに100回以上放送済みで、この先も延々と続くので、好評だったら続巻も出せます。
お仕事の依頼は<tisen@tisen.jp

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2007年9月29日 (土)

ワープロの雑学

静岡のSBSラジオ「らぶらじ」で月〜木曜、色々な雑学を語っているのですが、9月26日の雑学は「ワープロ」というテーマでお届けしました。


おそらく自分が一番最初にいじったワープロOASYS100J
20070922031973(昭和48)年9月26日、東芝が世界初の日本語ワープロを発売しました。その値段は、なんと630万円でした。
その時のワープロの入力は文字盤があいうえお順の特殊な物で、現在一般的に使われているローマ字入力が出来るワープロはキヤノンが1980年に発売した『キヤノワード55』です。

実際の事を言うと、ワープロの雑学を深くやってしまうとかなり専門的な物が多く、ラジオを普通に聞いている人にはまったく興味がない方向に行ってしまうので、なるべく多くの世代が興味&理解出来るネタに絞り込む。
この辺のさじ加減が大切なのだ。

普通にメルマガなんかで書く場合は(ずっとお休みしていてすいません)普通には理解出来ないネタもあるけれど、軽いネタも有るからそっちで許してね。とバランスを取っていたりするんですが、ラジオの場合は「すべて理解させなくちゃダメ」という前提でやるのだ。
難しいネタでも解りやすく説明出来るネタならOKなんですが。
ということで、ワープロの日ということで話を組み立てたんですが、そのメカニズムなんかではなく「変換」という部分で関連雑学を並べてみた。

2007092201ワープロ専用機ってのはすでに2001年に製造が中止されているみたいなので、今回の雑学はみんな「パソコンに入っているワープロソフト」という方向で絞ってみた。
最初は80年代初期に発売されていたソニーの「HIT BIT」というパソコンのワープロネタからで
80年代、ソニー製のパソコンで「もりた」と入力すると、一般的な「森田」という漢字ではなく「盛田」と変換された。通常ワープロでは学習機能という物があって、頻繁に使用する漢字に変換されるようになっているが「もりた」に関しては常に「盛田」だった。当時ソニーの社長が盛田さんだったため。
2007092202というのを語った。ラジオでは語らなかったけれど、この当時のソニーのパソコン「HIT BIT」は、松田聖子がコマーシャルに出ていて「私より、ちょっと賢い」「ひとびとのヒットビット」なんて事を言っていました。
で、多くの人が「松田聖子よりちょっと賢いって、その程度かよ!」とツッコミを入れていたと思われます。

で、その後は「ワザと入れる誤変換」という話で
パソコンに使われているワープロソフトIME2002では『ぎれ』と入力するとなぜか「ピカチュウ」と変換される。これは勝手にワープロデータをコピーした製品を他のメーカーが使用した時のチェック用にワザと入れている誤変換機能。
これの関係で、百科事典なんかに誤記にならない程度に本当の資料とは違っている数値を混ぜたり、言い回しを加えて「コピーしない限り同じ物にならない」というデータを混ぜたり、地図なんかでもアメリカの街と街の間にある草原の中にポツンと実在しない小さな集落を書かれている事があるという話もする。

新ポケモン「ギレ」
2007092204で、IME2002の「ぎれと入力するとまったく関係ないピカチュウという文字に変換される」というネタに対して、一部では「実はギレというのは(あるいはギェ)ピカチュウの海外での名前なので誤変換というワケではない」という事が囁かれている。
ポケモンの登場人物は確かに地域によって名前が変わる事があって、英語版では主人公のサトシが「アッシュ」となっていたり、カスミは気象現象の「霞」の直訳で「ミスティ」という名前になっている。登場するモンスターの名前に関しても国によって能力が解りやすい名前に変更されている。
しかしピカチュウだけが何故か申し合わせたように、どの国でも「ピカチュウ」というそのままの名前で呼ばれていて「ギレ」とか「ギェ」などと呼ばれている例はない。さらに英語版なんかでは全面的に英語吹き替えで作り替えているのですが、ピカチュウの声だけは日本版の大谷育江さんの声がそのまま使われ、おなじみの「ピカァッ!ピカチュゥゥゥゥ!」と声になっています。

あとは、ワープロの変換に関して
ワープロで変換されにくい単語に「滑舌」という言葉があります。実は辞書を調べても載っていない事が多々ある不思議な言葉です。というのも、この「滑舌」という言葉はもともと演劇関係の専門用語だったのですが、ここ20年ほどの間にテレビで演劇関係者・アナウンサーなどが「滑舌が悪い」などと言うようになって一般的になった、比較的新しい言葉だからなのです。
というネタを書いたのですが、ワープロに関しては自分の使っている物は単語登録で「滑舌」と変換できるようにしているのと、他のソフトを詳しく知っているワケでもないので(以前はそうだったけど、今はよく解らない)という感じなのです。

で、辞書の方はどうか?と、午前中に近所の本屋へ出かけ複数の辞書をチェックする。
どうやら三省堂の辞書は子供向けの辞書以外は「滑舌」は掲載されているのですが、それ以外の出版社、小学館・角川書店・大修館・新潮社・明治書院などなどの辞書には未だに「滑舌」は載っていない。
こんな風にたった一分以内で語り終わってしまう雑学でも、裏取りで動き回っているワケでやんす。
なぜか「広辞苑」が売り場になかったのでチェック出来なかったのですが、手元にある「広辞苑第四版」には載っていない(最新版は1998年に出た第五版なので、その頃には滑舌という言葉が一般的に使われていたハズなので掲載されている可能性もある)。

そんでもって、最後は
茨城県の正しい読みは「いばらきけん」なのですが「いばらぎけん」だと思っている人が多く、「いばらぎけん」と入力してもワープロでは変換されませんでした。そのために、メーカーに「変換できなかった」とクレームが多かった為に現在どちらでも変換できるようになっている。そのために「いばらぎけん」が正しいと思いこんでしまう人も多い。
という雑学で締めた。

一回の放送(時間で5〜8分)で、これだけの雑学を箇条書きにして読み込むので密度が濃すぎるかも知れない。トリビアの泉なんかだと、1ネタで5分以上引っ張っているワケで。
実際の事を言えば、1つ1つのネタには附属する話が山のようにあるわけで(今回のブログみたいに)伸ばそうと思えば、同じ原稿でも10分、20分語る事も可能なんですが、あくまでも短くビシッとで終わらせています。

そんなこんなで毎月曜日〜木曜日、午後2時からの「うんちく劇場」聞いてね!(ストリーミング放送もやっているのでインターネット経由で、世界中のどこからでも聞けますよ!)でもってらぶらじサイトに「杉村さんのコーナー面白いです!」と励ましのメールを送ろう!
と姑息な人気盛り上げフェアを開催するのだ。

らぶらじサイト(ストリーミングもメールもここで)

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2007年9月28日 (金)

今度は大丈夫ですか?DeAGOSTINI(デアゴスティーニ)

10年ぐらい前から「分冊百科」みたいな感じで週刊誌ペースの「20世紀」とか「歴史上の100人」とか、他にも文字だけじゃなく「ロボットを作ろう」「フェラーリコレクション」とか色々な物が出版されている。


