1998年03月01日:サイト「知泉」スタート
1999年09月01日:メルマガ「知泉」配信開始
2003年09月13日:1冊目の単行本「知泉」発行
2004年02月22日:2冊目の単行本「知泉part2」発行
2006年12月23日:SBS静岡放送「愉快!痛快!阿藤快」ゲスト出演
2007年04月02日:SBS静岡放送「らぶらじ」レギュラーコーナー始まる
2007年06月01日:3冊目の単行本「静岡県の雑学」発行
※他にもいくつか雑誌関係に文章を書いたり、超狭い範囲の地域向け新聞にイラスト描いたりという仕事もあり。

ということで、約10年近く掛けて進んで来たワケですが、色々ありましたが本日から私、杉村は新しい展開を迎えました。
というのも、3冊目の本「静岡県の雑学」を出した!というダケではなく、本日よりフリーの雑学書きの人になりました。
実は3月より「本の執筆」「ラジオの出演」ということで会社の方は休職という扱いでいたのですが、会社の規定による休職の限度期間3ヶ月が経過しまして、話をした結果「退職」という結論に至りました。
現時点では、フリーの物書きと言いましてもラジオの仕事がメインで職種は「パートタイマー」かも知れません。これを見ている雑誌社の方、新聞社の方、出版社の方、お仕事下さい。キッチリといい仕事します。
お仕事の依頼はこちらへ「tisen@tisen.jp」
どんなにきつくてもサラリーマンの時は、朝会社に行って与えられた仕事をそれなりにこなして行けば毎月一定額のお金は確保できるという安心感はあります。
が、社会人としてはいかがな物か?という状態で「何かを作りたい、何かを表現したい」という部分が外にはみ出してしまったのです。
そんな思いを強く抱き始めたのが10年前。それ以前から、学生時代からずっと同じような思いはもっていて、絵をガシガシ描いてみたり、音楽をガンガンやってみたり、詩をザクザク書いてみたりしていました。
80年代はまだネットもなくはみ出した感情を表現するために「たこやき便り」という個人コピー雑誌を何冊か制作して周囲に強制的に送りつけ読ませたりしていました。
90年代にはいると「パソコン通信」という物が登場したので、1992年から神奈川にあった「ゆいネット」という音楽専門のパソ通に参加し、そこで曲データだけではなく文章を書き散らすようになっていきました。(ハンドルネームはたこやき便りから「蛸/TACO」)
そして1998年から、インターネット上でサイト「知泉」を始め、文章だけでなくより多くの表現を配信する事になったのです。
そのサイト「知泉」を始めた頃、会社員を続けていく中で「表現をしたい」という感情の方が自分の中で溢れ始めており、鬱々とした気分が自分を蝕んできていたのです。
それが2004年と2006年の入院に繋がってしまったのです。
2005年の末に腰痛になったり、自律神経失調症になり、体調がどんどん悪くなっているのを感じ、2006年1月から「とにかく現状打破」ということで、それまで書いていた雑記をこのブログ形式に路線変更したのです。
その事もあって、去年前半はムリヤリ自分を奮い立たせるような青臭い前向きな言葉を書いた事もあったワケです。
2006年9月に体調不良で2週間の入院となってしまったのですが、実はその入院した当日、昼食を食べてリハビリ的に病院の庭を散歩中にSBSアナウンサーの國本氏より電話があったのです。
実は、その2ヶ月ほど前、國本氏がやっているテケテケエレキバンド「クレイドルズ」のライブが知人のやっている杉山バラ園で行われた時に打ち上げに参加させて貰い、そこで雑学の話を色々していたのです(その前から単行本「知泉」を渡していました)。
※
去年7月23日参照
その入院した当日にいきなり電話を貰い、しかもその内容が「来年の4月から新番組がラジオで始まるんだけど、そこで雑学をしゃべるって出来るかな?」という物だったのです。
その後、退院して会社に復帰した物の、仕事は相変わらずで体調も完全に回復しない状態が続き、結果として11月中旬から1ヶ月の休職という事になったのです。
で、さらに凄いタイミングなのですが、「明日から休み」と休職が決まった日に静岡新聞社から「単行本出しませんか?」というメールが届けられたのです。
なんというタイミング。
それが本日、書店での発売にこぎ着けた「静岡の雑学」なのです。
12月末に仕事に復帰はしたのですが、徐々に良くなり掛けていた体調も、その後また悪化し(鬱病とか精神的な物に加え、四十肩や自律神経失調症による顔面神経痛や指先のしびれなど、色々)、結果として「本を執筆する&ラジオのためしばらく休職」という事になり、3月から長期の休職に入ったのです。
もっとも休職といっても、去年どっかの市役所で「病気による数年の休職期間、基本給を全額貰っていた」という事件とは全然違っていて、民間企業の場合は「あくまでも会社に席があるけれど、給料は一切支払いません」という状態。だから給料の中から支払われる保険などは逆に振り込まないとダメな状態。
そして3月は本の執筆、4月からラジオの仕事、そして色々細かい作業を裏で続けて今に至るという事なのです。
社会人的にはドロップアウトしてしまった負け組なのかもしれません。自分もずっと20年以上サラリーマンを続けて来たので、仕事にプライドは持っていましたが、金を稼ぐという事に関して「普通に仕事をしていれば当然貰える」ぐらいに感じていました。
でも、この先は今まで以上に誠意と努力で「より求められている部分」で頑張らなくちゃダメなのだ。
本当にマジに「これを読んでいる出版関係者の方、お仕事下さい」「編集者および編集者の友人知人が周囲にいる方、よろしくお願いします」であります。
前向きに前向きに。
生活掛かってます!単行本「静岡県の雑学」ヨロシクお願いします。
2007年5月31日の雑記でネットでの購入に触れております。
もっともっとメジャーになる予定で頑張りますので、今、単行本を御購入の方にはもれなく「この知泉ってのが無名だった頃から目ぇ掛けてやってたんだぜ、ま、言ってみればオレが育てたようなものだぜ」と自慢出来る権利が付いて来ます。
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