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2007年3月18日 (日)

「にしおかすみこ」とルーズソックス

ぼーっと「エンタの神様」を見ていた時、SM女王キャラの「にしおかすみこ」という芸人が出ていた。


ネタ自体はさほど面白くなく、エンタ系にありがちなキャラをムリヤリ作って、箇条書きのネタを羅列するパターンだった。エンタに出てくる無名芸人はなんか番組側に強制的に「特徴のあるキャラを作れ」と命令されているような感じがあって、どれも痛い。
話はその「にしおかすみこ」なんだけど、この人は元々「つぶつぶ」という女二人の漫才コンビ出身(当時は西岡すみこ)なんだけど、基本的にSMキャラってのはレイザーラモンHGの流れなのかなぁ。

で、番組内で「ルーズソックスがはやり始めた頃、あたし高校3年だっただけど」と語った時に会場が「え〜〜〜っ」と(そんな年行っているんだ)驚いた。
確かにルーズソックスはいつの間にか一時代前の流行って感じで「20世紀に」という感じになっているのかも知れない。
で、それに対しに「けっこう年いってんだよ」と語っていたのだが、ルーズソックスって物自体は、E.G.スミス社などが発売を開始した物で、本来は登山などの防寒具として考案されたものらしい。日本で見かけるようになったときに「80年代初頭にエアロビブームと同時に流行ったレッグウォーマーの進化系じゃん」と言われていた。

そのルーズソックスが女子高生の間で流行りだしたのは1994年頃に局地的に流行りだした。仙台市発祥説と水戸市発祥説があるんだけど、どちらも最初は本来の目的「防寒用」として女子高生が使い始めたという事らしい。
それが一般的にファッションとして目立つようになったのは1996年からと記録されている。たぶん自分の過去の雑記にもその辺りで「最近の女子高生は異常なミニスカートになり...」などと書いているような気がする。

で、先ほどの西岡発言なんですが、彼女はは1974年11月18日生まれで現在32歳、高校3年の時は1992年なので(千葉県だったので、水戸市で流行ったとしたら伝播は早かったかもしれないけど)ちょいとフライングしちゃっているという事で、その話は完璧なネタとしての嘘という事ですな。

ま、それだけの話なんですが。

ルーズソックスの豆知泉

ルーズソックスの日本での発祥地は水戸市とも言われてるが、NHKのクローズアップ現代では「仙台市一番町の繁華街にある大内屋という洋品店が防寒着として売り出したのが最初とされている。

ルーズソックスは「loose」なソックスという意味だが、ゆったりとしたという意味のlooseの発音は「ルース[lu:s]」なので、ルースソックスというのは本来は正しい。日本語ではだらしない=ルーズとしてそれ以前から定着した和製英語みたいな物だけど。

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2007年3月17日 (土)