色々な出版社がその手のを出しているんだけれど、そこで有名なのが「DeAGOSTINI(デアゴスティーニ)」という出版社。
元々イタリアの地図会社だったらしいんですが、日本ではその「分冊百科」というスタイルで特定のテーマの百科シリーズをいくつも出している。
毎週500円前後の雑誌って事で、ページ数の少なさを考えると微妙な値段設定なんだけれど、100冊揃えると5万円かよ!って感じで「5万円だったら、もっと豪華で凄い本が買えるよなぁ」と思ってしまう部分もある。

でも、個人的には「何かの資料になるかも知れない」って事で、これまでいくつかのシリーズを購入している(ほとんどがコンプリートしていないけれど)。
で、購入する側が途中で根負けして購入停止になってしまう事も多いワケですが、そんな根負けをする人が多い場合は、出版する側も根負けしちゃうワケですね。
つまり売り上げ不振ってヤツ。
でも、最初に「全100巻を揃えると完璧な事典になります!」と謳っているので、途中で辞めるワケにもいかないという事情があって、なんとか息絶え絶えで頑張っているような感じもあるのだ。

で、最近よくある「毎号、部品を少しずつ付けて、全巻揃った時には戦艦大和が完成します!」とか「ロボットが!」とか「巨大なドールハウスが!」とか、最近では「ディズニーランドが!」って感じの、購入し始めたら途中で辞めるわけにはいかなくなってしまう巨大プラモデルシリーズ。
これの初期はアート系の学習物で、毎号「筆」とか「絵の具」がチョビチョビ付いていたのを本屋で見かけたんだけど、テキストに合わせて「今週はミドリの絵の具が付けられていますので、このように緑色を塗って…」とかになっていたんでしょうかね?そんなに細かく説明されても…。

その後、バイクや自動車のフィギア系になり、さらに組み立て物に移行していったワケですが、「週刊ラジコンCAR」なんてのは毎週細かい部品を付けて、定価1190円で全45巻で完成します!って、普通5万円以上掛けずともラジコンキットは買えますよ。
「ロボット」は全74号で完成するって事だったので、総額9万円近い値段になってしまうワケで、しかも週刊で完成までに2年近く掛かってしまうので、出来上がった時にはすっかり古くさいタイプになってしまう可能性が大なのだ。
少年時代に「科学と学習」ドップリだった世代としては、惹かれる部分が無いワケではありませんが。

でもって、時々本屋で「週刊○○○を作ろうは書店売りではなく注文販売になりました」という張り紙を見る。つまり不特定の人に向けて販売するってのはムダが多いので、もう引くに引けなくなって買わざるを得ない客だけを相手に注文販売で最後まで行くぞ!って事で、つまり売れてないんだろうなという事なのだ。

新創刊「昭和タイムズ」
02deagostiniで、2・3日前からテレビでDeAGOSTINIの「昭和タイムズ」というシリーズが創刊された!と宣伝を始めている。
それを見て驚いてしまったのだ。
「あれ?これって『MADE IN 昭和』ってシリーズと同じじゃん」
そのCMでは「いくつもの驚きと感動を乗せて走り抜けた昭和。あなたはどんな事を憶えていますか?週刊昭和タイムズ、創刊号は39年、カレンダーで振り返る昭和の日々」などとナレーションが語っているのだ。
1年を1冊で振り返り、全64冊、創刊号は190円
と言うことになっているんですが、ちょうど1年前もほとんど同じCMを見た記憶がある。

これが1年前に創刊された「MADE IN 昭和」
03deagostiniということで本棚を探してみると、ありました。「MADE IN 昭和」。奥付から考えると10月中旬の創刊。しかも創刊号は同じく昭和39年の特集。
テレビで映し出されている「昭和タイムズ」の表紙と、手元にある「MADE IN 昭和」は激しく同じ物なのだ。表紙見本その1・その2って感じで、内容もなんか同じような感じ(同じ年を扱っているので当然ですが)
で、ここまでの話を聞くと同じDeAGOSTINIからほぼ同じ内容のシリーズが出ている?とか、1年前に創刊なのでまだ前のシリーズは完結していないんじゃないか?と思いがちなんですが、実は前のシリーズは同じく「全64巻」予定で始まり、すでに終了している。

「MADE IN 昭和」コンプリート
04deagostini自分は「昭和の歴史の参考資料」として購入していたんですが、昭和53年を扱った10巻が出たのが今年の1月23日。
その当時、自分の中で色々複雑な事情があって本屋に日参出来ない日々が続いていた。
1週間ぶりに本屋に行った時に探し見つからなかったので「あれ、11号買い逃しちゃった」と思っていたのだ。それにしては今週発売されているハズの12号も無い…。
と思ったんですが、当時は精神的な余裕が無かったので「はぁぁぁ、買い逃した」ぐらいに思っていたのだ。
で、家で寝る直前に10号をぼーっと読んで「買い逃した11号って何年の特集だったんだ?」と最後のページを見て驚いてしまったのだ。

お知らせ
05deagostiniそこに書いてあったのが
「メイド・イン昭和」第10号をお買い上げいただき、ありがとうございます。誠に勝手ながら、小誌は今号をもちまして休刊させていただくことになりました。読者の皆様には、これまでのご愛読に厚く御礼申し上げます。
という文章だったのだ。うむむ、全64冊予定でいきなり10号で休刊か。休刊って言っても再開する事なんてないだろうけど…。

でも、実際の事を言うと、この手の分冊百科では「毎年1年を特集して昭和を…」あるいは「20世紀を」というシリーズを各社が出していて、いまさら感があったので、自分的には「そんなに売れないだろうな」とは元々思っていた。でも、後出し雑誌なので他社のものより深い掘り下げがあるんじゃないか?と思って買っていたのに、そういう結末ですか。
手元には中途半端な昭和16・28・30・33・39・41・45・47・53・54年というバラバラの年代を特集した本が残っただけなのだ、全然資料にならないじゃないか!このやろぉぉぉ!

この先発売予定の「昭和タイムズ」
01deagostiniで、今回の何事も無かったかのような「昭和タイムズ」の創刊なのだ。
実際、この手の本ってどのぐらい売れるんだろうか?
DeAGOSTINIという会社は採算採れているんでしょうか?
果たしてロボットとかラジコンカーとか戦艦大和を作っている人はいるんでしょうか?
謎が深まるばかりでやんす。

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2007年9月24日 (月)

らぶらじ公開放送:フラワーパークと原口あきまさ氏

久々の「らぶらじ」公開放送!ということで、浜名湖畔西にあるフラワーパークに行ってきましたよ。


三島駅から見た富士山
2007092401朝、7時30分静岡駅で待ち合わせ。さてはて誰の車で行くのかな?と思ったら、大石ディレクターが運転で、もう一人は小沼みのりん。約1時間半、車内での会話は余りにも濃密なので書けない話満載でしたが、薄曇り中フラワーパークに到着。
鉄崎氏は名古屋から車を飛ばしてやって来て、その後控え室であれやこれや打合せ。
しかしフラワーパークは想像していた以上に広く、とりあえず控え室に模型があったのだが全容がつかめない。こりゃ凄いなぁ。
今は、まだ夏の暑さが尾を引いているので秋に咲く花が躊躇している状態ですが、あと半月ほどして空気が優しくなってきたら、ぼーっと歩き回ったり、園内の列車に乗ったりしてのほほ〜んと一日を過ごせそうな感じなのだ。

