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2007年7月14日 (土)

香坂みゆき「気分をかえて」

Kosaka001香坂みゆき「気分をかえて」
作詞.作曲:山崎ハコ/編曲.大村雅朗
1981年/¥700
polydor/7DX1103


香坂みゆき:1963年2月7日生まれ
今でも時々テレビで姿を見る事があるし、とりあえず清水圭の奥さんという肩書きもある。でもハッキリ言って香坂みゆきに関しては、その存在意義がデビュー当時から今にいたるまでよく解らない。


1977年「愛の芽ばえ」
197701ainomebaeとりあえず同世代の話題の中では「そー言えば、欽ちゃんのドンといってみようのアシスタントで欽ちゃんの横に座っていたよね」という印象は出てくる。でも「番組で何をした?」という疑問符で終わってしまう。
また「ニュアンスしましょっていう資生堂のキャンペーンソング歌っていたよね」という話題も出る時がある。でも「それ以外の曲って覚えている?」という疑問符で終わってしまう。
でもなぜか30年以上に渡って頻繁ではないにしろ香坂みゆきをテレビで見続けているのだ。(実際には3歳の時にモデルデビューしているらしい)


1977年「初恋宣言」
197702hatukoisenngenラジオで「視聴者がネタを書いてくる」というスタイルの番組を本格的に始めたのは、実は萩本欽一で、1972年4月にニッポン放送で「欽ちゃんのドンといってみよう」という番組がスタートしている。
60年代末からコント55号で大ヒットしていた萩本欽一がその活動に限界を感じていて、次の活路として見出したのがラジオだった。あの時代ラジオというのはテレビに人気を奪われていて、すでに「ラジオの時代は終わった」と囁かれていたのだ。


1977年「青春舗道」
197703seisyunihodそんなラジオに対し「テレビより身近に感じるメディア」という方向性を見つけ、お題を与えリスナーから葉書を募集するという方法論を編み出した。
それに中学生から大学生までが飛びつき、毎週のようにネタ葉書を書いてくるようになり、「ハガキ職人」という人種を生み出した。(ハガキ職人という言葉自体はビートたけしのオールナイトニッポン発祥とされる)


1978年「まわれ恋の風車」
197801mawarekoiTV版「欽ドン」で「よい子悪い子普通の子」をやった時に「あれって谷村新司がラジオでやっていた「天才秀才バカ」のマネだぜ」という声もあったが、実際にはラジオ版欽ドンの影響を受け始まった番組が谷村新司の番組だった。
笑福亭鶴光の番組でもヒット曲の一部をオチに流すコーナーがあったが、あれも欽ドンの「レコード大作戦」というコーナーの真似だった(ディレクターが同じだったとも言われる)


1979年「愛なき子」
197901ainakiラジオ版は1979年3月まで続いたが、そのラジオ版を発展させた形で1975年4月からテレビ版「欽ちゃんのドンとやってみよう」が始まっている。
この時、ラジオでも女性アシスタントがいたという事から、テレビ版アシスタントとして香坂みゆきが起用された。まだ13歳だったわけですが、ハッキリ言ってこの番組で香坂みゆきが何か喋ったとか印象が全然無い。
最初の頃は「かわいいなぁ」と思っていたワケですが、途中から子供ながらに彼女の存在意義はいったい何なのだ?と疑問視するようになった。
そして気が付いた時には画面から姿を消していた。というか気が付かないうちに姿を消していた。


1981年「気分をかえて」別ジャケVer.
198101kibunで、まいどの事ですが表題曲にやっと触れますが、この曲を聞くと「なにもここまであからさまなアレンジをしなくても...」という感じで、イントロ当てクイズにこの曲が出てきたら即座にボタンを押して「ブロンディのCall Me!」と叫んでもおかしくない状態になっております。
でも実際の事を言うと、オリジナルの山崎ハコVer.を聞くと全然違う曲なのでどーしてこーなっちゃったんだろうか? と思ってしまう


1982年「レイラ」
198202reilaつまり、これは編曲の大村雅朗のテクなんだろうなぁ って、あまりにもひねりがないアレンジなんですが、なにか会議上で「ロックっぽいアレンジでいこうよ」「じゃ女性のロックって事でブロンディなんかいいんじゃない」「じゃそれでヨロ」みたいなノリだったのかも知れない。


1983年「東京が好き」
198302tokyoあの時代は結構あからさまに「イントロを洋楽のヒット曲から引っ張って来ました」というのが多かった。今はどうか分からないけれど、アレンジに関しては著作権がなく盗作にならない」みたいな見解を聞いた事がある。
香坂みゆきのボーカルも、アレンジに合わせるために頑張ってロックっぽく歌っているんですが、どうにもこうにもミスマッチで痛々しい。


1984年「サヨナラの鐘」
198401sayonaraついでにジャケットが水着写真なんですが、なんというか「この構図でこの表情でこの逆光線の写真でOKなのか?」と心配してしまう写真が使用されている。とりあえず「協力:コンチネンタル航空」となっているので、海外で撮影しているワケですが。
ついでにこの「気分をかえて」には別ジャケットが存在しているんですが、そっちもどうなんですかね?状態。


1984年「ニュアンスしましょ」資生堂CM曲
198402nyuaしかし芸能界って、売れた人が生き残るってワケじゃないのが難しいなあと香坂みゆきがテレビに今でも出ているのを見て考え込んだりするワケです。

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