3月17日の出来事・誕生日

2007031700漫画週刊誌の日
☆聖パトリックディ
世界海の日
安全の日   [毎月17日]
03月17日が誕生日の著名人
03月17日の出来事

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パンダ家族大集合

2004年頃に雑記内で日本在住パンダ一覧表を作ったんですが、南紀白浜ではそれ以降に3頭誕生していて、日本国内には12頭いる。という事で、その時の表を改訂。

  日本のパンダ 2007年3月現在
名前誕生or来日現在
  上野恩賜動物園(東京都)
康康(カンカン)♂ 1972年10月28日来日 1979年06月30日死亡
蘭蘭(ランラン)♀ 1972年10月28日来日 1980年09月04日死亡
歓歓(ホアンホアン)♂ 1980年1月29日来日 1997年9月21日死亡(推定25)
飛飛(フェイフェイ)♂ 1982年来日 1994年12月14日死亡(推定27)
初初(チュチュ)♂ 1985年6月27日誕生 6月29日45時間で死亡
フェイフェイ&ホアンホアンの子
童童(トントン)♀ 1986年6月1日誕生 2000年7月8日死亡
フェイフェイ&ホアンホアンの子
悠悠(ユウユウ)♂ 1988年6月23日誕生 1992年リンリンと交換で中国へ
フェイフェイ&ホアンホアンの子
陵陵(リンリン)♂ 1992年来日
シュアンシュアン♀ 2003年12月3日来日
メキシコ生まれ・漢字表記無し?
  神戸市立王子動物園(兵庫県)
初代興興(コウコウ)♂ 1996年8月12日誕生
2000年7月16日来日
2002年12月帰国
旦旦(タンタン)♀ 1995年9月16日誕生 2000年7月16日来日
興興(コウコウ)♂ 1995年9月 誕生 2003年2月来日
本名:龍龍(ロンロン)/初代の異母兄
  南紀白浜アドベンチャーワールド(和歌山県)
永明(エイメイ)♂ 1992年9月14日誕生 1994年9月来日
蓉浜(ヨウヒン)♀ 1994年9月来日 1997年6月死亡
梅梅(メイメイ)♀ 1994年8月31日誕生 2000年7月来日
良浜(ラウヒン)♀ 2000年9月6日誕生
来日前に中国の♂との間に妊娠していた子/日本生まれ
雄浜(ユウヒン)♂ 2001年12月17日誕生 2004年6月21日に中国へ
梅梅と永明との間の子
隆浜(リュウヒン)♂ 2003年9月8日誕生
梅梅と永明との間の子/隆浜と双子
秋浜(シュウヒン)♂ 2003年9月8日誕生
梅梅と永明との間の子/秋浜と双子
幸浜(コウヒン)♂ 2005年8月23日誕生
梅梅と永明との間の子
愛浜(アイヒン)♀ 2006年12月23日誕生
梅梅と永明との間の子/明浜と双子
明浜(メイヒン)♂ 2006年12月23日誕生
梅梅と永明との間の子/愛浜と双子
2004年10月に書いた文章を少し改訂して再掲載。
今現在日本国内にはパンダが12頭いる。
上野動物園に現在いるのは「陵陵(リンリン)♂」と「シュアンシュアン♀」の2頭だけ。
(リンリンは上野動物園生まれの「悠悠(ユウユウ)♂」と交換で来日、シュアンシュアンはメキシコ生まれパンダなので漢字表記が無い)
後は神戸市立王子動物園に「興興(コウコウ)♂8歳」と「旦旦(タンタン)♀8歳」の2頭。
王子動物園の「興興(コウコウ)♂」は二代目で初代興興は 2000年来日で2002年12月に繁殖研究の為に中国へ帰郷し、2003年2月に二代目興興が来日、実は二代目の本名は「龍龍(ロンロン)♂」だが同園でコウコウの名前が浸透していたので芸名ということで現在コウコウを名乗っている、ちなみに初代の異母兄。
でもってさらに驚いたのが残りの8頭が全部、和歌山県にある南紀白浜アドベンチャーワールドにいる。
なぜこんなにここだけに集中しているかと言うと、実はここも最初1992年に「永明(エイメイ)♂」と「蓉浜(ヨウヒン)♀」が夫婦として来日したのは他の動物園と同じ状態だった。
そして1997年6月に蓉浜が亡くなってしまう。その後3年間、♂の永明が一人ぼっちになっていたが、2000 年7月にメイメイが来日。その来日から2ヶ月後の9月に最初の子供「良浜(ラウヒン)♀」が生まれている。
どうやら最初の子供はエイメイが父親ではなく、中国にいるときに妊娠したものらしい(パンダの妊娠はわかりにくいというので、判っていて来日したのかは不明)

日本でパンダが生まれ、その後成長するのは珍しかったが、さらに2001年12月17日「雄浜(ユウヒン)♂」が生まれ、続いて2003年9月8日に「隆浜(リュウヒン)♂」と「秋浜(シュウヒン)♂」の双子パンダが生まれている。(ユウヒンは2004年6月21日に中国へ)
さらに2005年8月23日に「幸浜(コウヒン)♂」が生まれ、去年末12月23日に♂♀双子の「愛浜(アイヒン)♀」「明浜(メイヒン)♂」が誕生している。

本場中国でも繁殖が難しいとされているパンダなのに、なぜここばかりが繁殖しつづけるんだろうか? 環境なのか、それとも親パンダが積極的なのか。

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2007年3月16日 (金)

3月16日の出来事・誕生日

2007031600国立公園指定記念日
☆旧・事始めの日
☆旧・針供養の日
万国赤十字加盟記念日
◇アメリカ合衆国:奴隷解放記念日
03月16日が誕生日の著名人
03月16日の出来事

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美味しんぼ:98巻 発売記念

2007031601
2007031602


去年の今頃、「飯喰ってあーだこーだ言っているだけのマンガが95巻かよ」と書いたワケですが、すでに98巻が発売中。

その98巻の最後の方には「次集99集、2007年6月末頃発売予定!」と広告が打たれている。
てえ事は今年の秋辺りには「美味しんぼ:100巻」て事になっちゃうワケですか。ハッキリ言って、すべての巻を初版で買っているのですが、そんな人から言わせてもらっても「長すぎ」という感じなのだ。
海原と山岡の壮大なる親子ゲンカはスターウォーズに匹敵するぐらい長引いてますが、もうどっちもいい大人なんだから。

もっとも山岡は父親が食事に異常に厳しくしている姿を嫌っていて、外食先でも料理人にクレームを付けまくっている事に嫌悪感を抱いているワケですが、別の話では食事に出た先でいきなり「この料理は出来損ないだ」と喧嘩して出てきたりするので、血は争えないなぁという状態なのだ。