SBS中継車設営中
2007092402常にエピソードを作り続けるみのりんはこの日も「サッサイフがない!」と焦っておりまして「昨日、東京からの帰りの新幹線で爆睡して…」「家に帰ってきて…」「それ以降の記憶があやふやだぁぁぁ」と、家に置き忘れてきたのか、それとも新幹線に…と激しくモヤモヤしておりました。
家に電話をして確認しようと考えたが、実はこの日、家族揃ってフラワーパークに見に来ると言うのですでに家を出た後。実は先週もサイフを…。
忘れ物の天才ということで、入社2年間でストップウォッチを7個無くしたという前人未踏の記録を打ち立てております。
その後、やってきた家族とゲートの処で遭遇した時、お母さんが開口一番「サイフ忘れたでしょ」。と言うことで、スッキリした気分で午後1時になり、ラジオの本番スタート。

フラワーパークの入り口付近(模型)
2007092403自分は基本的に2時のちょいとした時間だけの出演なので凄く気が楽でやんす。
喋る予定の雑学は丸暗記しているので、とりあえず諸事情でその中の雑学の順番は変えたけれどカンペ無しでも大丈夫。
5月に行われた一番最初の公開放送の時、いつも自宅から話してる時の感覚で、原稿を読んで語っていたんですが、なんか「原稿読んで雑学語るなんて、誰だって出来るじゃん」と思って(客はそんな部分を要求していないと思うけど)公開放送では暗記をして出る事にしているのだ。
1つ前のコーナーでゲストの原口あきまさ氏がステージ上にスタンバイしている中登場。ステージがそんなに広くないので横を向くと、原口氏の顔が20cm程の近さにある。

ひっきり無しに撮影会:みのりん・テッちゃん
2007092405という事で、そこで語ったのはフラワーパークがある舘山寺についての雑学。
番組オープニングでみのりんが「去年の秋、女子アナ4人で遊びに来て舘山寺のロープウェイに乗ったんですが紅葉が凄く綺麗で!」という話をしていたのを受けて
先ほどみのりんが舘山寺のロープウェイの話をしていたのですが、実は水上を走るロープウェイは日本では2箇所しか無いんですよ。1つはここ舘山寺ロープウェイ、もう一つは伊豆にある淡島へ渡るロープウェイ。こちらは海の上を渡っているんですよ。つまり2つしかない水上ロープウェイの両方とも静岡県にあるんです。

ステージ上の2人
2007092406※この手の雑学は時代によって変化するので「今は○○○にもあるぜ」という可能性があるのでドキドキしながら発表しています。とりあえずネットで調べて大丈夫ではないか?とは思うんですが。
そこですかさず原口氏が「ほ〜両方静岡ですかぁ凄い凄い」と少しテンション高めに合いの手を入れる。らぶらじの鉄崎氏(テッちゃん)・杉原氏(テツさん)もそれぞれのリアクション技を持っているんですが、まったくの初対面(打合せでも逢っていない、マジに舞台に立った瞬間が初対面)の状態での原口氏の相槌の挟み込みは「THE プロ」なのだ。

フラワーパークでしか手に入らない黒ひまわり
2007092404という事で、そこから舘山寺の由来を少し軟らかく話していく。基本的にいつも語っている、短い雑学の羅列とは違っていて、歴史的事実を語るというスタイルになるのですが「でも解りやすく」「興味を引くネタ展開」を考えてみる。
舘山寺というお寺は810年頃に空海(後の弘法大師)が建立したお寺なのは有名かと思いますが、この舘山寺という名前は遣唐使として中国で勉強をしてきた偉いお坊さんが名付けたと言われているんですね。
「この風景は素晴らしい、中国で見てきた蘇州にあるお寺、寒山寺(ハンシャンスー)を彷彿とさせる」ということで、そのハンシャンスーが「寒い山の寺」という書く事から、日本読みでカンザンジ、そして別の漢字を当てて現在の舘山寺という名前になったと言われています。
舘山寺の命名者は「遣唐使だった偉いお坊さん」としか言われていないのですが、実は建立した空海は中国の寒山寺(ハンシャンスー)を訪れている事が判明しているので、この先の研究でその「遣唐使だった偉いお坊さん」が誰か解ってくるかも知れません。

ここまでが結構ネタとして堅い部分なので「なるほど〜」という形で入っていく。

日差しはキツイが雲は秋のウロコ雲
2007092407中国の寒山寺(ハンシャンスー)にある鐘は有名で、ここの除夜の鐘を聞くと10歳若返ると言われているのですが、って事はここで毎年鐘を突いているお坊さんはいったい何歳になるんだって事ですが。

で、テッちゃんも原口氏もネタ的に食いついてくる。客席もドッと受ける。そうかこれかぁ舞台をやり始めるとやめられなくなるって感覚は…・
実は「お坊さんは何歳に」という部分は原稿になかったアドリブ的な部分。アドリブと言っても原稿に書かなかっただけで、言えたら言いたいなと考えていた物。実際ラジオで語っていても、テッちゃんやみのりんは事前に原稿を渡されて読んでいるのでリアクション的にも演技が入るんじゃないかと思って、アドリブ的にネタを挟み込んだり、細かい雑学を加えたりするのだ。

実は鐘が有名なハズの寒山寺(ハンシャンスー)は100年ほど前に鐘が紛失していたのです。そこで、明治37(1905)年に伊藤博文さんが2つ鐘を作り、中国と日本のカンザンジに奉納しています。

という事で鐘についての雑学ですが、お寺にある鐘には細かいブツブツがありますよね、あれ何と言うかご存じですか?実は「乳」といいます。
室町時代に鐘を作る職人が「この小さな出っ張りオッパイに似ていないか?」と冗談で言った物が現在は正式名称になっているのです。


という部分で原口氏がすかさず「ほぉ確かに言われてみるとオッパイって感じですなぁ」と挟み込んでくるので、ここはちゃんと載るべきだと「そうなんですよ、こうオッパイに似てるって事で」と手でオッパイを揉むような仕草をすると、やはり原口氏が乗ってきて「その手つき!あかんやろ!」とツッコミが入る。会場はかなりドッカンドッカン来ている感じなのだ。
ちゃんと起爆装置を見つけると的確にボタンを押しに来る。この笑わせる事に対しての貪欲さ、サービス精神凄いなぁ

という事で、実はその乳の数は全部で108個あって、煩悩の数と同じになっています。
つまり男性を悩ませるオッパイの数が、欲望を意味する煩悩と同じだっていうのは男性にとっては実に深い話なのです。


と言うことで締めた処でも原口氏は「何人かお父さんどっかで使おうとメモしてますな、ってどこで使うんだこんな話」とちゃんとオチを付けてコーナーが終了した。
なんか凄いなぁ

ということで、今回番組が始まってから最初の3ヶ月分の雑学を編集してまとめた小冊子を印刷して販売する事になっていた。3ヶ月間で52回放送したので、全60ページで限定40部、1冊300円(オマケのバッジ付き)という事でステージ横に特設販売コーナーを作ってもらった。
ま、半分ぐらい売れれば良い方だよなと思っていたのですが、いきなり長蛇の列が出来てガシガシ売れる。心の準備が出来ていない状態で販売が始まったのであたふたしてしまったのだ。
で、一気に35部売れ、ちょうど原口あきまさオンステージが始まったので客はそっちへ移動。
原口氏の柔軟取り揃えたネタに客は吸い込まれていく感じなのだ。やはり凄いなぁ。単に物まねに終わっていない感じなのだ。
で、CMに入った処で残りの5冊もスッと売れて、もの凄い短時間で完売してしまった。

