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そんなワケでSBSラジオ「らぶらじ」で月〜木曜日しゃべっております。
2007年7月11日 (水) らぶらじ, アニメ・コミック, イラスト, 雑学 | 固定リンク
オナ虫先生、あっいや、治虫先生の話題楽しく読ませて頂きました。 思い起こせば高校時代、前の席に手塚先生の大ファンがおりまして、「このヒョータンツギってのは手塚氏の友達が描いた落書きだったんだよ。」「火の鳥読んで素直に感動したから論文描いたんだ!」「手塚作品て名前の付け方いいかげんでさぁ、ホアカバリキルマの壺逆から読んでみなっ。」等々沢山教えてくれる友達がおりました。 時代を超えて、現在でも数多くの作家に良くも悪くも影響を与え続けている大作家ですねぇ。
投稿: はげおやじ | 2007年7月11日 (水) 13時51分
「ヒョウタンツギ」は手塚治虫の妹の落書きから生まれたそうです。 手塚治虫のウラ話は、たけくまメモにいろいろ取り上げられています。ご参考まで。 http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/post_22.html
○『リボンの騎士』に出てくる天使「チンク」は「亜鉛」のこと。
投稿: あほ騎士 | 2007年7月12日 (木) 01時30分
あほ騎士さま、勉強になりましたです。 30年ちかく思いこんでたので、目から鱗です。その鱗も何層かになってる様でまだまだ落としきれないっす。 「もしかして、オムカエデゴンスだったかしらん。」と自問自答しております。
投稿: はげおやじ | 2007年7月12日 (木) 08時44分
友達の落書きから生まれたのはヒゲオヤジでやんす。 その友達のおじいさんがそんなヒゲをしていたそうで。
>はげおやじさま その手塚マニアの友達はきっといい人だと思いますので、大事に扱ってやってくださいませ。
>あほ騎士さま タメになりました。
でも「医者になると患者を殺す」と言われて医者を断念したという話は、おそらく手塚治虫のネタだろうなあと思っております。何度もエッセイなんかで出てくる話ですが。
手塚治虫の他漫画家への敵対心は凄かったみたいですね。 手塚が最後まで理解できなかったジャンル「スポーツ漫画」が流行った時代、「どこが面白いんだ?」と泣きながら「巨人の星」が受ける理由を周囲に聞いたとかとか言われています。 あと大友克洋の絵なら書けると豪語した手塚ですが、「この絵はいくら研究してもマネできない」と発言したのは、諸星大二郎の絵だけだそうです。
投稿: 杉村 | 2007年7月12日 (木) 09時32分
神様の競争心が凄かったのは有名な話ですね。福井栄一(字うろ覚えです)氏が亡くなったときも本心では「骨身を削る競争相手がいなくなった」と安堵した、とかあるイベントで水島新司氏に「君は試合ばっかりかいてればいいんだから楽でいいねえ」と言った、とか…。
投稿: | 2007年7月12日 (木) 22時42分
〆切りギリギリの修羅場の真夜中、人手が足りずパニック状態のスタジオで 漫画家が半泣きで電話をかけまくり、やっと来てくれた助っ人が諸星大二郎だったら・・という冗談が漫画家の間で交わされていたそうで・・
笑いどころなんでしょう>>研究してもマネできない
投稿: hul | 2007年7月12日 (木) 22時49分
確かしりあがり寿についても「これは描けない」と兜を脱いだとか。
投稿: | 2007年7月15日 (日) 22時15分
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オナ虫先生、あっいや、治虫先生の話題楽しく読ませて頂きました。
思い起こせば高校時代、前の席に手塚先生の大ファンがおりまして、「このヒョータンツギってのは手塚氏の友達が描いた落書きだったんだよ。」「火の鳥読んで素直に感動したから論文描いたんだ!」「手塚作品て名前の付け方いいかげんでさぁ、ホアカバリキルマの壺逆から読んでみなっ。」等々沢山教えてくれる友達がおりました。
時代を超えて、現在でも数多くの作家に良くも悪くも影響を与え続けている大作家ですねぇ。
投稿: はげおやじ | 2007年7月11日 (水) 13時51分
「ヒョウタンツギ」は手塚治虫の妹の落書きから生まれたそうです。
手塚治虫のウラ話は、たけくまメモにいろいろ取り上げられています。ご参考まで。
http://takekuma.cocolog-nifty.com/blog/2004/12/post_22.html
○『リボンの騎士』に出てくる天使「チンク」は「亜鉛」のこと。
投稿: あほ騎士 | 2007年7月12日 (木) 01時30分
あほ騎士さま、勉強になりましたです。
30年ちかく思いこんでたので、目から鱗です。その鱗も何層かになってる様でまだまだ落としきれないっす。
「もしかして、オムカエデゴンスだったかしらん。」と自問自答しております。
投稿: はげおやじ | 2007年7月12日 (木) 08時44分
友達の落書きから生まれたのはヒゲオヤジでやんす。
その友達のおじいさんがそんなヒゲをしていたそうで。
>はげおやじさま
その手塚マニアの友達はきっといい人だと思いますので、大事に扱ってやってくださいませ。
>あほ騎士さま
タメになりました。
でも「医者になると患者を殺す」と言われて医者を断念したという話は、おそらく手塚治虫のネタだろうなあと思っております。何度もエッセイなんかで出てくる話ですが。
手塚治虫の他漫画家への敵対心は凄かったみたいですね。
手塚が最後まで理解できなかったジャンル「スポーツ漫画」が流行った時代、「どこが面白いんだ?」と泣きながら「巨人の星」が受ける理由を周囲に聞いたとかとか言われています。
あと大友克洋の絵なら書けると豪語した手塚ですが、「この絵はいくら研究してもマネできない」と発言したのは、諸星大二郎の絵だけだそうです。
投稿: 杉村 | 2007年7月12日 (木) 09時32分
神様の競争心が凄かったのは有名な話ですね。福井栄一(字うろ覚えです)氏が亡くなったときも本心では「骨身を削る競争相手がいなくなった」と安堵した、とかあるイベントで水島新司氏に「君は試合ばっかりかいてればいいんだから楽でいいねえ」と言った、とか…。
投稿: | 2007年7月12日 (木) 22時42分
〆切りギリギリの修羅場の真夜中、人手が足りずパニック状態のスタジオで
漫画家が半泣きで電話をかけまくり、やっと来てくれた助っ人が諸星大二郎だったら・・という冗談が漫画家の間で交わされていたそうで・・
笑いどころなんでしょう>>研究してもマネできない
投稿: hul | 2007年7月12日 (木) 22時49分
確かしりあがり寿についても「これは描けない」と兜を脱いだとか。
投稿: | 2007年7月15日 (日) 22時15分