というワケで、意味不明にマンガを書いてみました(実はこのマンガの一番最初の下書きは10年以上前に書いた物。まさか10年経ってもまだ使えるネタだとは…)


追記:美味しんぼ100巻記念漫画

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2007年3月15日 (木)

3月15日の出来事・誕生日

2007031500靴の日
世界消費者権利デー
涅槃会
☆万国博デー
ひよ子の日  [毎月14・15日]
お菓子の日  [毎月15日]
中華の日   [毎月15日]
いちごの日  [毎月15日]
03月15日が誕生日の著名人
03月15日の出来事

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鈴木ヒロミツ(モップス)追悼

0000hiromitu01俳優の鈴木ヒロミツ氏が亡くなった。
まだ60才ということで早すぎるなあと言う感じです。
鈴木ヒロミツ:1946年6月21日・東京都文京区生まれ


世間的には俳優・鈴木ヒロミツという事で認知されているかも知れませんが、自分的にはモービル石油のCMに出ている人→時間ですよ夜明けの刑事→その主題歌を歌っている、という流れで高校の頃に「モップス」というGSをやっていたという事を知ったことで、リアルタイムでモップスを聞いていたわけじゃないんですが、「鈴木ヒロミツ=モップスのボーカリストで凄い人」という認識になった。

0000hiromitu02モップスはジャンルとしてGSに含まれているけれど、GSではなくその後の時代のロックバンドって感じで(デビューが1968年、解散が1974年)、ファーストアルバムではプロ作家の作品を歌っていたけれど、積極的にサイケデリックサウンドを取り上げたり、後に編曲家として凄い仕事をする星勝がギターとして参加していたので、斬新でやりたい事が明確な音造りが今聞いても通用すると思う。
GSの中では突出した演奏力として評価されているのはミッキー吉野がいたゴールデンカップスがあるけれど、モップスも同等の評価をされてもいいと思うほど、黒くスィングしているバンドなのだ。
ちなみに、鈴木ヒロミツが刑事役として良い味を出していた「夜明けの刑事」で音楽を担当したのは、モップスの星勝。

0000hiromitu03ラストスタジオ録音盤になった「モップスと16人の仲間」というアルバムでは、作家として交流のあったミュージシャンが曲を提供していて、そのメンツが凄い。
吉田拓郎つのだひろ加藤和彦、岩沢幸矢(ブレッド&バター)、忌野清志郎(ペンネーム肝沢幅一で参加)、小室等、及川恒平(六文銭)、杉田二郎、遠藤賢司、泉谷しげる井上陽水、伊藤アキラ(作詞家.この木何の木〜他にもヒット曲多数)、かまやつひろし、等々

0000hiromitu05このアルバムから吉田拓郎の「たどり着いたらいつも雨降り」がシングルカットされヒットとなる。
もちろん鈴木ヒロミツのボーカルは円熟味を増しているし、星勝のアレンジは無駄が無く黒くスィングしている(モップスの曲で鈴木ヒロミツではない高いストレートな声は星勝)
ここ数年は、ちょろっと俳優をやっているのを見かける程度だったんですが(自分的には富豪刑事が最後かな?)、その迫力のある歌声は永遠に自分の中では消えません。


モップスの豆知泉

モップスのデビュー曲「朝まで待てない(1968)」の作詞は阿久悠。実はこの曲は阿久悠が作詞家になって初めてA面になった記念の曲。

モップスというグループ名は鈴木ヒロミツは後に「長髪でモップを逆さまにしたように見えていたから」と言っていたが、それは照れ隠しで、デビュー時は「日本の音楽業界をモップで掃除し革命を起こす」というふれこみだった。

モップスのメンバーではギターに井上陽水のアレンジなどで有名な「星勝」もいる。他には三幸太郎(G)、村上薫(B)、スズキ幹治(D.鈴木ヒロミツの弟)

モップスのセカンドシングル「ベラよ急げ」はイタリア発売のオムニバスに収録された時タイトルが「Haiku:俳句」となっていた。歌詞の「早く早く」が「俳句俳句」と聞こえたため。

0000hiromitu04モップスが知名度を上げた曲に「月光仮面」がある。今渦中にいる川内康範が作詞したテレビ主題歌のカバー曲だが、ライブの最中あまりにも客の乗りが悪かったので、アドリブで月光仮面の曲をおちゃらけて演奏した所大受けになったので、アルバム収録→シングルカットしたもの(しかし歌詞の内容とかムチャクチャに変更しているのでよく川内康範がOKしたものだ、と例の報道を見るたびに思う)

しかし「月光仮面」のため、コミックバンド的な扱いになってしまい、さらに悩んでしまう事となる。

当時のGSは長髪で汚らしいと大人達には思われていたが、今見ると全然汚くないが、モップスはまさにヒッピーを体現した見た目が汚らしいグループだった。そんなモップスにも女性追っかけファンがいたが、その中に中学生時代のユーミンがいた。