計算をして「杉村のヤツ、一回放送で使ったネタでそんなに短時間でもうけやがって」と思っている方もいるかも知れませんが、実は定価の300円というのはインク代紙代を計算してギリギリの値段。かろうじて1冊20円ぐらい儲かるかな?という状態なのだ。
さらに言うと10冊印刷するのに4時間ほど掛かる(60ページって結構ボリュームありますよ)ので、時給50円ほどの仕事なのだ。ついでにバッジを1個づつオマケに付けたので儲けはゼロ。
完璧に来てくれたお客様へのサービス商品。これを読んだ人は「杉村の編集する雑学って面白いジャン、本屋で売っているのも買ってみるか」と思ってくれたらいいのだ。
と思っていたのだが、実は今回印刷した「2時のうんちく劇場2007春」に「杉村の本・絶賛発売中!」として挟み込む予定だった広告を入れるのを忘れていたことに、全部売った後で気が付く「やっぱり使えねえな俺」状態だったのだ。

原口氏は夜東京での仕事が控えているということで、番組途中でステージを降りて、駐車場に待たせているタクシーに飛び乗り浜松駅に向かう事になっていた。
ステージ裏に回ってきた原口氏は、本が売れた事でぼーっと立っていた自分の処にすっと寄ってきて「おもしろかったよぉ」と手を差し出して来たのです。
こっちはあたふたしながら手を差し出し握手。
「凄く面白かったです。これ、さっき話していた編集した雑誌です」と、余分に持ってきていた小冊子を原口氏に渡した処
「わ。嬉しいな、ありがと、読ませてもらうよ」と語った処で、マネージャー氏に促されて楽屋方面へ歩き始めた。
客が10人ほど原口氏と握手とか写真撮影をねだったりしつつ移動していった。
うーむ、握手かぁ。ホンの10分もなかった時間しか一緒に出てなかった1出演者に対しても握手してくるって、売れる人ってのは色々な部分があるんだろうなぁ
自分が目指している方向とは全然違うけれど、大切な部分だよなぁと痛感。

本日のキャスタードライバー今村直美さんも
2007092408スタート時の1時頃は小雨が数滴降ってきていたのですが、エンディングの4時直前は西日が異常に厳しくなっていて、みんな大丈夫か!?的な感じになりつつあったわけですが、1人も熱中症患者を出さずに無事終了。
しかし「らぶらじ」も始まって半年、前回の公開放送は浜松駅のすぐ近くで無料で見る事が出来る場所だったワケですが、平日って事もあって客足は思ったほど伸びなかった。
それに比べ今回は、浜松駅から車で40分、しかも入場料金800円という、条件だけ見たら激しく厳しい部分があったのに、集まってくれたお客さんの数は凄く多かったので、ビックリ。番組内で何度も名前が読まれるリスナーの方にも逢えたし、凄く楽しいイベントでした。

終了後ケーキで打ち上げ
2007092409実は10月中旬に静岡市内でまたしても公開放送があるのだ!でも平日!でも無料!さてどうなることやら
(この回は色々事情があって、うんちく劇場の小冊子を売ることは出来ないみたいですが)

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2007年9月21日 (金)

悪人希望

「偽悪者」という言葉がある。といっても一般的な言葉ではなく、歌手で俳優の泉谷しげるを指して使われた言葉。


200709221一般的な単語として「偽善者」という、本心は別にして「世の中からよく見てもらいたいが為に良い事をする人」を揶揄して言う言葉の反語として使われる物なのだ。
よくボランティア活動をしている人に対して「偽善者」という言葉を使う事もあるけれど、ボランティアが存在しなければ困ってしまう事もあるってのが現実なので、むげに「偽善」とは言い切れない。その偽善者に対してよく言われるのが「自分が良いことをしたという自己満足でやっているんだろ?」的な部分があるけれど、でも良いと思われる事をやるって部分があるのでやっていない人にとやかく言われる筋合いの物でもないのだ。(避難所に不必要な物資が大量に送りつけられるのは困りものですが)

200709222で、泉谷しげるの場合は「悪ぶっているけれど、実は礼儀正しい人」という事で「偽悪者」と言われる。
デビュー時「乱暴な田舎者」という演出がかなり行われていて、当時は寺山修二や三上寛(かん)のような東北(それも青森方面中心)出身者や「情念を抱えた東北地方」がキーワード的に扱われるアングラなブームになっていた事で、泉谷もプロフィールは「青森出身」になっていた。
実際にはバリバリの東京生まれで「東京タワーが出来上がるのを毎日教室の窓から見ていた」というシティボーイなのだ。青森ってのは親の出身地だとか、デビュー前に「青い森」というフォーク喫茶で歌っていたからだとか言われる。

で、最初の頃は「でも実は泉谷さんていい人なんですよ」とTVに写らない内情をバラされると「ふざけんな!」と照れ隠しに暴れて見せていたが、いつからかそれがお約束的になって、さらに今は孫が生まれたことで暴言を吐いた瞬間に共演者が「お孫さんも見てますよ」と振ると「はぁ〜いおじいちゃんだよぉ」とにやけて見せるのが通例となってしまった。
泉谷も丸くなったって事なのだな。

で、人は一般的に「良い事をした」時には照れてしまう物なのかもしれない。
どっちかというと「悪い」という部分にカッコいいというものを見出す人も多く、いい人キャラってのはイコール「ダサい」って認識もある。
もっとも最近は、かつては反社会的な事を標榜していたロックな人たちも「薬撲滅」とか「両親に感謝しよう」とか「ゴミは持ち帰ろう」って事を前面に押し出したりする時代なので、色々変わっているのかもしれないけれど。

2007092197先日、所用で東京に向かった。新幹線で行こうと思っていたけれど「時間もあるし、学生時代ぶりにぼーっと電車に乗ろうかなぁ」と東海道線と小田急線を乗り継いで新宿へと向かった。
多分に「タモリ倶楽部」での鉄道マニア話に影響されているんじゃないかという感じではあるんだけれど、それがらみで得た知識で「ほほう、これが話に出ていたあれかぁ」的な確認をしつつ電車に乗った。
といっても、社内では読書すべし!というのが自分の基本なので、激しく読書に没頭して、車窓の旅どころではなくなってしまうのだ。

2007092231時間ほど電車に揺られた処で、ふと本から目を上げると斜め前にあるドアの処で、年の頃なら70歳を超えたお婆さんが棒に掴まって立っていた。立っていたというか、自分の目には電車の振動に必死に耐えているようにしか見えなかったのだ。
で、そのお婆さんの立っているドアの直ぐ横には3人掛けの「優先座席」があった。
すぐ横の3人掛け座席には定年前後ぐらいの男性3人組がガハガハ笑いながら談笑している。
その正面の3人掛け座席には眠りこける20代女性、文庫を読む40代女性、携帯音楽プレイヤーを聴いて腕組みしている20代男性が座っていた。

