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2007年1月 5日 (金)

夢を持っているかい?

渋谷で女子短大生が3浪中の兄に殺害され、自宅で切断された遺体として見つかった事件。


報道では年末二人きりになった時に妹が「お兄ちゃんは努力もしないし、だから夢も持てないんだよ」と言われた事がキッカケで殺害に及んだとか言われてますが、3浪中って状態では変に未来に対して夢なんか持てないんじゃないかなぁとは思ったりします。

とりあえず、歯科医の両親のあとを継ぐという事で医大を目指していたんだから、それが夢だったんじゃないかと思ってしまうのだ。
それに対して、将来歯科医を継ぐ必然性もないは芸能事務所に所属してVシネマとかに出ていたとの事(事務所はすでに辞めていたらしいけど)。

で、自分は10代から20代にかけて音楽関係に深く関わっていたわけですが、そこは「」を語る人満載で、良くも悪くも青臭い人々を大量に見てきました。
で、悪い部分で言うと、アマチュアながらそんな場所に関わっている人の中には「自分は他人と違う」という選民意識なのか、普通に学校を卒業して普通に就職する人を馬鹿にする傾向が見受けられた。

確かに、アーティストになるってことは一筋縄でいかない事が多く大変な事だと思うけど、他者を批判する権利はないのだ。
というか、本当のアーティストはそんな事考えないんだろうけど、中途半端な人にとって心の拠り所は「自分は崇高な理念で生きている」という部分だけなので、ついついそれを確認する意味で他者を比較対象として持ち出してしまうんじゃないか、と当時思った。

なんか昨今の傾向として「夢を持てない人はダメな人」みたいな流れがあって「努力すれば夢は必ず叶う」的な言葉を良く聞く。
でもね、実際の事を言えばどんな努力しても叶わない夢も沢山あるんだよ。

自分なんかも、そんな夢を追いかけた状態で貴重な20代をつぶしてしまった感があって、いまさらながら「あの時、あんな高い部分を目指していなかったら、もっと楽しい20代を過ごす事出来ただろうなぁ」と色々な意味での経験不足をちょいと嘆いてしまったりするのだ。
※サザンのアルバム『人気者で行こう』収録の「女のカッパ」の「何もしない人が笑える時代♪」という歌詞に頷いたいた事もあります。

ま、そのダメダメな時代を大量に過ごしたお陰で、今の雑学野郎としての自分があったりするワケで完全に無駄ではなかったとは思うけれど、夢に対しての敗北感はたぶん人一倍抱えていたりするかも知れないっす。

テレビのコメンテーターなどが、決まり文句のように「近頃の若者は夢を持っていない」みたいな事をいうけれど、そこで発言している人は、曲がりなりにもテレビ局からオファーが来るレベル程度に成功した人だからそんな言葉を言えるワケで。
実際には20年前(1980年代初頭)の若者だって夢を持たずにダラダラ生きている人の方が多かったし、さらに前の学生運動の時代(1960年代)だって周囲に流されて自分の意見ではない理想を抱えた気分になっている若者が多かっただろうし、そんなモンすよ。

色々めんどう臭い理想などを抱えまくっていた時代を経て、今の自分は「なんとかしとけば、なんとかなる」ぐらいの緩いスタンスで歩いております。
若者よ、無理しない程度に頑張れ。

むりやりサザンオールスターズの豆知泉

サザン・オールスターズのグループ名を考案したのは、桑田佳祐の青学時代の友人宮地氏。イベントに出演する事が決定してがグループ名が決定していなかった。が、もうポスターを印刷しなくてはいけなかったので、メンバーの承諾を得ずに勝手に命名してポスターに印刷したもの。

当時、桑田佳祐が好きだった「サザンロック」と、来日していたサルサバンド「フェニア・オールスターズ」の名前を合体させた物。それを考えたのは宮地氏が風呂に入っている時。(他にも諸説ある)

初期は桑田佳祐と関口和之がメンバーだった「温泉あんまももひきバンド」。その後、原由子らを加え「青学ドミノス」→「脳卒中」と名前を変えていた。

デビュー曲「勝手にシンドバッド」は、沢田研二の「勝手にしやがれ、ピンクレディの「渚のシンドバッド」を意味不明に合体したもので、歌詞の中には「勝手に」も「シンドバッド」も出てこない。

実は偶然に、それより前にドリフターズ志村けんがネタとして、沢田研二とピンクレディの二曲をデタラメに歌う「勝手にシンドバッド」という曲があった。

サザンオールスターズが「勝手にシンドバット」でデビューした当時、新聞で「桑田君をリーダーとしたコミックバンド」と紹介されていた。

サザンオールスターズが「勝手にシンドバッド」でベストテンのスポットライトに出演したのは8月31日、初ランクインしたのは9月21日に9位。真夏向けの曲だが売れたのは9月以降で11月30日までランクイン。

「チャコの海岸物語」は60年代テイストが歌詞にちりばめられていて「ミーコ」は弘田三枝子の事だが、「チャコ」は子役のチャコちゃん(四方晴美)のことではなく、「ルイジアナ・ママ」を歌っていた歌手・飯田久彦(現テイチク会長)のこと。

レコード発売からチャート1位になるまでの最長記録は、長らく山下達郎の『クリスマス・イブ』が打ち立てた6年6ヶ月だったが、2003年にサザンオールスターズの『勝手にシンドバッド』の25年に抜かれた。

ちなみにサザンの曲はデビュー25周年記念の再発によるもの
・「クリスマス・イブ」1986年発売→1992年1位
・「勝手にシンドバッド」1978年発売→2003年1位


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