鈴木ヒロミツの俳優デビューは「時間ですよ2(TBS)」、当時は本名表記の鈴木博三。ドラマに出たのは同じGS出身の堺正章に誘われたので。(1971年7月21日〜1972年3月15日)

名前表記はその次に出演した、坂口良子主演の「アイちゃんが行く!(フジ)1972年9月1日〜1973年3月30日」では「鈴木ひろみつ」となっていて、3作目の「時間ですよ3(TBS)1973年2月14日〜1973年9月5日」で「鈴木ヒロミツ」となっている。

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2007年3月14日 (水)

3月14日の出来事・誕生日

2007031400ホワイトデー
キャンディーの日
数学の日
国際結婚の日
万国赤十字の日
☆国民融和の日
03月14日が誕生日の著名人
03月14日の出来事

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2007年3月11日 (日)

春一番→冬将軍

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2007031302


たしか2月の中旬に「観測史上もっとも早い春一番が」とかなんとか言っていましたが、3月に入っていきなり寒波がやってきて「冬将軍の到来」とか言いだしちゃっているわけで。
ムチャクチャだなぁ。
「春一番」に関しては去年書いたので、冬将軍について。
この言葉はナポレオンがロシア遠征する際に出来た言葉で、どこの国の軍隊にも負けなかったナポレオンの兵士たちがロシアの寒波に負けて大打撃を受けたという事から考案された言葉。
もっとも、このロシア遠征に関しては遠征する前からナポレオンの軍隊は負けぎみだったと言い、さらにこの年の冬は例年に比べて暖冬だったとも言われている。

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2007年3月10日 (土)

生徒諸君!とナッキーはつむじ風

4月期から内山理名主演で庄司陽子の漫画「生徒諸君!(2007年版)」がドラマ化される。


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で、その番組宣伝のCMが異常に暗くて、学級崩壊がどーのこーのと言っているのだ。
あれ?あの漫画ってそんな内容だっけ?(どうやら続編・教師編のドラマ化らしい)

この漫画「生徒諸君!」のドラマ化は何度かされているんだけど、一部で勘違いされたドラマもある。
漫画(学生時代の話)は1977年に週刊少女フレンドで連載が始まり、1984年に終わっているんだけど、連載から1年目の1978年に榊原郁恵主演で「ナッキーはつむじ風(TBS)」という学園ドラマが始まっている。


06_2主人公は漫画・ドラマ、共にナッキー(漫画は北城尚子、ドラマは星野夏樹)で学園の人気者で運動万能という物(漫画はバスケ部、ドラマはバドミントン部)となっている。
自分も当時の雑誌か何かで「生徒諸君!」のドラマ化がどーこーみたいな記事を読んだ記憶があって「あぁドラマ化に際してタイトルを変えたんだぁ」と思っていた時もあった。
その当時の榊原郁恵のインタビューでも「私、原作漫画のファンなんですよ」という発言もあったという。


08_2でも実際にはまったく関係ない別の物語。
噂の範疇を出ないんだけど、TBSが講談社に対して原作使用料を払いたくないのでパクリと言われなさそうなギリギリの線で制作したなどとも言われている。
とりあえず「ナッキーはつむじ風」と「生徒諸君!」はまったく別物ってのは明確なんだけど、その後、話をむずかしくしてしまう不思議なタイトルのドラマが放送されている。

1987年にフジテレビの月曜ドラマランド枠で伊藤美紀主演で放送された作品のタイトルが当時のテレビ欄に書かれたサブタイトルまで書くと「生徒諸君!ナッキーはつむじ風、双子の転校生に学園はパニック 永遠の名作登場!」という物。
これを見る限りでは、「生徒諸君!」と「ナッキーはつむじ風」は同じ作品みたいな扱いなのだ。しかも榊原郁恵の「ナッキー」はTBSで、これはフジテレビ。
どうなっているのだ?状態。


10とりあえず「ナッキー」の方は榊原郁恵主演で続編として1980年に「愛LOVEナッキー」として学校を卒業後に新聞記者になったドラマが制作されている。
生徒諸君!(1980年版)」の方は、同じ1980年に上田美恵という女優が主演でちゃんと原作通りの作品が制作されている。

フジテレビの月曜ドラマランド版は「原作:庄司陽子」となっていて、双子という設定なのでちゃんと原作物なんだけど、そのサブタイトルの意味は何なんだろうと悩んでしまうのだ。


0000_24ちなみに映画は1984年制作の小泉今日子主演版があります。
パッケージに「KYON2 AS NACKEY」と入っているのは、やはりナッキーというのがキーワードなんですかね。
今回の教師編の漫画表紙も「ナッキー」が全面に出ているし。

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