200709224ふんぬ!と思って立ち上がり(社内には数人立っている人がいたので、自分が立ったことで素早くそこに誰か座らないことを祈りつつ)、お婆さんの処へつかつかと進み、小声で「席どうぞ、お座り下さい」とさっきまで自分が座っていた処に促したのだ。
お婆さんは一瞬驚いたような顔をしたので「どうぞ」と促す。
「いいですよ」「どうぞ、気にせずに」と再び促した処で、お婆さんは「すいませんね」とその席に座った。自分はさっきまでお婆さんが立っていた場所に立ち、さっきまで読んでいた文庫本を取り出して何気なく読み始めた。
たとえば「どうぞ」と言った時に「次の駅で降りるのでいいです」と拒否されたり「老人扱いすんな!」と怒られたりする事もなかったので一安心。そして、直ぐ横に立っていた女性がこちらをちらっと確認した事にも気づいていた。

2007092198別段、電車内でこの行為に気づくような人はほとんどいないと思うし、そんなに凄いことをしたワケじゃないと思うけれど、「何事もなく冷静さを装いながら本を読む自分」って構図が「なんか偽善的だよな」と思ってしまうのだ。基本的に、ボランティアに対して「それって偽善的だよな」と揶揄するようなタイプの人間だったので、なおさら。
実は昔、20代の頃、同じようにおばあさんに席を譲った時に自意識が異常に肥大していたせいで、席を譲る時に「次で降りますから」と「次で降りるから別に良いことをしてるワケじゃねえんだよ」言い訳をしてしまった事がある。そのために、降りるべきでない駅で降りて1本電車を遅らせてしまった事もあるのだ。
優先席は「普通の人が座っちゃダメ」という席ではないので、オッサンたちが座っていても問題はないし、おそらく今回の場合、そこに座っている人々はお婆さんが立っているという事に気づいていなかったので悪意は無いとは思う。
でも「優先席」に座った人は、「なるべく意識しようね」と思うのだ。

2007092199自分は基本的に気が小さいダメな人間で、偽善も偽悪も出来ない「キャラの弱い」部分を痛感している。もっと図々しくならなくてはいけないのだ。特にライターなんていう個性を前面に出してナンボの職業だったら。
以前、本屋で隣に綺麗な「出来るOL」風の人が立って本を読んでいたのに気づいた。
その女性は高い処にあった本を背伸びしてやっと取って読んでいたんだけど、それを元の場所に戻そうとしたのだが、背伸びをしても上手に入らずに苦慮することとなった。
そこで自分は、その女性に「あ、やりますよ」と告げ、女性が戻そうとしていた棚の隙間に本を戻してあげたのだ。

普通、ドラマだったらその出逢いがキッカケで物語が始まるのだ。おそらくBGMで小田和正が歌い始めているタイミングなのだ。
が、自分はその次の瞬間「ありがとうございました」とうっすら聞こえる声を背に本屋を出てしまった。変に感謝されるのもこそばゆいので。
この事をもう10年近く前なのに、記憶してこんな事に書いてしまう自分は、本当にダメでちっちゃい人間なのだ。もっとガッつけ!俺。

もっと前に前に「ほら、俺っていい奴だろ」とアピール出来なくちゃいけないのだ。もしかしたら「偽善者を揶揄する」という精神構造の裏には羨ましいって気持ちがあるのかなぁ。
泉谷しげるが地震災害の時にやっていた「おらおら、金出せてめえら募金しやがれ!」という状態にまで突き抜ける事が出来たら楽だろうなぁと、思ったりするのだ。

でも、ボランティアをやっている人で、あきらかに「私たちは素晴らしい事をやっていますのよ」と自慢げに語る人には、ケッと思ってしまう自分がいるワケですが。

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2007年9月13日 (木)

安倍晋三・辞任表明

なんであのタイミングなのかねぇ

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2006012902
ついでに安倍晋三が総理大臣になる前の時代に書いた似顔絵
って、なんか1年前と随分印象が変わってしまった気がするのだ。

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2007年9月12日 (水)

i Pod classic

現在自分は60GBのi Podを愛用していて、約1万曲をこれに入れて聴いている。一番利用するのが車を運転している時にFMに飛ばして聴くというスタイル。
それ以外に、時々散歩するときにも重宝している。
もうこれ以上の物は無いんじゃないかと思っていた。


00i_pod_classicあくまでも「何かをしている時に、音楽を聴く」というスタンスなので、ビデオを入れてそれをジッと見るという趣味はないため、i Pod nanoがビデオ対応になっても興味なかった。
現在のi Podでもビデオを見ることが出来るけれど、1度も見たいと思わないので、ビデオを入れた事もないのだ。
(と言いつつ、ゲームをダウンロードしてしまったけれど、結局最初の1週間で飽きてそれ以降は遊んでいない)
これが壊れるまで純粋に音楽を聴く道具として使い倒すのだ!

と思っていたんだけれど、今回のi Pod classicは「160GB」約4万曲が入って40時間の連続再生で、値段が¥42800って…
あぁぁぁぁ!現時点で手持ちのCDをデータ化した物が3万曲近くあるので、それが全部入っておつりが来る!4万曲つったら、アルバム4000枚、CD1枚50分と考えて20000分→3333時間→138日→4ヶ月半、全部聴くと季節が変わってしまう訳でやんす。

と言いつつ、現時点の1万曲ほど入っている自分のi Podですが、ランダムに選曲されてイントロが流れてきても「なんか気分じゃないな」とスキップしてしまう曲も多く、ついつい選曲してしまうアーティストや曲は極々狭いかもしれない。
普通の状態で4万曲入れるような人は存在するのか? などと考えてしまうが、欲しい欲しい欲しいかも… う〜むと考え込んでいる私がいる。
山本直純大先生の「大きいことはいいことだ!」を子供の頃に潜在意識の中に刷り込まれた私は「やっぱ大容量に勝るものはない」と思っている。

とりあえず現在はおあずけ状態で、値段が安くなったり、次の商品が発表されるのを(1年以上先?)待ってみようかと思う。
笑福亭仁鶴師匠に子供の頃「じっと我慢の子であった」と潜在意識の中に刷り込まれた私は、我慢をするのであった。

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2007年9月11日 (火)

誕生日データ「65000人」突破

知泉的雑記というブログだけを見ている方は知らないかも知れませんが、このブログの上に「知泉」というサイトがありまして、そこで色々なデータベース的な物がどっかんとあるワケです。


知泉」というサイトは、雑学のデータベース(現在はWikiスタイルに移行)がメインコンテンツだったハズなんですが、一部の人には「古今東西の著名人の誕生日データベース:知誕」というのが有名みたいで、連日かなり多くの人に利用されています。
そこの利用者と雑学関係の利用者が重ならないってのが問題ではあるんですけれど、とにもかくにも利用されています。

で、本日2007年9月11日についに登録人数が「65000人」を突破しました。その登録者は天祭揚子という女優さん
とりあえず個人が運営している誕生日系サイトでこの人数は無いんじゃないかと思うわけで(勘違いされやすいのが「知泉」というサイトはグループサイトではなく、あくまでも杉村の個人サイトでやんす)、この誕生日データベースは「国会図書館デジタルデータベース」にも登録されている「国が認めたデータベース」なのだ!と無意味に自慢しちゃうのだ。

