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2007年7月16日 (月)

「ブッセ」

普通のコーヒー豆でアイスコーヒーを作ろうとしたけれど、どうも上手に作れない。山川直人さんの『コーヒーもう一杯3』の中にある「朝顔日記」に家で作るアイスコーヒーの話があったので、ちょっと真似してみたんだけど、やはり普通の豆ではイマイチ。いや、自分のテクがないだけかも知れないけれど、今度はちゃんとアイスコーヒー用の豆を買ってきて再チャレンジするのだ。


というワケで、この蒸し蒸しした天候の中、いまだに自宅で作ったホットコーヒーをぐびぐび飲んでいる。
朝起きて、ぼーっとしながら豆をセットして、ヴィィィィィンと大きな音と共に一日が始まり、1日に何杯コーヒーを飲むのか分からないぐらいにぐびぐび飲んでいる。

と言っても、変なこだわりはない。ただ「黒くて苦ければよい」というレベルの味音痴なので、ずっと前に買ったまま棚の奥で放置されていた豆でもOKなのだ。(旨いにこしたことはないけど)
ということで、基本的にはブラックを飲んでいるのですが、色々な作業の息継ぎでコーヒー受けのお菓子が食べたくなる。
砂糖がごく僅か入ったコーヒーでも「うげぇ」と思うクセに、甘いお菓子には目がないのだ。お菓子をほおばり、そこにコーヒーを注ぎ込み、口の中で甘いと苦いが渾然一体となる状態は「我が至福の時なり」でやんす。
客観的に見たら、コーヒーに砂糖入れても同じジャンと言う感じかもしれませんが、全然違う物なのだ。

今日、山崎製パンの「ブッセ 北海道産ミルククリーム」というのを食べた。パンケーキの表面に粉糖をまぶして焼き込んで、少しサックリした食感もあり、中のクリームも心地良い甘さを醸し出している。
という時に「で、ブッセって何なのさ?」と思ってしまった。いきなり糖分が脳に行き渡り、雑学心が目覚めてしまうのだ。
おそらく、語感からしてフランス語なのであろうとは予測出来る。シャッセとか、そーゆー流れで。
でもって、とりあえず広辞苑を引いてみた。

ブッセ【Karl Busse】ドイツの詩人「山のあなたの空遠く」で始まる詩は上田敏の訳詩集「海潮音」に収められて著名(1872-1918)
たぶん、違う。
流石に広辞苑にも最近聞くようになったケーキの名称まで網羅していない。
このブッセさんは別に習った記憶はないのですが、おそらく現在40代以上の人は断片的に知っていると思う。
かの三遊亭円歌師匠が「山のあなあなあなあなあな...」と小咄として使っていたので、自分もとりあえず知っている。もっとも本家のカール・ブッセの詩は読んだ記憶はほとんどない。

でもよく考えてみると、これが当時落語家がテレビでやる小ネタとして通用していたって事は、当然元ネタが知られていたって事っすよね? 昔の方が文化レベルが高かったという事なのかな?
でもって、80年代以降このネタをテレビで見る事がなくなったのは、飽きられたからではなく、某団体から「吃音者を馬鹿にしている内容なので」と差別的という事で封じられてしまったらしい。
なんつーか、この手の団体のやっている事は「吃音者は一般人の前に出てはいけない」とでも言っているような感じで、な〜んか嫌な感じ。

などと思いつつ、本来の「ブッセ」の語源探しに戻るのだ。
で、フランス語って事で調べていくと、どうやら「bouchee」と書くらしい。ってこれブッセではなく、ブーシェとかが正しい発音だよね? 
直訳すると「一口」とか「一口サイズ」みたいな意味で、フランス産のチョコレートなんかでもあります。

つまりブッセというのは「一口」という意味なんですな。って、この山崎製パンのブッセは直径8cmぐらいあって、とても一口では食べきれない。ギャル曽根だったら可能かもしれませんが。

と、この知泉的雑記では珍しい「日記風な文章」を書いてみる私でした。

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コメント

僕もコーヒーを豆から挽いて淹れたりする(ちなみにブラックでは飲めません)
のですが、何度チャレンジしても『コーヒーもう一杯』のようにはいきません。

お湯を注いでも、プクーっと泡がふくらまず、
ろ過も、いくらお湯を注いでも、カップ半分に満たずに終わってしまいます。

豆を挽く粗さや、量をイロイロ調節してみてもダメ。
やっぱ専門店で、焙煎したてを買ってこなくちゃダメなのかな。

しかし、甘い物に目がないとは知らなかったす。

投稿: えっち本 | 2007年7月17日 (火) 12時47分

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