前回の切りのいい数字「60000人」は双子タレントの「ザ・たっち」のかずや、ついでに60001人目はたくやでした。
その登録日付が2005年12月11日なので、639日かけて5000人を登録したという事になります。平均7.8人づつ新たなデータを入力し続けているって事になるんですが、何も入力しない時は1週間も2週間も触れず、ある日朝から晩まで何かに取り憑かれたように延々と入力作業をして1日に数百人を登録する事もある。

この誕生日データベースのそもそもの始まりは1980年前後で、ある日ぼーっと「星占いで同じ誕生日の人は同じ運勢って事になるってウソだよなぁ」と思いつつ雑誌などにのっている芸能人の誕生日なんかをノートにメモし始めた事が起源となっている。
他に何げに使える話題で「俺と同じ誕生日の芸能人って○○○○と▽▽▽なんだぜ」的なものに使えるデータベースとして始まった。

別にそれは誰に見せるワケでもなく、淡々とノートに書き写し、80年代中期に個人でPC98を購入してデータベースをデジタル化しはじめた。(パソコンを購入した時、一番最初に購入したソフトがデータベースソフトと音楽ソフトだった)
その後、90年代初期に某パソコン通信に参加して、そこでデータベースの公開を始めた。
そして1998年にインターネットに移行し(この時は普通にテキストだけのデータベース)、2002年11月28日におおつぼ氏の協力のもと現在のソフトで管理するタイプのデータベース「知誕」に移行して今に至るわけです。

手元のメモでのデータ登録人数は
2003年03月01日:[52967人登録]
2004年01月05日:[55209人登録]
2005年05月01日:[58042人登録]
となっているので、ほぼ同じペースでだらだらと登録数を増やしている事になります。

誕生日の元ネタは、毎年発売されるテレビガイド社の「TVスター名鑑」「フレッシュスター名鑑」、主婦と友社「新オールスター名鑑」「NEWスター名鑑」を始めとして、プロ野球選手名鑑・サッカーJ1J2選手名鑑・格闘技選手名鑑という名鑑もの、さらに「CM NOW」「TVガイド」「週刊プレイボーイ」、他にも色々な人名名鑑(小説家・スポーツ選手・等々)、あとはAVメーカーのサイト等々。
30年以上誕生日データ集めているわけで、自宅の本棚の一角は「そこらの図書館より名鑑関連は充実しているぜ」状態になっております。(まだ過去の資料でも登録していない物が大量にあります)

しかし、65000人も登録してあると、雑誌なんかを見て「あ、この人も登録しなくちゃ」と入力を始めるとすでに登録済みってのが多くて、徒労に終わるケースがやたらと多く、100人新規登録している裏にはその3倍ぐらいの労力が掛かっているのだ。
このデータベースは別に仕事には全然関わってこないので、あくまでも趣味って事になる。

ということで7万人突破!という報告が出来るのは2009年春頃って、今考えると気が遠くなりそうな遠い日付なので、そんな事は考えず、ダラダラと誰の称賛もないまま、「知誕」を地味〜ッに続けて行こうと思います。

誕生日での検索、名前での検索も出来ますが、他に「肩書き」での検索は職業だけじゃなく、グループ名での検索も可能、「出身」の検索は出身地だけでなく、出身学校、ついでに所属事務所などでも検索できます。
オマケとして「肩書き」に「らぶらじ」と入力すると、自分が出ているラジオ番組「らぶらじ」の出演者一覧も出てきます。
あと、以前仕込んだ裏技では「名前」の処に「2004オリンピック」「2006オリンピック」と入れると、2004年アテネオリンピック、2006年トリノオリンピックの出場選手一覧が出るようになっています。

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2007年9月10日 (月)

二十世紀梨

朝起きて、ナシ半分

って別にあれをまた書くつもりは無いんですが、実際にナシを食べた。もしかしたら自分は果物の中でナシが一番好きかもしれない。茶色系の食感ザラザラも、緑系の食感サラサラも、洋梨の歯ごたえ無い物も、全部好きでやんす。
そんなこんなで「二十世紀梨」について。


二十世紀梨の誕生に関してネット検索すると曖昧な情報が流れています。というか雑学本でもかなり適当な事を書いている物もある。
どうも雑学本の多くが、他の雑学本を参考にお手軽に書いている物が多いみたいで、ある時、物珍しいネタが書かれた本が発売されると、数ヶ月後に複数の本でその珍しいネタを見かける事になる。だから間違った雑学も、あっという間に当たり前のように流布する。オマエラは「裏取り」とか「まずは怪しむ」って事をしないのか!

自分なんかも、かつて雑学本を出した時に「これは今まで雑学本で読んだことない雑学だぜ」と自信を持っていくつか書いた。で、数ヶ月後に同じネタが書かれた雑学本を何冊も見る事になった。(とりあえず目に付いた雑学系と思われる本はことごとく購入し続けているワケでやんす)
ま、そんなものかというワケで、今日は二十世紀梨に関しての確認の意味でその誕生をまとめてみる。

1888(明治21)年、二十世紀梨の原樹を発見したのは当時千葉県松戸市に住んでいた13歳だった松戸覚之助(まつどかくのすけ)。
よく雑学本では「近所のゴミ捨て場に生えていた」とだけ書いてあるのですが、正しくは、松戸覚之助の親戚(分家)・石井佐平(いしいさへい)宅の裏庭にあったゴミ捨て場だったそうです。

この梨の木を父親が経営していた梨園「錦果園」に移植したのですが(この2年前に開園したばかり/これが後でポイントになってくる)、その時点ではまだ実が付いていませんでした。そして10年目の1898(明治31)年に実が付いたのです。
この当時「梨」と言えば茶色でザラザラした食感のものが殆どだったワケですが、その梨は薄緑色の皮で果汁が多く食感も優しいものだった事から「新品種」と判明したのです。

で、当初は松戸覚之助(23歳)が「青梨新太白(あおなし・しんたいはく)」と命名したのですが「なんかイマイチだよね」という事で、父親が付き合いのあった種苗商・渡瀬寅次郎(わたせとらじろう)に「なんか良い名前ないっすかね?」相談したワケです。
で、雑学本でも、ネットでも多いのが「渡瀬寅次郎が二十世紀梨と命名した」と書かれているワケですが、実際には渡瀬寅次郎は別の人に名前を相談しています。

その人は当時、東京帝国大学の教授をしていた池田伴親(いけだともちか)で、「この美味しい梨は新世紀に王者となるべき梨である」という事から『二十世紀梨』と命名したのです。この時代はまだ「世紀」という概念が一般的で無かったので、どのような印象だったか不明ですが「とにかく新しい」って事だったんだと思う。

マジに「渡瀬寅次郎が二十世紀梨と命名した」と書かれているのが多いんですが、あと雑学で多いのは「二十世紀梨は十九世紀に命名された」というのですな(こっちは正しい)。
ちなみに、二十世紀梨の原木は第二次大戦中の空襲で立ち枯れてしまい、現在はその原木の一部が松戸市立博物館に保存されているだけになっています。

しかし、最初の石井佐平宅裏になぜこの梨が生えていたのかって部分に触れている本はあんまり無い。いきなり「発見された」って事になっている。普通一番疑問に思う部分はそこじゃないのか?
これまで多くの雑学本に書かれていた二十世紀梨に関する雑学は、「何故そこに突然?」が不明だったので、ずっと最初の「偶然発見した」というのが、本当はどうなんだろうか?と疑問に思っていたワケです。

で、ヒントが「父親が2年前から梨園を始めた」って部分で、園を始めるにあたって種苗商・渡瀬寅次郎の処から色々な種類の梨の苗を購入していた事実がある。
そして梨園はそこで収穫された梨の実だけではなく、生育の悪かった苗など一切合切を、親戚(分家)石井佐平宅裏にあるゴミ捨て場に捨てていた。
つまり石井佐平宅の裏にあるゴミ捨て場は普通のゴミ捨て場ではなく、異種混合梨のるつぼって事だったワケで、そこから何かがどーにかなって何があーなって、素人では考察すら出来ない事が起こって二十世紀梨の苗が誕生したのではないか?という事なのだ。

つまり「二十世紀梨はゴミ捨て場で発見された」というのは、雑学的に面白い話なんだけれど、実際には「二十世紀梨は梨園が捨てた多種多様な梨が何らかのキッカケで新種として生まれ、梨園の息子がそれを育てた処、美味しい梨が出来た」というのが答えなのかも知れないなぁ

雑学的にはあんまり面白い話では無くなってしまう。これまでの雑学本を読んでいると、まったく梨園などとは関係ないゴミ捨て場に突然梨の木が生えていたという感じだったのに・・・。
で、近年遺伝子レベルでの親探しの研究が進んでいるので、近い将来親が特定され、さほど面白くない雑学になっていくのだ。

オマケ雑学

新品種の梨に「二十一世紀梨ってつけよう」と思う人がいるかも知れないけれど、それはダメ。すでに梨の品種に「二十一世紀」があるって話ではなく、盆栽の品種に「21世樹」というものがあって、これは商標登録されているので同じ名前は種苗法でダメって事で。

という事だったんだけど、鳥取県米子市の小林秀徳さん経営の農園会社「秀起カンパニー」が、「二十一世紀梨」の商標登録を特許庁に認められ、新品種「瑞秋(ずいしゅう)」を「二十一世紀梨」として2005年から出荷しているらしい。

二十世紀梨の読みは「ニジュッセイキ」ではなく「ニジッセイキ」

洋梨のラ・フランスは1864年にフランス人クロード・プランシュが、「わがフランスを代表する品種」の意味を込めて命名した品種。

その後日本でも輸入されて栽培されるようになったが、とにかく病気に弱く育成させるのが難しい品種で、実はフランスではもうほとんど栽培されていない。流通するほどまで栽培されているのは現時点では日本だけ。(山形県で多く作られてる)

※文章公開後、色々アドバイスを頂きましたので文章を若干書き換えました。情報を提供してくださいました皆様有難うございます。

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2007年9月 8日 (土)

1年

「悠仁親王 1歳」というニュースをテレビでやっていて「そうか・・・」とビックリした。


200709061実は1年前、秋篠宮家に男児誕生というニュースを病院のベッドの上で聞いていた。
それまでずっと体調不良を騙し騙しサラリーマンを続けていたのですが、前年春ぐらいから本当に疲れが抜けないどころの話ではなく、眠れない・体中が筋肉痛・偏頭痛・耳鳴り・右腕がしびれる・腰痛・胃弱などなど「どこが悪いのか解らない」レベルまでボロボロになっていた。
ムリがあっても社会人的には「体調管理は本人の自己管理がなっていないからだ!」みたいな部分をよく言われるワケで、そんな泣き言も言えないなぁと「明日倒れるかもしれない」という状態で1年ほどやって来たのですが、8月末に仕事中意識が遠のいてしまい、病院に行った所「じゃ、入院ね」という事になって2週間入院する事になってしまったのだ。
そんな入院中に、「秋篠宮家に男児誕生!」というニュースを聞いた。
それからの1年間は地味に激動の1年だった。

200709062実は色々なタイミングが重なって今に至っている。
その入院した日の午後、リハビリで病院の庭を散歩していた時、SBS静岡放送のアナウンサー國本良博さんより電話があって「来春はじまる予定のラジオ番組で雑学を喋ってみない?」という提案があったのです。
つまり、去年の今頃、それまでの自分へダメ出しと新しい方向への道が同時にあったワケです。
その時はまだ、それまでの仕事を続けつつ、どういう形か解らないけれどラジオの仕事も出来れば…と思っていたのですが。

200709063その後、仕事に復帰したのですが、結局業務内容はそれまでと変わらない状態で体調不良は一気に入院前に戻り、それがどんどん精神的な方向に向かい、病院では「鬱病」なんて診断をされちゃったワケであります。
そして1ヶ月の自宅療養休職となったのですが、その休職になった当日、自宅パソコンに「本を出しませんか?」というメールが届いた。
入院の日→ラジオの話、休職の日→本の出版、というそのタイミングもあって、その後の細かいすったもんだの末、退職して今に至るというワケであります。
仕事的にはまだラジオがメインで細々とやっているのですが、徐々に書き物の仕事も入りつつありそれなりに形になり始めている感じって処

200709064そうかぁ「悠仁親王 1歳」かぁ
なにか物を書く人になりたいと思いつつ、サラリーマン仕事に追われ最初の1歩も踏み出せなかった約20年間があったわけですが、こうして切羽詰まった状態で足を踏み出したこの1年。
なんか、やっとスタートラインに立てたような気がする。
この気持ちを忘れずに、常に謙虚に、常に感謝しながら、切磋琢磨し続けていかなくちゃいけないのだ。
というワケで「お仕事下さい」というワケでやんす。
雑学系の仕事を中心にご依頼をお受けしております。

お仕事の依頼は<tisen@tisen.jp

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2007年9月 7日 (金)

カラーテレビの雑学

って、今回は雑学ネタでも、時事ネタでもないや。もう何をやりたいのか解らなくなっている私なのだ。

200709071

200709072

と言うことでとりあえず来週の月曜日用に編集したテレビ絡みの雑学なんですが、他の雑学を喋ることになったのでここで発表。
【カラーテレビの雑学】


1960年09月10日:カラーテレビの本放送開始(世界で3番目)NHK・NTV・ラジオ東京テレビ(現.TBS)・読売テレビ・朝日テレビの5局で同時に始まりました。そのために9月10日が「カラーテレビ放送記念日」となっています。

そのカラー放送が始まった当時は、カラー受信機がまだ1200台程度しか普及していなかった事と、放送するための設備も完全ではなかったので、NHKは1日1時間、NTVは2時間42分、TBSにいたっては1日6分程度のカラー放送が行われた程度でした。

世界初のテレビカラー放送はアメリカですが、実は2番目はキューバ。そして3番目が日本。

キューバは指導者だったカストロが青年時代ハリウッドでエキストラをしていた程映像関係に理解のある国。

1960年に始まったカラー放送は1964年の東京オリンピックの時に少し売れ、一般的になったのは1970年の大阪万博の時。

昭和40年代の特撮『仮面の忍者赤影』は忍者のクセに赤影・白影・青影と派手だった理由は、広告主サンヨー電器の「カラーTVで見たくなる番組」と言う依頼の為。

『仮面の忍者赤影』の赤影を演じた坂口祐三郎氏のバイクがガス欠になった時、警察官に助けられた。その後、感謝の手紙と菓子折を警察に送付したのだが、差出人名には「赤影参上」とだけ書いてあった。

NHKの受診料では白黒受信のことを「普通」とし、カラーは「カラー」と区別する。世間にカラーTVが出回ったとき受信料に差をつけたのだが、それは未だに有効。その為に白黒で衛星放送を見る「衛星普通」という(そんな人いるの?)という区分もある。

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2007年9月 6日 (木)

「imidas」「知恵蔵」休刊

年末から年始になると本屋の一角にぶ厚い本が山積みされている。


00imidas20071948(昭和23)年創刊の「現代用語の基礎知識」を始めとして、「imidas」「知恵蔵」という前年に起こった事件やキーワードを解説する年鑑形式の辞書なのだ。
時代を切り取った辞書として役に立つこともあるんだけど、一般的にはそーんなに役立てる場面もないんじゃないか?という気もして、その分厚さが「邪魔」ではある本でもある。
実際、自分も完全に毎年ではないけれど精神的と経済的に余裕のある年末はぼーっとしながら購入してしまう事もあった。
もっとも、それをちゃんと利用できるほど読むか? というと疑問なのだが。
そんな中、「imidas(集英社)」「知恵蔵(朝日新聞社)」が休刊するというニュースが流れた。

002007この二つの年鑑辞書はすでにウェブデータベースとして有料稼働しているんだけど、書籍の方の売上げが落ち込んできたので遂に休刊となった。
「imidas(集英社)」は1986(昭和61)年に創刊号114万部でスタートしたのだが、最新刊の2007年度版が14.5万部にまで落ち込んでいた。
「知恵蔵(朝日新聞社)」は1989(平成元)年に創刊号95万部でスタートし、最新号の2007年度版が13万部になっている。
共にバブル期の「とりあえず出せばそれなりに売れる」みたいな時代に創刊しているので、創刊号との比較は難しいんだけど、やはりこの数年の出版不況はきつかったみたいなのだ。
そして唯一継続となっている「現代用語の基礎知識(自由国民社)」は第二次世界大戦の復興期1948(昭和23)年創刊で、次に発行される2008年度版でちょうど創刊60号となる。昭和23年の創刊号は120万部発行。最新号2007年度版は12万部。

002007_2「imidas」「知恵蔵」は共にネットの有料コンテンツとして続いて行くらしいけど、ネットで調べるという部分で言ったら現在は「Wikipdia」という物が大きく存在しているので、事業的にはソッチはキツイんじゃないかなぁ
もっとも「Wikipdia」はあくまでも「素人が無責任に編集できる」という怖い部分を抱えているので100%信用に値しない部分がある(それで恥をかいたプロの作家も何人かいるみたいですが)という事を念頭に置かないと怖いのだ。
といいつつ書籍も100%使用できるワケではないって事を頭に置かないといけないのだ。

自分はこうやってネットで文章を書いているんだけど、やはり根っこの部分にアナログが深く刻まれているので、あくまでも「紙媒体」に拘っている。
自分の本が初めて発行された時も激しくドキドキしたのだ。
バブル崩壊と共に始まった出版不況って奴、すでに10年以上経過しているワケで、今中学・高校生辺りは物心付いた時から出版は不況のただ中でそれが当たり前だったのかも知れないけれど、古い人間はそこにこだわり続ける。
そんなワケで「現代用語の基礎知識」、部屋の中で邪魔になろうとも来年度はちゃんと買ってやるぞ。
※ライバル「imidas」「知恵蔵」が休刊した事により、書籍としての年鑑辞書は「現代用語の基礎知識」がそこから零れた読者を取り込めると思うので、売上げ上がると思うのだ。

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2007年9月 4日 (火)

潔白な政治家はどこにいる?

別に言いたい事は無いッス

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2007年9月 2日 (日)

まんぷくトルコライス!

目の前の若造がいきなり大きな声で「トルコさん!」と叫んだ。


年の頃なら高校生という感じの青年なのだ。おそらく今日で終わりとなる夏休みの間だけのバイトだとは思うのだが、その青年(サラッとしたストレート茶髪の近頃ありがちな)がさっきまで「はい、はい、わかりました」と小さな声で私の注文に対して応えていたハズなのに、いきなり大きな声で叫んだのだ。
しかも「トルコさん!」だと!
そして次の瞬間、奥の厨房からオバチャンの声が「はぁいトルコさぁぁぁん!」とオウム返しに帰ってきたのだ。
なんたる事だ。
ただ私は悪気もなく、現在、この弁当チェーン店「ほっかほっか亭」のおすすめ弁当『まんぷくトルコライス』を3つ注文しただけなのに・・・。

これが噂のトルコライスだ!
Dscn4492という事で、友人が働いている場所に昼時という事で弁当を買っていく事になり現在フェア中の「まんぷくトルコライス」を注文したという話なのだ。
内容的には、ナポリタンのスパゲティ&カレーの掛かったハンバーグ&コロッケ&ご飯という状態の、なんだかよく解らないけれど主役級の役者をムリヤリ舞台の上に並べてみましたという本来は豪華なハズなのに「ひたすら暑苦しい」感のある弁当なのだ。
今日がいきなり秋中旬の気候になっていなかったら、暑苦しくて見るのも嫌って感じの弁当なのかも知れない。
で、なぜコレのことを「トルコライス」と呼ぶのか?

関係ないが、これがカレーラムネだ!
Dscn4493諸説あるのだが、一番有名な説として「1950年代に長崎県で生まれた」と言われている。
名前の由来は「トンカツ(ヨーロッパ)→ハンバーグ(ドイツ)」「ドライカレー(インド)」「スパゲティ(イタリア)」今回の弁当では白米だったけど「ピラフ(炒飯→中国)」という各国の料理が一皿に載っていて、それら国の中心地がトルコだった。という説が有名。

もっとも「ピラフ」は本来トルコ料理だったという事から、それら料理を載せてある大地がトルコという説もあったり、三種類→三色という事からフランスで三色を意味する「トリコロール」から来ているという説があったり、長崎にあった喫茶店トリコロール起源という説があったり(その店の存在を誰も知らない)、色々な説が存在するのだ。

関係ないが、これが長嶋茂雄だ!
Dscn4336中には「いやいや、ここで言われるトルコってのは現在のソープランドの事で、愛とロマンが一皿に山盛りになっていて夢心地の気分になれる事から『トルコ風呂』が語源だよ」なんて事を言っている人もいます(10年以上前の雑学本にはその説が載っている物がある)。
地域によって微妙に違って「大阪トルコライス」「神戸トルコライス」など色々あるみたいです。

本当に関係なく長嶋茂雄だ!
Dscn4338しかし、自分なんかの世代は今でも「トルコ」という言葉の響きにはあの80年代中期まで特殊浴場と言われていた、かのパラダイスの印象も若干混じり込んでいるので、おおっぴらに「トルコ!」などと言いにくいのだが(考えすぎなのか)、高校生ぐらいの青年の中にはそんな印象は全然ないのだな。
だから自分はついつい、トルコと言いにくいので隠語で「ルートコ」などと読んでしまいそうになるのだが、考えてみればそっちの方が淫猥な意味が多く含まれているのだ。

まったく関係なく長嶋茂雄だ!
Dscn4337しかし、今回のほっかほっか亭のメニュー名『まんぷくトルコライス』の略称は「トルコ」なのだな?
決して「まんトル」ではないのだな?
と淫猥な事を考えてしまう9月の昼間なのであった。
ちなみに「カレーラムネ」ですが、製造メーカーに言いたい事がある。「ムリするな!」

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